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古き良き時代のコーモ ~遠来の友人からの贈り物

 6月28日月曜日の午後は、遠いコーモ市から、我が家に来客がありました。コーモは同名の湖、コーモ湖のほとり、イタリアの北端にあります。

 わたしの夫、ルイージが友人のルーカたちと、22年前の夏に、アドリア海岸の町、イジェア・マリーナの海辺(詳しくは、こちら)を訪れたときに、まだ独身であったシルヴァーナたちと出会って、一緒に休暇を過ごしたのがきっかけで、今でも家族ぐるみのつきあいがこうして続いているとのことです。
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 上の写真に写っているのが、この遠来の友人たちで、右から、シルヴァーナ、その夫のエンゾ、そして、エレオノーラとダニエーレ、二人の子供たちです。シルヴァーナとエンゾは、人手が足りず多忙な職場で、何とか金曜日・月曜日に休暇を取って、4日間のウンブリア旅行をすることに成功しました。

 客をもてなそうと、義母がテーブルに運んだのは、まずは、こちらのビスケットです。
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 トスカーナ州のビスケット、カントゥッチ(cantucci、複数形)のウンブリア版で、ウンブリア州では、これをトッツェッティ(tozzetti、複数形)と呼びます。このトッツェッティは、義母の手作りの一品です。
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 おいしいので、ぜひレシピが知りたいとシルヴァーナが言うので、義母が長年いろいろなおいしい料理のレシピを集め続けてきたノートを、テーブルまで持って来ました。

 シルヴァーナは、時々義母に質問をしながら、手帳にレシピを書き写していきます。
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 今回、シルヴァーナは、最近亡くなった父君の著作を1冊、わたしたちに、思い出にと贈ってくれました。題名は、訳すと『昔のコーモの思い出』

 彼が生きた古き良き時代、1930年代から1950年代の初めにかけてのコーモの町の様子や生活を、詳細に描いていて、現在、この本を読書中の義父母によると、「ペルージャでも、昔はこうだった。懐かしい。本当によく書かれている。」ということです。

 いずれメルマガでも一部ご紹介するつもりですが、たとえば、洗濯機(lavatrice)が家庭に普及する前には、洗濯は主婦の仕事だったけれども、シーツやテーブルクロスなど、特に洗濯の大変なものについては、洗濯女(lavandaia、コーモ方言では lavandéra)が有料で請け負い、公共の洗濯場(lavatoio)や川、湖のほとりで洗濯をしていたとあります。本の第1章は、こうした今はなき、あるいは廃れつつある昔の職業(le professioni ormai estinte)に充てられています。

 参考までに、6月にマルケを訪れたときに見かけたこの昔の洗濯場(lavandaia)の写真をいくつかご紹介します。
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 いずれも、勢いよく流れる川沿いに設けられていて、たとえば、この洗濯場は、セーフロ(Sefro)の村の中心にあります。(セーフロを訪ねたときの記事は、こちらです。)
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 こちらは、セーフロの村はずれにある洗濯場。洗い桶もあります。
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 一方、この大きな洗濯場は、セーフロの近隣にあるピオーラコ(Pioraco)村の中心にあります。今は、川の水を使って洗濯する人もいないので、川では白鳥たちがのんびりと泳いでいます。
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 今度は、お義母さんの方から、本についてシルヴァーナに質問。シルヴァーナはレシピを書き写す手をいったん止めて、質問に答えます。

 この本、『昔のコーモの思い出』で、特におもしろいのは、コーモのことわざ(proverbi comaschi)を当地の方言で記し、解説してある第3章です。

 次のコーモ方言のことわざが、どういう意味がお分かりですか。

 I du ròpp impussibil: fà stà fermi i fiöö e fà cuur i vècc.

 イタリアに住まれている方、イタリア語を学習中の方は、少し頭をひねって考えてみてください。お分かりになりましたか。

 答えは以下の通り。本には、方言で書かれたことわざの下に、著者がそのイタリア語訳と解説を付しています。

 Due cose impossibili: far rimanere fermi i bambini e far correre i vecchi.

