京都平安神宮の桜、水影の妙

 実際の桜の花もきれいだけれども、水面に映る花と、そうして映った像と本当の花が対象をなす様子が、えも言われず美しいいと、9年前の春に、京都の平安神宮で撮影した写真に、見入りました。

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 平安神宮に到着したのは日が傾いた頃で、日ざしが若干赤みを帯びていました。おかげでピンクがより鮮やかに見えるのかもしれません。

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 庭のどの一角も、人が知恵と技術の限りを尽くし、自然と力を合わせて生み出した、すばらしい芸術のようです。

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 枝ぶりのみごとな緑美しい木々の存在に、今このときに全力で咲こうとする桜の花のピンクが、より映えるように思います。

 ペルージャの庭に咲く、やがてはサクランボの実がなる純白の桜の花を愛でつつ、今日本各地で咲いているであろう桜を思い、かつて見た桜の写真を、時々インスタグラムに投稿する今日この頃です。




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Bellissimi i fiori di ciliegio e i loro riflessi sulle acque
@ Heian-jingu Shrine, Kyoto 7/4/2017
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Heian-jingu Shrine
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Kyoto
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2017-04-05 23:05 | Giappone | Comments(8)

明日の授業の準備中、イタリア語・日本語それぞれの難しさ

 つい先ほど、明日の朝の日本語の授業用のプリントができあがって、印刷したところです。

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 「すんでいます」という文法的に細かく見れば、難度の高い表現が、教科書の最初の方にぽんと出てくるのは、日本語でコミュニケーションを取れることを重視した『まるごと』の教科書ならではだと思います。

 イタリア語のVorrei…「…したいのですが。」と控えめに希望を述べる表現が、入門者でも知っておくと便利で、会話のいい潤滑油になるけれども、文法的に考えると、イタリア語学習がかなり進んでから学ぶべき条件法現在が使われているのに、よく似ています。イタリア語教育では、それでも、イタリアで暮らしたり旅をしたりするのに、知っておく必要があるこうした表現は、文法には触れずに、そのままの形で、こんなときにこんなふうに使いますと扱うべきとされているのですが、日本語で活用・接続のややこしい「て形」を含む「すんでいます」も、文法には触れず、自分や人の住んでいるところについて話すのに便利な表現として、扱うことにしています。

 教科書には、「…は…にすんでいます。」というパターン文しか書かれていないのに、わたしがあえて、主語を4通りに変えて文を並べているのには、理由があります。イタリア語では、「どこそこに住んでいる、暮らしている」と言う場合に、動詞は、abitare、あるいはvivereの直説法現在を用いるのですが、この動詞の形が、主語の人称と数によって、変わってくるからです。

 同じ直説法現在でも、主語がわたしたち(noi)であれば、abitiamo(viviamo)、わたし(io)であれば、abito(vivo)、「たけしさん」のように三人称単数であれば、abita(vive)、「レーモさんたち」のように三人称複数であれば、abitano(vivono)といったふうに、イタリア語では、主語によって、動詞の形が変化します。

 ですから、たとえ教科書の例文に「わたしたちは おおさかに すんでいます。」とあっても、生徒さんが、主語が変わったら、動詞の形も変わるのではないかという心配をするかもしれないと考え、日本語では主語の人称や数が変わっても、動詞の形が不変であることに、例文を通して気づいてもらおうと考えたのです。

 ああ、イタリア語はなんとめんどうくさい、難しいと思われた方がおいででしょうか。

 けれども、かぞくを学ぶこの課では、日本語ならではの難しさも頻出します。たとえば、課の題名からして、「かぞくは 3にんです」なのですが、イタリアでは、人であろうと本であろうと、車であろうと、3であればtreという数字を覚えさえすればいいのに、日本語では、人なら「3人」、本なら「3冊」、車であれば「3台」と表現が変わる上、人の場合はさらに、「ひとり」「ふたり」の読みが独特です。

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 そして、家族を指す表現も、イタリア語では、そもそも兄弟姉妹は、年齢の上下は気にせず、男性ならfratello、女性ならsorellaですむのですが、日本語ではまず、年齢が上か下かで兄・弟、姉・妹と呼称が変わります。しかも、イタリア語であれば、自分の兄弟であろうと人の兄弟であろうと、fratelloですむのですが、日本語では他人の兄弟に言及するときは、「お兄さん・お兄さま・兄君・弟さん」などと、呼称が変わります。

