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ブスは禁句

 イタリア語というのは、英語やフランス語と違って、表記と発音のずれが比較的少ない言語です。だからと言って、「イタリア語はローマ字読みでいい」と思う方は、気をつけましょう。

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 外国語を習うときは、ただでさえ、母語の影響がいろいろな面で出てきます。たとえば、日本語を母語とする人の場合、文法面では、母語である日本語に冠詞がないため、イタリア語や英語の冠詞の習得で、いつまで経っても、定冠詞と不定冠詞を正しく使い分けることが、難しかったりします。発音でも、母語では「r」と「l」、「b」と「v」などの子音を識別する必要が存在しないため、こうした子音の違いが存在する言語を学ぶときに、なかなか子音の識別ができず、従って記憶も不正確になり、イタリア語や英語が上達してからでも、間違って書いたり、発音したりすることがありがちです。

 こんなふうに、外国語の学習は、ただでさえ母語の影響を受けやすいのに、片仮名表記ばかりに頼って、外国語の発音を覚えようとすると、この母語の悪影響がさらに大きくなってしまいます。

 イタリア語を学習する場合、一番問題となるのは、たとえば、libro(意味は「本」)という単語の中心にある「b」は、イタリア語では単なる子音の「b」を発音するのに対し、これを片仮名で表記すると「ブ」となり、本来の単語にはない、「u」という母音が入ってしまうため、間違った発音を身につけてしまうということです。これは、日本語の音節構造は、大半が、1子音+1母音であるのに対して、イタリア語では、str- pr-などと、子音が連続する場合も、よくあるからです。

 音楽でご存じの単語、allegroにしても、片仮名読みでは、できるだけ原音に忠実に表記しようとしても、「アッレーグロ」となり、「l」と「r」の発音の違いを表すことができません。ですから、こうした単語の発音を、片仮名表記に頼って覚えようとすると、ただでさえ、覚えにくく難しい「r」と「l」の区別が、ますますつきにくくなってしまいます。そうして、外国語学習・教育の研究結果から、「最初に一度間違って覚えてしまったことを、あとから修正するには非常に時間と労力がかかる」ことが分かっています。どの位置に舌をおいて、どう発音するかということを図だけ見て理解したり、発音記号だけで学んだりすることは難しいと思いますから、最初のうちだけは、片仮名の助けも必要でしょうが、できるだけ早いうちに、イタリア語のどういうつづりが、実際にどういう発音に該当するかを習得して、片仮名表記に頼らず、イタリア語の表記やCDの音声を頼りに、発音を身につけていく必要があります。

 イタリア人が日本語や英語を学習する場合にも、やはり母語であるイタリア語の発音の影響がいろいろと出てきます。イタリア語というのは、英語やフランス語と違って、文字表記と発音の一致が多い言語です。ですから、ついつい英語のjuiceの発音が「ジューイス」だと信じ込んでいたりする場合があります。また、イタリア語では、子音の「s」のあとに、mやlが続くと「s」を[z]と発音するので、英語のslipやsmallを発音するときでも、発音がイタリア語化して、「ズリップ」、「ズモル」となりがちで、伊伊辞典で、こうした外来語の発音として真っ先に掲げてあるのは、本来の英語の発音ではなく、こちらのイタリア語化した発音の方だったりします。

 イタリア語では、「バス」のことをautobusと言いますが、発音は片仮名表記だと「アウトブス」になります。日本語では「バス」というところの発音が「ブス」になるため、日本語の授業中には、最初のうち、「バス」も「ブス」と発音してしまう生徒が、必ず何人か出てきます。

 ミンモさんも例に漏れず、初めは「ブス」と何度か口にしてしまっていましたが、「ブスは日本語ではこういう意味で、間違って使って、相手に誤解されたら大変だから、気をつけるように。」と注意したあとは、「それは大変。しっかり覚えなければ。」と言って、真剣にメモを取り、以後はいっさい間違えなくなりました。あとで、ツイッターでこの話を披露したら、「あ、その間違い、ぼくもしましたよ。」という返事が、何人かのイタリア人学生から来ました。

 イタリア人が日本語を学習し始めるときも、最初はどうしても、平仮名や片仮名をローマ字書きしたものを足がかりにして、発音を覚えます。ただ、これもいつまでも続けていると、母語の発音の悪影響が大きくなってしまいます。かつて教えた学生の中に、授業開始から3か月経って、試験を受ける段階になっても、問題用紙に書かれた日本語をすべてローマ字に書き直してから、問題に答える学生が何人かいました。そうすると、たとえば「は」を「ha」と覚え、「ひ」を「hi」と覚えるため、イタリア語では書かれていても発音されない「h」の音を、日本語でも発音しない傾向がでてきます。それで、出欠の点呼に答えて、「アイ」と言ったり、「コーヒーください」のつもりで、「コイください」と言ったりすることになったのですが、この間違いについて、詳しいことは、 こちらの記事をご覧ください。

 「バス」を「ブス」と言ってしまうユニークな間違いにだけついて書こうと思ったのに、今回はずいぶん硬い話になってしまいました。仕事などが忙しくて最近サボっているメルマガ向けの記事だったかもしれません。退屈された方には申しわけありません。

*写真は、5月30日に撮影した、我が家のジャスミンの花です。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2011-06-13 22:57 | Insegnare Giapponese | Comments(13)

日伊の架け橋、アニメと漫画

 わたしたちが日本語を教える教室の右横では、アラビア語の授業が行われていて、レバノンやイラクなど、政治的にも軍事的にも、難しい地域に赴任することになっている軍人さんたち3人が、アラビア語を学んでいます。

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 この3人もやはり、とても気のいい人たちで、「先生が授業をおてやわらかにしてくれるように」と言って、飴やチョコレートを持ってきては、時々、隣の教室で教えるわたしにも、一つ二つと分けてくれます。ちなみに、この「甘いもの作戦」を最初に考え出したのはミンモさんで、お隣さんたちは、横を通るたびに、「この飴、一ついただきますね。」と手を出したりしていたこともあり、自分たちも持参することになったようです。授業中にこういうものが机の上にあるのはいただけない、とわたしは授業の間は、机の下の目に見えない場所に置いて、そのまま忘れてしまうので、時々、「ああ、またこうやって隠すから、食べるのを忘れちゃうんだよね。」と言われます。

