モヤシが食べたければ

 日本に住んでいた頃は、モヤシを特に好んで、買ったり食べたりしていたわけではありません。にも関わらず、ここイタリアでは、スーパーなどで、缶入りのモヤシを見かけると、夫の抗議をふりきって買うことがよくあります。ふだん見かけない希少品なので、目に入るとほしくなる、ということもあるかもしれませんが、家で、「日本の味」と懐かしみながら食べることになります。

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 ただし、夫が反対するのは、モヤシが嫌いだからではありません。わたしが、

「モヤシは健康にもいいんだから。」と言うと、

「モヤシを食べたければ、種から育てるんだね。生のモヤシはともかく、こんな缶入りのものでは、栄養価も低いし、何が添加されているか知れたものじゃない。」

と夫が切り返すのが、わたしがモヤシの缶に手を伸ばすたびに、ほぼ確実に繰り返されるやりとりです。それでも買うときと、あきらめるときとどちらかが多いかと言うと、買うときの方が多いかと思います。

「種を買うって、一体どこで大豆の種が売っているっていうのよ。」
が、わたしの決めの一言でした。

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(確かに、原材料をよく見ると、砂糖・塩・酢に加えて、食品添加物も二つ並んでいます。)

 イタリア語では、モヤシを「大豆の芽」(germogli di soia)と呼び、しょうゆは「大豆のソース」(salsa di soia)と言います。大豆(soia)を使った食品が日常生活と切り離せない日本では、「モヤシ・しょうゆ」という独自の名前を持った食品が、イタリア語では「大豆の」(di soia)という形容を伴って呼ばれるのは、やはり、これまで食されることのなかったものだからでしょう。

 一方、豆腐や味噌については、すでにイタリア語でも、tofu、misoという言葉が浸透しつつあります。ただし、「豆腐」を知らない人に説明するのに、「大豆で作ったチーズ」(formaggio di soia)と書いてあるのも、よく見かけます。

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 イタリアにも、豆類は豊富にあります。我が家の野菜畑にもあるソラマメ(fave)や豆が育つ前に青野菜として食べるサヤインゲン(fagiolini)。ウンブリア州の南にあるカステッルッチョ(Castelluccio)産のものがおいしいとされるヒラマメ(lenticchie)。(豆類の名は、複数形で使うことがほとんどなので、すべて複数形で記しています。)

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 除草剤を使わないため、ヒラマメの花と共に野の花も美しく咲くカステッルッチョ。(2008年6月26日撮影)

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 他にも、ヒヨコマメ(ceci)に各種のインゲンマメ(fagioli)など、食卓に上り、店で見つける豆類の種類も豊富です。しかし、そういう豆類の中に、ごくまれにazuki(なぜか緑色の小豆)を見かけることはあっても、大豆(soia)を見かけたことはありませんでした。

 というわけで、先日も、「他に食べる方法がないんだから、仕方ないでしょう。」と、夫の反対を押し切って、モヤシの3缶パックを買ったところでした。

 それが、なんと昨夕、夫が園芸店で、モヤシを育てて食べることができる大豆(soia)の種を、見つけて買ってきてくれたのです。

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 二人で裏面の育て方を見てみると、手間はかかるけれども、それほど複雑ではなく、5日間ほどで、種からモヤシが育つようです。そこで、

「イタリアで新鮮なモヤシが食べられるなんて! さあ、今にも栽培を始めましょう。」と提案したら、

「この間買った3缶を食べ終わってから。」

ともっともな反論をされてしまいました。

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 というわけで、今日からさっそくモヤシ3缶の消費に取りかかりました。

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 大量消費のために、まずは昼食用に一缶開けて、水気を切り、サニーレタス、ニンジン、トマトやゆで卵と共に、ミックスサラダを作りました。

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 一人で食べる昼食なので、サラダと玄米ごはんですませました。ちなみに、イタリアのレストランでは、サラダにレタス以外にもトマトなど他の野菜が加わったものを、insalata mista(ミックス・サラダ)と呼び、これにさらにたんぱく質を含むチーズ、ゆで卵あるいはスモーク・サーモンが加わった場合は、店独自の名前をサラダにつけたり、あるいはinsalatona(直訳は「大型サラダ」?)と呼んだりしています。

 旅行中に食べ過ぎて、おなかがもたれたり、夜遅くにピザ屋に行ったりしたときに、わたしがよく頼むのが、このinsalatonaで、パンもついてくるので、野菜もたんぱく質類も、そして穀類もバランスよくとることができます。