 (絶対に不可能な二つの事業:子供をじっとさせておくことと老人を走らせること‐石井訳)

 解説には、「元気な盛りの子供は一瞬もじっとしていることができない一方、老人は歳を重ねるにつれて、若いときの体力を失っていき、あまり体を動かさずに過ごすことを好むようになる」とあります。執筆したときすでに80歳が近かったシルヴァーナの父君の解説には、自身の人生の述懐もこもっているのでしょう。奥深いものがあります。

 ダニエーレは、ルイージやわたしがコーモ方言のことわざの意味を理解できるかどうか試し、シルヴァーナはルイージに、コーモ方言の発音を教授していました。
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 やがて、仕事を終えて駆けつけたルイージの弟マルコも会話に加わり、皆で久しぶりの再会とおしゃべりを楽しんだあと、シルヴァーナたちは、高速道路を車で約5時間という長い帰途についたのでありました。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-07-01 12:20 | Feste & eventi | Trackback | Comments(2)

ワールドカップ開幕 ~思い出いろいろ

 早いもので、わたしがイタリアに来てから、もう8年の歳月が流れました。

 イタリアに来たばかりの2002年に、ちょうど日韓共催のサッカー・ワールドカップがあり、イタリアが、対韓国戦で、審判の判定に涙をのみながら敗れた翌日、町を歩いていて、呼び止められ、

「Sei coreana?」(君は韓国人かい)

と聞かれたとき、その声に殺気を感じたのを覚えています。その時は、日本人でよかったとつくづく思いました。

 当時通っていた語学学校のクラスメートには、クロアチアの女学生がいました。彼女も、イタリアがクロアチアとの試合に敗れた翌日の授業中に、「昨日、バールで会ったイタリア人男性に、出身国を聞かれたとき、(相手の反応が怖くて)クロアチア人だと言えなかった」と、言っていました。

 8年前のこのワールドカップの時は、マルケ州のとある小さな町に暮らしていたのですが、テレビや新聞、人々のおしゃべりにも、至るところで、サッカーの試合への熱狂ぶりが感じられました。

 4月から通い始めた語学学校でも、休み時間に、学校で事務を担当する若者が、黒板に選手名を書いたりして、外国人学生に、イタリアチームの説明をしていました。

 そして、授業のない午後、イタリア・チームの試合があると、学校の一室が、試合観戦用となり、外国人学生も、先生方や学校職員一同と共に、テレビの前で、試合中継を見守ったのでありました。

 若い女の先生方の口から、次々にあまり品のよくない言葉(parolaccia)が聞こえてきて、ふだんは聞けないイタリア語の学習にもなりました。

 イタリアに対する審判があまりにもひどい、と新聞やニュースを始め、街頭でも話はそれで持ち切りでした。

 一方、今年のワールドカップ。昨日、イタリア初戦当日の夜8時、RAI1のニュースで、深刻な社会・政治ニュースも多いというのに、冒頭から、サッカーの話題が続いたことにびっくり。

 日頃からのサッカーファンやスポーツ番組がサッカーについて熱く語って盛り上がっていたのはもとより、たとえばRAI3の『Che tempo che fa』のように、普段は文化や社会問題を多く扱う番組までが、数週間前に、ワールドカップ特集を組んだりもしていました。

 「ファンのわたしたちが、応援や放映の前に、注意して避けた方がいいことは何か」という司会者ファッツィオの質問に、チーム代表が、「Auguri(「幸運を祈ります」)と、口にしないこと」と答え、それを聞いた司会者が、「ぼくも放映中ずっとその言葉を、不運を呼ぶからと避けていたのに、言ってしまったね。大丈夫かい?」と、冗談半分に答えていたのを、思い出します。

 普段は、サッカー観戦にはまったく興味のない夫も、ワールドカップには関心があると言っています。

 わたしたち夫婦のサッカーへの無関心ぶりはというと、5月のエルバ島への旅行中に、島に住むバルバラといつ会うかを決めるために話し合っていて、彼女から、「5月22日は残念だけど、無理。晩に、欧州チャンピオンズリーグの決勝戦があるから。」と言われて、初めてそれを知ったということからも、想像がおつきかと思います。

