ウ入りパスタと恋のコーヒー、外国語学習入門期の罠

 海外旅行中、感謝の気持ちを伝えるつもりで、「I’m sorry(すみません)」と言ってしまったことはありませんか? 海外で車を運転するのに、運転席は左側なのに、つい右側のドアを開けようとしてしまったことはありませんか? 生まれ育った文化とは違う文化の中で暮らすとき旅をするとき、異国ではとんちんかんになってしまう場面で、うっかり日本風に話したり行動したりしてしまうことが、だれにでもあるのではないかと思います。

 お礼として謝罪の意を持つ言葉を口にすること、運転座席が右側にあること。後者については、これは英国などほかにもそういう国はないわけではありませんが、わたしたちは新しい環境に置かれたときも、その中でやり過ごしていくために、自分でも意識しないうちに、これまでに慣れている生まれ育った文化圏での慣習に頼っていることが多いのです。

 どう対処してよいのか分からないときに、無意識のうちに既存の知識や慣習に頼って、そこから情報を得ようとする。この生き延びるための手っ取り早い参照は、新しい言語を学ぶときにも、知らず知らずのうちに起こっています。そうして、こういう母語の影響は「転移」(transfer、transfert)と呼ばれ、単語・文法・会話での交流など、言語のさまざまな側面に見られるのですが、この影響が特に大きいのは、音声面です。

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 皆さんの中には、日本語を学ぶイタリア人が、「サヨナーラ」、「オアヨ」とあいさつし、大阪を「オサーカ」あるいは「オザーカ」と言うのを聞いた方があるかもしれません。

 イタリア語では、Hの音は発音されず、たとえばho、hai、hannoとhを含む表記があっても、Hが発音されないため、それぞれo、ai、annoと、意味は違えど発音は同じです。そのために、イタリア語を母語とする人には、日本語のハ行とア行の区別がつかず、Hがあっても聴き取れず、なくても「あるのかもしれない」と確信が持てない傾向があります。またイタリア語では、母音の長短が意味の弁別に関与しないため、母音の長短を聴き分けるのに、日本語をかなり勉強した人でも苦労します。「こと」と「コート」、「家」と「いいえ」が同じように聞こえてしまうのです。さらに、イタリア語では、単語の強勢アクセントが終わりから二つ目の音節に置かれ、その音節が開音節であれば母音が長母音になるため、「さようなら」をサヨナーラ、「おはよう」を「オアヨ」と発音してしまいがちです。

 外国語学習において、母語の音声面での影響は、ただでさえ大きいのに、この最初の肝心な段階で、イタリア人の日本語学習者が、一つ一つの仮名とその発音を覚える代わりに、ローマ字表記の読みに頼ってしまうと、母語であるイタリア語の音声体系を、それでは通用しないところでまで学習中の日本語に応用する度合いも頻度も大きくなり、結果として、上記のような間違いが、すぐにひらがなや片仮名を覚える人よりも多くなり、しつこく残る傾向があります。耳で聴き取れない音は、記憶にも正しく定着しにくいのに、最初に母語の干渉が強い覚え方をしてしまっているために、いつまでもきちんと言葉が覚えられなかったり、聴き取れなかったり、発音できなかったりするのです。

 こうした音声面における母語の悪影響は、日本のわたしたちが英語やイタリア語に限らず、外国語を勉強する際に、カタカナによる発音表記に頼り過ぎる場合にも、大きく、根深いものになってしまいます。RとLなど、日本語では聴き分ける必要がなく、そのためにただでさえ聴き分けづらく、R・Lを含む単語を正確に覚えづらいのに、いつまでもカタカナの音声表記に頼ってしまうと、そうした聴き分けや記憶が、いっそう難しくなってしまいます。またカタカナは万能ではありません。SやLのような母音が後につづかない音はカタカナでは表記できません。学習対象の言語には存在しない母音を補わないと、カタカナで表記することができないのです。そういうときにカタカナの発音表記で混入する外国語には存在しない母音が、いつまでもカタカナの発音表記に頼っていると、記憶に定着し、発音もしてしまい、間違った形・発音のまま頭と体が覚えてしまいます。