 ある日、このアラビア語の生徒さんの一人が、わたしの名前を「なおと」と呼び間違えました。「なおこですよ。」と言うと、「あ、すみません。実は、幼い頃から、アニメの『タイガーマスク』(L’Uomo Tigre)が大好きで、その主人公の名前、『なおと』と混同してしまって…」と言うではありませんか。『タイガーマスク』は、わたしも幼い頃に見ていましたが、主人公の名前など記憶になかったので、まずは、彼が今もその名を覚えていることに驚きました。ちなみに、あとでインターネット上で調べて、本当に主人公の名が「なおと」だということが分かりました。

 この話が発端になって、いろいろなアニメの話になり、3人とも、『UFOロボ グレンダイザー』を見て育ったということが分かりました。『荒野の少年イサム』まで知っている人がいて、実はわたしも幼い頃に見ていながら、結局イサムが父親とめぐり会えたかどうかが分からなかったのに、バグダッドに赴任することになっている軍人さんが、「最後には、父親と会えたんだよ。」と教えてくれました。30年以上も前に見て、結末が分からずにいた日本のアニメがどう終わったかを、イタリアで軍人さんに教わるなんて、世の中おもしろいなあ、とつくづく思いました。3人ともひどくまじめな人たちなのですが、『愛してナイト』も、よく見ていたようです。「父親が鉄板の上で何かを焼く店を開いていて」、「男性の主人公が髪を染めていて」、「猫の名前がジュリアーノとイタリア語名」だと聞いて、3人が何のアニメの話をしているのかが、ようやく分かりました。

 グレンダイザーは、イタリアでは、Goldrakeとう名前で放映されていました。40代の軍人さんたちにとっては、心に一番残るアニメの筆頭であるようで、このことは、すでに授業中にミンモさんから聞いていました。イタリアで各家庭にカラーテレビが導入されたのと、グレンダイザーが放映されたのが、ちょうど同じ時期で、そのため、ミンモさんは、「カラーテレビの色彩の美しさを、グレンダイザーを通して実感し、楽しんでいた」そうです。ミンモさんのお母さんもやはり、その色彩の美しさに感嘆し、いつも一緒にグレンダイザーを見ていたそうです。わたしもやはり、小学生の頃、グレンダイザーを見ていましたが、カラーとグレンダイザーを特に結びつけて意識した記憶がなかったので、驚きました。

 以前にも書いたように、外国語というのは、歌を通して覚えると、聴覚も動員し、リズムもあるので、記憶に残りやすいし、正しいイントネーションや発音が身につきやすいので、外国人大学の授業では、よく学生たちといっしょに、『春が来た』などの歌を歌っていました。(記事はこちら)ミンモさんにも、最初から、「時々歌をうたって、勉強しましょうね。」と言っていたのですが、「ぼくは、歌はへただし、隣の教室に迷惑をかけるから、歌だけは絶対うたわない。」と、言われていました。というわけで、結局、日本語の歌は歌わずじまいだったのに、グレンダイザーの話をしたとたん、ミンモさんは、自分から、グレンダイザーのイタリア語のオープニング(リンクはこちら)を、すべて歌って披露してくれました。きちんと歌えるし、歌もじょうずじゃない、と言うと、「Goldrakeだけは特別で、何度も何度も聞いたから。」とのことでした。グレンダイザーは夫も好きで、よく見ていたようですが、オスカノ城での夕食(記事はこちら)のあと、別れ際に、何がきっかけでか、ミンモさんがGoldrakeをすべてすらすら歌ったとき、夫もいっしょに歌おうとしたものの、忘れていたところがあったので、ミンモさんは、本当にグレンダイザーが好きなんだなあと、つくづく思いました。

 そんなことがあったので、この日は、廊下で他の外国語を学ぶ軍人さんに会うたび、その人にとっての懐かしの日本のアニメを尋ねていたら、やはり中東の難しい地域に赴任することになり、ダリー語(だったと思いますが、あとで確認します)を学ぶ軍人さんが、ガンダムの大変なファンだということが分かりました。ガンダムは、わたしも中学・高校時代に大好きだったので、妙に話が盛り上がりました。イタリア語に訳された、ガンダムの漫画まで持っているそうで、今度学校に持ってきてくれるそうなので、楽しみです。「他のアニメとは一味違うすばらしい作品だ」と語るのを聞いて、「そうですよね。ひょっとして、ガンダムの世界にあこがれて、軍人になったんですか。」と尋ねると、「それは考えたことがなかったけれど、ひょっとしたら、そうかもしれない。」ということでした。

 こうやって話をしていると、皆、子供のように生き生きと瞳が輝いてきて、「ああ、いいなあ。こんな話をしていたら、自分も日本に行きたくなってきた。」と、ミンモさんをうらやましがるのでした。ただ、この隣のクラスのアラビア語の生徒さんたちや、少し離れた教室で、ロシア語を学ぶ生徒さんは、自分たちの学ぶ言語が難しくて、めげそうになると、わたしたちの教室にやって来て、ミンモさんがノートに書いている日本語を眺め、黒板に書かれた言葉を見て、「ああ、自分より難しいことを勉強している人がいる」と、自分たちを慰めています。そう言えば、最近はミンモさん、「また(授業中に)たたきのめされた」とは、言わなくなりました。(記事はこちら

 3か月の語学研修を終えると、やがて、それぞれの赴任先へと向かっていく軍人さんたち。情勢の非常に厳しい地域に行かれる方も多く、それでも、まじめに、かつユーモアと笑顔を忘れずに、決して易しくはない言語の習得に、励んでいます。わたしたちの教える希少言語の教室の並ぶ教棟には、将校クラスの人が多いのですが、優しくきさくな軍人さんがほとんどです。授業はあと1か月で終わる人が、ミンモさんも含めて大勢います。生徒さんだけでなく、先生方も、世界中のさまざまな国、文化を背景にした方ばかりで、話していて、とても興味深いものがあります。