「好きなチームが決勝に出てるの?」と聞くわたしに、バルバラは、

「インテルもバイエルンも、虫は好かないけど、それでも、この試合は、わたしとアンドレーアにとっては、partita sacra(「聖戦」!)なの。」と答えます。

 当日インテルがみごと優勝を果たしたあとは、日頃は静かきわまりないエルバ島のキエッシの村の道路を、深夜クラクションや爆音を漂わせながら、通り過ぎるバイクや自動車の騒音が、しばらく続きました。

 翌朝、ホテルでの夕食の間、前夜、大勢の客が夜通し祝杯を上げていたことも、知りました。

 さて、昨日のイタリア・チームの初戦。夫の同僚かつ旧友の誕生日がちょうど6月13日日曜日で、その誕生会を、ワールドカップ観戦も兼ねて行うということで、夫は夕方、一人で会場に向かいました。ふつうは夫婦・恋人同伴の場合が多いのですが、今回は会場も小さいので、伴侶抜きで友人だけを招待したとのことです。

 やっぱりイタリア人。ワールドカップは皆注目していて、一緒に応援して盛り上がろうというところかな、と思っていたら、昨夜帰ってきた夫によると、テレビはついていたけれど、皆たまに点数を見るだけで、誕生会やおしゃべりがメインだったとのことでした。

 マルケ州の小さな町に暮らしていたときは、サッカーファンの若い年代と話すことが多かった一方、今ペルージャでつきあっている友人には、あまりサッカーやスポーツ観戦に興味のない人が多いので、こういう違いが出てくるのかと思います。

 イタリア人男性、イタリア人というと、誰もかれもが皆、サッカーの熱狂的ファンではない、ということをお伝えしたくて、書いてみました。

 愛国心は一応あるので、サッカーにそれほど関心はなくても、わたしは昨日日本チームが勝ったのがうれしいし、夫も、イタリアチームの引き分けを残念に思いつつ、次回に期待しています。

 競技そのものに関心はなくとも、昔、高校で教えていた頃、クラスやサッカー部の試合は、真剣に見ていました。大切な教え子の一人ひとりの活躍ぶりや意外な面を発見するのが、興味深かったのを覚えています。

 ある年には、受け持ったクラスの男子生徒の半数がサッカー部に属していました。当時中田がペルージャで活躍していたため、彼らの間ではイタリア熱が非常に高く、わたしが買ったばかりのフィアット・プントに乗りたがる男子生徒が大勢いました。

 いえ、生徒だけではなく、当時住んでいた愛媛県の山に囲まれた村には、ドイツ車やアメリカ車は時々見かけても、それまでイタリア車に乗る人がいなかったため、

「石井先生、今度お宅に、車を見に行ってもいい?」

と、同僚に聞かれたこともよくあります。これは、住んでいた教員住宅が学校から近いので、徒歩で通勤していたためです。

 少し話がそれてしまいましたが、これからも熱しすぎず、冷めすぎずに、夫と二人で、日本とイタリアのチームを応援していきたいと思っています。

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by milletti_naoko | 2010-06-15 16:27 | Altro | Trackback | Comments(0)

日本の魅力、再発見

 記事、映画、「『JAPAN MANGA』 ~ イタリア人旅行者の見た日本」でもご紹介していた映画の上映が、昨日無事、ペルージャ外国人大学で、大好評のうちに終了しました。
映画の主人公の4人組。上の写真は、http://www.australiati.itから借用。

 映画の制作者かつ主人公のgli Australiati、リッカルドとキアーラとは、上映30分前に、会場となっているガッレンガ校舎(Palazzo Gallenga)で待ち合わせ。1階、大扉を入ってすぐの広間で、映画上映のポスターの前で、二人がポーズを取っています。
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 そうこうしているうちに、上映を快諾してくださった比較文化学科の長である、カッチャッリャ教授が到着。先週わたしがお会いしていた、スポレートで日伊交流協会を立ち上げたばかりの粉川さんもいらっしゃいました。「日本文化を紹介するとてもいい映画を来週上映します。」と、お話していたため、スポレートでの上映の検討も兼ねて、遠くから来てくださいました。
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左から、カッチャッリャ先生、私、リッカルド、キアーラ、粉川さん。撮影は、夫のルイージ。

