春山のトレッキング ~ブナの巨木を目指して

 「山がオレを呼んでいる」

 夫のお気に入りのトレッキングコースは、アッペンニーニ山脈のAlpe della luna、Badia Tedalda周辺の山登り、あるいは川沿いに上流や源を目指して歩いて行くというものです。最近は長い間、わたしの体調が優れなかったり、天気がぐずついたりしたために、本格的な山歩きをしていませんでした。そのため、先週土曜日は、夫の「せっかくの休日を家で過ごすのに耐えられない病」が悪化。

 わたしも久しぶりに自然の中を野の花を眺めながら歩いてみたいと思っていたため、土曜日は天気が悪かったので、4月18日の日曜日に、遠出をして山歩きを楽しむことにしました。
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 ペルージャから車で北へ向かい、サンセポルクロ(Sansepolcro)で無料高速道路(superstrada)から下りて、アッペンニーニ山脈へと山道を登って行きます。出発から1時間余りで、Viamaggioの教会(上の写真)に到着。851mの高みにあるこの教会脇に駐車して、登山靴(scarponi、複数形)にはきかえ、リュック(zaino)を背負い、杖(bastone)を片手に、いざ出発。目指すは、巨大なブナの木(faggione)。
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 これが目的地であるブナの巨木です。どれだけこの木が大きいかは、青いセーターを来て、幹に背を持たせかけている夫やその向かって右側にある水色のリュックサックの大きさと比べるとご想像がつくかと思います。ブナの木はイタリア語でfaggioと言い、アッペンニーニ山脈の森林にはブナの林がたくさんあるのですが、この木を「faggione」と呼ぶのは、この木が桁外れに大きいため、語末につけて、並みのものに比べて大きいことを表す拡大辞、‐oneを使っているからです。
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 まずは、斜面をどんどん下っていき、川を渡ってから、再びひたすら登らなければいけないという、久しぶりにしてはずいぶん体力的に厳しいコースです。上の写真で、右上の山の中腹に見える鮮やかな緑色の部分は、森林に囲まれた広い草原(prato)なのですが、この草原を後にして、さらにぐんぐん山道を登りつめたあとでようやく現れる新たな草原に、この巨大なブナの木があります。

 写真では分かりにくいのですが、右手の草原には野の花が一面に咲き、道の左手にある草むらの間を水が流れています。
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 そして、この水の流れの両側には、そこかしこに、ツクシが頭をもたげています。わたしは、イタリアでもツクシがあることにびっくり。夫は、わたしから「日本ではツクシを食べる」と聞いてびっくり。夏の登山中、スギナ(coda cavallina)が水辺にたくさん生えているのを見かけることは多く、夫が「乾燥させると、骨を鍛える薬になる」と言いながら収獲するところも何度も見ていたのですが、ツクシがそのスギナの胞子茎だとは思いもかけませんでした。そもそも、夫がcoda cavallinaと呼んでいるこの植物を日本で見たことがなく、恥ずかしながら、日本にあるとも和名があるとも知らなかったのです。
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 ずんずん坂道を下って、渓流にさしかかりました。春先は水が多いので、川水を石に投げ込んだりして、足を濡らさずに川を渡れるように工夫する必要があります。

 最初の難関であるこの小川を渡ったあとは、いよいよ本格的な登山の始まり。ひたすら山道を登って行きます。

 わたしは登り道は苦手です。特に、いつまでも果てしなく続く登り道では、苦しいので息を切らし、しばしば立ち止まって休みながら歩いていきます。
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 そんなとき、目を楽しませ、心を励ましてくれるのが、美しい野の花です。今回の散歩では、プリムラ(primula)が道の両脇や草原のここかしこに咲いていました。そして、スミレ(violetta)も野山に美しい彩を添えていました。
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 家は朝9時過ぎに出発。途中でカップッチーノ休憩も取りながら、車でトレッキングの出発地点に到着し、歩き始めたのが10時半。長い長い登り道を歩き続け、12時半過ぎに、見晴らしのいい場所で、昼食休憩を取ることにしました。
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 上の写真で夫が立っているのが、わたしたちが昼食を取った場所です。前方に大きな長い屋根が幾つか並んでいるのが見えるのですが、その並んだ屋根の右上に見える赤い屋根の家よりもさらに上の方に、わたしたちの散歩の出発地点である教会があります。が、残念ながら、木々に隠れていて見えません。

 教会を出発してから、まずはこの赤屋根の家まで坂道を下り、さらに大きな長い屋根の並ぶ家畜の飼育場の脇を歩き続けてから、白い屋根の左側に細く見える小道を川まで下り、その後ひたすら坂道を登り続けてここまでたどり着いたのでした。

