イタリアの方言と日本語特訓の成果その2

 巡礼中にフランスとスペインを横断したフランコは、スペイン語は流暢ですが、フランス語はまったく知りませんでした。ですから、常識で考えると、彼が巡礼中に学ぶべき言葉は「フランス語」だったわけです。ところが、巡礼前のフランコには、「フランス人はイタリア人を見下すような、冷たい態度を取る」という偏見があり、フランス語を勉強する気持ちがまったくありませんでした。

 それがどうでしょう。フランコが、フランスを1か月かけて徒歩で縦断している間に出会ったフランス人は、誰もかれも心の温かい、優しい人ばかりであったということです。大きなリュックを背に歩く彼を見て、興味を持って話しかける人、見返りを期待せずに助けようとしてくれる人。フランスのプロヴァンス地方も風景が美しく、ぜひもう一度帰りたいとのことです。ステレオタイプの限界と恐ろしさ。出会いが突き崩してくれる偏見の壁。ちなみに、ゼロから出発したフランス語も、初めはまったく言葉が通じずに苦労したものの、1か月かけてフランスを縦断するうち、簡単な会話なら交わせるようになったとのことです。それでも流暢に話せるスペイン語圏に入ったときは、「ようやく言葉が通じる場所に来た!」と、ほっとしたとか。

 巡礼前、こう考えていたフランコは、「3か月歩き続ける時間を利用して、日本語を勉強しよう。」と考えたのでした。そして、出発前から何度もわたしに、「巡礼中に、繰り返し聞いて日本語を覚えたいから、iPodに会話表現を吹き込んでくれ。」と、頼んでいました。

 わたしは最初、まったく本気にしていませんでした。その理由は、
1.巡礼中に必要なのは、日本語ではなくフランス語であり、
2.繰り返し聞いて丸暗記するという学習方法に、わたしは懐疑的であり、
さらに、
3.フランコが読んで録音してほしいという本に、非常に問題があったからです。

 3はイタリア人向けの、Lonely Planetの日本語旅行会話ポケットブック。この本は手元にありませんが、ギリシャ語旅行会話用ならわたしも持っているので、こちらの写真を載せておきます。

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 旅行に行って、自分が言いたい文章を探すという「辞書的」使い方をするだけなら、非常に役立ちます。実際、ギリシャ語版は、ギリシャ旅行中に重宝しました。けれども、この日本語版は、入門者が日本語学習に使おうには、非常に問題がある本なのです。

 まず、簡単に言えばすむことを、わざと難しい表現を並べ立ててあるという印象を受けました。文章自体ははっきり覚えていませんが、たとえば、「映画に行きませんか。」と言えばいいのに、「映画に行きたいと思いますが、どうですか」と書き、「駅はどこですか。」と言えばすむところを「駅にどう行けばいいか、教えていただけませんか。」と書いてあるといった具合なのです。構文も語彙も、入門者には複雑すぎるし、例文の並び方も、学習効率がひどく悪いものとなっています。

 余談ですが、Lonely Planetのイタリア人向け旅行会話集に共通して言える、「おい、これは何だ」という特徴があります。これは日本語版でもギリシャ語版でも同じで、わたしはどなたか他の国の人を対象にした会話集をお持ちの方に、その本ではどう扱われているかをお聞きしたいと思います。「言葉もよく知らぬ国を旅行する」ための旅行会話集に、なぜか「amore e sesso」という章があって、「以前にもどこかで会ったような気がします」というせりふはまだいいとして、実際に床を共にすることになった際の、具体的な相手への要求やその最中や後に言うべき表現まで、いろいろと書き並べてあるのです。

 日本人向けの旅行会話集は、こういう表現・場面は扱わないだろうと思うのです。これが、この会話集を作ったLonely Planet社の旅行会話集の編集基本方針なのか、それとも、イタリア人相手のイタリア語版にだけ、こういう章立てがあるのか、疑問です。さらに、もし後者だとしたら、それがイタリア人利用者の希望によるものか、それとも、Lonely Planet社側のイタリア人に対する偏見から生まれたものか、それを知りたい気がします。もしお手元に、イタリア語以外で書かれたこのポケットブックをお持ちの方がいたら、その本にもこうした項目があるかどうか教えていただけると幸いです。

⇒「その3」につづく(リンクはこちら

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# by milletti_naoko | 2010-11-15 21:25 | Altro | Trackback | Comments(2)

週末は助っ人参上!

