春と蒼白のチャンピオン

 パリ行きの日程と2週間の短期語学留学を決めてから、フランス語学習のピッチが少し上がりました。イタリア語や英語の知識から、辞書をいちいち引かなくても、だいたいこんな意味かなという見当がついて、幸いそれで合っている場合もよくあります。

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 ただ、何だかとんちんかんで、これは変だなと思ったら要注意。どこかでひどい勘違いをしている恐れがあります。最近、フランス語の入門書に、こんな練習問題を見つけました。

(4) Au printemps, les champs deviennent (verts).

 (   )内には、色を表す形容詞五つから、一つ選んで、適当な形にせよという問題でした。消去法でvertが残ったのですが、この意味を思い出せずに仏和辞典を引くと、「緑の、若々しい、(顔色が)青ざめた」という語義が並んでいます。

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 ここまでの問題は、イタリア語や英語の語彙との類似を手がかりに、何とか辞書を引かずに、勘を働かせて、訳が分かっていました。たとえば、

(1) Il va pleuvoir. Le ciel est couvert de nuages (gris).

という問題で、第2文は、イタリア語で言うと、”Il cielo è coperto dalle nuvole grigie”(訳すと、「空は灰色の雲に覆われている」)だろうなと、イタリア語の単語との類似から、意味が予想できました。そうして、その文から判断するに、1文目のpleuvoirは、イタリア語のpiovere「雨が降る」に該当する動詞だろうと推測できました。

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 こういう類推は、シャーロック・ホームズが短編小説、『踊る人形』で暗号を解読する際に、「暗号中で最も多く使われているのが、この形の人形だから、英語で最も多い文字、eに当たるのだろう。」と、推理をめぐらせていった様子に、通じるものがあります。

 ちなみに、pleuvourがイタリア語のpiovereに当たる動詞だろうと推測する根拠は他にも二つありました。かつて、ロマンス語文献学の授業で、俗ラテン語のēの音が、他のロマンス語ではeとなったのに、フランス語ではつづりがoi(発音は[wa])となったこと(記事はこちら)、そして、俗ラテン語のpl-、cl-、fl-がイタリア語ではpi-、chi-、fi-となったけれども、フランス語ではpl-、cl-、fl-のまま残ったということを覚えていたからです。

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 イタリア語のeがフランス語でoiになることがあると覚えておくと、たとえば、フランス語のsoir、avoir、mois、poireという単語が、それぞれイタリア語の単語、sera、avere、mese、peraにあたるということが頭に入りやすくなります。

 俗ラテン語のpl-、cl-、fl-が、フランス語ではそのまま残り、イタリア語ではpi-、chi-、fi-に変わったということを意識すると、たとえば、イタリア語のpiatto、chiaro、 fioreが、フランス語ではplat 、clair、fleurとなるのも、覚えやすくなります。

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 文章を読むときは、それが日本語であれ外国語であれ、書かれている言語自体の語彙や語法、文法の知識のほかに、知らず知らずのうちに、それまで自分が培ってきたいろんな知識を総動員し、前後の文脈や全体の内容からも意味を類推して、読んでいるものです。これは文を読むときだけではなく、音声から話し言葉を理解するときも同様で、わたしたちは、そういうときは、一つひとつの言葉や文法を理解すると共に、その言葉が話される場面や言葉に伴う表情やジェスチャーからも、音声情報を脳で理解するための情報を収集しているのです。外国語を勉強するときに、単語や文法だけにとらわれると、断片情報ばかりに意識が集中して、話題全体や内容の漠然とした把握を怠りがちになって、そうすると、せっかく話や文章を理解するための手がかりが、場面や前後の文脈、あるいは自分の既存の知識の中にあるのに、一つの単語にこだわって、結局は言われていることすべてが頭に入らず、理解できないということになりかねません。細部にこだわることも大切ですが、全体も把握しようと努めることを忘れないように気をつけてください。

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 そういう調子で、前後の文脈や既存の言語の知識を動員して、(3)の問題までは、辞書を引かなくても、何となく文の意味を正しく理解することができたのですが、この(4)の問題では、大はずれな想像をしてしまいました。

(4) Au printemps, les champs deviennent (verts).

