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真の日本語・外国語の力をつけるには

 大学入試の国語の問題でいくら高得点が取れるように勉強しても、それでは日本語の力はつかないということを、おもしろおかしく短編小説の形で書いた清水義範の『国語入試問題必勝法』を、先輩の先生に借りて読んだのは、ちょうど初任の高校で、国語を教え始めた年だったように覚えています。

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 日本語能力試験もまた、センター試験同様に、選択肢の中から正解を選んで、日本語の力を知ろうとするのですが、そのためわたしが日本語を教える生徒さんも、どうしても語彙・漢字・聴解・文法など、日本語という言語のさまざまな側面を文脈なしに取り出して、さらに選択肢の中から選んで答えるような問題集を購入して、次々に解いて、今年12月の試験に向かって学習しています。

 けれども、サッカーで強くなるのに、速く走れるために走る練習や、筋力を鍛えるための訓練をするだけではだめで、サッカーの練習試合が必要であるように、言語も、ばらばらにした部分だけを勉強しても、実際に生きるためにその言語を話したり、読んだり、書いたり、聴いて理解したりする力が育ちません。理想的な形で、日本語の力をつけていくには、まずは読解を重ねて、長い文章を自分で書いてみることだと、宿題をずいぶん前から出しているのですが、つい楽な方、すぐ手がつく問題集の方に、生徒さんが走ってしまい、作文を書かぬまま2か月経ってしまったので、わたし自身も反省しつつ、今日は少々お説教をしました。

 ただ忙しい中時間を見つけ、お金がかかっても個人授業で学ぼうという熱心な生徒さんに、見習わなければいけないなとは、つくづく感じています。本当はわたしも、フランス語の再勉強をしたいし、わたし独特の弱点に気づいて、効果的な方法で指導をしてくれるいい先生につく必要があると感じて、同僚のフランス語の先生に、もうずいぶん前から個人授業をお願いしているのですが、忙しくて時間が取れないとのことなのですが、それも言いわけに、すっかりフランス語の勉強をさぼってしまっています。

 レストランでも、食べたいものや払ってよしとする金額が人によって違い、また、何か特別なお祝いのためか、それともただ空腹がしのげればいいのかなど、目的によっても選ぶ店が違ってきます。語学学校の授業をグループで受けるのは、確かに割安なのですが、ちょうどレストランで、観光客が食べたいものを適度な値段でさっと食べられるように用意した観光客メニューを頼むようなもので、そこそこに学ぶことはあり、そこそこに満足はできるけれども、どこかレベルが合わなかったり、自分には分かっていることや興味がないこと、簡単すぎることを、他のクラスメートが興味があったり必要としているがために、長い間聞かなければいけなかったり、あるいは逆に、難しすぎてついていけなかったりということもあるでしょう。

 一度、ペルージャの語学学校で英語の授業に通い、上級というにはあまりのレベルにあきれて、1か月ほどでやめたことがあるのですが、そういう経験があるために、フランス語の授業は、たとえお金がかかっても、自分が信頼できる先生に、個人的に教えてもらおうと考えていますし、自分が日本語や英語、イタリア語を個人授業で教えるときも、個人授業だからこその長所を生かして、生徒さんの苦手なこと、興味があることや、好きな勉強法などをうまくつかみ、それぞれの生徒さんの学習目標が達成できるように、工夫しています。

 「今日は、今日までに卒業論文を35ページ書いてくるように担当教官に言われていて、日本語で書く時間がなかったんです。」と言う生徒さんは、また、昨晩はそのために、午前2時半まで起きていたそうです。それに、つい最近までは、次々に大学の試験の勉強をし、試験を受けていたので、そのための勉強で大変でした。そうなのですが、せっかくやる気はあるのだし、漢字の練習や問題集は、時間を取って少しずつ解いていっているのだから、文章もきちんと少しずつ書く習慣をつけるように、宿題の出し方を工夫するつもりでいます。読解については、わたしがすでに入手した問題集がよさそうなので、生徒さんもそれを購入して、勉強するつもりだと言い、また、好きだという村上春樹の短編小説集を渡して、うちで少しずつ読んでみるように勧め、今日の授業中に最初の1ページをいっしょに読んでみました。漢字を読むには苦労するものの、字面を追って内容はだいたいつかめるのですから、たいしたものです。

 おととしは日本語能力試験のN4、昨年はN3を受験して、いずれも着々と合格した生徒さんは、今年はN2を目指して勉強しています。試験に合格できることはもちろん、それだけではなく、総合的な確たる日本語の運用能力がつくように、授業をしていけたらと考えています。

 写真は2009年3月に京都の渉成園で見かけた馬酔木の花です。日本庭園にあるイタリアの国旗の三色が美しい木ということで、この記事に使ってみました。

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Albero di pieris japonica in tricolore della bandiera italiana
nel giardino Shosei-en, Kyoto, Giappone 29/3/2009
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-02-23 23:59 | Insegnare Giapponese | Comments(4)

雪山とスキーと英語

 1月21日土曜日に夫の伯父の葬儀でマルケ州の山中の町を訪ねたときは、昨年ようやく完成した無料高速道路の最初のトンネルを抜け、コルフィオリートに出ると、それまでは雪のまったくなかった地面が、一面に高い雪で覆われ、

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Da Perugia a Foligno, a San Severino Marche sulla SS77 21/1/2017

以後は目的地まで、車はずっと雪の中を進みました。幸い高速道路上の雪はきちんと除雪されていて、わたしたちがドライブをした日中は、気温がわずかながら零度より上だったために、雨は降っても路面は凍らず、安心して進むことができました。

 ただ、夫があらかじめインターネットで調べ、近道だと言う道を走るために、高速道路を下りたとたん、山間部を走ることになり、幸い除雪はされていたのですが、両脇に雪が高く積もり、時には、片道一車線のはずが、車が一台通るのがやっとの雪の壁が道の両側にそびえる道を行くことさえありました。

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Verso San Severino Marche sulla SS77

 帰りは近道ではなく、少々遠回りになっても通行しやすい大きい道路を通って帰りました。帰りもコルフィオリートからトンネルを抜けて出たとたんに、それまで周囲を覆っていた雪と暗い雲がすっかり消えて、青空が広がったので驚きました。トンネルが変わると世界が変わる、そういう印象さえ受けました。