 「わざわざ、スポレートから!」ようこそ、と驚くカッチャッリャ先生に、
 「わたしたちの友人が、リミニからも来るんですよ。」と、わたしが言うと、
 「背丈は小さいのに、行動力は人一倍ですね。」と、カッチャッリャ先生。
  微笑みながら聞いていたリッカルドが、
 「それは、ぼくも自分の妻を見ていて、よく知っています。」と、一言。
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 会場である中4階の13番教室まで上がってしばらくすると、リミニ(正確には、イジェーア・マリーナというリミニ近くにある海辺の町です)から、車を2時間近く飛ばして、フランコとマヌエーラも駆けつけてくれました。二人は、わたしたちの大親友かつ散歩・巡礼仲間です。上の写真は、左から、マヌエーラ、フランコ、そして、夫のルイージです。

 ここで問題発生。「準備万端」のはずが、まだ上映準備が整っておらず、技術担当者がどこにも見当たらないのです。
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 教室で担当者を待っているうちに、次々に、映画を見ようという方たちが集まって来ました。中には、イタリア語の先生や義母の旧友の姿も見えます。日本語の授業で日頃からお世話になっている東城先生と井内先生も、学生さんを連れて、参加してくださいました。

 リッカルドやキアーラにおわびを言うと、「いやあ、ぼくたち今イタリアにいるんだからね。物事がうまく運ばないのには慣れているから、大丈夫。」と、逆になぐさてくれました。
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 開始予定時刻から30分ほど過ぎた頃でしょうか。ようやく担当者が来て、上映準備が整いました。まずは、カッチャッリャ先生が、あいさつの後、映画制作者の二人を紹介します。

 「皆さん、お待たせして申しわけありません。まあ、イタリアでは、『始まりがうまく行かないものは、うまく終わる』と言いますから、幸先もいいので、そうあることを祈りましょう。」
というカッチャッリャ先生の言葉に、皆で思わず笑ってしまいました。
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 紹介を受けて、映画の制作者が、日本に旅行した際の感嘆や日本文化への情熱について語り、「わたしたちの感動を皆さんと共有できれば幸いです。」とあいさつを締めくくります。

 いよいよ上映開始。
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写真は、http://www.australiati.itから

 映画では、4人のイタリア人旅行者が、初めて日本を訪れた驚きや感動を、奈良・京都の神社仏閣や東京、秋葉原の電気街など、昔からの日本文化と新しい日本の風俗を織り交ぜて、巧みに旅の様子を伝えています。
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 この写真では、映画が銀閣寺訪問と自然の美しさを語っているところです。楽しく笑いを誘う場面もたくさんあって、たとえば、イタリア人4人組が、日本のハイテクな便器に驚いて、ボタンをすべて押してみたりする場面があります。
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写真は、http://www.australiati.itから

 かと思うと、広島への原爆投影やその被害を映し出す場面があり、また、わたしたち日本人が当たり前に思っている行動や事柄を、新鮮な驚きと共に、美しい映像を通して語っています。
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写真は、http://www.australiati.itから

 上映のあと、映画を見に来た人と制作者側との質疑応答、両者へのお礼とあいさつをもって、会が無事終了しました。今回来てくださった方は、学生さんも大学で働く先生方や外部の方も、皆楽しんで見てくださったようで、「とてもよかった」と、制作者のリッカルドたちに、賛辞を贈っていました。

 リッカルドとキアーラの日本旅行や映画制作に協力したご友人も途中からいらっしゃり、わたしも、来てくださった方どうしを互いにご紹介したり、紹介されたり。スポレートでの上映もほぼ決定したようです。
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 いつまでも、おしゃべりがはずみます。実は、リッカルド・キアーラ夫妻と、今回遠くからはるばる来てくれたフランコとマヌエーラには共通点があって、皆インドを始め、世界のさまざまな国を旅行しています。初めて会ったとは思えない。キアーラに、「今年8月から、フランコはイタリアの自宅からスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまで、3か月歩いて巡礼をする予定なのよ。」と言ったので、話がそれで盛り上がっている様子です。
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 リッカルドとキアーラ、粉川さん、東城先生と梨絵さんにごあいさつをしたあと、はるばる遠方から来てくれたマヌエーラとフランコに、少しだけガッレンガ校舎の見所を案内しました。こちらは、5番教室(aula V)。書き残している板書を利用して、授業風景を演出しています。ルイージとフランコは学生役。
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 上の写真は、5番教室からの眺めです。日が傾いて、影が長くなったので見づらいのですが、写真のほぼ中央に、スバージオ山(Monte Subasio)が見えます。ちょうど教会の鐘楼が隠している辺り、スバージオ山の中腹に、サン・フランチェスコ(San Francesco)の出身地としても名高いアッシジ(Assisi)の町があります。伝えられているところによると、サン・フランチェスコは、「テッツィオ山(Monte Tezio)とスバージオ山は双子だ」と言っていたそうです。

