Made in Italyの危機 

 ~onestoさんのコメントにお答えして~

(今回添える写真は、我が家の歴史・伝統あるイタリア国産製品の数々です。)
      夫の家族が40年にわたって愛用し続け、いまなお健在なFIAT500

 コメントありがとうございます。国による賃金の格差については、国ごとに物価が著しく異なり、物価に応じて必要な生活費も変わってくるため、物価が高い国は賃金が高く、物価の安い国では賃金が安くなるのはある意味仕方のないことかと思います。

 昔、日本が経済成長を遂げることができ、輸出を伸ばした時期にも、最初は「品質」よりも「価格の安さ」を売りにしていたようです。ただ、問題は、たとえばこの中国の賃金の低さが、しばしば労働者が搾取されている結果、つまり劣悪な労働環境の中で長時間労働を余儀なくされながらも、それに見合うだけの賃金を得られない結果だということだと思います。安全管理や人権擁護に必要な経費を抑えて、「安くさえあればいい」という姿勢が、「中国が世界の工場」となりつつある現在、世界中の国の人々の健康や環境に悪影響を及ぼしているわけで、この姿勢を「たとえコストが増えても、品質の確かなものを、労働者の人権と環境に配慮しながら作ろう」という姿勢に変えていく必要があると思います。
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     夫の母方の祖父(ウンブリア州北部Reschio出身)の手になる食器棚

 実は、イタリア経済が打撃を受けているのは、国外の企業からだけではなく、イタリア国内の潜伏工場で、劣悪極まりない労働環境で長時間わずかな賃金で働いている非合法移民(しばしば中国移民)のためでもあります。

 家具や服飾など、イタリアの各種大手メーカーが、移民を搾取するこうした工場に下請けを頼み出したために、さらに、移民が提供するのと同じ低賃金、低料金を、長い間イタリア国内で経験を積んできた該当産業の職人にも押しつけ始めたために、イタリアでは閉鎖を余儀なくされた下請け企業が無数にあり、職を失った有能な職人が何人もいます。
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    伝統の家具づくりの町、Città di Castelloの家具職人が制作した洋服ダンス

 「企業の利益でなく、国全体の利益」を優先する必要は、わたしもつくづく感じます。アリタリア航空を助けるために、借金を重ね、膨大な負債を抱えるイタリアの国庫。長年にわたって国の援助を受けておきながら、外国の自動車メーカーの買収には走るのに、国内工場を次々閉鎖しようとするFIAT。

 政治家、企業家を始め、皆が本当に国に大切なのはどういうことかを考えて、目先の私利私欲だけを求めないことが大切だと思います。
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      伝統の陶器づくりが今なお受け継がれる町、Deruta(デルータ)の陶器

(チッタ・ディ・カステッロもデルータも共にウンブリア州の町です。それぞれ家具づくり、陶器づくりがさかんで、どちらの町にも、伝統の技を生かして職人が制作した品々を売る店や工房が、あちこちに軒を並べています。) 

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# by milletti_naoko | 2010-04-14 12:55 | Sistemi & procedure | Trackback | Comments(0)

Zuppa di fagioli ~ウンブリア、伝統の味~

 今日はお義母さんが、zuppa di fagioliの作り方を伝授してくれました。
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 読みは、「ツッパ ディ ファジョーリ」。あえて、日本語に訳そうとすると、「イタリア風インゲンマメどんぶり」。

 日本料理のどんぶりものには、ごはんの上からだし汁やしょうゆで煮込んだ野菜などを回しかけますが、この料理では、薄切りのパンの上から、インゲンマメ入り野菜スープを回しかけます。
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 こちらが、かけ汁となるインゲンマメ入り野菜スープ。深めの鍋で、まずみじん切りにした玉ネギを炒め、しんなりしてきたら、さらに細かく刻んだニンジン、セロリと青菜を加え、最後にトマトを加えて、汁気がなくなるまでじっくり煮込みます。そのあと、この野菜を煮込み終わった鍋の中に、別の鍋でゆでて塩で味つけもしたインゲンマメをたっぷりの熱湯と共に加え、さらに煮込みます。そして、ほどよい加減になるように、味見しながら、塩、こしょうを適量加えます。これで、かけ汁ができあがりました。