 わたしは幼稚園の最後の数か月と小学校5年生までを北海道の札幌で過ごしたため、小学校の冬の体育の授業と言えばスキーで、毎年スキー遠足なるものさえありました。ただ、朝起きたら家の前に高くまで雪が積もていて、家の前や近くの公園などで、気軽にスキーで滑ることができた上に、スキー遠足は、寒さのために手足がかじかみ、お弁当を食べるのも大変だったという記憶がもっぱら残っているために、小学校5年生の冬を最後に、スキーをしたことがいっさいありません。愛媛県で社会人となってから、同僚に遠くの山まで出かけてスキーをしに行くという人もいたのですが、何だかスキーはそういうわざわざ遠くまでお金をかけてしに行くものではないような、そんな気持ちがわたしの中にはあるのです。

 先週は、わたしが英語の家庭教師そしている中学生の少女が、家族全員で5日間のスキー旅行に出かけました。夫から聞いて、わたしはびっくりしました。学校の授業があって、しかも授業についていけずに困っている科目があるのに、家族で旅行に出かけて、学校を3日も休むなんて、と。でも夫は、そんなことくらいと当たり前のような顔をして言いますし、そうやって中学生・小学生の娘と息子に学校を休ませても、スキー旅行に出かけようという彼女の両親も、それがたいしたことと思わないと言うよりは、学校を休ませてでも家族で行く価値があると思うから、スキーに出かけたのでしょう。今日はいなかった間の宿題に追われているからと、わたしの英語の授業は休みだったのですが、出発前に授業中あった英語のテストでは、以前よりもいい点数が取れていたと聞いて、ほっとしました。ちなみに、家族皆で出かけるために、子供には学校を数日休ませるということは、姪たちの両親である義弟夫婦もたまにしていて、義父母は眉をひそめています。イタリアにはそういう家庭が多いのか、ウンブリアが特にのんびりしているのか、そのあたりはなぞです。

関連記事へのリンク
- 一面の銀世界 (21/1/2017)
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- リハビリ外国語、伝わればいいからどう伝えるかへ (17/1/2017)
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by milletti_naoko | 2017-02-06 23:29 | Marche | Comments(4)

明日開始ディーパク・チョープライタリア語・英語版瞑想講座、21日間オンライン無料

 イタリア時間で明日、2月6日月曜日から、ディーパク・チョープラのイタリア語版瞑想講座が始まります。今回も21日間、オンラインで無料で受講することができます。冒頭の短い説明を除いては、常にまずディーパクの英語による言葉があり、それからイタリア語訳が流れるという形の2か国語音声となっていますので、英語を頼りに、イタリア語学習の音声教材としても使うことができるはずです。わたし自身は、なるほどと日々の暮らしや生き方について目を開いてくれる、背中を押してくれることが多いので、いつもこの講座を楽しみにしています。



 買って読み始めた本も、読みさしてしまい、最近の瞑想講座は、よくばって重複して開講される英語版・フランス語版・イタリア語版を受けようとするあまり、結局どれも中途半端になって、聞けずじまいになることが多く、反省しています。最近は、日々すべきことに追われて、何となく流されている感もあるので、2月に入ったところで、しっかり自分の進む方向を見定めるためにも、今度こそ朝早起きして、一番理想的な方法で受講したい、つまり朝一番にじっくりと聴いてみたいと思います。そもそも途中で聞けなくなる理由の一つに、はりきってメモを取ろうとしながら聴くために、時間もかかるし、聴く前に気合が必要だということがあったのですが、昨年秋にインスタグラムを始めて、たまたまインスタグラムに投稿されていた動画で、ディーパクが瞑想の間はメモなど取らずに、聴くことに集中しなければいけないと言っているのを聞いて、驚きました。確かにメモを取りながらでは、瞑想や聴くことに集中できません。兼好さんが『徒然草』で紹介している弓の師匠の言葉に、「弓は2本ではなく、1本だけ持って射るようにしなさい。2本持つと、もう1本あると思って、つい集中できずに油断してしまうからです。」とあるように、確かに、いいと思った言葉をそのたびにノートに書いていては、注意力が散漫になって十分に聴き取って心に留められなくなるばかりでなく、後で読み直そうと思うために、自分でも気づかずうちにおろそかに聴き、瞑想してしまうということもあると思います。

 というわけで、明日からは、メモは取らずに、聴くことに精神を集中して、受講するつもりでいます。ああ、いい言葉だ、覚えておきたいという言葉が多いので、ついついペンを手に取ってしまい、受講し始めた数年前は、日記に書き込んでいたのが、あまりに書き込みが多いために、最近では専用のノートを作り、分厚いノートが1冊終わろうとしているところだったのですが、メモして書いて残す代わりに、しっかり心に留めておきたいと思います。



 日々すべきことに追われて、何だか流れに押されながら進むように感じる今日この頃、この講座をきっかけに、もうすでに1か月が終わってしまった2017年に、自分は何をどんなふうにしたいか、そして人生で自分は何をしたいかを考え、流されるのではなく舵を自らしっかりと取っていきたいのですが、この講座は、きっとそんなふうに、日々や人生を見つめ直す、改めて考えてみるきっかけを与えてくれることと信じています。

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Panorama da Sant'Elpidio a mare (FM), Marche 5/2/2017

 写真は、今日出かけた先のマルケの村から見えた風景です。写真ではとらえるのが難しかったのですが、雲の間から差す日の光が、それはきれいで感動しました。

関連記事へのリンク / Link agli articoli correlati
- 恐れるな未知は楽しい冒険だ、ディーパク・チョープラ瞑想講座イタリア語版2日目 (3/7/2016)
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by milletti_naoko | 2017-02-05 23:59 | Vivere | Comments(2)

外国語を話し学ぶのに大切なこと、英語雑誌バックナンバーから

 わたしが肩のリハビリに通うカイロプラクティック院には、以前から、イタリア移民の子供としてベルギーで生まれ育ち、大人になってからイタリアに戻ったので、フランス語とイタリア語のバイリンガルの女性が勤めていたのですが、最近新しく入ったイランの若者も、イギリス・イタリアで大学などに通って理学療法士の資格を取ったので、母語の他に英語やイタリア語が話せます。そういう職場で働くためでしょう。わたしの肩を担当してくれるイタリア人の青年療法士も、時代の先端を行く療法を学ぼうと、英語の論文などを読む機会は日頃からあるようですが、もっと英語の文法の基礎や会話を勉強したいと、先日言っていました。

