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日暮れはすぐに

  誰しもこの世のただ中にひとり
  一筋の日の光に射抜かれて、
  そうして、すぐに夜となる

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 昨日の夕方、トーディから訪ねてきた義弟の家族といっしょに、温かい紅茶を楽しんでいたら、夕焼けがあまりにもきれいなので、写真に収めました。

 冒頭に掲げたのは、イタリアの詩人、クワジーモドの詩です。(原詩は下注を参照)原詩の持つリズムや多様な解釈の可能性を大切にして、わたしなりに訳してみました。ペルージャ外国人大学の文学の授業で教わった有名な詩で、今も時々心に思い浮かべる、好きな詩のひとつです。昔のノートや教科書を探す手間を惜しんで、今インターネットで調べてみると、この詩は、人間の孤独や、人と人が互いに理解しあうことの難しさ、人生のはかなさを語り、「一筋の日の光」は、人間をさいなむ「幸福をつかめるという幻想」なのだということです。

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 ただ、わたしの中では、いつのまにか、かつて教わったであろうことが、自分なりの解釈に変わり、だれもがこの世で自分の場所を持ち、わずかな間だけれど、自分の道を切り開き、夢に向かう可能性を秘めているんだというふうに、人生を肯定的にとらえたものだと思うようになっていました。2行目冒頭のtrafittoは、「(弓矢や剣などに)に刺し貫かれる、突き通される」という意味でよく使われる単語ですから、この言葉と、作者の作品傾向から、オンラインで見つけたような人生の孤独やはかなさを訴える詩という解釈がされているのでしょう。ただ、わたしの中では、自分勝手に、この「一筋の日の光」(un raggio di sole)を、人の人生を一貫して突き動かす、細いけれども確かに続いていく、希望のような意思のような、志のような、あるいは愛情のような……何か確かなものだと、思うようになっていました。そうして、時々、夫や友人たちと共に、山を歩いていて、「ああ、いつの間にか、もう日が暮れてしまうのだな」と感じたときにも、この詩の最後の1行、「ed è subito sera」が心に思い浮かぶのでした。

 昨日の伯父の葬儀のミサでは、神父さんの説教がとてもすてきで、その説教の中で、「人生のはかなさ」を繰り返し強調していました。「あちこちで死亡広告を見ても、皆、自分が死ぬとは思っていないけれど、死はわたしたち全員に、いつか必ず訪れるのであって、だから、まだ時間があると思わずに、ふだんから神の意にかなった、隣人への愛や思いやりを忘れない生き方をしなければいけないのですよ。」

 「死は遠い先と思っていても、不意にやって来るので、いつ来るか分からないから、常に気をつけて、準備をしておかなければ。」と、ドン・インニャッツィオ。言葉を変えて、何度も注意を呼びかける様子と、その内容が、14世紀の日本に生きた兼好法師が、『徒然草』の中で、繰り返し訴えた内容と、その執拗さに、驚くほどよく似ていました。違うのは、ドン・インニャッツィオはカトリック教徒としての望ましい生き方を、兼好法師は出家を呼びかけていたという点です。

 いつか死に直面したときに、あるいは、いつ死が訪れても、後悔のない生き方ができればと、それがどんなに難しいことであるかを知りつつも、思いました。

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 1年前に読みかけて、最後の部分だけ読み残していたこちらの本を、昨晩ようやく読み終えることができました。題名は、『Dreams from My father』。読書そのものを楽しめた上に、こういう、人の気持ちが分かり、感受性が豊かで教養があり、使命感の強い人が、アメリカの大統領に選ばれたということに、希望を感じました。

この本を読み終えたから、いよいよフランス語の勉強を始めなければ、というところですが、この数日は掃除も洗濯もできなかったので、今日はそちらに取りかかっているところです。まもなく洗濯が終わるでしょうから、そうしたら、2日ぶりに『Zaz』の歌を聞きながら、洗濯物を干すつもりでいます。

下注

Ed è subito sera      Salvatore Quasimodo

Ognuno sta solo sul cuor della terra
trafitto da un raggio di sole:
ed è subito sera


参照リンク
- it.wikipedia – Ed è subito sera
- ItaliaLibri – Ed è subito sera – Salvatore Quasimodo
- it.wikipedia – Salvatore Quasimodo
- Wikipedia -サルヴァトーレ・クァジモド

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2012-02-09 12:08 | Poesia, Letteratura | Trackback | Comments(4)

思い出の学校1

 久しぶりにウルバーニア(Urbania)を訪ねたついでに(記事はこちら)、かつてお世話になった人にあいさつをしようという思いもあって、

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Urbania, Marche 27/8/2011

朝、しばらく村を散歩しました。留守の人が多くて残念だったのですが、土曜日だから閉まっているだろうと思いつつ、かつて学んだ語学学校まで足を運ぶと、

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思いがけず、学校が開いていました。かつてわたしが授業を受けた教室は1階で、入り口からすぐのところにありました。教室から声が聞こえるので、ドアのガラス越しにそうっと室内をのぞいてみると、なんと、半年近くわたしを教えてくれた先生が、今も授業をしているではありませんか。

