世の中どこへ行く

 先週土曜日に、シビッリーニ山脈のふもとにあるマルケ州の村、ヴィッソを訪ねたときのことです。トラットリーアで食事をしていると、小さな女の子が窓際に行ったかと思うと、床に腰を下ろし、そのまま長い間、手にした携帯電話から顔を上げません。

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Visso (MC), Marche 25/10/2014

 そのうちわたしたちの料理が運ばれてきたので、その子のことは忘れて、食べていたら、今度はどこからか子供の泣き声が聞こえてきました。なかなか泣きやむ気配がありません。

 レストランなどで、近くの席に、いつまでも泣きやまない子供がいて、親御さんが困っているときは、見知らぬ子でも、手近にある紙で鶴などを折って、その子の顔の前で、紙の鶴を飛ぶように動かしてみることがあります。そうすると、たいていの子供は、すぐに泣きやんで、鶴を見つめたり、うれしそうに手で持って自分で動かしたりします。このときもわたしは、「すわ出番か」とばかり、フォークやナイフが入っていた紙袋を破って折り紙代わりに折り始めました。

 ところが夫が言うには、泣いているのは(折り紙で喜ぶ年齢を過ぎた)大きい子供で、携帯電話のゲームで遊びたいのに、父親が「電話は車に置いて来たから、今は我慢しなさい。」と言うので、泣きやまないとのことです。そうして、その子が父親の言うことを聞き入れないのも、他のテーブルに座る同じくらいの年齢の子供たち二人が、携帯電話でゲームをしているのが見えるからだろうと言うのです。

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 それを聞いて、9月に姪が堅信(cresima)の祝いに受け取った品の中に、高機能の携帯電話やタブレットなど、わたし自身手にしたことも使ったこともないようなハイテクの贈り物が多かったことを思い出しました。わたしたちが子どもの頃に、コマ回しや木登りを学んだように、この子たちは幼い頃からこういう機器を使って、そのうちまるで身体の一部のように、使いこなせるようになるのだろうとか、親が反対でも、同級生や友人たちが皆持っていると、結局は与えざるを得ない状況になるのだろうとか、そのときに、大人どうしの間で、そんな話をしたのを覚えています。

 友人たちと大勢で集まるときには、子供のいる友人が子供を連れてくることも多く、そういう子供たちが、大人たちの間で退屈するということもあるのでしょうが、小さい子供であれば、母の携帯電話のゲームで遊び続けたり、大きい子供であれば、自分の携帯電話で、友人たちとメッセージを交わしたりチャットをしたり、そうやって、皆でいる場で、携帯電話をのぞき続けていることも、よくあります。大人の中に自分だけ子供一人という場合は、そうやって気をまぎらわせるのも分かる気がしますが、最近は、大人だけがいる友人どうしの集いでも、時々携帯電話をのぞいたり、自分に興味のある映像を一緒に見ようと誘ったりする人もいれば、ひどい場合には、始終ずっと携帯電話ばかりのぞいて、人の目も見ずに、メッセージを打ち込んだり読んだりする人もいます。

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 今目の前に、自分と一緒に時を過ごそうとする人がいてくれるというのに、そういう時間に待つこと、場を共有することができない子供たちと、今ここにいる人よりも、どこかよそで過ごしているだれか、あるいは不特定多数の人とつながることを優先する大人たち。

 もう12年以上も前の話ですが、日本の高校で教えていた頃に、携帯電話やインターネットの普及で、子供たちが家に引きこもり、自分の殻に閉じこもって、非社会的な大人になることが危惧されていたことを、思い出します。科学技術がむやみに発達したばかりに、携帯電話やインターネットで、常にそこに相手とつながっていることを互いに確認し続けなければ不安になる、そういう強迫観念や不安に駆られて、そうやって希薄で表面的なつながりや接触を続け、対人関係を通して学んだり、真の友情を築いたりすることができなくなるのではないか。そういうことが、職員会議でも話題になり、大学入試の現代文の問題や、小論文のテーマとしても、登場していました。