スバージオ山の手前、左の方には、ペルージャの城壁の連なりが見えます。
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 こちらが、Sala Goldoniana。今回の上映会場には、本来ここが予定されていたのですが、他の行事と重なってしまったために、変更を余儀なくされてしまいました。こういう美しい装飾の施された広間や教室、廊下が、ガッレンガ校舎にはたくさんあります。
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 夕食は、ペルージャ中心街にあるピザ屋、La Cambusaで、わたしたちと合流したルイージの弟、パオロと5人で、ピザを食べました。本格的なナポリ風ピザが自慢の店の主人、パオロが、「リミニでは、こんなピザは食べられないでしょう。」と言うと、フランコは、「努力はしているようだけれど、なかなか及ばない。」と答えていました。フランコもマヌエーラも、ピザがおいしいと大喜び。皆で楽しく談笑するうちに、夜が更けていきました。

*追記(2012年12月14日)
 お店の場所が変わりました。新店について詳しくは、下の記事をご覧ください。
- 復活! ピザ屋、 La Cambusa

 6月11日金曜日から6月13日日曜日にかけて、マルケ州アンコーナ県のキアラヴァッレ市で、大がかりな日本文化祭が催されます。生け花、スポーツから、映画、コンサート、のみの市など、内容も多岐にわたり、さらに先行して、6月7~9日にも様々な催しがあるようです。興味のある方や近辺にお住まいの方は、ぜひ会場に足を運んでみてください。

 次のリンク先のウェブページの本文9行目、「Scarica il depliant...」というリンクをクリックすると、この日本文化祭のパンフレットをダウンロードすることが可能です。
Gli Australiati Blog - Japan Manga in Japan in Love!!
↑↑↑ Potete trovare il link per scaricare il depliant del festival nel link qui sopra
Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-06-06 00:30 | Giappone - Italia | Trackback | Comments(3)

エルバ島からの来客

 昨日5月13日水曜日夕方から今朝にかけて、我が家ではエルバ島からの来客を迎えました。
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 バルバラは、わたしがペルージャ外国人大学で共に学士取得課程に通った友人です。フィレンツェ出身なのですが、大学卒業後、だんなさんとエルバ島で暮らし始めました。その後まもなく母となったため、ペルージャに戻るのは、今回が大学卒業以来初めてで、3年ぶりになります。
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エルバ島、マルチャーナ・アルタから海辺の町、マルチャーナ・マリーナを見下ろして
 
 昨年9月10日から19日にかけて、わたしと夫がエルバ島(l'Isola d'Elba)を訪れたときに、久しぶりに再会し、そのときは夕食に招かれて、何年分ものおしゃべりをじっくりし、息子さん、アルトゥーロにも初めて会うことができました。
 
 ペルージャ市内で会合に招待されていたバルバラは、会合が終わってから、午後8時頃我が家に到着しました。
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 夕食のメインは巻き寿司です。ツナをマヨネーズで和えたものと卵焼き、さらにキュウリをつめたものと、スモークサーモン(salmone affumicato)を棒状に丸めて入れたものと、二種類作ってみました。それから、野菜がたっぷり入ったスペイン風オムレツ。実は、ペルージャで知り合ったスペイン人の友人は玉ネギとジャガイモだけをたくさん使って作っていたのですが、わたしはニンジンやパンチェッタ(pancetta)も入れてみました。

 バルバラが参加した会合では軽食も出ると聞いていたので、あまりおなかに重たくならないものを、多すぎないようにと考えたからです。
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 アルトゥーロは、長旅の上、1日にいきなり何人もの新しい顔に会ったため疲れ果てていて、すぐに居間にあるソファーベッド(divano letto)に急行しました。アニメ映画のDVDを見ていたアルトゥーロが牛乳がほしいと言うので、ルイージが枕元に届けに行きました。アルトゥーロが見ているのは、『Anna dai capelli rossi』。
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 そう、『赤毛のアン』です。

