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灼熱職員会議とうれしい再会、湖の燃える夕景

 ペルージャでは今週から来週の月曜日にかけて、最高気温が37〜39度という暑い日が続くという天気予報が出ています。今日もそういう暑い日であるのに、その最も暑い時間帯である午後3時から、学校で会議があるという招集のメールが、先週届きました。

 会合の会場には冷房がありません。つい最近午前中に会議があったときでさえ、サボテンを育てる温室の中にいるかのように、ひどく蒸し暑く、座っているだけで汗が流れる状況でした。

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Tramonto al Lago Trasimeno, San Feliciano, Magione (PG) 25/7/2017 20:42

 今日の午後3時はどんなにか暑いだろうと、暑中我慢大会なみの暑さを覚悟しながら、学校に赴きました。議論も熱く交わされ、そういう意味でも灼熱の職員会議となりましたが、会議のおかげで、数年ぶりに会えた同僚が数人いました。その一人、イラン人のファルシ語の先生が、「40度のテヘランから帰ってきたばかりなんだけれど、イランは湿度が低いので、イタリアの36度よりもずっと涼しく感じる。」と言っていたので、再会を懐かしみながら、そういうものなのかと、改めて驚きました。イランは最高気温がイタリアより高いけれども、湿度が低いので、過ごしやすいとは、カイロプラクティック院のイラン人の理学療法士の若者からも、聞いていたからです。

 会議の最初に、教職員に説明をするために来てくれた一団が、壇上に上がったのですが、その面々を見て、それはびっくりしました。6年前の教え子が、と言っても、わたしより年上なのですが、その中にいたからです。同僚の先生方が日本で会われたと聞き、また昨年ウンブリアに来てくれたときは、わたしも会えたはずなのですが、わたしがフランス旅行中で、授業が終わって以来、もう6年も会わずにいました。

 会の内容が深刻であり、打開策を見つけることがとても難しいことも、会議室が恐ろしい暑さであろうことも、実際に予想どおりだったのですが、久しぶりに、ようやく再び会うことができて、とてもうれしかったです。

 写真は、今週のイタリアの暑さを彷彿とさせるようなものをと、空と雲を赤々と染めながら、トラジメーノ湖の向こうに沈んでいく夕日の写真を選びました。7月25日に夫と義弟と3人で湖畔の店で夕食を食べたとき、料理が運ばれてくる前に、一人でしばらく岸辺に行って、夕日が傾くのを見つめ、撮影したのですが、そのときの写真です。今日はiBookの作成を思い出しながら、マックブックで写真の一部を切り取り、大きさを変更することに成功しました。

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- 三日月の茜に映える湖の夕、イタリア トラジメーノ湖 / Tramonto & luna crescente al Lago Trasimeno (25/7/2017)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-07-31 22:23 | Insegnare Giapponese | Trackback | Comments(4)

10周年記念旅行と節目の年、イタリア語教育・学習

 アブルッツォ旅行に先週旅立ったのは、10年目の結婚記念日を旅先で迎えて祝う、記念の旅だったからです。

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 とは言え、撮ってくださいとなかなか頼めず、二人の写真を自分たちで撮ろうとすれば、こんなふうに夫に腕を伸ばしてもらうしかないため、1週間の旅行中、唯一まともな二人の記念写真は、アッペンニーニ山脈でもっとも大きいというボレッロ(Borrello)のこの滝、Cascate del Rio Verdeの前で撮影したものです。

 でもそれが、いろんな意味でわたしたちらしい気がします。

 今年は結婚10周年、日本で高校教師の職を辞して、イタリアに渡ってから15年で、12月には50歳を迎えます。

 夫には自然の美しさや緑の中を歩く楽しさなど、いろいろ教えてもらいました。48歳で亡くなった母のその年を越え、目や歯、肩に次々と不具合が生じてはいますが、元気でいられることをありがたいと思い、自分の生き方や仕事を見つめ直す機会にしたいと考えています。

 大学4年生のときに母を亡くし、卒業後すぐに教え始めた高校で、教育について指導してくださった恩師が、3年目が終わろうというときに44歳という若さで突然亡くなり、12年間高校で教えて、30代になったわたしは、国語を高校生たちに教えることは大好きだったものの、「もしあと10年しか生きられないとしたら、わたしは何がしたいだろう。自分の新たな可能性に挑戦してみたい」という思いが募り、その数年前から興味を持って勉強し始めたイタリア語を十分に学ぶために、イタリアに留学しました。教えるのも好きでしたが、たとえば特に古文や漢文を教えるためには、教材について調べること、研究すること、また指導法をあれこれと考えることも大切で、教えながら、自分が学ぶこと、特に言語や文学を学ぶこと、研究することがとても好きで、熱中すると寝食も忘れてしまうことに気づいたからでもあります。また、高校教師として働く傍ら、わずかな自由時間を活用して、ヒアリングマラソンを受講し、英語の読書を続けて、実用英検1級に合格し、英日翻訳やイタリア語上級の通信教育を終え、イタリア語の本も少しずつ読み始めるなど、自分が外国語の学習が好きで、かつ実力をこつこつとつけていけることを確信していたからでもあります。

