洪水・原発と雨の紅葉

 今週半ばから、イタリアでは天候が崩れ、大雨や洪水などの被害が各地で相次いでいる上に、今後も雨が続く地域では、洪水のほかに土砂崩れの恐れもあります。毎年こうして大雨のための洪水や土砂崩れで、命や家財道具などを失う方が出るたびに、イタリアでは「予告された悲劇」(tragedia annunciata)と、報道などで言及されることがあります。元来地質や地盤、地形に問題があるため、あるいは、地盤を守るために、地面を残さなければいけないところがコンクリートで埋め立てられて住宅地になり、地盤を守るべき森林が伐採されるなどして、過剰に降った雨水の行き場がなくなり、あるいは土壌が過剰な雨水をとどめ切れずに、洪水や土砂崩れが起こりやすい市町村が、イタリアでは過半数を占めることは、例年こうした災害に多くの市民が巻き込まれ、犠牲者が出るたびに、言われ続けています。大雨を予想して、あらかじめ対策を立てておけば、こうした災害で命や家族・家財を失う方もなく、市町村としても、大きな損失を防げるはずだというのに。「予告された悲劇」は、日本の原発再稼動問題にも言えることであって、活火山を有し、地震も絶えない地で原発を再稼動することは、大雨が来れば洪水や土砂崩れの可能性があることを知りつつ、何の手立ても打たないよりも、さらに危険や害が深刻だと思います。万一の場合には収集も取り返しもつかず、多くの人の命や幸せを奪いかねない大惨事の可能性があるのに、目先の地域振興のための財源獲得を選択するということは、最も大切にしているのは、市民の福祉安全ではなく、利権だということでしょう。本当に地域の、市民のためを思うのであれば、今からでも遅くはないので、考え直すべきだと思います。

 2011年3月11日に起こった東日本大震災を特集した『TIME』の記事に、こう書かれています。

“We sleep easy in the soft arms of clichés: hope for the best, prepare for the worst; risk varies inversely with knowledge; it’s a waste of time to think about the unthinkable. But Japan shook those soothing assumptions. No amount of planning, no skills or specs or spreadsheets, can stop a force that moves the planet.“ (Nancy Gibbs, “TIME” March 28, 2011)

 わたしたちの推測を大きく超える自然の脅威が、将来起こりかねないとはだれも断言できません。可能性が極めて少ないからではなく、万一の大惨事を避けて、原発がなくとも、多少電気の消費量や地域の財源が少なくとも、それでも市民が安全に暮らせる、そういう社会を目指すべきでしょう。当時のアメリカやイタリアの記事には、かつて原爆で多数の市民が命を失い、町を破壊された日本が、自ら生み出した原発が原因で再び、核による悲劇を繰り返したことを指摘するものがいくつもありました。

  No more Hiroshima, no more Nagasaki, no more Fukushima.

 広島や長崎の悲劇を繰り返さないためには核兵器の製造や保持・戦争を、福島の惨事を繰り返さないためには、二度と原発を再稼動させないことが必要です。

f0234936_8102538.jpg

 昨日の夕方は、雨が降っているというのに、夫が「道沿いにきれいな紅葉を見つけたから撮影したい」と言うので、出かけました。どしゃぶりの雨に洗い流された紅葉が、とてもきれいでした。

f0234936_8121093.jpg

 夫としては、紅葉が特にきれいな木が何の木かを調べて、ミジャーナに植えたいと考えていたようですが、雨があまりに激しいのであきらめました。

********************************************************
Le notizie dal Giappone: "Riparte il nucleare giapponese in Kyushu"
- No, No More Fukushima!
Foto - Foglie rosse bellissime lavate dalla pioggia.
******************************************************** 

関連記事へのリンク / Link agli articoli correlati
- No more Fukushima / 原発再稼動の再考を (2014/3/11)
- NHK NewsWeb -川内原発再稼働 鹿児島県知事が同意 (2014/11/7)
- Greenreport.it – Riparte il nucleare giapponese. Via libera al riavvio della centrale di Sendai (7/11/2014)

