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外国語を話し学ぶのに大切なこと、英語雑誌バックナンバーから

 わたしが肩のリハビリに通うカイロプラクティック院には、以前から、イタリア移民の子供としてベルギーで生まれ育ち、大人になってからイタリアに戻ったので、フランス語とイタリア語のバイリンガルの女性が勤めていたのですが、最近新しく入ったイランの若者も、イギリス・イタリアで大学などに通って理学療法士の資格を取ったので、母語の他に英語やイタリア語が話せます。そういう職場で働くためでしょう。わたしの肩を担当してくれるイタリア人の青年療法士も、時代の先端を行く療法を学ぼうと、英語の論文などを読む機会は日頃からあるようですが、もっと英語の文法の基礎や会話を勉強したいと、先日言っていました。

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4/12/2011

 最近こそ、ディーパク・チョープラの瞑想講座や読書、英日翻訳の仕事を通じて、英語に接する機会が増えてきたわたしも、イタリアに暮らし始めて一度、英語力の低下に、「これではいけない」と思い、英語での読書を心がける一方で、『English Journal』を日本から年間購読して取り寄せたり、英語の授業に通ったりしたことがあります。上級とはあまりなレベルに、通うのをやめた学校で存在を知ったイタリア人向けの英語音声学習雑誌、『SpeakUp』を、発音はゆっくり気味ですが内容が興味深いからと、1年間年間購読したのですが、もう長いこと聞くこともないまま、本棚で眠っていました。音声が1時間ほど吹き込まれたCDも、そのスクリプトが書かれ、イタリア語による語彙の解説がある雑誌も、片づけのために捨ててしまおうと思いつつ、だれかの役に立つかもしれないと、取ってはおいたのですが、お世話になっている療法士さんが、英語を勉強したいと言うのを聞いて、この雑誌が役に立つのではないかと思いました。

 ヒアリングマラソン同様、1か月に1枚のCDを何度も聞いて耳を慣らし、雑誌で聞き取れているかどうか確認し、知らなかった言葉や表現を勉強するのが望ましいと思うので、毎月1か月分、わたしがあげるから勉強してみてはと、勉強法を説明したら、「自分で買ってもいいけれど、くれるというならぜひ。」とのことです。今日うちに帰ってさっそく、一番古い号のCDを、あげてしまう前にと、たまったアイロンがけをしながら、途中まで聞いてみました。

 もう7年近く前の英語学習誌の付録音声CDなので、聞いてみて、覚えがあるところもありますが、初めて聞くかのように、おもしろいなと思いながら、耳を傾ける部分も多くありました。何となくだいたい分かるからと、恥ずかしながら、雑誌で理解できたかどうかの確認に、スクリプトを読むことがほとんどなかったために、忘れてしまっていることが多いのだと思います。

 閑話休題。マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』は、単なる少年向けの物語ではなく、社会的にも大きな意義があったのだとか、名前も覚えていない英国首相の話のほかに、外国語学習について、これはいいなと思う話がいくつかあったので、今日はそれをかいつまんでご紹介します。家事をしながら聞き流しただけで、まだスクリプトを確認していないので、わたしがいいと思った要点のご紹介になります。

 一つは、外国語を話すとき、「文法は間違っていてもいいけれども、相手に失礼になってはいけない」ということです。英語を話すにあたって、礼儀正しく、相手に対して敬意をきちんと示すために大切な言葉として、please、sorry、thank youの三つを取り上げて、説明していました。旅行では、これはわたしが言葉が不自由なフランスで旅するときも、言葉は知っているイタリアで旅するときもそうですが、道の行き方など、何かと現地の人に質問をする機会が多くなります。そういうとき、質問やお願いの前後に、必ずpleaseを添えること、でなければ、命令になってしまって礼を欠くことになるという言葉が印象に残りました。pleaseは中学校で英語を学び始めるときから、すぐに習う表現ですが、それが実際に英語でコミュニケーションをする上で、いかに大切かということを、改めて思いました。フランス語では、英語のpleaseにあたるs'il vous plaîtを必ず使うようにと、よく聞いたのですが、確かにフランス語や英語に限らずイタリア語でも、「どうぞ」を意味する言葉、pregoやper favore、per piacereを添えないと、命令口調で失礼な言い方になってしまいます。

 もう一つ印象に残ったのは、語学学校の先生の話で、「自分が学ぼうと思う言語を話す国や文化に対して、心の壁があり、受け入れたくない気持ちや侮蔑する気持ちがあると、それがフィルターになって、学習してもなかなか身につかない」というようなことを言っていました。その先生が言うほど、その点ばかりが肝心なのではなく、他にも外国語学習でより成果を上げるために必要なこと、学習を妨げてしまうことはあるのですが、こういうこともあるのだと、多くの方に知っていただく必要があるかと思い、ブログの記事にこうして書いておくことにしました。

 次のリハビリ通院の火曜までに、できれば一とおり聞くだけではなく、スクリプトにも目を通しておこうと思うほど、興味深い内容が多いので、驚きました。

 写真は、記事の話題が英語ということで、2011年冬のロンドン旅行の際に、地下鉄の中から撮った駅の写真です。

関連記事へのリンク
- イタリアで英語学習、英語学習者向け月刊誌、『SpeakUp』 (31/3/2011)
- 英伊仏ヒアリングマラソンと注意点 (25/1/2013)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-01-27 23:59 | ImparareL2 | Trackback | Comments(2)

宿題基礎の腕試し、英語・日本語・イタリア語

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 わたしが最近英語を教え始めた女子中学生の学校で、明日月曜に簡単な英語のテストがあるとは聞いていたのですが、金曜の昼頃その母君から「できれば週末に学習課題を出してやってほしい」というメールが届いていたのに、わたしが気づいたのは夕食後です。昨日は遠方に葬儀に出かけて、帰りが遅くなったのですが、出発前そして帰ってから、机とパソコンに向かって、何とか3ページ分のおさらいプリントを作成し、昨日中にメールに添付して送付しました。

 せっかくなので、そのプリントの絵を利用して、英語・日本語・イタリア語の勉強ができるツイートを三つしてみました。


 「~がある・いる」という表現が英語の試験に出るということであり、また、最初の授業で、単数・複数に応じて、動詞の活用形や名詞の語形がどう変わるかを、きちんと理解できずに苦労していたので、その苦手な点がきちんと克服できたかどうかを、問いかけてみました。ツイートには140文字の制限があるため、プリントに載せた問題のごく一部しか、ここには挙げていません。


 日本語の「...の上/下/前/後ろ/正面/中/そばに」という位置を表す表現や、「あります・います」という存在表現は、外国人の日本語学習者にとって難しい文法事項です。英語やイタリア語では、存在するのが人・動物であろうと無生物であろうと動詞が変わらないのに、日本語では、主語が生物か無生物かによって、「います」になったり「あります」になったりと動詞が変わるために、特に、きちんと使いこなすのが難しいのです。

 英語やイタリア語であれば、物の数を表すのに、"There are three apples. / Ci sono tre mele."と、物を表す名詞を複数形にして、数詞をその直前にそのまま添えればいいだけなのに、日本語の場合には、リンゴであれば「三つ、3個」、猫であれば「1匹」と、名詞によって数え方も変わってきます。そうしてこの助数詞を覚えるのに、母語で習慣がほとんどないこともあって、皆本当に苦労をしています。