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4/12/2011

 最近こそ、ディーパク・チョープラの瞑想講座や読書、英日翻訳の仕事を通じて、英語に接する機会が増えてきたわたしも、イタリアに暮らし始めて一度、英語力の低下に、「これではいけない」と思い、英語での読書を心がける一方で、『English Journal』を日本から年間購読して取り寄せたり、英語の授業に通ったりしたことがあります。上級とはあまりなレベルに、通うのをやめた学校で存在を知ったイタリア人向けの英語音声学習雑誌、『SpeakUp』を、発音はゆっくり気味ですが内容が興味深いからと、1年間年間購読したのですが、もう長いこと聞くこともないまま、本棚で眠っていました。音声が1時間ほど吹き込まれたCDも、そのスクリプトが書かれ、イタリア語による語彙の解説がある雑誌も、片づけのために捨ててしまおうと思いつつ、だれかの役に立つかもしれないと、取ってはおいたのですが、お世話になっている療法士さんが、英語を勉強したいと言うのを聞いて、この雑誌が役に立つのではないかと思いました。

 ヒアリングマラソン同様、1か月に1枚のCDを何度も聞いて耳を慣らし、雑誌で聞き取れているかどうか確認し、知らなかった言葉や表現を勉強するのが望ましいと思うので、毎月1か月分、わたしがあげるから勉強してみてはと、勉強法を説明したら、「自分で買ってもいいけれど、くれるというならぜひ。」とのことです。今日うちに帰ってさっそく、一番古い号のCDを、あげてしまう前にと、たまったアイロンがけをしながら、途中まで聞いてみました。

 もう7年近く前の英語学習誌の付録音声CDなので、聞いてみて、覚えがあるところもありますが、初めて聞くかのように、おもしろいなと思いながら、耳を傾ける部分も多くありました。何となくだいたい分かるからと、恥ずかしながら、雑誌で理解できたかどうかの確認に、スクリプトを読むことがほとんどなかったために、忘れてしまっていることが多いのだと思います。

 閑話休題。マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』は、単なる少年向けの物語ではなく、社会的にも大きな意義があったのだとか、名前も覚えていない英国首相の話のほかに、外国語学習について、これはいいなと思う話がいくつかあったので、今日はそれをかいつまんでご紹介します。家事をしながら聞き流しただけで、まだスクリプトを確認していないので、わたしがいいと思った要点のご紹介になります。

 一つは、外国語を話すとき、「文法は間違っていてもいいけれども、相手に失礼になってはいけない」ということです。英語を話すにあたって、礼儀正しく、相手に対して敬意をきちんと示すために大切な言葉として、please、sorry、thank youの三つを取り上げて、説明していました。旅行では、これはわたしが言葉が不自由なフランスで旅するときも、言葉は知っているイタリアで旅するときもそうですが、道の行き方など、何かと現地の人に質問をする機会が多くなります。そういうとき、質問やお願いの前後に、必ずpleaseを添えること、でなければ、命令になってしまって礼を欠くことになるという言葉が印象に残りました。pleaseは中学校で英語を学び始めるときから、すぐに習う表現ですが、それが実際に英語でコミュニケーションをする上で、いかに大切かということを、改めて思いました。フランス語では、英語のpleaseにあたるs'il vous plaîtを必ず使うようにと、よく聞いたのですが、確かにフランス語や英語に限らずイタリア語でも、「どうぞ」を意味する言葉、pregoやper favore、per piacereを添えないと、命令口調で失礼な言い方になってしまいます。

 もう一つ印象に残ったのは、語学学校の先生の話で、「自分が学ぼうと思う言語を話す国や文化に対して、心の壁があり、受け入れたくない気持ちや侮蔑する気持ちがあると、それがフィルターになって、学習してもなかなか身につかない」というようなことを言っていました。その先生が言うほど、その点ばかりが肝心なのではなく、他にも外国語学習でより成果を上げるために必要なこと、学習を妨げてしまうことはあるのですが、こういうこともあるのだと、多くの方に知っていただく必要があるかと思い、ブログの記事にこうして書いておくことにしました。

 次のリハビリ通院の火曜までに、できれば一とおり聞くだけではなく、スクリプトにも目を通しておこうと思うほど、興味深い内容が多いので、驚きました。

 写真は、記事の話題が英語ということで、2011年冬のロンドン旅行の際に、地下鉄の中から撮った駅の写真です。

関連記事へのリンク
- イタリアで英語学習、英語学習者向け月刊誌、『SpeakUp』 (31/3/2011)
- 英伊仏ヒアリングマラソンと注意点 (25/1/2013)

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by milletti_naoko | 2017-01-27 23:59 | ImparareL2 | Comments(2)

宿題基礎の腕試し、英語・日本語・イタリア語

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 わたしが最近英語を教え始めた女子中学生の学校で、明日月曜に簡単な英語のテストがあるとは聞いていたのですが、金曜の昼頃その母君から「できれば週末に学習課題を出してやってほしい」というメールが届いていたのに、わたしが気づいたのは夕食後です。昨日は遠方に葬儀に出かけて、帰りが遅くなったのですが、出発前そして帰ってから、机とパソコンに向かって、何とか3ページ分のおさらいプリントを作成し、昨日中にメールに添付して送付しました。

 せっかくなので、そのプリントの絵を利用して、英語・日本語・イタリア語の勉強ができるツイートを三つしてみました。


 「~がある・いる」という表現が英語の試験に出るということであり、また、最初の授業で、単数・複数に応じて、動詞の活用形や名詞の語形がどう変わるかを、きちんと理解できずに苦労していたので、その苦手な点がきちんと克服できたかどうかを、問いかけてみました。ツイートには140文字の制限があるため、プリントに載せた問題のごく一部しか、ここには挙げていません。


 日本語の「...の上/下/前/後ろ/正面/中/そばに」という位置を表す表現や、「あります・います」という存在表現は、外国人の日本語学習者にとって難しい文法事項です。英語やイタリア語では、存在するのが人・動物であろうと無生物であろうと動詞が変わらないのに、日本語では、主語が生物か無生物かによって、「います」になったり「あります」になったりと動詞が変わるために、特に、きちんと使いこなすのが難しいのです。

 英語やイタリア語であれば、物の数を表すのに、"There are three apples. / Ci sono tre mele."と、物を表す名詞を複数形にして、数詞をその直前にそのまま添えればいいだけなのに、日本語の場合には、リンゴであれば「三つ、3個」、猫であれば「1匹」と、名詞によって数え方も変わってきます。そうしてこの助数詞を覚えるのに、母語で習慣がほとんどないこともあって、皆本当に苦労をしています。