 日本語ではこんなふうに、話し相手や話す場、話者の聞き手との関係によって、使う語彙が変わるのに対して、イタリア語では、たいていの場合、主語の人称や数によって動詞の形が変わります。名詞も単数か複数かによって形が変わるため、たとえば、兄弟を意味するfratelloも、一人ならfratelloと単数形でいいのですが、二人以上になると複数形にして、fratelliとする必要があります。

 日本語とイタリア語のどちらがどう難しいかという問題ではなく、日本語が中国語と並んで、類型的に見てイタリア語から最も隔たった言語とされている上に、日本文化がイタリア文化とはさまざまな点で異なり、そうした文化や伝統の違いが、言語に反映されているということなのです。あまり苦手意識を持たずに身につけてもらえるように、プリントでは、生徒さんもわたしも実際に知っている人を、例としてあげるなど、工夫をしてみました。

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In italiano il verbo si coniuga a seconda della persona e del numero del soggetto (es. io abito/tu abiti/lui abita/noi abitiamo/voi abitate/loro abitano), mentre in giapponese la forma del verbo 'すんでいます' (pronuncia: 'sundeimasu', significato: 'abitare') rimane invariata per qualsiasi soggetto. Tuttavia, mentre gli italiani usano lo stesso termine, 'fratello' sia per riferirsi ai propri fratelli che a quelli altrui, in giapponese si usano diversi termini e inoltre esiste un vocabolo che indica 'fratello maggiore' e quello che indica 'fratello minore'.
Secondo i linguisti il giapponese e il cinese sono le due lingue tipologicamente più distanti dall'italiano e per questo per gli apprendenti giapponesi è difficile imparare l'italiano e per gli allievi italiani è difficile studiare il giapponese, ma con sforzi e passione ci si riesce :-)
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2017-04-04 23:59 | Insegnare Giapponese | Comments(2)

何が出るやらお楽しみ、春の畑とイタリア在住15年・ブログ7年記念日

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 うちの裏庭には、花壇が三つあり、その一つは、一番奥に見える白い石の向こうで、つい最近まで、ヒヤシンスがきれいに咲いていた花壇です。もう一つは、写真後方に見える、つい最近耕して、種をまいたばかりのところです。

 そうして、三つ目の花壇は、手前のヒナゲシ(papavero)が咲いているところです。今日は1日中北風が吹いていて、小さいヒナゲシの花びらは飛び散ってしまったのですが、大きいヒナゲシは、今朝二つ目の花が咲きました。

 こうしてヒナゲシが育っていることを、わたしが感じたのは、つぼみがたくさんできているのを目にしてからなのですが、植物に詳しい夫は、まだつぼみができるずっと前から、葉の形を見て、「ヒナゲシが育っているよ。でも、咲くのは4月になってからだろうね。」と言っていました。

 手入れをせぬままに、春を迎えてしまったこの花壇の草花を、そのままにしているのは、大小のヒナゲシがあちこちに育っている上に、キンセンカ(calendula)の花も咲き、数年前に種をまいた、青い染料が取れる黄色い花が育ってつぼみができ、コスモスらしき植物や、古代小麦らしく植物も、混在しているからです。

 「まかぬ種は生えぬ」と言いますが、この数年の間に、いつかまいた種や小麦から育った植物が、1年経って、あるいは数年経って突然に、再び顔を見せたのが興味深いです。地面を耕したり、雑草かと抜いてしまったりしたために、去年までは育つはずだったコスモスが育たなかった、そういう可能性もあるかもしれません。種はまいたら育つのだと、そんな気がしてきました。

 日本語の授業に英語の授業、通訳の仕事と、最近は慌ただしくて、方向軸が定まらぬまま、今するべきことに追われている、そんな感じです。学校で話をしていて、そう言えば今日で、わたしがイタリアに来てから、15年になるのだと気づきました。土曜日は通訳の仕事中に、お客さんから、実は、フィレンツェの二人の日本の方が、「直接面識はないけれど、この人なら」と、それぞれわたしを紹介してくださったので、わたしに声がかかったのだと知りました。お二方とも、ブログを通してわたしのことを知られたようです。この場を借りて、その方たちにお礼を申し上げます。