 場所や存在を表す表現は、イタリア語学習でもつまずきやすいところです。ある・いるものが単数なら「C'è...」、複数であれば「Ci sono...」となるので、本当はその両者を正しく使い分けることができるかも問いたかったのですが、語彙数を(   )の数に反映させるというこの問い方では、(   )の数だけでどちらか分かってしまうので、断念しました。「…の前に/正面に」は、イタリア語では「di fronte a (davanti a)」であり、英語の「in front of」に似ているものの、前後に来る前置詞はまったく違うので、ご注意ください。

 suのuの音は、これはこの単語に限らずイタリア語のu全般に言えることですが、唇を丸めて前に突き出し、舌を口の中で後方に引いて、はっきり発音する音であって、日本語の「う」やウ行の母音とはかなり異なる音になります。ちなみにイタリア語で「上に」を表す前置詞、suは、フランス語で「下に」を表す前置詞sousと、発音は同じなのに、つづりと意味がまったく異なるのがおもしろいです。a + la = alla、su + la = sullaと、前置詞が後に来る定冠詞と融合して、形が変わることにも注意しましょう。

 以上の練習問題の正解が気になる方は、以下のツイートをご覧ください。

- https://twitter.com/naoko_perugia/status/823134797648330752
- https://twitter.com/naoko_perugia/status/823138230317023232
- https://twitter.com/naoko_perugia/status/823139436179443712

 今年は仕事として、教えることに重点を置いていきたいと考えていますので、ブログやツイートにも、そういう志をできるだけ反映させていくつもりでいます。

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by milletti_naoko | 2017-01-22 23:59 | ImparareL2 | Trackback | Comments(6)

リハビリ外国語、伝わればからどう伝えるかへ(初校・詳細版)

(以下の記事は、昨晩寝る前に懸命に書き上げたのに、最後になって画面が凍結し、2時間以上いろいろ試みても凍結したままだったので、投稿をあきらめたものです。夜遅いので、内容を要約した記事を書いて投稿し、気づくと再び書き込みができるようになっていたのですが、今さらなので、前記事も残したまま、こちらもご紹介します。前記事の内容に興味を持たれて、より詳しい情報を得たいという方は、この記事もぜひご覧ください。)

 今日も午後、英語の授業をしに遠出をしました。生徒の中学生の少女は、やる気はあるし、授業で学んだことはほぼ吸収していると思うのですが、出身小学校では、「英語に親しむこと、コミュニケーションを取ること」が重視されて、文法はほとんど教わらなかったというお母さんの言葉を裏づけるかのように、語彙や言い回しは「何となく」覚えていて、言いたいことは伝えられるし、こちらが英語で言うことや教科書に書いてあることも分かるのですが、ごく基本的なところで、文法のびっくり間違いが多いことに、1度目の授業の最初に、英語力を把握しようといろいろ問いかけてみて、分かりました。

 難しいと言う課が「There is a book on the table.」など、there is/there areの構文を扱っていたので、いろいろ尋ねてみたり、訳させてみると、理解力と表現力は十分にあるのですが、ごく初歩的な間違いが多かったのです。たとえば、

 There is books / There are one pen / Is there two bed? - Yes, there are.

と言った風に、名詞の単複に応じて、語尾に-sがつかなかたりついたりすること、動詞の形が変化することを知らず、「こういう感じかしら」と直感的に答えている感じでした。

 数に応じて名詞の語形や動詞の活用形などが変わることは、日本人のわたしたちにとっては、母語の日本語に存在しないしくみであり、ですから難しいのですが、イタリア語の文法には、英語よりもさらに複雑な形で存在します。

 日本語であれば、本が1冊であろうと2冊であろうと、名詞や動詞の語形が数によって変化することがありませんが、英語やイタリア語では、本が1冊であれば、

 There is a book. / C'è un libro.

 2冊であれば、

 There are two books. / Ci sono due libri.

となり、名詞の数に応じて、つまり、名詞が単数であるか複数であるかによって、名詞の語形や動詞の活用形が変わってきます。 名詞の語尾に単純に-sをつければ複数形になる英語と違って、イタリア語の場合はそもそも名詞に男性名詞と女性名詞があり、原則のごく典型的な変化だけでも、何種類か覚えなければいけません。

 旅行中に出てきそうな言葉を使うと、たとえば、次の食べ物を表す名詞の単数形、性、複数形は次のようになります。(m.は「男性名詞」、f.は「女性名詞」を指します。)


 パニーノ      panino m.      panini
 カップッチーノ  cappuccino m.   cappuccini

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 ピザ      pizza f.    pizze
 ジャガイモ  patata f.   patate

 ですからご夫婦で旅行をしていて、パニーノを注文するときは、"Due panini, per favore."と、paninoは複数形のpaniniになりますし、レストランのメニューのジャガイモ料理ではたいてい二つ以上のジャガイモを使うために、patate arrosto「ロースト・ポテト」、patate fritte「フライドポテト」と、「ジャガイモ」は複数形のpatateという形で登場するのですが、単数形はpatataなのです。

 ここでおもしろいのは、たとえ母語であるイタリア語に、名詞が単数形か複数形かによって、名詞の語形と動詞の形が変わるというしくみがあるにも関わらず、そうして、彼女がイタリア語ではちゃんと名詞の単複次第で、文法的に正しく話しているのにも関わらず、英語となると、文法の説明なしに多数のインプットを得て話したり書いたり読んだりしただけでは、この単純な名詞の数の呼応のしくみに自分では気づけず、従って、何度聞いても、その違いはうわすべりをして、いつまでも「なんちゃって英語」を話したり書いたりしてしまっていたという点です。

 ただ、母語のイタリア語には名詞の性についてもっと複雑なしくみがあるおかげもあって、先週の1時間半の授業の後には、もう上記のような間違いはせずに、きちんと言えるようになっていました。

 この中学生の少女のような間違いは、イタリアに限りませんが、移民がある国に仕事をするためにやって来て、その国の言葉を学校や本で学ぶことなく、仕事や生活を通して学んだ場合に身につける、と言うよりは、習得途上で発達が止まってしまう外国語における間違いによく似ています。そうして、わたし自身がフランス語を数か月独学で勉強したあと、パリの語学学校の授業で、とにかく何か言おうと、既存のイタリア語の知識から推測して、「こうかしら」と適当に言った「なんちゃってフランス語」や、1か月だけスペイン語を勉強して、巡礼中に出会った巡礼仲間やレストランの人に言った「なんちゃってスペイン語」にもよく似ています。店の人には何とか通じたものの、スペイン語をよく知っている友人たちが思わず吹き出すようなことを、時々言っていたようです。

 と言うのは、外国語教育・学習研究では多くの学者がすでに指摘しているように、確たる文法知識を持たず学ばずに、ぽんとその国の言葉が話される世界に放り込まれると、まずはpragmatic modeあるいはattenzione al significato、つまり、自分が言わんとすることが相手に伝わることが何よりも大事なのであって、自分がそのために使う語彙や文法や表現には注意を払わず、内容を何とか伝えることに夢中になるモード、言わばサバイバルモードで、その国の言葉を使い始めるようになり、そのうち言わんとすることが伝わるようになると、よりきちんとした言葉で表現したいと、syntactic modeあるいはattenzione alla formaに切り替わり、文法や言葉のしくみ、自分が使う表現、言葉の形に、も注意を払う、文法にも注意モードで伝えようと試みるようになるからです。

 そこで、わたしとしては、授業の質問に対する答えや、彼女が書き話す英語を通して、どういう点が注意を払われぬまま使われるので間違いとして現れ、そこで間違ってしまうのは、何が習得できていないからか、どういう文法の決まりに気づけていないからかをつかみ、その少女が気づけていないことに、気づかせ、正しく言ったり書けたりするように練習を繰り返させることを通して、彼女の「なんとなくサバイバル英語」を、「文法に注意しきちんと伝えられるよう意識した英語」に、少しずつ近づけていけるようにしています。

 「中国人あるよ」とか「インディアンうそつかない」とか、そういう偏見が入った特定の民族の人の日本語の典型的例を、日本で読んだり聞いたりする機会が以前よくあったのですが、こういう表現も、外国の人は、日本語の「てにをは」という少々間違っても内容を伝えるのには支障がない些末な部分は、母語と違うこともあって文法のしくみを認識しづらく、習得も難しいということを、反映しているような気がします。

