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アグリトゥリズモでもW杯観戦 ~コラーレ・テティウム、マルケ小旅行2

 6月20日日曜日、歴史ある美しい修道院(記事はこちら)の後で、合唱団、コラーレ・テティウム(Corale Tetium)が昼食にと訪れたのは、こちらのアグリトゥリズモ、Aiònです。
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 名前がギリシャ神の名に由来するこのアグリトゥリズモを経営する農場、Azienda Agricola Moroderは、ワインを製造しており、レストランのある建物は、四方を広大なブドウ畑(vigneto)に囲まれています。
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 場所は、アンコーナ郊外、コーネロ山(Monte Conero)。おいしい上質の赤ワインとして知られるロッソ・コーネロ(Rosso Conero)を、この農場でも生産しています。
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 そのため、敷地のあちこちに新旧のワイン製造・貯蔵のための道具や機械が、置かれています。
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 昼食会場のテーブルには、最初から農場自慢の赤ワインDOC、ロッソ・コーネロのAiònと白ワインIGTのマルケ・ビアンコ、Ellenoが並んでいました。
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 しかし、ワインにうるさい合唱団員たちが手放しで絶賛したのは、DOCの赤ワインでもIGTの白ワインでもなく、こちらのマスカット・ワイン(moscato)、ビアンコネーロ(Bianconero)

 他のワインについては、大したことがない、というのがわたしたちと同じテーブルで食べた人々の評価でした。

 実は、ウンブリア州の人(umbri)は、他の地方のワインには、口うるさいことで有名だそうです。地域に上質のワインが多く、自分でもワイン畑を所有して、ワインを家庭で醸造している人もいるからでしょうか。
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 合唱団、コラーレ・テティウムの創立25周年を記念した今回の旅行だったのですが、創立の1985年から25年間ずっと継続して活動しているのが、こちらの3人。

 中央が、指揮者であるマエストロ、アントーニオ・ズマッキ。右がわたしの夫のルイージ。左が、その弟のパオロです。この3人は、合唱団の創立にも関わっています。というのも、夫たちの伯父、ドン・アンキーセ(記事はこちら)が長い間神父として務めた教会で、ミサの間に聖歌を歌う合唱団を育成しようとして、設立されたという経緯があるからです。
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 合唱団が集まっての飲食では、必ず時々、団員たちが集まって、ペルージャ近隣の村や町などの民謡を、高らかに楽しく歌い上げます。

 教会やコンサートで歌う歌は、どうしても聖歌などの厳粛な歌が多いのですが、食事の席では、『万葉集』も顔負けに、恋情を率直に歌い上げる陽気な歌を次から次へと披露することになります。歌詞も楽しく、メロディーもリズミカルなので、宴会の雰囲気が盛り上がり、会場にいる団員の家族や友人、ファンたちも、歌に合わせて手を打って、拍子を取ります。
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 室内はおしゃれな雰囲気。お皿も1枚1枚が手書きで、ブドウが描かれています。この会場を選んだのは、庭で美しい風景を眺めながら食事をしようという意図だったからのようですが、残念ながら、レストラン到着時にどしゃぶりの雨が降っていたために、室内で食べることになりました。

 食事はプリモとセコンドが一つずつに、野菜の付け合わせが3、4種類。デザートと飲み物代もすべて含めて30ユーロでした。プリモのイノシシの肉を使ったミート・ソースのパスタやデザートはおいしかったし、野菜は豊富に食べられましたが、セコンドの肉料理は今ひとつ。

 食事のあと、アグリトゥリズモの敷地内で、午後4時からワールドカップの試合を観戦できるようにと頼んでいたので、その分の費用と相殺するために、肉料理がそこそこのものになったのかもしれません。
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 イタリア対ニュージーランドの試合がいよいよ始まります。団員を始め、皆がテレビの前に集まり、テレビの中のサッカー選手たちと共に、国歌を高らかに歌い上げます。

 テレビのすぐ横で指揮を取っているのは、もちろんマエストロ。

 試合の結果は皆さんもご存じのとおり、1対1の引き分け。試合への失望がいかばかりであったかは、ご想像にお任せします。

 ワールドカップのイタリア戦が見られないなら、旅行には参加しないという人が多かったので、こういう日程になったのですが、皆、「こんなことなら昼食後、すぐに帰途につけばよかった。」とぼやいていました。
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 皆が試合を真剣に観戦していたテントのすぐ近くにも、見晴らしがそれは美しい場所がありました。幸い、昼食中に雨がやんだので、わたしやあまり試合に興味のない人は、時々席を立って、アグリトゥリズモの敷地内の散歩を楽しみました。