 そう言えば、ブログを始めたのもやはり4月でした。イタリア語学習メルマガには文章しか載せられないけれども、語学学習をより楽しくし、文化も知ってもらうためには、写真などの視覚教材が必要だと考え、最初は、メルマガの副教材のつもりで、ブログを書こうと決めたのです。奇しくも、初めての記事を書いたのは、2010年のやはり4月3日です。当初の目的とは、少々方向が違うものの、こつこつ書き続けてきたブログの、その種から、こうして何かが育っているのだな、ありがたいなと思いました。

 以前にイタリア語を個人授業で教えた生徒さんにしても、土曜日の通訳のお客さんにしても、大きな熱い夢の実現に向けてのその一歩を、お手伝いできるのは、うれしいことだなと思いました。学ぶことが好きで、イタリアに興味があるからと、イタリアに来てみて、結局気づいたのは、わたしが一番好きなこと、していると生きていると実感できるのは、日本語であれイタリア語であれ、何かを教えているときなのだと、実感しました。書くこと自体が楽しいし、暗いニュースが多い日々の中、イタリアと言えば書かれるニュースや記事が偏りがちな中で、いろいろな側面をお伝えしていきたいというのも、わたしの願いの一つなのですが、ブログの方向や焦点を当てるべきことも、これからはもっと考えていかなければと思います。ディーパクの本に書いてあるように、収穫を得るには、好転させていくためには、注意を向けること、時間や心、手をかけることが大切だと考えるからです。

 放置していた花壇に、この春は、思いがけずきれいな花が育っているのですが、これからの人生、本当に自分が望むこと、してみたいことを考えながら、どんなふうに仕上げたいのかを念頭に置いて、手と心、時間をかけていきたいと考えています。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2017-04-03 23:54 | Fiori Piante Animali | Comments(4)

桜ひなげし咲く春の庭、ペルージャ

 うっかり手入れや世話をできぬままでいた庭の元花壇に、すくすくとヒナゲシ(papavero)が育ち、高く伸びて、つぼみが育っていたのですが、昨日日曜の朝に、夫が今年最初のヒナゲシが、2輪咲いているのを見つけて、教えてくれました。

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1/4/2017

 朝は、タクシー会社とのメールのやりとりや出かける準備で慌ただしく、花を見る余裕がなかったので、夕方帰宅してから見に行き、写真を撮りました。1輪は、背が高くて、花の中央が黒く、

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もう1輪はとても小さな花で、中央が金色をしています。

 昨年までは、ヒナゲシの種が育つ頃に、しばしばうちの庭や野山で、ヒナゲシの種を集めて庭にまいていました。数年前に買った、蝶を呼ぶ花の種から育った色とりどりのヒナゲシの種も、熟した頃に集めて、庭にまいていました。そうやって育った花の種が、地面に落ちて、育ったヒナゲシもあるでしょう。

 数か月前に、ふと見つけた小箱の中に、ヒナゲシの種らしきものがあるのを発見して、それは机上に少し散らばっていたので分かったのですが、そのときに、その種を皆、庭を耕さぬまま、この元花壇の上に振りまいたこともあります。その種から育ったヒナゲシもあるかもしれません。

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 前庭では、桜(ciliegio)の花が満開です。サクランボ(ciliegia)目当てに義父が植えた木には、真っ白な花がいっぱいに咲きます。イタリアの桜は一般的にはこんなふうに白い色をしています。科学的裏づけはまったくないのですが、純白の美しい桜の花を眺めながら、日本の観賞用の桜がピンク色をしているのは、本来サクランボに行くはずだった赤い色素が、実がならないために、花びらまで行き届くためかしらと、白い花を見るたびに、ぼんやり思います。

 先週は慌ただしく、畑に行く余裕がなかったのですが、つい最近まで、畑ではルーコラの花が咲いていました。庭では今、リンゴや西洋梨の花もきれいに咲いています。花のある枝の位置が高い上に、日が沈んだあとだったり、風が強かったり、天気が悪かったりして、まだいい写真が撮れていないのですが、花盛りの間に、ブログで紹介できる写真が撮影できますように。