 場所や存在を表す表現は、イタリア語学習でもつまずきやすいところです。ある・いるものが単数なら「C'è...」、複数であれば「Ci sono...」となるので、本当はその両者を正しく使い分けることができるかも問いたかったのですが、語彙数を(   )の数に反映させるというこの問い方では、(   )の数だけでどちらか分かってしまうので、断念しました。「…の前に/正面に」は、イタリア語では「di fronte a (davanti a)」であり、英語の「in front of」に似ているものの、前後に来る前置詞はまったく違うので、ご注意ください。

 suのuの音は、これはこの単語に限らずイタリア語のu全般に言えることですが、唇を丸めて前に突き出し、舌を口の中で後方に引いて、はっきり発音する音であって、日本語の「う」やウ行の母音とはかなり異なる音になります。ちなみにイタリア語で「上に」を表す前置詞、suは、フランス語で「下に」を表す前置詞sousと、発音は同じなのに、つづりと意味がまったく異なるのがおもしろいです。a + la = alla、su + la = sullaと、前置詞が後に来る定冠詞と融合して、形が変わることにも注意しましょう。

 以上の練習問題の正解が気になる方は、以下のツイートをご覧ください。

- https://twitter.com/naoko_perugia/status/823134797648330752
- https://twitter.com/naoko_perugia/status/823138230317023232
- https://twitter.com/naoko_perugia/status/823139436179443712

 今年は仕事として、教えることに重点を置いていきたいと考えていますので、ブログやツイートにも、そういう志をできるだけ反映させていくつもりでいます。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-01-22 23:59 | ImparareL2 | Comments(6)

リハビリ外国語、伝わればからどう伝えるかへ(初校・詳細版)

(以下の記事は、昨晩寝る前に懸命に書き上げたのに、最後になって画面が凍結し、2時間以上いろいろ試みても凍結したままだったので、投稿をあきらめたものです。夜遅いので、内容を要約した記事を書いて投稿し、気づくと再び書き込みができるようになっていたのですが、今さらなので、前記事も残したまま、こちらもご紹介します。前記事の内容に興味を持たれて、より詳しい情報を得たいという方は、この記事もぜひご覧ください。)

 今日も午後、英語の授業をしに遠出をしました。生徒の中学生の少女は、やる気はあるし、授業で学んだことはほぼ吸収していると思うのですが、出身小学校では、「英語に親しむこと、コミュニケーションを取ること」が重視されて、文法はほとんど教わらなかったというお母さんの言葉を裏づけるかのように、語彙や言い回しは「何となく」覚えていて、言いたいことは伝えられるし、こちらが英語で言うことや教科書に書いてあることも分かるのですが、ごく基本的なところで、文法のびっくり間違いが多いことに、1度目の授業の最初に、英語力を把握しようといろいろ問いかけてみて、分かりました。

 難しいと言う課が「There is a book on the table.」など、there is/there areの構文を扱っていたので、いろいろ尋ねてみたり、訳させてみると、理解力と表現力は十分にあるのですが、ごく初歩的な間違いが多かったのです。たとえば、

 There is books / There are one pen / Is there two bed? - Yes, there are.

と言った風に、名詞の単複に応じて、語尾に-sがつかなかたりついたりすること、動詞の形が変化することを知らず、「こういう感じかしら」と直感的に答えている感じでした。

 数に応じて名詞の語形や動詞の活用形などが変わることは、日本人のわたしたちにとっては、母語の日本語に存在しないしくみであり、ですから難しいのですが、イタリア語の文法には、英語よりもさらに複雑な形で存在します。

 日本語であれば、本が1冊であろうと2冊であろうと、名詞や動詞の語形が数によって変化することがありませんが、英語やイタリア語では、本が1冊であれば、

 There is a book. / C'è un libro.

 2冊であれば、

 There are two books. / Ci sono due libri.

となり、名詞の数に応じて、つまり、名詞が単数であるか複数であるかによって、名詞の語形や動詞の活用形が変わってきます。 名詞の語尾に単純に-sをつければ複数形になる英語と違って、イタリア語の場合はそもそも名詞に男性名詞と女性名詞があり、原則のごく典型的な変化だけでも、何種類か覚えなければいけません。

 旅行中に出てきそうな言葉を使うと、たとえば、次の食べ物を表す名詞の単数形、性、複数形は次のようになります。(m.は「男性名詞」、f.は「女性名詞」を指します。)


 パニーノ      panino m.      panini
 カップッチーノ  cappuccino m.   cappuccini

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 ピザ      pizza f.    pizze
 ジャガイモ  patata f.   patate

 ですからご夫婦で旅行をしていて、パニーノを注文するときは、"Due panini, per favore."と、paninoは複数形のpaniniになりますし、レストランのメニューのジャガイモ料理ではたいてい二つ以上のジャガイモを使うために、patate arrosto「ロースト・ポテト」、patate fritte「フライドポテト」と、「ジャガイモ」は複数形のpatateという形で登場するのですが、単数形はpatataなのです。

 ここでおもしろいのは、たとえ母語であるイタリア語に、名詞が単数形か複数形かによって、名詞の語形と動詞の形が変わるというしくみがあるにも関わらず、そうして、彼女がイタリア語ではちゃんと名詞の単複次第で、文法的に正しく話しているのにも関わらず、英語となると、文法の説明なしに多数のインプットを得て話したり書いたり読んだりしただけでは、この単純な名詞の数の呼応のしくみに自分では気づけず、従って、何度聞いても、その違いはうわすべりをして、いつまでも「なんちゃって英語」を話したり書いたりしてしまっていたという点です。

 ただ、母語のイタリア語には名詞の性についてもっと複雑なしくみがあるおかげもあって、先週の1時間半の授業の後には、もう上記のような間違いはせずに、きちんと言えるようになっていました。

 この中学生の少女のような間違いは、イタリアに限りませんが、移民がある国に仕事をするためにやって来て、その国の言葉を学校や本で学ぶことなく、仕事や生活を通して学んだ場合に身につける、と言うよりは、習得途上で発達が止まってしまう外国語における間違いによく似ています。そうして、わたし自身がフランス語を数か月独学で勉強したあと、パリの語学学校の授業で、とにかく何か言おうと、既存のイタリア語の知識から推測して、「こうかしら」と適当に言った「なんちゃってフランス語」や、1か月だけスペイン語を勉強して、巡礼中に出会った巡礼仲間やレストランの人に言った「なんちゃってスペイン語」にもよく似ています。店の人には何とか通じたものの、スペイン語をよく知っている友人たちが思わず吹き出すようなことを、時々言っていたようです。

