アッシジと光と日豪プレゼーペ

 昨日、主顕祭のミサへと、アッシジ郊外のサンタ・マリーア・デッリ・アンジェリ教会まで出かけると、帰りには霧が晴れて、アッシジの町並みと頂にわずかに雪の残るスバージオ山が、それはきれいに見えました。

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Assisi & Monte Subasio 6/1/2015

 東方の三博士が幼子イエスに出会い、光が世界を照らし、伝わるという大切な祝祭日なので、昨日のミサでは、アッシジの大司教が説教をしたのですが、その教えがとてもいいなと心に響きました。

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Presepi del Mondo 2015, Porziuncola 4/1/2015

 東方の三博士は彗星の光に導かれて進んで行くのだけれど、今の時代には、まやかしの光もたくさんあるので、注意が必要であること。幼子イエスの誕生を知り、嬰児の皆殺しを命じたヘロデ王、誇り高く、嫉妬深く、攻撃的な(orgoglioso, geloso, aggressivo)王は、現在も存在して、世界中で多くの信徒を迫害しているけれども、最も憎むべき、そして、注意すべきは、わたしたち一人ひとりの心に潜むヘロデ王であること。自尊心や嫉妬、所有欲に駆られて、だれかに対して攻撃になってしまうことがあるとすれば、そういうときは、自らの心の中のヘロデ王に振り回されてしまい、もはや目指すべき光や喜び、生きる意味を見失ってしまっているのだ。そういう心の闇を払い、再び光を見つけなければならない。


 大司教はこの光を、イエスの光、神の光と言っていましたが、カトリックの信者ではなく、昨年、飯田氏の『生きがいの創造』やディーパク・チョープラの瞑想講座に共鳴したわたしは、この光は、何か宇宙を創造したものや、わたしたちの命を産み出し守る、大きな光や愛ととらえて、聴きました。

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 今回の写真のプレゼーペは、サンタ・マリーア・デッリ・アンジェリ教会で毎年恒例の世界のプレゼーペ展で、今年展示されていたものです。羊年ということもあって、羊毛でできた、かわいらしいオーストラリアのプレゼーペと、今回初めて見て、すてきだなと思った日本のプレゼーペです。

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Bellissimi la città di Assisi & Monte Subasio,
Presepi di lana (Australia) & di origami (Giappone)
e l'omelia dell'arcivescovo di Assisi 6/1/2015
:
“Quello che invece è più perfido e ne dobbiamo prendere coscienza è
l’ERODE CHE SI NASCONDE DENTRO DI NOI, sì dentro di noi,
perché il re orgoglioso, geloso, aggressivo può stare nel nostro cuore,
nella nostra maniera di concepire la vita, ogni volta che noi ci lasciamo
dominare dall’orgoglio, dalla gelosia, dall’invidia, dal possesso, dal potere
e diventiamo aggressivi nei confronti dei fratelli. E’ l’Erode che sta dentro di noi
e spegne la luce di Gesù, non la vediamo più e dunque
ci viene poi a mancare la gioia, il senso della vita, la speranza, il futuro.
Anche noi passiamo attraverso questa fase. E dobbiamo superarla. “
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2015-01-07 15:46 | Umbria | Comments(6)
Commented by nagisamiyamoto at 2015-01-08 03:02
なおこさん、こんばんは
世界のプレゼーピオ展なんてあるんですね。私知りませんでした。とても興味深いですね。
イタリアでプレゼーピオが多様化しておりますが、時代が変わる分これもありなんでしょう。本当に面白い国ですね。
Commented by milletti_naoko at 2015-01-08 05:45
なぎささん、こんばんは。サンタ・マリーア・デッリ・アンジェリ教会は、聖フランチェスコが生前実際に暮らし、しかもとても愛し、かつ亡くなった場所でもあるため、きっと世界中の国々や人々が、この教会に毎年いろんな趣向を凝らした、あるいは、それぞれの国や地方の個性のあるプレゼーペを贈っているのだと思います。毎年紹介しているので、今年はいいかなと、紹介が土壇場でしかも少ししか写真がないのですが、毎年、世界のさまざまな国やイタリアの各地方の、あるいは個人の手になる多種多様なプレゼーペが会場に並んでいて、その多くは「あ、去年(あるいはかつて)見たことがある」というものなのですが、毎年これは新しいというものがあり、だれが制作したかや国名が添えられているからです。教会が持つ数多くのコレクションを、せっかくだから皆に見てもらおう、聖フランチェスコの精神を後世に伝えようと、展示しているのでしょう。プレゼーペの多様化は、世界の他国の服装や慣習などの文化が反映され、かつ、イタリア国内でも、それぞれが独創性を発揮して、いろんなプレゼーペを創っているからでしょう。おもしろいですよね。
Commented by ムームー at 2015-01-08 18:14 x
なおこさんこんばんは。
含蓄のある言葉ですねぇ~
それぞれがこういう言葉を肝に銘じていれば
世の中も変わるでしょうねぇ。
プレゼーべにこんな愛らしい日本のもの
があるのですね、素敵ですね。
こちらは今日は小雨に時折霙が降りました。
いつもありがとうございます。
Commented by milletti_naoko at 2015-01-08 19:04
ムームーさん、こんにちは。人間性の本質を鋭く見きわめた、奥の深い言葉ですよね。その上、大司教が、そういう心は「わたしたち」の中にあるのだと、自分自身も決して対象から除外せず、皆と同じ土俵に立って、光を目指して歩こうと言っていた、その「わたしたち」というとらえ方や生き方、語り方もいいなと思いました。

この和紙と折り紙でできたプレゼーペ、すてきですよね。これまでほぼ毎年飾られていた、やはり折り紙のプレゼーペは、どうもいまひとつだなと残念だったので、この愛らしくて風情のあるプレゼーペを見て、今年はうれしかったです♪ 京都ではまだ寒い日が続いているんですね。ペルージャでは、ようやく最低気温が氷点下から脱出して、ほっとしているところです。こちらこそ、いつもありがとうございます♪
Commented by mitsugu-ts at 2015-01-10 02:19
こんばんは!今年もよろしくお願いいたします。実際にお会いできるチャンスがあるでしょうか!?
お説教の中の「光」、僕の両親はプロテスタントのクリスチャンなので、僕の名前の中に使ってくれたんです。宗教が変われど、人間が人間らしくあるために目指す光は同じのはず、そう考える事ができれば、今回のフランスの事件や中東の問題の解決にも繋がると思うのですが、なかなか難しいですよね・・・。僕は音楽を通じて回りの人にこの光に触れてもらいたいと思ってます!自分の名に恥じぬように頑張ります!
Commented by milletti_naoko at 2015-01-10 02:30
みつぐさんのお名前には「光」があるんですね、すてきな名前ですね。本当に大切なものや真理は、普遍的な宗教では変わらないはずで、こうした残酷な事件も中東の紛争も、宗教の名のもとに、けれどその教えを開いた人の思惑や神の思いとはまったく違うことを行い、洗脳されてそれに自らが気づいていないか、私益私欲を図るのに、宗教を口実にしているだけではないでしょうか。洋の東西を問わず、音楽には人々の心を穏やか、豊かにするだけではなく、啓蒙する働きもあると言われています。どうかみつぐさんの音楽を通して、より多くの方が光に触れることができますように。こちらこそ、今年もよろしくお願い申し上げます。同じイタリアとは言え、遠いですものね。いつかトリエステに行ってみたいとは、もうかなり前から思っているのですが。
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