 11月12日金曜日、わたしは「オリーブ収穫用カゴ」(記事はこちら)の正しい使い方を、初めて知りました。

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 なるほど、こうして肩から斜めにかけるのであれば、首が痛くなることもありません。左肩のこりやすいわたしには、難しいかけ方ではあります。

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 この日の午後は、義弟パオロの奥さん(記事はこちら)も、カゴいっぱいのオリーブを収穫。母国エクアドルではおじさんが広大なコーヒー畑を所有しているそうで、採れたての豆を炒る様子も、ビデオで見せてもらいました。

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 ハシゴに背をもたせかけて、オリーブの収穫。最も長い間、そして最も忙しくオリーブを摘んでいるのは、わたしの夫です。数日雨が続いた後、ようやく雨の降らない日が訪れたので、この日も仕事を休み、朝から日暮れまで作業を続けます。

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 この日夫がハシゴを立てかけた木には、低く垂れた枝にもいっぱいにオリーブの実がなっていました。そこで、わたしは、時には身をかがめながら、時には背を伸ばしながら、一緒に同じ木のオリーブを摘みました。

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 お義母さんも、慣れた手つきで、次々にオリーブを摘み、カゴをいっぱいにしていきます。

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 皆の協力のおかげで、1日に4箱近くものオリーブを収穫することができました。

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 11月13日土曜日は、久しぶりの快晴。黄色く色づいた葉が美しいのは、イチジクの木です。

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 子猫たちもうれしそうに、日なたぼっこ。

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 柿の実が少しずつ熟していきます。

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 週末は、2600kmの巡礼の旅を終えて間もないフランコ(記事はこちら)が、はるばるリミニから、オリーブ収穫を手伝いに来てくれました。日が照って暑かったからか、半袖のTシャツで作業しているのがフランコで、青い作業着でオリーブを摘んでいるのが、わたしの夫です。お義父さんは、作業現場を監督し、皆がハシゴを安全に立てかけるように指導しています。

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 土曜日は、夫のもう一人の弟、マルコもトーディから駆けつけ、朝から日暮れまで、ハシゴの上で活躍。

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 パオロは、ぺルジーナのチョコレート工場での夜勤のあと、午前中睡眠をとったあとで、参加。上の写真では、木に登って、オリーブを摘んでいます。

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 わたしも木やハシゴに登って、オリーブを収穫。この日は人数も多く、余裕があったので、ようやく夫に、オリーブを摘むわたしの写真を撮ってもらうことができました。

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 1日の作業を終えるのは、日が沈んで、薄暗くなり始める頃です。

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 夕焼けを撮影しようと、窓を開けると、

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 お義母さんが、猫たちにエサと水をやっているところでした。

 今日、11月14日日曜日は、ルイージ、パオロ、フランコの3人が、お義父さんと共に、朝からオリーブの収穫。今日の昼食は、フランコとトーディのマルコの家族だけではなく、他にも4人お客さんがいて、合計16人。

 というわけで、女たちは家で、午前中は昼食の準備、午後は後片づけ。

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 昼食後は、マルコの娘である姪っ子たちも、父と一緒にしばらくオリーブの収穫を手伝いました。

 日暮れまで、夫たちと共に、オリーブ収穫に大活躍してくれたフランコも、午後6時ごろ、帰途につきました。優しく頼れる得がたい友人に、皆感謝しながら見送りました。巡礼の道中の興味深いエピソードも、この2日間にたくさん語ってくれました。今度はノルウェーで巡礼をしたいとのことで、わたしたちも誘われましたが、やはりまずはサンティアーゴ・デ・コンポステーラまで歩いてみたい、という気持ちが、フランコの話を聞いて、さらに強くなりました。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2010-11-14 23:50 | Famiglia | Trackback | Comments(8)

イタリアの方言と日本語特訓の成果その1

 フランコが、3か月、2600kmの巡礼の旅の間に横断した国は、イタリア・フランス・スペインです。(記事はこちら

 イタリア人で母語がイタリア語ですから、旅行先で必要だった外国語は、フランス語とスペイン語です。ちなみに、フランコの母語はイタリア語ですが、彼の兄、ロベルトの母語はイタリア語ではありません。生まれ育ったリミニ県、イジェア・マリーナの方言です。フランコの両親は、家ではいつも方言で話していたのですが、ロベルトがイタリア語で行われる小学校の授業についていけず問題になり、以来、まだ幼かったフランコたちには、家庭でもイタリア語で話すようになったそうです。フランコによると、今でも彼のお母さんは、同じ食卓に彼と兄のロベルトが二人いると、ロベルトには方言、フランコにはイタリア語で話しかけ、使い分けをしているそうです。大人になった今、ロベルトは、もちろんイタリア語も話します。