 休み時間まで待って、それから少し話ができたらと思ったのですが、わたしに気づいた先生が、授業中にも関わらず、わたしを招き入れ、しばらく教室に残って、おしゃべりをすることになりました。「授業が終わるまで外で待っているから。」とは言ったのですが、先生が、イタリア語での会話は今の生徒さんたちにも勉強になると考えたからか、結局、先生がわたしをクラスに紹介し、わたし自身も、生徒の皆さんに、状況をいろいろ説明しました。

 たまにウルバーニアに戻るときはあっても、週末だったり、日程が慌しかったりして、学校を訪ねたことはなかったので、先生に会ったのは本当に久しぶりでした。にも関わらず、もう9年も前に学校に通ったわたしを覚えていてくれて、とてもうれしかったです。わたしが、彼女の教える上級のクラスに実に半年間も通ったためでもあることでしょう。日本では地方に住んでいたため、独学を中心にイタリア語を勉強し、なんとか通信教育の上級講座までは終えていたわたしは(詳しくはこちら)、イタリア語できちんと話し、コミュニケーションできる力を培おうと、語学留学を予定していた1年間のうち、半年は、このウルバーニアの私立語学学校で、もう半年は、ペルージャ外国人大学のイタリア語・イタリア文化講座で、学ぶことにしていました。ただ、外国人大学の当時の上級講座(V grado)は、講座そのものが半年にわたり、料金も手頃だからか、長く滞在する生徒が多かったのに対し、私立の語学学校では、料金が高い上、上級だと特に長く滞在する必要を感じない人が多いからか、1、2週間だけ学校に通って去っていくという生徒がほとんどで、ごくまれに長く残る人がいても、1、2か月であり、わたしのように半年も通い続けるのは、ひどくめずらしいことだったような気がします。

 縁というのは不思議なものです。実は半年ほど前に、読者の方から、メールでウルバーニアへの交通手段を尋ねられて、お答えしたことがあったのですが、この日、このクラスには、なんとその日本人女性がいらっしゃったのでした。ご親切に写真まで撮っていただき、日本への帰国後も、ごていねいにメールであいさつをしてくださって、とてもうれしかったです。

 これまで特に学校についてご紹介しなかったのは、何でもそうでしょうが、長所もあれば短所もあったこと、また、書き出したら長くなって、とりとめがなくなりそうだったからなのですが、これを機会に少しずつ、この語学留学時代のお話もしていくつもりです。もう9年も昔の話なので、記憶違いもあれば、今とは事情が変わっていることも、きっとあるとは思うのですが……

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by milletti_naoko | 2011-12-02 11:12 | Ricordi | Trackback | Comments(10)

こんな手帳を買いました

 友人たちと旅行中、ピエモンテのとある町を歩いていて、目にしたこちらの来年の手帳(agenda)。すっかり気に入って、すぐに購入しました。

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 上の方に、赤い字で、「繊細な心の持ち主のための心に響くことばたち」(意訳です)とあります。

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 表紙も中も、イラストやデザインがとにかくかわいらしいし、色使いも温かいのです。そうして、表題にあるとおり、この手帳には、ページの端々に、勇気や元気を与えてくれるすてきな言葉が散りばめられています。たとえば、この1月のページには、小鳥にマフラーを巻く絵の傍らに、「長い間、ずっとつらい気持ちでいる人などだれもいない。もし、それが自分自身のせい(責任)でないのであれば。」というモンテーニュの言葉が書かれています。

 何か嫌なできごと、つらいできごとがたとえあったとき、確かに、いつまでもそれを悲しんでいては、ただ自分で苦しみを長引かせてしまうだけかもしれません。もちろん本当に奥深い、いつまでも癒されない悲しみというのがあると思うのですが、わたしは、この言葉を、つまらないことでいつまでもくよくよしがちな自分を戒めるのに役立てたいなと思っています。

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 こちらには、「頭脳は、パラシュートのようなもの。開いているときにしか、きちんと機能しない。」とあって、なるほどなと思います。自分の確信にとらわれて、新しい考えに対して、心を閉ざしていては、正確な判断が下せなくなります。

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 さて、今日、9月15日の日づけを含むぺージには、どんな言葉が書かれているかというと、「願いごとを心に抱くときは、その願いを実現する力も、必ず共に与えられているものだ。」とあります。こんなふうに、手帳には、一歩を踏み出す勇気を与えてくれる言葉や、立ち止まって考えさせてくれる言葉が、いっぱいあります。

 わたしは従来、自分がいいなと思った言葉を書き留めたり、こうしたすてきな言葉を集めた本を買って、読み返したりするのが好きなのですが、このシリーズのいいところは、単にすてきな言葉が並んでいるだけではなく、電話帳やノート、旅の記録として、使えるようになっているところです。

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 そう、このEdizioni del Baldo社から出ているノートや本は、絵がかわいくて、すてきな言葉がたくさん並んでいて、しかも安いので、以前から見かけるたびに、何冊も並んだ中から、時間をかけてじっくり選んで、自分のために、あるいは贈り物として、よく購入していました。たとえば、上の2012年の手帳は4ユーロ、この蝶のノートは3.5ユーロです。赤いヒナゲシの咲く麦畑の上を飛び回る蝶たちの絵に、「蝶のように、彩り豊かで、軽やかな思いの数々」(これも意訳です)という言葉が、添えられています。