 わたしはこんなふうに解釈したのです。

 “Nel primo tempo i campioni diventano pallidi”.

 「第一ラウンドで、チャンピオンたちが青ざめる。」って、しかも「チャンピオン」がchampsと複数だなんて変だなあと、ひどく疑問に思いながら、こんな意味になるのではないかと見当をつけたのです。

 printempsはイタリア語のprimo tempoと形が似てる。champは、英語でchampionのことを、くだけた会話ではchampと言うことがある。deviennentはイタリア語の動詞divenire「~になる」にあたる言葉だろう。

 しかし、これはとんでもない見当違いで、上の予想のうち当たっていたのは、deviennerがイタリア語のdivenireに該当するということだけでした。

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 printempsは、フランス語で「春」を意味する単語だったのです。champは英語のchampionとは関係なくて、イタリア語のcampoに当たる言葉で、複数形では「野原、田園」を意味します。というわけで、「第一ラウンドでチャンピオンたちが蒼白になるなんていったい」とわたしが首をかしげた文章は、「春には野原は緑一色になる」という意味だったのでした。イタリア語では、"In primavera i campi diventano verdi."

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 ただ、チョムスキーも言うように、わたしたちの人間の頭は、そのまま教えられる言語を丸覚えするのではなくて、自分たちの脳で、推測をしては間違えながら、新しい言語のメカニズムを自分で頭の中に生み出していく力を持っています。だからイタリア人の子供でも、最初は不規則活用をする動詞prendereの過去分詞は、prendutoじゃないかなと、自分の頭の中にある規則から考えてそう言ってみて、周囲の大人の対応や自分が見聞きする情報から、実はそれでは間違いだと気づいて、presoという正しい形を学び、身につけていくのです。

 というわけで、こんなふうに、時々思いっきり空振りの解答もしながら、少しずつ自分の中に、フランス語のメカニズムを築いていっているところです。『宇宙戦艦ヤマト』や『Yawara!』ではありませんが、パリに出発するまで、あと22日。フランスに到着する頃に、パリで2週間のフランス語語学留学を始める前に、少しでも、フランス語をものにできるように、残り少ない日々、勉強に励みたいと思います。

 写真は、5月9日水曜日の夕方、夫とミジャーナに改築中の家の様子を見に行ったあとで、周囲を散歩したときのものです。灰色の雲に覆われた空と、緑の野原が、ちょうど今回紹介した練習問題に、何だか合っているのでした。色も形もさまざまのランの花が、とてもきれいでした。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2012-05-12 00:25 | Fiori Piante Animali | Trackback | Comments(8)
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Commented by 更紗 at 2012-05-12 09:39 x
うわわわ!耳が痛いです。
勉強の仕方見直そう!
Commented by ムームー at 2012-05-12 13:55 x
なおこさん
準備がどんどんと進んでいるようで読み進むうちにこちらまで若いころの気持ちが蘇りそうです。
学ぼうとされる姿勢が素敵ですねぇ~下調べから実行までの道のり
も楽しみなことでしょう~
最近どんどんと昨日の事がわからなくなってきて恐ろしいです~
夫の病気の書類などわかりません。
野に咲く蘭などのお花に癒されます~
Commented by Masami at 2012-05-12 15:50 x
なおこさん、

おはようございます♪
文章を読む、理解するときのヒントなどがとても興味深く書かれていて、
思わず「ふむふむ」と頷きながら読み進めて行きました♪

「わたしたちの人間の頭は、そのまま教えられる言語を丸覚えするのではなくて、自分たちの脳で、推測をしては間違えながら、新しい言語のメカニズムを自分で頭の中に生み出していく力を持っています。」この言葉には、最近イタリア語力が停滞している私にはとても励まされるお言葉です(笑)推測して、間違いを繰り返す内に、自然と体に身に付いて行くんですね。私ももっともっとイタリア語の本を読むように頑張らなくちゃ(*^^*)

それにしても、なおこさんはもう少しでフランスに行かれるのですね~。
バイタリティ溢れるなおこさん、素敵です!
なおこさんなら2週間のフランス滞在でスポンジの様に言葉を吸収されるのでしょうね~!!