 青菜は何でもよいのですが、今回我が家では、野菜畑で収獲したフダンソウとキャベツを使いました。また、最後に加えたインゲンマメは、一部はゆでただけの豆をそのまま、一部はゆでた豆をさらに裏ごししてから、野菜スープの中に加えています。

 このあとは地道に同じ作業を何度も繰り返していくことになります。(ティラミスにせよ、ラザーニャにせよ、イタリア料理には幾層も同じ作業を地道に繰り返すものが多いという印象があります。)
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 まずは、耐熱の深皿を準備し、底にpane raffermo(古くなって堅くなったパン)を薄切りにしたものをしきつめます。(記事にしようと思いついたのが遅かったので、写真の右側の皿にはさらにできあがったzuppaがあり、左の皿もほとんど完成に近い状態です。)

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 そして、そのパンの上から、用意しておいたインゲンマメ入り野菜スープをたっぷりと回しかけます。
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 さらに、その上から、パルメザンチーズをすりおろした粉チーズをたっぷりとふりかけます。写真に見えるのが、わたしの大好きなお義母さん。謙虚で優しく、働き者で、自分もこんなふうに年を重ねられたらいいなと思うのですが、まだまだ修行が足りません。

 以上の作業(乾パン⇒スープ⇒チーズ)を何度も繰り返して、最初の写真にあるようなzuppa di fagioliができあがります。

 野菜も豆類もたっぷりで、たいへん健康にいい上に、体も心も温まるおいしい一品です。堅くなったパンにはスープの味が染み込みやすいので、パンが熱々のスープを浴びて、温かく柔らかく、そして、うまみたっぷりになります。うちの夫の大好きな料理の一つです。

 本来は、食べ切れずに日数を経て、堅くなってしまったパン(paner raffermo)を、無駄にせずおいしく食べようという暮らしの知恵から生まれた料理なのですが、こうした古いパンを見事に活用した料理が各地方に数多くあり、このzuppa di fagioliもその一つです。ちょうど、日本でも冷ごはんを活用したお茶漬けや雑炊、炒めごはんのようなレシピがあるのと同じですね。日本はごはんの、イタリア中部はパンの文化なので、それぞれの主食を最後まで大切においしくいただくための知恵が生まれてくるわけです。
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 今日は朝から1日曇りがちで、時々雨も降りました。写真は、わたしたちの寝室の窓から撮影したものです。
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 写真の正面、庭の中央に大きな桜の木があります。この木の右側に野菜畑に下りていく小さな階段があり、この階段を下りていくと、右側には最初はリラの木、次にローズマリーの茂みがあり、そしてその次に、花盛りの様子を、写真と共にすでに何度かご紹介した桜の木が現れます。

 奥に隠れた桜の方が、庭の正面にある桜の木に比べて、かなり開花が早かったので、これまでこちらばかりを取り上げていたのですが、今は、正面の大きな桜も、一面に真っ白な美しい花を咲かせ、窓から外を見やるたびに目を喜ばせてくれます。

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# by milletti_naoko | 2010-04-13 17:34 | Gastronomia | Trackback | Comments(0)

家庭のカフェ、伝統の味のゆくえ ~老舗工場、東欧へ移転か~

 留学や仕事で長くイタリアに滞在したことがある方なら、だれもが一度は目にし、手にしたこともあるはずの、伝統の直火式コーヒー沸かし器。
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 現在ではさまざまな企業が同様の商品を製造していますが、この商品の発明と製造によって、イタリアの家庭のコーヒーに一大革命をもたらした本家はBialetti(ビアレッティ)社です。上の写真に見える右腕を高々と掲げた紳士が、ビアレッティ社のコーヒー沸かし器の目印です。写真では見にくいかと思いますが、紳士の下に大文字で「BIALETTI」と書かれています。

 1933年にビアレッティ社の創立者、アルフォンソ・ビアレッティが発明。この発明以前に、イタリアの家庭でコーヒーを沸かすの使われていたのは、ナポリ式コーヒー沸かし器でした。
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 上の写真が、このナポリ式コーヒー沸かし器です。もう何十年も使われないまま物置の片隅で眠っていたのを夫が最近探し出してきたものです。ナポリ式では、沸騰したお湯がコーヒーの粉の入ったフィルターを通過する形で、コーヒーを沸かしていました。