 まだ朝晩は寒いほどですが、花がきれいに咲き、小鳥のさえずりも楽しくにぎやかに聞こえるようになって、春が来たとうれしい今日この頃です。

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Ora nel nostro giardino in piena fioritura i ciliegi,
i primi due papaveri di questa primavera.
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# by milletti_naoko | 2017-04-02 23:47 | Fiori Piante Animali | Comments(2)

おもしろトイレ、フォリンニョ

 正確に言うとトイレそのものではなく、トイレへと下りる階段と入り口前の壁なのですが、明かりがついとたん、あっと驚き、おもしろいなと感心しました。

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 いかにもそれらしく、階段の上にも脇の壁にも、黒く長い影を描いているのもおもしろいのですが、まずは、一面に赤い壁の色づかいに驚き、影の絵をおもしろく思い、そうしてふと前を見ると、人がいるとは思いもせぬ、ついさっきまで明かりもなかった階段の奥から、女性が身を乗り出して、こちらを見やっているのです。

 イタリアではバールやレストランのトイレが、階段を下りた先の地階にあることが多く、高速道路のバールや教会のトイレでは、その入り口に利用者がチップの小銭を入れるための小皿が置いてあったり、掃除をする方がその小皿の近くに腰を下ろしていたりすることが、少なくありません。

 よくよく見ると、奥に見える女性は、壁に巧妙に描かれた絵で、びっくりしました。そうして、おもしろいなと感心しました。

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 この楽しい壁絵と階段は、フォリンニョ駅前の店、La Cresceriaで見つけたものです。

 今日は通訳の仕事で、ペルージャやアッシジの南東にあるウンブリアの町、フォリンニョを訪ねたのですが、フォリンニョへの電車到着が午前11時6分で、手軽に手早に昼食を済ませる必要がありました。駅のバールではたとえパニーノがあっても、味や鮮度に期待ができず、かと言って中心街まで食事に出かける時間もないので、半ばあきらめながらインターネットで駅近くの軽食が取れる場所を探していたら、見つかったのがこの店です。

 クレッシャ(crescia)は、小麦粉などを原材料とする記事を円状に伸ばして焼いた食品ですが、ピザやピアディーナに比べて、かなり厚みがあり、ペルージャやトラジメーノ湖周辺では、トルタ・アル・テスト(torta al testo)と呼ぶものに、よく似ています。この店で一番力を入れているのは、鶏肉や生ハム、野菜、チーズなど、好みの具を選んで、このクレッシャにはさんだものであるようですが、店内には他にも、パスタやリゾット、サラダ、果物などが、並んでいました。

 ちょうど空港やスーパーのそうざいコーナーに置かれる食品のように、プラスチックに入ったサラダや果物のつめ合わせがカウンターに並び、値段も明示してあるので、イタリア語が分からない方でも、注文がしやすいはずです。セルフサービスで、会計を済ませたあと、名前が呼ばれたら注文した品をキッチンと通じる窓に取りに行き、必要があれば、オリーブオイルや酢、塩やコショウは、左奥の壁に備えつけられたものを使って、自分で味つけをします。

 フェイスブックでの評価が非常に高い上、何より駅に近く、朝11時に開店という点が便利なので、通訳のお客さまが粉物でも大丈夫と分かれば、ここで食べようと決め、実際にここで食事をしました。通訳の仕事については、また後日時間があるときに、改めてゆっくりお話しできればと考えています。

La Cresceria
Viale Mezzetti, 10 - Foligno
Tel 0742 450093
Orari 11:00-0:00
FB https://www.facebook.com/lacresceria/

LINK
- Facebook - La Cresceria, Foligno
- TripAdvisor - La Cresceria, Foligno

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The lady down the staircase is not real but drawn, Umbria, Italy.

Trompe-l'œil - la scala per scendere al bagno di un locale.
La signora in fondo è dipinta! Geniale. La Cresceria, Foligno (PG).
トイレに降りる階段の壁の赤と影の絵に気を取られていたら、正面に女性が!
精巧なだまし絵にびっくり。トロンプ・ルイユ イタリア 1/4/2017
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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# by milletti_naoko | 2017-04-01 23:29 | Umbria | Comments(4)