 我が家では、夫も昼食を取るときは基本的にパスタを作りますが、夕食ではセコンドと野菜料理を用意し、夫はパンと、わたしは玄米ごはんと食べるようにしています。時にはリゾットやチャーハン、巻き寿司などを作るので、そういうときには夫もごはんを食べるのですが、白米や玄米のごはんだけを食べることには抵抗があるようです。週に1、2度は、たんぱく質の豊富な豆類のスープをセコンドの代わりに食べるのですが、そう言えば、夏は暑いので、最近は豆スープを作っていませんでした。

 どうも話がそれましたが、今晩のハンバーグもモヤシ入りにして、できるだけ早くモヤシを食べてしまって、モヤシ栽培に移り、皆さんに結果をご報告できたらと思っています。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2010-09-08 17:30 | Gastronomia | Trackback | Comments(2)

朝顔とテラスの夕食

 庭のテラスに、夫が竹と鉢植えのジャスミンを利用して作り上げたアーチについては、以前にも写真でご紹介しました。(記事はこちら

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 そのジャスミンが植わる土に、夫が朝顔の種をまいたのですが、最近になって、ようやくこの朝顔の花を、毎朝楽しめるようになりました。

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 遅咲きのジャスミンの花が終わった頃から、ちょうど朝顔の花が美しく咲き始めました。さわやかな空色の花が、白く縁取られた淡い緑色のジャスミンの葉と、やさしく調和しています。

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 椿やアジサイ、桜と並んで、朝顔も懐かしい日本を感じさせてくれます。小学校の宿題で植木鉢に育てた朝顔、その観察日記を毎日書かなければならなかった朝顔は、赤かったような紫色だったような。いずれにせよ、淡く優しいパステル・カラーの朝顔は、わたしが認識していた「朝顔の色」の中にはなかったので、少し意外でした。

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 空のように、そして湖の水面のように淡いこの色が、わたしも好きです。イタリアでも、夏には、朝顔で垣根を覆っている家を時々見かけます。ただ、この場合も赤・紫・紺と色が鮮やかな場合が多く、木の格子に絡ませたり、緑色の鉄網の塀に絡ませたりしてあることがほとんどです。

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 竹とジャスミンでアーチを作り、さらに淡い空色の朝顔で飾った夫の、その独創性と和洋の様式を巧みに組み合わせた技に敬服。この優しい色に囲まれたテラスで、もっと時間を過ごしたいところですが、蚊がとても多いので、今のところは、もっぱらアイスクリームを二人で食べるときに活用しています。

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 去年の夏は、もっとしばしば食事をテラスで取りました。風が通って涼しいし、外のおいしい空気や眺めも楽しめます。手前の料理は、ナスとズッキーニを薄切りにして、グリルで網焼きにし、塩を振り、パセリとニンニクをみじん切りしたものを散りばめた上から、オリーブ・オイルをたっぷりかけたものです。準備するのに時間はかかりますが、長く保存もできるし、畑から採りたての旬の野菜のおいしさを十分に味わうことができます。

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 こちらは、別の日に義父母を招いて、一緒に夫手作りのピザを食べたときの写真です。ピザ作りにいそしむ夫の写真をご覧になりたい方は、こちらの記事をお読みください。

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 9月になり涼しくなりましたが、まだつぼみもたくさんあります。夫に言わせると、夏の終わりは秋分の日だそうで、その夏が終わるまでに、まだまだ朝顔が、涼やかな空色の花で、目を楽しませてくれそうです。

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# by milletti_naoko | 2010-09-07 17:03 | Fiori Piante Animali | Trackback | Comments(0)

滞在許可証よもやま話1

 氏名、国籍など、証明書に書かれる事項というのは、世界共通のように思えるのですが、実はそうではありません。

 運転免許証から身分証明書、滞在許可証まで、イタリアでは証明書のたぐいにつきものなのに、日本ではあまり考慮されない項目があります。

 それは、「出生地」(luogo di nascita)です。

 わたしの場合、出生地であり、出生届が出された市は、神奈川県川崎市なのですが、生まれた病院があっただけの話なので、この項目が証明書にあること自体にあまり意味を感じません。当時、両親は横浜に住み、父が東京の会社に勤めていたため、わたしはその通勤途上の沿線にある病院で生まれたのです。

 それはさておき、そういうわけで、わたしのイタリアの各証明書類には、出生地の項に、「KAWASAKI」と書かれています。

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写真は、ペルージャ県警察本部とミニメトロ(記事はこちら)の終着駅


