外国語教育・学習と『まるごと入門A1』考2

 外国人へのイタリア語教育法を、ペルージャ・シエナの両外国人大学で学びながら、外国語教育・学習にあたって大切だと学んだことはたくさんあります。日本語やイタリア語を教えるにあたっても、自ら外国語を学ぶにあたっても、かつてのそういった教えを日々思い返したり、実践したりしているのですが、そういう教えには、たとえば次のようなものがあります。

1. 言語においては音声こそ重要であることを忘れてはいけない。
2. この数十年の外国語教育史をふり返ると、教授法の中心が、文法から使える言語へ、使える言語から文法へと、二つの両極端の間を、ふりこのように行ったり来たりしているが、実際にはどちらも車の大切な両輪である。
3. 学習者は白紙の状態から受ける教えを吸収して記憶することで外国語ができるようになるのではなく、言語がさまざまに使用され自らに向けて発せられ、あるいは自ら使って試してみる中で、自らの中で少しずつ学んでいる外国語の文法というものを創り上げ、育て上げていくのである。
4.漠然と内容をとらえる⇒細部に注目する⇒概要と細部の情報を頭の中で統一するという母語の理解における脳の働きや、さまざまな感覚をより多く動員すれば記憶力が高まる。
5. 学習者が成人である場合、母語と学ぶ言語の隔たりが大きい場合には、特に、使える語学力を育成するための教育と共に、文法のしくみを理解すること、学ぶことが大切である。
6. 文法や語彙の知識が知識にとどまらず、外国語を使って発信・理解・意思疎通ができる、血と肉が通ったものになるためには、作文や会話などを通して、実際に言語を使う訓練を重ねる必要がある。
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7. 学習対象の言語を話す文化集団やその文化への興味や好意があればあるほど、学習意欲が高まり、勉強の効率も上がりやすい。
8. 世の言語には、どんな順序で言語を学ぶと最もその言語を身につけやすいかという普遍的な順序がある。
9. 言語の最小の単位はまとまりのある発話(会話・文章などなど)である。
10. まずは自分の頭で考え、そうしてこうではないかと仮説を設定して、答えを知る方が、単に教えられるよりも学習効果が大きい。
11. 学習内容は学習者にとって、難しすぎても簡単すぎても効率が悪く、現在有している力より、わずかに上である場合が、一番力が伸びやすい。
12. 入門者であっても、文法的な観点などから、使うと望ましくない表現については、単に覚えやすいという理由だけで教えるべきではない。

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 『まるごと入門A1』の長所は、前回の記事にも書いたように、聴き取りや会話など音声面にわたる学習に重点を置き(1)、日本文化や日常生活への興味がわくような(7)絵や写真などの視覚教材が多い(2)という点です。

 逆に問題は次の点です。

・音声面を重視する一方、読み書きの練習が軽視され、自らの頭で考えて書いたり、読んで理解したりする練習が少なく、選択肢で問いかけて、表面的に学習事項を上なでするだけのような練習問題が多い。(1・6)

・日常生活での利用価値の高さを重視している点は評価できるけれども、成人学習者や学習対象の言語との隔たりの大きい言語を学ぶ学習者には欠かせない文法的説明や表、そういう観点から有効で大切な練習問題が極端に少ない。(2・6)

・学習者を、自らの脳・体の中に新しい言語の文法を自分で創り上げていく自立した存在ではなく、与えられた情報を、「まるごと」受容すべき存在と考えているきらいがある点(3)

・4・9・10に記したような脳の働きや言語の性質から、外国語学習においては、まずはまとまりのある会話や文章を導入に用いて、学ばせたい文法事項などに学習者の注意が向き、その用法や意味などが文脈から理解できるようにするのが望ましい。ところが、『まるごと』では、音声を通して、絵や写真に助けられて学ぶという形式は取っていても、最初に語彙を大量に与え、決まった文型の練習を繰り返すという方式が採用されているため、一見学習者が能動的に学習しているように見えても、学びにおいては記憶・反復練習と受身である場合が多い。

・8について、たとえば、「たべものは なにが すきですか。」という表現は、確かに日常生活でも大切で、いろいろと応用も利くため、早く導入するのはいい考えだと思うけれども、「すきなたべものは なんですか。」という構文を早くから導入するのは、まだ脳にその準備ができていない段階から、すでに他の表現で言えるようになっていることを、むやみに教えるようで、学習者が文法ではなく伝えたい意図ばかりに意識を集中させる傾向をさらに高めるようで問題である。たとえば、まずはSVO、日本語であればSOVという構造のそれぞれの要素が一つだけである文(例、わたしは町に行きます。)を理解し、発せるようにはじめて、そうした要素に単純な修飾語がつく文(例、わたしは遠い町に行きます。)も理解・発信できる段階に移行するのであり、そうして少しずつ複雑な文が処理できるようになるのですが、「すきなたべものは なんですか。」という文は、構成要素の一つ、文中の主語である「たべもの」をさらに「(わたしが)好きな」という文が修飾していて、言語学習における脳処理から考えると、入門の最初の時点では難しすぎるのです。