 イタリアに来て、まずは半年マルケの立語学学校で、そうして、それから、ペルージャ外国人大学のイタリア語・イタリア文化講座で、どちらも上級講座でしたから、イタリア語と共にイタリア文学や美術、歴史などを学び、それは、とても楽しかったのです。けれども、マルケでも、外国人大学でも、先生方の発案で、日本の古典文学についての講座を、ダンテ・アリギエーリ協会のウルバーニア支部やペルージャ支部のために、計3回行ったとき、話すために準備をして、そうして実際に聴衆の前で話しているそのときに、「ああ、今こそ自分が真に生きているな」と感じたのです。一度教職を去ってみて、改めてけれど、自分が教えることが本当に好きであるということに気づいたのです。その後ペルージャ外国人大学では、イタリア語・イタリア文化の外国人教育を専門とする3年の学位取得課程に編入・卒業し、幸い卒業と同時に、5年間、契約講師として、大学の日本語・日本文学の授業を担当することができました。その傍ら、年に2・3か月シエナ外国人大学の外国語・第二外国語としてのイタリア語教授法を専攻する大学院課程も無事卒業したものの、その後残念ながら、ペルージャ外国人大学の日本語の授業が大幅に削減され、中国語やアラビア語の授業が増えて、大学で教えることはなくなりました。幸い、学校や講座、個人授業などで、日本語・イタリア語を教え続けてはいるのですが、実は昨年、イタリアの公立学校の教員採用に関する法制度が変わったとき、わたしもイタリアの学校で、日本語あるいはイタリア語が教えられたらと、法の詳しい内容を楽しみにしていました。けれども、文学部ではなく、教育学部を卒業しているために、わたしが通った愛媛大学で言えば、わたしが通った中学校教員養成課程の国語専攻の方が、ずっと学校で国語を教える資格としてはふさわしいと思うのに、イタリアと日本の大学制度が異なるために、日本語を教えられるための条件が満たせず、また、イタリア語を教えたいと思えば、ペルージャ・シエナの両外国人大学での単位数を合わせれば、かなりのイタリア語やイタリア文学などの授業時数にはなるのですが、わたしが卒業した4年制大学はあくまで日本の大学であり、イタリア語・文学の授業はなかったため、やはり条件に達しません。

 この数年は日本語を教えつつ、イタリア語を個人授業で教える機会もあったのですが、仕事や報酬の数量から言えば、圧倒的に、日本語教育>通訳(伊日・英日)>翻訳(伊日・英日)>イタリア語教育>記事執筆となります。通訳・翻訳の仕事も、語学力を生かすことができ、またさまざまな意味で日伊の架け橋をすることができる上に、講演や企業の訪問・商談・研修・観光など内容がさまざまで興味深く、また、以前にいっしょに仕事をしたことのある方や、ブログをきっかけに、わたしを直接あるいは間接的に知っている方が、仕事を直接頼んでくださったり、依頼するお客さんに紹介してくださったりする場合が多く、感謝しています。ブログを書くのも、毎日書くのは時間を見つけるのは大変なのですが、書くことは楽しく、また書きたいことは尽きぬほどあるため、記事の執筆の依頼もありがたいです。写真を撮ることも大好きです。

 ただ、今自分が一番してみたいことは何かと考えると、日本で長年日本語や日本文学を教えてきた経験と、イタリアで第二外国語としてのイタリア語・イタリア文化教育を、5年間みっちり勉強してきた成果を生かして、日本語・日本文学やイタリア語・イタリア文学・イタリア文化を教えることなのです。

 これも、イタリアでイタリア語教師というと、どうしてもイタリア語母語者が優先され、日本の方が、イタリア語を勉強したいという場合でも、とにかくイタリア語のネイティブ・スピーカーの方がいいと考えがちです。

 でも、そこに大きな間違いが本当はあるのです。

 イタリア料理を食べたい、教わりたいというとき、イタリア料理を専門に学んで研修を積んだ日本人のシェフと、イタリア人で適当に料理もするという人と、どちらの料理を食べたいか、どちらの料理がおいしいか。

 言語はネイティブならだれでも話せる・書けると思いがちで、また、ネイティブがよく知っていると思いがちなのですが、日本人でも、書く文章にら抜き言葉や誤字・脱字が見られ、主述が一致しない文が散見する人は少なくありませんし、しっかり意識を注ぎ、見直しができるはずの書き言葉でさえそうですから、話す際にどれだけ留意をしているのか、敬語がきちんと使えるのか、あやしい人が少なからずいるはずです。イタリアでもそれは同じで、識字率の低下や読書離れ・イタリア語の乱れがさかんに叫ばれ、標準イタリア語の発音がきちんと身についているのは、その特殊な訓練を受けた俳優と、そういう知識を身につけた語学専門家くらいのものだとさえ言われています。と言うのも、イタリアでは、そもそも1861年にイタリア半島が国家として統一されるまでは、国土が政治的に分断され、それぞれの地域で、俗ラテン語から発展・変容を遂げてできた別々の言語が、話されていたため、最近になってこそ、兵役やテレビのおかげで、イタリア語が全国に行きわたるようになったものの、イントネーションや発音には、地域差が大きく、大半のイタリア人が話しているのは、たとえ俗語や方言ではなくイタリア語を話しているときでも、標準イタリア語ではなく、地方イタリア語だからです。

 ですから、言語学やイタリア語教育を専門に学ん人や、特に言語やイントネーションに注意を払う人でなければ、自分の子音や母音の発音、あるいはイントネーションのどこがどんなふうに標準イタリア語と違うのかを待ったく知らないという事態も多々発生します。

 また、イタリアの語学学校に通うのが、一見一番安くて、上達の近道と思われがちですが、それも、少なくとも中級まで、独学で、あるいは日本で学習して、達している場合の話です。