 と言うのは、外国語教育・学習研究では多くの学者がすでに指摘しているように、確たる文法知識を持たず学ばずに、ぽんとその国の言葉が話される世界に放り込まれると、まずはpragmatic modeあるいはattenzione al significato、つまり、自分が言わんとすることが相手に伝わることが何よりも大事なのであって、自分がそのために使う語彙や文法や表現には注意を払わず、内容を何とか伝えることに夢中になるモード、言わばサバイバルモードで、その国の言葉を使い始めるようになり、そのうち言わんとすることが伝わるようになると、よりきちんとした言葉で表現したいと、syntactic modeあるいはattenzione alla formaに切り替わり、文法や言葉のしくみ、自分が使う表現、言葉の形に、も注意を払う、文法にも注意モードで伝えようと試みるようになるからです。

 そこで、わたしとしては、授業の質問に対する答えや、彼女が書き話す英語を通して、どういう点が注意を払われぬまま使われるので間違いとして現れ、そこで間違ってしまうのは、何が習得できていないからか、どういう文法の決まりに気づけていないからかをつかみ、その少女が気づけていないことに、気づかせ、正しく言ったり書けたりするように練習を繰り返させることを通して、彼女の「なんとなくサバイバル英語」を、「文法に注意しきちんと伝えられるよう意識した英語」に、少しずつ近づけていけるようにしています。

 「中国人あるよ」とか「インディアンうそつかない」とか、そういう偏見が入った特定の民族の人の日本語の典型的例を、日本で読んだり聞いたりする機会が以前よくあったのですが、こういう表現も、外国の人は、日本語の「てにをは」という少々間違っても内容を伝えるのには支障がない些末な部分は、母語と違うこともあって文法のしくみを認識しづらく、習得も難しいということを、反映しているような気がします。

 同様のことは、わたしが教える中級の日本語の生徒さんにも言えるのであって、漫画やアニメ、日本の友達との実際の会話やメールを通じての交流を主として学び、教科書を使っての文法学習は、それに後からついて行っている形なので、日本語能力試験の問題を解いても、会話をしたり主題を決めて文章を書かせたりしてみても、聴解力や読解力、言わんとすることを伝える力は十分にあるものの、てにをはなどの助詞は、わたしは初級の後半あたりから個人授業で教え始めたのですが、今でもごく簡単なところで、間違えてしまうことが少なくありません。

 今朝は肩の施術・リハビリにカイロプラクティックに行き、どこまで動きが回復しているか見てもらってから、施術をしてもらい、必要な運動を指示してもらいました。そもそもは、体の一部だけ酷使したり、ゆがんだ姿勢で長く机上の作業をしたりしたために、痛みが出て、その痛みや問題に応じて、どうすればいいかを教えてもらい、治るのを助けてもらっているのだと思います。そういう意味で、なんちゃって外国語学習や、わたしのように勉強中断になってしまったためのなんちゃってフランス語力は、弱点を突きつめて、忘れてしまわぬうちに、最初から勉強をし直さなければいけなくなってしまう前に、基礎力を取り戻すために、語学検定を受けてみたり、先生について教えてもらったりすることが、大切だと感じています。フランス語については、だれか先生に見てもらう必要をずっと感じていて、同僚の先生にずっとお金は払いますと頼んでいるのですが、忙しくてなかなかその時間が取れないという状況なのですが、これは弱点を把握し、文法を復習するためにも、語学検定をまずは受けてみることに決めなければいけないときが来ています。 

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by milletti_naoko | 2017-01-18 02:57 | ImparareL2 | Comments(0)

リハビリ外国語、伝わればいいからどう伝えるかへ

 今日も英語の授業をしに遠出しました。小学校で文法らしきものを教わらず、話すことや書くことを覚えた中学生の少女は、聴解力や読解力はある上、言わんとすることも分かるものの、There is two pen.などという文が口から出てしまうように、数に応じて、名詞の語形が変わり、動詞の活用形も変わるという、ごくごく初歩的な文法事項に、自分では気づけず、間違いを繰り返しつつも、それがなぜだか分からずにいたのです。

 数によって名詞の語形や動詞の活用形が変わるのは、イタリア語も同じで、

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たとえば皆さんご存じのカップッチーノも、1杯ならun cappuccinoですが、2杯であれば複数形を用いるため、due cappucciniになり、たとえばバールで二人連れの両方がカップッチーノを注文すると、店の人が「つまり、お二人合計でカップッチーノ2杯ということですね。」という意味で、"Due cappuccini?"と確認してくることが、たまにあります。ピザも1枚なら単数形のpizzaを用いますが、2枚以上あれば複数形になるため、たとえば3枚のピザは、tre pizzeとなります。

 母語であるイタリア語にも、名詞に単数形・複数形があるおかげで、少しずつ決まりを説明し、そのたびごとに該当文法事項について練習をさせていくと、新しい教え子は、授業が終わる1時間半後には、間違えずに言ったり書けたりするようになっていました。

 数年前、サンティアーゴ巡礼直前に、にわか勉強したわたしの「なんちゃってスペイン語」は、言わんとすることはレストランの人に伝わっても、語彙の選択や文法がおかしかったらしく、友人たちがはたでにやにや笑っておもしろがっていました。日本語の生徒のうち、独学で学んだあと、わたしが個人授業で教えることになり、今は中級の力がある大学生は、アニメや漫画、日本の友人との会話やメール交換など、大量のインプットやコミュニケーションが学習の基盤にあって、並行して日本語の文法を、主に独学で本で勉強していたために、聴解力・読解力に優れ、かなり難しいことでも言わんとすることを伝えることができるのですが、彼の作文や話し言葉を文法的な観点から見ると、大学や学校で初級日本語を教えた学生・生徒でも間違えないような初歩的な間違いが、今でもまだあります。

 第二言語学習・教育研究でよく言われるように、文法の知識なしに第二外国語(lingua seconda、L2)の世界にぽんと放り込まれると、最初は言わんとすることを伝えよう、主旨を理解しようと、些末な文法的事項には注意を払う余裕がなく、内容・意味・コミュニケーションによって目的を果たしたり問題を解決したりすることに重点が置かれ、そうして、その言語で生き延びられるだけの力がついてはじめて、きちんと文法などに注意を払い、形も重視して意思疎通を図ろうとするようになるからです。

 衣食足りて礼節を知ると言いますが、言語も、その言語が使われるのではない土地で、学校や独学で学ぶ言語、外国語(lingua straniera)と違って、その言語が話される土地で暮らしながら、学校などに長期間通うこともなく身につける場合、第二外国語として学ぶ場合には、最初は形にこだわる余裕がなく、まずは実を取り、言うことが分かる、相手に思いが伝わることに全力を注ぐ傾向があるからです。中学生の少女の場合は、英語をイタリア語で第二外国語として勉強してはいても、文法をまともに教わらぬまま、話すこと、書くこと、会話することを余儀なくされたために、なんちゃって英語が身についてしまったのではないかと思います。