 最後に、アグリトゥリズモを経営する農場へのリンクをご紹介します。説明は、英語とイタリア語です。イタリア語の場合には、vini(ワイン、vinoの複数形)をクリックすると、農場で生産されるワインの説明、agriturismoをクリックすると、アグリトゥリズモの案内を読むことができます。

LINK ⇒ "Azienda Agricola Moroder" home page

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-06-28 12:30 | Marche | Trackback | Comments(0)

修道院に響く歌声 ~コラーレ・テティウム、マルケ小旅行1

 夫ルイージとその弟パオロが所属するコルチャーノ市の合唱団、コラーレ・テティウム(Corale Tetium)(詳しくはこちら)が、今年創立25周年を迎えました。

 そこで、6月20日日曜日に、25周年記念旅行として、マルケ州の美しい修道院、キアラヴァッレ・ディ・フィアストラ修道院(Abbazia di Chiaravalle di Fiastra)に赴きました。
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Abbazia di Chiaravalle di Fiastra, CHIOSTRO(回廊)

 参加者は、合唱団員、家族および合唱団のファンなど、約50名。朝7時過ぎに、大型バスでペルージャを出発し、コルフィオリートのバールで朝食・トイレ休憩。

 7時出発のはずが、遅れてくるメンバーがいたり、バールにトイレが一つしかなかったりで、合唱団が聖歌を歌うことになっていた10時からのミサ(messa)の開始間際に、ようやく修道院に到着しました。
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 写真は、ミサの最中のキアラヴァッレ・ディ・フィアストラ修道院の教会(chiesa)の様子です。修道院は、1142年にシトー派の修道僧(monaci cistercensi)によって建立されました。写真の正面、日の光の差し込むバラ窓(rosone)の下には、十字架に架けられたキリスト像(Crocifissione)があり、その両脇には、聖ベネデットと聖ベルナルドが描かれています。
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 コラーレ・テティウムが、聖歌を歌った場所は、この教会の左身廊(navata sinistra)の奥。2枚目の写真で、左手奥に見える二つの柱の、その左側にあたる部分です。
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 ハーモニーあふれる歌声に、ミサの参列者や修道僧も感嘆し、ミサの後に、団員に温かい言葉をかけてくれました。そして、美しい合唱のお礼にと、修道院の方が、歴史ある興味深い建物を、案内してくださいました。
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 こちらは、修道院総会の会議室(sala del capitolo)。かつて、修道僧たちは毎朝ここに集い、殉教禄と聖ベネデットの定めた規則を読み上げ、それから、すべての修道僧が、自らと他の僧の過ちを、皆の前で告発することになっていたようです。
 
 修道院長を選出し、修道院長が説教をしたのも、ここ、修道院総会会議室です。
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 とりわけ興味深いのが、会議室入り口から、向かって右側の壁に書かれたこの碑文です。

"Parla poco, odi assai et guarda al fine di ciò che fai."

 「口を慎んで、話すことを控え、耳を傾けて、よく聞くこと。そして、自分の手がけていることを最後まで、きちんと見届けること。」(「 」内は、石井訳)

 修道院の案内には、この碑文が「沈黙の大切さ」を思い起こさせるとありますが、わたしは、この言葉を読んで、むしろ、古今洋の東西を問わず、話してばかりで人の言うことに耳を傾けず、していることの仕上げが疎かになってしまいがちな人間の習性を思って、一人微笑んだのでありました。
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 こちらの広間は、助修士の食堂(refertorio dei conversi)。助修士 (converso)は、誓約を立てた在家の修道士ですが、礼拝(liturugia)よりも、むしろ修道院生活で必要とされる、牛や羊の飼育、田畑の耕作などの仕事に従事していたと、修道院の案内にあります。

 この食堂の特徴は、近隣の古代ローマの都市、ウルブス・サルヴィア(Urbs Salvia)の遺跡で見つかった建材をふんだんに使い、工夫を凝らして、食堂の建築に取り入れている点です。