 イタリアの学校で行われるイタリア語の授業は、主に欧米の若い生徒を受講対象のモデルとして考案されている場合が多いと思います。それまでの学習経験ゼロの完全なる入門者を対象とした授業でも、できるだけ分かりやすいよく使われる語彙を使って、絵や写真・教科書・身ぶり手ぶりなどの助けを借りて、すべてイタリア語で行われることが少なくありません。

 それでも、言語の文法や語彙に共通点がある言語を母語とする生徒は、言っていることが理解できる場合が多く、そうして自分でこうだろうなと感覚的に、母語の知識に助けられて、あまりうろたえずに学んでいくことができます。今わたしがすっかり学習をさぼっているフランス語ですが、2012年にパリで2週間語学留学をしたとき、数か月独学でフランス語を勉強したただけのわたしの方が、イタリア語とフランス語の類似に助けられて、日本で4年間フランス語を学んだという留学生の方よりも、理解したり話したりできた場合が、しばしばありました。決して日本のわたしたちが言語を学ぶのが苦手だからではなく、母語である日本語のしくみや語彙が、イタリア語やフランス語と大きく隔たっているからなのです。ちなみに、言語的類型から見ると、日本語と中国語は、イタリア語から最も隔たった言語であると言われていて、そのため、シエナ外国人大学が行うイタリア語検定試験CILSでは、外国に暮らす外国人が受けるA1の試験では、日本語と中国語を母語とする受講者のために、特別に問題を考案したほどなのです。

 最初の段階では、イタリア語と日本語の違いをしっかりと認識し、かつ受講者の必要に応じて、文法に偏らず、柔軟に学習内容を組み立てられる日本人の教師に教わった方が、ずっと習得が早いはずです。

 閑話休題。自分が今一番したいことは、日本語やイタリア語を教えたいということであり、であれば、イタリア人向けの日本語・日本文学についての発信や、発行が滞っているイタリア語学習メルマガの発行を継続的に行い、かつ、ブログの記事で定期的にこうした記事を取り上げる機会を設けなければと感じています。

 ずっと感じているのに、目の前の仕事やノルマに流されて、方向性をしっかり定められていなかったので、この記事をきっかけに、考えを整理してみました。

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Viaggio anniversario dei 10 anni di matrimonio
foto ricordo @ Cascata del Rio Verde di Borrello (CH)
la cascata più grande degli Appennini
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-06-22 23:59 | Vivere | Trackback | Comments(12)

日本語は楽しいです、英語・イタリア語・日本語における数の易しさ・難しさ

 最近の学校の授業では、形容詞に助数詞と、難しい学習事項が増えてきました。 今週に入ってから晴天の日が続き、教室の大きな窓ガラスから、午後西日がさんさんと降り注ぐため、教室が暑くて、まるで温室の中のようです。

 そこで、形容詞の定着を図りかつ楽しく授業をと、

「日本語は楽しいです。日本語はおもしろいです。」と、授業の前に、そうして、朝起きて鏡に向かったときに言いましょう、あら、そんな深刻な顔で言ってはいけません。ほら、自己暗示・自己催眠効果が出て、脳に「ああ、日本語は楽しい。だから、どんどん頑張れるぞ。覚えられるぞ。」と思い込ませるためには、もっと笑顔で、うれしそうに言わなくては

と、たきつけたりしています。

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 数については、英語やイタリア語には英語やイタリア語の、日本語には日本語の難しさがあって、たとえばペンや本が二つあるという場合に、英語・イタリア語では、

英語
There is a pen. → There are two pens.
There is a book → There are two books.

イタリア語
C'è una penna. → Ci sono due penne.
C'è un libro. 、→ Ci sono due libri.

となり、存在する物の数が一つか二つか、つまり単数か複数かによって、その物を表す名詞の語形が変わるのみならず、それに伴って動詞も変化します。

 一方、日本語の場合は、

ペンが1本あります。 → ペンが2本あります。
本が1冊あります。  → 本が2冊あります。

といった具合に、「ペン」・「本」という名詞および動詞、「あります」は、ペン・本がいくつあろうと変わりません。

 その点だければ、日本語の方が一見簡単に見えます。けれども、英語やイタリア語の場合には、物が何であろうと、その物を表す数字の前に、「2」を表す数字、英語ならtwo、イタリア語ならdueをそのままつければ、それでいいのに、日本語の場合は、ペンなら2本、本なら2冊、はがきなら2枚といった具合に、物によって数え方が違ってきます。しかも、日本語では、同じ内容を述べた文でも、文の構成や表現法が、英語やイタリア語とはまったく違います。

 と言うわけで、我慢大会的暑さの中で、習得が難しい助数詞を、何とか楽しく学んでもらおうと、昨日は、上のようなプリントを、夜中に用意しました。テーブルの上のリンゴの絵を、覚えている方がおいででしょうか。そうです。中学生の女の子向けの英語の授業のために作ったプリントの絵を、再利用しています。