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ローマにあるフォーロ・トライアーノ、トラヤヌス帝の記念柱上部 2009/10/28

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ローマにあるフォーロ・トライアーノ、トラヤヌス帝の記念柱下部 2009/10/28

 これはとても珍しい例だと思います。ただ、「イタリア人は皆2か国語を話す」と語る言語学者はたくさんいます。この「2か国語」は、原則的には「イタリア語」と「方言」のことです。実は、イタリア国内には、歴史的な経緯などから、イタリア語以外の言語も、イタリア語と共に併用されている自治体がいくつかあり、こういう地域は除いての話です。こうして公用語に採用された言語の例には、たとえば、Alto Adigeのドイツ語、Val d’Aostaのフランス語などがあります。

 「2か国語? なぜ単なる方言を言語とみなすのか」と言う方がいらっしゃるかもしれません。実は、日本語の方言とイタリア語の方言では、かなり歴史と性質が異なります。

 日本という国は、北海道や沖縄などの一部を除いては、途中政権が変わったことこそたびたびあれ、もう十何世紀もの間、統一政権のもとにあります。長い間、日本語と共に、中国語が公用文書でも、詩文でも用いられてきたという事実はありますが、これはあくまで書き言葉としての話であり、話し言葉は、原則として、日本語だけでした。日本各地にあるさまざまな方言は、この同じ日本語がそれぞれの土地で変化を遂げて、生まれたものです。

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ローマにあるサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂 2009/10/28

 一方、イタリアに存在するナポリ、ローマを始めとする各地の方言は、こうした日本語の方言とはかなり性質が異なります。詳しくは、メルマガ第20号の記事(リンクはこちら)にすでに書きましたが、イタリアという国は、西476年のローマ帝国崩壊以来、ずっと行政的に、さまざまな地方に分断されていました。小国が林立し、あるいは、そのうちいくつかの地方が大国の支配下にあり、そういう政治的に分断された状態が、1861年のイタリア統一まで続きました。このイタリア統一まで、ナポリやローマ、ミラノなど、イタリアの各地域で話されていた言葉は、古代ローマ帝国時代の話し言葉であった俗ラテン語から、それぞれの地で異なる発展・変容を遂げて生まれた言語です。

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ローマにあるサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂、回廊 2009/10/28

 現代イタリア語は、フィレンツェ語(フィレンツェ方言)から方言的要素を取り除いて作られたものですが、このフィレンツェ語もやはり、同じ俗ラテン語から発展してできた言語です。ですから、ナポリ方言、ローマ方言など、現在イタリア各地で「方言」と呼ばれるものは、同じ祖語から、フィレンツェ語とは平行に発展して生まれた、れっきとした言語だったのです。ちょうど、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語などのロマンス諸言語が、同じく俗ラテン語から、それぞれの地域で、独自の変容・発展を遂げて生まれた言語であるように。

 イタリア統一までは、それぞれが独立した国、あるいは強大な外国の統治下にあった地域であり、ナポリ語もミラノ語も、それぞれの国、地方のれっきとした一言語だったのです。1861年にイタリア統一、ついで、フィレンツェ語を基盤とするイタリア語が公用語と決定。そのときになって、それまでは「言語」であったものが、姉妹言語であるフィレンツェ語を基盤とする「イタリア語に従属する方言」に、言わば「格下げ」されてしまったわけです。イタリア語の基盤として、フィレンツェ語が選ばれたのは、現在の「イタリア」にあたる地域では、16世紀以降、「14世紀のフィレンツェ語」が、共通の書き言葉として用いられていたからです。(詳しくはメルマガ第20号をご覧ください。)

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ローマにあるヴィットリアーノ(V. エマヌエーレ2世記念堂) 2009/10/28

 「イタリア語」という言語自体が、イタリアという国の誕生と共に生まれた言語であるため、イタリア統一の時点では、イタリア語を使用できたのは、国民のごく一部でした。新しい言語の基盤となる言葉を話していたフィレンツェおよび周辺の国民、そして、当時のイタリア国内で書き言葉を使用できた一握りの階級の人々、それだけだったのです。統一当時のイタリア語使用人口は、2.5~2.6パーセントとも、約10パーセントとも言われていています。