 同様のことは、わたしが教える中級の日本語の生徒さんにも言えるのであって、漫画やアニメ、日本の友達との実際の会話やメールを通じての交流を主として学び、教科書を使っての文法学習は、それに後からついて行っている形なので、日本語能力試験の問題を解いても、会話をしたり主題を決めて文章を書かせたりしてみても、聴解力や読解力、言わんとすることを伝える力は十分にあるものの、てにをはなどの助詞は、わたしは初級の後半あたりから個人授業で教え始めたのですが、今でもごく簡単なところで、間違えてしまうことが少なくありません。

 今朝は肩の施術・リハビリにカイロプラクティックに行き、どこまで動きが回復しているか見てもらってから、施術をしてもらい、必要な運動を指示してもらいました。そもそもは、体の一部だけ酷使したり、ゆがんだ姿勢で長く机上の作業をしたりしたために、痛みが出て、その痛みや問題に応じて、どうすればいいかを教えてもらい、治るのを助けてもらっているのだと思います。そういう意味で、なんちゃって外国語学習や、わたしのように勉強中断になってしまったためのなんちゃってフランス語力は、弱点を突きつめて、忘れてしまわぬうちに、最初から勉強をし直さなければいけなくなってしまう前に、基礎力を取り戻すために、語学検定を受けてみたり、先生について教えてもらったりすることが、大切だと感じています。フランス語については、だれか先生に見てもらう必要をずっと感じていて、同僚の先生にずっとお金は払いますと頼んでいるのですが、忙しくてなかなかその時間が取れないという状況なのですが、これは弱点を把握し、文法を復習するためにも、語学検定をまずは受けてみることに決めなければいけないときが来ています。 

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by milletti_naoko | 2017-01-18 02:57 | ImparareL2 | Trackback | Comments(0)

リハビリ外国語、伝わればいいからどう伝えるかへ

 今日も英語の授業をしに遠出しました。小学校で文法らしきものを教わらず、話すことや書くことを覚えた中学生の少女は、聴解力や読解力はある上、言わんとすることも分かるものの、There is two pen.などという文が口から出てしまうように、数に応じて、名詞の語形が変わり、動詞の活用形も変わるという、ごくごく初歩的な文法事項に、自分では気づけず、間違いを繰り返しつつも、それがなぜだか分からずにいたのです。

 数によって名詞の語形や動詞の活用形が変わるのは、イタリア語も同じで、

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たとえば皆さんご存じのカップッチーノも、1杯ならun cappuccinoですが、2杯であれば複数形を用いるため、due cappucciniになり、たとえばバールで二人連れの両方がカップッチーノを注文すると、店の人が「つまり、お二人合計でカップッチーノ2杯ということですね。」という意味で、"Due cappuccini?"と確認してくることが、たまにあります。ピザも1枚なら単数形のpizzaを用いますが、2枚以上あれば複数形になるため、たとえば3枚のピザは、tre pizzeとなります。

 母語であるイタリア語にも、名詞に単数形・複数形があるおかげで、少しずつ決まりを説明し、そのたびごとに該当文法事項について練習をさせていくと、新しい教え子は、授業が終わる1時間半後には、間違えずに言ったり書けたりするようになっていました。

 数年前、サンティアーゴ巡礼直前に、にわか勉強したわたしの「なんちゃってスペイン語」は、言わんとすることはレストランの人に伝わっても、語彙の選択や文法がおかしかったらしく、友人たちがはたでにやにや笑っておもしろがっていました。日本語の生徒のうち、独学で学んだあと、わたしが個人授業で教えることになり、今は中級の力がある大学生は、アニメや漫画、日本の友人との会話やメール交換など、大量のインプットやコミュニケーションが学習の基盤にあって、並行して日本語の文法を、主に独学で本で勉強していたために、聴解力・読解力に優れ、かなり難しいことでも言わんとすることを伝えることができるのですが、彼の作文や話し言葉を文法的な観点から見ると、大学や学校で初級日本語を教えた学生・生徒でも間違えないような初歩的な間違いが、今でもまだあります。

 第二言語学習・教育研究でよく言われるように、文法の知識なしに第二外国語(lingua seconda、L2)の世界にぽんと放り込まれると、最初は言わんとすることを伝えよう、主旨を理解しようと、些末な文法的事項には注意を払う余裕がなく、内容・意味・コミュニケーションによって目的を果たしたり問題を解決したりすることに重点が置かれ、そうして、その言語で生き延びられるだけの力がついてはじめて、きちんと文法などに注意を払い、形も重視して意思疎通を図ろうとするようになるからです。

 衣食足りて礼節を知ると言いますが、言語も、その言語が使われるのではない土地で、学校や独学で学ぶ言語、外国語(lingua straniera)と違って、その言語が話される土地で暮らしながら、学校などに長期間通うこともなく身につける場合、第二外国語として学ぶ場合には、最初は形にこだわる余裕がなく、まずは実を取り、言うことが分かる、相手に思いが伝わることに全力を注ぐ傾向があるからです。中学生の少女の場合は、英語をイタリア語で第二外国語として勉強してはいても、文法をまともに教わらぬまま、話すこと、書くこと、会話することを余儀なくされたために、なんちゃって英語が身についてしまったのではないかと思います。

 問題は、学習者がそうやって必死でサバイバル外国語を身につけるべき努力し、ようやくそこまでは到達したとき、そのpragmatic modeからsyntactic modeに、つまり内容だけではなく、きちんとした表現で伝えられるよう文法にも留意して伝えていこうという姿勢に、切り替えていけるかということです。間違いだらけでも相手に伝わりさえすれば、相手の言うことが分かりさえすればよいと、そこで安住してしまうと外国語の化石化(fossilizzazione)が起こり(過去記事、「イタリア語の化石化」参照)、以後はどんなにその言語の中で暮らし、聞いたり読んだり話したりしても、外国語力の向上にはいっさいつながらなくなってしまうからです。中学生の教え子は、中学校で文法をしっかり押さえる先生に教わるようになったことをきっかけに、日本語の生徒さんは、わたしが宿題に出した作文の添削を通して、自らの間違いや弱点に気づくことを通して、このままではいけないと、いろいろ勉強方法を工夫し、syntactic modeに移行していっています。わたしは、スペイン語は今のところは「なんちゃって」でもいいけれども、フランス語については、せっかく勉強したのにこのままさぼっていては、フランス語力が「なんちゃって」以下になりかねないので、語学検定を受ける、問題集や参考書に取り組むなど、具体的な目標を早く設定して、頑張らなければと考えています。

*追記(1月18日16:56)
 以下の記事は、昨晩寝る前に懸命に書き上げたのに、最後になって画面が凍結し、2時間以上いろいろ試みても凍結したままだったので、投稿をあきらめたものです。夜遅いので、記憶に頼りつつ、その内容を要約して投稿したのが、今回のこの記事です。ところが、この記事を投稿後、ふと気づくと、書き込み不能だった記事が、いつのまにか再び書き込みができるようになっていました。今さらなので、この記事も残したまま、もともと最初に書いた記事もご紹介します。前記事の内容に興味を持たれて、より詳しい情報を得たいという方は、以下の記事もぜひご覧ください。

- リハビリ外国語、伝わればからどう伝えるかへ(初校・詳細版)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-01-17 23:59 | ImparareL2 | Trackback | Comments(0)

英語も教えることになりました、ノートは英語で?