 夫曰く、「まだ半分も歩いていないのに、もう休憩?」

 「ここで休まないと、もう先に進めない」と、わたしも開き直って強く主張し、ゆっくり休みながら、まだまだ続く登り道を見やります。
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 昼食後は、夫がカメラを担当。ゆっくりゆっくり登るわたしを待つ時間も活用して、花や木々、苔むした岩などをパチリと撮影。
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 目指すブナの巨木が立ちそびえているのは、アッペンニーニ山脈の高みに広がる草原です。その草原が近づいてくると、目に入る愛らしいクロッカスの花(croco、複数形はcrochi)がどんどん増えていきます。
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 10時半から歩き続けて4時間ほど、14時半近くにようやく巨大なブナの木までたどり着くことができました。クロッカスやプリムラ、スミレの花咲く広い草原に、孤高を守り、何百年も昔から立ちそびえるFaggione。たくましい根は、美しい緑色の苔に覆われ、隆々たる枝は、四方に長く、そして空に向かって高く伸びています。どっしりとした揺るがぬ幹を、この森林の間に潜む草原の上に据えて、もう何世紀もの間、山や獣たち、山歩きをする人々を見守り、はるか彼方の下方に見える人間たちの築き上げた町を遠くに眺めてきた、威厳あふれる山の主。

 感嘆の思いで、さまざまな角度からFaggioneを見上げ、眺め、それから、すっかり疲れ果てた体を休めつつ、遠くに見える山々や自分たちが歩いてきた道を眺めていると、はるか上の方から夫の声がします。

 「ここまで登ってくれば、ぼくたちが出発した地点も見えるよ!」

 そこで、最後の力をふりしぼって、Faggioneの立ちそびえる広い草原をさらに上へ、上へと登って行きました。
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 夫の言うとおり、わたしたちの出発地点の教会の鐘楼や、歩いて脇を通った畜舎の屋根の連なりが遠くにですが、はっきりと見えます。少し空が曇ってきたのですが、それでも遠くの山々まで見渡すことができます。

 荘厳なFaggioneと美しい景色や花々に感謝しながら、Faggioneに別れを告げ、帰途につきました。

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# by milletti_naoko | 2010-04-20 23:09 | Viaggi in Toscana | Comments(7)

マザー・テレサの励ましと戒め

 「しばしば思い起こして、自分の糧にしたい」、そういう言葉は、冷蔵庫の扉に貼って、できるだけ目にする機会が多くなるように工夫しています。

 今回は、その中から、「Il meglio di te」というマザー・テレサの詩をご紹介します。
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 YouTube、Il meglio di te - Madre Teresa di Calcutta - by Soraya(リンクはこちら)では、この詩の言葉が、美しい映像・音楽と共に、紹介されています。イタリア語を学習中の方は、まずはこちらをご覧ください。

 わたしの方で、意図や言葉の響きを大切にしながら、訳してみますね。


「   最良の自分

 人間は道理をわきまえず、
 非論理的で、己のことばかり考えるものです。
 でも気にしないで、人間を愛しなさい。」

「Non importa」の直訳は、「重要ではない」です。何か困ったことがあったときに、「大したことではないから、気にしなくていいよ。」と言った意味合いで使うこともよくあります。ここでは、「人間というのは欠点に満ちたもの、でも、そんなことは、あなたが自分の行動を決めていく上では重要ではない。」ということです。

 詩の続きを見ていきましょう。

「あなたがいいことをしても、人々は
 別の利己的な動機のためだと語るでしょう。
 でも気にしないで、善行を積みなさい。

 目標を実現していこうとすれば、
 行く手を阻む人が現れるでしょう。(直訳は「~に出会うでしょう」)
 でも気にしないで、目標を現実のものとなさい。

 あなたの行う善行は、おそらく
 明日には忘れられることでしょう。
 でも気にしないで、いいことをしなさい。

 正直で誠実な人は、
 傷つきやすく、標的になりやすい。
 でも気にしないで、正直で、そして誠実でありなさい。

 あなたが築き上げたものが
 壊されてしまうかもしれない。
 でも気にしないで、築き上げなさい。

 あなたが助けた人は
 おそらく感謝もしないでしょう。
 でも気にしないで、手を貸しなさい。

 この世に、最良の自分を与えなさい。
 そのために足蹴にされるかもしれません。
 でも気にしないで、最善を尽くしなさい。」

 YouTubeの映像、Michele Placido e Fulvio Russo leggono la poesia Il meglio di te di Madre Teresa di Calcutta (IlmeglioditeONLUS)(リンクはこちら)は長さが1分47秒ですが、冒頭から40秒のあたりから、今回ご紹介した詩、「Il meglio di te」を朗読しています。

