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色も人も多様だから世は美しい、サンレモ音楽祭

 昨晩のサンレモ音楽祭では、Mikaが舞台で演奏を始める前に語った一言も、とても心に響き、また、世界の政治や人心がおかしな方向を向きがちである今こそ、こうした言葉を、多くの人に届けることが大切だと思いました。

 その言葉のイタリア語原文は、次の記事の冒頭の写真の下に引用されていますが、以下に日本語訳をご紹介します。


   「音楽にはぼくの心の色を変える力があります。
  白かもしれないし、青や紫、あらゆる色である可能性があります。
  あらゆる色であることは、とてもすばらしいことです。
  もしだれか世界のあらゆる色を受け入れたくないという人がいて、
  ある一つの色だけがより優れていて、
  ほかの色よりも多くの権利を持つべきだと考えたり、
  虹はあらゆる色を象徴するために危険だと考えたりするようであれば、
  そうですね、かわいそうなのはその人です。
  本当にね、そんなだれかには音楽なしで生きてもらいましょう。」
                    (「  」内は石井訳。意訳あり。)

 もう15年以上前、英語の勉強も兼ねて、日本でよく外国映画を見に行っていた頃、英国の映画の中に、障害を持つ人や同性愛の人が、ごくふつうの登場人物の一人として描かれていることが多いのに驚きつつ、日本でもこうでなければいけないと感じました。日本でも当時そういう人物が出てくる映画はあって、勤めていた高校などで全校生徒の前で、人権教育活動の一環として上映することは時々ありました。けれども、そういう映画では、障害を持つ人は差別に苦しみながら打ち勝ち、幸せをつかむ主人公である場合がほとんどでした。それはそれですばらしいのですが、そういう映画では、障害を持つ人が特別な存在として描かれがちで、一般的な映画やドラマに、ごくふつうの人として登場することがめったにないことが気になっていました。

 もう約20年近く前の米誌『TIME』に、ようやくハリウッド映画で、同性愛者を奇人や殺人事件の被害者ではなく、ごくふつうの愛すべき人間として描く映画が現れ始めていると語る記事がありました。記事では、ロビン・ウィリアムズら主演の映画、『バードケージ』(原題は『The birdcage』、イタリア語の題は『Piume di struzzo』)も、そうした作品の例として取り上げていました。映画は社会を映す鏡であり、社会の差別が映画に反映されるきらいがあるけれども、ハリウッドは本来は同性愛の人が多い場所でもあり、社会をよりよい未来に導く映画を作る責務があるのではないかといったようなことが、その記事には書かれていたように覚えています。上記の英国の映画を見て、わたしが感嘆したのは、こういう記事を読んでいたからです。

 同様にニュースやドラマで描かれるある国の人のイメージもまた、社会によって作られる一方で、多くの現象やありうる物語・人物設定の中で、ある特定の描き方・状況のみを選びがちなマスメディアの影響を、多く受けていると思います。マスメディアはまた、残念ながら、視聴率を上げるために、また、ある特定の政治家や政党に都合がいいように、妙に社会を震撼させるようなニュースばかりを選び、移民や外国人に対する偏見や差別を助長するような報道ばかりする傾向があるように思います。イタリアでは、皆が平和を、穏やかな毎日を望んでいるはずなのに、報道されるドラマの大半が推理ドラマで、しばしば殺人が起こり、また上映される映画にも、戦争にせよ西部劇にせよアクションにせよ、登場人物が、怒りに任せて、すぐに暴力や殺人に走る作品が多すぎると感じています。

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虹の立つ海、マルケ州フェルモ県ペダーゾ 2016/2/14

 平和や安全を望んでいるなら、どうして子供に戦争や殺人が出てくる映画やドラマを見せて、武器のおもちゃを買い与えるのかと言っていたのは、だれか思い出せませんが、マスメディアが売れればいい、私益につながればいいということだけではなく、自らの仕事が社会に及ぼす影響の大きさをもっと考え、よりよい世界を作っていくための報道姿勢や番組・映画・ドラマ作りというものを、もっと考えてくれたらと思うのです。