 あの頃の教え子たちが、今はもうりっぱな社会人として、親として、日本で活躍してくれています。フェイスブックのおかげで、遠い日本に暮らす、そういうかつての生徒たちの近況を知ることができるのは、うれしいし、ありがたいことです。ツイッターのおかげで、世界各地で何か異変や緊急事態が起こったときに、必要な情報や連絡を入手しやすくもなり、また、だれかの役に立てるかと、発信もできるようになりました。

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Borragine

 ブログのおかげで、自分の思いやこれはという情報を発信し、日本や世界各国に住む方と思いを伝えあうことができるようになりました。イタリアの地方の町に暮らしていても、ブログがきっかけで、あるいはブログで信頼を得て、仕事の依頼をいただくということも増えてきました。

 イタリア語を外国人に教えるための知識と資格を、イタリアの大学と大学院で、長年にわたって学んで身につけ、日本でイタリア語を学ぶ方や、イタリアでイタリア語を学ぶ日本の方の、お役に立てるであろうに、いくらよい成績で卒業してみても、先生方からおほめの言葉をいただいていても、イタリア語が母語でないというだけで、イタリアではイタリア語を教える機会に恵まれません。それで、せめて学んだことを少しでも世の中に還元したいと考えたとき、メールマガジンを個人でも発行できるという体制が整っていたおかげで、そうしたイタリア語の学習情報を、発信することもできています。

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 わたしが4年半前にブログを書き始めたのは、もともとは、このイタリア語学習メルマガに写真を載せることができず、メルマガのバックナンバーを載せているサイトも、保存できる画像がかなり限られていたためです。言語と文化は切ってもきれない関係にあり、学習の効率上も、学習者の方の好奇心を喚起するため、やる気が絶えないように応援するためにも、学習教材に関連した写真や、イタリアの文化を紹介する写真を載せるための媒介がほしかったからです。それが、ブログを書き始め、コメントを通じて皆さんと言葉を交わすようになってから、読者の方の声が聞けるようになってからは、もともと自分が文章を書いたり、人に何かを伝えたりすることが好きなのだということにいまさらのように気づき、ブログの方にはまってしまって、今は、メルマガの発行がすっかりおろそかになっていることを反省しています。

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 閑話休題。インターネットの普及や文明の機器の高度化には、ですから感謝しています。ただ、携帯電話なしには、食事が来るのを待つこともできない子供や、久しぶりに会う友人と共にいても、携帯電話から目を離せないような人を思い、自分にもそういう要素がないかというと、実はあるのではないかと反省しています。幸い、わたしの携帯電話ではインターネットに接続することができません。ですから、携帯電話は、山歩きや巡礼の旅、友人との会合では、思いがけぬ、あるいははぐれたときの連絡手段としての電話として使うだけです。ただ、家でブログの記事を書いたり、コメントのお返事をしたり、フェイスブックやツイッターをのぞいたりするときに、必要以上に、何となく、あるいはだらだらとそのままブログをいろいろ閲覧したり、いろんな人の投稿やメッセージに目を通していて、本当にするべきことをおろそかにしたり、そのおかげで、日曜日に来た義弟の家族、姪たちや、夫と過ごせる時間、家族や友人に手紙を書く時間がなくなったり、そういう大切な関係に費やすべき時間を、どうでもいいことでパソコンの前で浪費してしまったりしていることが、あるのです。細切れの時間しかないからと、そうやってだらだらする代わりに、フランス語の問題集を開いて、一問解くこともできれば、家のどこかを徹底的にきれいにすることもできるはずです。

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 昨日、日本語能力試験の模試の問題に目を通していたら、読解問題の文章に、「電車の中に、座れずに立っているおばあさんがいたのに、本を読んでいて気がつかず、席を譲ることができなかった。今度からは他の人の様子にも目を配って、お年寄りにどうぞと席を譲れるようにしたい。」といった内容のことが、書かれていました。本ならぬ携帯電話をのぞきこんでばかりで、電車の中でも、だれかと会っていても、家族といても、周囲の様子を見ることができていない、「今ここ」を大切にできていない、そういうことがないように気をつけたいものです。