 聖パウロの「愛の賛歌」の教え(詳しくは、こちら)を、人生の中で実践していくための、具体的な心構えを説いたものと言えるかもしれません。

 マザー・テレサの言葉に心を打たれたという方は、ぜひ「人生を生きなさい」(Vivi la vita)(イタリア語の詩と和訳、解説はこちら)という詩もお読みください。生きる勇気を与え、凛とした姿勢にさせてくれる、それは美しい詩です。

 冷蔵庫の扉を眺めながら、今日も心が引き締まる、そんな毎日を繰り返しています。
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 ちなみに、写真の詩は、聖フランチェスコ(詳しくはこちら)が聖痕を受けたことで知られる聖地、ラヴェルナ(La Verna)(上の写真)で購入した葉書サイズのカードを拡大コピーしたものです。制作はSan Paolo s.r.l.で、絵はR.Polastriとカードの裏にあります。

 日本にいた頃から、仏教やキリスト教、文学作品や哲学者の美しい言葉を書き写したり、そういう言葉のたくさん載った本を買ったりするのが好きで、今は、あちこちの教会や修道院を訪れるたびに、美しい言葉のあるカードや名言を集めた珠玉集を買い集めています。
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 写真はわたしのコレクションのごく一部です。手のひらサイズと小さいのですが、収められた言葉と同じくらい、装丁も挿絵もそれは美しいので、わたしのお気に入りです。5~6ユーロとお手軽な値段で、収録された言葉も短いすてきな言葉が多いので、旅行の際の自分自身への、あるいはイタリア語を学んでいる友人へのお土産としてもおすすめです。

 「今を生きろ!」(Cogli l'attimo!)、「愛の言葉」(Parole di AMORE)など、テーマごとに名言が集められており、たとえば、写真中央にある本は、「新郎新婦の小さくて大きい本」(IL PICCOLO GRANDE LIBRO DEGLI SPOSI)という題で、結婚生活をこれから共に歩んでいこうという方にぴったりの1冊です。

追記 メルマガ第45号、「マザー・テレサの詩を読もう」(リンクは、こちら)では、この詩をイタリア語学習の教材として扱い、解説をしています。興味をお持ちの方は、ぜひご覧ください。

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# by milletti_naoko | 2010-04-19 22:03 | Vivere | Comments(0)

久しぶりの授業

 昨日、4月16日(金)は、久しぶりにペルージャ外国人大学で、日本語の授業をしました。復活祭休暇や卒業試験による授業停止のため、3月26日を最後に、授業がなかったのす。「習ったことを忘れていないかしら」と心配だったのですが、皆やる気いっぱい、元気いっぱいで、前日に語学助手の先生の授業があったためもあり、日本語もしっかり覚えていました。
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 こちらが、わたしが授業で採用している日本語の教科書です。会話や文法・漢字の説明がバランスよく配分され、イタリア語で書かれた参考書である上に、練習問題が文法・会話・漢字ともに充実しているので、採用を決めました。英語で書かれたものだと、やはり学生が自分で勉強するのに不便です。

 また、旧式の「文法項目」を順に並べた教科書ではなく、その課その課で「学生ができるようになること」、たとえば、presentarsi (自己紹介をする)、chiedere informazioni su orario e prezzi(時間や値段について尋ねる)を目標として掲げ、そうした基本的なことが日本語でできるために文法を学ぼうという形式を取っており、近年の外国語教育研究の成果を踏まえているところも気に入りました。

 とは言え、この教科書は、どの課も「表現と文法の学習 ⇒ 文法と漢字の練習・コミュニケーション活動」という構成となっていて、「学習するべき表現や文法事項」の導入部分となるべき、その課の学習内容を盛り込んだ会話(dialogo)の教材がまったくありません。そのため、各課ごとにわたしの方で、その課の学習内容の導入となる会話や補足説明などを補った学習プリント(下の写真)を作成して配布しています。
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 イタリア語でも、日本語でも、「命令形はこう作ります。はい、では練習しましょう。」では、学習・教育の効率が悪いからです。自分自身が頭を使って思いついた言葉のメカニズム(文法の仕組み、表現の意味など)の方が、教師から教わったり、教科書で読んだりするよりも、ずっと定着しやすいのです。

 わたしたちが母国語で新しい表現を身につけていくときも、学校の国語の授業や辞書で調べる場合は別にして、まず周囲の状況や前後の言葉を手がかりに、右脳で概要を把握してから、左脳で言語状況などの細かい分析をします。その分析結果をまた右脳で統合して、「ああ、こういうときにはこんなふうに言うのか」と推測し、その推測が当たっているかどうかを確かめるという形で、自分自身で発見しながら学んでいきます。