 明日も朝早いので、今晩はできるだけ早く就寝するつもりなのですが、今の状況では、午前1時前に寝られたら恩の字です。

 「日本語を教えるのは楽しいです。日本語を教えるのはおもしろいです。」

 無理に唱えずとも、これは心からそう感じているので、そういう仕事ができることが、ありがたいです。

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In lingua giapponese non esistono le categirie grammaticali né del numero né del genere.
Quindi la parola giapponese, 'tomodachi' può indicare un amico ma anche un'amica, amici e amiche e non esiste l'opposizione singolare/plurale. Dunque, normalmente in giapponese non c'è il bisogno di cambiare la forma dei nomi, dei verbi e degli aggettivi a seconda del numero e del genere dei nomi, perché i nomi non vengono grammaticalmente marcati né dal numero né dal genere perché essi non esistono.
Sembra troppo facile? - Invece, in giapponese lo stesso numero può essere indicato in modi svariati a seconda di oggetti/persone/animali a cui si riferisce, mentre in italiano e in inglese il numero 2 viene indicato quasi sempre con le stesse parole, DUE e TWO.
In giapponese, 2 si dice generalmente NI quando si conta fino a dieci, ma si può contare anche usando la parola, FUTATSU.
Per contare gli oggetti lunghi, il numero 2 viene indicato con la parola NIHON, i libri - NISATSU, i piatti - NIMAI, le macchine - NIDAI, gli uccelli - NIWA, i cani - NIHIKI, le persone - FUTARI, i giorni - FUTSUKA e non finisce qui.
Dunque, durante lezioni sentendo il bisogno di sollevare l'animo dell'allievo, gli dico spesso di ripetere con un bel sorriso convincente le parole magiche, "NIHONGO WA TANOSHIIDESU." (Il giapponese è piacevole) e "NIHONGO WA OMOSHIROIDESU." (Il giapponese è interessante.) per l'autosuggestione.
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-05-17 23:59 | Insegnare Giapponese | Trackback | Comments(4)

大学院卒業おめでとう、イタリア

 わたしが個人授業で日本語を教えている大学院生の生徒さんが、おととい水曜日に、無事大学院を卒業しました。水曜は朝学校の授業があったので、残念ながら、論文の発表には出席できなかったのですが、昨日の夕方、日本語を勉強しに来た生徒さんが、こちらの卒業記念の品を、わたしにも贈ってくれました。

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 「おばの手作りです。フクロウ(gufo)は幸運を呼びますから。」と言いながら、手渡してくれたのですが、思いがけない贈り物で、人生の大きな喜び、節目の祝いごとを、わたしとも共有をと考えてくれたのだと、うれしかったです。フクロウの下のコンフェッティが入ったプラスチックケースが、卒業論文の冊子を思わせる形をしていて、よく工夫されているなと思いました。

 おしゃべりより授業をと、すぐに授業に入ってしまったので、将来の抱負はまだはっきり聞いていませんが、卒業という一区切りをつけて、今はうれしくほっとして、日本語については、「これで12月に受験する日本語能力試験N2の勉強に、もっとじっくり取り組めます。」と、熱意を語ってくれました。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-05-12 23:59 | Altro | Trackback | Comments(4)

中は中田、墓ではなくて箱の中、イタリアで学ぶ日本語

 先週から、 「…は ~の うえ/した/よこ/なか です。」という場所表現の学習に入りました。教科書、『まるごと 入門 A1』では、初出の第8課では学ぶべき場所表現を必要最低限に抑えてあって、他の教科書では、いっしょに登場する「まえ/うしろ/みぎ/ひだり」などの表現は、後で学習することになっています。

 それでも、今日の授業中、練習として、絵やカードを使って、あるいは教室内にある実物の本や水の入ったペットボトル、ペンなどを、机の中やいすの上、棚の中などに移動して、「どこですか。」と、生徒さんに尋ねてみると、いくつかうろ覚えの語彙があり、場所表現の中では、特に「なか」を覚えるのに、苦労していていました。

 「はこ の なか です」が、「はこ の はか です」になったり、「はか の なか です」になったりしてしまうのは、イタリア語では、文字としてはhを表記に用いても無音であって、hという子音が存在しないために、hが入ると記憶の定着が難しくなるからであり、また、「はこ」と「なか」という2語は、いずれも母音aと子音kを含むため、単語が混乱しやすいからではないかと思います。

 「はこはscatolaだけれども、はかはtombaのことで、はかのなかと言ってしまうと、dentro la tombaという意味なので、意味がまったく違うから気をつけましょう。」と言い、ホワイトボードに箱とお墓の絵をかいて、横にそれぞれ「はこ」、「はか」と文字を添えてみたのですが、それでも、「はこ・なか・はか」の混乱が続きます。空き箱の絵と日本の典型的な墓石の絵をかいたのですが、「形がよく似ていますよ。」と言われて、確かにどちらも立法形なので、形は似ているなと、わたしも思いました。

 そのときふと、イタリア人もよく知っているサッカーの中田選手のことを思い出しました。漢字の「田」と「中」については、以前、漢字がどういうものかを説明したときに、漢字の成り立ちの例として、意味と共に紹介したことがあります。

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 そこで、「ナカタというのは、漢字で書くとこうなって、dentroを表す中と、risaiaを表す田という漢字から成り立っているんですよ。」と、言ってみました。

 すると、生徒さんは、ローマ在住かつサッカーファンで、中田のローマ所属時の活躍ぶりをよく覚えていたこともあり、この一言で、「中はナカタのナカ、意味はdentro」と、驚くほどすぐに完璧に記憶してしまいました。ナカタの絵をかいてくださいと言われたのですが、サッカーにあまり興味のないわたしは、正確に絵をかけるほどは中田選手の顔を覚えていないため、上に見えるような絵をさっとかきました。目が少女漫画のきらきらお目々になっているのは、生徒さんから、「日本の漫画やアニメによくある大きい目にしてはどうですか。」と言われたからです。

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 そのとき、「いいですか。」と手を挙げた生徒さんが立ち上がり、ホワイトボードに自らさらさらと描いたのが、こちらの中田の絵です。わたしが下方に書いた文字を見ながら、絵の横に、「中田」、「なかた」と、漢字とひらがなで添えたのも、生徒さんです。ちなみに、サッカーコートの絵は、わたしが休み時間に板書の写真を撮っていたら、生徒さんがかき加えたものです。

