リハビリ外国語、伝わればからどう伝えるかへ(初校・詳細版)

(以下の記事は、昨晩寝る前に懸命に書き上げたのに、最後になって画面が凍結し、2時間以上いろいろ試みても凍結したままだったので、投稿をあきらめたものです。夜遅いので、内容を要約した記事を書いて投稿し、気づくと再び書き込みができるようになっていたのですが、今さらなので、前記事も残したまま、こちらもご紹介します。前記事に興味を持たれて、より詳しい内容を知りたいという方はご覧ください。)

 今日も午後、英語の授業をしに遠出をしました。生徒の中学生の少女は、やる気はあるし、授業で学んだことはほぼ吸収していると思うのですが、出身小学校では、「英語に親しむこと、コミュニケーションを取ること」が重視されて、文法はほとんど教わらなかったというお母さんの言葉を裏づけるかのように、語彙や言い回しは「何となく」覚えていて、言いたいことは伝えられるし、こちらが英語で言うことや教科書に書いてあることも分かるのですが、ごく基本的なところで、文法のびっくり間違いが多いことに、1度目の授業の最初に、英語力を把握しようといろいろ問いかけてみて、分かりました。

 難しいと言う課が「There is a book on the table.」など、there is/there areの構文を扱っていたので、いろいろ尋ねてみたり、訳させてみると、理解力と表現力は十分にあるのですが、ごく初歩的な間違いが多かったのです。たとえば、

 There is books / There are one pen / Is there two bed? - Yes, there are.

と言った風に、名詞の単複に応じて、語尾に-sがつかなかたりついたりすること、動詞の形が変化することを知らず、「こういう感じかしら」と直感的に答えている感じでした。

 名詞の数に応じて語尾や動詞などが変わるということは、日本人のわたしたちにとっては、母語の日本語に存在しないしくみであり、ですから難しいのですが、イタリア語の文法にも、さらにやや複雑な形で存在します。

 日本語であれば、本が1冊であろうと2冊であろうと、動詞の形は数によって変化することがありませんが、英語やイタリア語では、本が1冊であれば、

 There is a book. / C'è un libro.

 2冊であれば、

 There are two books. / Ci sono due libri.

となり、名詞の数に応じて、つまり、名詞が単数であるか複数であるかによって、語尾や動詞の活用形が変わってきます。 名詞の語尾に単純に-sをつければ複数形になる英語と違って、イタリア語の場合はそもそも名詞に男性名詞と女性名詞があり、原則のごく典型的な変化だけでも、何種類か覚えなければいけません。

 旅行中に出てきそうな言葉を使うと、たとえば、次の食べ物を表す名詞の単数形、性、複数形は次のようになります。


 パニーノ panino m. panini カップッチーノ cappuccino m. cappuccini

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 ピザ pizza f. pizze ジャガイモ patata f. patate

 ですからご夫婦で旅行をしていて、パニーノを注文するときは、"Due panini, per favore."と、paninoは複数形のpaniniになりますし、レストランのメニューのジャガイモ料理ではたいてい一つ以上のジャガイモを使うために、patate arrosto「ロースト・ポテト」、patate fritte「フライドポテト」と、「ジャガイモ」は複数形のpatateという形で登場するのですが、単数形はpatataなのです。

 ここでおもしろいのは、たとえ母語であるイタリア語に、名詞が単数形か複数形かによって、名詞の形と動詞の形が変わるというしくみがあるにも関わらず、そうして、彼女がイタリア語ではちゃんと名詞の単複次第で、文法的に正しく話しているのにも関わらず、文法の授業なしに、いろいろなインプットを通して話したり書いたり読んだりする中では、この単純な名詞の数の呼応のしくみに自分では気づけず、従って、何度聞いても、その違いはうわすべりをして、いつまでも「なんちゃって英語」を話したり書いたりしてしまっていたという点です。

 ただ、母語のイタリア語には名詞の性についてもっと複雑なしくみがあるおかげもあって、先週の1時間半の授業の後には、もう上記のような間違いはせずに、きちんと言えるようになっていました。