 ヴェネッツィア大学のPaolo E. Balboni教授が、著書『Le sfide di Babele』(UTET Libreria、2002年)の中で、孔子の言葉らしいとして、次のような言葉を引用しています。

「dimmi... e io dimentico
mostrami... e io ricordo
fammi fare... e io imparo」(p. 81)

 (実は引用の仕方がかなり大胆なのですが、分かりやすい記事にするためです。ご了承のほどを。)

 意図を汲んで、日本語で表現すると、こうなります。

 「言葉でわたしに説明するだけなら、わたしは(習ったことを)忘れてしまうだろう。
  どうしたらいいのかを実際に示してくれたら、記憶することができる。
  わたし自身にさせてくれたら、(それで本当に)学ぶことができる。」

 教師が教える授業ではなく、「学ぶ人自身が主人公として、自分の頭で考え、学ぶべき外国語を実際に使いながら、自分にあった学習方法を模索して、新しい言語を身につけていく学習活動」への転換が、本当に自分のものになる外国語学習のためには不可欠です。

 たとえば、上の教科書の第9課は、「~しましょうか」、「~してください」という表現を学んで、人に何かを申し出たり、頼んだりできるようになることを目標としています。

 教科書は、いきなりこの表現を教えてから、練習問題を解くという形式をとっていますが、わたしは、以下のような導入教材を自分で考えて作り上げて、授業で使っています。

「あ き こ  : コーヒーを入れましょうか。
フランチェスコ: あ、ありがとうございます。
 あ き こ  : さとうを入れましょうか。
フランチェスコ: はい、入れてください。
 あ き こ : ミルクも入れましょうか。
フランチェスコ: いいえ、けっこうです。
 あ き こ : はい、どうぞ。
フランチェスコ: どうもありがとうございます。」

 言語では、まず初めに「話し言葉」があり、次に「書き言葉」が来ます。世界の言語には、まだ話し言葉だけで書き言葉を持たないものも数多くあります。子供が成長していくときも、まずは話し言葉を覚え、それから書き言葉を学びます。「音声面」が言語教育には大切です。

 というわけで、まずは学生にはプリントを裏返しにさせ、「どんな場面での会話かを推測するように」指示してから、わたしの方で会話を読み上げます。(「読む」というよりは声色を使って、人物を演じ分けたラジオ一人芝居に近いです。)

 コーヒー(caffè)、ミルク(latte)などの単語や、「はい、どうぞ」、「ありがとうございます」という表現は、学生たちがすでに知っているものです。知っている言葉が多く、新しく学ぶ「~しましょうか」という表現も3度繰り返されているため、会話全体の内容やまだ知らないはずの「~しましょうか」の使い方が推測しやすくなるように工夫しています。

 学生たちに問いかけて、一度の音読で分かったことを確認したあと、もう一度読んでから、今度はプリントの書き言葉を目で追いながら音読を聞かせて、それから、学生たち自身に、会話の場面と「~しましょうか」の意味を考えさせるようにしています。

 いろいろな機会におすすめしているイタリア語の参考書、『ニューエクスプレス イタリア語』(入江 たまよ著、白水社、2007年)については、日本で発売されているイタリア語学習書の中では画期的な良書なのですが、欲を言うと、各課の導入会話の前に、ヒアリングや概要の理解促進を図る問題がないのが残念です。他にも、読む教材として、まとまった書き言葉の文章がいくつかほしいとか(これは、しかし、文法説明に終始する他の参考書でも、ないものがほとんどです)、練習問題や文法説明がもう少し充実していたらとも思います。すべての理想を満たす参考書はなかなか作るのも難しいでしょうが、いつかわたし自身が、イタリア語の歌や広告、ニュースの見出しなど、日常使われる実際のイタリア語の新鮮な教材や、イタリア文化の興味深い情報をいろいろ盛り込んだ、学習にも役立つし、読んでも楽しいイタリア語の学習書を執筆したいと思っています。そして、同様の、イタリア人向けの日本語・日本文学の学習書も書いてみたいと考えています。

 というわけで、『ニューエクスプレス イタリア語』を学習中の方には、新しい課に進む前に、次のようなヒアリング・読解練習をすることをおすすめします。まずは何も見ずに、次に本文を読みながら、導入会話のCD音声を何度か聞いてみましょう。その際、「会話がどこで行われ、話し手たちが何をしているのか、あるいは何をしようとしているのか」を聞き取るつもりで、耳を傾けてください。そして、そのあとで、ようやく和訳を読み、慣用表現や語句、文法解説を見るようにしてください。