 たとえば、広間の中央にある7本の支柱(sostegno)は、古代ローマ時代の円柱の柱頭(capitello)、柱身(fusto)、台座(basamento)を使ってできたものですが、すべての支柱がそれぞれ異なっています。
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"i sette sostegni centrali, [...], tutti diversi fra loro" (dal depliant)

この写真の方が、人がいないので、一つひとつの支柱の違いが、分かりやすいかもしれません。
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 キアラヴァッレ・ディ・フィアストラ修道院のワイン製造・貯蔵所(cantina)は、17世紀に建築されたということです。

 写真は、地下にあるワイン貯蔵所で、この貯蔵所の特色は、広い空間に大樽がいくつも並ぶというよくある貯蔵所と違って、地下に細長いトンネルが、迷路のように張り巡らされていて、そのトンネルの脇に、時折大きな壺が配置されている点です。
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 ワイン製造所では、修道院が所有するブドウ畑のブドウからワインを作っていたとのことで、現在でも、17世紀以来使用されていたワイン製造のための道具が、各所に展示されています。
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 こちらのブドウ圧搾機(torchio per l'uva)も、そうした古い道具の一つです。

 ワイン製造・貯蔵所を見た後は、修道院の南側にある庭を訪れました。
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 こちらは、19世紀初めに建立されたジュスティニアーニ・バンディーニ宮殿(Palazzo Giustiniani Bandini)です。ジュスティニアーニ・バンディーニ家は、1773年から長い間、修道院を所有物していた貴族です。実は、シトー派の修道僧たちが、修道院に戻ったのは、ようやく1985年。奇しくも、コラーレ・テティウム創立と同じ、25年前なのです。
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 宮殿前にある庭園(giardino)は、マチェラータ(Macerata)では珍しい英国式庭園で、幾百年をも経たトキワガシ(leccio)の大木に覆われており、貴重なコルクガシ(quercia da sughero)の大木(上の写真、左端)も1本あります。

 美しく興味深いキアラヴァッレ・ディ・フィアストラ修道院を、詳しい説明を聞きながら、訪問することができ、一行は、名残惜しく思いながら、修道院を後にしました。

 というのは、この修道院が自然保護地区(Riserva Naturale)にあり、美しい森林に囲まれていることや、レストランもあることが分かって、ここに残って昼食を取りたい人が多かったのに、昼食には、かなり離れた場所にあるアグリトゥリズモを予約していたからです。ぜひ再びゆっくり訪れてみたいと、皆が思うような、それはすてきな場所でした。
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 その後、移動のためにバスに乗り始めた頃から、雨が降り始めて、やがてどしゃ降りとなったので、結局は、森林や公園を散歩するには不向きな悪天候となったのではありますが。

 この日、昼食にと訪れたアグリトゥリズモについては、 こちらの記事をご覧ください。

 最後に、この修道院や自然保護地区に興味を持たれた方のために、いくつか観光に役立つリンクを貼っておきます。

LINK
- Riserva Naturale Abbadia di Fiastra – Abbazia di Fiastra (フィアストラ修道院)
- Riserva Naturale Abbadia di Fiastra - HOME (フィアストラ修道院自然保護区)
- フィアストラ修道院自然保護区の説明(日本語)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-06-24 17:53 | Marche | Trackback | Comments(2)

アドリア海は俺の海 ~沿岸ミニクルーズ

 友人のスピーディは、アドリア海岸の沿岸ミニクルーズを行う小型観光船アンドレーア・ドーリア号の船長です。
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 6月19日土曜日の午後、親しい友人を招いて、ミニクルーズをプレゼントしてくれました。

 アンドレーア・ドーリア号(ANDREA DORIA)は、わたしたちの今回の旅とほぼ同内容のクルーズを始め、リミニのイルカ水族館(Delfinario)を訪ねるクルーズや沿岸を長く旅して帰りの船中で魚介類とワインを楽しめるクルーズなど、興味深い旅を、一般の観光客にも提供しています。

 というわけで、今回は観光案内も兼ねて、このミニクルーズ体験について、お話します。
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 出発地点の、リミニ県、イジェア・マリーナ(Igea Marina)の港で、午前中の航海を終えて戻ってきたスピーディたちに、皆であいさつ。 カウボーイ・ハットをかぶり、両手を高く掲げているのは、スピーディの父君、前船長です。