 画一的に何もかもだれもかもを一くくりにして差別を行う社会では、やがて差別や偏見の対象を増やしていき、さらに多くの人々に対して残虐な行為を行う恐れがあります。ナチスはユダヤ人を迫害したばかりではなく、精神病患者や身体の不自由な人々などの子供、約30万人を殺害したそうです。

 アメリカの新大統領はまた極端な例ですが、人の心の中には残念ながら、知らぬうちに自らの国や文化至上主義のようなものが住みついていて、そういう心が、不安や恐怖を煽られると、他国の人々や弱者への迫害につながる恐れがあります。昨日だったか、イタリアの知識人で、偏りが少ないと信じていたあるテレビ番組の司会者が、イタリアの絵画を指して、「この美が絶対的・普遍的であることは、でも間違いがないでしょう」と、そうではないと反論する招待客にかなり食い下がっていて驚きました。何を美しいと思うかは文化によって違うのであって、たとえばアフリカのどこかの民族が美とする女性像を想像できれば、この絵画に描かれた美は、ある国におけるある歴史的一時期における美なのだということが分かるでしょうという招待客の説明に、ようやく司会者も、自らが西欧文明至上主義的態度であったことに初めて気づいて、納得していました。

 閑話休題。そんなことを最近いろいろ考えていたこともあって、冒頭のMikaの言葉が心に響いたのです。多様性がもっと尊重される時代に、人々が自らの文化や習慣・見方を一方的に押しつけようとすることなく、損得ばかりを短絡的に考えることのない世の中になっていきますように。宇宙船地球号、われがわれがではなく、わたしたちの地球、同じ星に住む大切な仲間として対話をすることが今ほど大切なときはないのに、世の中が逆の方向に向かっていることを危惧しつつ、サンレモに登場するさまざまな思いがけない招待客やその言葉に、ああ、こういう人たちもいて、視聴率の高い番組でこういう問題をきちんと取り上げているのだと、希望を持ちました。

関連記事へのリンク
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- 希望と美しい音楽をゴミ再利用で作った楽器で、パラグアイ
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-02-10 23:59 | Vivere | Comments(2)

希望と美しい音楽をゴミ再利用で作った楽器で、パラグアイ

 今夜、イタリアのサンレモ音楽祭で心に響いたことは二つあります。一つはこちらのパラグアイのオーケストラです。



 ゴミ処理場近くのスラム街で、ある日ゴミの山からバイオリンが見つかり、それをきっかけに、ゴミを利用して楽器を作り出し、バイオリンが家の値段よりも高くてとても買えないという貧しい町の子供たちが、すばらしい音楽を奏で、今は世界でコンサートをし、感動を伝えているとのことで、音楽祭で話を聞いて、感動しました。


 どういうわけかサンレモ音楽祭のツイートには写真しかなく、演奏映像が現在、おそらくは著作権のために見つからないのですが、英語訳もついた簡潔な、このオーケストラ、Orquesta de Instrumentos Reciclados de Cateuraの紹介映像をご紹介します。

 この映像を選ぶにあたって、ざっと見たいくつかの映像の中に、「ゴミは捨てないし、人も捨てたりしません。」という言葉がありました。逆に、何でもすぐに捨ててしまう社会では、労働者も歯車のように簡単に置き換えられ、捨てられてしまいがちです。そうした非人間的で、経済ばかり優先する風潮を、根本から変えていかなければいけないと感じました。

 二つ目は、今夜はもう遅いので、また明日の記事でご紹介します。

参照リンク
- Ansa.it - A Sanremo emozione per i Reciclados de Cateura

関連記事へのリンク
- サンレモ音楽祭、被災地支援・いじめ撲滅運動

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-02-09 23:59 | Vivere | Comments(2)

願いの実現とレストランの注文、ディーパクイタリア語版瞑想講座1日目

 ディーパク・チョープラのオンライン無料21日間瞑想講座は、その日の講座がオンラインで発表されてから5日間なら無料で受講できます。今度こそ初日の朝から聴こうとはりきっていたのに、3日目の今日の晩、ようやくおととい始まった瞑想講座の初日分を聴きました。