*追記(11月10日)
 より多くの方に、放射能や原発の恐ろしさと、福島の嘆き・現状を知っていただこうと、以下のリンクを追加しました。
- Evacuate Fukushima 福島の子供を守れ- The Sorrow of Living in Fukushima 福島は日本か
↑↑ 記事から / Dall’articolo / From the article:
「福島の原発震災と自身の生活について、自らの想いを綴りツイッターで発信している福島出身のお母さんがいます。雑誌ママレボが、先月発売の第8号でこのお母さんの詩(福島は日本か@asukensuke)をまとめて掲載しました。言葉の一つひとつが、胸に突き刺さります。子ども世界ネットワークにて、一連の詩を翻訳しました。
A Fukushima-native single mother has been writing poems on twitter about her life since the 3.11 disaster. She goes by the twitter name of Sasukensuke and her account “Is Fukushima Japan?” has been followed by thousands of users. In August, Mamarevo magazine published a series of her poems on the latest issue. How has the worst nuclear accident in the history changed a mother’s life? How has she been fighting to protect her children and family from radiation exposure? WNSCR translated Sasukensuke’s poems to share with readers.」

Articolo scritto da Naoko Ishii

 この記事いいなと思ったら、応援の1クリック(↓↓)をお願いします。
Cliccate sull'icona (↓) se vi piace l’articolo.
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
NihonBlogMura Blog Ranking

こちらもクリック↓↓ ありがとうございます!
Anche su questa icona. Grazie!