 と言っても個人授業で、生徒は11歳、中学校1年生のイタリア人の女の子です。イタリアは小学校が5年間なので、イタリアでは同じ年齢の日本の子供よりも、一足先に中学生になります。長い間夫と同じ職場で仕事をしている同僚の娘さんです。お母さんである夫の同僚によると、娘さんの出身小学校の英語の授業では、文法を教えることがほとんどなかったのに、昨年秋に入学した中学校では、英語の先生が、基礎の文法などは小学校ですでに学んだものと考えて、おさらいなどせずにどんどん先に進んでいくために、何とか合格点は取れたものの、文法をきちんと押さえず、「何となく感覚的に答えて、たまたま及第点が取れた」という状況で、同じ小学校出身の6人の生徒は皆同じ問題を抱えているそうです。

 わたしが日本の高校で国語を教えていた1990年から2002年にかけても、小さな町の高校で、似たような問題を英語を教える同僚が抱えていて困っていました。近隣の中学校の中には、新しい学習指導要領に従って、文法はあまり教えず、楽しみながら会話を中心に英語を学ぶように授業方針が変わった学校が少なくなかったのです。けれども、高校では、教え子たちが望む進路に進めるだけの英語力をつけるために、センター試験や大学の二次試験で満足な点数が取れるための文法や語彙、読解力や作文力を鍛える必要がありました。そのため、英語の基礎と学習の仕方が分からないまま高校に入った生徒たちに、中学でみっちり英語の文法を学習した上に高校で学び、卒業したかつての生徒たちと同じレベルの英語力をつけさせようと、英語の先生が大変な苦労をしていたのです。中学校によっては、きちんと従来どおり文法や読解力がきちんとつくように育て上げていたのですが、高校側は、補習授業や課題を通して、英語の基礎力を皆がつけられるように、配慮していました。

 それで、そういう対策を中学校自体が取れないかと夫の同僚に尋ねてみたのですが、学校からは、「3月になれば、学校でも対応するけれども、それまでは各家庭で英語の力がつき、授業についていけるように指導してほしい。」と言われたとのことでした。お母さんである彼女が教えてみても、相手が親だとどうしても甘えが出て、他の場面での関係にもひびくので、第三者に授業を頼もうということになったそうです。

 わたしは英語は日本で実用英検1級に合格し、バベルの翻訳家養成講座英語本科も修了しています。高校で国語を教える傍ら、カナダ旅行をきっかけに英語を再勉強しようという気持ちになり、目標を設定するために、ヒアリングマラソンを受講し、英検準1級・1級を目指して勉強し、さらに英検1級合格後は、より細やかな読解力を培いたいという目的で、翻訳講座も受けました。おかげで日本の高校では英語部や英語クラブを担当させてもらえた年もあり、地域の英語劇に参加したり、学校や地域で通訳を引き受けたりもしていました。イタリア語の勉強を始め、イタリアに留学し、その後イタリアで働きながら暮らすようになってからは、英検1級合格時に比べると、特に聴解力や討論する力は錆びついてしまいましたが、それでも、日本人で英語ができる人がウンブリアではなかなか見つからないおかげで、看板は特に掲げていないものの、日本語・英語間の通訳や翻訳を依頼されることは、これまでにも時々ありました。

 ただ、日本で教員免許を持っている国語や書道、イタリアの大学・大学院で学び専門家の資格を取った外国人へのイタリア語教育と違って、英語は姪たちの宿題の面倒を見はしても、仕事として教えようと考えたことはありませんでした。また、同僚が住むのは遠方で、車で片道30分かかります。それで12月に夫から、「同僚が君に娘の英語の家庭教師を頼めないかと言っている。」と聞いたときは、断るのも失礼かなと思って、「英語を教える資格は特に持たないけれども、子供を教えるにはまた違った準備が必要だし、遠方でもあるので、もしわたしが教えるなら、日本語やイタリア語の授業と同じように、授業料は、60分25ユーロに設定する。もし、それでもいいと言うなら、教えに行く。」と、他の仕事へのしわ寄せも念頭に置きながら、提案しました。教員免許を持つイタリア人の友人が、フランス語や英語の家庭教師を1時間13ユーロで引き受けていたのを知っているので、こう言っておけば、他の人に頼んでくれるのではないかしらという期待もありました。

 結果的には、今週になってから、それでもぜひわたしにという返事があり、今日初めての授業に行ってきました。中学1年生の新しい生徒は、文法をきちんと勉強しないまま、感覚的に何となく覚えたことを英語で言えるようになったために、英語で言うこと・書くことが文法的に正しいかどうかに当たりはずれがあり、移民がイタリアで仕事をしながら生活をする中で、学校には行かずに、人とのやりとりを通して身につけた、そういうイタリア語に似ているところがあるなと思いました。難しいのは、本人はすべて何となく分かったつもりになっていて、文法事項のどういう点が習得できていないかを、自分では把握できないために、教科書の中から、難しいと思う課を聞いて、質問を投げかけ、答えを聞きながら、下から少しずつ積み重ねていく学習の積み木たちの中で、何が欠けているか、何が学習不足で、何を間違っていい加減に覚えてしまっているかを、こちらが探し当てて、その弱点を補強していかなければいけないことです。

 口頭で尋ねて、実際にノートに書かせてみて、どうやらthere isとthere areを混同していること、つまり主語の単複によってどう動詞が変わるかが分かっていなかったこと、そうして、冠詞のaや複数形の語尾の-sが抜けがちなので、母語のイタリア語にも冠詞や複数形があるものの、イタリア語とはしくみが違うために、英語独特の不定冠詞・名詞の単複による変化が分かっていなかったことなどが、次々に分かり、分かった端から、そういう弱点を補強するたびに、机の上や授業をした居間に実際にあるものを使って、「何があるか」を英語で言わせて書かせてみました。最初はところどころ間違いがあったのですが、授業の終わりには幸い、間違いなく言えるように、書けるようになり、生徒もわたしも「よくできた」と達成感があって、うれしかったです。

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Immagine prese dal Cambridge learner's dictionary

 ただ、授業中にそれは驚いた衝撃的なできごとがありました。someやanyを使う練習をしようと、机の上にノートが数冊あったので、「Ci sono alcuni quaderni.」(ノートが数冊あります)と、英語でまずは声に出して言ってから、書いてみるように言うと、「ノート」を英語で何というか分からないとのことです。それで、自分で苦労した方が覚えやすいからと、机上の彼女のイラスト入り伊英辞典で調べるように指示しました。

 皆さん、「ノート」は英語で何と言うとお考えですか。わたしは当然notebookだろうと思っていました。そのため、伊英辞典のquadernoの項に、exercise-bookとはあっても、notebookとはどこにも書いていないのに驚きました。けれども、彼女は「そうそう、学校でこう習った。notebookという言葉は知らない。」と言います。exercise-bookは「練習(exercise)」のことであって、ノートとは別物ではないかと思ったのですが、うちに帰って、家にある『Cambridge learner's dictionary』で調べてみると、exerciseの項にもbookの項にも、exercise-bookという言葉は見当たらす、notebookを調べると、「a book of empty pages that you can write in」という定義が一つ目にあります。それで、「ほら、やっぱりノートはnotebookじゃない」と思ったら、ところが、図解で英単語を紹介するページでは、引用した上の図のように、ノートをexercise bookと呼んでいるのです。

 それで、イタリア語の「ノート」、quadernoに対応する英語を伊英辞典で調べようと、紙の辞典を探すも見当たらないので、オンライン辞典で調べると、

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Presa da http://www.larousse.fr/

「書くため」(per scrivere)に使うのがexercise bookで、「メモを取るため」(per appunti)に用いるのがnotebookだとあるではありませんか。

 今夜はもう遅く、明日は早朝から午前中いっぱい用事があるのですが、昼帰宅したら、オックスフォードの伊英辞典を発掘して、ノートの真実の探求を続けるつもりでいます。

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by milletti_naoko | 2017-01-10 23:59 | ImparareL2 | Trackback | Comments(4)

英語はずかし間違い、初海外旅行の思い出

 初めての海外旅行では、カナダのプリンス・エドワード島を訪ねました。いっしょに行った先輩もわたしも、赤毛のアンが大好きだったので、作品の舞台であるプリンス・エドワードにぜひ行ってみたいと、憧れていたからです。前年まで同じ高校に勤めていた先輩とは、確かその年の春、二人とも別の高校へと転勤になったため、違う高校で働くことになったばかりだったと、ぼんやりと覚えています。ですから、このカナダ旅行は、転勤したばかりの1993年、あるいは1994年の夏のことで、いずれにしろ、今からもう20年以上も前のことです。

