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チンクエ・テッレを歩く3 愛の小道 

 チンクエ・テッレの五村を歩いて訪れるトレッキング・コース、sentiero azzurro(訳すと「青い散歩道」)のうち、最も有名で多くの観光客が訪れるのは、最東端に位置するリオマッジョーレとその隣村であるマナローラを結ぶ愛の小道(Via dell’Amore)と呼ばれる散歩道です。
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 7月11日日曜日、早朝に最西端のモンテロッソ村を出発して、マナローラ村まで歩いてきたわたしたちは、昼食のあと、この名高い愛の小道を散歩しました。(ここまでの散歩については、こちら
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 マナローラ(Manarola)村の目抜き通りから、歩行者用のトンネル(上の写真はその入り口です)をくぐって、鉄道駅を通り抜けると、愛の小道(Via dell’Amore)の入り口があります。
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 景観の美しい愛の小道が始まるのは、この短い坂を登ったところなのですが、この入り口の脇で、係員が入場券の提示を求めていました。わたしたちは、愛の小道への入場もできるチンクエ・テッレ観光一日乗車券(詳しくはこちら)を提示しました。左上に見えるブーゲンビリアの花が、色も美しく見事です。
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 この愛の小道は、海に臨む断崖の岩を削り取って作ったもので、海と岸壁の眺めがことさらに美しく、また、平坦で歩道の幅が広い上に、手すりもあって、五村を結ぶ青い散歩道のうち、最も歩きやすいコースでもあります。
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 道を歩いてしばらくすると、要塞らしき大きな建造物に行き当たります。ちなみに、愛の小道は、この建造物の最上階、アーチのある部分を通り抜けます。

 建造物の中に入ると、かつてこの道を歩いたであろう恋人たちの愛の誓いが、たとえば落書きの言葉、そして、南京錠(lucchetto)という形で、壁や柱を飾っています。 
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 愛の誓いの南京錠は、フェデリーコ・モッチャの小説、『Ho voglia di te』(2006年)、そして、翌年に公開された同名の映画を通して、イタリアの若い恋人たちの間に一気に広まったものです。

 映画の中で、ヒロインは、主人公をローマのミルヴィオ橋に連れて行って、たくさんの南京錠に覆われた街灯を見せます。これは何だと尋ねる主人公に、ヒロインは、これはla catena degli innamorati(訳すと、「恋人たちの絆、鎖」)で、恋人たちが南京錠を取りつけ、鍵をテベレ川に投げ込み、それからは別れることなく、いつまでも一緒にいるのだと語ります。それを聞いて、主人公も、大きな南京錠を街灯に取りつけて、ヒロインと目を見合わせ、「per sempre」(意味は、「永遠に、いつまでも」)Iと言って、口づけと抱擁を交わすというのが、この恋人たちの南京錠ブームの発端となった場面です。興味のある方は、この1分あまりの映像を、YouTubeでご覧ください。リンクはこちらです。
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 恥ずかしがるわたしたちを、ぜひここで写真を撮らなければと説得して、撮影してくれたのは、友人たちです。背景には無数の南京錠と、口づけを交わす模型が見えます。通りかかった若い恋人たちに、マウリッツィオが写真を撮りましょうかと呼びかけると、喜んで誘いに応じた二人は、カメラの前で熱い口づけを交わしていました。「若いなあ。これが、ここであるべき写真撮影なのよね。」と、マヌエーラが妙に納得しています。
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 壁にも一面に、ハートマークと共に、恋人たちの名前・イニシャル、そして愛の言葉が書かれています。
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 青い海と岸壁の眺めが本当に美しい散歩道です。

 この愛の小道が生まれたきっかけは、鉄道の複線工事です。1920年代にマナローラとリオマッジョーレを結ぶ鉄道を複線にした際に、二村を危険にさらさないために、鉄道工事に必要な大量の爆薬を置く倉庫を、二村の中間地点にあたる海沿いの岸壁に設けたのですが、その際に、マナローラ村から倉庫まで、そしてリオマッジョーレ村から倉庫までたどり着くための小道も開かれました
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 その当時、マナローラ村とマッジョーレ村の間には、非常に長く、歩くのが困難な内陸部を通る道しかありませんでした。そのため、このこの二村は隣村どうしであるにも関わらず交流は皆無に近かったということです。鉄道工事が終了し、爆薬が取り除かれたあと、村人たちが、この小道を二村間の往復に利用することを思いつき、1930年代に入って、村が村人たちの支援を受けて、二村を結ぶ海沿いの小道を完成させました。
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 やがて、この小道が、恋人たちがよく訪れる場所になったために、誰かが道の両端の入り口に、石灰で、Via dell’Amore、「愛の小道」と記したのが、この名称の由来だそうです。ちなみに、実は、愛の小道完成前に、二村を結んでいた歩くのが難しい道も、リグーリア方言で、Viaeu de l'Amùu、つまり「愛の小道」と呼ばれていたそうです。以上の説明は、イタリア語版Wikipediaの「Via dell’Amore」の項を参考にしました。(ウェブページへのリンクはこちらです。)
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 小道の下方には、まぶしいほどに青い海が見えます。岩の上で日光浴をする人、岩間の青い海を泳いでいる人がいます。
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 やがて、小道は海を離れて内陸部へと向かい、リオマッジョーレ(Riomaggiore)駅が見えてきました。美しい眺めを楽しみながら、歩くこと、約30分。愛の小道の出口が近づいています。
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 愛の小道は、わたしたちが歩いたのとは逆向き、リオマッジョーレからマナローラまで歩くことも、もちろん可能です。写真の矢印は、リオマッジョーレ側からの入り口を示しています。帰りは電車を利用して、リオマッジョーレ駅から、レヴァント駅に戻りました。

 同じsentiero azzurro、「青い散歩道」の中でも、愛の小道と呼ばれるこの区間は、整備された平坦な1kmの道を30分ほどで、それは美しい景観を楽しみながら、楽に歩くことができます。他の区間では必要な登山靴(scarponi)も、この愛の小道を歩くには、不要です。チンクエ・テッレは、船の旅を利用して、海から五村の景観を楽しむこともできるのですが、特にご夫婦や恋人どうしで訪れる方は、この愛の小道だけでも、ぜひ歩いてみてください。

 足と体力に自信があり、日程に余裕がある方には、五村すべてを歩き通す(あるいは一部電車を利用する)ことも、おすすめで、電車や船で訪れただけでは見えない、美しい景色を目に焼きつけることができます。五村を歩いて訪れたいという方は、「チンクエ・テッレを歩く2」(リンクはこちら)を参考にしてください。
Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-07-30 10:46 | Liguria | Trackback | Comments(4)