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 ノートを開くと、ページの淡い色が美しく、かわいらしい蝶のイラストがあります。見開き2ページごとに、一つ、心に響く言葉が書かれています。ここには、「幸せは、蝶のようなもので、追いかけると、いつも手が届かないところにあるけれども、落ち着いて腰を下ろすと、あなたの周りをひらひらと飛び回る可能性があるものなのだ。」とあります。

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 シリーズには、他にも、備忘録や

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電話帳、

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旅行に際して、必要なものや訪ねたい場所、旅行中の日記などを書いていくノートなどがあります。この電話帳たち、買ってからもう1年余りになると思うのですが、何だか使い始めるのが惜しくて、まだ使っていません。この記事を書いたのをきっかけにして、少しずつ利用していきたいと思います。ちなみに、このシリーズには、何かテーマごとに、名言だけを集めた本もいくつかあって、こちらの方は、よく贈り物として、買っています。レシピを記入できるノートも出ています。

 イタリア旅行のお土産や贈り物として、こんなかわいらしい本やノートも、喜ばれるのではないかと思います。イタリア語を勉強している人は、入門・初級の方であれば、名言に加えて、月や曜日もイタリア語で書かれているので、繰り返し見ることで、勉強になるし、中級以上の方であっても、毎日少しずつ、メモや日記をイタリア語で書く習慣をつけるのに役立つかと思います。

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電話帳も、住所やメール・アドレス、電話番号などを書く欄は、言葉ではなく絵文字で示されていますから、イタリア語が分からなくても、楽しんで使うことができます。

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 おとといの午後、テラスの洗濯物が乾いたかどうか、様子を見ようと思ったら、きれいな蝶が、花の周りを飛び回っていました。いつもは、遠くの山まで出かけて、歩いていて見かける蝶。幸せもこんなふうに、遠くまで探しに行かず、毎日を大切に生きていたら、気づかぬうちに、すぐ近くを飛び回っているのかもしれません。

 昨日の記事で、「次の記事では、湖への散歩の記事を」と書いていましたのに、予定を変更して申しわけありません。次回は必ず!

LINK
- メルマガ「もっと知りたい! イタリアの言葉と文化 第69号 ‐ 心に響く言葉たち、ブスは禁句」
↑↑ 記事でご紹介した言葉のうち、最初の二つを、イタリア語学習の教材として、取り上げています。
- 「マザー・テレサの励ましと戒め」
- Edizioni del Baldo - HOME
- Edizioni del Baldo – Agende(手帳)
↑↑わたしの買った手帳には4ユーロと書かれていますが、サイトでは同じ手帳が4.5ユーロ、表紙を厚紙で補強したものが6ユーロで売られています。
- Edizioni del Baldo – Libri da scrivere(ノート、備忘録、電話帳など)

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by milletti_naoko | 2011-09-15 16:26 | Vivere | Trackback | Comments(14)

今君は美しい

 昔話の桃太郎ではありませんが、昨日の朝は、夫は庭仕事に出かけ、わたしはアイロンがけに励みました。前日は、ひどく暑い1日で、日本語を教えている語学学校の教室の大きな南向きの窓から、太陽がいっぱいに差し込んで、触ると窓ガラスが熱いほどでした。生徒さんと二人で、「窓を開けたほうが空気が動いて、しのぎやすいんじゃないか。」、「わたしは、これだけ日が差していたら、外の方が絶対に気温が高いから、窓を開けたら、暑い空気が入ると思うんだけど……」と、暑さしのぎの対策を練ったほどです。

 前日はそれだけ暑い1日で、午後帰ると、家の中も非常に暑かったので、アイロンがけは、翌日の早朝にすませることにしました。そういうわけで、昨日の朝、家中の窓を開け放して、外の涼しい空気を取り入れながら、アイロンをかけていると、夫が外から帰って来ました。温室に花が咲いているから、撮影をするために、カメラを取りに来たと言うのです。

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 夫が写真に撮ろうとしていたのは、こちらのサボテンの花でした。年に1度しか花が咲かない上に、咲いた花も1日、2日ほどですぐに枯れてしまうそうです。

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 めしべを中心に、か細いおしべたちが長く広く伸びて、じゅうたんを広げたようになっていて、こうやって虫たちが訪れて、花粉が受精しやすいようになっているんだ、と夫が教えてくれました。

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 花は、外から見ても、鮮やかなピンク色に包まれていて、あでやかです。

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 香りもするからと聞いて、近づいてみました。確かに何か独特の匂いはするのですが、「いい香りとは言えないような。」と評すると、夫は、そのとおりだと、笑っていました。

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 『みにくいアヒルの子』ではありませんが、このサボテンも、1年の大部分は、花もなく、とげが多いだけなので、美しいと感嘆する人はまれだと思います。こんなにきれいな大輪の花が咲くことを、知らない人が多いのではないかと思います。わたしも何年もこの家に暮らしていたのに、花が咲いているところは、昨日初めて見ました。

