あるイタリア人学生の質問

 9月1日水曜日は、わたしの担当する「日本語と日本文化」の試験日だったので、朝早くバスを乗り継いで、試験会場に赴きました。

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 会場で、いつもお世話になっている語学助手の先生にごあいさつ。

 もともと今回は受験登録している学生がいない上に、まだ帰省している学生も多いため、「おそらくは誰も来ないだろう。」と二人とも思いはしたのですが、念のため、30分間だけ、来るかもしれない学生を待つことにしました。

 イタリアの大学では、各教科について、担当教員が、年に数回の試験日を設けています。ですから、学生は、自分が都合のいいとき、自分に受ける準備ができたときを選んで、試験を受けることができます。

 わたしが教える日本語の場合には、授業が終わってすぐの方が、筆記試験にせよ、口頭試験にせよ、頭によく残り、練習もできているために、大半の学生が、授業が終わって最初の試験(今年の場合は、6月1日)に挑戦します。ほとんどの学生が合格するのですが、受からなくても、あと4回、他の試験日があるので、その日までに勉強をしっかりすればいいわけです。

 ペルージャ外国人大学の学士取得課程(Corso di laurea)は、少なくともわたしが教える学部については、ほとんどがイタリア人学生で、外国人学生も数人います。

 イタリア人学生には南部を中心に、遠くからペルージャに来て、下宿をしている学生がおり、そういう学生は、夏休み中はまずは自宅の父母のもとに帰省。外国人学生も、特に近くのヨーロッパ圏から来ている学生については長期休暇にはよく帰省します。ペルージャやウンブリア近辺の学生についても、夏休みは旅行をしたり、バイトをしたり……

 というわけですから、試験がまったくない8月が終わったばかりの9月の初日には、来る学生が少なかろうと、予想はしていました。

 受験登録もせず来る学生や、試験時間に遅れて来る学生がいても、それは、受験の対象外、と考えるのは、日本の常識を適用しての話です。

 イタリアのことだから、「ひょっとしてオンラインの受験登録システムに不備があって、受験登録できなかった学生がいるかもしれない」、「バスや電車が遅れて、少し遅れてくる学生がいるかもしれない」と、柔軟に対応をする必要があります。

 甘いと言えば、甘いし、実際の規則としては、「試験開始時刻に、試験官の点呼に答えない学生は、受験の資格がない」はずであり、かつ、「試験4日前の締め切りまでに、受験登録をしていなければ、受験資格がない」はずなのですが、

にも関わらず、大学側に、

「誰も受験登録者がいない場合には、試験会場に行かなくてもいいですか。」

と尋ねて、

「いいえ、誰か学生がいるかもしれないので、必ず会場に行ってください。」

と言われたことがあります。

 ということは、裏を返すと、受験登録をしていなくても、試験を受けに来た学生に受験資格を与えなさいということかと思うのです。

 ただし、「何度も試みたのに、オンライン登録できませんでした」と言う学生はともかく、「……先生は、登録をしなくても受けさせてくれたのに」とか、「うっかりしていて受験登録の締め切りが過ぎてしまいました。」という学生には、みっちり言い聞かせて、規則をしっかり守るように言い聞かせます。

 こうやって、遅れや不備を大目に見ていることが、結局、今後のイタリア社会で、さまざまなサービスの遅延や不足につながるのではないかというを危惧を抱きつつも、とにかく、9月1日は、30分だけ、誰か来ないかと待ってみました。

 待っている間、語学助手の先生とおしゃべり。前回の7月の試験では、筆記試験中に、ひそひそ声ではあるけれども、長い間雑談をしてしまい、気が引けたのですが、今回は誰も学生がいないので、気兼ねなくおしゃべりをします。

 ペルージャで日本料理の調味料はどこで買うかとか、ズッキーニの花を衣で揚げるには、衣を作るのに、水道水の代わりに炭酸水かビールを使うと、泡のおかげで、ふんわりとかつカラッと仕上がって、とてもおいしいとか、いろいろ教えていただいて、とてもいい情報交換ができました。

 授業でお世話になっているので、ふだんから話す機会は多いのですが、授業や試験のあるときは、どうしても学生や授業、仕事の話で持ち切りになってしまいます。

 それが、こんな機会のおかげで、たくさんとりとめもないおしゃべりを日本語ですることができて、お互いにイタリアで暮らしていて思うことや、生活上の工夫などを言い合うことができて、何だかとてもうれしかったです。