 この中学生の少女のような間違いは、移民がイタリアに限りませんが、ある国に仕事をするためにやって来て、その国の言葉を学校や本で学ぶことなく、仕事や生活を通して学んだ場合に身につける、と言うよりは、そこで成長が止まってしまう外国語における間違いによく似ています。そうして、わたし自身がフランス語を数か月独学で勉強したあと、パリの語学学校の授業で、とにかく何か言おうと、既存のイタリア語の知識から推測して、「こうかしら」と適当に言ったなんちゃってフランス語や、1か月だけスペイン語を勉強して、巡礼中に出会った巡礼仲間やレストランの人に行ったなんちゃってスペイン語にもよく似ています。店の人には何とか通じたものの、スペイン語をよく知っている友人たちが思わず吹き出すようなことを、時々言っていたようです。

 と言うのは、外国語教育・学習研究では多くの学者がすでに指摘しているように、確たる文法知識を持たず学ばずに、ぽんとその国の言葉が話される世界に放り込まれると、まずはpragmatic modeあるいはattenzione al significato、つまり、自分が言わんとすることが相手に伝わることが何よりも大事なのであって、自分がそのために使う語彙や文法や表現には注意を払わず、内容を何とか伝えることに夢中になるモード、ちょっとしたサバイバルモードで、その国の言葉を使い始めるようになり、そのうち言わんとすることが伝わるようになると、よりきちんとした言葉で表現したいと、sintactic modeあるいはattenzione alla forma、つまり、文法や言葉のしくみ、自分が使う表現、言葉の形に注意を払いながら、文法にも注意モードで伝えるようになるからです。

 そこで、わたしとしては、授業の質問に対する答えや、彼女が書き話す英語を通して、どういう点が注意を払われぬまま使われるので間違いとして現れ、そこで間違ってしまうのは、何が習得できていないからか、どういう文法の決まりに気づけていないからかをつかみ、その少女が気づけていないことに、気づかせ、正しく言ったり書けたりするように練習を繰り返させることを通して、彼女の「なんとなくサバイバル英語」を、「文法に注意しきちんと伝えられるよう意識した英語」に、少しずつ近づけていけるようにしています。

 「中国人あるよ」とか「インディアンうそつかない」とか、そういう偏見が入った特定の民族の人の日本語の典型的例を、日本で読んだり聞いたりする機会が昔はよくあったのですが、これも、外国の人は、日本語の「てにをは」という少々間違っても内容を伝えるのには支障がない些末な部分は、母語と違うこともあって文法のしくみを認識しづらく、習得も難しいということも、反映しているような気がします。

 こういうことは、わたしが教える中級の日本語の生徒さんにも言えるのであって、漫画やアニメ、日本の友達との実際の会話やメールを通じての交流を主として学び、教科書を使っての文法学習は、それに後からついて行っている形なので、日本語能力試験の問題を解いても、会話をしたり主題を決めて文章を書かせたりしてみても、聴解力や読解力、言わんとすることを伝える力は十分にあるものの、てにをはなどの助詞は、わたしは初級の後半あたりから個人授業で教え始めたのですが、今でもごく簡単なところで、間違えてしまうことが少なくありません。

 今朝は肩の施術・リハビリにカイロプラクティックに行き、どこまで動きが回復しているか見てもらってから、施術をしてもらい、必要な運動を指示してもらいました。そもそもは、体の一部だけ酷使したり、ゆがんだ姿勢で長く机上の作業をしたりしたために、痛みが出て、その痛みや問題に応じて、どうすればいいかを教えてもらい、治るのを助けてもらっているのだと思います。そういう意味で、なんちゃって外国語学習や、わたしのように勉強中断になってしまったためのなんちゃってフランス語力は、弱点を突きつめて、忘れてしまわぬうちに、最初から勉強をし直さなくてすまないうちに、基礎力を取り戻すために、語学検定を受けてみたり、先生について教えてもらったりすることが、大切だと感じています。フランス語については、だれか先生に見てもらう必要をずっと感じていて、同僚の先生にずっとお金は払いますと頼んでいるのですが、忙しくてなかなかその時間が取れないという状況なのですが、これは弱点を把握し、文法を復習するためにも、語学検定をまずは受けてみることに決めなければいけないときが来ています。 

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2017-01-18 02:57 | ImparareL2 | Comments(0)

リハビリ外国語、伝わればいいからどう伝えるかへ

 今日も英語の授業をしに遠出しました。小学校で文法らしきものを教わらず、話すことや書くことを覚えた中学生の少女は、聴解力や読解力はある上、言わんとすることも分かるものの、There is two pen.などという文が口から出てしまうように、名詞の数に応じて、語形が変わり、動詞の活用形も変わるという、ごくごく初歩的な文法事項に、自分では気づけず、間違いを繰り返しつつも、それがなぜだか分からずにいたのです。