チンクエ・テッレを歩く2

 2日目、7月11日日曜日は、いよいよ、元来のチンクエ・テッレ(Cinque Terre)、つまり、海辺にそびえ立つ岩の上に築かれた五つの漁村を訪れました。(詳細と地図はこちら
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 上の地図で、赤色で囲んであるのがチンクエ・テッレの五村です。左(西)から順に、モンテロッソ・アル・マーレ(Monterosso al Mare)、ヴェルナッツァ(Vernazza)、コルニッリャ(Corniglia)、マナローラ(Manarola)、そして、リオマッジョーレ(Riomaggiore)。地図は、ヴェルナッツァの鉄道駅で見つけた地図の一部を借用して、わたしが書き込んだものです。割愛した部分には、チンクエ・テッレがユネスコ世界遺産に登録されていることも明記されていました。

 この日の朝、わたしたちは、モンテロッソよりもさらに西側にあるレヴァント(Levanto)駅から、始発の午前6時15分の電車に乗って、一駅あとのモンテロッソ駅に到着しました。当初の予定は、最西のモンテロッソから最東のリオマッジョーレまで、すべてを歩き通し、帰りは、リオマッジョーレからレヴァンテまで、電車で戻ろうというものでした。
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 こちらは、モンテロッソ・アル・マーレ(Monterosso al Mare)駅前に広がる砂浜・海岸で、奥の方にかすんで見えるのが、これからわたしたちが歩いて行く五村のある岩壁です。駅前のバールでコーヒーを飲み、午前6時40分頃に、このチンクエ・テッレ横断の旅を始めました。朝早く起きたのは、猛暑が続いていたために、午後になって暑くなる前に、散歩を終えたいと考えたからです。
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 岸壁沿いに設けられたトレッキング・コースを、美しい海や岸壁、砂浜を眺めながら、歩いて行きます。途中、二つ目の砂浜を通り過ぎた頃から、道がいつまでも続く上り坂となり、早朝で涼しいはずなのに、汗が流れてきます。
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散歩道は、下の細道ではなく、上方に見える手すりのある小道です。


 やがて、小道は急斜面に作られたブドウ畑のただ中を進むようになりました。
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 このブドウ畑が、昔はチンクエ・テッレの丘陵すべてを覆っていたようですが、今では、だれも世話をする人もない雑木林になってしまっているところも、ところどころにあります。この厳しい条件下で育てられたブドウから作るチンクエ・テッレのDOCワインの中でも、特に、チンクエ・テッレ・シャッケトラ(il Cinque Terre Sciacchetrà)は、その味わい深い甘さで知られる貴重なものです。

 時には花に囲まれた道を行き、ある時は片側が急な斜面である細い小道を、こわごわと進み、そして、しばしば、急な坂道を苦労して登りながら、海沿いの道を歩いて行きます。
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 ようやく岸壁に挟まれたヴェルナッツァの村が、まだ遠方ではあるものの、霞の中に見下ろせる場所まで来ました。前方に見えるのが下り坂だったので、「あとは下るだけ」と思って喜んでいたら、この後にも、まだいくつも上り坂が潜んでいました。

 ようやく、青い海に囲まれた美しいヴェルナッツァ(Vernazza)の村が見えてきました。
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 観光地図には、モンテロッソから徒歩で1時間45分と書いてあるのですが、足の遅いわたしが暑さと上り坂に苦しみながら、そして足を休めては写真を撮りながら歩いて来たために、ヴェルナッツァに着いたのは、午前9時頃。モンテロッソを出発してから、もう2時間以上も歩いていることになります。(追記:あとから、「徒歩2時間」と書いてあるガイドブックも見つけました。)

 ヴェルナッツァは、色とりどりの家が並ぶ町並みと青い海の美しさが印象に残りました。ちょっとした街角の家の造りがすてきなところが多く、壁に施したさりげない絵の装飾が、美しいところもありました。
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 ブドウ畑を背後に建つこの教会は、14世紀のものです。
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 内部は、荘厳な石造りとなっています。村には、修道院や11世紀以前建立と言われる塔もあって、時間があれば、もっとゆっくりと訪れたかったのですが、フランコたち友人は、早々に次のコルニッリャ村に向かって歩き始めています。

 わたしがすでに疲れ果ててしまっている上、五村間をずっと歩き通しては、友人たちを待たせ続けることになることから、次の村、コルニッリャでだけは、わたしと夫は、電車で行くことにしました。
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 海に面したコルニッリャ(Corniglia)駅に、電車で到着したのは、午前10時半。駅舎は、色鮮やかなブーゲンビリアの花で覆われています。

 実は、コルニッリャの村は高い丘の上にあり、電車はその丘のトンネルをくぐってから、コルニッリャ駅に到着しました。友人たちはまだ丘の上のコルニッリャ村の上にいるようですが、観光案内を見ると、村にはそれほど見所もなさそうです。引き返して丘へと登るのは骨が折れる上に、友人たちを再び待たせることにもなります。そことで、わたしたちは、コルニッリャ村は見ずに、このまま次のマナローラ村へと、一足先に出発することにしました。
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 断崖の上に設けられた小道を歩いて行くと、足を進めるたびに、少しずつ違う角度から、美しい青い海と岸壁を眺めることができました。岩の上に大きくすくっと伸びる緑のアガベ(agave)を見ると、厳しい自然の中を生き抜くこのアガベに自らを重ねて詩を詠んだ、リグーリア出身の詩人、モンターレ(Montale)を思い起こします。

 ちょうどこの辺りを歩いている頃に、友人たちがわたしたちに追い着きました。写真のアガベの左側に見える入り江に、海水浴のできるところがあって、夫と友人たちは、海辺へと降りる小道を下って、しばらく美しい青い海の中で泳ぎました。わたしは、ここで泳いでしまうと疲れが増して、この先歩くのがますますつらくなりそうなので、日陰を見つけ、腰を下ろしてゆっくりと休みました。

 上の写真の奥に見える岬の突端を曲がると、すぐに次の村、マナローラ(Manarola)が姿を現しました。
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 岩を降りて、青色のまぶしい海の中で泳いでいる人が大勢います。色とりどりの家々が整然と並ぶマナローラ村の美しさが、ブドウ畑の緑と海の青との対照で、いっそう際立っています。

 ちょうど昼食時だったので、村の中心街にあるレストランに入りました。
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 店の名前は、ワインボトルにもあるように、トラットリーア、ラ・スコッリェーラ(Trattoria La Scogliera)。トマトとカタクチイワシ、ジャガイモを三層に、サラダの上に並べたこのセコンドが、それはおいしかったです。残念ながら、料理の名前は覚えていません。

 さて、おいしい昼食に満足した後、これからどうするかを話し合いました。午後は暑くなるので、最後の区間、マナローラからリオマッジョーレまでは、歩くのを断念して、電車でレヴァントまで引き返すか、それとも、Via dell'Amore「愛の小道」として名高いこの区間は、他より短そうなので、最後まで散歩を続けるか。
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 せっかくここまで来たのだから、景観の美しいという愛の小道を歩くことに決定して、まずは、その入り口に向かいました。この愛の小道については、眺めの美しさ以外にも興味深いことがいろいろあったので、次回の「チンクエ・テッレを歩く3」(リンクはこちら)で、ご紹介します。