Ninki Blog Ranking

by milletti_naoko | 2014-11-07 23:59 | Giappone | Comments(8)
Commented by ayayay0003 at 2014-11-08 08:57
おはようございます^^
天候不順とのこと、お見舞い申し上げます^^;。
日本では今年は、八月広島の集中豪雨による土砂崩れで多くの方が犠牲になり大震災のときとは状況が異なるとはいえ、基本的な教訓がいかされてないな・・・という印象が残りました。予測がつかないとはいうものの、なんとか避難を呼び掛ける方法がなかったのか本当に悔やまれます。また、御嶽山の噴火によりたくさんの方が亡くなられました。自然の脅威は私たち人間には計り知れないことがありますが、こうした過去を踏まえて学び悲劇を繰り返さないようにしていきたいものですね!
一枚目の楓の紅葉見事ですね(*^^)v今年の愛媛はそれほど急激な冷え込みがなかったためそれほどきれいな紅葉は期待できそうにありません(笑)
素晴らしい紅葉のお写真ありがとうございます(*^_^*)
Commented by nagisamiyamoto at 2014-11-08 13:32
なおこさん、おはようございます。
自然の前で人間は無力です。どんなに科学が発達しても、乗り越えられない現実がある訳で・・・
私は阪神大震災、東日本大震災、第二次世界大戦、9.11も経験していませんので、ある意味その恐怖が理解仕切れていないんです。人間が起こす苦しみ、自然が起こす悲しみは計り知れないからこそ見つめあわなければ行けない永遠のテーマ。
フィレンツェで起こった被害といえば1966年のアルノ川の氾濫。これは画像も残っているし、経験者もまだ身近にいますので話を伺う機会も多いです。あとは1985-6年の大寒波。マイナス27度のフィレンツェは本当に大変だったそうで、ガイドの先輩からもよく話は聞きました。
今年の冬は一段と寒いそうですが・・・
Commented by ムームー at 2014-11-08 14:54 x
なおこさん
こんにちは。
そちらでも災害が色々と起こるのですね、森を崩し
建てられない地域にも家を建てる。
日本ではあれだけの災害を出しながら、もう原発再稼働なんてばかげたことを考えています、地元の雇用がなくなるとか
、そんなことで済まない話なのに、まだまだ懲りない
って悲しくなります。
綺麗な紅葉ですねぇ~
いつもありがとうございます。
Commented by とすかーな at 2014-11-08 17:30 x
なおこさんのおっしゃる通り、予め対策を取っていれば防げるもしくはもっと被害を小さくできたはずとニュースを見ていて思います。毎年、毎年、同じ地域が洪水にあっていますもんね。日本でも政治家の力の弱いところはなかなか復興しなかったりというのがありますが、イタリアは、被害の後工事がされていないところがほとんどで、驚きます。実家の近くは一度水に浸かって死者もでたことがあるのですが、その年のうちに工事が始まり翌年からは一度も洪水が起きていません。インフラが極端に整備されていないのを見るとイタリアが先進国とは思えません。
Commented by milletti_naoko at 2014-11-09 00:42
アリスさん、こんにちは。日本でも今年は本当にさまざまな天災で多くの方が命を失われているんですね。予期せぬ天災がいつ降りかかってくるとも知れぬものの、防げる悲劇は防げるように手を打たなければと思わずにはいられません。
曇り空や雨ではきれいな写真が撮りにくいので、「仕方ないな」と思いながら夫についていったら、雨に洗われた紅葉の葉がことのほかきれいでびっくりしました。こちらこそ、心のこもったコメントをありがとうございます♪
Commented by milletti_naoko at 2014-11-09 00:58
なぎささん、わたしは阪神大震災の早朝、愛媛県ですがひどい揺れで目を覚まし、翌日からの大地震のニュースとどんどん増えていく犠牲者の数、被害の大きさに、驚きました。イタリアのラクイラの地震でも、阪神大震災の際にも、まさかそれほど大規模な地震が起こるだろうという予測がなされなかったために、また、業者が儲けを増やすためにいいかげんな建築を行ったために、本来は崩れるはずのなかった建物や道路が崩壊し、守れたはずの人命も失われています。自然の脅威は人間には対処しきれないとは言え、手を打てる範囲では手を尽くすべきだと思うし、砂の上に城を築いてはいけないと思います。アルノの氾濫は有名ですが、フィレンツェでマイナス27度とは! そう言えば、数年前にトラジメーノ湖が凍ったときに、約30年ぶりのことだと聞いたのですが、同じ年かもしれませんね。異常気象で本当に予測がつきません。今年はウンブリアでは、異常気象と病気が原因らしいのですが、オリーブの収穫量ががくりと落ち、我が家でもオリーブの収穫を見合わせました。こんな年は、物心ついた頃からこの時期にはオリーブの収穫をしている義父にとっても初めてだそうです。
Commented by milletti_naoko at 2014-11-09 01:06
ムームーさん、命さえあって大地や人々が健康でさえあれば、他の方法でどんなにでも地域の振興も雇用も促進できるだろうにと、わたしも思わずにはいられません。一度災害が起こってしまえば、もう足を踏み込むことさえできず、さらに災禍は隣町、隣県、隣国どころか世界中に及びます。
この紅葉は、かつては植木屋さんが売り物にする木を数列に植えていた場所だそうです。今もそのうち売り物となるのか、それとも森として市の緑の散歩コースの一部となっているのかは分かりませんが、毎年秋になるたび、紅葉が楽しめてうれしいです♪ こちらこそ、いつもありがとうございます。
Commented by milletti_naoko at 2014-11-09 01:15
とすかーなさん、たとえば震災の後も、イタリアでの復興には非常に年数がかかるので、1997年のウンブリア・マルケ大震災で崩れ落ちた建物や町も、今ようやく修復が終わったばかり、終わろうとしているというところがたくさんあります。今年の夏にラクイラでも、まだ中心街のほとんどが修復中で立ち入り禁止だったので驚きました。復興に歳月がかかるからこそなおさらに、事前に打てるだけの手はできるだけ打っておかなければと感じます。ついつい目先のことに目が行き手が回って、万一の場合の対策がおろそかになるのでしょうが、打つ手が遅れて災害が起こってからでは、復興にさらに人手も費用もかかる上、失われた人命は戻りません。犠牲者が出るほどの洪水とは大変でしたね。わたしも愛媛で教えていた頃、家庭訪問で、洪水のために畳がすべてだめになったという話を保護者の方からうかがったことがあります。日本もイタリアも、どうしても予期できない災害はさておき、可能性のある規模の大きい台風や大雨の際に、二次災害が起こることのないように、事前に、時間の十分あるうちに対策を練ってほしいものです。
<< かぜをひいています 死者の市、ペルージャ2014 >>