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 人にも、動物にも、植物にも、それぞれの時期があり、特徴があって、ぶかっこうに、そして、とげばかりに見えるときがあっても、やっぱり何か光るものを秘めているのでしょう。

 時に、人の言動に傷つきながら、でも、とげがあるように見えて、本当は優しい大きな花が、心が隠れているのだと、信じられますように。時に、自分を情けく思いながら、それでも、わたしだけが咲かせることのできる花があるのだと、自分を大切にしていけますように。今、最高に美しい姿を見せてくれているサボテンの花を思い浮かべながら、そう心に祈るのでした。

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by milletti_naoko | 2011-05-28 22:50 | Fiori Piante Animali | Trackback | Comments(8)

バラに思う

 昨日、お義母さんに誘われて、野菜畑に行ったとき、ふと思いついて、奥に植えてあるバラたちを訪ねてみると、

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 美しい花を咲かせているバラが、二株ありました。こちらのピンクのバラは、夫の母方の祖父母が暮らし、母が生まれ育った村、レスキオに生えていたものです。トスカーナとの州境に近い、この小さな村に、数年前、1年ほどの間、夫と二人で暮らしました。

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 こちらの真紅のバラも、夫が20年近く暮らした家の庭に咲いていたのを、移し替えたものです。まずはレスキオに、そして、今住むペルージャ郊外にと、二度移し替えたこちらのバラ。去年は今ひとつだったのですが、今年は、かつてレスキオで咲いていたときのように、紅の鮮やかなみごとな花を、咲かせています。顔を近寄せると、それはかぐわしい香りがします。

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 レスキオに住んでいた頃は、庭の中央に幾株も植えて、それは大切にしていたバラの花たちを、ここペルージャ郊外に越してきたとき、夫はなぜか、広い野菜畑の奥に植え替えました。

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 このところ、天気が悪いことが多く、仕事に追われ、また家を離れたりもして、もう長い間、野菜畑に足を運んでいませんでした。

 というわけで、このバラの花たちは、わたしが見ていない間にも、いつからか、美しい花を、次々に咲かせていたのです。長い冬に耐え、雨水や土から養分を取り込みながら、花を咲かせる準備をしていたわけです。

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 バラの美しさと香りの高さを愛でつつ……、バラを見るたびに、いつものように、『星の王子さま』の中の好きな言葉たちが、頭に浮かび、心に迫ってくるのでした。
「肝心なものは目で見えない。大切なものは、心でなければ、見えないんだよ。」
「君がバラの花を大切に思っているのは、君がバラのために時間を費やしたからなんだ。」
「ずるそうなふるまいばかりしているけれど、本当は優しいんだということに、ぼくは、気づかなかったんだ。ぼくはバラの花を後にするべきではなかったんだ……」

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 忘れたくない、しばしば心に言い聞かせたいこうした言葉が、美しいバラの花を眺めていると、すっと心に入ってきます。すでに花の開いているバラの花を摘み取って、室内に飾って楽しむことにしました。花瓶代わりに酒どっくりを使っているのですが、花の色と妙に調和している気がします。

 こうして、バラを眺めながら、『星の王子さま』の教えを、心にかみしめたいと思います。目には見えないものを心で感じ取れるように。大切ないろんなことや人のために、時間を費やして、より大切なものにしていけるように。ふとした態度や言動に傷ついてしまわずに、その奥にある優しさや繊細さに気がつけるように。そして、自分を過剰に守るために、ずるそうに見えるふるまいをしてしまわないように。

*あとがき
 以前に、イタリア語学習メルマガで、『星の王子さま』の文章を、読解と聞き取りのための学習教材として、使ったことがあります。興味のある方は、メルマガ、『もっと知りたい! イタリアの言葉と文化』の第25号(リンクはこちら)をご覧ください。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2011-05-05 17:55 | Fiori Piante Animali | Trackback | Comments(8)

日本の桜1 はじめに

 久しぶりに日本の美しい桜が咲くのを見たいと、同僚の先生方に無理な時間割変更をお願いして、花見の時期に帰国したのは、2009年3月末から4月上旬にかけてのことです。
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京都、渉成園(Giardino Shosei-en, Kyoto) 2009/03/29


 朝、目が覚めると日が差すのが見えるように、日本に住んでいた頃は、春になれば、花盛りの桜を眺めては、花の美しさに感嘆し、花びらの舞う木の下でのおしゃべりを楽しんでいました。それが、イタリアに住み始めて、桜が花開く時期に日本にいない年が重なって初めて、実は、花見は、わたしにとって単なる習慣ではなくて、人生の時を刻んでいく上で、なくてはならない機会なのだということに気がつきました。木全体がいっせいに花を開くような、そんな桜の美しさに、自分が、勇気づけられ、生きていく心の、そして生命力の糧も受け取っていたのだと、実感したのです。

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京都、渉成園(Giardino Shosei-en, Kyoto) 2009/03/29