 チンクエ・テッレの五村を歩き通す海沿いの道筋は、 sentiero azzurro(訳すと、「青い散歩道、青いトレッキング・コース」)と呼ばれています。空の青と海の間を行く海沿いの道なので、こう呼ばれるようです。ちなみに、すべて歩き通したフランコは、眺めが最も美しくて、散歩していて楽しかったのは、最初の区間、モンテロッソ・アル・マーレからヴェrナッツァまでの散歩道だと言っていました。わたしたちが電車で移動し、友人たちは歩いたヴェルナッツァからコルニッリャの区間は、あまり見晴らしがよくなく、コルニッリャ村にも見るべきものが少なかったということです。
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 こちらが、今回わたしたちが、鉄道駅で購入したチンクエ・テッレ観光一日乗車券です。チンクエ・テッレの五村を含む、レヴァントとラ・スペッツィア(La Spezia)間の電車が乗り放題で、上記のsentiero azzurroを歩き通すためのトレッキング・コースへの入場料金や電車代を個別に払うよりもお得だということで、今回はこちらを利用しました。わたしたちは、今回は散歩に専念したので行きませんでしたが、博物館などにも無料で入場できるという特典があります。二日乗車券や三日乗車券もあって、一日乗車券に比べると、若干ですが割安になっています。

 最初に鉄道を利用する際に、駅の刻印機でカードに刻印するのをお忘れなく。刻印なしで利用すると、多額の罰金を払うことになりかねません。上の写真のカードでは、一番下に、逆向きにですが、11-7-2010 06.06(2010年7月11日、午前6時6分)と、利用開始日時の刻印があります。

 それでは、続き、「チンクエ・テッレを歩く3 愛の小道」(リンクはこちら)をお楽しみに。

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by milletti_naoko | 2010-07-28 10:50 | Liguria | Trackback | Comments(3)

チンクエ・テッレを歩く1

 7月10日(土)・11日(日)の2日間、リミニの友人たちと共に、リグーリア州にあるチンクエ・テッレ(Cinque Terre)を訪れました。海に面し、険しくそそり立った岸壁の上に小さな漁村が五つあり、急な斜面に苦労して作り上げたブドウ畑、青い海と岸壁が、それは美しい場所です。
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 上の写真は、この5小村の一つ、マナローラ(Manarola)で、左上の急斜面に、ブドウ畑が見えます。かつては、人々が厳しい生活を強いられていたこのチンクエ・テッレは、、現在では1年中多くの観光客が訪れる観光地となっています。

 狭い意味では、チンクエ・テッレは、下の地図で、赤色で囲んである五つの村です。
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WelcomeRiviera.itによる地図。レヴァントの観光案内所で入手。

 ただし、国立チンクエ・テッレ自然公園(Parco Nazionale delle Cinque Terre)は、この五村の南北に位置する海岸の町および内陸部も含むかなり広いものであり、上の地図で、緑色の斜線が引かれている部分です。

 1日目、7月10日土曜日は、夕方、レヴァント(Levanto)からボナッソラ(Bonassola)まで、海岸沿いを歩き、美しい海や岸壁の眺めを存分に楽しみました。レヴァントとボナッソラは、上の地図で青色で囲んである町です。

 こちらが出発地、レヴァント(Levanto)の海岸です。
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 チンクエ・テッレが、人気のある有名な観光地である上、この土曜日前後は、連日猛暑に襲われていたため、海水浴を楽しむ人が大勢います。

  この海岸沿いの道は、徒歩と自転車でしか通れないので、景観を楽しみながら、のんびりと歩くことができます。
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 レヴァントの砂浜はとても長くて、ここまで続いています。前方に写っているフランコと夫の間にトンネルが見えます。ボナッソラまで続く散歩道には、こうしたトンネルがいくつもあります。
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 こちらが、このトンネル(galleria)を歩いている様子です。トンネルの外は、太陽の光が焼きつけ、とても暑いのですが、トンネルの中に入ると、空気がひんやりとしていて、心地いい涼しい風が吹いています。道中時々現れるこの暗くて長いトンネルは、暑い中を苦しみながら歩くわたしたちに、一時の安らぎを与えてくれました。夫や友人たちは、大声を上げたり歌ったりして、声がトンネルの壁に響くのを楽しんでいます。

 手で壁を触れると、煤で真っ黒になることから、トンネル内をかつては汽車が走っていたことを、身をもって確かめた友人もいました。
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 トンネルを抜けると海が見え、岩浜で海水浴を楽しむ人々がいます。写真の右手には、まだレヴァントの長い砂浜が見えます。レヴァントを遠ざかるに従って、海水浴客も少なくなってきます。

 わたしたちも、泳ぐのにいい場所を見つけようと探しながら歩いているのですが、夫や友人たちに言わせると、まだ人が多すぎるということで、さらにボナッソラに向けて足を進めます。
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 海が青くて美しい上に、人の少ない場所を見つけて、夫とフランコ、マウリッツィオが、泳ぐのに適した場所かどうかを検討中です。男性陣は大いに気に入ったのですが、マヌエーラとわたしが、岸壁が急で降りるのが大変な上に、大きな岩がごろごろしていて、歩くのも泳ぐのも大変だという理由で、却下しました。正確には、マヌエーラの反対にわたしが同意したというところです。イタリア暮らしが長くなったものの、わたしはいまだに正面切って異議を唱えるのが苦手なので、一人では反対と言えなかったと思います。
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 散歩道、最後のトンネルから出ると、奥の方に小さく、ボナッソラ(Bonassola)の砂浜が見えます。散歩はもう終着点。この写真手前の岩浜が、海の色や景観が美しい上、泳ぎやすそうだということで、わたしたちが海水浴を楽しむ場所となりました。ひどく暑い中を歩いてきたので、海水の冷たさが肌に心地よく、海の青さと風景に感嘆しながら、しばらく澄んだ海の中を泳ぎ回りました。
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 こちらの写真も同じ岩浜です。散歩道をボナッソラ方面までさらに進んで、振り返って撮影したものです。岩が急で、ごつごつしているため、泳ぐ分にはいいのですが、濡れた体を乾かすために座る場所を見つけるのが大変でした。

 海水浴のあと、バールで冷たいものを飲んでくつろいでから、ボナッソラの町を散歩しました。
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 町に並ぶ家は色とりどりで、どれも柔らかい温色のパステル・カラーをしていてます。注意深く見てみると、おもしろいのが家の壁です。窓の周囲に、見せかけだけの枠や窓台を絵で描いてあるところがところどころにあります。上の写真で、奥に見える二軒の建物にも、そうした見せかけの窓枠や窓台が描かれています。