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Berretto del prete

 わたしがいわゆるスマートフォンを持たずにいるのは、非常に高価なもので手が出ないし、デジカメとネットブック、デスクトップ、安価な携帯電話をうまく使い分ければそれで済むと思っているからでもありますが、いったんインターネットに接続できるスマートフォンを持ってしまったら、始終ブログのコメントに返信し、メールやツイッターを確認しと、インターネットに依存してしまう不安があるからでもあります。

 家でさえ、今ここ、そして、今身近にいてくれる人や大切な人よりも、ついパソコンに向かってだらだらすることがありがちなわたしは、自らを戒めたいと思うと同時に、幼い頃から情報機器を当たり前に使いこなし、生活になくてはならないものと考えて育っていく現代の子供たちに、もっともっと、情報端末の向こうにいる相手やそうした機器が構築する世界ではなく、生身の大人や他の子供たちと、そうした機器なしにいっしょに過ごしてほしいものだと、切に思います。

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 「インターネット上には情報が氾濫しており、多くの情報を得ることができるのは便利だけれども、正しい情報を見極めたり、選別したりするだけの判断力がない状況で、こういう情報の波に子供たちがさらされるのは問題だ。だから、子供たちに正しい思考力や判断能力を持たせるためにも、本を愛する心や、読書の習慣を培う必要がある。」

 かつてこうしたことが声高に叫ばれ、わたしも大いに共感していたものですが、これが、勤めていた高校の図書館教育研究の主題設定の理由だったのか、大学入試の小論文のテーマだったのか、国語教員に対する教科研修での講話で聞いた話だったのか、英会話学校での討論の内容だったのか、よく覚えていません。当時は、インターネットの普及が進み、愛媛県の全高校に、クラスの生徒数に該当する台数のインターネット接続可能なパソコンが導入されつつありました。そういう状況にあったため、結局は、上述のすべての機会に、こうしたことが議論された、あるいは、そうしたさまざまな議論や講話を通じて、わたし自身がそう思うようになったということではないかと思います。

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La Rocca di Visso (Sec. XI - XII)

 近年では、そうした文明機器に接する年齢や依存し始める年齢が、さらに下がってしまったのではないかという危惧を抱いています。幼い頃から、他の子供と遊ぶことや、親や他の大人と向かい合って過ごすことがないままに、文明機器に依存して育ってしまうと、そうした情報の波の中で、正しい情報を選択する思考能力や判断力も養えないどころか、思いやりや感受性、我慢をする心なども育たないままに、大人になってしまうのではないかと心配しています。大人や他の子供との対話が少なくなり、テレビばかり見て、本を読まない子供が増えて、日本語で表現する力が劣りつつあるとは、新聞記事や翻訳講座のテキストでも読みましたが、日本の高校で12年間にわたって国語を教える中で、身にしみて感じました。

 国語の力があってこそ、豊かな感受性や思考能力・判断力が培われる基盤ができるのです。思いやりや倫理観は、人との接触を通して培われていくものでしょう。子供たちが、インターネットや携帯電話に、幼い頃から依存しすぎることのないよう、大人になってからも、機械に使われる・振り回されるのではなく、機械を上手に利用できる、そういう人であれるように、皆が心がけること、意識しておくことが、とても大切だと思います。

 写真は、土曜日にヴィッソを散歩したとき、村から丘の上の塔へと登っていく途中に、出会った風景や植物たちです。

************************************************
Passeggiata dal Centro alla Rocca di Visso 25/10/2014

Saliamo verso l'alto,
ci salutano i fiori di borragine, le foglie rosse
e le bacche del berretto del prete.
In lontananza i monti sibillini con la neve,
in cima la rocca medievale.
************************************************