 メモはせずに集中してとのことなので、メモをせずに聴いた上、聴き終えてからすぐ夫がすでに見ていたサンレモ音楽祭を見に行ったためか、ディーパク自身の言葉よりも、その後にプージャ・クリスティーナがしていた解説の方が心に残ってしまっているきらいがあるのですが、忘れぬうちに思ったことを書き残しておきたいと思います。



 desiderioは英語のdesireにあたる言葉で、「願い、望み、欲求、欲望」という意味です。

"La mia vita va avanti grazie al desiderio."

は、「わたしの人生は望みのおかげで前進する」と訳せば詩的である一方、「わたしの命が生き続けられるのは欲求のおかげである」と訳すと、哲学的・生物的真理になるわけですが、イタリア語ではそのどちらをも包括する表現です。

 記憶を頼りに書いているのですが、今こうしている間にも体中の細胞(cellula f. 、pl. cellule)が生きようと望むおかげで、わたしたちが生きていられるのだともディーパクは言っていました。ただ、ディーパクとプージャによるレストランでの注文を例に挙げての説明では、desiderioはもっと心・精神の奥深くの願い、望みを語っていたような気がします。

 レストランに行って注文をすれば、頼んだおいしい料理が、テーブルに運ばれてきて、その料理を食べて、空腹が満たされ、願いが実現する。

 ディーパクが言っていたのは、確か望みとその実現の関係で、それにはいろいろ種類があり、レストランでの注文のように、口にすれば願いがすぐに実現するものもあれば、たとえば、だれか親しい人のことを考えていたら、その人から電話があるといったような、もう少し間接的な、けれどもより魂の深いレベルでの実現もありうるのだということだったように思います。すみません。講座を聴き終えてすぐではなく、サンレモ音楽祭を見たあとでの執筆で、聴きながらメモを取らなかったために、記憶がややあいまいです。

 一方、プージャ・クリスティーナが言っていたのは、わたしたちの望みは、知っているようで、実は自分でもはっきりと知らない、分かっていないことが多いということでした。「何かおいしいものがほしい」と望んでチョコレートなど、おいしいものを食べても満たされないのは、それは、そういうふうに操作されているところもあると言った上で、プージャは、おいしいものが食べたいと感じる心の奥で、本当にほしいものは、実は他のものではないかと問いかけます。言われると確かに、最近つい甘いものに手が伸びるのは、疲れていたり、ストレスがたまっていたりして、元気をつけよう、口に甘いものがほしいと思うからのような気がします。ちなみに、この「本当にほしいものは何か」については、以前に英語の瞑想講座ですでに受講した内容にあり、その問題を取り上げたディーパクの著書はすでに購入しているのですが、まだ読んでいません。

 閑話休題。プージャは言います。「レストランで給仕が席まで来たら、すぐに何を頼みたいかを言わなければいけないけれど、もし神なり天なりが、あなたの前に現れて、何があなたが実現したい望みかと尋ねたら、すぐに答えられますか?」と。先のチョコレートの例ではありませんが、漠然と日頃から願っていることは、たとえば他の願いをすりかえたものかもしれないし、もっと突きつめて具体的なものとしないといけないということではないかしらと思います。

 確かにだれか万能の力を持つ存在が目の前に現れて、わたしの望みをかなえてくれるとしても、その望みがはっきりとした確かなものではなく、自分でも漠然として伝えられないようであれば、天にもかなえようがないでしょう。「レストランで給仕の前で、ああでもないこうでもないとしどろもどろ…」とプージャがたとえて言うように、日々人生を生きながら、人生レストランで自分がほしいメニューが何かを、自分さえよく知らずにいれば、人生の方も与えてくれようがないし、自分自身でもその方向に向かって進んでいけません。