 上の写真には、キョウチクトウ(oleandro)の並木も写っていて、ピンクや赤の美しい花を咲かせています。

 ブーゲンビリア(buganvillea)の花も、町のあちこちで見かけました。
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 見事さに圧倒されたのが、こちらのブーゲンビリアです。気候が温かいのでよく育つのでしょう、大きく育ったブーゲンビリアが鮮やかな花を咲かせている庭や家が、そこかしこにありました。
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 写真の左手に教会があり、正面の建物の1階には、レストランがあります。ボナッソラの町では、散歩と共に夕食も取ることにしたため、町の散歩は、レストラン探しも兼ねていました。散歩中、最初に見つけたのがこちらのレストランだったのですが、「値段が高い」、「他を見てから決めよう」という意見があって、あちこち他のレストランも見て歩いた結果、結局は、このレストランで食べることにしました。

 パスタは今ひとつでしたが、カタクチイワシのマリネを始めとする前菜や魚料理は、とてもおいしかったです。

 帰り道は、道のりが長いため、疲れた体と足には厳しかったのですが、こだまの響くトンネルの中で、夫や友人たちに、「ほ、ほ、ほたる来い」の歌を教えたり、一緒に歌ったりもして楽しみながら、何とか最後まで歩き通すことができました。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-07-26 14:20 | Liguria | Trackback | Comments(4)

猛暑対策と宿・レストランの選び方

猛暑対策と宿の選び方

 イタリア中部や山岳地帯にあって普段は夏でも涼しい地域では、一般の住宅や安く利用できるホテルに、エアコンがない場合がよくあります。

 2002年4月から半年わたしが語学留学していたマルケ州の小村では、親しい友人もできたので地元の方の家庭をたくさん訪れたのですが、夏がどんなに暑くても、エアコンのある家庭は一つもありませんでした。マルケ州を発ってから現在まで、8年近くも暮らしている、ここウンブリア州ペルージャでも、事情は似たようなものです。

 2005年秋に外国人大学を卒業して、同時に同学で日本語を教えると共に、夫と共に暮らし始めたのですが、それまでの3年間、わたしはペルージャで家を転々としました。ホームステイを6か月経験したあと、他の学生や社会人との共同アパート生活を、二つのアパートで、さらに、非常に小さいワンルーム住まいも経験しました。この中に、エアコンのある住居は一つもありませんでしたし、現在住んでいる二世代住宅にもエアコンはありません。

 義父母にせよ、わたしと夫にせよ、エアコンを設置・維持できるだけの経済力がないわけではないのですが、義父母に言わせると「夏は暑く、冬は寒いのが当たり前」であり、また、実際に、暑くても工夫を凝らせば、何とか快適に過ごせるのです。

 食物、旅行先、そして人生においても「自然」を大切に考える夫は、エアコンだけではなく扇風機にも目くじらを立てます。扇風機はとても安い値段で売っています。けれども、わたしにしても、仕事のため、学生の作文、授業プリントや試験問題、参考資料など、とにかく紙をたくさん机に並べ立てている場合が多いので、扇風機が回っていると、一々紙が飛ばないように注意しなければいけないのが厄介でもあり、結局、今のところは、扇風機も購入していません。

 それでは、どう工夫すれば、エアコンや扇風機がなくても、うまく猛暑を乗り切れるかをご説明しますが、これはイタリアで暮らし始めたばかりの方、あるいは暑い時期にエアコンのないホテルに滞在することになった方へのアドバイスです。すでに何年も暮らしている方にとっては、当たり前のことも多いかと思いますので。


1.早朝と夜寝る前の涼しい時間帯に窓をすべて長時間開け放して、涼しい空気を屋内に
 取り込むこと、

2.暑くなり始める午前10時頃には、屋内の窓およびよろい戸やブラインドをすべて閉め
 て、暑い空気や屋内を一気に暑くしてしまう日光が入らないようにすること、

に気をつけてください。

 1については、たとえばペルージャでは最高気温と最低気温にかなり差があるので、効果があるのですが、わたしたちが2週間前に旅行で訪れたリグーリア州では、この差がわずか3度くらいしかなく、こういう場合には、あまり効果が期待できません。

 旅行先の町ごとの最高気温や最低気温の天気予報については、メルマガ第8号の記事(リンクはこちら)を参考にしてください。

 2については、住んでいるのが広いアパートである場合も、一人部屋である場合にも、部屋の向きによって、事情が変わってきます。北向きの部屋は夏は1日中涼しく、日光が差し込むことがないので、朝・晩に涼気を取り込み、外気の方が暑くなってきたら窓を閉めることは必要ですが、よろい戸やブラインドを閉める必要はありません。

 というわけで、夏に短期の留学をして共同アパートで暮らすなら、涼しく過ごせる北向きの部屋がおすすめです。ただし、冬は日光が差し込まず、イタリアの家屋は得てして暖房効率が悪いため、寒さに苦しむことになります。

 わたしと夫が住んでいる家には、東・南・西に面した窓があります。それで寝ている途中、6時前後に目が覚めると、泥棒侵入の恐れのない場所については、窓およびよろい戸をすべて開け放してしまいます。これで、窓を開けた午前6時ごろには29度であった室温が、午前8時ごろには26度前後とかなり涼しく、過ごしやすくなっています。ただ、東向きの窓には、9時頃から日が強く差し込み、東側は暑くなるので、窓もよろい戸も閉めてしまいます。南向きの部屋は午後10時頃から外気の方が暑くなり、日光が差し込むために、窓とよろい戸を共に閉めてしまいます。一方、西向きの窓については、午前11時あるいはそのあとで、外気の方が暖かくなってきたなと感じる頃に、窓もよろい戸も閉めてしまいます。こうして日によって違いますが、夕方8時頃になって、外気の方が室温よりも低く、涼しくなった頃に、再び窓とよろい戸をすべて開け放して、空気を入れ替えるわけです。

 というわけで、夏語学学校に短期留学される方には、北向きだけではなく、東向きの部屋も過ごしやすいかと思います。というのは、日が部屋に差し込むのは、まだ涼しい、あるいは学校の授業がある午前中である上、窓とよろい戸を閉めておけば、それほど部屋が暑くなることがないからです。と言っても、ここまで申し上げたことは、周囲に他の高い住宅がない場合であって、たとえば、たとえ南向きの部屋であっても、30センチ離れたところに、他の高い住宅やビルが建っている場合には、日中に暑くなる程度がかなり軽減されます。

 そして、夏も冬も避けたいのが、アパートの最上階です。1階や中間階だと、地面や他の階に挟まれているため、寒さも暑さも軽減されるのですが、最上階は、夏は太陽がすぐ上の屋根に照りつけるので、非常に暑くなる上に、冬は、暖房効率が非常に悪く、暖房をつけてもなかなか温まりません。