 外国人大学では、外国人がイタリア語・イタリア文学を学ぶ場合が圧倒的に多いのに対して、この軍語学学校の中では、イタリアの中で、イタリアの軍人さんたちが、自分たちが赴任する先の国の言語や文化を学ぶため、わたしたち外国人が教員で、イタリア人側が、生徒ということになり、そういう関係もなんだかおもしろいなと思います。そう言ったら、「試験前や試験中に、将校たちを苦しめるのもなかなか楽しいものよ。」などと、本気か冗談か、答えていたある外国語の女の先生もいました。いずれにせよ、軍人さんたちが赴任する前に、勤務先の言語・文化を学ばせようという姿勢は、すばらしいと思います。世界中から来た人々が集まり、それぞれの国の言語や文化を教える場所。イタリアのために、世界のために、命を賭して働く使命を自分に課した軍人さんたちが学ぶ場所。とてもすてきな環境で、働くことができることを、うれしく思います。

 昔、日本の高校で教えていた頃には、担当するクラスや学年がかわったり、教えていた生徒たちが卒業したり、異動で学校がかわったりすると、ひどく悲しくて、よく泣いたものです。この学校で授業が終わり、ここで知り合った軍人さんたちに、さよならを言うときも、きっとひどく寂しいだろうなという気が今からしています。あと1か月、悔いのないように、精いっぱいいい授業をしていけたらと思っています。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2011-06-02 23:10 | Giappone - Italia | Comments(12)

お城で夕食

 ペルージャ郊外のチェネレンテ(Cenerente)の村には、それは優雅で美しいホテル兼レストラン、Castello dell’Oscano(発音は「カステッロ・デッロスカノ」、訳すと「オスカノ城」)があります。

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Castello dell’Oscano e Papaveri 6/6/2010

 わたしたちが日本語を教えるミンモさんを始め、軍外国語学校(ホームページはこちら)で学ぶ十数名の軍人さんが、このホテルに滞在しています。昨日、5月31日火曜日は、ミンモさんが、わたしたち日本語教師3人を、お城での夕食に招待してくださいました。

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 夫と二人で、車で会場に駆けつけ、お城の写真を撮ろうとしたとたん、うっかり足を滑らせると、「どこに行くつもり?」と、聞き慣れた声が聞こえてきました。ミンモさんの登場です。

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 4月に授業が始まってから、学校ではミンモさんに夫のことを、家では夫にミンモさんのことを、話す機会も多かったのですが、とうとうこの二人が出会うことになりました。

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 あいさつの後、お城の中に入り、内装のすばらしさに感嘆しました。すでに来ていた他の方にあいさつし、夫を紹介した後は、生徒さんたちが、お城を案内してくださいました。こちらの木でできた優雅な階段を登って行くと、

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 屋上に出ます。塔が立ち並ぶお城のつくりも、そして周囲の山々の眺めも、それは美しかったです。夕食には、日本語クラスとヘブライ語クラス合同の夕食会です。ミンモさんと、日本語を教える3人組、りえさん、たけしさん、わたしと夫に、ヘブライ語の生徒さんと先生が加わり、計7人が集まりました。

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 これを機会にと、夫が、日本語クラスとヘブライ語クラスの記念写真を撮ってくれました。

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 外観もなのですが、内部も、天井も壁もすべて木で覆われ、装飾の施された部屋があったり、教会のように天井に彫刻を施した部屋があったり、それはみごとでした。内部の様子に興味のある方は、下に添えてあるCastello dell’Oscanoのホームページをご覧ください。

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 夕食は、レストランの中の、優雅な本棚の並ぶ一室でいただきました。写真に写っているのは前菜です。前菜からデザートまで、どれも、盛りつけも美しく、とてもおいしかったです。生徒さんも先生方も、とてもすてきな方ばかりで、おしゃべりを楽しみながら、そして、料理のおいしさに舌鼓を打ちながら、あっという間に時が過ぎていきました。ごちそうしてくださったミンモさんたち、本当にどうもありがとうございました。

 秋から東京イタリア大使館に、3年間勤めるために、日本語を学んでいるミンモさんは、優しく、ユーモアがあって、それでいて、きまじめで責任感の強い人です。赴任直後は仕事などが忙しくて時間がないだろうけれども、余裕ができたら、夜間に通える日本語の授業で学び、ゆくゆくは、たくさんの日本の方と知り合い、おつきあいすることができたらと、語ってくれます。「日本では、他の国の人と会う機会が多くなるだろうけれど、できれば日本の人と話がしたい。」というミンモさんの思いはまた、かつてのわたしも含めて、イタリアでイタリア語学校に通う多くの方に共通するものの、なかなか実現が難しいものかもしれません。わたしもマルケの小村で留学生活を始めたときは、すぐに村の多くのイタリア人と知り合いになれたのに、ペルージャでは、最初の数年は、外国人の友人がほとんどでした。東京のような大都会になるとまた、外国から来る方に限らず、初めての人と知り合い、つきあっていく気持ちの余裕や機会がないということが、多いかもしれません。

 以前、出会った外国人の英語の先生には、「日本語を勉強したくて、日本語で話しかけるのに、日本の人が英語で答えがちだ」と悩んでいた方も多くいました。ミンモさん本人は、「大使館勤務だから」と敬遠されないようにと願うのですが、わたしは、イタリア人男性に対する偏見も心配しています。

 日本国民に敬意を抱き、問題点も知りつつ、すばらしい文化だと思ってくれるミンモさんが、日本で過ごしていく間に、どうか多くのすてきな温かい日本の方と、日本語で交流ができますように、そして、3年間の勤務が心に残るいい思い出になりますように、と、外国人大学の学生さんたちと違って、ミンモさんはわたしより年も上だし、責任のある仕事を持たれている方にも関わらず、心からそう祈っています。

Castello dell'Oscano
Strada Forcella, 37 I - 06070 Cenerente (PG)
Tel : +39 075 584371, Fax: +39 075 690666
Email: info@oscano.com
Sito : http://oscano.com/index.html

*******************************************************
Cena al Castello dell'Oscano 31/5/2011

- Castello stupendo, cena squisita e una serata molto piacevole.
- Grazie infinite agli allievi gentilissimi che hanno invitato
noi insegnanti e mio marito a cena :-)))
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LINK
- Castello dell’Oscano - HOME

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by milletti_naoko | 2011-06-01 16:12 | Umbria | Comments(10)

書けたよ、「日本人」!