 第1日目は3週間にわたる講座の導入となるため、今日はディーパクの言葉はやや象徴的であり、一方、プージャの言葉はそれを補うかのように例が具体的だったのではないかと感じています。プージャによると、第1週目は「自分が望んでいること」を突きつめること、そうして、講座全体では、自分自身を知ること、認識することを目標としているということで、この講座を受講することで、あらためて自分の人生や毎日を見つめ直すきっかけがもらえるのではないかと思っています。

関連記事へのリンク
- 明日開始ディーパク・チョープライタリア語・英語版瞑想講座、21日間オンライン無料
- サンレモ音楽祭、被災地支援・いじめ撲滅運動

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by milletti_naoko | 2017-02-08 23:59 | Vivere | Comments(0)

明日開始ディーパク・チョープライタリア語・英語版瞑想講座、21日間オンライン無料

 イタリア時間で明日、2月6日月曜日から、ディーパク・チョープラのイタリア語版瞑想講座が始まります。今回も21日間、オンラインで無料で受講することができます。冒頭の短い説明を除いては、常にまずディーパクの英語による言葉があり、それからイタリア語訳が流れるという形の2か国語音声となっていますので、英語を頼りに、イタリア語学習の音声教材としても使うことができるはずです。わたし自身は、なるほどと日々の暮らしや生き方について目を開いてくれる、背中を押してくれることが多いので、いつもこの講座を楽しみにしています。



 買って読み始めた本も、読みさしてしまい、最近の瞑想講座は、よくばって重複して開講される英語版・フランス語版・イタリア語版を受けようとするあまり、結局どれも中途半端になって、聞けずじまいになることが多く、反省しています。最近は、日々すべきことに追われて、何となく流されている感もあるので、2月に入ったところで、しっかり自分の進む方向を見定めるためにも、今度こそ朝早起きして、一番理想的な方法で受講したい、つまり朝一番にじっくりと聴いてみたいと思います。そもそも途中で聞けなくなる理由の一つに、はりきってメモを取ろうとしながら聴くために、時間もかかるし、聴く前に気合が必要だということがあったのですが、昨年秋にインスタグラムを始めて、たまたまインスタグラムに投稿されていた動画で、ディーパクが瞑想の間はメモなど取らずに、聴くことに集中しなければいけないと言っているのを聞いて、驚きました。確かにメモを取りながらでは、瞑想や聴くことに集中できません。兼好さんが『徒然草』で紹介している弓の師匠の言葉に、「弓は2本ではなく、1本だけ持って射るようにしなさい。2本持つと、もう1本あると思って、つい集中できずに油断してしまうからです。」とあるように、確かに、いいと思った言葉をそのたびにノートに書いていては、注意力が散漫になって十分に聴き取って心に留められなくなるばかりでなく、後で読み直そうと思うために、自分でも気づかずうちにおろそかに聴き、瞑想してしまうということもあると思います。

 というわけで、明日からは、メモは取らずに、聴くことに精神を集中して、受講するつもりでいます。ああ、いい言葉だ、覚えておきたいという言葉が多いので、ついついペンを手に取ってしまい、受講し始めた数年前は、日記に書き込んでいたのが、あまりに書き込みが多いために、最近では専用のノートを作り、分厚いノートが1冊終わろうとしているところだったのですが、メモして書いて残す代わりに、しっかり心に留めておきたいと思います。



 日々すべきことに追われて、何だか流れに押されながら進むように感じる今日この頃、この講座をきっかけに、もうすでに1か月が終わってしまった2017年に、自分は何をどんなふうにしたいか、そして人生で自分は何をしたいかを考え、流されるのではなく舵を自らしっかりと取っていきたいのですが、この講座は、きっとそんなふうに、日々や人生を見つめ直す、改めて考えてみるきっかけを与えてくれることと信じています。

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Panorama da Sant'Elpidio a mare (FM), Marche 5/2/2017

 写真は、今日出かけた先のマルケの村から見えた風景です。写真ではとらえるのが難しかったのですが、雲の間から差す日の光が、それはきれいで感動しました。

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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-02-05 23:59 | Vivere | Comments(2)