 アルフォンソ・ビアレッティの発明した新しいコーヒー沸かし器が画期的であったのは、沸騰する熱湯の蒸気の圧力を利用し、以前のドリップ式コーヒーとは異なるエスプレッソ、より濃縮された味わいの深いコーヒーを、家庭で手軽に沸かし、楽しめるようにしたことです。
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 イタリア語では、Moka Expressと言い、単にMokaと呼ばれることの多いこのコーヒー沸かし器は、発明以来、イタリアの家庭で愛用され続け、Mokaは家庭で使う直火式コーヒー沸かし器の代名詞にもなりました。電気式のエクスプレッソ・メーカーが普及し始めた現在でも、やはりどこの家庭にも一つはあって、一人で気軽に、あるいは小人数分手軽においしいエスプレッソを楽しむのに大活躍です。イタリアの映画やドラマでは、台所のシーンに欠かせない小道具としてさりげなく登場し、生活感を醸し出しています。日本ではまだ公開されていないと思うのですが、数年前にイタリアで上映されたコメディ映画、『La febbre』(Pieraccioni)では、確か映画の最初のシーンがコーヒーが沸き出している最中のモカを至近距離から拡大撮影したもので、以後カメラが次第に後ろに下がっていって、初めて観客に、それがコーヒー沸かし器だと分かるというおもしろい趣向を凝らしていたとも記憶しています。
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 夫の伯母が一度、Mokaの発売当初に、購入をめぐって家族会議を開き、購入が決定したとき、そして購入したばかりのMokaで、初めてコーヒーを入れて飲んだときの感動を語ってくれたこともあります。

 ところが、4月8日に、この今でも愛される伝統のコーヒー沸かし器の製造拠点が、イタリア国内から東欧へ、おそらくはルーマニアへと移転するであろうというニュースがありました。わたしは当日RAI3の昼のテレビニュースで知ったのですが、夫がこの日持ち帰った新聞紙、『Corriere della Sera』にも同様のニュースを伝える記事がありました。

 記事の見出しには「ビアレッティ社、イタリア工場の閉鎖。コーヒー沸かし器はルーマニアで製造か」とありますが、具体的に記事を読んでいくと、今後労働者たちとじっくり協議を行う予定であるとのことです。そして、「カプセルコーヒーの販売躍進などによる生産規模縮小と安い経費で製造できる国の業者の台頭のために企業経営が苦しい状態にある」ことや、「おそらくはMokaすべての製造をどこか東欧の国に移転する可能性がある」ことに触れています。デザインの開発や品質基準の決定は、イタリア国内で行われるとのことですが、テレビニュースを聞いていても「made in Italyの代表的商品の製造が海外で行われること」を危惧する様子が伝わってきました。

 たとえ、製造が国外に移っても、今までどおり品質をきちんと保証できる、おいしいコーヒーが家庭で味わえる品を製造し続けていってほしいものです。
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>追記(4月13日)
 関連記事「伝統のカフェVSジョージ・クルーニー」をメルマガ42号に執筆しました。上記の新聞記事について、イタリア語の原文を一部紹介し、読解力や語彙力の強化を図っています。また、口ひげの紳士が主役のテレビコマーシャル(1959年)へのリンクも掲載しています。興味のある方はぜひお読みください。

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# by milletti_naoko | 2010-04-12 07:15 | Notizie & Curiosita | Trackback | Comments(5)

イタリア、里の春

 ペルージャ外国人大学では、例年Corso di Laurea PLIM(Promozione della Lingua e della cultura Italiana nel Mondo「イタリア語とイタリア文化の世界における振興を図る学士取得課程」)の1、2年生の授業を担当していました。

 「していました」というのは、「大学卒業」の記事でも触れた大学改革のために、上記の課程の名称やカリキュラムが変更となり、これまでは、1・2年生と2年間にわたって行われた日本語の授業が、最終学年の3年時にのみ行われることになったからです。昨年度から新課程への移行が始まったため、PLIM1年生の授業は今年はもう存在しません。というわけで、現在わたしが担当しているのは、このPLIM2年生の授業だけなのです。