 以上の部屋の向きについては、旅行中に、飛び込みで宿を探す場合にも、まずは部屋を見せてもらって、部屋の設備や窓の景色と共に、夏にはどの方角を向いているかを確認してください。エアコンのない西向きの部屋は、午後いっぱい強い日差しが当たりますので、外出時には、窓もよろい戸も閉めておくのが無難です。たとえ部屋にエアコンがあっても、南向きの部屋では、夕食後から部屋で過ごしてエアコンをかけ始めても、なかなか涼しくなりません。

 そして、旅行の際には、最も暑い時間帯は美術館などの屋内で過ごす、食べ過ぎに注意し、水を多くのみ、できるだけ野菜・果物を食べるなど、体調管理に気をつけてください。猛暑対策についての詳しい情報は、メルマガの第9号(リンクはこちら)を参考にしてください。

 特に7月、8月に旅行される方には、そして、そうでない方にも、イタリア旅行では、できるだけあらかじめ宿泊先を決めておかれることをおすすめします。

 インターネットであらかじめ調べれば簡単に分かるホテルの設備・サービスや料金の比較が、現地に行って、その場で飛び込みでとなると、難しくなります。近所にホテルだけが立ち並んでいるわけでもなく、重い荷物を抱えて、いくつも宿を訪ね、部屋を見せてもらって値段を聞いてから選ぶとなると、無駄に体力も使いますし、他にいい宿が安くあるのに、ひどい宿に高い料金を払って泊まることにもなりかねません。

 7、8月にはイタリアでは国内、外国からの観光客が多いため、手頃な値段で快適なホテルから満室になってしまいます。今月10日ほど夫と旅行をした際には、旅先で宿を決めたことが多かったために、そうと知らずにB&Bで狭いシングル・ルームに二人で押し込まれて、しっかりダブル・ルーム用の料金を取られたり、夕方なかなか空室のあるホテルが見つからずに、日暮れ前にようやく見つかったホテルの空室は、当日の朝かび取り作業が終わったばかりで、匂いもひどいし、掃除もできていなかった、などということもありました。

 そして、イタリア旅行のホテル選びに、とても便利なのが次のサイトです。

 Hotel Comparior(リンクはこちら

 何が便利かというと、宿泊したい場所・時期・人数などを入力すると、空室のある宿の一覧が分かる上に、Booking.com、venere.com、Expediaなど比較的安い宿も含む多くの宿泊先情報を有する複数のサイトで、同じ宿泊先の料金がそれぞれいくらになるかが、一目で分かるようになっているからです。これは、それぞれのホテル検索サイトで、一々同じ情報を打ち込むのに比べて、はるかに楽です。

 イタリア語だけではなく、英語やドイツ語、フランス語などにも対応しています。サイトの右上にある国旗のアイコンをクリックすれば、希望する言語で、ページを読むことができます。

レストランの選び方 ~ ぼったくり対策

 レストランについては、ウンブリア州では、値段も書かれたメニュー一覧を店頭に掲げている上に、席に着くと、給仕がすぐにメニューを持ってきてくれる場合がほとんどです。
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 たとえば、上のレストラン、Risotrante L'Osoは、トラジメーノ湖に浮かぶマッジョーレ島(詳しくはこちら)にあって、美しい眺めを楽しみながら、湖で獲れる魚の料理を中心としたおいしいものが、たくさん食べられるのですが、メニューと値段の一覧が、店頭に掲げてある上に、客が席につくと、給仕がすぐにメニューを運んでくれます。
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 おいしい魚料理を扱う店にしては、値段も手軽で、おすすめです。ただし、この値段表は昨年、2009年6月に撮影しましたので、現在は値上がりしている可能性もあります。友人たちとレストランで撮った上の写真は、やはり2009年の10月に撮影したものです。

 けれども、これまでに旅先で利用したトスカーナ州、ラッツィオ州のレストランには、客にメニューを運ばずに、給仕が口頭で、どういう料理ができるかを説明するという店もかなりありました。

 こういう場合、一品ごとの値段を聞くのも憚られるので、つい分からぬまま注文して、あとで多額の領収書を見て驚くこともあれば、単に毎日店で用意できるメニューが異なるのでメニューを置いていないだけで、おいしいわりに、料金が安かったり、良心的だったりする場合もあります。

 山中の小村のレストランでは、確かにメニューを常に多く用意し、客のあらゆる注文に応じられる新鮮な食材を確保するのも大変で、仕方のないところもあるかもしれません。

 ただし、本当は法律では、レストラン側は客に頼まれれば、メニューを提示する義務があることになっていますし、店によっては、メニューを客に出しておいて、「このうち、今日は、こちらとこちらは食べられません。」、あるいは、「こちらとこちらの品だけが準備できます。」というところもあって、その方が良心的だと思います。

 とにかく日本からイタリアに旅行される皆さんには、念のために、店頭にきちんとメニューと料金の一覧がある店を選んで入り、かつ、給仕に必ずメニューを運ぶように頼むことが、ぼったくり被害に遭わないために、大切かと思います。

 昨年ローマで起こったぼったくり事件の詳細とぼったくり対策については、メルマガ第15号「ローマのぼったくりレストラン」(リンクは こちら)と第16号「ぼったくり事件」その後 & ぼったくり対策の手引き」(リンクはこちら)で、イタリア語の記事を取り扱って、説明してあります。

 これからイタリアに、個人手配で旅行をしようという方は、ぜひお読みください。

 というわけで、エアコンの恩恵を受けるのは、試験日に大学を訪れる際やスーパーで買い物をするときくらいですから、幸い夏かぜの心配だけはまったくありません。うちの夫の働くウンブリア州庁の建物にしても、外国人大学の教室にしても、窓が非常に大きく、日ざしがたっぷり差し込むために、エアコンがかかっていても、暑さがなかなか退去しないという状況です。
Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-07-24 13:01 | Viaggi | Trackback | Comments(0)

アグリトゥリズモの夕宴

 農場を営む夫妻、エーレナとブルーノから、7月7日、夕食に招待されました。この農場・アグリトゥリズモ、プレッジョ(Preggio)は、以前にもご紹介したように(記事はこちら)、ペルージャ北方の村、プレッジョにあります。