 そして、県警察本部(questura)に、滞在許可証を申請しに行くと、たいてい繰り返されるのが次の場面です。

 いかめしい顔つきをした警官が、申請書を見て、急にうれしそうな顔をして、両手を握りしめたかと思うと、胸の高さまで掲げて、何度かこぶしを前に回す動作をして、バイクを走らせる真似を始めるのです。

 “KAWASAKI. La moto!”(訳すと「カワサキ。オートバイ!」)

 イタリアでは、オートバイやF1といったスポーツ、レースへの関心が、日本よりもはるかに高く、日曜日午後2時から、国営放送でオートバイ世界選手権を中継したりしています。警官になる人は、バイクへの興味も人一倍高いのでしょう。

 日本人であれば、「川崎」と聞いて、真っ先にバイクを思い浮かべることもないと思います。わたしにしても、川崎と聞いてすぐに頭に浮かぶのは、工業地帯と川崎ぜんそくです。出生地でありながら、これしか思い浮かばないのは市民の方に申し分けないのですが、地理の授業で唯一習ったのがこういうことだった気がします。

 日本と言えば、思い浮かぶ都市が、「東京(町の名前だと思い込んでいる人が多い)、大阪」、よくできた場合でも、「京都、札幌」どまりになりがちなイタリア人が多いのです。YOKOHAMAも、タイヤ・メーカーの名前としては知っていても、都市の名前として知っている人はあまりいません。KAWASAKIと見て、すぐにバイクを思い浮かべるのも、彼らにとっては、ごく当たり前のことなのでしょう。

 そこで、毎回、「川崎は都市の名前であって、バイクとは関係ないんですけれども…」と説明することになります。

 一方、この出生地は、日本の身分証明書を見ると、運転免許証にもパスポートにもありません。実はこんなささいな違いのために、今年の初めに、日本の免許証をイタリアの免許証に書き換えるときに、手続きが滞って、大騒ぎをすることになってしまいました。

 ちなみに、イタリアの従来の紙製の身分証明書には、姓名、出生地と並んで、目の色や髪の色を書くところもあります。日本と違って、髪や瞳の色がさまざまで、これが人を特定する決め手になったからでしょう。ただし、近年できたプラスチック製の証明書には、この項目はありません。特に女性は、老若を問わず髪を染める人が多いし、目の色もコンタクトで見た目を変えられるからでしょうか。

 イタリアの身分証明書(carta d’identità)に、今も昔も相変わらず記載事項として存在するのが、身長です。イタリアでは、身分証明書の申請に限らず、身長を聞かれること時々あって、そのたびに153.5と答えていたのですが、そのたびに、「あ、153ね」と小数点以下を切り下げられるので、最近では、最初から自分で切り上げて「154」と答えています。ただでさえ背が低いのに、貴重な0.5cmを削除されるのに、こうして抵抗するわけです。

 日本では、身長・体重測定で、必ず小数点第一位までは記入すると思うので、やはりこういうところでも、イタリアは大ざっぱだという気がします。「0.5にこだわるところが日本人だ」と言われることもあって、確かにこの微妙な違いが何かに影響するかというと、そういうわけでもないのですが……

 大らかというか大ざっぱなのは、小銭の扱いも同じです。わたしはこれまで日本で、最後の1円まで正確である店や銀行に慣れていたので、イタリアの商店や銀行で、「ああ、2セントはいらないよ。切りがいいから11ユーロだけ払えばいい」と言われたり、逆に、小銭がないからといって、1セントや2セント不足する金額のお釣りや現金(銀行の場合)を渡されたりすると、今も当惑します。

 「大勢の客がレジに並んでいるので、いちいち小銭の勘定をするよりも、1の位は無視して手早く済ませよう」、「小銭がない」というのが、その理由らしいのですが、やはり、そういう細かい部分から、国や国民の正確さの方向が決まってくるような気がしてなりません。

 大体、あとでレジをしめるときに、勘定が合わないのではないだろうか。けれども、売り上げをごまかし、税金を少なく払おうとして、レシートをよこさなかったり、支払額よりかなり低い金額の領収書を平気で渡したりする店主もいるのです。一度、二人で200ユーロほど買い物をして、帰ってからレシートに20ユーロと書いてあって、あきれたこともあります。