それでも命は尊くすばらしい

 最近は少なくなりましたが、以前は外国の人にわたしが日本人だと言うと、「日本は自殺がとても多いですよね。」と言われることが、時々ありました。

 一方、自分と別れて、他の男性とつき合い始めたり、結婚したりした元恋人や元妻であった女性を、元恋人・元夫であった男性が殺害するという事件が、イタリアでは恐ろしいほど頻繁に起こっています。そういう男性が、その後すぐに自らも命を絶つ場合も少なくありません。

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 そういう事件のたびに、「そうした男性が女性を対等とみなさず、自分の所有物のようにみなしている」ことが非難・糾弾され、わたしも絶対に許すべからざる犯罪だと思うのですが、その一方、その心理の奥の奥には、「その女性といっしょでなければ生きていても意味がない」という、他人や外的条件によってしか自分自身の存在価値や生きる意義を見出せないという問題も隠れている気がします。たとえ愛していた人が自分から離れて行っても、自分は愛されるに値する、生きるに値する人間なのだという意識、あの人がいなくなって今はつらくとも、いつかきっと立ち直れるときが来るという思いが持てずにいることも、問題ではないかと思うのです。

 「あなたなしでは生きられない」
 「あなたのことが心から離れない」

 歌謡曲では、イタリア語でも英語でも日本語でも、こうした言葉を耳にするのですが、あふれる愛は感動を与えるものの、一方では、必要に迫られれば、「あなたなしでも生きられる」、「あなたのことも今は遠い思い出」という歌も、もっとあっていい気がします。「あなたがいなくとも、あなたが去っても、わたしは強く生きられる」、「だからと言って、わたしは生きる価値のない人間では決してない」ということを、心の奥底で人々が信じられるように。

 冒頭の日本における自殺についても、入試や仕事の成功などに、人生の均衡を崩してしまうほど、重きを置きすぎてしまい、そればかりが生きる目的となり、また自分の人生や命の価値がそうしたことにかかっていると思い込んでしまっているから、起きるのではないでしょうか。人生にはいろいろな生き方があり、わたしという人間に命がある、そのことだけでも尊くてかけがえがない。失敗は苦しくとも、人生に何か新たな転機をもたらしてくれるかもしれない。合格や仕事の成功は確かに大切でも、命をそのために失ったり、そのためばかりに絶望してしまうほどの価値は決してない。

 桃太郎が鬼退治をしてめでたしめでたしではなく、主人公が失敗したけれども、それでも命が輝き、心が優しくてすばらしいとか、シンデレラや白雪姫が王子さまと結婚してめでたしめでたしではなく、結ばれたあとに、いろいろ行き違いがあって、結局は別れることになっても、離れた相手を敬う心を忘れず、やがて幸せに暮らせるようになったとか、そういう新しい物語が、もっともっと語られるようになればと思います。

 男性が女性を所有物のように扱って殺害することが許せないという討論番組や報道番組を流すそのテレビ局が、同時に、ささいなことから怒りや激情に駆られて殺人を犯し、それを解決する推理番組のようなものばかりを、ドラマとして放送するのも、いかがなものでしょうか。

 皆と同じ道を、皆といっしょに歩けなくとも、転んでも前を向いて歩いて行ける。あの人がもう自分を愛してくれなくとも、だからと言って絶望したり相手を憎んだりせずに、相手の幸せを願いながら生きていける。

 いろんな意味で、自分の命も人の命ももっともっと大切にしながら、皆が生きていけるような、そういう世の中であるように、もっと人生のすばらしさを、あなたのその命のかけがえのなさを、いろんな機会に伝えていけるような社会になっていったら。

 写真は土曜日にマルケ州の山を歩いている途中に見かけたセイヨウマユミの木です。鮮やかなピンクの果皮がまるで花のようで、とてもきれいでした。

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Berretta del prete, sembra un albero fiorito.