 先週教え始めた日本語の生徒。あいさつや自己紹介の表現などと並行して、ひらがなすべてとカタカナいくつかを教えた今日の段階で、「漢字を教えたらやる気が減退するかな」とひやひやしながら、日・本・人の三つを教えて、聖徳太子の「日出づる処の天子…」の話や、本という漢字は木に横棒が一本入っていること、「人」という字は形からよく「人はお互いに支え合って…」と訓辞などで使われることなどを話したら、とても興味を持って、かえってうれしそうに喜んで練習してくれました。「にほんじん」が漢字で書けたのが本当にうれしそうで、よかった、よかった。

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La fioritura dei ciliegi - Tempio Daigo-ji, Kyoto  27/03/09


 先週の月曜日から、軍人さん用の外国語学校で、日本語を教えています。慌しいのですが、教えるのは楽しいし、毎日充実しています。

 この学校の生徒さんは陸軍の方のみです。階位は将校とは限りませんが、私たちが教えている方は将校クラスです。個人情報になるので、階位は申しませんが…… ひらがなやカタカナを覚えるのが辛いようで、休み時間に他言語を学ぶ同僚に向かって、「また叩きのめされた」とか「抹殺された」とかぼやいています。軍人同士の間ではこういう単語(イタリア語でdistruttoとかammazzato)に一般人が感じるほどの強い刺激がないのか、職業柄「疲れた」とか「参った」という代わりにこういう語彙を使うのかが興味深いところです。

 単に本人の個人的な口癖かもしれませんが…… いえ、大丈夫。決していじめているわけじゃないし(本人はそう捉えているかも??)、やる気もあって、なかなかいい人です。自分は特に難しい言語を学んでいて大変なんだということを、知ってもらいたいのでしょう。

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マッジョーレ島(Isola Maggiore)


 イタリアの他州から来た生徒さんに、先週、彼の宿泊先周辺の見所として、カステル・リゴーネとトラジメーノ湖のマッジョーレ島(上の写真、記事はこちら)をすすめたら、さっそく週末行って、「いやあ、美しいところで、本当に感動した。ぼくのウンブリアのガイド!」と、それは喜んでくれました。毎週末旅行情報がほしいそうです。

~以上、今日4月11日のわたしのツイートからでした。すみません。今日は疲れていて、ブログの記事を構成をしっかり考えて書くほど頭が働かないし、明日も朝早くから授業がありますので、今回はツイッターに書いた言葉を引用しました。~

 最初の写真は、2009年3月に、京都醍醐寺の桜を撮影したものです。醍醐寺のみごとな桜に興味のある方は、こちらの記事(リンクはこちら)をご覧ください。

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by milletti_naoko | 2011-04-11 22:41 | Insegnare Giapponese | Comments(8)

日本を愛する心

 来週月曜日から、新しい職場で、日本語を教えることになりました。

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 こちらが、その学校です。教会ではないか、と思われる方も多いでしょう。それもそのはず、もともとは教会、修道院であった施設が、その後、軍人病院になり、今はイタリア国外に勤務することが決まった軍人のための、外国語学校として使われているのです。このサンタ・ジュリアーナ(Santa Giuliana)、近所を通ったことは何度もあったのに、まさか中に軍人さん向けの語学学校があるとは、思いもしませんでした。

 お義母さんは、以前に軍人病院であった頃に、一般の人も通院することができたので、何度か足を運んだことがあるそうです。

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 最初の写真には写っていないのですが、建物は広大で、教会の左側に隣接しています。手前にベンチがあるのは、周囲が公園として、一般に開放されているからで、そのため、散歩に訪れている人も何人かいました。

 いつもペルージャ外国人大学でチームを組んで教えている先生方に誘っていただいて、4月4日から、3か月間、この学校で日本語を教えることになりました。と言っても、生徒は、すでに東京の大使館への勤務が決まった軍人の方1名です。月曜日から金曜日まで、毎日1日6~8時間、週に計34時間の、言わば日本語集中特訓講座です。さらに授業は1対1の個人授業で、3人の教師が、交代で教えることになります。

 というわけで、最近は、授業の打ち合わせや、必要な書類の提出のために出かけたり、授業計画を立てたり、授業の準備をしたりと、何かと慌しく過ごしています。

 高校で12年間国語を教えたあと、「わたしは勉強をするのが好きだから」と、まずは語学留学、そして、イタリアの大学での学習と、学ぶのに没頭できる月日を満喫しました。それが、外国人大学の先生に頼まれて、日本文学の授業の講演をしたり、イタリア語教育の授業中に、先生や他の学生の前で、発表をしたりする機会があったときに、自分は教えることが好きなのだということを、実感しました。聞く人が楽しめるように、よく分かるように、十分に準備をするのも、そうして、聴衆の顔を見ながら、手際よく、関心を引きつけながら説明していくのも…… 久しぶりに教壇に立ったとき、話を始めたとき、すぐに、「ああ、自分は今本当に生きているな。」という不思議な実感があったのです。

 日本と言うと、天皇、侍…と考えがちなイタリアの人にとって、平安文学の世界や俳句は意表をつく上、興味深いようでもあり、もともと古典の好きなわたしは、大学の日本文学の授業では、いつも奈良時代から江戸時代までの、古典作品を扱っています。

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 自分が本当に好きな仕事をして、お金を稼げるのは、ありがたいことだな、と思います。かつて公立高校の教員として働いていたときほどの安定した仕事や収入は、イタリアでは得られるはずもないと思いつつ、それでも、以前、高校生たちに、文学作品の魅力や言葉を学んでゆく楽しさを教えたように、日本語や日本文学の授業を通して、イタリアの、そして世界から来た学生たちに、少しでも、その魅力が伝わり、興味を抱き続けてもらえたらと思い、自分自身が楽しみながら、教えています。