 わたしたちが、難しい日本語の文章を読むときも、また外国で新しい国の言葉を日常生活の中で学んでいくときも、「全体の状況⇒概要把握」(右脳中心)という手続きを踏むと、「一語一語の理解⇒全体の理解」(左脳中心)と文法読解式に理解しようとするよりも、自然な脳のメカニズムを活用するため、理解も定着も早くなります。理想は「全体⇒概要理解」を中心に、並行して「細部の理解⇒全体像」という分析も行うこと。ただし、日本人は、学校の英語教育や古典教育の影響で、「細部⇒全体」という偏ったメカニズムを、外国語を学習するときにも応用してしまいがちです。たとえば、イタリア語で行われているイタリア語の授業中に、一言でも分からない言葉があると、それから先の授業内容が頭に入らない、といった具合に。

 ですから、日本語の新聞の難しい記事を、知らない言葉があっても、まずは文脈から意味を類推するつもりで読み進め、イタリア語学習に際して、全体の流れから言われていることを把握する習慣をつけるようにしておくと、いざ学習中の外国語が話されている国に飛び込んだときに、効率よく理解し学ぶための素地を作っておくことができます。


 前置きがひどくなりましたが、久しぶりの日本語の授業で、主体的に、そして、うれしそうに質問や練習をする学生を見ていて、私もうれしくなりました。

 「~てください」の練習問題の中に、「死ぬ」という動詞があり、「『死んでください』なんて、絶対に使ってほしくないので、これは音読練習はやめておきましょうか。いや、やはりしておきましょう。」とわたしが言うと、「でも、サムライが言いそうなセリフですよね。」と、うれしそうに大声で、そういうセリフが出てきそうな場面を想像して発表する学生がいたりもしました。

 イタリアの学校では、日本の歴史は習っても、第二次世界大戦以後であり、授業がそこまで進まなかったために、日本の歴史をほとんど知らないまま、大学に入ってくる学生もいます。

 4月9日の記事でも書いたように、まだまだイタリアのマスメディアが日本について触れる機会はごくわずかで、またその報道内容も偏りがちな中で、なぜか放映枠がむやみの多いのは、日本のテレビアニメです。「みつばちマーヤ」や「赤毛のアン」のようにひどく古いものから、わたしも知らないようなごく最近の番組まで、さまざまな時間帯に日本のアニメ作品が数多く放映されています。

 ですから、授業中に日本の家屋の造りや生活習慣に触れたときに、「あ、あのアニメに出てきました。こんなことも知っていますよ。」と目を輝かせて話し始める学生がいたりします。

 そして、こうしたアニメがまったくのファンタジー作品やおちゃらけ番組も含めて、不思議と、日本の生活習慣をイタリアの学生たちに伝えていく媒介になっています。

 先日までわたしが卒論の指導をしていた学生が通っていた課程、Comunicazione Internazionale(国際コミュニケーション)では日本語が必修なのですが、わたしが現在教えているPLIMの課程では、日本語は選択必修です。イタリアとはかなり異なる文化を持つ国々の言語であり、かつ言語類型がイタリア語と非常に異なる日本語、中国語、アラビア語の中から、学生は自分に興味のあるものを選択することになります。

 日本語を選択したのは、「アニメや漫画が好きで」日本文化に興味があるからです、という学生が、毎年必ず何人かいます。空手や柔道、合気道などを習っていて、それで日本文化に興味を持った学生もいて、そういう子は、武士道や侍、武士の文化や活躍した時代に興味津津です。

 一方、何となく日本語を選択したのに、そのうちに学ぶのが楽しくなってはまってしまったという学生もいます。実は、今年度わたしが教えている2年生は6人だけです。昨年度、1年生だったときには学生の数が倍だったのですが、その半数が、ペルージャ外国人大学の、日本の大学との交換留学制度を利用して、日本に留学したからです。意欲に満ちた面々がクラスにいないのは寂しいのですが、日本で充実した毎日を送り、たくさんのことを学んでいることでしょう。

 昨日の授業では、「~ないでください」も学習しました。「話す⇒話さないでください」という練習問題のあとで、「どうしてイタリアでは、映画館で映画を見ている最中におしゃべりをするのでしょう。日本では上映中には黙って映画を鑑賞します。おしゃべりしたいなら、映画館ではなく、どこか別のところに行けばいいのに。」とわたしから一言。

 クラスの中には、イタリア人学生だけではなく、ポーランド人や中国人の学生もいます。

「そうそう、映画を見ているときに話をするのはマナーが悪い(maleducato)ですよね。」

「わたしたちイタリア人は、コメントするのが大好きだから、一つ一つコメントをしないと気がすまないんですよ。映画の人間関係から、登場人物のファッションまで……。上映中に一言も話さないイタリア人なんて、わたしは見たことがありません。」

