別天地で復活祭2

 人里離れた山の上にあるRomita di Cesiを訪れる巡礼者や旅人は、修道士、Frate Bernardinoと共に、中世以来の修道院の生活信条、「祈り、働け」に従って、過ごします。

f0234936_1915288.jpg

 写真の手前には、聖フランチェスコの像と野菜畑が見えています。家屋に取り囲まれた中庭に育つヒマラヤスギの巨木が、屋根の上に顔を出し、四方に緑の枝を伸ばしています。

f0234936_1916327.jpg

 このヒマラヤスギ(cedro)の大きいことと言ったら、二人、三人が両手を伸ばして、ようやく木の幹を覆うことができるほどです。

f0234936_19162782.jpg

 イタリアでは、復活祭の翌日の月曜日は国民の祝日です。4月25日月曜日の朝は、まず、教会の鐘を合図に、全員が教会に集まり、Frate Bernardinoと共に祈りを捧げました。そのあと、先ほどのヒマラヤスギの下で朝食。中庭に並べた二つの長いテーブルで、世界中からやって来た皆と、おしゃべりを楽しみながら、朝食を共にしました。写真でテーブルから立ち上がっているのは、ドイツの研究者の方で、日本のお友達から教わったと言って、日本語の「ちょうちょう」の歌を、歌ってくれました。左奥に座っている家族は、スイスからの旅行者です。テーブルでは、イタリア語、英語、ドイツ語、日本語と、いろんな言葉が飛び交っていました。

f0234936_19164317.jpg

 朝食後、Romitaを後にする人は、自分たちの宿泊した場所を掃除して、出発。修道院に残る人は、自分に割り当てられた修道院の仕事を、こなしていきます。

f0234936_19171344.jpg

 修道院での仕事は、食事の準備や食器洗い、花への水やり、動物の世話など、いろいろとあるのですが、たとえば上の写真で左に写っている女性は、学校で美術を教えているので、井戸の上に置かれている美しい表示の数々を、滞在中に制作しました。

f0234936_19173029.jpg

 こちらがわたしたちが寝袋を広げて宿泊した部屋です。宿泊等には電気がないので、夜間は持参した懐中電灯を使用し、水道はないので、井戸であらかじめ汲んでおいた水を、トイレで水を流すのに使いました。不便ではあるのですが、つい数十年前までは、各家庭に、電気も水道もない暮らしが当たり前だったことを思い起こさせてくれて、いい経験になりました。夜は夜空の星を眺め、おしゃべりしたあと、早々と床につきました。宿泊料金は、寄付という形を取るのですが、夕食・朝食代も含めて、一人25ユーロです。

f0234936_19174760.jpg

 Romitaは山の上にあるため、ペルージャの我が家ではもう散ってしまった桜が、まだ白い花を一斉に咲かせていました。

f0234936_19202826.jpg

 別れを惜しみながら、再びリュックを背に、岩やトキワガシの木々の間を通って、山道を下っていきます。

f0234936_19204770.jpg

 山道の途中にも、ところどころに、教えの言葉があります。この板には、「秘訣は、何をするときにでも、必ず愛を少しばかりこめることだ。」と、書かれています。

f0234936_1921232.jpg

 「味わいなさい、ご覧なさい。主はなんと慈悲深いことでしょう。」

 gustareには「おいしいものを味わう」意味と、美しいものを愛でて楽しむ意味があります。道の傍らには、野生のアスパラガスが生えていて、山の幸を味わうことができましたが、シクラメンやランなどの美しい野の花を見て、楽しむこともできました。

f0234936_1922484.jpg

 白や空色のアネモネの花も、ところどころに咲いていました。山を下りる途中で小雨がぱらつき始めたのですが、幸い、本格的に降り出したのは、靴をはきかえて、車に乗りこんだあとになってからでした。

関連記事へのリンク / LINK per gli articoli correlati
- 別天地で復活祭1 / Pasqua alla Romita di Cesi – parte 1
- 瓶も酔っ払い? / Pranzo di Pasquetta all’Osteria UmbriaCo.
- Umbira Online. Turismo Religioso – Eremo la Romita di Cesi


Articolo scritto da Naoko Ishii

 この記事いいなと思ったら、応援の1クリック(↓↓)をお願いします。
Cliccate sull'icona (↓) se vi piace il blog.
人気ブログランキングへ Ninki Blog Ranking