 今回教える方については、特に震災のこともあって、日本に赴任する前から、日本や日本文化を愛してもらえるような授業ができたら、と思っています。こうした要の場で働く人が、一人でも日本を思ってくれれば、その気持ちは、水面に小石を投げ込んだときのように、少しずつより大きな輪になって広がっていくと思うからです。

 さて、明日(もう今日ですね)は、夫が山に散歩に行こうというので、遅くまで授業の準備をしたあと、もう寝ようかと思ったその前に、思いついて、こちらの記事を書きました。寝る前に書く文章は感情的になりやすいから、手紙は朝読み直してから送るように、と遠い昔にどこかで読んだ気もしますが、時間もないので、このまま投稿します。校正は明日山から帰ってから、日本時間ではもう皆さんが再び眠りにつかれたあとになりますので、もし何か不備がありましても、どうか大目に見てくださいませ。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2011-04-02 01:55 | Insegnare Giapponese | Comments(14)

日本特集! 雑誌、『Meridiani』 2月号

 新聞の広告で、日本特集号が発売中と知り、今日さっそく雑誌を購入して来ました。

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 『Meridiani』は、毎号、休暇で訪れたい場所、国や島、町などを一つ絞り込んで、特集して取り上げ、その土地について、観光名所や旅の情報だけではなく、文化や歴史なども、深く取り下げ、美しい写真と共に、紹介している雑誌です。

 雑誌名の下に「Giappone」と書かれているように、今月、2月号は日本特集

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 買ったばかりで、まずは巻頭言とローマ日本大使、安藤氏のあいさつの言葉を読み、ざっと雑誌をめくり、目次に目を通しただけなのですが、とにかく写真の美しさと記事の多様さに目をみはりました。

 20年以上におよぶ雑誌の歴史の中で、日本を取り上げるのは今回が初めてということで、日本の姿をくまなく伝えようとすれば、複数冊必要であろうところを、1冊でできるだけさまざまな日本を紹介しようと工夫をした、と巻頭言に書かれています。

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 目次を見ても、Tradizioni (伝統)、Tokyo(東京)、Fuji (富士)、L’imperatore (天皇)、Giardini(庭園)、Cultura pop (ポップカルチャー)、Tecnologie (技術)、Animali(動物)、Kyoto(京都)、Robot(ロボット)、Architetture(建築)などと、記事の内容が多彩であることが分かります。

 ただ本や映画の紹介に関しては、イタリアでも人気のある吉本ばななや村上春樹、北野武の作品が中心になっているのが、残念です。日本文学を教えている身としても、『枕草子』や『徒然草』、『伊勢物語』、『源氏物語』、そして松尾芭蕉などの俳句作品ももっと取り上げてほしいと思いました。こうした作品の底を流れる自然を愛する心や感性の細やかさ、豊かな叙情性は、日本の文化の他の側面とも、切っても切れないものだと思うからです。

 Quanto all’introduzione alla letteratura giapponese, mi dispiace molto perché la rivista presenta soprattutto le opere degli scrittori contemporanei già assai conosciuti in Italia, mentre tralascia diverse opere classiche che, oltre ad offrire una lettura piacevole, vennero scritte con l’amore per la natura, una sensibilità raffinata e un ricco lirismo i quali sono osservabili anche negli altri aspetti della cultura giappones come i giardini giapponesi, la filosofia e i costumi nella vita quotidiana ecc. Forse di questo dovrei scrivere io stessa sul blog o sul sito, cercando di trovare il tempo.

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 鶴や温泉を楽しむ猿など、日本独特の動物たちを紹介している記事もあります。ちなみに日本の鶴については、つい先日RAI3の『Geo & Geo』という番組でも、求愛の踊りや絶滅の危機について、説明されていました。

 “I Samurai del Tonno”(マグロの侍たち)と題する、築地魚市場を語っているらしい記事もあります。記事の最初に掲げられた写真は、大きな冷凍のマグロがびっしりと並ぶ中を、卸売り業者が点検しているところを撮影したものです。マグロについては、わたしの夫は時々、「イタリアの最も質のいいマグロは、皆日本に行ってしまう」と、恨めしげに言っています。また、漁業については、イタリアのテレビでは、時々、「また日本が野蛮な捕鯨を……」といった具合で、偏見を助長するような口調で、ニュースに取り上げられることがあるので、この記事がどう書かれているのか、かなり気になります。

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 わたしが教えてきた日本人学生の中には、アニメ・漫画の大ファンで、日本語を勉強したくなったという学生が、大勢います。中には自分で、インターネット上の漫画を読んだりして、次々と漢字を独学で学んで、日本人でも平仮名で書くだろうという漢字を、必死で覚えている学生までいました。ある日授業をしようと教室に入ったら、黒板が二人の学生たちが書く漢字や文字でびっしり埋まっていて、びっくりしたこともあります。というわけで、もちろんこの雑誌にも、アニメと漫画についての記事があります。

 イタリアのテレビや新聞を見ていると、ニュースで日本が登場する機会は非常に少なく、大きな地震が起こったときや経済、科学技術の最先端の話題に加えて、捕鯨問題や雅子妃のうつ病が報道される程度のような気がします。一方、世界の文化を伝えるような番組では、日本の文化のさまざまな側面が紹介されています。

 イタリア人の友人には空手・合気道など、日本の武道をたしなむ人も多く、わたしの夫も、柔道の教室に通ったことがあるそうです。最近のニュースでは、日本料理がイタリア中で人気を集めていると語られており、確かにペルージャにも、得てして中国人経営であることが多いものの、日本料理が食べられる店が増えているようです。日本人向けの求人情報を見ても、寿司や日本料理が作れる人を、イタリア中でしばしば募集しています。アニメから、武道から、日本料理からと、さまざまな動機で日本に興味を持つイタリア人が多い一方で、ただし、中国と日本の違いがあまり分からないような人がたまにいることも事実です。