 これから少しずつ、この2年前の旅行の際に、訪れた寺社や桜をご紹介していくつもりです。美しい日本とその桜が、わたしに与えたくれた感動や喜び、そして力が、少しでも日本の皆さんに、そして、日本の美しさが海外の人に伝わりますようにと願いながら。ちょうど花見の時期なので、桜を訪ねて歩こうという方の参考にもなれば、幸いです。


↓↓ 関連記事・LINK per gli articoli relativi ai ciliegi /templi giapponesi

-「花よりだんご」のイタリア人? / Fioritura del ciliegio a Perugia
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-イタリア、里の春 / Fioritura nel nostro orto
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-筍とさくら ~ 京都の春 / Primavera in Kyoto – Germogli di Bambù e Fioritura dei Ciliegi
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↑ 京都(長岡京周辺)~向日神社、光明寺、長岡天満宮とその桜


-イタリアの方言と日本語特訓の成果その3 / Allenamento intensivo di Giapponese
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↑ 彦根の龍澤寺(写真のみ) / Giardino del Tempio Ryotan-ji, Hikone


京都、醍醐寺の桜 / La fioritura dei ciliegi – Tempio Daigo-ji, Kyoto
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-桜の花咲く部屋 / Soffitto che rievoca la fioritura dei ciliegi
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↑ 奈良の氷室神社&京都嵐山、大覚寺の大沢池
Himuro-jinja, Nara & Lago Osawa, Tempio Daikaku-ji, Arashiyama, Kyoto


-「日本がアジアの覇者に」 ~イタリアのニュース記事から / Giappone campione d’Asia
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↑ 京都御苑 / Kyoto Gyoen (Kyoto Imperial Palace Park)


-「ザッケローニ、日本、おめでとう!」 ~イタリアのニュース記事から2 / Giappone campione d’Asia II
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↑ 京都の東寺 / Tempio di Toji, Kyoto


LINK
京都の美しい桜 / Spettacolare Fioritura dei Ciliegi in Giappone con foto ↓↓
-- 京都、醍醐寺の桜 / Tempio Daigo-ji, Kyoto
Fioritura dei Ciliegi a Kyoto, spiegazioni anche in italiano ↓↓
- 日本の桜2 京都大原三千院 / Tempio Sanzen-in, Kyoto
- 日本の桜3 京都大原実光院 / Tempio Jikko-in, Kyoto
- 日本の桜4 京都大原宝泉院 / Tempio Hosen-in, Kyoto
- 日本の桜5 京都、渉成園 / Giardino Shosei-en, Kyoto

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2011-03-30 15:47 | Giappone | Trackback | Comments(8)

Festa della Donna

Auguri a tutte le donne!

Qui sotto vi regalo le parole di una precorritrice del femminismo giapponese, Raicho Hiratsuka (1886-1971). Tra parentesi il testo originale in lingua giapponese che ho tradotto personalmente in italiano per l'occasione. Nelle foto i fiori oggi trovati a casa nostra e sul monte Tezio.

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“In principio le donne erano il sole con personalità autentica. Ora le donne sono la luna. Dipendono dall’altro, si illuminano riflettendo la luce altrui, così sono la luna pallida come un malato.”

(元始、女性は実に太陽であつた。真正の人であつた。今、女性は月である。他に依つて生き、他の光によつて輝く、病人のやうな蒼白い顔の月である。)

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Queste sono le parole pronunciate nel 1911 nella società giapponese, allora, ancora più maschilista. Tuttavia, anche adesso dobbiamo cercare di capire che cosa noi vogliamo veramente, non ciò che la società e gli uomini ci impongono e ci inducono a volere.

Essere intelligenti e costruire la vita secondo la propria ambizione e attitudine oppure acquisire solo la bellezza esteriore e la formosità, per compiacere agli uomini?

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“Vogliamo credere nel genio insito in tutte le donne. Vogliamo credere nell’unica possibilità e gioire di cuore la felicità di essere nate donne nel mondo. […]

Non siamo più quelle che aspettino la rivelazione divina. Siamo quelle che cercano di rivelare il segreto della natura dentro di noi con i nostri sforzi e di diventare la rivelazione divina.”

(私は総ての女性と共に潜める天才を確信したい。只唯一の可能性に信頼し、女性としてこの世に生れ来つて我等の幸を心から喜びたい。(中略)

私共は最早、天啓を待つものではない。我れ自からの努力によつて、我が内なる自然の秘密を曝露し、自から天啓たらむとするものだ。)

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“Non siamo quelle che cerchino i miracoli e adorino i misteri lontani. Siamo quelle che cercano di rivelare il segreto della natura dentro di noi con i nostri sforzi e di diventare la rivelazione divina. ”

Che noi continuassimo la preghiera ardente e l’attenzione sprituale senza sosta fino al giorno in cui riusciremo a liberare il nostro genio insito, fino al giorno in cui risplenderà il sole nascosto.”

(私共は奇蹟を求め、遠き彼方の神秘に憧れるものではない、我れ自からの努力によつて我が内なる自然の秘密を曝露し、自から奇蹟たり、神秘たらむとするものだ。

私共をして熱烈なる祈祷を、精紳集注を不断に継続せしめよ。かくて飽迄も徹底せしめよ。潜める天才を産む日まで、隠れたる太陽の輝く日まで。)

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“In quel giorno tutto il mondo, tutto diventerà nostro. In quel giorno saremo regine indipendenti e autentiche; vivremo con i valori di noi stesse senza pentirci, con i nostri piedi nel cuore della natura. Poi sapremo quanto gradevole e fertile sia la solitudine.