 問題は、学習者がそうやって必死でサバイバル外国語を身につけるべき努力し、ようやくそこまでは到達したとき、そのpragmatic modeからsyntactic modeに、つまり内容だけではなく、きちんとした表現で伝えられるよう文法にも留意して伝えていこうという姿勢に、切り替えていけるかということです。間違いだらけでも相手に伝わりさえすれば、相手の言うことが分かりさえすればよいと、そこで安住してしまうと外国語の化石化(fossilizzazione)が起こり(過去記事、「イタリア語の化石化」参照)、以後はどんなにその言語の中で暮らし、聞いたり読んだり話したりしても、外国語力の向上にはいっさいつながらなくなってしまうからです。中学生の教え子は、中学校で文法をしっかり押さえる先生に教わるようになったことをきっかけに、日本語の生徒さんは、わたしが宿題に出した作文の添削を通して、自らの間違いや弱点に気づくことを通して、このままではいけないと、いろいろ勉強方法を工夫し、syntactic modeに移行していっています。わたしは、スペイン語は今のところは「なんちゃって」でもいいけれども、フランス語については、せっかく勉強したのにこのままさぼっていては、フランス語力が「なんちゃって」以下になりかねないので、語学検定を受ける、問題集や参考書に取り組むなど、具体的な目標を早く設定して、頑張らなければと考えています。

*追記(1月18日16:56)
 以下の記事は、昨晩寝る前に懸命に書き上げたのに、最後になって画面が凍結し、2時間以上いろいろ試みても凍結したままだったので、投稿をあきらめたものです。夜遅いので、記憶に頼りつつ、その内容を要約して投稿したのが、今回のこの記事です。ところが、この記事を投稿後、ふと気づくと、書き込み不能だった記事が、いつのまにか再び書き込みができるようになっていました。今さらなので、この記事も残したまま、もともと最初に書いた記事もご紹介します。前記事の内容に興味を持たれて、より詳しい情報を得たいという方は、以下の記事もぜひご覧ください。

- リハビリ外国語、伝わればからどう伝えるかへ(初校・詳細版)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-01-17 23:59 | ImparareL2 | Comments(0)

英語も教えることになりました、ノートは英語で?

 と言っても個人授業で、生徒は11歳、中学校1年生のイタリア人の女の子です。イタリアは小学校が5年間なので、イタリアでは同じ年齢の日本の子供よりも、一足先に中学生になります。長い間夫と同じ職場で仕事をしている同僚の娘さんです。お母さんである夫の同僚によると、娘さんの出身小学校の英語の授業では、文法を教えることがほとんどなかったのに、昨年秋に入学した中学校では、英語の先生が、基礎の文法などは小学校ですでに学んだものと考えて、おさらいなどせずにどんどん先に進んでいくために、何とか合格点は取れたものの、文法をきちんと押さえず、「何となく感覚的に答えて、たまたま及第点が取れた」という状況で、同じ小学校出身の6人の生徒は皆同じ問題を抱えているそうです。

 わたしが日本の高校で国語を教えていた1990年から2002年にかけても、小さな町の高校で、似たような問題を英語を教える同僚が抱えていて困っていました。近隣の中学校の中には、新しい学習指導要領に従って、文法はあまり教えず、楽しみながら会話を中心に英語を学ぶように授業方針が変わった学校が少なくなかったのです。けれども、高校では、教え子たちが望む進路に進めるだけの英語力をつけるために、センター試験や大学の二次試験で満足な点数が取れるための文法や語彙、読解力や作文力を鍛える必要がありました。そのため、英語の基礎と学習の仕方が分からないまま高校に入った生徒たちに、中学でみっちり英語の文法を学習した上に高校で学び、卒業したかつての生徒たちと同じレベルの英語力をつけさせようと、英語の先生が大変な苦労をしていたのです。中学校によっては、きちんと従来どおり文法や読解力がきちんとつくように育て上げていたのですが、高校側は、補習授業や課題を通して、英語の基礎力を皆がつけられるように、配慮していました。

 それで、そういう対策を中学校自体が取れないかと夫の同僚に尋ねてみたのですが、学校からは、「3月になれば、学校でも対応するけれども、それまでは各家庭で英語の力がつき、授業についていけるように指導してほしい。」と言われたとのことでした。お母さんである彼女が教えてみても、相手が親だとどうしても甘えが出て、他の場面での関係にもひびくので、第三者に授業を頼もうということになったそうです。

 わたしは英語は日本で実用英検1級に合格し、バベルの翻訳家養成講座英語本科も修了しています。高校で国語を教える傍ら、カナダ旅行をきっかけに英語を再勉強しようという気持ちになり、目標を設定するために、ヒアリングマラソンを受講し、英検準1級・1級を目指して勉強し、さらに英検1級合格後は、より細やかな読解力を培いたいという目的で、翻訳講座も受けました。おかげで日本の高校では英語部や英語クラブを担当させてもらえた年もあり、地域の英語劇に参加したり、学校や地域で通訳を引き受けたりもしていました。イタリア語の勉強を始め、イタリアに留学し、その後イタリアで働きながら暮らすようになってからは、英検1級合格時に比べると、特に聴解力や討論する力は錆びついてしまいましたが、それでも、日本人で英語ができる人がウンブリアではなかなか見つからないおかげで、看板は特に掲げていないものの、日本語・英語間の通訳や翻訳を依頼されることは、これまでにも時々ありました。

 ただ、日本で教員免許を持っている国語や書道、イタリアの大学・大学院で学び専門家の資格を取った外国人へのイタリア語教育と違って、英語は姪たちの宿題の面倒を見はしても、仕事として教えようと考えたことはありませんでした。また、同僚が住むのは遠方で、車で片道30分かかります。それで12月に夫から、「同僚が君に娘の英語の家庭教師を頼めないかと言っている。」と聞いたときは、断るのも失礼かなと思って、「英語を教える資格は特に持たないけれども、子供を教えるにはまた違った準備が必要だし、遠方でもあるので、もしわたしが教えるなら、日本語やイタリア語の授業と同じように、授業料は、60分25ユーロに設定する。もし、それでもいいと言うなら、教えに行く。」と、他の仕事へのしわ寄せも念頭に置きながら、提案しました。教員免許を持つイタリア人の友人が、フランス語や英語の家庭教師を1時間13ユーロで引き受けていたのを知っているので、こう言っておけば、他の人に頼んでくれるのではないかしらという期待もありました。