@ Riserva Naturale Statale Gola del Furlo 3/12/2016
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2016-12-05 23:24 | Vivere | Comments(8)

イタリア語版ディーパク・チョープラ6日間オンライン無料瞑想講座実施中、スペイン語も並行開催

 明日は学校で会合があるはずで、中心街のはずれにある学校まではバスを乗り換えて行く必要がある上に、便数が少ない地域に住むわたしは、バスの時刻表のページをめくり、メモを取りながら、かなり長い間、駐車場はおそらく利用できない学校にどうやって公共交通機関で行こうかと考え悩んでいました。会合の案内メールでは何時までに行かなければいけないか分かりづらかったので、仕事から帰った夫に、学校からのメールを見てもらおうと確認していて、驚きました。なんと前日の今日になって、明日の会合はなくなったというメールが学校から届いていたではありませんか。

 失われた時間と労力を思いつつ、

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もう過ぎたことと割り切って、そういうもやもや、いらいらする気持ちを追いやってしまう方が、ずっと心の健康、平安のためにはいいのだろうなと、思い返すのでありました。

 今回のイタリア語版・スペイン語版瞑想講座は、それぞれ6日間、スペイン語版は7日間と、かなり短くなっています。

 イタリア語版の瞑想講座では、ディーパク本人の英語での語りとイタリア語訳が交互に流れ、これまでに無料で行われてきた21日間瞑想の六つの講座について、毎日そのうちの一つの講座の1日分の内容が選ばれて、聞けるようになっているようです。

 たとえば、初日だった11月29日には、『Crea Abbondanza nella tua vita』、「人生をより豊かに生きよう」(意訳です)という過去の講座の2日目分が紹介されています。今から受講を申し込まれたら、4日目の12月2日分からは聞くことが可能なはずで、以下の講座案内FB投稿内のリンクから登録・受講できると思います。1~3日目の講座も聞けるとよいのですが。



 そして、2日目11月30日には、講座、『Salute Perfetta』の13日目、



 今日12月1日には、講座、『Relazioni Miracolose』の3日目


を聞くことができるようになっていました。

 案内メールでは、その日の限られた時間内しか聞くことができないと書かれているので、2日目になってから「しまった」と思い、今日も1日慌ただしくしていて、朝瞑想はせずに教えの部分だけ聞いたのですが、今記事を書くために確認してみたら、まだ1・2日目分の講座も聞くことが可能です。

 今記事を書くために、日々の講座内容を紹介する過去のFB投稿を見ていたら、いいなと思うすてきな言葉がたくさんありました。

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 「力はわたしの中にある」

 もっと水や肥しをやり、力の芽が出て、育っていくようにしたいものだなど、この言葉や他の言葉を読みながら、そう思いました。

 クリスマス前に、過去の瞑想講座を自分、あるいはだれか大切な人へのクリスマスの贈り物と購入してもらおうという意図が、今回は非常によく見える無料講座なのでありますが、聞くと心が落ち着いて、より広く見て、深く感じ考え、よりよく生きていけそうで、わたしはディーパクの言葉を聞くのが好きです。わたしがディーパクの瞑想講座を聞いたのは、2014年の無料講座、『Relazioni Miracolose』を夫と共に受講したのが初めてで、その直後に夫が、mp版を購入しています。イタリア語版でディーパクの言葉を解説するプージャ・クリスティーナによると、2度、3度と繰り返して受講していくうちに、初めて身や心についていくそうなので、こうやって期限つきの無料講座を慌ただしく聞きかじるよりは、すでに持っていていいなと思ったこの人間関係をより豊かにしていこうという瞑想講座を、何度も繰り返し受講した方がいいのでしょう。

 とは言え、持っていていつでも聞ける瞑想講座よりも、「今を逃すともう聞けませんよ」という知らせに、つい心が動くわたしなのでありました。

 スペイン語版は今回は7日間で、すべての説明がスペイン語でなされて、ディーパクによる英語の説明がないことを、数日遅れで今朝の分を聞いて確認しています。



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Per chi è interessato, ancora disponibili online per qualche giorno
i corsi gratuiti di meditaizone di Deepak Chopra
in italiano (+inglese, parole di Deepak) e in spagnolo
(solo in SP).
Potrete trovare i link per registrarvi e ascoltare gli insegnamenti
nei post FB del sito di Deepak incorporati in questo articolo.
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2016-12-01 23:59 | Vivere | Comments(2)