 本人も悦に入っていましたが、中田もサッカーコートも、本当にうまくかけています。「中田」、「なかた」も自らの手で板書したため、これは記憶にしっかりと残ることでしょう。

 実際、このあと、「どこですか。」と尋ねて、さらに練習を続けると、「はか」と「はこ」の間違いこそ時々あったものの、「なか」は完全に覚えることができていました。

 ちなみに、板書に「よびこう」という言葉と、「浪人」という言葉と絵があるのは、「日本の大学入試がそんなに難しいなら、受験に合格できなかった生徒はそのあと、1年間どう過ごすんですか。」という質問があったからです。roninは、映画を通して、イタリア人にも「使える主君のない侍」(samurai senza padrone)のことだと知っている人が多いので、まずは、浪人の絵をさっとかき、生徒さんが侍としての「浪人」を知っていることを確認した上で、「大学受験に合格できなかった人のことも、浪人と言って……」と、説明を続けました。

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 学習用プリントには、つい最近、家庭教師で英語を教えている中学生用に作った絵を応用しました。教科書には、「うえ」と「なか」を使った会話は出てくるのですが、「した」と「よこ」は、続く練習問題で突然出てきます。わたしの方から、「こういう意味です。」と意味を教えるのではなく、絵と文から、「した」と「よこ」の意味を推測させようと考えて、プリントで、こんなふうに取り上げました。学習は何でも、与えられたものをただ暗記するよりも、まずは自分の頭を働かせて、何だろうと考えた方が、記憶が定着しやすいからですし、学習が受け身にならないからです。

 英語のおさらい用に作ったプリントには、「なか」が出てこなかったので、箱入りの人形の絵も、つけ足しました。おかげで、ねらいどおり、絵の助けを得て、文や表現の意味を、生徒さんがきちんとつかむことができました。「リンゴは ピザの よこ です。」という最後の文を、Le ciliegie...と訳すので、「リンゴはciliegia(サクランボ、ciliegieは複数形)ではなくて、melaのことですよ。」と言うと、わたしの描いた絵が、リンゴではなくて、サクランボに見えたからそう言ったのだそうです。確かに、へたの部分が、リンゴというには長すぎるような気もします。

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 授業では、こんなふうに、まずは絵を見ながら文の意味を考えてもらったあとで、上のような構文の用法を、自ら発見してもらいました。

 ちなみに時々、「どこ」を生徒さんが「どく」と発音してしまうので、「どくはvelenoのことですよ。」と言っています。箱が墓になったり、どこが毒になったり、何だか言葉がホラーやスリラー向きの言葉と混同されがちなのも、おもしろいです。ただ、これも、かつての生徒さんたちがやはり、「おくさん」と「おこさん」を混同していた例もあり、日本語のウの音が、イタリア語のuともoとも違うけれど、どちらにも通じるところがある音なので、そのために取り違えやすいのだろうかと考えています。

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NAKA E' NAKA DI NAKATA.

Oggi un allievo non riusciva a ricordare la parola, NAKA che significa 'dentro' in lingua giapponese; dopo alcuni tentativi non riusciti mi è venuta l'idea e gli ho spiegato che questa parola NAKA (中) si trova anche nel nome di Nakata (中田), ex calciatore giapponese.
Si è illuminato il viso dell'allievo, è venuto alla lavagna spontaneamente e ha dipinto Nakata e aggiunto il nome del calciatore in kanji e hiragana imitando il nome che avevo già scritto sulla lavagna. Dopodiché ha memorizzato perfettamente la parola e ha potuto usarla sempre in modo corretto.
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-04-26 18:55 | Insegnare Giapponese | Trackback | Comments(2)

ごはんがすきです、日本語授業と和食恋しいイタリア生活

 わたしは ごはんが すきです。 パンは すきじゃありません。

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 「すきです / すきじゃありません」という表現を、日本語の授業で復習するのに、教科書の例文やでっちあげた文よりも、わたし自身や生徒さんも知っている人について述べた方がよかろう、教科書の同じ課に出てくる語彙を使った方がよかろうと、まずは自分について、こういう文を書いてみました。

 「パンは好きじゃありません。」とは、あくまでそういう学習効果をねらう意図から書いた言葉ではあるのですが、イタリアに長く暮らすうち、自分はごはんの方がずっと好きであって、パンはできれば避けたいという気持ちになってきました。バールで食べるクロワッサンやシュークリーム、日本のパン屋でよく売られている卵などが入った調理パンは好きなのですが、ウンブリア州の人で、pane(パン)という言葉を聞いて、そういうものを思い浮かべる人は少ないと思います。

 夫が生地をこねて、窯で焼いたパンはおいしいし、義母が作る復活祭用のパンも、そうしてブルスケッタもおいしいのではありますが、「ごはんの方がずっと好きだ」とは、他人との食事や外食では、パンしか選べぬことが多い生活が長くなって、初めて気づけたような気がします。

 実際、小麦を挽いて粉にして、さらにその粉で作った生地を熱して作るパンやパスタに比べると、収穫された米を炊きさえすれば食べられて、加工が少ないごはんの方が、栽培・収穫・加工方法にもよりますが、健康にいいし、消化によいとは、イタリアでもよく読んだり聞いたりしてきました。さらに遺伝から、わたしたち日本人の体には小麦よりも米の方が合っているようだ、ということも。