 もし、今年も1年生(日本語の入門者)を教えていたら、ちょど今の時期に、例年のように「春が来た」の歌を学生たちと合唱したことでしょう。歌の指導は、まずわたしが歌詞を黒板に書き、学生たちに1文ずつ読ませていくことから始まります。3月に「日本語」の授業が始まり、ちょうど学生たちが平仮名と片仮名の学習を終え、季節の名前や「山」、動詞「行く・来る」などをを学習したばかり。学生たちは、自分たちに日本語が読めることや理解できること、歌が歌えことをたいへん喜んでいました。

「はるが 来た  はるが 来た  どこに 来た
 山に来た    さとに 来た  のにも 来た」

"E' arrivata la primavera. E' arrivata la primavera.
Dov'è arrivata? E' arrivata in montagna. E' arrivata in campagna.
E' arrivata anche sulla pianura."

 だいたいこんなふうにイタリア語で意味を説明しています。というよりは、繰り返される言葉が多いので、後半の歌詞の意味は、学生たちに推測させます。

 自分で苦労して思いついたほうが、記憶に残りやすいし、知らない表現に出会ったときに、頭をどうひねればいいかも分かっていくからです。また、音楽に乗せ、自分で声を出して歌っていくと、表現も身につきやすいし、学ぶのが楽しくなります。(メルマガで、読者の皆さんに「イタリア語学習」のためにおすすめしていることを、わたしは自分が日本語を教えたり、外国語を学んだりするのに活用しています。)

 何だか前置きが長くなりましたが、わたしたちが住んでいるペルージャ郊外の「里」でも、最近、ようやく「春が来た」と実感できるようになってきました。

 というわけで、今回は「イタリアの里の春」を我が家からお伝えします。
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 庭から野菜畑へと下る階段の手前にあるのが、このリラ(lillà)の花です。ほとんどがまだつぼみで、ようやく小さな花がいくつか開き始めたばかり。さて、階段を下りていくと、夫のルイージが下の方から、手を振って呼びかけています。好天気で、畑仕事にはうってつけの1日。
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 ウンブリア州の州庁で長年働いているルイージは、自然に囲まれて育ったためもあり、自然や植物を育てるのが大好きです。机に縛られがちな役所仕事を放棄し、いずれ農業に携わる仕事をしたいというのが彼の夢です。最近は、さかんに、養蜂や樹木の剪定を学ぶための講習に参加して、少しずつ自分の夢へと一歩を踏み出しています。「今の仕事を嘆き、週末を映画やテレビ、パソコンの前で過ごすより、まずは週末から、自分の本当にしたいことに時間を捧げていくように」という言葉を最近読んで、かなり啓発もされたようです。
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 上の土地が、今日(イタリアではまだ4月10日です)ルイージが精魂込めて鋤で耕したところです。オリーブ畑に囲まれ、向こうに鶏たちの闊歩するのが見えるこの場所は、昨年も彼がさまざまな種類のイタリアの伝統種のトマト(pomodoro)を植え、育てたところです。昨年収獲したこの伝統のトマトには独特の甘み、旨みがあり、生でサラダにして食べても、パスタのトマトソース作りに使っても、本当においしかったのを覚えています。

 このところルイージも頑張っていますが、我が家の野菜畑で一番の働き手は、何と言っても彼のお父さんです。農家の末っ子として生まれた義父は、幼い頃から朝5時に起きて兄弟たちと家の農作業を手伝って働き始め、それでも夜は疲れを知らず、隣村の村祭りまで、何kmも歩いて行っては、会話や伝統的なダンスを楽しみ、深夜に歩いて帰宅して睡眠し、それでも翌朝は必ず5時に起きて働いていたそうです。根っからの働き者で、成人してペルージャ市の職員となってからも、仕事が終わって帰宅してから、そして週末にも、ブドウ畑、オリーブ園や野菜畑のために働き、そして家畜の面倒を見、さらに庭木の剪定、ワイン作りと忙しく働き続けたそうです。退職してからもう何年にもなり、数年前にブドウ畑は手放しましたが、今でも毎日忙しく、オリーブや野菜、庭木の手入れに飛び回っています。「イタリア人が働かない」なんて言っているのは、どこのだれでしょう。
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 写真の左端に見えるお義父さんは、イチゴ(fragola)を植えているところです。写真の右手、手前にはネギが、そしてその後方にはまだ小さい植えたばかりのサラダ菜が並んでいます。昼食のしたくをしていたとき、ネギの場所が分からなくて戸惑っていたわたしに、義父は辛抱強く、どこに何を植えてあるかを説明してくれました。