 イジェア・マリーナは海岸沿いの小さな町で、海岸の他の町に比べて、安い値段で、海水浴や海辺のホテルの宿泊ができるため、以前からドイツ人観光客が多かったのですが、最近はロシア人観光客も増えてきているそうです。夫の両親が、夫が小さい頃から、子供たちを連れて毎年海辺での休暇に訪れていたのが、このイジェア・マリーナです。

 夫は、その縁で知り合った幼なじみのフランコを始めとする友人が大勢いる上に、イジェア・マリーナが、アドリア海岸の他の町に比べて、混雑せず静かなのが気に入って、アドリア海岸で休暇と言えば、この町を訪れているのですが、アンドレーア・ドーリア号が発着するのは、このイジェア・マリーナの港です。
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 皆で持ちよった料理や果物で、昼食。写真で皆が食べているのは、フランコが作った魚介類のトマトソースであえたパスタです。

 窓ガラスの外は、どしゃぶりの大雨。
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 午後2時15分に、予定通り、イジェア・マリーナの港を出発します。空が雲に覆われていて、時々小雨も降りましたが、遠くリミニまで、海岸線をずっと見渡すことができます。ビーチ・パラソルの並ぶ砂浜がだんだん遠ざかっていきます。
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 スピーディと奥さんのブルーナ。実は、スピーディは、若くから船に乗り込み、かつて船長であった父君と働いていた海の男であるだけではなく、大地の男でもあります。スペインのサンティアーゴ・デ・コンポステーラへの巡礼を、ある年はフランスから、ある年はポルトガルからと出発地点を変えて、もう何度か達成しており、一度は、ブルーナも同行しています。

 フランコやマヌエーラもすでに何度かこの巡礼に参加したことがあるのですが、今年フランコは、なんとイジェア・マリーナの自宅からスペインのサンティアーゴ・デ・コンポステーラまでの2600km近くの距離を、8月から3か月かけて歩き通そうと計画しています。フランコは足が達者で速いし、わたしたちが昨年ラ・ヴェルナ(La Verna)までの巡礼をした際には、62歳のオランダの方で、オランダの自宅からヴァチカン市国までの2500kmを3か月で歩こうとしていたグスターヴォにも会っていますから、フランコになら確実にできるとは思うのですが、この行程の一部には、スピーディも参加するつもりのようです。ちなみに、「スピーディ」はニックネームですが、だれもかれも、彼をこう呼んでいます。
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 船が、到着したチェゼナーティコ(Cesenatico)の港に入っていきます。

 このチェゼナーティコの港と運河は、あのレオナルド・ダ・ヴィンチが、チェーザレ・ボルジアの依頼を受けて、16世紀初頭に設計した見事なものです。
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 誤解のないように、下船前に、夫と二人でチェゼナーティコ港で撮ってもらった写真も、載せておきます。
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 お金を払って観光する場合には、チェゼナーティコの町で過ごせる時間が2時間で、航海術博物館(Museo della Marineria)の入館料やフライド・フィッシュの値段も、観光料金に含まれています。

 この日は、魚介類は昼食に食べたし、すでに博物館を訪れた友人も多いので、3時半から4時半まで、1時間、中心街を散歩することになりました。わたしは、今回初めてチェゼナーティコの町を訪れました。運河に並ぶ船や、川沿いの町並みが美しいすてきな町です。

 興味深いのが、町の中央にある貯蔵所広場(Piazze delle Conserve)
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 14世紀から19世紀にかけて、魚を貯蔵するために、高い砂丘に大きな穴を掘り、雪や氷を使って、魚を貯蔵していた貯蔵所(conserva)が、この広場のあちこちにあり、作りや大きさ、素材や深さがそれぞれ違っています。上の写真のように、深く掘った穴の周囲をレンガで覆ったものもあれば、下の写真のように、木の蓋で覆いをしてあるものもあります。
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 再び運河の見える通りに出ると、歴史あるデザインの美しい船が、幾艘か並んでいます。
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 冬には、この船の上に、人や動物の模型を並べて、キリスト生誕の場面を再現するプレゼーペ(presepe)が飾られ、夜間には照明もあって、とても美しいということです。
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 友人たちと楽しい散歩を終えて、約束の4時半の少し前に、港に停泊中のアンドレーア・ドーリア号に戻りました。