Le donne non saranno più la luna. In quel giorno le donne saranno il sole come in principio, riconquisteranno la propria personalità autentica.”

(其日私共は全世界を、一切のものを、我ものとするのである。其日私共は唯我独存の王者として我が踵もて自然の心核に自存自立する反省の要なき真正の人となるのである。そして孤独、寂寥のいかに楽しく、豊かなるかを知るであらう。

最早(もはや)女性は月ではない。其日、女性は矢張り元始の太陽である。真正の人である。)

LINK
-it.wikipedia – Raicho Hiratsuka
-日本ペンクラブ:電子文藝館 - 平塚らいてう – 原始女性は太陽であった。―― 青鞜発刊に際して――

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2011-03-08 19:14 | Vivere | Trackback | Comments(2)

滞在許可証3+仕事の現状と抱負

 イタリアで、移民や滞在許可証をめぐる法律は、この数年めまぐるしく変わっています。わたしの場合は、運命か偶然の幸運か、この法改正のおかげで助かったことが2回あります。

 まずは、2003年の夏。わたしは語学留学で、イタリアに滞在していました。それまでの法律では、イタリアの大学に入学したければ、一度日本に帰って、ビザを申請する必要があったのに、法改正のおかげで、帰国せずに入学できるようになったのです。おかげで、イタリアに滞在したまま、同年秋に大学に入学し、クリスマス休暇に帰国して、日本で、大学通学用のビザを申請することができました。

 わたしが夫に出会ったのは、2003年の12月(詳しくはこちら)、外国人大学の学士課程に入学してまもない頃です。ですから、夫に出会えたのも、この法改正のおかげだと言えます。冬にまだペルージャに残っていたのも、夫も参加していたスライド上映会に出向いたのも、日本に帰国せずに、大学に入学できたおかげだからです。

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ペルージャ外国人大学、ガッレンガ校舎。(屋内の写真はこちら

 ただし、ビザなしの入学をどの大学も許可しているわけではなく、希望していたペルージャ大学(Università degli Studi)では駄目だと言われ、結局、語学講座に通ったペルージャ外国人大学に入学することになりました。でも、そのおかげで、のちに外国人大学で、「日本語・日本文化」の講師の口を得ることができたのだと思います。幸い、日本の大学で受講した科目の単位などが認められたおかげで、2年生に編入し、3年のところを2年で卒業することができました。

 イタリアでは原則として、従来は4年制であった大学教育が、卒業できない若者が多かったこともあり、3年+2年の5年制に切り替わりました。3年でも大学卒業をして職につけるようにして、モラトリアムを短くしようと考えていたようですが、実際には、最初の3年制の課程を終えても、大学卒業とみなされないことが多いので、結局は、4年から5年と、大学に通う年数が長くなった感があります。わたしもイタリアの大学で教えているのは、日本の4年制大学卒業資格のおかげです。

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卒業試験に無事合格し、卒業した直後、のちに夫となる人と   2005/10/10

 法改正の恩恵を再び受けたのは、2005年の秋です。10月10日に大学を無事卒業し、同時に、幸い、2005・2006年度の「日本語・日本文化」の講師としての採用も決まりました。それまでは、就学目的で滞在していた場合、イタリアで就職するには、一度帰国して就労用のビザを取得する必要がありました。それが、法改正のおかげで、イタリアの大学を卒業し、そのときに就職先が見つかれば、一定以上の収入があることを条件に、帰国しなくても、就学用の滞在許可証を、就労用に変更できるようになったのです。その申請の手続きで、ペルージャ県警察本部に赴いた際には、担当官から、わたしが、「ペルージャで二人目の、新しい法を利用した、就労目的の滞在許可証への変更申請者」だと聞きました。

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日本語の授業を受ける学生たち  この日の授業の様子はこちら

 2005年10月から5年間、ペルージャ外国人大学で、「日本語・日本文化」の講師として教えてきましたが、実は、毎年講師の公募に応じ、履歴書や大学の卒業・成績証明書などを提出しては、1年契約で採用される、ということを繰り返してきました。

 今度は、「改正がマイナスに働いた例」をお話します。一昨年度から、ペルージャ外国人大学の学士課程が、新課程に移行しつつあります。これまで教えていたPLIMの課程では、日本語・日本文化の授業は、1・2年時にありました。ところが、新課程では、この授業が3年時にあります。おかげで、今年はちょうど、わたしが授業を教える科目が存在しない、空白の1年間となりました。今年の9月まで教えていた課程では、3年生向けの授業しか行われていないし、新課程では、まだ1・2年生の授業しか行われていないからです。

 イタリアの大学では、各授業の担当者が年に数回(外国人大学の場合は現在5回)の試験日を決め、学生は、自分がいつ受験したいかをこの中から自由に選ぶことができます。わたしは外国人大学で、今年の1月と2月に、前学年度の授業の試験を実施しなければいけないのですが、そういうわけで、この1年間は(1年だけであることを祈ります)、大学では日本語を教えません。