 結果的には、今週になってから、それでもぜひわたしにという返事があり、今日初めての授業に行ってきました。中学1年生の新しい生徒は、文法をきちんと勉強しないまま、感覚的に何となく覚えたことを英語で言えるようになったために、英語で言うこと・書くことが文法的に正しいかどうかに当たりはずれがあり、移民がイタリアで仕事をしながら生活をする中で、学校には行かずに、人とのやりとりを通して身につけた、そういうイタリア語に似ているところがあるなと思いました。難しいのは、本人はすべて何となく分かったつもりになっていて、文法事項のどういう点が習得できていないかを、自分では把握できないために、教科書の中から、難しいと思う課を聞いて、質問を投げかけ、答えを聞きながら、下から少しずつ積み重ねていく学習の積み木たちの中で、何が欠けているか、何が学習不足で、何を間違っていい加減に覚えてしまっているかを、こちらが探し当てて、その弱点を補強していかなければいけないことです。

 口頭で尋ねて、実際にノートに書かせてみて、どうやらthere isとthere areを混同していること、つまり主語の単複によってどう動詞が変わるかが分かっていなかったこと、そうして、冠詞のaや複数形の語尾の-sが抜けがちなので、母語のイタリア語にも冠詞や複数形があるものの、イタリア語とはしくみが違うために、英語独特の不定冠詞・名詞の単複による変化が分かっていなかったことなどが、次々に分かり、分かった端から、そういう弱点を補強するたびに、机の上や授業をした居間に実際にあるものを使って、「何があるか」を英語で言わせて書かせてみました。最初はところどころ間違いがあったのですが、授業の終わりには幸い、間違いなく言えるように、書けるようになり、生徒もわたしも「よくできた」と達成感があって、うれしかったです。

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Immagine prese dal Cambridge learner's dictionary

 ただ、授業中にそれは驚いた衝撃的なできごとがありました。someやanyを使う練習をしようと、机の上にノートが数冊あったので、「Ci sono alcuni quaderni.」(ノートが数冊あります)と、英語でまずは声に出して言ってから、書いてみるように言うと、「ノート」を英語で何というか分からないとのことです。それで、自分で苦労した方が覚えやすいからと、机上の彼女のイラスト入り伊英辞典で調べるように指示しました。

 皆さん、「ノート」は英語で何と言うとお考えですか。わたしは当然notebookだろうと思っていました。そのため、伊英辞典のquadernoの項に、exercise-bookとはあっても、notebookとはどこにも書いていないのに驚きました。けれども、彼女は「そうそう、学校でこう習った。notebookという言葉は知らない。」と言います。exercise-bookは「練習(exercise)」のことであって、ノートとは別物ではないかと思ったのですが、うちに帰って、家にある『Cambridge learner's dictionary』で調べてみると、exerciseの項にもbookの項にも、exercise-bookという言葉は見当たらす、notebookを調べると、「a book of empty pages that you can write in」という定義が一つ目にあります。それで、「ほら、やっぱりノートはnotebookじゃない」と思ったら、ところが、図解で英単語を紹介するページでは、引用した上の図のように、ノートをexercise bookと呼んでいるのです。

 それで、イタリア語の「ノート」、quadernoに対応する英語を伊英辞典で調べようと、紙の辞典を探すも見当たらないので、オンライン辞典で調べると、

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Presa da http://www.larousse.fr/

「書くため」(per scrivere)に使うのがexercise bookで、「メモを取るため」(per appunti)に用いるのがnotebookだとあるではありませんか。

 今夜はもう遅く、明日は早朝から午前中いっぱい用事があるのですが、昼帰宅したら、オックスフォードの伊英辞典を発掘して、ノートの真実の探求を続けるつもりでいます。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-01-10 23:59 | ImparareL2 | Comments(4)

愛・親切・お金すべてはめぐるエネルギー、ディーパク著書読書再開

 自然界同様、わたしたち人間の世界でも、エネルギーはめぐり、出して与えた分だけ自分に戻ってくるのであって、心でも金銭でも、ため込んでいてはよどんでしまい、何のためにもならない。愛情や親切、人が幸せを感じ笑顔になれるような言葉やささいな贈り物、そうしてお金だって、人に与えること、放出することで生きるのであって、自分にも返ってくるのだ。

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 読みさしていたディーパク・チョープラの本を11月末に、また冒頭から読み直すことにして、数日前に第4章の途中まで読みました。日頃感じていたことや、これまでのオンライン瞑想講座で聞いてきたディーパクの言葉との相乗効果で、心に響くところが多くあります。実は、ブログの記事に、「やろうと思うだけではだめで、意気込みがなければ行動に移せず、努力をしなければ目標が達成できない。」と書いたその12月6日の晩に、床で本を開き、読んでいたら、「最小限の努力の法則」(The Law of Least Effort)を説く第4章に入って、びっくりしました。「魚は泳ごうと努めるのではなく、ただ泳ぐのであり、花は咲こうと努めるのではなく、ただ咲くのだ。人間も同様に、本来、自らの夢を、苦労せずともたやすく実現できるはずなのだ。」とあり、一瞬わたしがブログに書いたばかりのこと正反対に思えたからです。ただ、読むうちに、そのためには、自分にさえよかればという思いは捨て去り、動機が人のため、愛・思いやりでなければいけないなど、いろいろ満たすべき条件があることが分かりました。

 愛やお金が流動するエネルギーであり、ためこむとその循環が止まってしまい、新たに流入することがなくなくなってしまうという言葉に、はっとしました。イタリアに暮らし始めてから、最初は学生だったこともあって節約を心がけ、今も日本で働いていたときに比べるとずっと稼ぎが少ないこともあって、将来のことを思い、またただでさえ物も本も多いので、これ以上買うのはどうかと、倹約を心がけてきました。けれども、最近イタリアのテレビの経済のニュースでも、「人々が物を買うよりは貯金をして将来に備える傾向があり、結果として経済がずっと足踏みをしている」と言っていたように、確かにお金も持っているだけでは生きず、循環しないので、結局は自分のところにも入ってこないと言えるでしょう。生徒さんたちが60分25€という、学生や若い社会人には決して安くない授業料で教えているわたしのところに来てくれるので、わたしもそのお金のおかげで、カイロプラクティック院に私費で週2回通うことができ、そんなふうに、風が吹いて桶屋が儲かるではありませんが、結局は使うことを通して、回りまわって、皆の懐や世が豊かになり、また自分に返ってくるのだろうと感じたのです。