 うちの夫もそうですが、船長のスピーディも時間を正確に守る人です。船は予定通り、4時半にチェゼナーティコの港を出発します。
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 この写真に見えるチェゼナーティコの高層ビルは、1958年に建てられ、高さ115メートルで、35階。かつて、長年の間、ヨーロッパで最も高い建築物であったとのことです。(詳しくは、こちら。イタリア語で書かれています。)
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 チェゼナーティコから船が遠ざかっていくのが、高層ビルがどんどん小さく見えていくことから、実感できます。
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 幸い帰りの航海では、暗雲が姿を消し、青空が広がり始めました。

 海岸の向こうには、青く連なる山並みも見えます。天気がいいと、潮風もほほに心地よく、船旅を一層楽しむことができます。帰りは、行きには見かけなかった帆船(barca a vela)をいくつも見かけました。
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 30分の航海の後、船はイジェーア・マリーナの港へと戻りつつあります。
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 やはり予定通り、午後5時に港に到着し、下船。こちらが、わたしたちに、すてきな船の旅を贈ってくれたアンドレーア・ドーリア号です。

 皆さんも、アドリア海岸にお越しの際は、ぜひミニクルーズを経験してみてください。陸と違って、渋滞を経験せずに、美しい海岸の風景を楽しみながら、他の町を訪れることが可能です。 

*追記(2014年3月20日)
 不況のため、残念ながら船は売却され、これからはベネチアの海を行くことになりました。週末に、船長スピーディが、アンドレーア・ドーリア号での最後の船旅を、ベネチアで贈ってくれて、すばらしい風景を楽しみ、アンドレーア・ドーリアに別れを告げることができました。興味のある方は、以下の記事をご覧ください。
- ベネチア船で島めぐり1 / Giro delle lagune & visita delle isole a Venezia (16/3/2014)
- ベネチア船で島めぐり2 / Giro delle lagune & visita delle isole a Venezia 2 (16/3/2014)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-06-22 20:00 | Emilia-Romagna | Trackback | Comments(0)

祝3周年の小旅行2

 2日目、6月17日木曜日。朝食後、宿泊したアグリトゥリズモ、ラ・カスタンニャ(Agriturismo "La Castagna", Fiuminata)(詳しくは、こちらの記事)の周囲を、少し散歩しました。
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 ご覧のとおり、アグリトゥリズモは山の中腹にあり、四方を豊かな緑に囲まれています。宿の方に、写真撮影をお願いしてから、10時頃に、車でフィウミナータの村を後にしました。
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 再度モンテ・ラーゴ平原へと向かう途中、前日にも訪れたピエーラコ(Pieraco)の村(詳しくは、こちら)に通りかかりました。
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 明るい朝の日ざしの下で見たポテンツァ川沿いの散歩道が、それは美しく見えたので、車から降りて、川堤の上に続く小道を歩くことにしました。
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 上の写真に見える木の橋まで歩いたのですが、わたしたちの姿を見て、すぐに白鳥が3羽、川下から近づいてきました。再び土手の上の小道を行き、駐車場まで戻る途中には、川の中や川沿いに遊ぶ野ガモや花から花へと飛び移る蝶も、たくさん見かけました。
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 土手の上からは、洞窟の聖母教会(Santuario della Madonna della Grotta)が、岩壁の合間に建つ様子もよく見えます。教会には、聖母マリア(Madonna)の像があり、3年に1度、聖母マリアを記念する祭りが催されると、村の観光案内に書かれています。

 散歩の後、村の文房具屋で、セーフロ・ピオーラコ・フィウミナータの3小村を含む地域一帯のより詳しいトレッキング用の地図(Comunità montana "Alte valle del Potenza e dell'Esino" zona "H", 1:30000, S.EL.CA.)を見つけて、次回のために購入しました。セーフロの村役場でも、宿泊したアグリトゥリズモでも、「10年前にウンブリア州と共同で作られた1:50000のアッシジ‐セーフロの巡礼・トレッキング用地図以外には、詳しい地図がまったくない。」と聞いていたのですが、土手沿いの散歩道の出発地点に、それよりも詳細な地図を載せた案内板が立っていたので、「もしかしたら」と期待しながら、店で尋ねると、幸い店に置かれていたのです。