 そうして、日本における外国語学習教材は、残念ながら単語だけ、互いに独立した例文だけが参考書に登場する傾向があり、音声CDがあっても、会話や意見発表・朗読などで、どんなイントネーションや抑揚で話されるかが分からないものが、いまだに多いのではないかと思います。そのため、イタリア語や英語を話すときにも、どんなイントネーション、抑揚で話せばいいか見当がつかないと、無意識に自分の母語や既知の外国語の音声を参照にしてしまい、日本語や方言まるだしのイントネーションで、外国語を話してしまうことになります。こういう母語の悪影響は、歌や映画、会話の音声など、学習対象言語の幅広いインプットを得ることで、食い止めることができますが、いつまでもカタカナ発音表記に頼ると、さらに蔓延してしまいます。

 さて、今日の記事の内容は、実は、ブログ友達のぷーさん(ブログへのリンクはこちら)と、最近ツイッターで交わした以下のやりとりに発想を得たものです。140字以内に収めるために苦労しながら書いています。


 上の引用は、かなり長くなったやりとりのごく一部です。続きや省略されているところを読みたいという方は、ツイッターでご覧ください。ツイッターは利用していないけれど、やりとりの全文が気になるので知りたいと希望する方が多いようであれば、何らかの形でツイッターでの応答すべてをお伝えすることも考えています。

 ぷーさん、ブログでのツイートの引用を快諾してくださって、ありがとうございます。

*********************************************************************
Quando studiate il giapponese, cercate di imparare al più presto a leggere e scrivere gli alfabeti giapponesi, Hiragana e Katakana. Se continuate a leggere con l'aiuto di Roma-ji, il vostro giapponese tenderà ad essere contaminato dalle influenze della fonetica e fonologia della vostra lingua materna.
*********************************************************************

 
Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2016-01-26 23:59 | ImparareL2 | Trackback | Comments(8)
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Commented by ayayay0003 at 2016-01-27 11:54
こんにちは^^
イタリア語のHの音は発音されないというのは、頭ではわかっているつもりでも、「オアヨ」と聴くと???と思ってしまうと思います。まあ、朝起きて直ぐなら直感的にわかりますが、確かイタリアでは、お昼がきてもボンジョルノと言う習慣があったような気がするので、お昼近くになり「オアヨ」と言われるとわからないと思います。
発音だけでなく、習慣というものも加わると、文化の違いというものの理解なくしては、学べないのが外国語ではないかと最近になりわかってきたような気がします。
旅行という短い間であっても、そういうことを踏まえてなるべく現地の言葉、単語でもいいから使いたいとは思います♪
Commented by milletti_naoko at 2016-01-27 20:03
アリスさん、こんにちは。入門期の学習者の言うことは、教師でないと理解しにくい発音や表現もいろいろあります。さらにイタリアでは、BuongiornoやCiaoは出会ったときにも別れるときにもあいさつとして使えるため、イタリア人には、英語や日本語でも、「おはよう」やHelloなどのあいさつが別れるときにも使えると勘違いして使ってしまう人もいます。これも母語の干渉の一つです。Buongiornoは、もともとは「よい1日を」という意味であることもあって、人や地方にもよりますが、昼食後からBuonaseraとあいさつを変える人が多いようです。逆にフランス語ではパリのステイ先の家族からは日が暮れたらBonsoirで、それまではBonjourだと聞きました。

記事は何かの外国語をしっかり勉強しよう、しなければという人を、特に対象として書きました。さまざまな外国を旅行するときは、いちいち発音記号から学ぶわけにもいきませんので、カタカナ表記の発音を通して覚えることになりがちですよね。旅行で訪ねられる国のあいさつやお礼の言葉を旅行の前に学んでおこうとされるアリスさん、すばらしいと思います。
Commented by fukusukesan at 2016-01-27 21:40 x
こんばんは。なおこさん。
興味深く読ませて頂きました。私は、初心者で。。つい単語の数を増やそう、そうすれば、言っている事をもう少し、理解出来、少しは、話せる様になる。。そちらばかり気が行ってしまいます。。音は、言語によって違う、初めから、本当の音に触れる習慣をつけなさい。と言う事ですね。確かに、音が違うと通じない。。。動詞の活用だけでも、四苦八苦してしまう、頭に入れた単語が出てこない。。。時々イラっと投げ出して、自分に腹を立てる。。けど、なおこさんの書いてある事を読むと、和み、楽しくもあります。ありがとう。どうか左耳から入れた単語が、右耳から抜けません様に!
Commented by ぷー at 2016-01-27 23:27 x
なおこさん、こんにちは。昨夜は楽しかったです♫
母音の問題はかなり気にしているので、私は大丈夫なのですが、1つ、もうど〜うしても発音が難しい単語があります(探したらもっと出てくると思います)。それは plurale です。しかもLとRが続けて出てきて舌がもつれます!というわけで、この単語を発音する時は音節ごとにハッキリ区切ってしまいますので、妙にゆっくりになってしまいます(笑)。
ところで、春分2016もゆっくり続けていますが、e, eu, an, in, en, on, ai などに毎日「ムッキ〜〜〜〜ッ」となっております...。
Commented by milletti_naoko at 2016-01-28 03:04
fukusukesanさん、こんばんは。興味を持ってくださったと知って、うれしいです♪