 同時に、流動性という点でいうと、片づけについても、持っていてもどこにあるか分からず使えていないもの、結局再利用する機会のない紙の資料や、着ることのない衣類などは、それこそよどんだ水のようなもので、それよりも、そうしたものを手放していくことで、もっと望ましいいいこと、いいものがめぐってくるようになるのではないかと、いろんな方の片づけや断捨離の記事を目にして思いました。

 そんなふうに最近は、本の言葉になるほどと思ったり、それをきっかけに、日々の生活や人生を新たな角度から見つめ直したりしています。本の題名の「成功」は富や名声ではなく、世のため人のために役立ちながら愛や友情に満ちた生き方ができるということだろうと、まだ途中までしか読んでいませんが、これまでに受講したディーパクの言葉から想像ができたので、題名だけでは眉つばものに思えそうなこの本を、購入しました。

 かかりつけ医診療所のにぎやかな待合室や夜眠る前という時間に英語で読んでいるために、記憶があいまいなところを、自分の経験や過去のディーパクの瞑想講座の言葉で補って自分なりに理解してしまっているところもあると思います。けれども、数か月ほどの差であるでしょうに、数か月前に最初に読んだときよりも、読み直している今の方が心に響くことが多く、また深く響くことに驚いています。日本語訳があるのを発見しましたので、興味のある方のために、日本語訳およびイタリア語訳の本へのリンクも、最後にご紹介しておきます。

関連記事へのリンク / Link agli articoli correlati
- 日々こつこつ肩リハビリも日本語も (6/12/2016)
- 読んでます、"The Seven Spiritual Laws of Success", Deepak Chopra (8/8/2016)

参照リンク / Riferimenti web
- Amazon.co.jp - Deepak Chopra, "The Seven Spiritual Laws of Success: A Practical Guide to the Fulfillment of Your Dreams" (English Edition) Kindle版
- Amazon.co.jp - 富と成功をもたらす7つの法則 (角川文庫) 文庫 – ディーパック・チョプラ (著), 渡邉 愛子 (翻訳)
- Amazon.it - Deepak Chopra, "Le sette leggi spirituali del successo"
- Amazon.it - Deepak Chopra, "The Seven Spiritual Laws of Success: A Practical Guide to the Fulfillment of Your Dreames" (Inglese)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2016-12-11 23:41 | Film, Libri & Musica | Comments(5)

イタリア語版ディーパク・チョープラ6日間オンライン無料瞑想講座実施中、スペイン語も並行開催

 明日は学校で会合があるはずで、中心街のはずれにある学校まではバスを乗り換えて行く必要がある上に、便数が少ない地域に住むわたしは、バスの時刻表のページをめくり、メモを取りながら、かなり長い間、駐車場はおそらく利用できない学校にどうやって公共交通機関で行こうかと考え悩んでいました。会合の案内メールでは何時までに行かなければいけないか分かりづらかったので、仕事から帰った夫に、学校からのメールを見てもらおうと確認していて、驚きました。なんと前日の今日になって、明日の会合はなくなったというメールが学校から届いていたではありませんか。

 失われた時間と労力を思いつつ、

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もう過ぎたことと割り切って、そういうもやもや、いらいらする気持ちを追いやってしまう方が、ずっと心の健康、平安のためにはいいのだろうなと、思い返すのでありました。

 今回のイタリア語版・スペイン語版瞑想講座は、それぞれ6日間、スペイン語版は7日間と、かなり短くなっています。

 イタリア語版の瞑想講座では、ディーパク本人の英語での語りとイタリア語訳が交互に流れ、これまでに無料で行われてきた21日間瞑想の六つの講座について、毎日そのうちの一つの講座の1日分の内容が選ばれて、聞けるようになっているようです。

 たとえば、初日だった11月29日には、『Crea Abbondanza nella tua vita』、「人生をより豊かに生きよう」(意訳です)という過去の講座の2日目分が紹介されています。今から受講を申し込まれたら、4日目の12月2日分からは聞くことが可能なはずで、以下の講座案内FB投稿内のリンクから登録・受講できると思います。1~3日目の講座も聞けるとよいのですが。



 そして、2日目11月30日には、講座、『Salute Perfetta』の13日目、



 今日12月1日には、講座、『Relazioni Miracolose』の3日目


を聞くことができるようになっていました。

 案内メールでは、その日の限られた時間内しか聞くことができないと書かれているので、2日目になってから「しまった」と思い、今日も1日慌ただしくしていて、朝瞑想はせずに教えの部分だけ聞いたのですが、今記事を書くために確認してみたら、まだ1・2日目分の講座も聞くことが可能です。

 今記事を書くために、日々の講座内容を紹介する過去のFB投稿を見ていたら、いいなと思うすてきな言葉がたくさんありました。

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 「力はわたしの中にある」

 もっと水や肥しをやり、力の芽が出て、育っていくようにしたいものだなど、この言葉や他の言葉を読みながら、そう思いました。

 クリスマス前に、過去の瞑想講座を自分、あるいはだれか大切な人へのクリスマスの贈り物と購入してもらおうという意図が、今回は非常によく見える無料講座なのでありますが、聞くと心が落ち着いて、より広く見て、深く感じ考え、よりよく生きていけそうで、わたしはディーパクの言葉を聞くのが好きです。わたしがディーパクの瞑想講座を聞いたのは、2014年の無料講座、『Relazioni Miracolose』を夫と共に受講したのが初めてで、その直後に夫が、mp版を購入しています。イタリア語版でディーパクの言葉を解説するプージャ・クリスティーナによると、2度、3度と繰り返して受講していくうちに、初めて身や心についていくそうなので、こうやって期限つきの無料講座を慌ただしく聞きかじるよりは、すでに持っていていいなと思ったこの人間関係をより豊かにしていこうという瞑想講座を、何度も繰り返し受講した方がいいのでしょう。

 とは言え、持っていていつでも聞ける瞑想講座よりも、「今を逃すともう聞けませんよ」という知らせに、つい心が動くわたしなのでありました。

 スペイン語版は今回は7日間で、すべての説明がスペイン語でなされて、ディーパクによる英語の説明がないことを、数日遅れで今朝の分を聞いて確認しています。



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Per chi è interessato, ancora disponibili online per qualche giorno
i corsi gratuiti di meditaizone di Deepak Chopra
in italiano (+inglese, parole di Deepak) e in spagnolo
(solo in SP).
Potrete trovare i link per registrarvi e ascoltare gli insegnamenti
nei post FB del sito di Deepak incorporati in questo articolo.
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2016-12-01 23:59 | Vivere | Comments(2)