 地図を購入してから、再び車に乗り、モンテ・ラーゴ平原へと向かいました。前日とは違って、セーフロ村の中心を通る道ではなく、アゴッラ(Agolla)という集落を通る道路を行くと、アゴッラを通り過ぎたあたりから、道の両側に見えるエニシダ(ginestra)の花がだんだん数を増し、やがて、一面がエニシダの鮮やかな黄色い花に覆われた峠にさしかかりました。
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 この日は、こうして、前日も訪れたモンテ・ラーゴ平原(Piano di Monte Lago)に別の方向、異なる道から到着することになりました。
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 南北に細長く広がる平原の北端から中央へと車を進めて行きます。道の両側には色とりどりの野の花が咲き乱れ、写真の左手に見える柵の向こうには、たくさんの白い牛が群れをなしているのが、遠くに見えます。
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 平原の中西部にある、モンテ・ラーゴ聖母マリア教会(Madonna di Monte Lago)のある丘に登ると、モンテ・ラーゴ平原の北半分を見渡すことができます。(上の写真)

 上の写真には、右から左奥に向けて並行に伸びる、細長く白い道路が二つ写っています。この日、わたしたちが通って来たのは、この右手に見える道で、一方、左側に見えるのが、前日通ったセーフロの村へと続いていく道路です。
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 モンテ・ラーゴ平原の畑を色とりどりに染める花々を眺めながら、聖母マリア教会から東方面へ伸びる小道を進んで、平原を横断しました。
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 平原を通り過ぎた後も、「カメリーノ(Camerino)の町が見える見晴らしのいい場所まで行って、引き返そう。」という夫の希望で、この眺望を楽しめる地点まで、小道をさらに進みました。上の写真で、中央よりやや左手の丘の上に細長く左右に伸びて見えるのが、カメリーノの町なのですが、残念ながら、日光や雲の落とす影のために、見えにくくなっています。

 この眺めのよい場所とモンテ・ラーゴ平原の東端の間を走る道の路傍には、美しいラン(orchidea)の花が群生しているところが、いくつかありました。
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 遠くから見ると同じように見える花も、一つひとつの花弁を見比べると、天使が羽を広げたように見えるこの小さい花弁の色や、形、模様がそれぞれ微妙に異なる花がたくさんあります。
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 車を停めて、ランの花を撮影したりしながら、小道をモンテ・ラーゴ平原まで引き返し、それから南西へ向かいました。道路沿いのレストランで、遅めの昼食をすませて、ウンブリア州のコルフィオリート(Colfiorito)に着いたとき、夫が「まだ家に帰るには早いので、他の見晴らしのいい場所も発見したい。」と言うので、ペルージャのある西ではなく、南方へと進むことに決めました。
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 コルフィオリートからカヴァッロ山(Monte Cavallo)の西部を南北に走る山道を行くと、このように花の美しい畑や、眺めのいい場所があちこちにありました。
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 山あいの集落をいくつか通り過ぎたあと、道は上へ上へと登って行き、やがて、眺めのそれは美しい場所へとさしかかりました。山の高みを行く道路に車を停めると、下方に、美しい緑の森のある渓谷やこれまで通り過ぎてきた集落を、遠く見晴らすことができます。また、前方には、色とりどりの花に彩られた畑が広がっています。
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 こうしてしばらく道を南へと進んで、景色を楽しんでから、疲れもたまってきたために、帰途につき、ペルージャの自宅に、夜7時半頃に到着しました。

 結局、夫が見たかった「幻の平原」がわたしたちが今回の旅で見たモンテ・ラーゴ平原かどうかは、はっきりと分からぬまま、旅行を終えたのですが、旅行中に、再びじっくり訪れてみたい場所がいくつも見つかり、結婚3周年を記念するにふさわしい、すてきな旅となりました。

 いつもすてきな旅と毎日をありがとう。これからも、どうかよろしく。 

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by milletti_naoko | 2010-06-21 19:49 | Marche | Trackback | Comments(5)

マルケ州の3小村を訪ねて ~祝3周年の小旅行1

 6月16日水曜日の結婚記念日を祝って、2日間の小旅行を楽しみました。わたしは大学が試験期間中なので、自由が利きます。夫は2日間の有給休暇を取りました。

 以前、夫が出張中に道を間違えて偶然見つけたという美しい平原(piano)をさがしながら、風景や散歩を楽しもうということになりました。
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 ウンブリア州の西、マルケ州との境にあるコルフィオリート(Colfiorito)の村のバールで、飲み物・トイレ休憩。コルフィオリートは、皮が赤みがかったジャガイモ(patate rosse)を始めとする農業のさかんな地域で、コルフィオリート平原には、様々な農作物の花や畑の間に咲く野の花が美しくさいています。上の写真は、バールの外で、この平原を撮影したものです。