 緑の丘に囲まれたアグリトゥリズモに到着すると、エーレナが愛犬たちと共に、わたしたちを迎えてくれました。
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 さっそく農場内をいろいろと案内してくれたのですが、見ていてとにかく微笑ましかったのは、卵からかえったばかりのヒヨコたちです。
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 小さくかわいいヒヨコたちは、母親が歩き出せば、列をなしてしずしずと後についていき、母親が立ち止まれば、一斉に止まって、辺りをキョロキョロと見回します。この「刷り込み現象」は、遠い昔に生物の授業で習いましたが、こうやって振る舞う小鳥たちを見るのがこんなに楽しいとは思いも寄りませんでした。
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 写真左手前にはローズマリーがあり、その奥にオリーブの木々が並んでいます。のんびりとくつろぐ犬たちの右手奥には、ブドウ畑が広がっています。
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  敷地内には、ミツバチの巣箱もあります。そもそもわたしの夫がエーレナと知り合ったのは、今年の春に同じ養蜂の講習会に参加したからです。
 
 今回、エーレナがわたしたちを招待してくれたのは、夫が彼女にトマトと花の苗をたくさん贈ったお礼です。

 夫がかつて会員であったCiviltà Contadina(「農民文化」と訳せるでしょうか)という協会は、イタリアに伝統的に栽培されてきた農作物を、次の世代に伝えていくことを目標の一つに掲げており、そのために、希望する会員がいれば、そうした農作物の種を無料で配布しています。この在来種のトマトを、夫が種から育てたものを、昨年の夏に食べたのですが、パスタに使うトマト・ソースにすると、ほどよい甘みとコクのある非常においしいソースができ、生で食べても、味わいが深くて、それはおいしかったのを覚えています。
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右にあるのが、この従来種のトマトです。撮影は昨年8月。今年はまだ熟していません。

 見かけが少し不恰好で、さらに最近の品種に比べて病気に弱いこともあって、最近はこの伝統的な従来のトマトが姿を消しつつあるのだと思うのですが、夫は、エーレナが有機農業を志していることを知って、昨年収獲したトマトの種から育てた苗を50本ほど贈ったのです。この日の晩、エーレナは譲り受けたトマトの苗すべてを植えつけた畑も案内してくれました。
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 いよいよ夕食です。ワインは、ウンブリア州自慢のグレケット(Grechetto)。イタリア北部出身で味にうるさいブルーノと質にこだわるエーレナが選んだだけあって、さわやかでおいしかったです。
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 前菜には、プレッジョ産のサラミソーセージ、そして、ペコリーノチーズにソラマメのクリームを添えたものをいただきました。
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 プリモは、エーレナ手作りのラザーニャ。目にも留まらぬ速さで、次々と皿に盛りつけていきます。エーレナは、今年8月に滞在を予約した日本人女性から、料理講習を頼まれていて、引き受けたのはいいけれど、英語で大丈夫だろうかと、ひどく心配しています。英語とイタリア語しか説明のないサイトを見て申し込んだくらいだから、英語でも大丈夫なはずだと、励ましました。
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 セコンドの肉料理も、付け合わせのズッキーニと玉ネギも、味がしっかり素材に染み込んでいて、おいしくいただきました。今回は友人として招かれたので、エーレナ自身が腕をふるってくれましたが、アグリトゥリズモに宿泊する場合には、料理を専門に担当する女性が、夕食を支度することになります。

 一つひとつの部屋の設備も豪勢なため、わたしたちから見ると、宿泊費が非常に高いのですが、エーレナによると、夕食に関しては、希望する宿泊客全員に提供していると、現在の料金ではむしろ赤字になってしまうので、今年いっぱい様子を見てから、来年以降どうするかを考えたいということでした。イタリア各地で、アグリトゥリズモやホテルに泊まってみると、規模の小さいところでは、夕食は週末やイベントのある日のみ、あるいは客の人数が多いときのみというところも多く、他の日には、近所のおいしいレストランを紹介してくれることも多かったのは、そういう事情があるからか、と思い至りました。
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 これはエーレナが、すべての仕事を法に則り、税金もきちんと払った上で、客においしく質の高い食材を提供し、料理人にも相応の給料を払おうとしているためでもあります。アグリトゥリズモやホテルの経営者の中には、エーレナと同じように、質のよいサービスを法に則って客に提供しようとする人も多い一方、残念ながら、ふつうの家庭料理と大差ない素朴な夕食を法外な値段で提供するアグリトゥリズモもあれば、客に領収書を渡さない、つまり、本来払うべき税金をごまかそうとするような宿の主人もいます。

 最近は、地方料理をうたう店でも、経営者や給仕がその地方出身ではなかったり、イタリア人ではなかったりということも、増えてきた気がします。ただし、今月旅行していて思ったのですが、外国から来た料理人の方が地元のコックよりも、よっぽどおいしい地元料理を作る場合もあるので、皆さんも、イタリアを旅行する際には、料理人や給仕の国籍や出身地に目くじらを立てないようにしてくださいね。
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 最後のデザートは、わたしの夫手製の、パイナップルとココナツのティラミスです。マスカルポーネの代わりに、クリームに生クリームを少々加えてあり、ビスケットにはパイナップルの果汁がたっぷり染み込んでいます。さわやかな夏の味がおいしく、エーレナとブルーノも喜んで食べていました。

 こうして、おいしいものを味わいながら、皆でおしゃべりを楽しむうちに、夜が更けていきました。

 上の写真にはブルーノ、エーレナとわたしだけで、撮影した夫が写っていないこともあり、ティラミス作成中の夫の真剣な姿をご披露して、締めくくりとします。
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-07-23 23:27 | Viaggi in Umbria | Trackback | Comments(0)

リラの花咲く家

 わたしの夫は、幼い頃から自然に囲まれた小さな家に住むことが夢だったそうで、本人に言わせると、それは母がよく歌っていた次の歌の影響だということです。

「カナダに小さな家を持っていたんです。
 水槽と小さい魚たち、たくさんのリラの花に囲まれた家を。
 そばを通りかかった娘たちは、口々に、
 カナダの小さな家、なんてすてきなんでしょう、と言ったものです。」 
                           (「  」内は石井訳。以下も同様。)

 この歌、『La casetta in Canada』(訳すと、「カナダの小さな家」)は、YouTubeの映像(リンクはこちら)で、視聴できます。
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 イタリアの我が家の庭には、このリラ(ライラック)の木がいくつかあります。日本に住んでいた頃は、ライラックと言うと、芳香剤くらいしか連想できなかったのですが、春にリラが美しい花をいっぱいに咲かせるのを見てから、リラはわたしの好きな花の一つになりました。
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 Wikipediaや日本語のサイトを見ると、紫色や白のリラの写真が多いのですが、我が家のリラは、ご覧のように、つぼみの時には、深い桃色で、花が開くと、花弁は淡い桜色となります。
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 4月の初めから終わりにかけて、仕事から帰るたびに、リラの花のつぼみが、少しずつ開いていく様子を眺めるのが、わたしの楽しみでした。