 一方、現在では、逆に、方言しか用いないイタリア人は、6~7パーセント、イタリア語だけを用いる人は40パーセント(戦後は8パーセント)。ですから、残り半数のイタリア人は、イタリア語と方言を、話し相手や場によって、使い分けているという勘定になります。統一から150年の間に、兵役や南部から北部への移住、そして、ラジオ・テレビ放送などのおかげで、イタリア語がイタリア全土に普及し、現在では、イタリア語使用人口が、国民の90パーセント以上を占めるようになりました。

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ローマにある大統領官邸、クイリナーレ宮(Palazzo Quirinale) 2009/10/28

 フランコが生まれたのは、ちょうどイタリアの一般家庭にテレビが普及し始めて、地域でも「イタリア語」を耳にすることが多くなり始めた過渡期です。イタリア国内でのイタリア語の普及に、テレビ放送が大きな役割を持っていたことは、よく言われます。逆に、お兄さんのロベルトが生まれた頃は、まだイタリア語を耳にする機会も少なく、ご両親も、方言だけで暮らしていたわけです。イタリア国内でのイタリア語の普及の状況を、フランコの一家が象徴しているような気がして、なんだか興味深く、フランコの「我が家ではぼくと兄さんへに使う言葉を、母さんが使い分ける。」という話を聞きました。

 というわけで、フランコは、イタリア語が母語であり、自分の地域の方言は聞いて分かるけれど、方言を自分で話すことはできない、と言っていました。1960~1970年代は、ちょうど各地で方言が弾圧されていた時代でもあります。各地の方言を見直そう、大切にしようという動きが出てきたのは、ごく最近のことです。 

⇒「イタリアの方言と日本語特訓の成果その2」につづく(リンクはこちら

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2010-11-13 01:08 | Lingua Italiana | Trackback | Comments(13)

巡礼のよろこび

 3か月、2600kmの巡礼の旅に挑んだ我らが友人、フランコ。8月9日にリミニの自宅から、スペインのサンティアーゴ・デ・コンポステーラを目指して、毎日数十キロメートルを歩いていたわけですが、10月31日日曜日に、無事サンティアーゴに到着しました。

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 この3か月の間には、フランコが滞在する場所まで車で行って、共に一泊し、しばらく一緒に歩いたこともあるし、時々電話で連絡を取り合っていました。

 長い旅の末、ようやく自宅に戻ったフランコと電話で話すと、「巡礼中は、歩くたびに風景が変わり、たくさんの人に出会い、毎日があっという間で、もう何年も旅を続けているような気がした。それが、こうしてうちに帰って、仕事や毎日の生活に戻ると、1日が本当に長い。」密度の濃い巡礼の間は、時の流れ方が非常に早かったとのことでした。毎日30~50kmも、20kg近くもある重いリュックを背に歩いたわけですから、体が痛んだ日ももちろんあったそうですが、気にせずに歩き抜き、「毎日充実した、すばらしい旅であった」と、その感慨を語ってくれました。

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 そうして電話で話した翌日に、巡礼先からの絵はがきも、我が家に届きました。

 2か月は一人で歩いたフランコですが、10月始めには船長スピーディが、10月27日には、マヌエーラを始めとする6人が巡礼に加わり、サンティアーゴまで、8人で共に歩いたあと、さらに、フィニステッレまで巡礼の旅を続けました。

 Finisterreという地名は「大地の終わり」を意味します。スペインの最西端の一つで、向こうには果てしない大西洋が広がっています。フランコからの絵はがきには、「大地は終わっても、夢は終わらない」とありました。巡礼中に、サンティアーゴからイェルサレムを目指して歩く人に何人か出会い、さらなる巡礼の目標を見つけたからかもしれません。

 サンティアーゴまでの巡礼を果たしたあとは、さらにこのフィニステッレまで歩いて、大西洋の水を浴び、身体を清め、巡礼中に身に着けていた服を燃やして、砂浜で、サンティアーゴ巡礼の象徴でもある貝殻を拾い、巡礼の証とする伝統があるそうです。マヌエーラは、「11月の初めで、海の水は冷たかったけれど、それでも冷たい水で身を清め、さらに聖人の像を2回抱きしめて、感慨で胸がいっぱいになった」と語ってくれました。巡礼の旅は、体を鍛え、たくさんの感動を与えてくれ、心の精進になった、と。

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 友人たちの、充足感に満ちた喜びの声を聞きながら、わたしたちもいつか、皆と一緒に、あるいは二人で、この巡礼を経験してみたいと、思いました。