 時々、通訳と翻訳の仕事はあるので、「主婦」というわけではありません。また、実は、今年の夏以来、日本語を教えてほしいという学校から二つ依頼があったのですが、断ってしまいました。一つは、とあるペルージャの語学学校からの依頼で、これはちょうど夕食の時間帯(6時から9時半)という非常に都合の悪い時間帯であるのに、時給10ユーロと、給料が極端に低かったからです。通訳では原則として、時給25ユーロで働き、かつ税は企業側に支払ってもらっているし、授業の場合には準備にもかなり時間がかかります。日本語やイタリア語の個人授業でも、20~25ユーロ払おうという人はいます。

 もう一件は、時給40ユーロ(ただし、税はわたし負担なので純収入は32ユーロ)を提示してきたとある南部の私立大学。日本語だけではなく、日本語の通訳・翻訳の授業も教えてほしいという興味深い話ではあったのですが、片道10時間以上かかる距離で、往復の旅費や宿泊費を考えると残るものが少なく、かつ、数か月も夫と別居してまでしたい仕事かどうかも考えて、お断りしました。

 幸い、夫の収入もあるので、無理までして働く必要がないおかげもあって、今は充電をしているところです。と言っても、通訳などの仕事がないときでも、家事、そして今はオリーブの収穫まであって、かなり慌しくしています。

 ペルージャ外国人大学で、「外国人へのイタリア語・イタリア文化教育」学士取得課程を卒業しただけでなく、シエナ外国人大学の大学院を卒業して、「外国人へのイタリア語教育専門家」の資格も得ましたので、いずれ日本の方向けのイタリア語の学習書やイタリア文学・イタリア文化の本を書いてみたいと思う気持ちがあります。一方で、イタリアで日本語を教えているし、日本でも高校で長い間国語を教えてきたのだから、イタリアの人に、もっと日本語や日本文学・文化を知ってもらうための学習書や本を書いてみたいという気持ちもあります。どちらの言語・文化も教える資格があり、またどちらについても教授法を学び、熟知している人は少ないと思うのです。

 というわけで、「いつか、こうした夢を実現させる」ために、まずはイタリア語学習メルマガ(バックナンバーはこちら)とこのブログの記事を、こつこつと書いているところです。どちらもかなり時間もエネルギーも要するために、今のところはまったく収入に結びついていませんが、毎日忙しく過ごしているのでした。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-11-21 23:58 | Altro | Trackback | Comments(14)

大切なのは種をまくこと

「 大切なのは種をまくこと     オッタヴィアーノ・メナート


まきなさい、まきなさい。
大切なのは、
少しであれ、たくさんであれ、すべてであれ、
希望のつぶをまくことです。

あなたの笑顔をまきなさい。
周囲にその笑顔が輝くように。

人生の戦いに立ち向かうために、
あなたの元気をまきなさい。

人々が勇気を持てるように、
あなたの勇気をまきなさい。

情熱を、信仰を、愛情を
まいてゆきなさい。

ほんの小さなこと、何でもないようなことでも
まいてゆきなさい。

まきなさい、そして、信じるのです。
どの一粒も
この地上の一角を豊かにしていくはずだ、と。」(和訳は石井によるものです。)

 
 これは、ラヴェルナのお土産屋さんで見つけた詩です。わたしの心を打った言葉の一つで、我が家では、冷蔵庫の壁に飾ってあります。
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 seminareという言葉は、イタリア語では「種をまく」という原義から語意が広がって、「(周囲に、あちこちに)広めていく」という意味もあります。日本語の「まく」という動詞に、後者の意味まで込めるのには少々無理があるのですが、ここでは、あえて、一貫してseminareを「まく」と訳してみました。「種をまく」という言葉は、「広める」という言葉では表せない、大地にまいてゆく地道な作業や実りを想起させるからです。

 日本でも、イタリアでも、世界でも、恐ろしいニュースや悲惨な事件、できごとの多い日々が続いています。でも、わたしたち一人ひとりが、笑顔の、希望の、勇気の種をまいていくことで、ささやかではあっても、一つの種から小さな芽が出て大地を緑で潤すように、大地の一隅を照らしていく、いい方向に変えていくことができるはずです。

 今日は、紅葉の装いの美しいラヴェルナの聖なる森を散歩しました。平和というのは抽象的で大げさな言葉ですが、何事も、一人ひとりの一つひとつの行動で、そして、その連鎖で、変わってゆくはずです。

 いつかどこかで実を結ぶはずだと信じて、毎日少しでも、笑顔を、勇気を、愛情をまいてゆけたら。そして、全世界にそういう人が増えていったら。まずは、自分にできる一歩から始めてみたいものです。

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 こちらは、10月9日土曜日に、ラヴェルナ境内で撮影した写真です。今日の散歩では、ほんの2週間で、すっかり秋らしくなった森の様子に驚きました。散歩で疲れてしまって、写真を選んだり、載せたりする元気はないので、まずは、静寂に包まれた聖なる森を散歩して得た、その安らぎと思いの一端をお伝えしようと、この詩をご紹介しました。