 旅行が決定してから、英語の再勉強を始めて、アルクのヒアリングマラソンを受講し、ワープロで英語の日記をつけたり、『大草原の小さな家』や『フルハウス』などの聞き取りやすいドラマを録画して、まずは英語で視聴し、次に日本語で見直して、最後にもう1度英語で聴き直して、聴解力を鍛えたりしました。同時に、最初は対訳と語注つきの小さな本から、毎日少しずつ英語の本を読むことも始めました。おかげで、旅行中には、英語で現地の人と話したり、英語で上映された『赤毛のアン』のミュージカルを、物語の筋を知っていたからでもあるのですが、シャーロットタウンの劇場で十分に楽しんだりすることができました。

 プリンス・エドワード島では、料理を頼むと、メニューに書かれていなくても、大量のフライドポテト、あるいはオーブンで丸ごと焼かれたジャガイモがいくつか、必ずついてきたので、びっくりし、量の多さにしばしば辟易したことを覚えています。牛乳もSやMサイズを頼んでも、びっくりするほど大きなコップに入った牛乳が運ばれてきたので、驚いたものです。

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 閑話休題。英語の力をつけたつもりだったのに、現地の人と何度もやりとりするうちに、自分で気がついて恥ずかしくなってしまった英語の間違いがあります。カナダでは、たとえば劇場などの座席で、すでに座っていたわたしたちの前を通る人が、Excuse meと断ることが多く、向こうからわたしにぶつかってしまった人は、I’m sorryと謝るので、とても礼儀正しいなと感じたのですが、問題は、そのたびにわたしが英語で返していた言葉です。

 皆さんなら、こんなふうに英語でこんなふうにちょっとしたわびを言われたら、どんなふうに返事をしますか。

 前述のように、当時はすでに英語の本やドラマを英語で楽しむ習慣もつけつつあったのではありますが、わたしの返事は、あきらかに日本語である母語の影響、母語の転移(transfer、transfert)を受けたもので、間違った英語表現で答えてしまっていました。

 最初は何も疑問に思わずに、同じ返事をし続けていたのですが、カナダの方が、さまざまな場面で「すみません」とていねいに声をかけてくれるので、わたしも真似してそう言うようにしたら、返ってくる返事が、皆一様に、No problemであるのに、ふと気づいたのです。そうしてそこで、初めて自分の間違いに気づいて、恥ずかしくなり、さらに、どうしてそんなふうに間違ってしまっていたのかも推測ができました。

 前を通ったり、ぶつかったりして、「すみません、迷惑をおかけしましたね。」と言われたときには、なるほど、No problem、「問題ではありません。たいしたことではありませんから、お気になさらずに。大丈夫ですよ。」と答えるのか。

 一方、それまでわたしが、どう返事をしていたかと言うと、なんとYou’re welcomeと言っていたのです。日本語では、「ありがとう」に対しても、「すみません」に対しても、「どういたしまして」と返事をします。中高時代からの英語教育を通して、「どういたしまして」=You are welcomeという単純公式で覚え込んでいたために、英語ではThank youに対しては、You’re welcomeと返事をしても、I’m sorryやExcuse meというわびに対しては、同じ言葉は使えないことに気づかず、つい頭の中で、「今はどういたしましてと言わなければいけないから、英語で言うと……」と、自分では意識しないながらも、気づかぬうちに日本語脳を介して、You’re welcomeと返事をしてしまっていたのでしょう。

 You’re welcome、「ぶつかってくれて、こちらこそありがたい」、「前を通ってくれてうれしいです」なんて、なんとちぐはぐな、とんでもない返事をし続けていたのだろうと、気づいてから恥ずかしくなりましたが、カナダ旅行のおかげで、自分が無意識に長い間英語でわびられたらこう返事をするものだろうと思い込んでいたことに、気づくことができました。

 以前にブログ記事で、母語の発音が、学習中の外国語に影響を与える例を、いろいろとご紹介したことがありますが、こんなふうに、母語の影響、転移は、発音のみならず、文法や語彙、会話表現など、言語のあらゆる側面にわたって起こります。

 ちなみに、「すみません」と言えば、日本人が外国語を話すときに起こりがちな、文化的慣習から来る母語転移の一つに、感謝の言葉を言うべきときに、「すみません」を意味する言葉を使ってしまうというものがあります。日本語では、謝意を表すのに、相手にかけた負担を思って、「すみません」と言うことがあるからなのですが、外国語で、感謝のつもりでわびを言っても、相手にお礼の気持ちが伝わりませんので、気をつけましょう。

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Il mio errore in inglese durante il mio primo viaggio all'estero
era un errore di transfer, dovuto all'influenza della lingua materna, giapponese.
Nei primi giorni ogni volta che i canadesi mi dicevano 'Excuse me', 'I'm sorry', rispondevo in modo sbagliato dicendo 'You're welcome'.
Non è che fossi contenta quando qualcuno si scontrava con me, ma era perché in lingua giapponese si usa la medesima espressione, DOOITASHIMASHITE per rispondere sia a 'grazie' che a 'scusi'. Solo dopo aver notato che invece tutti rispondevano 'No problem' al mio 'excuse me', mi sono accorta del mio errore.
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関連記事へのリンク
- ウ入りパスタと恋のコーヒー、外国語学習入門期の罠
- 奥さんとお子さん
- 優秀な外国語学習者とは

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by milletti_naoko | 2016-08-01 23:59 | ImparareL2 | Trackback | Comments(6)

ウ入りパスタと恋のコーヒー、外国語学習入門期の罠

 海外旅行中、感謝の気持ちを伝えるつもりで、「I’m sorry(すみません)」と言ってしまったことはありませんか? 海外で車を運転するのに、運転席は左側なのに、つい右側のドアを開けようとしてしまったことはありませんか? 生まれ育った文化とは違う文化の中で暮らすとき旅をするとき、異国ではとんちんかんになってしまう場面で、うっかり日本風に話したり行動したりしてしまうことが、だれにでもあるのではないかと思います。

 お礼として謝罪の意を持つ言葉を口にすること、運転座席が右側にあること。後者については、これは英国などほかにもそういう国はないわけではありませんが、わたしたちは新しい環境に置かれたときも、その中でやり過ごしていくために、自分でも意識しないうちに、これまでに慣れている生まれ育った文化圏での慣習に頼っていることが多いのです。

 どう対処してよいのか分からないときに、無意識のうちに既存の知識や慣習に頼って、そこから情報を得ようとする。この生き延びるための手っ取り早い参照は、新しい言語を学ぶときにも、知らず知らずのうちに起こっています。そうして、こういう母語の影響は「転移」(transfer、transfert)と呼ばれ、単語・文法・会話での交流など、言語のさまざまな側面に見られるのですが、この影響が特に大きいのは、音声面です。

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 皆さんの中には、日本語を学ぶイタリア人が、「サヨナーラ」、「オアヨ」とあいさつし、大阪を「オサーカ」あるいは「オザーカ」と言うのを聞いた方があるかもしれません。

 イタリア語では、Hの音は発音されず、たとえばho、hai、hannoとhを含む表記があっても、Hが発音されないため、それぞれo、ai、annoと、意味は違えど発音は同じです。そのために、イタリア語を母語とする人には、日本語のハ行とア行の区別がつかず、Hがあっても聴き取れず、なくても「あるのかもしれない」と確信が持てない傾向があります。またイタリア語では、母音の長短が意味の弁別に関与しないため、母音の長短を聴き分けるのに、日本語をかなり勉強した人でも苦労します。「こと」と「コート」、「家」と「いいえ」が同じように聞こえてしまうのです。さらに、イタリア語では、単語の強勢アクセントが終わりから二つ目の音節に置かれ、その音節が開音節であれば母音が長母音になるため、「さようなら」をサヨナーラ、「おはよう」を「オアヨ」と発音してしまいがちです。