LINK
- 白雪と詩と聖母、ヴィッソを歩く1 / Passeggiata a Visso parte1 (25/10/2014)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2014-10-29 23:35 | Marche | Trackback | Comments(11)
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Commented by Yuccolina at 2014-10-30 08:25 x
なおこさん、こんにちは!!
とっても共感しながら読ませて頂きました。
私も身近な話ではイタリアの甥っ子15歳がFBやWhatsup、ゲームを家でずーっとしているのを見た時や、家族みんなでどこかに泊まりに行くときにまずWifiの有無を確認するのをみていかがなものかと感じていました。
私達がその年代の頃友達と学校以外で交流するのに、交換日記など書いたりしていたように思います。
ただすべては大人から買い与えられたものなんですよね。。。
先日レストランに行った時に食べ物を待つ間、旦那が携帯でサッカーの試合の動画を見出し、後で本人は悪気がなかったと謝ったのですが、なんとなく残念なディナーになってしまいました。
なおこさんのおっしゃる通り、機会を上手に利用できる人であるように意識して過ごしたいですね^^


Commented by ayayay0003 at 2014-10-30 14:43
こんにちは♪
今日の記事を拝読して私自身反省することばかりです~(^^;
確かにインターネットは私達の生き方そのものを変えたと言っても過言ではなく使い方を考えて使えばこんなに便利なものはなく、一方誤った使い方をすれば大切な時間を浪費してしまいますね~(^^;
私も、スマホは値段が高いので持ってませんが、タブレットを持っているのでスマホと同じかもしれないです~(^^;タブレットは、一月の通信料が千円程で使えるので安価です♪海外ではwifiなのでお金はかかりません。しかし、私も、無駄に時間を浪費しているところはいなめません(^^;因みに家の夫は、携帯もその他の電子機器一切持ってません(^^;それも困りますけどね(・・;)
Commented by patata at 2014-10-30 16:14 x
なおこさん、こんにちは!
今回の記事、大変共感しながら拝読しました。
特に私たち大人は、インターネットの恩恵を受けていることも確かですが、使い方によっては時間を浪費してしまうことも確かですよね。。
インターネットと上手に付き合っていくことは、個人的にも、今後の課題です。私は、まるで中毒者のように、情報を求めて延々ネットサーフィンをしてしまうことがあるのです。それが一転して、日本に帰国すると、イタリアのスマートフォンがWifiの問題から使えなくなるのですが、この状況に慣れると、非常に気分が良いものです。
私も、自分の中でのインターネットの在り方を、改めて考え直してみようと思います。ありがとうございます。

話が変わりますが、マルケ州のVisso、厳かな雰囲気で美しいですね!Borragineも綺麗ですね、マルケで見つけられたのでしょうか?
リグーリアは、Borragineはラヴィオリの中身に使ったりと、重宝される草なのですが、先日メルカートに行った時は、まだ並んでいませんでした。これから時期がくると思うとわくわくします。
Commented by milletti_naoko at 2014-10-30 18:06
Yuccolinaさん、おはようございます! 大人のわたしでも恥ずかしながら時々ゲームにはまってしまい(脳を活性化しアルツハイマー防止に役立つので毎日約20分というゲームですが、度を過ぎてはいけないし、やることの多いときに限って逃避するようにはまってしまうという…)、FBも見始めると、必要以上についつい見てしまうので、幼い頃からこうやってインターネット漬け、ゲーム漬けでは、何だか将来が心配ですよね。交換日記、わたしもしたことがあります。なつかしいですね。今、こうやって書くブログの記事やコメントのやりとりも、そう言えば、交換日記に近い楽しみがあるような気がします。家族皆での旅行でまでWifiの有無を確認する中で暮らすと、子供が同じ場所に10人集まっても、皆が個別に携帯電話やパソコンに向かい合い続ける、直接の対話や実質的の共有体験のない単なる場所の共有になりそうで、寂しい気がしますし、子供たちの将来や社会の行く末のためにも心配です。

昔同僚の女友達が、夕食を一緒に食べに行く男性の同僚が新聞紙を広げるのが嫌だと言っていたのを思い出します。新聞も携帯電話も同じで、目の前にいる人、一緒にいられる時間を大切にする気持ちがないように感じられてしまいますよね。わたしも、テレビがあるピザ屋や食堂で、食事中や食事を待っているときに、夫がテレビばかり見たり、電話で友人と話し続けていたりしていると、嫌な気分になりますし、だから注意もします。