 イチジクが好きだと言うので、ぜひもう一人の助手の先生と一緒に、イチジクの季節の間に我が家に来てください、とご招待。

 30分のはずが話が弾んで、結局は2時間以上、受験会場の教室でおしゃべりを続けてから、あいさつをして別れました。そう、誰一人学生が、受験に訪れなかったのです。

 帰宅途中のバスに乗った途端、向こうから大声であいさつして、近づいてくる若者がいます。

 誰かなと思ったら、昨年、一昨年と教えた男子学生でした。

 「先生、ぼく、もうすぐ日本に留学するんですけど、何を持って行けばいいんでしょうか。」

と、あいさつのあと、勢い込んで学生が尋ねます。ちなみに、学生との会話はイタリア語です。

  日本にお土産に持って行くものや勉強に必要なものについて、聞きたいのかな、と思ったら、

 「オリーブ・オイル、持って行くべきでしょうか。」

 確かに日本は食料品が高い上、オリーブ・オイルは何倍も値が張るけれども、

 「でも、日本で毎日イタリア料理を作って食べるつもりですか。」
 
 「日本は確かに食料品は高いけれど、外食すると、イタリアよりもかえって安くつく場合が多いから……」

 と言うと、

 「そうですよね。毎日自炊をするわけでもないし……」

 わたしはそのとき、窓の外を見やって、自分が乗り換えるべきバス停が近いことに気づきました。

 「あ、わたし、ここで降りなきゃ。」

 学生がすぐにブザーを押してくれて、あいさつを交わしたあと、そのバス停で降りることができました。

 それにしても、オリーブオイルとは!

 確かに、イタリア人は、特に年のいった人ほど、イタリア料理へのこだわりが多い人が増えるし、イタリア南部出身で、ペルージャに住む学生や社会人には、故郷に帰るたびに、自宅から、自家製のオリーブ・オイル、瓶詰めのトマト、母の手作りのお菓子や保存食の数々を大量に運び込んでくる人も多いのですが……

 まだ二十歳を超えたばかりの若者が、日本に持って行くべきものとして真っ先に、オリーブ・オイルを思い浮かべるとは、思いもしなかったので、びっくりしました。

 
 びっくりと言えば、その昔。日本文学の授業中に、『古今和歌集』を教えていたときの話です。秋の歌を教える前に、導入として、学生たちにこう尋ねました。

「皆さんは、何をきっかけに秋を感じますか。」

 わたしとしては、「赤とんぼはたぶん日本特有なので出ないだろう」とは思ったものの、紅葉など、何か季節の移り変わりを告げる自然の風物が、学生の口から出てくると思っていたのです。

 すると、学生たちの答えは、口々に、

 「TRISTEZZA(悲しさ)」

と答えます。

 「夏が終わってしまうのが悲しくて、その悲しさで秋の訪れに気がつく」

ということでした。

 照りつける太陽を愛し、夏を謳歌する国民だからでもあるでしょう。もちろん夏休みが終わるのが悲しく寂しいのは、日本でも同じだと思いますが、日本の方で、「秋の訪れを何を通して感じるか」と聞かれて、「悲しさ」と口に出る方は、こんなに多くないと思うのです。

 もちろん、秋と悲しみを歌った和歌は昔から数多くありますが、秋の訪れを「悲しさ」で感じたわけではありません。

 ちなみに、紅葉はイタリアにもあり、秋の風物ですが、虫の声は、イタリアでは夏の風物です。

 夏に黄金色に実った麦畑の間や茂った青い草の間から、にぎやかな虫の声が聞こえるので、わたしは、はたと、なぜ日本では虫が秋に鳴くのだろうと考えました。

 仮説

 日本では、夏には田んぼに水が張られていて、いるのはむしろたくさんの蛙。たとえコオロギなどの虫がたくさんいて鳴いても、蛙の大合唱にかき消されて聞こえないのではないか。愛媛県の田園地方で暮らしていた頃、夏は毎晩蛙の大合唱が聞こえていました。