 外国語学習において、母語の音声面での影響は、ただでさえ大きいのに、この最初の肝心な段階で、イタリア人の日本語学習者が、一つ一つの仮名とその発音を覚える代わりに、ローマ字表記の読みに頼ってしまうと、母語であるイタリア語の音声体系を、それでは通用しないところでまで学習中の日本語に応用する度合いも頻度も大きくなり、結果として、上記のような間違いが、すぐにひらがなや片仮名を覚える人よりも多くなり、しつこく残る傾向があります。耳で聴き取れない音は、記憶にも正しく定着しにくいのに、最初に母語の干渉が強い覚え方をしてしまっているために、いつまでもきちんと言葉が覚えられなかったり、聴き取れなかったり、発音できなかったりするのです。

 こうした音声面における母語の悪影響は、日本のわたしたちが英語やイタリア語に限らず、外国語を勉強する際に、カタカナによる発音表記に頼り過ぎる場合にも、大きく、根深いものになってしまいます。RとLなど、日本語では聴き分ける必要がなく、そのためにただでさえ聴き分けづらく、R・Lを含む単語を正確に覚えづらいのに、いつまでもカタカナの音声表記に頼ってしまうと、そうした聴き分けや記憶が、いっそう難しくなってしまいます。またカタカナは万能ではありません。SやLのような母音が後につづかない音はカタカナでは表記できません。学習対象の言語には存在しない母音を補わないと、カタカナで表記することができないのです。そういうときにカタカナの発音表記で混入する外国語には存在しない母音が、いつまでもカタカナの発音表記に頼っていると、記憶に定着し、発音もしてしまい、間違った形・発音のまま頭と体が覚えてしまいます。

 そうして、日本における外国語学習教材は、残念ながら単語だけ、互いに独立した例文だけが参考書に登場する傾向があり、音声CDがあっても、会話や意見発表・朗読などで、どんなイントネーションや抑揚で話されるかが分からないものが、いまだに多いのではないかと思います。そのため、イタリア語や英語を話すときにも、どんなイントネーション、抑揚で話せばいいか見当がつかないと、無意識に自分の母語や既知の外国語の音声を参照にしてしまい、日本語や方言まるだしのイントネーションで、外国語を話してしまうことになります。こういう母語の悪影響は、歌や映画、会話の音声など、学習対象言語の幅広いインプットを得ることで、食い止めることができますが、いつまでもカタカナ発音表記に頼ると、さらに蔓延してしまいます。

 さて、今日の記事の内容は、実は、ブログ友達のぷーさん(ブログへのリンクはこちら)と、最近ツイッターで交わした以下のやりとりに発想を得たものです。140字以内に収めるために苦労しながら書いています。


 上の引用は、かなり長くなったやりとりのごく一部です。続きや省略されているところを読みたいという方は、ツイッターでご覧ください。ツイッターは利用していないけれど、やりとりの全文が気になるので知りたいと希望する方が多いようであれば、何らかの形でツイッターでの応答すべてをお伝えすることも考えています。

 ぷーさん、ブログでのツイートの引用を快諾してくださって、ありがとうございます。

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Quando studiate il giapponese, cercate di imparare al più presto a leggere e scrivere gli alfabeti giapponesi, Hiragana e Katakana. Se continuate a leggere con l'aiuto di Roma-ji, il vostro giapponese tenderà ad essere contaminato dalle influenze della fonetica e fonologia della vostra lingua materna.
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by milletti_naoko | 2016-01-26 23:59 | ImparareL2 | Trackback | Comments(8)

多言語使用説明書と紙さんさよなら大作戦

 言語は、外国語にせよ母語にせよ、そうして、学ぶにせよ教えるにせよ、音声面がとても大切です。それは、世界には、話し言葉があっても書き言葉のない言語がいくつもあるけれども、その逆はないこと、そうして、子供が生まれて初めて身につけるのは話し言葉であり、さらに、書き言葉は話し言葉と違って、学校などで教育を受けないと、きちんと使えるようにはならないことからも明らかだと、大学の心理言語学(psicolinguistica)などの授業で学びました。

 それで、以前から何度か記事にしているように、自分が外国語を勉強するときに、いろいろな音声教材を利用した、我流なんちゃってヒアリングマラソンを試みたり、日本語の授業で、歌や映画などの音声教材を活用するように心がけているのですが、そのためには、やはり用途に即したプレーヤーを購入しなければいけないなと、長い間考えていました。CDの音声なら、うちではパソコンや夫が長年愛用しているシステムステレオを使い、学校では音声機器を借りれば、聴くことができます。けれども、それでは、我が家で個人授業で教える際にも、料理をしつつフランス語などの音声CDを聴くにも不便です。と言うのは、ステレオがあるのは居間で、料理中には音も立てるので、かなり音量を上げないと、細部が聞こえず、階下・階上に住む義家族への迷惑も気になったからです。まあ、義父母は耳が遠いので、テレビをかなりの大音量で視聴していますし、階上に住む義弟の奥さんはエクアドルの人なので、掃除をするときには、家がディスコになったかと思うほどの大音響で、にぎやかな音楽が家中に響きわたるのではありますが。

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 それで、店でいろんな機種を見比べ、インターネットでも情報を集めて、こちらのソニーのプレーヤーを購入したのは、3年前のことです。ラジオも聞けて、録音もできて、CDだけではなくmp3も聴けるので、わたしの外国語学習にも、日本語を教えるときにも大活躍で、購入して本当によかったと思っています。

 ただ、今日本棚を整理していたら、

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このプレーヤーの、7か国語で書かれた7枚の使用説明書が出てきたのです。しかも、その一つひとつが、59cm×63cmという大きな紙を、横に四つ折りした上で、縦に三つ折りしてあるため、かなりかさばります。

 イタリア語版に加えて、英語版の使用説明書も、ひょっとして英語からイタリア語に妙な翻訳がされていた場合に、参照にできるからと置いておこうとは思うのですが、ほかの5か国語の使用説明書を、どうして今まで持っていたのか、自分でも謎です。フランス語やスペイン語の勉強に、こういう使用説明書が使えないとも言えませんが、もっと楽しい生きた教材が、インターネット上にも書店にもたくさんあります。

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 というわけで、写真左手にある英語版・イタリア語版だけ残して、それ以外の使用説明書は処分することにしたのですが、せっかくなので、捨てる前に一度だけブログ記事の内容として活用することにしました。

 こんなふうに、大きく「警告・注意」と書かれた文字と、その下の太字の説明だけ並べてみると、近縁にある言語どうしは、単語の形も下の説明もどこかしら似通ったものがあって興味深いです。ちなみに、英語のwarningが「警告」で、ちょっと心臓をどきりとさせるのに対して、イタリア語のattenzioneは「注意」の呼びかけで、若干ニュアンスが違い、イタリア語でも「警告」はむしろ、他のロマンス言語と似た語形を取って、avvertenzaなのですが、こうやって7言語を並べてみると、それぞれの言語が話される地域で、見つけたら注意・警戒をしなければいけない単語が分かって興味深いです。

 ちなみに右手の単語・言語は、上から、Warnung・ドイツ語、Waarschuwing・オランダ語、advertencia・スペイン語、advertência・ポルトガル語、avertissement・フランス語のようです。

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 実は他にも、こんなふうに、それぞれに22か国語で説明がある紙が5枚あって、うち1枚には、言語名と「警告」という言葉が並んでいるため、どれがどの言語かという見当がつきました。「警告」に別の同義語を使っている場合は、インターネットで、どの言語の言葉かを確認しました。