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 そんなふうに、イタリアで報道される、そして、知られている日本文化の側面が偏りがちであることを考えると、この『Meridiani』の日本特集号は、少ない誌面をうまく活用して、イタリア人が関心を持つ話題を数多く提供しつつも、既成の枠にとらわれない、さまざまな日本の姿を伝えていると言えると思います。イタリアでは「日本と言えば地震」と思う人も多く、もちろん、地震(terremoto)についての記事もあり、耐震建築や学校での避難訓練の写真が添えてあります。

 巻末には、交通機関や年中行事、宿やレストランの紹介など、旅をするのに役立つ便利な情報(La guida - Notizie e consigli)も添えられています。

 というわけで、イタリア人の配偶者や家族がいて、ぜひ日本をよりよく知ってもらいたいという場合にも、イタリアで日本がどう紹介されているかを知りたいという場合にも、とてもいい雑誌だと思います。値段は6.20ユーロ。日本語と日本文化を教えているので、イタリアで日本文化を紹介する本は、自分でも何冊か持っていますし、書店でも気にしながら見ているのですが、これだけ安い値段で、豊富な写真を使って、的確に日本のいくつかの側面を紹介する雑誌を購入できるのは、めったにない機会だと思います。まだ具体的に記事を読み込んでいないのではありますが、美しい写真を眺めているだけでも、日本人としてうれしくなり、誇らしい気持ちがわいてくるものと思います。よかったら、ぜひ一冊購入してみてください。

LINK
- Amazon.it - Rivista monografica di viaggi, "Meridiani - Giappone" (Domus)
- アマゾンイタリアの活用法とおすすめのイタリア語CD・DVD&本

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2011-02-07 19:15 | Giappone | Comments(18)

食後は歌とScarabeo

 大家族での昼食(記事はこちら)後は、夫とわたしが中心になって、食器などを片づけました。「早く遊ぼう。」とかけよる姪っ子たちに、片づけが終わってからね、と言いつつ、作業を続けながら、雨が降っているからと、「あめあめふれふれ 母さんが…」の歌を、少しずつわたしが歌って、姪たちに繰り返させます。先週も雨で、やはりこの歌を一緒に歌ったので、自分たちだけでも歌える箇所もあるくらいです。二人とも、特に「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン」の部分が気に入って、ふりをつけながら、楽しそうに歌っていました。

 マッダレーナが歌の意味を知りたがるので、説明すると、夫曰く、「ただでさえ毎日雨が降っているのに」。確かにもっともな意見で、歌に雨乞い効果がないことを願います。「お義父さんとお義母さんの前で、一緒に傘を手に、歌って踊りましょう。」と提案すると、「室内で傘を開くのは縁起が悪い。」と却下されてしまいました。イタリアの迷信では、室内で傘を開くと不運を招く、とされているからです。

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 夕方は、お義母さんの兄君で、同じ二世代住宅に住むディーノ伯父さんの台所で、姪っ子たちと遊びました。最初に、姪たちと「あめあめふれふれ」を一緒に歌うと、伯父さんも思わず顔がほころびます。

 この歌は、日本語の授業(記事はこちら)でも、雨の日に、学生たちと一緒に歌います。イタリアでは、天気が悪いと気分まで落ち込む人が多いので、歌うことで気分を明るくすることができるし、日本語の復習・練習にもなります。まずは歌詞を黒板に書き、一行ずつ読ませて、平仮名と片仮名がきちんと読めるかどうかを確認し、それから、まずは一行ずつわたしの後について歌わせ、それから皆で一緒に声を合わせて歌います。学生たちも、やはり、最後の擬音語の部分がお気に入りのようです。

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 この日のゲームは、わたしが大好きなScarabeo(読みは「スカラベーオ」)。袋の中から各人8字ずつアルファベットの文字を取り、すでに盤上にある単語にうまくつなげながら、手持ちの文字を使って、単語を並べていくゲームです。

 学校でイタリア語のさまざまな言葉を習っている最中の姪っ子たちも、興味津々。マッダレーナの提案で、二人ずつチームを組み、アレッシア・ルイージ対マッダレーナ・なおこで、勝負に挑みました。

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今、ZOO「動物園」のOがなくなっていることに、気づきました!頭字語LMのMも位置がずれています。

 本当は点数もあるし、駒がすべてなくなるまで勝負するべきなのですが、姪たちにとっては初めてでもあり、まずは点数はつけずにゲームをしました。そろそろ家に帰ろうと、義弟夫妻が迎えに来たので、途中で(上の写真)ゲーム終了。

 姪たちが自分で考え出して置いた単語もあり、二人ともなかなか楽しんでいたので、うれしく頼もしく思いました。ドレミファソの「ソ」が、イタリアではsoではなく、solだということも初めて知りました。ちなみに上のゲーム版では、夫たちが並べたSOLの上下に、わたしたちが後からIとAを付け足したので、SOLはISOLA(意味は「島」)という単語の中に隠れています。

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 こちらが、このゲーム、Scarabeoの箱です。Scarabeoは、単語を並べていく英語のゲーム、Scrabble(読みは「スクラブル」)のイタリア語版です。日本での英語学習中に、すっかりスクラブルのファンになったわたしは、英語を教える友人や弟妹、英語の学習仲間と勝負を重ねました。

 というわけで、イタリアでイタリア語版のScarabeoを見つけて、すぐに購入してから数年になります。姪たちが、二人とも学校に通って、イタリア語を学び始めたので、いつか一緒に遊べる日を、実は心待ちにしていたのです。エルバ島に住む友人は、幼い頃からよく家族でこのゲームをして育ったそうですし、時々こうしてScarabeoを一緒に楽しむつもりです。姪たちが日本語も学んでいたら、一緒に百人一首で遊べるのに、と少し残念です。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-11-30 16:37 | Famiglia | Comments(14)

滞在許可証3+仕事の現状と抱負

 イタリアで、移民や滞在許可証をめぐる法律は、この数年めまぐるしく変わっています。わたしの場合は、運命か偶然の幸運か、この法改正のおかげで助かったことが2回あります。