 夫が見たという「幻の平原」は、ウンブリア州南東にあるカステッルッチョ(Castelluccio)によく似ているけれども、それほど大きくなく、このコルフィオリートの西側付近にあるということです。

 そこで、コルフィオリートから州境を越えて、マルケ州に入りました。セッラヴァッレ・ディ・キエンティ(Serravalle di Chienti)で左折し、北方のセーフロ(Sefro)の町を目指していて、行き当たったのが、下の写真に見える平原です。
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 山に囲まれた平地のところどころに、赤やピンクの美しい花が一面に咲いています。左手、奥の方にうっすらと赤く見える部分には、ヒナゲシ(papaveri)が咲いています。
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 トレッキング・コースや地名を案内する標示がないので、しばらく周囲を散歩してから後にしたこの平原は、モンテ・ラーゴ平原(Piano di Monte Lago)という名だと、後で分かりました。

 正午頃に、マルケ州南西にある小村、セーフロ(Sefro)に到着しました。村の中心を、澄んだ清らかな小川、スカルツィート川(Fosso Scarzito)が、勢いよく流れています。(下の写真)
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 川の中には、マス(trota)の姿も見えました。川の左手の石壁に窓のように開いたところが、2か所あります。その昔、村の人々が、川で洗濯をするために、洗濯物を持っては訪れていた洗濯場す。この村や近隣の村、ピオーラコを散歩していると、川沿いのあちこちに、こうした洗濯所が、いくつもありました。

 しばらく川の流れに沿って歩いていくと、この川の水が、大きく美しい滝となって、勢いよく流れ落ちる様子を見ることもできます。
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 歩道から、階段を下りて行くと、流れ落ちる滝の水を、至近距離から見ることもできて、圧巻です。このすぐ近くには、他にも二つ滝があります。

 この小村、セーフロの歴史は8世紀に遡り、15世紀に当時地方を治めていたヴァラーノ家によって、城も建造されました。
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ヴァラーノ家の城の名残(resti del castello dei Varano)


 セーフロの村にはまた、イタリアの守護聖人であるアッシジの聖フランチェスコにゆかりの深い場所があり、そのため10年ほど前には、アッシジ(Assisi)とセーフロを含む地域の巡礼・トレッキング用の地図も、作成されています。
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 福者ベルナルド(Beato Bernardo)は、若き聖フランチェスコが改悛して神の教えに従って生きることを志したとき、聖人と共に信仰の道を歩むことを初めて決意した人物です。

 聖フランチェスコの死後、フランチェスコ会では、聖人の定めた規則に従って生きようとする者と規則の厳密な遵守を厭う者の間で、激しい闘争があり、結局は、後者が優勢となって、生存の聖フランチェスコに同行した最初の僧たちを多く含む前者を迫害し、アッシジから追放したり、牢獄に入れて、死に追いやったりしました。

 福者ベルナルドがこの迫害を逃れて、潜み暮らしたのが、セーフロ村の外れにあるクレスタイオ山(Monte Crestaio)の岩間にある洞窟でした。
 昼食後、わたしたちは、福者ベルナルドが過ごしたという五つの洞窟を目指すトレッキング・コースを歩くことにしました。
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 けれども、観光情報を尋ねたセーフロの村役場で、「道を知っている人がいないと洞窟を見つけるのは難しい」と聞いていたため、目的地は洞窟ではありません。昼食をとったレストランで、洞窟行きのトレッキング・コース沿いに流れる川の水源(sorgente)が美しいと教えてもらったので、この小川に沿って、水源まで歩いて行くことにしました。

 残念ながら、コースの出発地点には案内図や説明があったものの、歩いて行く道筋には、コースの案内も印もないため、「歩いて40分で行ける」と聞いていた川の水源は、1時間以上山道を登っても見つかりませんでした。
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 この大きな岩山のどこかに、福者ベルナルドの洞窟があるはずです。ちなみに、岩肌に生えている緑の草は、香辛料として料理で使うオレガノ(origano)で、写真は、夫が手にとったオレガノの香りをかいでいるところです。