 名詞の数によって語形や動詞の形が変わるのは、イタリア語も同じで、

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たとえば皆さんご存じのカップッチーノも、1杯ならun cappuccinoですが、2杯であれば複数形を用いるため、due cappucciniになり、たとえばバールで二人連れの両方がカップッチーノを注文すると、店の人が「つまり、お二人合計でカップッチーノ2杯ということですね。」という意味で、"Due cappuccini?"と確認してくることが、たまにあります。ピザも1枚なら単数形のpizzaを用いますが、2枚以上あれば複数形になるため、たとえば3枚のピザは、tre pizzeとなります。

 母語であるイタリア語にも、名詞の数があるおかげで、幸い新しい教え子は、少しずつ決まりを説明し、そのたびごとに練習を積み重ねていくと、授業が終わる1時間半後には、間違えずに言ったり書けたりするようになっていました。

 数年前、サンティアーゴ巡礼直前ににわか勉強したわたしのなんちゃってスペイン語は、言わんとすることはレストランの人には伝わっても、語彙の選択や文法がおかしかったらしく、友人たちがつい笑ってしまっていました。日本語の生徒さんのうち、独学で学んだあと、わたしが個人授業で教えることになり、今は中級の力がある大学生は、アニメや漫画、日本の友人との会話やメール交換など、大量のインプットやコミュニケーションがまずあって、並行して日本語の文法を本で勉強したために、聴解力・読解力に優れ、かなり難しいことでも言わんとすることを伝えることができるのですが、作文や話し言葉を文法的な観点から見ると、大学や学校で初球を教えた学生・生徒でも間違えないような初歩的な間違いが、今でもまだあります。

 第二言語学習・教育研究でよく言われるように、文法の知識なしに第二外国語の世界にぽんと放り込まれると、最初は言わんとすることを伝えよう、主旨を理解しようと、些末な文法的事項には注意を払う余裕がなく、内容・意味・コミュニケーションによって目的を果たしたり問題を解決したりすることに重点が置かれ、そうして、その言語で生き延びられるだけの力がついてはじめて、きちんと文法などに注意を払い、形も重視して意思疎通を図れるようになるからです。

 衣食足りて礼節を知ると言いますが、言語も、その言語が使われるのではない土地で、学校や独学で学ぶ言語、外国語と違って、その言語が話される土地で暮らしながら、学校などに長期間通うこともなく身につける場合、第二外国語として学ぶ場合には、最初は形にこだわる余裕がなく、まずは実を取り、言うことが分かる、相手に思いが伝わることに全力を注ぐ傾向があるからです。中学生の少女の場合は、英語をイタリア語で第二外国語として勉強してはいても、文法をまともに教わらぬまま、話すこと、書くこと、会話することを余儀なくされたために、なんちゃって英語が身についてしまったのではないかと思います。

 問題は、学習者がそうやって必死でサバイバル外国語を身につけるべき努力し、ようやくそこまでは到達したとき、そのpragmatic modeからsyntactic modeに、つまり内容だけではなく、きちんとした表現で伝えられるよう文法にも留意して伝えていこうという姿勢に、切り替えていけるかということです。間違いだらけでも相手に伝わりさえすれば、相手の言うことが分かりさえすればよいと、そこで安住してしまうと外国語の化石化が起こり(過去記事、「イタリア語の化石化」参照)、以後はどんなにその言語の中で暮らし、聞いたり読んだり話したりしても、外国語力の向上にはいっさいつながらなくなってしまうからです。中学生の教え子は、中学校で文法をしっかり押さえる先生に教わるようになったことをきっかけに、日本語の生徒さんは、わたしが宿題に出した作文の添削を通して、自らの間違いや弱点に気づくことを通して、このままではいけないと、いろいろ勉強方法を工夫し、勉強の姿勢を移行していっています。わたしはスペイン語は今のところは「なんちゃって」でもいいけれども、フランス語については、せっかく勉強したのにこのままさぼっていては「なんちゃって」以下になりかねないので、語学検定を受ける、問題集や参考書に取り組むなど、具体的な目標を早く設定して、頑張らなければと考えています。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2017-01-17 23:59 | ImparareL2 | Comments(0)

印象派の電車、ノルマンディー2016

 昨年6月のノルマンディー旅行では、前半はわたしと夫二人で、電車やバスなどの公共の交通機関を使って旅をしました。当時ちょうど、ノルマンディーの印象派ゆかりのさまざまな土地で、印象派の展覧会が開催されていたのですが、6月16日にヴェルノン・ジヴェルニ駅でルアン行きの電車を待っていたら、

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Train de L'Impressionnisme, Gare de Vernon-Giverny, Vernon 16/6/2016

 向かいのホームの前に、絵が描かれた電車がやって来ました。

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 印象派の電車(Le Train de L'Impressionnisme)です!