 義父にあいさつをして、帰りがけに桜の木を見上げると、緑の若葉がかなり大きくなってきています。風のために、美しい白い花弁が花吹雪となって宙を舞っていることもしばしばです。
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 一方、下の写真は、やはり我が家にあるセイヨウスモモ(prugno, susino)の花を今日(くどいようですが、イタリアではまだ4月10日です)撮影したものです。花弁が白いところも桜と同じで、わたしにはなかなか区別がつけられないのですが、実がなり始めると、当然ながら、それぞれが何の木かがすぐ分かります。
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 さて、畑を耕し終えたルイージは、今度はふだん金魚たちの棲む水槽代わりになっている樽を洗い始めました。写真左手には、ローズマリー(rosmarino)の茂みも見えます。
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 ただいま、19時43分。1日外で働いて、ぐったり疲れて帰ってきたルイージはしばらく前からソファーで一休み。

 わたしはというと、実は今週の木曜日までは、復活祭休暇や卒業試験のために授業がなく、昨日は本当なら授業を再開すべきところ、「まだ里帰りしているので授業があっても出席できません」という学生が、わたしの授業に通っている学生の半数以上であったために、休講としました。月曜に卒業した学生の卒論の指導・校正に追われ、1週間以上寝る時間を削って無理をしたのがたたって、最近は風邪を引き込んでいました。

 実はブログを書き始めたのは、体調が悪くて外出はできないし、授業の準備をするにはまだ早いので、いろいろな方のブログを読ませていただいていたら、「わたしも自分の毎日を記念に綴っていきたい」と思うようになったからです。人生まったく何が原因で何が起こるか分からないものです。中島敦、『山月記』の主人公、李徴の言葉を思い出します。

 おととい、昨日は少し体調がよくなったので、掃除・洗濯もすませました。今日は実はアイロンがけをしなければいけなかったのですが、写真撮影や執筆に夢中になってサボってしまいました。

 「ブログなら根をつめずに、気楽にかけるだろう。体調が悪くても大丈夫。」と思って始めたのに、書き始めると結局生真面目に書くので、根気も時間も必要とし、長くなってしまうのでありました。

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# by milletti_naoko | 2010-04-11 03:20 | Fiori Piante Animali | Trackback | Comments(0)

「花よりだんご」のイタリア人?

 純白の花をいっぱいに咲かせた写真の木が何の木か、お分かりになりますか。
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 答えは「桜」です。

 イタリアの桜は、こんなふうに真っ白い花を咲かせ、また小さな若葉が花の間に見え隠れしている場合が多いようです。

 写真は、イタリアの我が家の桜を、昨日4月8日(木)に撮影したものです。ところで、この木が家のどこに生えているかお分かりになりますか。周囲にあるのは何の木でしょう。

 前には、オリーブの枝葉が、背後には一列に並んだオリーブの木々が見えます。
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 上の写真では、さらに桜の位置が分かりやすいかと思います。実は、この桜の木、庭から野菜畑(orto)へと階段を下りたところに、列をなした野菜やオリーブの木々の真ん中に立っています。この写真では、家が木々に隠れてよく見えないのですが、同様に、桜もまた、家や庭からは隠れたところにひっそりと立っています。写真では分かりにくいかと思いますが、桜の右横にはローズマリーの茂みがあります。わたしも今年は、野菜畑にキャベツやローズマリーを取りに行って初めて、桜が花盛りであるのに気がつきました。

 日本であれば、桜の木は、庭の主要な位置に、美しい花を観賞するために植えるでしょうに、なぜこんな隠れた位置に桜の木があるのでしょうか。

 一つは、「春に桜の花を愛でる」文化が日本独特のものであること。実は、今年はイタリアの国営放送RAI2のテレビニュースで、日本の花見文化が紹介されていました。イタリアのニュースの中で取り上げる日本の話題は、日頃は、経済や地震、ハイテク産業を除くと、捕鯨や雅子妃の抑うつ症など、マイナスイメージの放送が多いのです。ですから、桜の美しさを愛で、春の訪れを祝う日本の姿がこうして放映されたことはうれしかったのですが、途中から放映内容に「日本についてのステレオタイプ」が入っていました。
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          日本庭園の桜(京都、渉成園。撮影は、昨年3月29日。)