 イタリアで留学生活を始めたばかりの頃は、「郷に入れば郷に従え」、文化や慣習も受け容れようとばかりに、数年ほど、たとえばホームステイ先で、食事を共にするにしてもしないにしても、ずっとイタリア料理を食べていました。日本では炊飯器でしか米を炊いたことがなかったために、イタリアで鍋で炊こうとは、初めは思いもよらなかったということもあるのですが、友人や知人が鍋で手早くごはんを炊くのを目にしたり、人に頼まれて日本食を作ったりするうち、やはり自分は日本の味に飢えているのだ、和食が恋しいし、体にも合っているのだと気づき、よくごはんも炊くようになりました。

 うちの夫は、週に何度かは昼食を食べにうちに帰ります。そういうときは、主にパスタを食べるのですが、わたし一人で食べるときは、近年では、ごはんを食べるようにしています。夕方も、肉や魚、豆腐、野菜料理にポタージュやみそ汁など、おかずを準備して、夫はパンと、わたしはごはんと食べるようにしています。

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 「AはBが好きです。」という文の構造が、日本語とイタリア語ではかなり違うため、まずは例文や聴き取り練習・会話練習を通して、意味や使い方を把握してもらおうと思うのですが、その後で、理解できたかどうかを確認し、また、さっと復習できるように、こんな表も作ってみました。

 大学生が相手の授業のときは、日本のアニメや漫画に興味がある学生が多いので、「あなたが好きです。」と、「好きです」という言葉は、恋の告白によく使われるんですよなどと言うのですが、明日の授業は2時間で時間があまりない上に、生徒さんがわたしとほぼ同じ年の社会人ということもあって、今回は割愛するつもりでいます。

 義弟の奥さんはエクアドル人です。義弟と共に明朝早くに帰国する彼女に、祖国の家族へのおみやげをと夫と出かけたほか、今日はあれこれと外で済ませなければならない用事が多かったため、明日の授業の準備が終わるのがすっかり遅くなりました。明日は朝8時から肩のリハビリで、そのあと帰宅して着替え、授業が終わるのが午後2時と遅いため、昼食のしたくをしてから、学校に授業をしに出かけます。インスタグラムへの写真の毎日一投稿は今日はあきらめますが、明日からはもう少し時間配分を考え、一つひとつノルマを果たし、早寝早起きできるよう努めたいと思います。

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すきです(sukidesu)
è un'espressione che si insegna a scuola in questi giorni. Come esempio per lezione di oggi ho scritto: "Mi piace il riso. Non mi piace il pane. A ... piace il pane." Non è che non mi piaccia veramente il pane, anche se preferisco senz'altro il riso, ma volevo usare solo le parole che si trovano nei manuali da noi adottati. Invece, in realtà trovo buono il pane che fa mio marito al forno a legna, buona la torta di Pasqua fatta da mia suocera e mi piace molto la bruschetta.
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-04-06 23:59 | Insegnare Giapponese | Trackback | Comments(6)

明日の授業の準備中、イタリア語・日本語それぞれの難しさ

 つい先ほど、明日の朝の日本語の授業用のプリントができあがって、印刷したところです。

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 「すんでいます」という文法的に細かく見れば、難度の高い表現が、教科書の最初の方にぽんと出てくるのは、日本語でコミュニケーションを取れることを重視した『まるごと』の教科書ならではだと思います。

 イタリア語のVorrei…「…したいのですが。」と控えめに希望を述べる表現が、入門者でも知っておくと便利で、会話のいい潤滑油になるけれども、文法的に考えると、イタリア語学習がかなり進んでから学ぶべき条件法現在が使われているのに、よく似ています。イタリア語教育では、それでも、イタリアで暮らしたり旅をしたりするのに、知っておく必要があるこうした表現は、文法には触れずに、そのままの形で、こんなときにこんなふうに使いますと扱うべきとされているのですが、日本語で活用・接続のややこしい「て形」を含む「すんでいます」も、文法には触れず、自分や人の住んでいるところについて話すのに便利な表現として、扱うことにしています。

 教科書には、「…は…にすんでいます。」というパターン文しか書かれていないのに、わたしがあえて、主語を4通りに変えて文を並べているのには、理由があります。イタリア語では、「どこそこに住んでいる、暮らしている」と言う場合に、動詞は、abitare、あるいはvivereの直説法現在を用いるのですが、この動詞の形が、主語の人称と数によって、変わってくるからです。

 同じ直説法現在でも、主語がわたしたち(noi)であれば、abitiamo(viviamo)、わたし(io)であれば、abito(vivo)、「たけしさん」のように三人称単数であれば、abita(vive)、「レーモさんたち」のように三人称複数であれば、abitano(vivono)といったふうに、イタリア語では、主語によって、動詞の形が変化します。

 ですから、たとえ教科書の例文に「わたしたちは おおさかに すんでいます。」とあっても、生徒さんが、主語が変わったら、動詞の形も変わるのではないかという心配をするかもしれないと考え、日本語では主語の人称や数が変わっても、動詞の形が不変であることに、例文を通して気づいてもらおうと考えたのです。

 ああ、イタリア語はなんとめんどうくさい、難しいと思われた方がおいででしょうか。

 けれども、かぞくを学ぶこの課では、日本語ならではの難しさも頻出します。たとえば、課の題名からして、「かぞくは 3にんです」なのですが、イタリアでは、人であろうと本であろうと、車であろうと、3であればtreという数字を覚えさえすればいいのに、日本語では、人なら「3人」、本なら「3冊」、車であれば「3台」と表現が変わる上、人の場合はさらに、「ひとり」「ふたり」の読みが独特です。