 おもしろいなと思ったのは、フランス語のavertissementです。この使用説明書を見なかったら、英語のadvertisement「広告」に形が似ているので、「広告」という意味だと見当をつけてしまったのではないかと思います。今、仏和辞典を見ると、語義に、「通知、警告」はあっても、「広告」はありません。でもそう言えば、イタリア語のavvertimentoも、「通告、警告」という意味です。

 最後に、ラルース仏伊辞典のavertissementの項へのリンクを付しておきますので、フランス語・イタリア語で「警戒」を意味する語を聴いて、発音練習するのにお役立てください。フランス語の発音が、想像していたのと違うので驚き、もっとこつこつ勉強しなくてはと反省しました。

- Larousse - Dictionnaire français-italien - avertissement

 ちなみに、左手にあるフランス語の下にイギリスやスペイン・ドイツなどの国旗が描かれたボール型のアイコンをクリックすると、英語・スペイン語・ドイツ語で「警告」を意味する語の発音も聴くことができます。

 こうして、まったく不要な使用説明書に出会ったことを、自らに対する「警告」として、少しずつでも着実に、大量の紙類の整理を進めていくつもりでいます。

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Via nel cestino tanta carta che non serve più!
Oggi nella libreria ho trovato sette fogli delle istruzioni
dello stesso radioregistratore Sony in sette lingue diverse.
Quindi via le istruzioni in tedesco, olandese, spagnolo, portoghese e francese.
Prima di gettarli via, ho imparato come si dice 'avvertenza' in queste lingue;
Warnung, waarschuwing, advertencia, advertência e avertissement.
Ho trovato anche altri cinque fogli, ciascuno con le informazioni scritte
in 22 lingue diverse.
Invece in Giappone, almeno quando ci abitavo io, le istruzioni degli
elettrodomestici erano scritte solo in giapponese...
*******************************************************************

参照リンク
- 英伊仏ヒアリングマラソンと注意点
- ラルース仏仏・多言語辞書サイト
- Amazon. co.jp - ソニー Bluetooth対応CDラジオSONY ZS-RS70BT
- Amazon.it - Sony ZS-PS30CP Radioregistratore
↑↑ わたしの持つSony ZS-RS09CPは、日本とイタリアのアマゾンサイトでは現在販売されておらず、今ある中ではこの二つが一番近そうで、よさそうです。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2015-09-28 17:57 | ImparareL2 | Trackback | Comments(0)

姓名でとまどうフランス語、スペイン語

 姓名を記入する、そんな簡単な作業の前にふと手を止め、考えたあげく、辞書を引く。フランス語やスペイン語の書類やサイトを前に、自分の記憶に自信がなくて、そうやって確認作業をせざるを得ないことが時々あります。

 遠い昔、大学の第二外国語として選択したドイツ語を学んでいた頃、「名前」は、ドイツ語ではName、江戸言葉では「なめえ」で発音が似ている、と書いた文を読んでおもしろいと感じたことがあります。江戸弁は別として、これまでわたしが学んだ言語のうち、英語・ドイツ語・イタリア語では、「名前」を意味する言葉は、name・Name・ nomeで、発音はともかく語形はかなり似ていました。
 
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 ですから、フランス語を勉強し始めたとき、驚きました。フランス語でも、名前のことをnomと言わないわけではないのですが、人の「姓」の「名」のを表すのに一般に使われる単語はprénomだからです。

 ラルース百科事典のprénomの定義や説明が興味深いです。定義にはこうあります。

“prénom (latin praenomen)

Nom précédant le patronyme, ou nom de famille, et qui sert à distinguer les différentes personnes d’un même groupe familial.”

Dalla voce di ‘prénom’ dell’”Encyclopédie Larousse”
- http://www.larousse.fr/encyclopedie/divers/prénom/82809

 姓(nom de famille)の前に来るので、「前」を意味する接頭辞のpré-がついて、prénomというのだそうです。そう考えると、名前・姓の順に氏名を記すことが多い西欧で、その順番に着目した名前であるという点では、英語のfirst nameと命名の発想が似ています。

 さらに興味深いのは、その下に書かれた説明で、20世紀までは、Madame、Monsieurなどの敬称や肩書きなどに姓を添えて、人を呼ぶことが多く、prénomを使って呼ぶのは、ごく親密な間柄に限られていたのが、最近ではprénomが、それまでは利用が控えられていた公的な場面でも、nom de familleに代わってどんどん使われるようになってきたというのです。そして、その理由を、公私の境がかつてに比べてあいまい(flou)なり、姓だけでは人を特定するのに不十分になったからではないかと説明しています。読んでみて、言われてみれば、そういう傾向は、日本にもイタリアにもあるので、ひょっとしたら世界的なものではないかという気がしました。

 今回、これだけいろいろ調べて書いたので、将来は、フランス語で姓名欄に記入するとき、もう迷わず間違えずに書けるかもしれません。

 スペイン語でも、姓名を表す言葉が変わっています。名がnombre、姓がapellidoで、どちらも既存の他言語の知識からは、意味も推測しにくいし、記憶もしづらいのです。nombreだなんて、フランス語では「数」という意味ですし、英語のnumberにも似ているため、「名」と言うよりは「数」が頭に浮かんでしまいます。

 ヨーロッパの言語、中でも俗ラテン語から発展・変容してできたロマン主諸言語は、互いに語彙や文法が似ているので、自分が知っている言語から類推して、意味が分かる言葉や文章も多いのですが、ごくごく基本的な語彙で、似た単語の意味が違ったり(イタリア語でfalsi amiciと言います)、語形がまったく異なったりする場合も少なくないので、注意をしなければいけません。

 フランス語はまだまだ勉強中(学習怠け中と言った方が正確です)、スペイン語は昨年サンティアーゴへの巡礼前に1か月かじっただけなので、今回の記事を書くにあたって、特にこの二言語については、手持ちの辞書およびラルースのオンライン辞典を参照にしました。

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Nome, prénom, nombre - cognome, nom, apellido

Prima di scrivere il mio nome e cognome nei moduli o nei siti in francese e spagnolo, devo spesso pensare, ripensare e infine consultare un dizionario. Se viene richiesto il 'nom' in francese, bisogna scrivere il cognome anziché nome, ma nel momento in cui devo scrivere, non ne sono tanto sicura. Quando devo scrivere il 'nombre' in spagnolo, so che non devo scrivere nessun numero ma non sono sicura se la parola indichi 'nome' o 'cognome'...
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関連記事へのリンク
- 英語から伊語、伊語から葡語・仏語・西語
- 便利なラルースオンライン無料辞書、仏仏・百科事典&豊富な二言語辞典
↑↑ わたしが今回利用した二言語辞典は仏伊・伊仏・仏西・西仏・仏英・英仏・英西・西英ですが、他にも仏独や仏中・フランス語・アラビア語ほか、さまざまな二言語辞典が無料で利用できます。

参考図書・リンク / Riferimenti bibliografici & web
- 『プチ・ロワイヤル仏和辞典』 (旺文社)
- 『プチ・ロワイヤル和仏辞典』(旺文社)
- 『伊和中辞典』(小学館)
- 『和伊中辞典』(小学館)
-
Larousse Dictionnaires de français / ラルースオンライン仏仏辞典
- Larousse Dictionnaires Bilingues / ラルースオンライン二言語辞典
- Larousse Encyclopédie / ラルースオンライン百科事典

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2015-04-14 15:51 | ImparareL2 | Trackback | Comments(0)

木を見て森も見る外国語学習

 外国語で何かを理解しようとしているとき、それは、会話中でも、人の話を聞いているときでも、読んでいるときでもいいのですが、そんなとき、皆さんは、どんなふうに理解しようとされていますか。

1. 大まかに言わんとするところをとらえようとしますか。
2. 何か一つでも分からない、聞き取れない言葉や用法があると、そこでとどまってしまって、あとはほとんど聞き逃し、理解できずにうろたえてしまいますか。
3. 全体の概要をとらえながら、一つひとつの言葉にも注意を払っていますか。

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Bosco del Monte Penna, La Verna 29/1/2015