わたしもまずは自分自身が気をつけるようにしたいなと思います♪
Commented by milletti_naoko at 2014-10-30 18:10
鍵コメントの方へ

ご愛読とコメントをありがとうございます。とってもうれしいです♪ お子さんがお二人とも海外にとは、日本も国際化が進んでいるのだと、改めて実感します。ご心配も多いでしょうに、温かく送り出してあげられるのも、すばらしいですね。わたしも情報化社会の恩恵を受けつつ、チャップリンの映画ではありませんが、技術や機械に振り回される毎日にならぬよう心がけたいと感じています。ありがとうございます。イタリアの美しい町並みや山の風景を喜んでいただけていると知って、うれしいです。
Commented by milletti_naoko at 2014-10-30 18:19
こんにちは♪ アリスさんとお知り合いになることができたのも、インターネットのおかげで、わたしにとっては仕事のためにも、今はなくてはならない存在ですが、優先すべきものが、もっとするべきことが他にないかを念頭に置いておかないと、時間をむだにしかねないので、気をつけなければいけないなと思います。『星の王子さま』の中でキツネが「君がばらを大切に思っているのは、その花のために時間を無駄にしたからなんだよ。」と言う、その言葉が大好きなのですが、インターネットでの情報発信やメール・コメントのやりとりで、信頼や人とのつながりを築き上げていくことには時間を割きたいと思う一方、だらだらとむやみに過ごすよりは、だれかと会ったり、手紙を書いたり、家がより暮らしやすくなるようにしたり、よりよい自分を目指して、あるいは楽しみのために本を読んだり、そういうことに時間を使いたいな、使うべきなのにとつくづくと感じています。

タブレットは写真も撮れるし、インターネット接続も可能で、本当に便利なようですね。うちの夫も、ふだん使っているニコンのカメラは巡礼に持参するには重すぎるからと、写真撮影や巡礼情報保存や獲得のために、巡礼前に購入を考えていました。重いリュックを背負い、寒暖調整のための脱ぎ着も多く、転ぶこともあるであろう巡礼中に、慣れず割れやすく、これまで扱い慣れていないタブレットを持って行っても、壊してしまうおそれがあるのではないかと、私が言い、結局購入はしなかったのですが、あればあったで、何かと便利だろうなと思います。
Commented by milletti_naoko at 2014-10-30 18:32
Patataさん、こんにちは! わたしたち大人はもちろんですが、生まれたときからインターネットやスマートフォンが身近にある子供たちが、他の時間の過ごし方を知らずにこうやって育っていってしまうといったいどんな世の中になるのかと、子供自身の幸せはもちろん、世の行く末のためにも、とても心配です。いつか見た映画で、主人公がだれかの指示を、音声を通じて受けて、任務を実行し続けていたのだけれども、最後の最後に、実はその指示は大型コンピュータの化物、つまり機械から発せられたのだと気づくということがありました。古い映画ですが、確か『2001年宇宙の旅』でも、人間が自らの役に立つように作り上げた高性能の機械が、逆に自ら意思を持って人間を操るようになるということがあったように思います。そういう大型の情報機器の化物が人間を操ることはなくても、現代社会では、世界中で小さな端末を通じて、人間が文明の利器に振り回される、そういう事態がすでに実際に起こりつつあるのではないかという気がすることもあります。インターネットのおかげで、かつては図書館や書店を巡らなければ手に入らなかったような情報がすぐ手に入るのはありがたいですが、おたがに気をつけましょうね。

ヴィッソは、水が澄んだ川が二つ、村の中央を流れ、すぐ近くに高い美しい山もあって、大好きな村です。Borragineは見たとたんに、PatataさんとPatataさんが作られていたラヴィオリ、見つからずに苦労されたお話を、わたしも思い出しました。サラダに入れるのが好きな友人もいるんですよ。とってもおいしいそうです。
Commented by nagisamiyamoto at 2014-10-31 09:16
なおこさん、こんばんは
本当に今のこどもたちは携帯電話やタブレットを器用に扱い、たいしたものだと思っています。これは日本も同じなのでしょうか?
数年前のクリスマスに知人の7歳のおませな娘さんにピアスをプレゼントしたところ、他にいろんな高級品を貰っていたのでその娘にがっかりされてしまいました。その時のショックは結構忘れられないですね。
時代がどんどん進歩して、良くも悪くも・・・