 この岩に出会ったあたりから、登り道がひどく急になり、道が小川からかなりそれてしまったため、ここからしばらく歩いたところで、わたしは休憩。夫が一人で様子を見に、急な山道を登って行きました。しばらくして引き返した夫は、福者ベルナルドの洞窟らしきものは見つけたけれど、小川の水源は見つからず、川水の流れもまったく聞こえないので、今回はここで引き返そうと提案。
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 水源の風景こそ見られませんでしたが、道の傍らには、木陰で涼しいためか、まだランの花が咲いているところがここかしこにあり、花を眺め、小川のせせらぎを聞きながら、山登りを楽しむことができました。

 散歩の後は、セーフロの近くにあるピオーラコ(Pioraco)の村を訪ねました。
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 そびえ立つ険しい岩を背後に立ち並ぶ家が印象的な、美しい町で、アイスクリーム(gelato)を食べてから、散歩を楽しみました。

 村を流れるポテンツァ川(Fiume Potenza)も美しく、澄み切った水が勢いよく流れる小川沿いには、やはり、昔人々が川の水で洗濯をしていた洗濯場(下の写真)がいくつかありました。
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 川では、白鳥や野ガモが、のんびりと泳いでいます。村の人や観光客が、パンくずなどのエサをやることが多いからか、人の姿を見かけると、白鳥たちが近寄ってきます。
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 中世の教会や石造りの家の並ぶ町並みが美しく、周囲にそびえる岩をうまく取り込んで、家や階段の一部として使っている様子が興味深かったです。

 この日は、ピオーラコのすぐ近くにあるフィウミナータ(Fiuminata)の村のアグリトゥリズモ、ラ・カスタンニャ(Agriturismo "La Castagna")に宿泊しました。
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 花に飾られた石造りの建物が美しく、緑の山に囲まれた美しい自然の中にあります。
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 車での長距離の移動や散歩ですっかり疲れていたわたしたちは、宿に着いてすぐに、7時半頃から夕食を取りました。

 タルトゥーフォを使ったパスタに肉料理。野菜のつけ合わせには、地方独特と聞いたので、ジャガイモとチリメンキャベツを一緒にフライパンで調理したものを、いただきました。

 朝食込みの宿泊が、一人18ユーロ。夕食は、フルコースに、ワイン250mlとデザートを二人で一つ頼んで、合計29ユーロ。部屋の設備も夕食の味もそこそこではありましたが、値段が安いわりに、心地よく過ごし、十分に食べることができた上に、周囲の緑が美しいので、わたしと夫は、なりゆきで決まったこの宿に満足しました。
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 アグリトゥリズモには、プールもありました。宿泊料金は、時期によって異なります。興味のある方は、こちらのページ(Agriturismo "la Castagna" home page)をご覧ください。

 今回、幻の平原をさがしていて訪れることになったこの三つの村、セーフロ、ピオーラコ、フィウミナータは、澄んだ川の流れや町並みが美しく、緑の山々に囲まれたとてもすてきな場所です。

 マルケ州では、観光でも産業でも、海辺の市町村が優遇されるとのことで、過疎化の進むこれらの村では、もらった観光案内や地図も、10年前に作られたものでした。逆に言えば、たくさんの観光客でごった返すことのない静かな美しい町で、おいしいものを食べながら、あまりお金をかけずに、ゆっくりと過ごすことができる場所だと言えます。

 観光について質問した村役場や店の人も皆親切で、いろいろと村のみどころやおいしい店、宿泊先などを教えてくれました。

 以下に、観光に役立つリンクをいくつか挙げておきます。

・セーフロ村、観光案内    Turismo - Comune di Sefro
・ピオーラコ村、観光案内   Turismo - Comune di Pioraco
・フィウミナータ村、観光案内 Turismo - Comune di Fiuminata

 この旅行の2日目については、こちらの記事をご覧ください。

《参考資料》
・"Il Beato Bernardo Quintavalle da Assisi e le grotte del suo esilio, in Sefro. Ricordando il primo compagno di S. Francesco, esule nel nostro paese."
(Umberto Picciafuoco, agosto 1988, a cura della 《Pro Loco》di Sefro)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-06-21 13:36 | Marche | Trackback | Comments(0)