・12については、たとえば、「わたしは せんせいです。」の否定表現として、「せんせいじゃないです」の形だけを挙げ、「せんせいではありません」どころか「せんせいじゃありません」にもいっさい言及せず、それぞれの違いにも当然触れていないのが、大問題だと思います。くだけた会話でならともかく、職場やあらたまった場面で、「じゃないです」という表現は舌足らずで場違いだと感じるからです。いまだに「ら抜き言葉」に抵抗を感じるわたしの感覚が古いのかもしれませんが。

 いろいろ問題点を挙げましたが、実際には、1冊だけで事足りるという教科書は存在しないので、どうしても教える側の方で、学習者の慣れた学習法、学習の目的などを考慮しながら、他の教科書を使ったり、自ら教材を作ったりして、補う必要があって、そうすることで、採択した教科書を十分生かして授業をすることができます。

 それでも、わたしは、この『まるごと』は、まもなく日本に赴くために、どうしても短期間で実際に使える日本語を身につけたいし、日本で使う日本語が、家族や友人との会話や旅先での必要にとどまるのであれば、うってつけなのではないかと感じています。ただでさえ、ひらがな・片仮名・漢字と3本立ての文字大系を持つ上に、文法も語彙もまったく異なる日本語を、単に興味から、従来の白黒のしかつめらしい入門書で着実に勉強していける人というのは、ごくごく限られた小数の人であり、大学や仕事などでどうしても学習する必要に駆られているのでなければ、入門期の学習を軌道に乗せるのがまずひどく難しいと考えるからです。

 わたしたちの生徒さんも、音声教材や視覚教材が多く、文化情報が多い教科書を気に入ってくれています。ただ、上に述べたようなさまざまな問題点があるために、授業中には、たとえば次のような工夫をしています。
・他の教科書の文法説明や練習問題を数多く取り入れる。
・聴いたり読んだりして選択肢から選ぶだけでは、学ぶべき文法項目への注意は散漫、定着は上滑りになるため、自ら書いたり、話したりする機会が増えるように、会話練習や練習問題を付加する。
・学習の順序を入れ換えて、生徒さんが自ら考えて発見しながら学んでいけるようにする。
・教科書の順に則って、一度に多くの語彙や表現をむやみに与えるのではなく、まとまった会話や文章、それに基づいた練習を通して、少しずつ関連した表現や語彙が身につくようにする。

 えらそうに言っていますが、今ようやく2冊の教科書の半分を終えようとしているところなので、見当はずれのこともあるかもしれません。ただ、今後この教科書を使って教えてみたい、学んでみたいという方の参考になるかと思い、今とりあえず書いてみることにしました。では、具体的にはどういう工夫をしているかという点については、また次回お話しするつもりです。

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- おすすめの日本語の教科書 / Manuale di Lingua Giapponese che consiglio
- 語学検定と言語観、ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)

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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2015-04-27 22:57 | Insegnare Giapponese | Trackback | Comments(2)
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Commented by ayayay0003 at 2015-04-28 09:17
おはようございます^^
なおこさんが、外国人の方が、日本語を勉強していく点で
大変なことをいくつか挙げられていますが、日本語を日常的に使うものには、え!そうなんですか?と驚くことばかりで
日本語を外国人に教えるというのは、難しいことだなあ・・・と改めて思いました。
1. 言語においては音声こそ重要であることを忘れてはいけない。が一番に挙げられているのには、興味深いです♪
というのは、私がかつて、英語学習を最初に学んだのが中学の先生の発音ではなく、ラジオの英会話であったからです。
今の世の中であれば、外国人の英語の教師は田舎でも当たり前ですが、当時は日本人の日本語英語が当たり前だったので
そういうことを懐かしく思い出した次第です(^-^)
なおこさんの、記事は語学学習をする上での心構えとしても大変役に立つ素晴らしいものだと思います。
いつもありがとうございます(*^_^*)
Commented by milletti_naoko at 2015-04-29 07:12
アリスさん、英語をそんなに早くからラジオで学ばれたなんてすばらしい! 言語も文化もやっぱり生まれ育った、使い慣れたものとそうでないものとの差が大きいので、わたしもいまだにナイフをうまく使えず、ケンカ中など冷静に考えずに物を言いながら、「あ、名詞の性・数と形容詞・過去分詞の性・数が一致してない、間違えた!」と気づくことが時々あります。こちらこそいつも温かいお言葉をありがとうございます♪
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