野生の欄の花、とても綺麗♪♪
一番上のお写真の景色もにもとても惹かれました~!
Commented by milletti_naoko at 2012-05-13 06:21
更紗さん、言葉を理解するには、「全体から細部へ」と「細部から全体へ」の双方向を共に利用すると、効率もいいし、母語を理解するときの自然な脳のメカニズムにも従っているので、自然ですっと理解が進みやすいかと思います。外国語の学習、特に、異国の地で急にその外国語で教える授業の中で学ばなければいけなくなるという状況は、大変だと思います。それが分かっているから、できるだけ、言われていること、書かれていることが分かるように、出発前に勉強しておくつもりです。お互いに頑張りましょう!
Commented by milletti_naoko at 2012-05-13 06:22
ムームーさん、締め切りが決まって、ようやくフランス語の勉強の調子がつかめてきました。書類や文書を作成するのは、いろいろと決まりごとがあってややこしいですよね。わたしも苦手です。初めてのことも多いから、ムームーさん、分からないことが多いのは当然だと思います。大変ですね。野に咲くきれいな花を見ると、わたしもうれしくなって、嫌な思いも飛んで行く気がします。
Commented by milletti_naoko at 2012-05-13 06:41
まさみさんはお子さんが少しずつ言葉を学ばれていくのを、そばで見守ってこられたことと思うのですが、外国語学習にも、かなり母語の習得と通じるところがあるのです。自分が使ってみたい分野や文体のインプットを増やすこと、公の場で話す機会をできるだけ持つようにすること、あるいは、ふだんの会話でも、時間と気持ちに余裕があるときは、内容と共に自分が使っている言葉にも注意して話すことで、進歩がなくなったようにみえる外国語も、また向上させることができます。わたしも通訳の仕事が入ったときなどは、その数か月前から、かちっとしたイタリア語の文章を読んだり聞いたりする機会を増やして、停滞しがちというか後退しがちなイタリア語の力を持ち上げるべく努力するように心がけています。ありがとうございます。パリで、周囲で言われていることができるだけ理解できるように、スポンジになれるように、今のうちに頑張っておくつもりです。

最近は、色も形もさまざまな野生の蘭がきれいで、山を歩くのが楽しみです。
Commented by miamiya at 2012-05-17 15:57 x
わぁ、耳が痛い。(苦笑)
いつも独学で語学の勉強をしているので、CDを聞きながら勉強をしていますが、やり方が悪いのでしょう・・・かなり中途半端が多くて、頭の中が、いろいろな語学でごちゃ混ぜになりました。
なおこさんの勉強方法を参考にして、語学の勉強を見直そうと思います。
現地の言葉で話し、視野を広げやはり、友達を作るために頑張ろう♪
ありがとうございます。
Commented by milletti_naoko at 2012-05-17 18:06
miamiyaさん、おはようございます。わたしはかつて、中学・高校であれだけ英語を勉強したにも関わらず、話せないし聞いても分からないのはなぜかと考え、「やはり読み書き・文法・語彙の学習」だけではだめで、聞いて話す機会も増やさなければ、話せるようにはならないんだという結論に至りました。ただ母国語とは違って、やはり文法や語彙を身につける必要も大切なので、その辺のバランスをどう取るか、どういう教材を選び、そのうちどれを主軸に据えるかが大切になってくると思います。

最近、フランス語の勉強にかまけて、イタリア語学習メルマガの発行が遅れているのですが、miamiyaさんのコメントを読んで、パリに発つ前に、せめて1号は発行したいなと思いました。お互いに語学学習、頑張りましょうね!


日本語教師・通訳・翻訳家。元高校国語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより


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