 最後の1セントまできちんと払おうとする店員や銀行員も大勢いますので、念のため、ここに書いておきます。

 話がだいぶずれてしまいましたが、滞在許可証については、申請や受領に苦労することも多い一方、少しおもしろい話や、とんでもない、笑うに笑えない話も時々あります。今回は、その第一話をお届けしました。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2010-09-06 16:49 | Sistemi & procedure | Trackback | Comments(2)

富沢選手事故死、サンマリノGP

イタリア時間で昨日、午後2時から行われたオートバイ世界選手権、サンマリノGPのモト2クラス決勝レースで、まだ若き日本人レーサー、富沢祥也選手が、転倒した上、後続のバイク2台にひかれ、無念にも19歳の若さで夭折しました。

 今年新設されたモト2クラス(600cc)で走り、4月の開幕戦カタールGPでは、優勝も果たし、日本の新星として期待されていた選手とのことです。

 若い盛りで、まだまだこれからというときに、命を落とされた富沢選手のご冥福を心からお祈りすると共に、ご家族や親しかった方に心からお悔やみを申し上げます。

 イタリアの新聞各紙も、富沢選手の事故死を悼む記事を載せています。当たり前のことですが、レース結果にはほとんど触れていませんし、他の選手たちも、「こういう事故が起こったときは、それ以外のことは重要でなくなる」と語っています。

 今回は、日本の報道には今のところ見られず、イタリアの報道のみに見受けられる内容について、お知らせします。同じレースを走った選手の多くが、富沢選手の死を悼んでいることが分かれば、悲しみは尽きないものの、わずかでも気持ちが慰められるのではないかと思うからです。

 同じレースを走っていた選手の数々が、レース後に初めて、富沢選手の死を知り、「選手の死が惜しく痛ましい。悲しみに言葉もない。」と語っています。

 転倒した富沢選手を避け切れなかったデ・アンジェリスは、「ちょうど全員がフルスピードで走っていたときで、富沢が転倒したとき、彼自身ではなくバイクをはねようと全力を尽くした。僕自身は無傷。信じられない。」と語っています。「祥也に起こった事故については、本当に打ち砕かれたような気持ちでいっぱいです。彼の家族と彼を大切に思っていたすべての人々に、心からお悔やみを申し上げます。」

 la Repubblica.itの記事は、富沢選手が重傷を負ったのがすぐにも明らかであったのに、レースが続行されたことに憤慨。記事本文が、「恥じるべきオートバイ世界選手権」(Vergogna motomondiale)という言葉で始まり、同じくレースは中断されるべきであったと語るヴァレンティーノ・ロッシの言葉を引用しています。

 情報源としたイタリア語のオンライン記事は、以下の三つです。リンクと共に、見出しと副見出しの訳を「 」内に添えておきます。(わたし自身が、見出しらしい訳を心がけて、訳したものです。)


・CORRIERE DELLA SERA.it(記事へのリンクはこちら

「サンマリノGP、モト2クラス決勝の悲惨な事故のあと、富沢選手死亡

 日本人レーサーはバイクを制御しきれず、レディングにはねられた。デ・アンジェリスも事故に関与。」


・la Repubblica.it(記事へのリンクはこちら

「モト2クラス決勝で、富沢選手が事故死
 それでも勝利を祝うオートバイ世界選手権

 モト2クラス決勝で、悲劇的な事故。シューター・チームのレーサーが後続の二人にはねられた。大変な重傷であることがすぐに見てとれたのに、レースは中断されなかった。オートバイ世界選手権は、まるで何事もなかったかのように行われ、レース後には表彰台上で、祝杯さえあげた。ヴァレンティーノ・ロッシ自身こう語っている。『モト2クラス決勝は中断されるべきだった。赤旗が必要だった。なぜ(石井註:レースを中断するために)赤旗が上がらなかったのか理解できない。』」


・La Gazzetta dello Sport.it(記事へのリンクはこちら

「ミサノ、富沢選手死亡 ― モト2クラス決勝における悲劇

  日本人レーサーは、エリアスがのち勝利を飾ったグランプリ中に起こった恐ろしい事故で生き延びることができなかった。19歳のレーサーは、後続のデ・アンジェリスとレディングにもろにひかれた。蘇生術もリッチョーネの病院への搬送も無駄に終わった。」


 富沢選手の活躍や事故の詳細については、以下の日本語の記事を参考にしてください。

・時事ドットコム(記事へのリンクはこちら

「19歳富沢選手が事故死=オートバイ・サンマリノGP-イタリア」

・F1-Gate.com(記事へのリンクはこちら

「富沢祥也、レース中に事故死 (Moto2)」

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2010-09-06 13:14 | Notizie & Curiosità | Trackback | Comments(0)