こちらもクリック↓↓ ありがとうございます!
Cliccate anche su questa icona, per favore!
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村/Nihon blog mura Blog Ranking

by milletti_naoko | 2011-05-11 12:28 | Viaggi in Umbria | Trackback | Comments(8)
トラックバックURL : http://cuoreverde.exblog.jp/tb/15954489
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by クロちゃん at 2011-05-12 06:32 x
なおこさん、おはようございます。♪
大木を見るとつい抱きつきたくなって、大きさを知るために木の周りを数人で手をつなぐ光景は日本と同じですね。
色んな国の人が集う素敵な朝と感じました。
電気も水道もないところは工夫と優しさが存在すると思います。(^^)/
Commented by ムームー at 2011-05-12 11:36 x
なおこさん
こんにちは。
電気や水のない生活って今の暮らしからは考えられないですが、昔、子供の頃は今から思うと不便な生活していました。
あちらこちらに教えの言葉があるなんて、勇気も出ますし、
気づかせてくれることが多いのでしょうね。
素敵です~
Commented by ekko_kopanda at 2011-05-12 12:36
なおこさん、こんにちはekkoです。

確かに子供の頃はもう違いましたが、
昔は水道も電気も無かったのですから、
そのありがたみを感じれるとても貴重な体験ですよね。
自然と共に生きる姿勢がステキだと思います。

道中にある教えの言葉もどれも素晴らしいですね。
現代人の忘れかけてる何かを思い出させてくれる言葉に感動しました。

空色のアネモネがとってもキレイですね~♪
雨にギリギリ合わずによかったです。

そういえば、今度の日曜日はウンブリアでは
ろうそく祭りというのがあると聞いたのですが、
距離感が分らないのですが、
なおこさんのお住まいのところから近くなのでしょうか?

Commented by milletti_naoko at 2011-05-13 05:34
クロちゃん、こんばんは♪

やっぱり世界中に大きな木を敬い崇める気持ちがあるのではないかな、という気がします。サンティアーゴまでの巡礼を果たした友人たちによると、ちょうど世界中から来た巡礼者たちが、同じ宿で寝食を共にしながら、いつのまにか心が通い合う巡礼中の経験と似た体験ができたということです。
Commented by milletti_naoko at 2011-05-13 05:37
ムームーさん、こんにちは。

お義母さんが時々、昔、子供たちの手を引き、洗濯物を抱えて、公共の泉まで出かけて、村の他の女性たちと一緒に、おしゃべりしながら洗濯をしていた頃のことを話してくだることがあります。初めて電気が村に来た頃の様子も、お義父さんからうかがいました。この数十年の世の中の変化にはめまぐるしいものがありますよね。

美しい自然の中に、あちこちに散りばめられた言葉たち、演出もすてきで、心にすっと飛び込んできました。
Commented by milletti_naoko at 2011-05-13 05:42
ekkoさん、こんばんは。

清貧に生きた聖フランチェスコを慕うという意味と、今の豊かすぎ、便利すぎる生活を省みるという意味があるような気がしました。

アネモネやシクラメン、色とりどりの花がとてもきれいでした。グッビオのfesta dei Ceriのことですね。ロウソクと言ってもかなり巨大な代物が数十人がかりで運ばれます。グッビオはペルージャからはかなり離れたところにあります。わたしたちの教える軍外国語学校でも、バールにこの催しのパンフレットがいくつも置いてありました。
Commented by かや at 2011-05-16 00:19 x
こんばんは☆
山の上で見る星空って本当に星がキラキラしていて綺麗なんですよね~☆
久しく綺麗な星空を見上げていません。僕が住んでいる所は都会というわけでもないですが、道にあちこち電灯が付いているせいで星空はボンヤリとしか見えないですね。電気の無駄だな~とか思いますが。

日本だと、宿泊できる山小屋は、大抵、電気も水も使えますけどね。たまにはそういう生活も良いものでしょうか。便利さ・豊かさに慣れてしまうと、不便になった途端、パニックになってしまいますからね。

凸d(^ー^)pochi
Commented by milletti_naoko at 2011-05-16 05:26
こんばんは☆

日本で三つ目に教えた高校は山に囲まれていて、家庭訪問が終わって家の外に出ると、まったく外灯がないので、真っ暗で、駐車した車がどこにあるかも見えずに困ったこともあるのですが、夜空の星は、とても美しく見えました。明かりがないおかげで、電気や水がないおかげで、見えるもの、分かることというのが、あるような気がします。

応援のポチをありがとうございます!
<< 瓶も酔っ払い? 別天地で復活祭1 >>