ディーパク・チョープラ英語版瞑想講座受講中、21日間オンライン無料講座

 "Creating Peace from the Inside Out: the Power of Connection"が、今週月曜に始まり、わたしは金曜の晩に聞き始めた、今回の瞑想講座の主題です。

 昨日聞いた1日目の講座では、豊かな人間関係を築き育んでいきましょうという目標の提示があり、そのためには、まず自分自身といい関係を築く必要があるのですとのディーパクの言葉に、なるほどと思いました。


 こちらのリンクから参考として過去の講座1回分を試聴し、登録することができるはずです。

- https://chopracentermeditation.com/home
 
 フランス語版は、地震報道を追ったりデスクトップを何とか起動しようとしたりするうち、聞き逃す回が多くなったので、今回は英語版の受講に集中することにしました。

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Lago Trasimeno al tramonto, San Feliciano 3/10/2016

 デスクトップで聞きたいと、復活を待っていたのですが、5日経ったら無料では聞けなくなる、その期限の昨夜になっても回復の気配がないので、昨晩は初めてスマートフォンで受講してみました。というわけで、この記事の写真は、今わたしがスマートフォンの背景写真として使っているトラジメーノ湖の夕景です。使い始めたばかりの頃に、スマートフォンで撮った写真の中から、縦長で色が暗すぎず、かつすっきりしているものを選んだら、この写真になりました。


Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2016-11-05 23:59 | Vivere | Comments(4)

本当にしたいことがあれば、ディーパク・チョープラ瞑想講座フランス語版6日目

 本当に自分がしてみたいことがあれば、それを実現することを望んでいれば、もっといろんな角度から動けて、何でも試そうと、あれこれ知恵をしぼったり、試みたりして、実現できるはずだ。



 6日目の講座で本日心に留めておく必要があるのは、上の言葉です。講座中ではこのフランス語訳の前に、ディーパク自身が英語で、「Hope lights my path.」と言っていました。講座でディーパクが語っていた教えの主旨からは逸れるのでしょうが、聞きながらわたしが心に強く感じ、瞑想中もついつい考えてしまったのは、記事の冒頭に書いたようなことです。

 講座中ディーパクは、「Letting hope be your guide」とも言っていました。

 「希望がわたしの進む道を照らす」ほど、つまずいたり道を間違えたりしそうになったら、「道がわたしを導いてくれる」ほど、心からの希望は、心底の希望は何で、その実現には何をすればいいのか。

 今夜はもう遅いので、具体的なことは、またいずれ詳しく書くつもりでいます。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2016-10-27 23:59 | Vivere | Comments(2)

健康と口にするもの口にすること

 薬草や自然を健康に生かすことについても、修道院でこの二日間学んだのですが、次の言葉を聞いて、なるほど気をつけようと思いました。

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 健康にいいからと、菜食主義者になったり、有機栽培の食材を選ぶよう心がけたり、野草や薬草を学ぶことは大切だけれども、口に入れるものと同時に、自分の口から出る言葉にも気をつけなければ意味がない。いくら体にいいものばかりを口にしても、朝から晩まで1日中不平不満をこぼしていては、病んでしまうので、心の持ち方や口にする言葉にも気をつけなければいけない。

 薬草や野草を見分ける講習では、講師が皆といっしょに野山を歩きながら、いろいろと教えたり質問に答えたりしてくれることが多いのですが、きっとそういうときに、薬草や健康に関心がありつつも、口を開けばぐちばかりという人に多く出会ったのでしょう。

 わたしも気をつけなければと痛感しました。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2016-09-10 23:12 | Vivere | Comments(4)