 ブログを書き始めてから、大学の授業があって、中心街に出かけるたびに、カメラも持参していたため、リラが開花していく様子を、少しずつ写真に収めていったのですが、ご紹介するのがすっかり遅くなってしまいました。
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 優しい桜色の花が目を楽しませてくれると共に、甘いほのかな香りもとても心地いいので、リラの花に近寄っては、家に入らずに、長い間眺めたり、写真を撮ったりしていたので、室内からその様子を見ていた義父母が、あきれることもたまにありました。
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 実は、春に撮影したものの、まだ記事にしていない写真や話題がたくさんあるのです。盛夏の折、季節はずれにはなりますが、時々はそういう写真を題材に、記事を書いてみたいと思っています。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-07-22 16:50 | Fiori Piante Animali | Trackback | Comments(0)

バーチとアンゴラの意外な関係

 ペルジーナ(Perugina)の工場で生産されるバーチのチョコレートは、日本でもご存じの方が多いのではないかと思います。商品名のバーチ(baci)は、「キス・口づけ」を意味するbacioの複数形です。
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 銀色の包み紙を開けると、ブラックチョコレートとヘーゼルナッツでできたチョコレートと共に、小さな紙片が入っていて、この紙片には、愛や恋に関するしゃれた文句が、5か国語で書かれています。

 たとえば今手元にある紙片を見ると、こうあります。

Il rumore di un bacio non è forte come quello di un cannone, ma il suo eco dura molto più lungo. (O.W.Holmes)

 「口づけの音は大砲の音ほど激しくとどろきわたることはないが、その反響は、はるかに長く続くものだ。(O・W・ホームズ)」 (「  」内は石井訳。以下も同様。)

Amare è scegliere, baciare è la sigilla della scelta. (Anonimo)

「愛することは選ぶことであり、口づけはその選択の封印である。(作者不明)」

(石井注:実は紙にはsiglaとあるのですが、英語版にsealとあるため、sigillaの間違いだと思います。)

 商品名にちなんで、特に「口づけ」(bacio, baci)という言葉が含まれたものを選んでご紹介しましたが、他にも、こんな言葉があります。

Il cuore è una ricchezza che non si vende, non si compra, ma si regala. (Proverbio)

「心は、売ることも買うこともできず、贈ることだけができる富である。(ことわざ)」

 L’amore non fa ruotare il mondo, ma rende la rotazione piacevole. (F.P. Jones)

「愛が世界を動かすわけではないが、愛のおかげで世の営みは心地よいものとなる。(F・P・ジョーンズ)」

 というわけで、バーチのチョコレートを食べるときには、この中に入っている言葉を読むのも、楽しみの一つです。今回は、わたしの集めたバーチの紙片の中から、特に気に入っている言葉のいくつかをご紹介しました。

 ブラックチョコレートとヘーゼルナッツを使って、バーチを作ろうと思いついたのは、ペルージャの女性企業家、故ルイーザ・スパニョーリLuisa Spagnoli、1877‐1935)です。もともと、他の菓子を生産する過程で余ってしまうヘーゼルナッツを有効利用しようという発想から生まれた商品であること、そして、最初は形が不規則で、商品名がcazzotti「げんこつ」であったことは、すでにメルマガ第14号(記事はこちら)でも詳しくご紹介しました。

 ペルジーナは、かつてペルージャの駅周辺にあった工場が郊外に移転され、もう何年もの間スイスの多国籍企業、ネスレの傘下に入っています。

 けれども、その創立者の一人であるルイーザ・スパニョーリの名前は、今でも、女性服飾業界、ファッションの世界で周知のブランド名として、通用しています。ルイーザ・スパニョーリの最新のコレクションに興味のある方は、こちらの同社のウェブページで、その数々をご覧になることができます。

 ただ、今回ルイーザ・スパニョーリを取り上げたのは、彼女の発明家精神について、お話ししたかったからです。余ったヘーゼルナッツの利用からバーチを考案したというのも、もちろんその一つ。ただし、このことは、日本でもご存じの方がいらっしゃるかもしれません。

 一方、意外に知られていないのが、アンゴラウサギの毛を、ニット製品に使うことを初めて考えたのも、このルイーザ・スパニョーリだということです。さらに、彼女は、毛を刈り込むのではなく、櫛で梳かして採るという方法を思いつきました。

 ルイーザ・スパニョーリ社の本部や工場は、長い間、ペルージャ郊外のサンタ・ルチーアという地域にありました。実は、この地域は、我が家とミニメトロ終着駅であるピアン・ディ・マッシアーノ駅(記事はこちら)のすぐ近くにあります。
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ミニメトロ終着駅の駐車場から、サンタ・ルチーア地域を撮影。写真中央の、大きくSPAGNOLIの文字が掲げてある辺りに、ルイーザ・スパニョーリ社本部があります。

 義父母によると、数十年前には、サンタ・ルチーア地域に住む農民は、ルイーザ・スパニョーリに提供するために、皆アンゴラウサギを飼っていたということです。

 現在では、機械化および工場の海外移転が進み、サンタ・ルチーアには、ルイーザ・スパニョーリ社の本部と企画・研究開発部だけが残っています。

 昨年、通訳の仕事で、日本企業の社長さんのスパニョーリ社訪問に同行した際に、社の歴史博物館を訪れ、そこで、こうした話を伺ったのですが、この博物館内には、初期のバーチ製造工場の写真や、何列にも並ぶ椅子に座った女性たちが、一斉にアンゴラウサギの毛を梳いている写真など、興味深い写真が、たくさん展示されていました。

 「アンゴラウサギの毛の利用は、ルイーザ・スパニョーリが考案したもので、さらに特許も取ったために、Angoraを商標として使えるのは、我が社だけなんですよ。」と、同社代表の方が、誇らしげに説明されていたのを思い出します。

 ルイーザ・スパニョーリ社および同社に歴史的に関連のあるペルジーナは、現在もペルージャの主要な企業であり、どちらも機械化などによって、かなりの人員削減が進んだものの、今でも多くの人が働いています。

 わたしたちの周囲にいる人だけみても、たとえば、夫の弟がペルジーナに勤めていたり、友人のルーカのお母さんがかつてルイーザ・スパニョーリ社で製品の品質管理を担当していたりします。実は、通訳でスパニョーリ社を訪れたあとで、夫の従姉から「この間、うちの工場に来てたでしょう。上司と一緒だったから、声がかけられなかっんだけど。」と言われて初めて、彼女も同社で働いていることを知りました。

 ルイーザ・スパニョーリ、そして彼女の関わった企業が、長年にわたって、地域産業の発展に貢献してきたために、ペルージャの多くの人々が、その歴史に関わっているわけです。
Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-07-21 16:50 | Notizie & Curiosita | Trackback | Comments(2)

なぜか和名の爪楊枝、イタリア

 「爪楊枝」は、イタリア語でstuzzicadentiと言います。denti「歯」をstuzzicare「つつく」道具、ということで、用途がそのまま名前になっているわけですが、こうした単語には、他にもcavatappi「栓抜き」(tappo「栓」をcavare「抜く」道具)、asciugamano「タオル、手ぬぐい」(mano「手」をasciugare「乾かす」もの)など数多くあります。