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 そして、家族を指す表現も、イタリア語では、そもそも兄弟姉妹は、年齢の上下は気にせず、男性ならfratello、女性ならsorellaですむのですが、日本語ではまず、年齢が上か下かで兄・弟、姉・妹と呼称が変わります。しかも、イタリア語であれば、自分の兄弟であろうと人の兄弟であろうと、fratelloですむのですが、日本語では他人の兄弟に言及するときは、「お兄さん・お兄さま・兄君・弟さん」などと、呼称が変わります。

 日本語ではこんなふうに、話し相手や話す場、話者の聞き手との関係によって、使う語彙が変わるのに対して、イタリア語では、たいていの場合、主語の人称や数によって動詞の形が変わります。名詞も単数か複数かによって形が変わるため、たとえば、兄弟を意味するfratelloも、一人ならfratelloと単数形でいいのですが、二人以上になると複数形にして、fratelliとする必要があります。

 日本語とイタリア語のどちらがどう難しいかという問題ではなく、日本語が中国語と並んで、類型的に見てイタリア語から最も隔たった言語とされている上に、日本文化がイタリア文化とはさまざまな点で異なり、そうした文化や伝統の違いが、言語に反映されているということなのです。あまり苦手意識を持たずに身につけてもらえるように、プリントでは、生徒さんもわたしも実際に知っている人を、例としてあげるなど、工夫をしてみました。

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In italiano il verbo si coniuga a seconda della persona e del numero del soggetto (es. io abito/tu abiti/lui abita/noi abitiamo/voi abitate/loro abitano), mentre in giapponese la forma del verbo 'すんでいます' (pronuncia: 'sundeimasu', significato: 'abitare') rimane invariata per qualsiasi soggetto. Tuttavia, mentre gli italiani usano lo stesso termine, 'fratello' sia per riferirsi ai propri fratelli che a quelli altrui, in giapponese si usano diversi termini e inoltre esiste un vocabolo che indica 'fratello maggiore' e quello che indica 'fratello minore'.
Secondo i linguisti il giapponese e il cinese sono le due lingue tipologicamente più distanti dall'italiano e per questo per gli apprendenti giapponesi è difficile imparare l'italiano e per gli allievi italiani è difficile studiare il giapponese, ma con sforzi e passione ci si riesce :-)
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-04-04 23:59 | Insegnare Giapponese | Trackback | Comments(2)

何が出るやらお楽しみ、春の畑とイタリア在住15年・ブログ7年記念日

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 うちの裏庭には、花壇が三つあり、その一つは、一番奥に見える白い石の向こうで、つい最近まで、ヒヤシンスがきれいに咲いていた花壇です。もう一つは、写真後方に見える、つい最近耕して、種をまいたばかりのところです。

 そうして、三つ目の花壇は、手前のヒナゲシ(papavero)が咲いているところです。今日は1日中北風が吹いていて、小さいヒナゲシの花びらは飛び散ってしまったのですが、大きいヒナゲシは、今朝二つ目の花が咲きました。

 こうしてヒナゲシが育っていることを、わたしが感じたのは、つぼみがたくさんできているのを目にしてからなのですが、植物に詳しい夫は、まだつぼみができるずっと前から、葉の形を見て、「ヒナゲシが育っているよ。でも、咲くのは4月になってからだろうね。」と言っていました。

 手入れをせぬままに、春を迎えてしまったこの花壇の草花を、そのままにしているのは、大小のヒナゲシがあちこちに育っている上に、キンセンカ(calendula)の花も咲き、数年前に種をまいた、青い染料が取れる黄色い花が育ってつぼみができ、コスモスらしき植物や、古代小麦らしく植物も、混在しているからです。

 「まかぬ種は生えぬ」と言いますが、この数年の間に、いつかまいた種や小麦から育った植物が、1年経って、あるいは数年経って突然に、再び顔を見せたのが興味深いです。地面を耕したり、雑草かと抜いてしまったりしたために、去年までは育つはずだったコスモスが育たなかった、そういう可能性もあるかもしれません。種はまいたら育つのだと、そんな気がしてきました。

 日本語の授業に英語の授業、通訳の仕事と、最近は慌ただしくて、方向軸が定まらぬまま、今するべきことに追われている、そんな感じです。学校で話をしていて、そう言えば今日で、わたしがイタリアに来てから、15年になるのだと気づきました。土曜日は通訳の仕事中に、お客さんから、実は、フィレンツェの二人の日本の方が、「直接面識はないけれど、この人なら」と、それぞれわたしを紹介してくださったので、わたしに声がかかったのだと知りました。お二方とも、ブログを通してわたしのことを知られたようです。この場を借りて、その方たちにお礼を申し上げます。

 そう言えば、ブログを始めたのもやはり4月でした。イタリア語学習メルマガには文章しか載せられないけれども、語学学習をより楽しくし、文化も知ってもらうためには、写真などの視覚教材が必要だと考え、最初は、メルマガの副教材のつもりで、ブログを書こうと決めたのです。奇しくも、初めての記事を書いたのは、2010年のやはり4月3日です。当初の目的とは、少々方向が違うものの、こつこつ書き続けてきたブログの、その種から、こうして何かが育っているのだな、ありがたいなと思いました。