 幸いイタリア人にも、「上映中のおしゃべりはやめてくれ」派もいるのですが、上映中のおしゃべりには、中年のおばさんタイプ(実は自分もそういう年齢なのですが、そのカテゴリーには属していないつもり)や子供、思春期の若者が圧倒的に多いのです。「大学に通っていてさえ、こんなふうに考える学生がいるくらいだから、これからもイタリアの映画館では、おしゃべりがますますやかましくなるかもしれない。」と、いらぬ心配をしてしまいます。

 「早起き」という言葉を教えて、「皆さんは、早起きですか。」と尋ねると、学生たちは互いに顔を見合わせてから、「いいえ、早起きではありません。」と答えます。中で一人だけ手を上げた学生がいたので、「朝何時に起きますか。」と日本語で尋ねると、帰ってきた答えは「8時に起きます。」

 「いや、早起きは確かに相対的な概念かも知れないけれども、朝8時は日本の感覚だと十分に遅いんだけれども。」と言うと、「でも、わたしにとっては、とても早いんです。」

 他の学生もわたしと同感のようでした。ことのついでに、「春眠暁を覚えず」を説明。「古い中国の詩に出てくる言葉です。春の朝はあまりにも床の中にいるのが心地よいので、夜が明けたのにも気づかないくらい。春は特に、朝起きるのがつらいということです。」

 イタリア人学生たちは、「自分は朝起きるのは1年中つらいです」と告白し、幼い頃に家族と共に祖国からイタリアへと移住した中国人学生は「残念ながら、その詩は知りません。」と言い、ポーランドの学生たちは話を聞きながら、にっこりとほほえんだのでありました。

 練習問題。

わたし「autobus」
学生1「バスにのってください。」
わたし「treno」
学生2「でんわにのってください。」

そこで、電話はtelefonoで、trenoは「電車」であることを、漢字の説明もしながら、復習させます。ただ、わたしも一言つけ加えます。

 「心配しないでください。似た言葉を間違えて使うことは、わたしも時々あります。時々、nave(船)とneve(雪)、mezzogiorno(正午)とmezzanotte(真夜中)をうっかり言い間違えて、『Guarda! C'è la nave sul monte Tezio.』なんて言って、うちの夫を楽しませていますから。」と言うと、

 「そうそう、わたしたちもその単語はよく間違えます。」とポーランド人学生。

 そこで、わたしは、「脳内での語彙の記憶は、音声を目印としていて、音の似た言葉どうしは、互いに近い場所に収納されているので、うっかりしたり、慌てていたりするときには、間違って音の似た単語を引き出してしまうことがあるようです。」と、心理言語学(psicolinguistica)の研究成果にも触れて、「単にわたしが抜けているからではないのだ」と示唆して、その話はここまでとします。

 学生数が少ないので、ゆっくり授業を進めても、一人当たり何度も練習したり、発言したりする機会を与えられるのが幸いです。

 次回までの宿題の指示をして、「さようなら」とあいさつ。また、来週の授業が楽しみです。

LINK
- Amazon.it - Corso di lingua giapponese. Volume 1 (Hoepli)
↑↑ Adotto sempre questo manuale come libro di testo sia nei corsi di laurea dell'Università che nei corsi di lingua. E' stato ideato come manuale per lezioni ma è ottimo anche per lo studio da autodidatta. Dà importanza alle situazioni quotidiane frequenti, ogni lezione è incentrata su una situazione comunicativa specifica e in essa si studiano le espressioni, le strutture grammaticali e i kanji (caratteri cinesi) legati a tale situazione. Poi si può ascoltare gratuitamente la registrazione di molte espressioni e dialoghi del libro su Internet.

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# by milletti_naoko | 2010-04-17 19:40 | Insegnare Giapponese | Comments(2)

火山速報

 ただいま、イタリア時間ほぼ真夜中です。このブログを読まれている方には、現在旅行中あるいは、そういう知人のいる方がいらっしゃるかもしれません。イタリア語を学習されている方もいるでしょう。

 ヨーロッパの方が火山地域から近いので情報が詳しいと思うのですが、日本の皆さんが朝を迎える今、深夜であるヨーロッパから、日本に最新のニュースを送るべく待機しているかどうか分りませんので、とりあえず現在イタリアで分った範囲の情報で、日本の旅行中の方などに関係ありそうなことだけ簡単に申し上げます。

 インターネット上にいくつかイタリア国営放送RAIのテレビニュース(telegiornale, TG)の火山関連ニュースもすでに載せられていますので、そうしたニュース映像のリンクを貼り、簡潔に内容を記して、関係のある情報をご説明します。

ネット上に見つけた最新のニュース映像 (RAI、4月17日午前零時現在)