“The Seven Spiritual Laws of Success”, Deepak Chopra

 おとといの晩から、ディーパク・チョープラ著の『The Seven Spiritual Laws of Success』を読み始めました。「成功の法則」や「スピリチュアル」と日本語にしてしまうと、まゆつばもので、わたし自身読むのをためらいそうな題名ではあるのですが、イタリア語のspiritualeという言葉は、たとえば、聖フランチェスコやマザー・テレサのように、単に宗教に生きるということを超えて、心の底から突き動かされるような隣人や弱者への愛情や清貧に生きた人々の生き方や在り方を指す言葉です。

 そうして、この数年、繰り返しディーパク・チョープラの無料オンライン講座を受講してきて、ディーパクの教えは、何か神がかりでこちらを思うように操ろうというものでは決してなくて、わたしたち一人ひとりを尊重して、足を地につけ、今ここを大切にして、日々を豊かに生きていこうと伝えてくれるものだということが、分かっています。

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 副題には、「あなたの夢を実現するための実践手引き」(A Practical Guide to the Fulfillment of Your Dreams)とあります。ディーパク・チョープラの数多い著作の中から、この本を選んで最初に読み始めるのは、イタリア語版で瞑想講座の解説役を務めるプージャ・クリスティーナが、しばしば「この本を読むように」と、勧めていたので、興味を持ったからです。

 瞑想講座を聴いただけでは、特に教えを聴くだけで瞑想をさぼってしまうことが多い状況では、ディーパクの教えを概観することが難しいので、読書を通して、ディーパクの教えの真髄に触れ、理解を深めるためにも、読んでみたいと思いました。

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 巻頭には、以前に講座で聴いて心に響いたウパニシャッドの教え、「私たちが望むことが、意図となり、意志となり、ひいては行動につながり、自らの運命となっていくのだから、わたしたち自身は、自らの最も奥深い望みにほかならないのだ。」という言葉が引用されています。

 おとといの晩寝しなに読み始めたら、どうやら、何か他の本の真髄をまとめたものだというように書いてありました。そのためか、すでにディーパクの考え方やいろいろな言葉に付する意味を、瞑想講座を繰り返し受講して、知っているわたしは、「こういうことだろうな」と行間を補っていけるのですが、そうでないと理解が難しいところがあるように感じました。ただ、外国語教育がらせん状に行うものであって、一度にすべて教えるのではなく、同じ文法事項や言葉を何度も繰り返し取り上げていくべきものであるように、ディーパクの本も、瞑想講座がそうであるように、続く章の中で、繰り返し言葉を変え、具体例を変えて、少しずつわたしたちが理解を深めていけるように、書いてくれているのかもしれません。

 題名にある「成功」は、単なる職業や金銭に関わる成功ではなく、健康や家族と過ごす時間や平安な心、そういうより広い、人間的な意味での成功であって、だから「成功の法則」ではなく、「人生の法則」とも言えるとも、本に説明があります。

 まだ22ページ読んだだけですが、「現代人のわたしたちは、テレビを見たり話をしたり本を読んだり、常に心に雑音、情報、さざ波が立っているので、真の自己に近づくためには、時々、心がただただ静寂でいっぱいである、そういう時間を持たなければいけないなど、読みながらなるほどと思うことが、瞑想講座を受講するとき同様に、あります。

 少なくとも3冊は読みかけたままの本があるので、後ろめたい気持ちもありますが、今はこの本を読むことをわたしの心がほっしていることでもあり、「変える」ためには、読む本を途中で変えてみることもいいのではないかと、考えました。

 ディーパク・チョープラについて興味のある方は、過去の瞑想講座の内容や感想の多くは、「在りし日・在りたき姿」というタグ内にありますので、下記リンクを参考にしてください。

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"Tu sei ciò che è il tuo desiderio più profondo.

Come è il tuo desiderio, così è la tua intenzione.
Come è la tua intenzione, così è la tua volontà.
Come è la tua volontà, così è la tua azione.
Come è la tua azione, così è il tuo destino."
Con queste parole delle Upanishad
inizia il libro di Deepak Chopra che ho iniziato a leggere sabato.
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- 自分の真の声に耳を傾ける、スペイン語・英語ディーパク・チョープラ瞑想講座1日目

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2016-08-08 20:39 | Vivere | Comments(4)