関連記事
・「サンティアーゴ巡礼、2600kmを歩く旅」(リンクはこちら
・「旅立ちの時」(リンクはこちら
・「フランコ訪ねて1、森の幸満つ湖」(リンクはこちら

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2010-11-12 12:14 | Cammino di Santiago | Trackback | Comments(4)

オリーブ収穫3日目

11月7日日曜日。この日は朝早くから、兄弟が共同作業。

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 夫と弟のパオロが、同じオリーブの木にハシゴを立てかけ、時々おしゃべりもしながら、オリーブを摘んでいきます。いえ、下に広げた網の上に、落としていきます。(詳しくは記事、「いざ、オリーブ収穫!」

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 ハシゴをオリーブの木から遠いところに立てたのは、木の周囲がレタス畑になっているからです。しかも、野菜畑が急な斜面にあるため、長い長いハシゴが何とか木にもたれかけているという風情です。大道芸とは言いませんが、二人とも、微妙なバランスを取りながら、やや無理な姿勢で、それでも、次々にオリーブの実を、枝から落としていきます。

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 近くの畑では、お義父さんがソラマメを植えていました。

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 耕した畑の土を掘り返して、ソラマメをまき、その上に土をかけます。

 11月2日の「死者の日」、故人を追悼する日に、お義母さんの家では、代々ソラマメのスープを食べる習慣があることは、以前に書きました。(記事はこちら)義母によると、冷凍庫のなかった昔は、乾燥豆を使ってスープを作っていたけれども、生や冷凍のソラマメで作ったスープとはかなり違う味がして、乾燥豆ではない方がスープがおいしいとのことです。

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 わたしはと言えば、夫たちが作業する近くにあるオリーブの木々の間を回り、低い枝になっている実を摘んでいきました。その際に利用したのが、こちらのカゴです。バラの花は、茎が折れていたので、摘んで家に飾ることにしました。

 カゴの手提げの部分に、古いベルトがつけてあるのはなぜかと言うと、

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 ベルトの輪に頭を通して、カゴを首からかけ、摘み取ったオリーブを、手早くカゴに入れられるようにするためです。ベルトも服も同じ茶色で、分かりづらいのですが、写真では、緑の矢印でベルトを示しています。

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 というわけで、わたしは、首からカゴをぶらさげながら、オリーブの木々の間を回りました。

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 木の高みになっている実は、背伸びしながら、しなやかなオリーブの枝をつかんで引き下ろし、もう一方の手で摘み取ります。

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 こちらは再び、兄弟が力を合わせて、収穫しているオリーブの木です。上の方に行くほど、オリーブの実が大きく、黒々としているのが、お分かりでしょうか。

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 昼食の時間が近づいた上、空がかき曇り、午後は雨という予報が出ていたため、木にはまだ実がたくさん残っているものの、作業を終了。網の端を持ち上げて、オリーブの実を一箇所に寄せ集めたあと、二人はざっと見て、目につく葉や大きい枝を取り除いていきます。搾油場の機械が、後できちんと枝や葉を取り除くからです。

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 それから、夫が網の上のオリーブを、手早く箱の中にかき入れていきます。

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 箱に入らなかった分は、とりあえずわたしが首からさげていたカゴの中に入れて、運びました。

 幸い、収穫したオリーブを運び込み、網を片づけてしばらくしてから、雨が降り始めました。日曜日なので、義父母宅で、お義母さんが準備してくれた昼食を、一緒に食べました。

 以後は、雨の日が続いているため、オリーブの収穫はお休みです。

 月曜から火曜にかけて、義父、夫あるいは義弟が、何度かオリーブを搾油場へと車で運んだのですが、搾油場前に、オリーブを運ぶ車が長い列をなしていたり、その日のうちにはできないと言われたりして、昨日の午後、3度目の訪問で、ようやくオリーブの実を引き取ってもらいました。11月5日から7日午前中まで、2日半で収穫した我が家のオリーブは、枝や葉を機械が取り除いたあとの重量が、131kgだったそうです。夫によると、日数が経つほど、オリーブの実が乾燥して重量が軽くなる上、発酵し始めるので、収穫後できるだけすぐに搾油場に運ぶのが、望ましいとのことです。

 ともあれ、連日これほど列ができるということは、付近一帯で皆がオリーブの収穫をしているのだと、ウンブリア州のオリーブ園の多さを改めて思いました。

⇒記事、「週末は助っ人参上!」につづく(リンクはこちら

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2010-11-10 21:37 | Famiglia | Trackback | Comments(16)


日本語教師・通訳・翻訳家。元高校国語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより


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Naoko Ishii
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