逆に、日本に限らず母国でまったくイタリア語を勉強せずに来た人のイタリア語やアニメやもっぱら日本人学生との交流を通して日本語を学ぶイタリアの人の日本語は、イントネーションや発音はよくて、こういうときにはこう答えるという言い方が決まっている場では、さっと言葉が出てくるのですが、語彙や表現がくだけた話し言葉に偏り、きちんと文を聞き取ったり、正しく表現することができないという問題があります。外国語学習研究でも、特に思春期を過ぎてから学ぶ外国語では、音声面と文法や語彙・表現などを並行して学ぶのが一番効率がいいという結果が出ているようです。

ともみさんにせよ、下のぷーさんにせよ、皆さん真剣に勉強をされているから、もどかしく自分の進歩に腹立たしくもなるのであって、すばらしいなと思います。わたしはまず耳と目にフランス語を再注入することから始めなければ…!
Commented by milletti_naoko at 2016-01-28 03:14
ぷーさん、お気持ちわかります。LとRがどちらも続けて出てくる単語って発音がしづらいですよね。ペルージャ外国人大学のイタリア語音声学の授業では、演習室でマイクに向かい発音をして、ヘッドホンを耳にした先生にいろいろ注意をしてもらうのですが、わたしはUの発音がイタリア語では日本語と違って口をとんがらせて突き出して発音する必要があるのに、LとRの発音の区別など他に発音に注意をしなければいけないときには、どうしてもそこまで気が回らず、puerilitàの発音を何度も何度も言い直して練習しました。UとRとLが出てくるこのとんでもない単語はけれど、古い小説で出てくるくらいで、日常生活で見かけるのは形容詞のpuerileに限られているような。イタリア語教育の大家、恩師のカテリノフ先生も、語彙の中には毎日一度は接するものもあれば、週に一度、月に一度というものもあり、中には一生に一度接するかどうかという単語もあるので、学習においては単語の重要度を知り、かたっぱしから調べて覚えるのではなく、重要な単語から覚えることが必要なのだとおっしゃっていました。

話がそれました。春分2016もフランス語再勉強も放り出しているわたしは、ぷーさんに倣って頑張ります。学校のプロジェクトで入門日本語のオンライン教材の共同製作を担当することになったのですが、そういう教材に出す日本語の語彙や表現に対応するフランス語を自分が言えるか書けるか、そういうことを考えながら仕事をするのも、いいかもしれません。
Commented by London Caller at 2016-01-28 08:09 x
>海外で車を運転するのに、運転席は左側なのに

ああ、イギリスでは右側です。
私のふるさとのマレーシアも右側です。
2番目のふるさとの日本も同じですよ。
ヨーロッパ大陸は正反対です。^^;

>イタリア語では、Hの音は発音されず、

ああ、そうですか?イタリア人は外国語のHの発音は苦手ですか?ドイツ人は英語のVとWの発音も苦手ですよ。
Commented by milletti_naoko at 2016-01-28 08:56
London callerさん、母語に存在しない音や、違いを認識する必要がない音は、聴き分けるのが非常に難しいようです。イタリア人は英語で話すときに、HのないところにHをつけて、Hが要るところにつけないと嘆くオーストラリア人の英語の先生がいました。たとえば、Ave you hever..と、Have you ever..のつもりで言う人が少なくないのだそうです。


日本語教師・通訳・翻訳家。元高校国語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより


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