あるイタリア人学生の質問

 9月1日水曜日は、わたしの担当する「日本語と日本文化」の試験日だったので、朝早くバスを乗り継いで、試験会場に赴きました。

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 会場で、いつもお世話になっている語学助手の先生にごあいさつ。

 もともと今回は受験登録している学生がいない上に、まだ帰省している学生も多いため、「おそらくは誰も来ないだろう。」と二人とも思いはしたのですが、念のため、30分間だけ、来るかもしれない学生を待つことにしました。

 イタリアの大学では、各教科について、担当教員が、年に数回の試験日を設けています。ですから、学生は、自分が都合のいいとき、自分に受ける準備ができたときを選んで、試験を受けることができます。

 わたしが教える日本語の場合には、授業が終わってすぐの方が、筆記試験にせよ、口頭試験にせよ、頭によく残り、練習もできているために、大半の学生が、授業が終わって最初の試験(今年の場合は、6月1日)に挑戦します。ほとんどの学生が合格するのですが、受からなくても、あと4回、他の試験日があるので、その日までに勉強をしっかりすればいいわけです。

 ペルージャ外国人大学の学士取得課程(Corso di laurea)は、少なくともわたしが教える学部については、ほとんどがイタリア人学生で、外国人学生も数人います。

 イタリア人学生には南部を中心に、遠くからペルージャに来て、下宿をしている学生がおり、そういう学生は、夏休み中はまずは自宅の父母のもとに帰省。外国人学生も、特に近くのヨーロッパ圏から来ている学生については長期休暇にはよく帰省します。ペルージャやウンブリア近辺の学生についても、夏休みは旅行をしたり、バイトをしたり……

 というわけですから、試験がまったくない8月が終わったばかりの9月の初日には、来る学生が少なかろうと、予想はしていました。

 受験登録もせず来る学生や、試験時間に遅れて来る学生がいても、それは、受験の対象外、と考えるのは、日本の常識を適用しての話です。

 イタリアのことだから、「ひょっとしてオンラインの受験登録システムに不備があって、受験登録できなかった学生がいるかもしれない」、「バスや電車が遅れて、少し遅れてくる学生がいるかもしれない」と、柔軟に対応をする必要があります。

 甘いと言えば、甘いし、実際の規則としては、「試験開始時刻に、試験官の点呼に答えない学生は、受験の資格がない」はずであり、かつ、「試験4日前の締め切りまでに、受験登録をしていなければ、受験資格がない」はずなのですが、

にも関わらず、大学側に、

「誰も受験登録者がいない場合には、試験会場に行かなくてもいいですか。」

と尋ねて、

「いいえ、誰か学生がいるかもしれないので、必ず会場に行ってください。」

と言われたことがあります。

 ということは、裏を返すと、受験登録をしていなくても、試験を受けに来た学生に受験資格を与えなさいということかと思うのです。

 ただし、「何度も試みたのに、オンライン登録できませんでした」と言う学生はともかく、「……先生は、登録をしなくても受けさせてくれたのに」とか、「うっかりしていて受験登録の締め切りが過ぎてしまいました。」という学生には、みっちり言い聞かせて、規則をしっかり守るように言い聞かせます。

 こうやって、遅れや不備を大目に見ていることが、結局、今後のイタリア社会で、さまざまなサービスの遅延や不足につながるのではないかというを危惧を抱きつつも、とにかく、9月1日は、30分だけ、誰か来ないかと待ってみました。

 待っている間、語学助手の先生とおしゃべり。前回の7月の試験では、筆記試験中に、ひそひそ声ではあるけれども、長い間雑談をしてしまい、気が引けたのですが、今回は誰も学生がいないので、気兼ねなくおしゃべりをします。

 ペルージャで日本料理の調味料はどこで買うかとか、ズッキーニの花を衣で揚げるには、衣を作るのに、水道水の代わりに炭酸水かビールを使うと、泡のおかげで、ふんわりとかつカラッと仕上がって、とてもおいしいとか、いろいろ教えていただいて、とてもいい情報交換ができました。

 授業でお世話になっているので、ふだんから話す機会は多いのですが、授業や試験のあるときは、どうしても学生や授業、仕事の話で持ち切りになってしまいます。

 それが、こんな機会のおかげで、たくさんとりとめもないおしゃべりを日本語ですることができて、お互いにイタリアで暮らしていて思うことや、生活上の工夫などを言い合うことができて、何だかとてもうれしかったです。