 脳の働きを考えると、1では右脳を、2では左脳を、3では、その両方を動員して、理解に努めていることになります。世界各国で行われる外国語学習・教育研究を通して、母語では、一般的に、話されること、書かれたことを理解するときは、「右脳で概要をとらえる→左脳で細部も確認する→二つの脳が得た情報を右脳で統合する」という形で、言語情報の処理が行われることが、分かっています。それで、外国語学習においても、読んだり聞いたりする際には、大まかな情報をつかみつつ、さらに細部にも気を配ることが、よりよく理解するためには、大切だと言われています。

 それが、たとえば従来の日本の学校英語教育に見られるように、単語や文法から文を理解するという分析的な学習法に慣れていると、つい「2」の例のように、細部の情報が一つでも欠けると、全体像が見えなくなってしまうことがあります。逆に、特に、学ぶ対象である外国語が、自分の母語やすでに習得している言語に近い場合や、その言語が話されている地域に暮らしながら、習得している場合には、既存の知識と、会話の状況や前後の文脈にばかり依存してしまい、「1」の例のように、理解が大ざっぱになってしまい、細かいところで、情報が正しく理解できておらず、また、学習のつめが甘いので、いつまで経っても語彙や文法の知識が大ざっぱで、発信の際に、言わんとすることは伝えられるけれども、表現に問題が多いという状況になってしまいます。

 理想はもちろん「3」の在り方です。こんなふうに理解を図る習慣をつけるためには、平素からの外国語の学習でも、「多読・多聴に努め、映画など非言語情報の多い教材を利用するなどして、概要をとらえる習慣を養う」一方、「知っている語彙や文法事項、その用法を増やしていき、細かな点まで、正確に理解できるように努める」必要があります。

 幼い子供が言語を学んでいくときは、書き言葉を介さずとも、話しながら、聞きながら、自然に学んでいくのだから、大人もそうやって、直接その言語が話される環境で暮らせば、効率的に対象言語を学ぶことができる。そんなふうに提唱した学者がかつていましたし、今もいるかもしれません。けれども、母語と学習しようとする言語の言語体系がどれだけ似ているか、離れているかということを抜きにしても、幼い子供は、世界を認識・把握することを学ぶのと並行して、言語を身につけていく、つまり思考能力の発達と言語の発達が共に行われるのに対して、大人になってしまうと、すでに、認識力や思考能力は、母語を通して身につけていますから、新しい言語を学ぶ際にも、知らぬうちに、その既存の枠の影響を大きく受けてしまいます。外国語学習において母語が及ぼす影響が特に大きいのは、発音に関してです。近年の研究では、さらに、子供は生まれた時点では、あらゆる音の違いを聞き分けるようになれる潜在能力を持っているのに、母語で話すことができるようになる前の時点で、自らの母語に必要な音の聞き分けだけが、すでにできるようになっているというのです。日本人はRとLの違いが聞き取れないことについては、アメリカ在住の日本からの長期在住移民を対象にした研究でも、よく取り上げられていますが、そうした研究では、大人になってから渡米した移民で、ネイティブ同様に英語が話せるようになった場合でも、RとLの音が聞き分けられる場合はきわめてまれだけれども、多くの移民が自らが発信するときにはRとLをきちんと発音し分けられるようになっているので、努力によって、違いが聞き取れずとも、発音は仕分けることができるようになるという結果が出ています。

 話がかなり逸れてしまったのですが、要は、大人になってから外国語を学ぶ場合には、特に、欧州言語とは非常に異なる言語体系を持つ日本語を母語とするわたしたちは、外国語を学ぶのに、まったく勉強をせずに、その国に飛び込んだのでは、学習の効率が悪いし、一方、日本にいて、文法や単語ばかり通して勉強をして、会話や話の運びがその言語ではどう行われるかという例に接することがないと、それもまた「2型」の偏った理解の仕方や能力しか育たないことになると言いたかったのです。

 もともとは、自分自身のフランス語学習の在り方を深く反省して、書き始めた記事です。学習中のフランス語の文法や語彙に、既習のイタリア語や英語との共通点・類似点が多いため、つい多読や多聴など、「大ざっぱに理解する」訓練ばかりに偏って、文法や語彙を、問題を解いたり、辞書を引いたりして、まめに勉強することを怠ったまま、歳月が過ぎてしまい、話す力、聴き取る力、そして、書く力が、いつまでもざるのように穴だらけです。2015年ももう1か月が終わってしまいました。昨日の記事に書いた志を実現するためにも、今後は、『bien-dire』のCDを聞き流してしまうのではなく、精聴の時間を、細切れの時間であっても取るようにすること、そうして、聴解や読解ではなく、語彙や文法の学習に焦点をあてた問題集を、こつこつ解いていくことを、自分に課すつもりでいます。恥ずかしながら、1月中に、精聴ができたのはわずか1日、問題集を解いたのは、わずか2日だけです。それでも、すでにその大きな効果が実感できたので、今月以後は、さらに頑張ります。

 読書中のジュール・ヴェルヌの小説、『海底二万里』では、主人公たちが潜水艦で主に海中や海底を通って、世界を回るので、profond「深い」という形容詞やprofondeurという女性名詞は、すでに何度も小説中に登場していたはずです。それが、該当する単語が、それぞれイタリア語でprofondo、profonditàであることを知っているため、そういう意味だろうと、勘で読み飛ばしてはいたのですが、「深さをフランス語でどう書くか」と問われれば、おそらく正しく書くことができなかったであろう上に、その形容詞を記せという問題に、間違ってprofondeと、-eのついた女性形を書いて、答えてしまったのです。火曜日にこう学習したおかげで、今は、小説中にこの二つの単語が出てくるたびに、問題集で学んだことの定着が図れています。

 以上は、ペルージャ外国人大学の学士取得課程およびシエナ外国人大学の大学院課程で、それぞれ、外国人へのイタリア語・イタリア文化教育、外国語としてのイタリア語教授法を専攻していたときに、授業中に先生方から聞き、あるいは関連の専門書を読んで学んだことを、思い出しながら書いたものです。

 「森を見る」、つまり大まかに全体像を理解する訓練や姿勢を忘れずに、けれども、同時に、「木を見る」必要、つまり、細部まできちんと理解できるように、文法や語彙、つづりなどを、ていねいに、正確に学んでいきたいと、考えています。

 実は、今わたしが個人授業で日本語を教えている生徒さんも、日本語でたくさん話したいし話せるけれども、勉強のつめが甘く、わたしの説明に耳を傾けて、「どうして間違えたのか、伝わらないか」を省みることをあまりせず、説明や復習を厭って、そのまま突っ走るために、同じ間違いを繰り返す傾向があります。教えるにあたっても、学ぶにあたっても、細部をしっかり押さえて、つめが甘くならないようにするつもりです。

 写真は、木曜日にペンナ山を登ったときのものです。倒れているこの大木があまりにも大きいので、木をまたぐ代わりに、遠回りをして、木の根元の下方を通って、木の向こうへと歩いたら、おかげで右端の木にある巨大なキノコの写真が撮れたのはいいのですが、その後、トレッキングコースを見失ってしまい、しばらく別の道を歩くことになりました。これは、一本の木にとらわれすぎて、森が見えなかった例と言えるかもしれません。

***********************************************************
Un grande albero mi impediva il passaggio,
ho girato intorno, ho fotografato i grande funghi su un albero (a sinistra)
e così ho perso il sentiero che per fortuna avrei ritrovato dopo.
***********************************************************

関連記事へのリンク
- 英伊仏ヒアリングマラソンと注意点
- 優秀な外国語学習者とは
- 夫婦でジュール・ヴェルヌ
- 吹雪のラヴェルナ、ペンナ山

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by milletti_naoko | 2015-02-01 23:10 | ImparareL2 | Trackback | Comments(9)


日本語教師・通訳・翻訳家。元高校国語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより


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