 まずは、2003年の夏。わたしは語学留学で、イタリアに滞在していました。それまでの法律では、イタリアの大学に入学したければ、一度日本に帰って、ビザを申請する必要があったのに、法改正のおかげで、帰国せずに入学できるようになったのです。おかげで、イタリアに滞在したまま、同年秋に大学に入学し、クリスマス休暇に帰国して、日本で、大学通学用のビザを申請することができました。

 わたしが夫に出会ったのは、2003年の12月(詳しくはこちら)、外国人大学の学士課程に入学してまもない頃です。ですから、夫に出会えたのも、この法改正のおかげだと言えます。冬にまだペルージャに残っていたのも、夫も参加していたスライド上映会に出向いたのも、日本に帰国せずに、大学に入学できたおかげだからです。

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ペルージャ外国人大学、ガッレンガ校舎。(屋内の写真はこちら

 ただし、ビザなしの入学をどの大学も許可しているわけではなく、希望していたペルージャ大学(Università degli Studi)では駄目だと言われ、結局、語学講座に通ったペルージャ外国人大学に入学することになりました。でも、そのおかげで、のちに外国人大学で、「日本語・日本文化」の講師の口を得ることができたのだと思います。幸い、日本の大学で受講した科目の単位などが認められたおかげで、2年生に編入し、3年のところを2年で卒業することができました。

 イタリアでは原則として、従来は4年制であった大学教育が、卒業できない若者が多かったこともあり、3年+2年の5年制に切り替わりました。3年でも大学卒業をして職につけるようにして、モラトリアムを短くしようと考えていたようですが、実際には、最初の3年制の課程を終えても、大学卒業とみなされないことが多いので、結局は、4年から5年と、大学に通う年数が長くなった感があります。わたしもイタリアの大学で教えているのは、日本の4年制大学卒業資格のおかげです。

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卒業試験に無事合格し、卒業した直後、のちに夫となる人と   2005/10/10

 法改正の恩恵を再び受けたのは、2005年の秋です。10月10日に大学を無事卒業し、同時に、幸い、2005・2006年度の「日本語・日本文化」の講師としての採用も決まりました。それまでは、就学目的で滞在していた場合、イタリアで就職するには、一度帰国して就労用のビザを取得する必要がありました。それが、法改正のおかげで、イタリアの大学を卒業し、そのときに就職先が見つかれば、一定以上の収入があることを条件に、帰国しなくても、就学用の滞在許可証を、就労用に変更できるようになったのです。その申請の手続きで、ペルージャ県警察本部に赴いた際には、担当官から、わたしが、「ペルージャで二人目の、新しい法を利用した、就労目的の滞在許可証への変更申請者」だと聞きました。

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日本語の授業を受ける学生たち  この日の授業の様子はこちら

 2005年10月から5年間、ペルージャ外国人大学で、「日本語・日本文化」の講師として教えてきましたが、実は、毎年講師の公募に応じ、履歴書や大学の卒業・成績証明書などを提出しては、1年契約で採用される、ということを繰り返してきました。

 今度は、「改正がマイナスに働いた例」をお話します。一昨年度から、ペルージャ外国人大学の学士課程が、新課程に移行しつつあります。これまで教えていたPLIMの課程では、日本語・日本文化の授業は、1・2年時にありました。ところが、新課程では、この授業が3年時にあります。おかげで、今年はちょうど、わたしが授業を教える科目が存在しない、空白の1年間となりました。今年の9月まで教えていた課程では、3年生向けの授業しか行われていないし、新課程では、まだ1・2年生の授業しか行われていないからです。

 イタリアの大学では、各授業の担当者が年に数回(外国人大学の場合は現在5回)の試験日を決め、学生は、自分がいつ受験したいかをこの中から自由に選ぶことができます。わたしは外国人大学で、今年の1月と2月に、前学年度の授業の試験を実施しなければいけないのですが、そういうわけで、この1年間は(1年だけであることを祈ります)、大学では日本語を教えません。

 時々、通訳と翻訳の仕事はあるので、「主婦」というわけではありません。また、実は、今年の夏以来、日本語を教えてほしいという学校から二つ依頼があったのですが、断ってしまいました。一つは、とあるペルージャの語学学校からの依頼で、これはちょうど夕食の時間帯(6時から9時半)という非常に都合の悪い時間帯であるのに、時給10ユーロと、給料が極端に低かったからです。通訳では原則として、時給25ユーロで働き、かつ税は企業側に支払ってもらっているし、授業の場合には準備にもかなり時間がかかります。日本語やイタリア語の個人授業でも、20~25ユーロ払おうという人はいます。

 もう一件は、時給40ユーロ(ただし、税はわたし負担なので純収入は32ユーロ)を提示してきたとある南部の私立大学。日本語だけではなく、日本語の通訳・翻訳の授業も教えてほしいという興味深い話ではあったのですが、片道10時間以上かかる距離で、往復の旅費や宿泊費を考えると残るものが少なく、かつ、数か月も夫と別居してまでしたい仕事かどうかも考えて、お断りしました。

 幸い、夫の収入もあるので、無理までして働く必要がないおかげもあって、今は充電をしているところです。と言っても、通訳などの仕事がないときでも、家事、そして今はオリーブの収穫まであって、かなり慌しくしています。

 ペルージャ外国人大学で、「外国人へのイタリア語・イタリア文化教育」学士取得課程を卒業しただけでなく、シエナ外国人大学の大学院を卒業して、「外国人へのイタリア語教育専門家」の資格も得ましたので、いずれ日本の方向けのイタリア語の学習書やイタリア文学・イタリア文化の本を書いてみたいと思う気持ちがあります。一方で、イタリアで日本語を教えているし、日本でも高校で長い間国語を教えてきたのだから、イタリアの人に、もっと日本語や日本文学・文化を知ってもらうための学習書や本を書いてみたいという気持ちもあります。どちらの言語・文化も教える資格があり、またどちらについても教授法を学び、熟知している人は少ないと思うのです。