 ところで、イタリアの爪楊枝は、日本のものとは違って、両端が尖っています。
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 さらにおもしろいのは、イタリアではどういうわけか、爪楊枝の商標名が日本語であることが多いことです。順に見ていきましょう。
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 こちらは、スーパーで買った我が家の爪楊枝です。商標名は「sayonara」で、浮世絵まがいの女性の絵が添えてあります。

 家庭用の爪楊枝だけではなく、レストランに置いてある個別包装の爪楊枝にも、日本語名のものが圧倒的に多いのです。「爪楊枝=日本」という発想がおもしろくて集め始めたそのコレクションをご紹介します。
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 こちらはKIMONO。「日本⇒着物・芸者」という発想からか、着物をまとって舞いを踊る女性の絵が添えてあります。
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 Karate。絵はありませんが、イタリアにも日本の空手や合気道、柔道をたしなむ人は大勢いて、日本語の単語としては、よく知られています。
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 BON SAI。「凡才」ではなく「盆栽」でしょう。イタリアにも盆栽の愛好者はいて、さまざまな植物の盆栽が植木屋や市場で売られており、日本語のまま、bonsaiとして親しまれています。
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 このSAMURAIという爪楊枝には、刀を2本佩いた武者の絵が印刷されていて、先端の尖った爪楊枝を刀になぞらえたとも考えられます。商標名の日本語と商品である「爪楊枝」に関連がありそうなのは、SAMURAIだけで、他の商標については、単に「爪楊枝⇒日本のもの」という発想から、名づけたのかもしれません。

 このSAMURAIという爪楊枝、どうもイタリアの製品としては古株で、製造会社sismaのホームページには、「SAMURAIはすでに爪楊枝の代名詞」などとも書かれています。ひょっとしたら、この日本語名の爪楊枝が売れたので、他の製造業者も、商標名に日本語名を選んだのかもしれません。

 ちなみに、イタリアの爪楊枝本家(?)のsismaでは、他の業者も日本語の商標名をつけ始めたからか、さらに凝った名前をSAMURAIにつけ足しました。それが、こちらです。
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 SAMURAI il Carezzadenti、訳すと「サムライ 歯に優しく触れる道具」。

 stuzzicadenti「爪楊枝」という単語のstuzzica(re)「つつく」という動詞にあたる部分を、carezza(re)「優しく触れる、なでる」と置き換えているところが、しゃれています。

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 何も言葉が書かれていない白い包みや店名だけのもの、あるいは単に、「stuzzicadenti」(爪楊枝)と書かれた包みも、たまに見かけるのですが、まだまだ日本語名を書いた紙包みの方が多いようです。

 というわけで、今も新しいレストランを訪れるたびに、爪楊枝の袋に目を光らせています。

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Stuzzicadenti in Italia, chissà perché? Nomi spesso in giapponese
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-07-09 19:30 | Giappone - Italia | Trackback | Comments(6)

アジサイの花咲く湖畔

 ラッツィオ州にあるボルセーナ湖(Lago di Bolsena)やその湖畔にある同名の村、ボルセーナ(Bolsena)は、アジサイの花が美しく咲く土地で、毎年6月には、アジサイまつり(Festa delle Ortensie)が開かれます。
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 昨年7月6日に、義弟を早朝ローマのフィウミチーノ空港まで車で送ったあと、どうせそのために休暇を取ったのだからと、夫と二人でラッツィオ州の湖を三つ訪ねました。今回は、そのうち、7月になっても花盛りのアジサイ(ortensia)で美しかったボルセーナ湖訪問についてお話しします。
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 湖畔は、緑とアジサイの色とりどりの花に飾られています。
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 湖ですが波があり、砂浜もあります。湖の向こう側には、遠くの山々が青くかすんで見えます。
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 砂浜で日光浴をしている人もいます。
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 湖沿いの小道を歩くと、アジサイの花が咲き乱れ、港に停泊する帆船(barca a vela)が並んでいます。
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 別の方向には、石造りの家々が見えます。
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 釣りをする人、ベンチに座って湖を眺めながらおしゃべりを楽しむ人、散歩する人がいます。
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 形が一風変わった花を持つアジサイもあり、一つひとつの花をよく見ると、花の大きさや色、形がそれぞれに異なっています。

 こんな大輪のアジサイもあります。
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 ひどくまぬけな顔をしたわたしもあえて一緒に載せたのは、花の大きさを分かっていただくためです。

 ロータリー(rotonda)もやはりアジサイの花に満ちています。
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 椿やアジサイの花を見ると、日本の春や初夏に再会したようで、うれしく懐かしい気持ちになります。色とりどりの美しいアジサイに出会えたことを喜びながら、帰途につきました。

 ボルセーナ湖は、ラッツィオとウンブリアの州境近くにあります。というわけで、湖を発ち州境を越えると、まもなくウンブリア州、オルヴィエート(Orvieto)の町が車内から見えたのでした。
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Articolo scritto da Naoko Ishii


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by milletti_naoko | 2010-07-07 21:51 | Viaggi nel Lazio | Trackback | Comments(2)

生クリームならお任せ

 ペルージャの中心街に、生クリームが新鮮でおいしい店があります。お義母さんが中心街を訪れるときは、ここに立ち寄って、生クリーム入りブリオッシュ(brioche con panna)を食べるのが楽しみの一つのようです。
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 店名は、Antica Latteriaで、訳すと、「昔からの牛乳屋」。latteriaは伊伊辞典で調べると、「牛乳(latte)および乳製品を売る店」とありますが、この店の売りは何と言っても「生クリーム」(panna)で、それは、店の前に掲げた値段表からも明らかです。(イタリア語の店・職業名については、こちらの記事をどうぞ。)
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 メニューの一覧を、ご自分がほしいものを探すつもりでご覧ください。con pannaとあるものは、すべて生クリーム入りです。生クリーム入りコーヒー、生クリーム入りカップッチーノ、生クリームを添えたイチゴなどなど、生クリーム入りのメニューがたくさん並んでいます。

 寒い冬には、夫と二人で、生クリーム入りのホット・チョコレート(cioccolata con panna)を飲むこともあります。おいしい上に体が温まるのですが、夫がさらに生クリーム入りブリオッシュを頼んでいたのに、あきれたこともあります。
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 この店はバッリョーニ通りにあり、マッテオッティ広場からイタリア広場(記事はこちら)に向かって少し歩くと、すぐ右手にあります。上の写真で、左手前に見える店が、アンティーカ・ラッテリーア(Antica Latteria)で、奥に見えるのが、マッテオッティ広場です。

 さっぱりとした生クリームがおいしいので、一度足を運んでみてください。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-07-07 15:43 | Gastronomia | Trackback | Comments(0)