1. LE CENERE DEL VULCANO FERMANO L'EUROPA(TG1, l'edizione delle 20.00 del 15 aprile 2010)

 RAI1の16日夜8時のニュースで、今のところRAIのサイト上に見つかる最新の情報のようです。「アイスランド火山爆発の模様と想像される被害、空港の閉鎖と便のキャンセル」について述べています。英国・アイルランドを始めとして、北欧から南ではスペインまで、危険を回避するために閉鎖された空港のある都市が数多くあり、そうした都市を地図を用いて示し、今後の火山灰の動きの予測なども説明しています。

 ただ、わたしが最後に見たのはRAI3の午後9時10分(日本時午前4時10分)からのニュースで、その中では「火山灰がアイスランドから南下して、翌17日にはミラノ、マルペンサ空港あたりまで来るだろう」という予測に触れてしました。北欧の空港ほど大幅な便のキャンセルはないものの、ミラノ・ローマの各国際空港でも、北欧行きの便を中心として数十便がキャンセルされたとのことです。いつ飛行機が発ち、どの航空会社のどの便が代替便となるのかという情報がまったく分らなかったり、二転三転したりして、途方に暮れる旅行客の姿や表情がコメントと共に映し出されていました。

 さらに、これは他のTG1、TG2にも共通ですが、火山によって上空に吹き上がったのは、火山灰だけでなくガラスの小片も無数にあるため、火山灰によって飛行機の航空自体が危険にさらされる可能性が高いために、空港の閉鎖や便のキャンセルもやむを得ない状況だと言えます。

 噴火した火山を有するアイスランドやその周辺では、ガスが有毒の恐れがあるため、ガスマスクを装着して外出するようにとも呼びかけられていると、ニュースでは言っています。

 他にも、いくつかこのニュース関連のRAIのニュース映像のリンクを貼っておきますので、興味があれば、ご覧ください。

2.IL VULCANO ISLANDESE BLOCCA AEROPORTI UE (TG2, l'edizione delle ore13:00 del 15 aprile 2010)

 このニュースでは、「火山による英国・アイルランドを始めとする北欧の便キャンセル」について説明しています。

3.L'ERUZIONE DEL VULCANO IN ISLANDA (TG2, il 16 aprile 2010)

 こちらは、「火山発生についての科学的説明、類似した過去の現象、危険地区の住民への注意」を述べています。

4.ISLANDA: PAURA TRA I GHIACCI (TG3, 1 aprile 2010)

 このニュースだけが4月16日当日ではなく、4月10日のものです。「噴火を控えた火山の美しく恐ろしい映像と噴火のもたらす被害の予測」を伝えています。

 これから旅行に出かける予定の方は、これからのニュースの動きに十分ご注意ください。風速や風の向きによって、火山灰の動きもまた異なる予測が出てくる恐れがあります。

 では、おやすみなさいませ。

ブログ内関連記事 ⇒ 「火山速報2」(4月21日、欧州空港の飛行状況)

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# by milletti_naoko | 2010-04-17 07:28 | Notizie & Curiosità | Comments(0)

野菜畑の散歩

 野菜畑(orto)に、食事用の野菜を収獲しに行くときの必需品は、ナイフ、収獲した野菜を入れるかご、そして、泥で汚れても構わない靴です。わたしがかごを片手に野菜畑に向かうのを見かけると、お義母さんはふざけて「買い物しに行くの?」(Vai a fare la spesa?)と尋ねます。八百屋や市場に行く代わりに、仕入れに行く先が野菜畑なので、ユーモアを込めて、こんなふうに言うわけです。

 さて、昨日4月15日の夕方も、わたしは野菜畑へ、夕食の材料を調達しに出かけました。翌日の授業準備やブログの執筆のために、机に向かう時間が長いので、外の空気を吸い、緑の中を歩くのはいい気分転換にもなります。
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 満開になった大きな桜の木の下を、桜に見とれながら歩いて、野菜畑に向かいます。
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 向こうでお義父さんが草を刈る姿が見え、また草刈り機の立てるにぎやかな音が聞こえてきます(写真中央やや左手)。春の天気は変わりやすいので、天気のいい日にできるだけの農作業を済ませておく必要があります。

 わたしは、何か目ぼしい野菜はないかと物色します。
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 上の写真の中央あたりに並んでいるキャベツ(cavolo)は、ちょうどいい食べごろですが、この濃い緑色のキャベツはとても苦いのでわたしも夫もあまり好きではありません。ちなみに、キャベツの後方、右手に見えるネギのようなものは、ニンニク(aglio)です。また、見にくいかと思いますが、写真の中央、ずっと奥に見えるのは、ローズマリー(rosmarino)の茂みです。ちょうど花盛りで、薄紫色の小さな花が皆満開になっています。
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 サラダ菜(insalata)は、野菜畑のあちこちに植わっています。夫もわたしも大好きなサニーレタス(insalata canasta)も、上の写真の中央から後方にかけて並んでいるのが見えるのですが、まだお義父さんが買ってきた若菜を植えたばかりで、もっと育ってからでないと収獲できません。このサラダ菜は寒さに弱いため、暖かくなってきた今、ようやく畑に植えることができたわけです。

 さて、どうしよう?