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 窓の日よけ(写真左手)にまで、印象派の絵が印刷されているようです。

 この印象派の電車が走ったのは昨年4月16日から9月25日までの週末で、内部にも印象派を説明する案内があったらしいのですが(下記リンク参照)、残念ながらわたしたちは、時々こうして駅で見かけたり、自分たちの乗る電車の向こうから印象派の電車が来て、猛烈な勢いですれ違うのを見たりしただけです。ただ、こうして外からゆっくり写真を撮れるのは、自分たちが乗る電車ではなかったおかげです。

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La maison et les jardins de Claude Monet, Giverny

 この日はモネの家と庭園を訪ねるために、ルアンから日帰りでジヴェルニーに行きました。

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 皆さん、フランスやイタリアで、座席指定のない電車やバスを利用する際は、乗車前に切符の刻印をお忘れなく。刻印を忘れ、無賃乗車を疑われて罰金を取られることなく、旅を楽しめるようにしましょう。



 旅行中、乗っている電車の走行中に、印象派の電車とすれ違うこともありましたが、高速で別方向に走るので、カメラを取り出すひまもありませんでした。

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 6月20日は、わたしたちより一足遅れて、友人たちがイタリアを出発し、飛行機でボローニャからパリへ、レンタカーでパリからシャルトルへ移動し、夕方にシャルトルの宿で会うことになっていました。

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Gare du Havre, Le Havre 20/6/2016

 このときも、ル・アーヴル駅で、印象派の電車を発見しました。しかも、電車に描かれたのは、モネの印象、日の出(Impression, soleil levant)の絵で、

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Le Havre

わたしたちはこの日の朝、ル・アーヴルを出発する前に、モネがこの絵を描いたと思われる場所を、雨の中訪ねたばかりです。

 そもそも、とても信仰心の篤い友人たちに、シャルトルとモン・サン・ミシェルに行こうと誘われて決まったノルマンディー旅行でした。ヨーロッパ各地でのテロ事件が相次ぎ、わたしは昨年は海外旅行や名高い観光地への旅は避けるつもりでいましたし、肩の痛みや目の病から、医者にも反対されていました。けれども、以前から訪ねたいと思っていたモン・サン・ミシェルを訪ね、行く先々で印象派の絵や美しい風景、おいしいものに出会うことができて、とても思い出深い旅になりました。誘いには乗ってみるもの、旅には出てみるものです。

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Il Treno dell'Impressionismo
, ne ho incontrato alcuni mentre viaggiavamo in Normandia nel giugno 2016.
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LINK
- Normandie Tourisme - Le Traine de L'Impressionnisme en 2016

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2017-01-16 23:59 | Francia & francese | Comments(4)

モン・サン・ミシェル撮影・眺望とっておきの場所を求めて

 まさか去り際にこんなにも美しいモン・サン・ミシェルを見ることができると思わず、わたしだけではなく夫とマヌーも出発後最初のバス停で飛び降りて、橋の上を走り、そうして撮影したのがこの写真です。

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Mont Saint-Michel al crepuscolo, Francia 22/6/2016 22:37

 たそがれの空を背景に、夜明かりに照らし出されたモン・サン・ミシェルの姿に、ディズニー映画上映前に現れる画面の映像が重なりました。

 同じ場所の写真でもどこでどう撮るのが一番美しいかは、撮る人や見る人の感性、時間帯や天候、カメラの性能など、さまざまな要素によって決まります。ですから、一概には言えないのですが、

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22/6/2016 17:48

一般にはあまり被写体から離れすぎず、全体像がうまく収まり、その周囲の風景もいくばくかは入る程度の距離からが、最もきれいに撮りやすいのではないかと思います。

 ただ、これはシャトルバスで着いてすぐに夫や他の観光客がモン・サン・ミシェルを撮影しているところなのですが、現在は満潮でも濡れない高さに橋がかかり、その橋の横幅がかなり広いため、この角度から撮影しようとすると、どう撮影してもどうしても橋がかなり映ってしまいます。しかも、このときのように干潮でほとんど水がないと、それはそれで潮が満ちたときと比較すれば興味深いのですが、写真の美しさを考えると今ひとつです。