 イチジクが好きだと言うので、ぜひもう一人の助手の先生と一緒に、イチジクの季節の間に我が家に来てください、とご招待。

 30分のはずが話が弾んで、結局は2時間以上、受験会場の教室でおしゃべりを続けてから、あいさつをして別れました。そう、誰一人学生が、受験に訪れなかったのです。

 帰宅途中のバスに乗った途端、向こうから大声であいさつして、近づいてくる若者がいます。

 誰かなと思ったら、昨年、一昨年と教えた男子学生でした。

 「先生、ぼく、もうすぐ日本に留学するんですけど、何を持って行けばいいんでしょうか。」

と、あいさつのあと、勢い込んで学生が尋ねます。ちなみに、学生との会話はイタリア語です。

  日本にお土産に持って行くものや勉強に必要なものについて、聞きたいのかな、と思ったら、

 「オリーブ・オイル、持って行くべきでしょうか。」

 確かに日本は食料品が高い上、オリーブ・オイルは何倍も値が張るけれども、

 「でも、日本で毎日イタリア料理を作って食べるつもりですか。」
 
 「日本は確かに食料品は高いけれど、外食すると、イタリアよりもかえって安くつく場合が多いから……」

 と言うと、

 「そうですよね。毎日自炊をするわけでもないし……」

 わたしはそのとき、窓の外を見やって、自分が乗り換えるべきバス停が近いことに気づきました。

 「あ、わたし、ここで降りなきゃ。」

 学生がすぐにブザーを押してくれて、あいさつを交わしたあと、そのバス停で降りることができました。

 それにしても、オリーブオイルとは!

 確かに、イタリア人は、特に年のいった人ほど、イタリア料理へのこだわりが多い人が増えるし、イタリア南部出身で、ペルージャに住む学生や社会人には、故郷に帰るたびに、自宅から、自家製のオリーブ・オイル、瓶詰めのトマト、母の手作りのお菓子や保存食の数々を大量に運び込んでくる人も多いのですが……

 まだ二十歳を超えたばかりの若者が、日本に持って行くべきものとして真っ先に、オリーブ・オイルを思い浮かべるとは、思いもしなかったので、びっくりしました。

 
 びっくりと言えば、その昔。日本文学の授業中に、『古今和歌集』を教えていたときの話です。秋の歌を教える前に、導入として、学生たちにこう尋ねました。

「皆さんは、何をきっかけに秋を感じますか。」

 わたしとしては、「赤とんぼはたぶん日本特有なので出ないだろう」とは思ったものの、紅葉など、何か季節の移り変わりを告げる自然の風物が、学生の口から出てくると思っていたのです。

 すると、学生たちの答えは、口々に、

 「TRISTEZZA(悲しさ)」

と答えます。

 「夏が終わってしまうのが悲しくて、その悲しさで秋の訪れに気がつく」

ということでした。

 照りつける太陽を愛し、夏を謳歌する国民だからでもあるでしょう。もちろん夏休みが終わるのが悲しく寂しいのは、日本でも同じだと思いますが、日本の方で、「秋の訪れを何を通して感じるか」と聞かれて、「悲しさ」と口に出る方は、こんなに多くないと思うのです。

 もちろん、秋と悲しみを歌った和歌は昔から数多くありますが、秋の訪れを「悲しさ」で感じたわけではありません。

 ちなみに、紅葉はイタリアにもあり、秋の風物ですが、虫の声は、イタリアでは夏の風物です。

 夏に黄金色に実った麦畑の間や茂った青い草の間から、にぎやかな虫の声が聞こえるので、わたしは、はたと、なぜ日本では虫が秋に鳴くのだろうと考えました。

 仮説

 日本では、夏には田んぼに水が張られていて、いるのはむしろたくさんの蛙。たとえコオロギなどの虫がたくさんいて鳴いても、蛙の大合唱にかき消されて聞こえないのではないか。愛媛県の田園地方で暮らしていた頃、夏は毎晩蛙の大合唱が聞こえていました。

 イタリアで麦が実るのは夏だけれど、日本で稲が実るのは秋だからというのも、あるかもしれない。

 と、なんとなく頭を絞って考えたのですが、夫に言わせると、わたしの思考回路は「文学的、詩的方向」に偏っていて、科学性に欠けるそうなので、もし、どなたか真相をご存じの方がいたら、どうか教えてください。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2010-09-04 00:06 | Insegnare Giapponese | Trackback | Comments(6)