 そもそもわたしがイタリア語を勉強し始めたのは、英語の語学短期留学で行ったアイルランドのダブリンで知り合ったイタリア人学生たちを通じて、イタリア文化に興味を持ったからです。そして、わたしが社会人になってから英語を再勉強したきっかけは、『赤毛のアン』の舞台、プリンス・エドワード島への旅行でした。アニメ番組を通して夢中になり、本のアンシリーズも読破しました。ですから、『赤毛のアン』は間違いなく、わたしの人生に最も影響を与えたアニメ(テレビ番組)かつ小説の一つです。
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 食後のデザートには、アルトゥーロも食卓に駆けつけました。写真手前にあるのは、夫手作りのリンゴケーキです。おいしいと大好評。

 小皿の上のアイスクリーム(gelato)は、バルバラが手土産として、チョコレート菓子の詰め合わせと共に、携えてきてくれたものです。

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 店の職人手作りの味がおいしいアイスクリーム。バルバラが手土産を買ってくれたチョコレート専門店のAugusta Perusiaは、ペルージャ外国人大学とエトルリア門のすぐ近くにあります。アイスクリームもチョコレート菓子も、新鮮ないい素材を使って、職人技を生かして作られたとてもおいしいもので、わたしも学生の頃は、よくここにアイスクリームを食べに行きました。

 ペルージャに住んでいる学生さんが、イタリア人の家庭の食事に招待された場合には、こんなふうに、500gなり1kgなり、集まる人数に合わせて、自分がよかれと思う味のアイスクリームを三つ、四つ選んで箱に詰めてもらって持参すると、喜んでもらえるはずです。わたしも、手土産用のアイスクリームをここで買うことが多いのですが、値段は張るけれども、十分値段に見合う極上のアイスクリームを贈ることができます。
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 一つ一つが手作りのチョコレート菓子も絶品です。他にもおしゃれなチョコレート菓子やチョコレートケーキがたくさんあります。ペルージャのチョコレートと言えば、すぐにバーチ(Baci)を思い起こされる方も多いかと思います。お土産としては手軽だし、おいしいのですが、やっぱり工場生産の品。だれか特別に大切な人へのチョコレートには、職人技を生かしたおしゃれなチョコレート菓子を選んでもいいのではないかと思います。

 このチョコレート専門店、Augusta Perusiaは、外国人大学のガッレンガ校舎前の横断歩道を渡ったところにある歩道を右へと進み、その歩道の坂を登りつめたところにあります。エトルリア門からは、道路を挟んで、向かい側、やや右手にある歩道を、さらにしばらく右に向かって歩いたところにあります。
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 エトルリア門(写真左)からも、ペルージャ外国人大学のガッレンガ校舎(写真右)からも、徒歩5分以内の至近距離にあります。記事、「外国人大学と町並みを訪ねて」でご紹介した町並みのパノラマを楽しむコースを散歩されるときに、このAugusta Perusiaでアイスクリームを食べて一休みするのもいいかもしれません。アイスクリームを注文する順番を待ちながら、あるいは食べながら、店内に並ぶ他の商品を眺めるのも楽しいものです。
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 お母さん(mamma)が恋しくて、映画を見る途中、しばしばベッドを抜け出しては、台所にやって来るアルトゥーロ。そこで、しばらくわたしたちの方が、ベッドの彼のそばへ行くことにしました。

 『赤毛のアン』の次に見ることに決めたのは、アニメ映画、『La Città Incantata』。
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 そう、宮崎駿監督の名作、『千と千尋の神隠し』です。

 はらはらしながら映画を見ているうちに、アルトゥーロのまぶたがどんどん閉じていきました。朝8時半にエルバ島の家を出て、午後1時半にペルージャに到着。フェリー、そして車での長旅のあとで、大勢の見知らぬ人々との出会い。長い長い1日で、疲れ果てたのも無理はありません。

 バルバラとアルトゥーロにおやすみを言って、わたしたちもまもなく床についたのでありました。
Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-05-14 01:16 | Feste & eventi | Trackback | Comments(0)