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22:15

 橋のもう一方の端から撮影すると、きれいな海を取り込むことができますが、モン・サン・ミシェルの前に橋が来てしまいます。

 この写真で、橋の奥の方かつ左手に、海水に覆われていない地面が見えます。その部分からだと、

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21:42

茜色に染まる空や海藻を岸辺に残して引いていく海は、きれいに撮れるのですが、

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21:54

モン・サン・ミシェルが一望できるところまで後ろに下がると、そもそもそこで立って歩けるのは、そこまでは海水が届かないからであって、モン・サン・ミシェルの前に、濡れた地面が続いています。では、橋から下りてすぐ撮ればいいのではないかと言うと、

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21:47

橋から下りた人が、足を海水で濡らさずにモン・サン・ミシェルに入れるように、橋の先端から入り口までは、地面が他に比べて高くなっているため、その部分までは海が届きません。

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21:15

 それは、海岸まで下りる前に、高みから撮影したこちらの写真を見れば、分かりやすいかと思います。ですから、橋の先端から撮ろうとすると、モン・サン・ミシェルの前方に、地面がかなり映ってしまいます。

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22:12

 それで、空は曇っているし、潮も引き始めているので、夕焼けと海がきれいなのだから、橋が入るのと、地面が見えるのはあきらめなければいけないなと、夫や友人たちと駐車場行きのシャトルバスに乗り込みました。

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22:28

 幸いバスでは、最後部の、離れていくモン・サン・ミシェルが見える位置を確保することができ、バスの中から名残惜しく見送っていたら、空がなんとも言えなく美しい色になり、さらに明かりが次々にともされていきます。

 けれども、視界とモン・サン・ミシェルの間には緑の草や沼地が広がっているため、あまりきれいな写真にはならないだろうと、自分に慰めを言い、車内から撮影しつつ、眺めていたら、

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22:40

今度は再び、たそがれの空が映る美しい水面が、走るバスのすぐ右手に広がり始めたではありませんか。(この写真は、バスを下りてこれだという写真が撮影できた場所まで行き、再びバス停近くに戻ってから、拡大ズームを使って撮影したものです。)

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23/6/2016 17:37

 この翌日撮影した観光案内所の模型から分かるように、橋を渡ってモン・サン・ミシェルを離れた道路は、最初はかなり内陸部に入るために、バスから海が見えにくいのですが、しばらく進むと道路が河口ダムの岸辺に沿って走るようになるのです。

 そうしてバスが岸辺に近づいた頃に、ちょうど停留所があって、バスが停まり、停留所の傍らに水面を横切る橋が見えました。この橋の中央まで走れば、モン・サン・ミッシャルをたそがれの空を映す水面と共に写すことができるはずと、バスに残る仲間には、「次のバスで追いつくから」と一言告げてバスから降り、3人で早足というよりは駆け足に近い勢いで、橋の中央に向かいました。

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22/6/2016 22:38

 モン・サン・ミッシェルからはかなり離れたために、冒頭の写真と同じ場所から、ズームなしで撮影すると、こんなふうに見えました。雲が水面にきれいに映っています。

 わたしのコンパクト・デジタルカメラは、夜でもできるだけきれいに撮れる機種を選んだものの、光学ズームは4.2倍までなので、冒頭の写真はその4.2倍に拡大して撮影したものではないかと思います。他の友人たちを待たせている上、夜遅くなってしまったため、何とも言えず美しい眺めを、わずかな時間に心に焼きつけるように、そうして写真に残せるようにと、眺め撮影してから、バス停に駆け戻りました。

 と言うわけで、たまたまバスの後部に乗り込んだので気づいたことなのですが、現状ではモン・サン・ミシェルは潮の満ち具合に関わらず、このダムにかかる橋からの方が、拡大ズームできれいに撮れるカメラをお持ちであれば、美しい写真が撮りやすいのではないかと思います。眺めもとびきり美しいので、おすすめです。