>追記(10月25日)
 この詩のイタリア語原文を、メルマガ第58号(リンクはこちら)で、学習教材として取り上げて、解説しました。興味のある方は、ぜひお読みください。 

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-10-24 23:05 | Vivere | Trackback | Comments(8)

マザー・テレサの励ましと戒め

 「しばしば思い起こして、自分の糧にしたい」、そういう言葉は、冷蔵庫の扉に貼って、できるだけ目にする機会が多くなるように工夫しています。

 今回は、その中から、「Il meglio di te」というマザー・テレサの詩をご紹介します。
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 YouTube、Il meglio di te - Madre Teresa di Calcutta - by Soraya(リンクはこちら)では、この詩の言葉が、美しい映像・音楽と共に、紹介されています。イタリア語を学習中の方は、まずはこちらをご覧ください。

 わたしの方で、意図や言葉の響きを大切にしながら、訳してみますね。


「   最良の自分

 人間は道理をわきまえず、
 非論理的で、己のことばかり考えるものです。
 でも気にしないで、人間を愛しなさい。」

「Non importa」の直訳は、「重要ではない」です。何か困ったことがあったときに、「大したことではないから、気にしなくていいよ。」と言った意味合いで使うこともよくあります。ここでは、「人間というのは欠点に満ちたもの、でも、そんなことは、あなたが自分の行動を決めていく上では重要ではない。」ということです。

 詩の続きを見ていきましょう。

「あなたがいいことをしても、人々は
 別の利己的な動機のためだと語るでしょう。
 でも気にしないで、善行を積みなさい。

 目標を実現していこうとすれば、
 行く手を阻む人が現れるでしょう。(直訳は「~に出会うでしょう」)
 でも気にしないで、目標を現実のものとなさい。

 あなたの行う善行は、おそらく
 明日には忘れられることでしょう。
 でも気にしないで、いいことをしなさい。

 正直で誠実な人は、
 傷つきやすく、標的になりやすい。
 でも気にしないで、正直で、そして誠実でありなさい。

 あなたが築き上げたものが
 壊されてしまうかもしれない。
 でも気にしないで、築き上げなさい。

 あなたが助けた人は
 おそらく感謝もしないでしょう。
 でも気にしないで、手を貸しなさい。

 この世に、最良の自分を与えなさい。
 そのために足蹴にされるかもしれません。
 でも気にしないで、最善を尽くしなさい。」

 YouTubeの映像、Michele Placido e Fulvio Russo leggono la poesia Il meglio di te di Madre Teresa di Calcutta (IlmeglioditeONLUS)(リンクはこちら)は長さが1分47秒ですが、冒頭から40秒のあたりから、今回ご紹介した詩、「Il meglio di te」を朗読しています。

 聖パウロの「愛の賛歌」の教え(詳しくは、こちら)を、人生の中で実践していくための、具体的な心構えを説いたものと言えるかもしれません。

 マザー・テレサの言葉に心を打たれたという方は、ぜひ「人生を生きなさい」(Vivi la vita)(イタリア語の詩と和訳、解説はこちら)という詩もお読みください。生きる勇気を与え、凛とした姿勢にさせてくれる、それは美しい詩です。

 冷蔵庫の扉を眺めながら、今日も心が引き締まる、そんな毎日を繰り返しています。
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 ちなみに、写真の詩は、聖フランチェスコ(詳しくはこちら)が聖痕を受けたことで知られる聖地、ラヴェルナ(La Verna)(上の写真)で購入した葉書サイズのカードを拡大コピーしたものです。制作はSan Paolo s.r.l.で、絵はR.Polastriとカードの裏にあります。

 日本にいた頃から、仏教やキリスト教、文学作品や哲学者の美しい言葉を書き写したり、そういう言葉のたくさん載った本を買ったりするのが好きで、今は、あちこちの教会や修道院を訪れるたびに、美しい言葉のあるカードや名言を集めた珠玉集を買い集めています。
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 写真はわたしのコレクションのごく一部です。手のひらサイズと小さいのですが、収められた言葉と同じくらい、装丁も挿絵もそれは美しいので、わたしのお気に入りです。5~6ユーロとお手軽な値段で、収録された言葉も短いすてきな言葉が多いので、旅行の際の自分自身への、あるいはイタリア語を学んでいる友人へのお土産としてもおすすめです。

 「今を生きろ!」(Cogli l'attimo!)、「愛の言葉」(Parole di AMORE)など、テーマごとに名言が集められており、たとえば、写真中央にある本は、「新郎新婦の小さくて大きい本」(IL PICCOLO GRANDE LIBRO DEGLI SPOSI)という題で、結婚生活をこれから共に歩んでいこうという方にぴったりの1冊です。

追記 メルマガ第45号、「マザー・テレサの詩を読もう」(リンクは、こちら)では、この詩をイタリア語学習の教材として扱い、解説をしています。興味をお持ちの方は、ぜひご覧ください。

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by milletti_naoko | 2010-04-19 22:03 | Vivere | Trackback | Comments(0)