 以前にイタリア語を個人授業で教えた生徒さんにしても、土曜日の通訳のお客さんにしても、大きな熱い夢の実現に向けてのその一歩を、お手伝いできるのは、うれしいことだなと思いました。学ぶことが好きで、イタリアに興味があるからと、イタリアに来てみて、結局気づいたのは、わたしが一番好きなこと、していると生きていると実感できるのは、日本語であれイタリア語であれ、何かを教えているときなのだと、実感しました。書くこと自体が楽しいし、暗いニュースが多い日々の中、イタリアと言えば書かれるニュースや記事が偏りがちな中で、いろいろな側面をお伝えしていきたいというのも、わたしの願いの一つなのですが、ブログの方向や焦点を当てるべきことも、これからはもっと考えていかなければと思います。ディーパクの本に書いてあるように、収穫を得るには、好転させていくためには、注意を向けること、時間や心、手をかけることが大切だと考えるからです。

 放置していた花壇に、この春は、思いがけずきれいな花が育っているのですが、これからの人生、本当に自分が望むこと、してみたいことを考えながら、どんなふうに仕上げたいのかを念頭に置いて、手と心、時間をかけていきたいと考えています。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-04-03 23:54 | Fiori Piante Animali | Trackback | Comments(4)

うれしい一言と京都清水寺の桜

 授業や教材は、時間をかけて準備するようにしていて、日本語であれ英語であれイタリア語であれ、その授業が個人授業である場合が最近は多いのですが、今朝はカードを見た生徒さんが、「昨日の晩、ぼくのためだけに作ってくれたんですか。」と、心の底からそう言ってくれたので、何だか感動しました。実は、カード作りよりも、プリント作りの方に時間も手間もかかっていたのですが、手書き・手作りであるために、今日の授業のためにわざわざという印象が大きかったのかもしれません。

 10日間では、ひらがなやカタカナの定着に加えて、さらに国名や職業名を覚えるのは難しいので、ロールプレイの前に、授業の初めに、準備体操のつもりで、昨晩作ったカードを、国名・職業名・言語名の三つのグループに分けるように言ったら、まずその作業にかなり時間がかかりました。ただ、そういう作業を通じて、まだ覚えていないカタカナや自信がないひらがな、意味が分からない言葉や読めない言葉がどれかということが、生徒さん自身にもわたし自身にも分かりやすく、カードなので、そういう苦手な仮名を含む言葉や記憶が危うい言葉のカードだけを集めておいて、定着を図るべく、いろいろな形で練習することもできました。

 国名のカードは、「お国は」と出身国を尋ねるロールプレイに使ったほか、カードを1枚引かせておいて、わたしの方から、「…さんは、ドイツ人ですか。」と問いかけ、「いいえ、ドイツじんじゃありません。かんこくじんです。」と答えさせて、「出身国+じん(人)」の表現や、疑問文・否定文の練習もしました。アメリカやイギリス、オーストラリアなど、欧米の国のカードも多かったのに、どういうわけか生徒さんが、「エジプト・ちゅうごく・かんこく」と、欧米ではない国のカードばかり引いていたのですが、おかげで、「ひらがなで書かれているけれども国の名前」であるこういう国の名前と、どの国を指すのかを覚える役に立ったのではないかと信じたいところです。

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Fiori di ciliegio, Tempio Kiyomizu-dera, Kyoto 8/4/2009

 今日の写真は、8年前の京都で見た、桜の花に彩られて美しい清水寺です。

 今朝は朝8時から3時間の授業のあと、午後7時まで、成人への外国語教育についての研修会があり、講義は明日も早朝から午後7時まで続きます。昨晩は遅かったので、今日は真夜中前に就寝することにします。おやすみなさいませ。




Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-03-29 23:46 | Giappone | Trackback | Comments(2)

明日は自己紹介ごっこ、イタリアで日本語教育

 『まるごと A1』の教科書では、第1課・第2課でひらがな・カタカナを終え、第3課に入ると、国名や職業名など、学ぶ語彙が一気に増えて、まだひらがなやカタカナの習得がおぼつかない段階で、生徒さんが精神的に慌ててしまう可能性が大いにあります。

 教科書の練習問題を再度解いたり、何度も書いたりするのではなく、楽しみながら、実際に自己紹介をするようなつもりで、勉強してもらおうと、教科書に出てきた新しい語彙を中心に、国名や職業名などのカードを作りました。

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 名前も、「リー」、「アリ」など、「イタリア」など既習の国名に使われているカタカナだけ、あるいは、そういうカタカナが多い名前をいろいろ考えて、カードにしました。

 明日はまずは、ひらがなやカタカナ、そして、「~は何ですか。」の復習を兼ねて、「お名前は何ですか。」と聞いて、引いた名前カードの名の人になったつもりで、答えてもらい、生徒さんからもわたしに質問をしてもらい、わたしもカードにある名前を答えるという形で、名前を尋ね、答える練習をしたいと思います。

 同様に、カードを使いながら、職業や出身国を、カードに書かれたとおりであるつもりで答えてもらい、まだ覚えきれていない仮名や語彙があれば、その定着を図ります。そうして、まとめとして、わたしも生徒さんも、名前・国名・職業名が書かれたカードを1枚ずつ引いて、「はじめまして」と、自己紹介の練習をしようと考えています。

 カードを使い、なりきったつもりで会話練習をすることで、あまり文法などにとらわれすぎずに、とにかくさっと問われたことを言ってみる訓練ができるのではないかと期待しています。習得が今ひとつだと思われる言葉を書いたカードを繰り返し使えば、苦手な単語が覚えやすくなるはずですから、いろんな意味でカードが活躍してくれるはずです。

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Domattina facciamo role-play utilizzando queste carte su cui sono scritti i nomi di persone, Paesi e occupazioni in giapponese :-)
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-03-28 23:59 | Insegnare Giapponese | Trackback | Comments(4)


日本語教師・通訳・翻訳家。元高校国語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより


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Naoko Ishii
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