懐かしい『星の王子様』、私も手元に一冊あります。このポンテで久しぶりに読み返してみようかしら。
Commented by suzu-clair at 2014-10-31 20:15
なおこさん、
私もネットでの情報の氾濫する現代に、
いろんな危惧を感じている一人です。

ネットが普及して、確かにとても便利にもなったし、
私もその恩恵にも授かっているけれど、
そういうものに依存する傾向にある現代社会は、
さまざまな問題点を含んでいますね。

私ごとですが、
最近真剣に取り組んでいることがあるため、
PCに向かう時間がとれないのですが、
それはそれで、シンプルに生きることの大切さに改めて気づかせてもらえるなと、改めて感じています。

おかげで、なおこさんの素敵なブログにもなかなかご訪問できずに失礼しておりますが、
大事なのは、
便利なものに振り回されずに、
ぶれない自分をもって生きることなのかもしれませんね。

生まれたときからネットやゲームなどが当り前にある環境で育つ今の子供たちは、
とくにそうした生身の世界を生きる大切さを知ることが、
とても重要になっていくのでしょうね。
Commented by milletti_naoko at 2014-10-31 20:20
なぎささん、こんにちは。イタリアがこうですから、日本では輪をかけて、携帯電話やゲームから目を離せない子供が多いのではないかと心配しています。すでにツイッターで、うちの子もそうですよとコメントをくださった日本にお住まいの方もおいでです。

なぎささんも、ピアスを選ばれるまでには、そのお嬢さんの好みや髪の色まで考えて、いろいろと探されたでしょうに、それは残念でしたね。わたしは実は幼い頃、祖母からの贈り物を喜ばずに父から叱られたことがあります。子供って、よくも悪くも自分の気持ちに正直なんですよね。それに、子供の数が少なくなっていることもあってか、家族も年に一度だからと高価な贈り物をと考えて与えることもあってか、「もらってうれしい」とか「ありがたい」という喜びや感謝の気持ちを、感じられにくくなっているような気がしています。我が家は義家族がことに宗教心が篤いためかもしれませんが、夫は、「誕生日の贈り物よりも、一番大切で高価なものを送るのは、クリスマスの贈り物だ」と言っています。

『星の王子さま』、なぎささんもお持ちなんですね! 日本でイタリア語を勉強していた頃、イタリアからCDつきのイタリア語版を取り寄せて、本を読むと同時に、CDを何度も何度も聴いたのですが、日本の朗読CDと違って、いろんな訳者がラジオドラマのように、演劇で演ずるように声色も変えて読んでいて、聴いていて(といってもながら聞きが多かったから「聞いて」かな)、とても楽しかったです。大好きな本で、わたしも何度も何度も読み返しています。なぎささんも、ぜひ♪
Commented by milletti_naoko at 2014-10-31 20:29
すずさん、実はわたしもこの記事を書きながら、「ブログとは今までに比べて距離を置いて、してみようと思うことに打ち込もう」と書かれていたすずさんのことを、思っていました。わたしにとっても、日本や日本の方とのつながりや、仕事のためにも、ブログは大切な通信手段ですが、大切な家族や友人や、周囲に、今ここにいてくれる人や今ここですべきことを、おろそかにしてはいけないなと、しばしば反省しています。

仮想の世界に対応する現実の世界を、どうしたらうまく言い表せるのだろうと思いながら書いたのですが、「生身の世界を生きる」、とてもいい表現ですね。生の人間関係や自然などと、どうか今の子供たちも、もっと触れ合う機会、向き合う機会が増えますように。


日本語教師・通訳・翻訳家。元高校国語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより


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