 こういうときに役に立つ野菜があります。それは、フダンソウ(bietola)。ここで、直前の2枚の写真をよくよく見ていただくと、脈絡もなく、あちこちに生えている緑色の野菜があるのがお分かりかと思います。サニーレタスが列をなして並んでいるその直前に、大きく二株見える、緑色の鮮やかなこの野菜が、フダンソウです。同じ野菜が、キャベツとニンニクの写真の中にも、無秩序にあちこちに生えているのが見えます。目立つのは、最前列の右隅。そして、写真の左側の方にも、2列並んだキャベツの後ろに2、3株あるのが分かります。

 もともとは数年前に食用に植えたものが、植物自体の生命力が強く、我が家が風の強い場所にあるために、種があちこちに散らばって、毎年毎年、てんで勝手に自然に生えて、ぐんぐん育つようになったそうです。

 けれども、いろんな料理に使える上に、癖がなくておいしいので、冬から春先の、まだまだ畑の野菜の種類が限られているときに、とても重宝する野菜です。というわけで、今回はフダンソウを収獲することにしました。料理の仕方などについては、またいずれの機会にお伝えするつもりです。
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 キャベツの手前の方には、4月11日の記事で、お義父さんが植えていたイチゴが、白い可憐な花を咲かせています。

 帰り道、ふと脇に目をやると、リンゴの木(木はmelo、実はmela)が、濃い桃色のつぼみでいっぱいで、小さな白い花が少しずつ咲き始めているところです。
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 そして、下の写真に見える愛らしい白い花が、野菜畑のあちこちに、自然に生えてきて、野にさわやかな彩りを添えています。
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 今回、この花をよくよく観察していて、非常におもしろい習性があることを発見しました。この興味深い咲き方を、写真に収めましたので、これもまたいつか機会を見て、お話しするつもりです。ただいま、この花の名前を、夫が山ほど持っている植物・花の図鑑や事典を見ながら調べているところです。どなたかご存じの方がいらっしゃいましたら、お教えください。

 夏時間になったおかげもあって、日が長くなり(日が暮れる時間が遅くなり)、夜7時から8時になっても、まだこれだけ明るいようになりました。

 というわけで、わたしの夫も、お役所仕事から帰って来てから、一休みしたあと、すぐ外に出て、庭仕事に取りかかりました。
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 まずは、4月11日の記事で、水で十分に洗った水槽代わりの樽が、数日経って水も乾いたので、今度は、中に入れる水が漏れるのを防ぐために、ニス(vernice)を樽の内側にも外側にも塗りつけました。それから、雨が降っても水がかからないように、上からビニールをかぶせました。
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 そのあとは、野菜を畑に植えるための下準備。といっても、夫は義父と違って、若菜ではなく、サニーレタスの種を購入しました。野菜を均等に畑に植えるためにも、寒さから守るためにも、まずは温室の中の鉢に種を植えて、芽が出て少し育ち出してから、そこで初めて畑に植え替えるということです。写真は夫が、種を植える鉢に入れるための土壌を準備しているところです。この作業のあとで、小タマネギ(cipollina)の種も鉢に植えたとのことです。

 「最近、何でもかんでも写真を撮る癖がついたね。」と、カメラを向けるわたしに、あきれがちに苦笑いする夫なのでありました。しかし、彼はわたしを秘書代わりにして、「~に行ったのはいつだったけ?」、「ぼくがトマトの種を植えたのはいつだったっけ?」と聞いてくることがよくあるのです。わたし自身も夫と一緒に行動りしたことなら、覚えてもいるでしょうが、夫だけがしたことについては、記憶もあいまいになるので(なのに、なぜかわたしに聞いてくるのです。本人さえ覚えていないのに、なぜわたしが覚えていると思うのか不思議です)、このブログがちょうどいい覚書になることでしょう。

 野菜畑やその周辺を、うれしそうにカメラ片手に歩き回り、フダンソウを収獲したり、草木を眺めたり、写真を撮ったりしていたら、すっかり遅くなってしまいました。

 フダンソウは、土を洗い落としたり、湯がいたりと、料理をするのに結構時間がかかるのです。まだ、ルイージの作業が終わっていないのを幸いに、慌てて台所へと向かったのでありました。

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# by milletti_naoko | 2010-04-16 18:45 | Fiori Piante Animali | Comments(2)