 ニュースは途中から、花見客の中の舞妓さんふうの女性数人の映像を流し、「日本といえば、やはり芸者。花見にも芸者は欠かせません。」と解説が入り、最後は「伝統の芸者おどりも各地で催されていました。」と都おどりの舞台風景を流して締めくくっていました。舞妓さん風の女性は、一般人が舞妓体験を楽しんでいた様子でしたし、花見と芸者を短絡に結びつける日本人はまずいないだろうし、「都おどり」に毎回足を運ぶ日本人も限られているとは思うのですが…… イタリアでは、「日本といえば芸者」という偏見がまだまだ根強いようです。

 大学で「日本語・日本文学」の授業や毎日のさまざまな人との関わりの中で、少しでも現実に近い日本の姿をイタリアや世界各国の方に知ってもらい、また、一方でメルマガやブログを通じて、より現実に近いイタリアの姿を日本の皆さんに知っていただきたいというのが私の夢であり、また感じている使命でもあります。

 話が逸れましたが、我が家の桜の木が隠れた位置にある理由としては、他にも、イタリアでは、桜を観賞用として特にひいきすることがないことが挙げられると思います。白い花を咲かせる木々は多く、たとえばセイヨウスモモ(susino)やリンゴの花も真っ白な花を同じように一斉に咲かせます。というわけで、我が家や他の家の庭を見ても、同じ庭木の中でも、観賞用としては、ミモザやアーモンドのように、レモン色、桃色の色の鮮やかな花を咲かせる木がよく目に入る位置に植えられているようです。

f0234936_23595637.jpg もう一つの理由は、桜を植えたのが、何よりもサクランボ目当てであったから。花ではなく果実を楽しむのが目的で植えたために、桜の木が、庭ではなく、野菜畑の中央・オリーブの木々のただ中にあるのだと思います。

 そうです。イタリアの桜の木は、単なる観賞用ではなく、花のあとには赤々としたおいしいサクランボをたくさん実らせ、目だけでなく、舌も楽しませてくれるのです。真っ白な花を咲かせた木が、やがて真っ赤な実をいっぱいにまとう不思議。


f0234936_032750.jpg さて、どういうわけか、今年のイタリアでは、春に「日本
の桜」に触れることが多く、園芸専門誌の『Giardini』
(この題はgiardino「庭」の複数形)も、4月号で
「花を観賞するための日本の桜」(CILIEGI DA
FIORE GIAPPONESI)を特集していました。

 いずれ記事をじっくり読み、興味深いことがあれば、
皆さんにもブログないしはメルマガでご紹介したいと
思っています。

 このイタリアの桜は、秋にはそれは美しい紅葉で目
を楽しませてくれます。秋になると、木の頂から順に木
の葉が緑から黄色へ、黄色からオレンジへ、そしてオレンジから真紅へと次第に色を変えていくため、一本の桜の木の葉の色が上から下へ行くたびに、赤・オレンジ・黄・黄緑、そして緑へと色が変わっていて、まさに虹(arcobaleno)のようです。というわけで、秋に山道を散歩したり、ドライブしたりするとき、わたしはこうした色とりどりに紅葉した桜の木を見かけるたびに「Albero arcobaleno!」(「虹の木!」文法的には問題がありますが、最も端的にわたしの気持ちを表す気がしますので、こう呼んでいます。)と歓声を上げます。
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 上の写真で左手に、赤屋根の前に写っているのが、紅葉した桜の木です。場所は、テッツィオ山(Monte Tezio)の中腹にある町、Migiana di Monte Tezioの町はずれ。ペルージャから車で15分ほど北へ進み、山道を登ったところにあるこの町は、わたしの夫ルイージが生まれ育ったところです。桜の紅葉は小さくて見づらいのですが、ペルージャ郊外の美しい秋景色をお楽しみください。

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# by milletti_naoko | 2010-04-09 18:43 | Fiori Piante Animali | Trackback | Comments(0)