 イタリアで麦が実るのは夏だけれど、日本で稲が実るのは秋だからというのも、あるかもしれない。

 と、なんとなく頭を絞って考えたのですが、夫に言わせると、わたしの思考回路は「文学的、詩的方向」に偏っていて、科学性に欠けるそうなので、もし、どなたか真相をご存じの方がいたら、どうか教えてください。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-09-04 00:06 | Insegnare Giapponese | Trackback | Comments(6)
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Commented by ゆん at 2010-09-04 23:21 x
イタリア人にとってのオリーブオイルは、
日本人にとってのお醤油みたいなものかもしれませんね。
ちょっとした旅行に、醤油の小瓶を持参する日本人が意外と多いのだとか(笑)

先日の石鹸話ですが、パッケージを凝視してみたら
仏語でも説明が書いてあり、そこには
「手・顔・髪・デリーケートな衣類用に」「敏感な肌に」とありました。
ごっそり皮脂を取り除いてしまうので、敏感な肌にもOKというのは大いに疑問ですが、衣類用なら納得です。
なおこさんのお話を伺わなければ、もう一度チェックすることもなかったかと思います。ありがとうございました。

それと、良かったらリンクを貼らせて頂いてよろしいですか?

Commented at 2010-09-05 11:58 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by milletti_naoko at 2010-09-06 04:36
ゆんさんへ

旅行にまで、しょうゆを持参する方がいるとは知りませんでした。オリーブ・オイルが意外だったのは、自炊をするかどうか疑問な男子学生だからでもありますが、実際に持って行ったのかどうか、帰って来てから聞いてみたいと思います。

よく考えると、特にウンブリアでは、我が家では、あらゆる料理(揚げ物は家庭や人によりけり)にオリーブ・オイルを使う人が多く、自家製のオイルに愛着と誇りを感じている人も多いので、やはり、日本のサラダ油のように、何が含まれているのだか分からない油を使うのに抵抗があるのかもしれません。(彼らの語学力では原材料名を読んで、理解するのは難しいと思います。)

今になってみると、以前に留学した学生から、持って行くといいものとして勧められたのかもしれません。

リンクはご自由にどうぞ。かえって光栄です。ゆんさんのサイトへのリンクもぜひ貼らせていただきたいと思うのですが、以前にエキサイト以外のブログへのリンクも貼ろうと試みて、逆にすべてのリンクが御破算になったという悲しい過去があり、もう少し勉強しなければいけません。

これからも、よろしくお願い申し上げます。
Commented by milletti_naoko at 2010-09-06 04:46
直珍さんへ

同名なんですね。長く住み、今も実家がある愛媛県から近いというのに、恥ずかしながら、広島を訪れたのは一度だけで、それも英検の受験に行った機会に、原爆記念館、平和記念公園を訪れたきりです。

特に宮島は、夫を連れてぜひ訪れてみたい場所の一つなので、またぜひ広島の魅力を教えてください。これからも、よろしくお願いします。
Commented by 井内 at 2010-09-10 06:12 x
その学生と、次の日に会いました。直子さんと会った、と言っていましたが、そんな質問していたとは・・・。
オリーブオイル、きっと親戚が作ってるとか、そういう日本で手に入らないものなんでしょうね。
他の町に住むイタリア人に、ウンブリアのオリーブオイルをお土産にしたら、とても喜ばれました。
香りといい、ピリッとした味といい、ウンブリアのものは、一番美味しいと思っちゃいますね。
Commented by milletti_naoko at 2010-09-10 15:40
ウンブリアのオリーブオイルは、香りも高くコクがあって、とてもおいしいですよね。イタリア人にも人気があって、エミリア・ロマーニャに住む友人たちが毎年11月末頃に、大挙して我が家にやって来て、近所にあるオリーブ・オイルの搾油所に行っては、彼らの親戚・知人の分まで、オリーブ・オイルの缶を大量に買い込んでいます。我が家にはオリーブ園があるのですが、オリーブを搾油所に持ち込み、小さなオリーブ園を持つ他の人たちのオリーブと一緒にオリーブオイルにしています。供給したオリーブの量に比例して、オリーブオイルを受け取れるのですが、昨年はうちのオリーブは実が少なかったので、お金を出して多めに購入したとのことです。

実は、この質問がきっかけで、日本に留学した経験のある学生たちに、「日本に持って行って役立ったもの」、「日本に持って行く必要がなかったもの」、「持って行けばよかったと思ったもの」について尋ねてみようかなどと思いました。そういう情報は口コミで伝わるのでしょうが、学生の役に立つだけではなく、わたしたち日本人には意外なものが挙がって、楽しいのではないかな、とも。


日本語教師・通訳・翻訳家。元高校国語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより


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