 ただし、写真撮影や観光には、天候や着いたときのめぐり合わせもあり、

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23/6/2016 10:49

わたしたちがこの翌朝、前日に訪ねられなかった修道院に行こうと再訪したときは、こんなふうに深い霧がかかっている上に、雨もよく降って眺めが悪く、

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17:12

途中で雨足も激しくなったので、夕焼けやたそがれの眺めはあきらめて、早々に宿に戻りました。

 そのおかげで、その晩はゆっくり休むことができましたし、前の晩に、疲れていても訪ねておいて本当によかったと思いました。

関連記事へのリンク
- モン・サン・ミシェルのたそがれ / Mont Saint-Michel al tramonto, Normandia, Francia

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Contrariamente a ciò che sembrerebbe, possono fare delle foto belle del Mont Saint-Michel allontanandosi un po' fino al ponte sulla diga, perché così davanti al Mont Saint-Michel si estendono le acque che lo rispecchiano, mentre nelle vicinanze è difficile scattare le foto zenza l'immagine del ponte e della terra. Potete accertarlo in questo articolo che contiene le foto del Mont Saint-Michel fatte da diverse angolature.
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2017-01-15 23:59 | Francia & francese | Comments(2)

モン・サン・ミシェルのたそがれ

 昨年6月のフランス、ノルマンディー旅行では、シャルトルで友人たちと合流し、大聖堂や町を訪ねたあと、車でモン・サン・ミシェルに向かいました。長旅のあと、宿のあるポントルソンで休憩してから、車でモン・サン・ミシェルの駐車場まで行き、それから、シャトルバスでモン・サン・ミシェルに向かいました。

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Mont Saint-Michel al tramonto, Francia 22/6/2016 22:17

 ノルマンディーで驚いたのは、天気がひどく変わりやすいことです。ポントルソンに着いたときは、雲はあっても青空が見えていたのに、シャトルバスが着く直前、にわかに雨が降り始め、夫とわたしは傘を持っていたのですが、友人たちは町の店に飛び込んで、すぐにく傘を買いました。ちなみに夫の傘も、パリで突然雨に降られて、どしゃぶりなのに傘を売る店が見つからず、ようやく見つかった店で、骨がさびていたのを仕方がないと購入したものです。もう遅いので、修道院を訪ねるのは翌朝にして、教会で長く祈りを捧げる友人たちにつき合い、町を歩いて夕食を取りました。食事が運ばれるのを待つ間外に出ると、潮が驚くほどの勢いで満ちて行くので、びっくりしました。

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21:27

 夕食後、友人たちについて歩くと、高いところへとどんどん登って行きました。ここなら夕日が沈むのが見えるからと、やって来たようなのですが、5人がすべて夕日を見送れるほど広い場所ではなく、わたしはモン・サン・ミシェル全体と海もきれいに見える場所で、日が沈むのを見たかったので、皆にあいさつをして、

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21:34

海岸へと急ぎ足で駆け下りました。

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21:40

 何とか日が沈む前に、砂浜までたどり着くことはできたのですが、ご覧のように水平線が雲に覆われていたため、太陽は時々厚い雲のすきまから、わずかに見えるばかりでした。

 そのため、いつ日が沈んだのかははっきり分からなかったのですが、ちょうど日の入りの頃に、モン・サン・ミッシェルと茜色に染まる空・海を撮影しましたので、興味があれば、ご覧ください。




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22:04

 夕焼けは、日が沈んでから30分ほど後の方がより美しいことが多いと、経験的に知っていたこともあり、その後もしばらくの間、灰色だった空と海が、少しずつ茜色に染まっていく様子を愛でたり、写真を撮ったりしていたら、いつの間にか夫や友人たちも近くまで来ていました。

 夕焼け空の色が美しくなるまでには、もうしばらくかかるから、それまでの間は、ずっとそのままそこでそうしてモン・サン・ミシェルと風景を眺めていたかったのですが、すでに午後10時を過ぎている上に、風が激しく吹き、雨が降ったあとの晩でその風が冷たかったため、皆の意向を聞き、宿に戻ることにしました。

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22:21

 夕食時に満ちていた潮は、日没の頃にはどんどんと引き始め、少しずつ顔を表す地面が増えていきました。

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22:26

 駐車場へと向かうシャトルバスから、モン・サン・ミシェルに明かりがともり、空と海がきれいなピンク色に変わっていくのを名残惜しく見守りました。そうして、最初の停車場で、夫・マヌーと共にバスから降り、次のバスが来るまで、うっとりしながら美しい眺めに見入りました。

参照リンク / Riferimento web
- Site officiel de l'office de tourisme du mont saint michel - Home page

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2017-01-14 23:59 | Francia & francese | Comments(4)