 というわけで、「いつか、こうした夢を実現させる」ために、まずはイタリア語学習メルマガ(バックナンバーはこちら)とこのブログの記事を、こつこつと書いているところです。どちらもかなり時間もエネルギーも要するために、今のところはまったく収入に結びついていませんが、毎日忙しく過ごしているのでした。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-11-21 23:58 | Altro | Comments(14)

イタリアの方言と日本語特訓の成果その2

 巡礼中にフランスとスペインを横断したフランコは、スペイン語は流暢ですが、フランス語はまったく知りませんでした。ですから、常識で考えると、彼が巡礼中に学ぶべき言葉は「フランス語」だったわけです。ところが、巡礼前のフランコには、「フランス人はイタリア人を見下すような、冷たい態度を取る」という偏見があり、フランス語を勉強する気持ちがまったくありませんでした。

 それがどうでしょう。フランコが、フランスを1か月かけて徒歩で縦断している間に出会ったフランス人は、誰もかれも心の温かい、優しい人ばかりであったということです。大きなリュックを背に歩く彼を見て、興味を持って話しかける人、見返りを期待せずに助けようとしてくれる人。フランスのプロヴァンス地方も風景が美しく、ぜひもう一度帰りたいとのことです。ステレオタイプの限界と恐ろしさ。出会いが突き崩してくれる偏見の壁。ちなみに、ゼロから出発したフランス語も、初めはまったく言葉が通じずに苦労したものの、1か月かけてフランスを縦断するうち、簡単な会話なら交わせるようになったとのことです。それでも流暢に話せるスペイン語圏に入ったときは、「ようやく言葉が通じる場所に来た!」と、ほっとしたとか。

 巡礼前、こう考えていたフランコは、「3か月歩き続ける時間を利用して、日本語を勉強しよう。」と考えたのでした。そして、出発前から何度もわたしに、「巡礼中に、繰り返し聞いて日本語を覚えたいから、iPodに会話表現を吹き込んでくれ。」と、頼んでいました。

 わたしは最初、まったく本気にしていませんでした。その理由は、
1.巡礼中に必要なのは、日本語ではなくフランス語であり、
2.繰り返し聞いて丸暗記するという学習方法に、わたしは懐疑的であり、
さらに、
3.フランコが読んで録音してほしいという本に、非常に問題があったからです。

 3はイタリア人向けの、Lonely Planetの日本語旅行会話ポケットブック。この本は手元にありませんが、ギリシャ語旅行会話用ならわたしも持っているので、こちらの写真を載せておきます。

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 旅行に行って、自分が言いたい文章を探すという「辞書的」使い方をするだけなら、非常に役立ちます。実際、ギリシャ語版は、ギリシャ旅行中に重宝しました。けれども、この日本語版は、入門者が日本語学習に使おうには、非常に問題がある本なのです。

 まず、簡単に言えばすむことを、わざと難しい表現を並べ立ててあるという印象を受けました。文章自体ははっきり覚えていませんが、たとえば、「映画に行きませんか。」と言えばいいのに、「映画に行きたいと思いますが、どうですか」と書き、「駅はどこですか。」と言えばすむところを「駅にどう行けばいいか、教えていただけませんか。」と書いてあるといった具合なのです。構文も語彙も、入門者には複雑すぎるし、例文の並び方も、学習効率がひどく悪いものとなっています。

 余談ですが、Lonely Planetのイタリア人向け旅行会話集に共通して言える、「おい、これは何だ」という特徴があります。これは日本語版でもギリシャ語版でも同じで、わたしはどなたか他の国の人を対象にした会話集をお持ちの方に、その本ではどう扱われているかをお聞きしたいと思います。「言葉もよく知らぬ国を旅行する」ための旅行会話集に、なぜか「amore e sesso」という章があって、「以前にもどこかで会ったような気がします」というせりふはまだいいとして、実際に床を共にすることになった際の、具体的な相手への要求やその最中や後に言うべき表現まで、いろいろと書き並べてあるのです。

 日本人向けの旅行会話集は、こういう表現・場面は扱わないだろうと思うのです。これが、この会話集を作ったLonely Planet社の旅行会話集の編集基本方針なのか、それとも、イタリア人相手のイタリア語版にだけ、こういう章立てがあるのか、疑問です。さらに、もし後者だとしたら、それがイタリア人利用者の希望によるものか、それとも、Lonely Planet社側のイタリア人に対する偏見から生まれたものか、それを知りたい気がします。もしお手元に、イタリア語以外で書かれたこのポケットブックをお持ちの方がいたら、その本にもこうした項目があるかどうか教えていただけると幸いです。

⇒「その3」につづく(リンクはこちら

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by milletti_naoko | 2010-11-15 21:25 | Altro | Comments(2)

あるイタリア人学生の質問

 9月1日水曜日は、わたしの担当する「日本語と日本文化」の試験日だったので、朝早くバスを乗り継いで、試験会場に赴きました。

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 会場で、いつもお世話になっている語学助手の先生にごあいさつ。

 もともと今回は受験登録している学生がいない上に、まだ帰省している学生も多いため、「おそらくは誰も来ないだろう。」と二人とも思いはしたのですが、念のため、30分間だけ、来るかもしれない学生を待つことにしました。

 イタリアの大学では、各教科について、担当教員が、年に数回の試験日を設けています。ですから、学生は、自分が都合のいいとき、自分に受ける準備ができたときを選んで、試験を受けることができます。

 わたしが教える日本語の場合には、授業が終わってすぐの方が、筆記試験にせよ、口頭試験にせよ、頭によく残り、練習もできているために、大半の学生が、授業が終わって最初の試験(今年の場合は、6月1日)に挑戦します。ほとんどの学生が合格するのですが、受からなくても、あと4回、他の試験日があるので、その日までに勉強をしっかりすればいいわけです。

 ペルージャ外国人大学の学士取得課程(Corso di laurea)は、少なくともわたしが教える学部については、ほとんどがイタリア人学生で、外国人学生も数人います。

 イタリア人学生には南部を中心に、遠くからペルージャに来て、下宿をしている学生がおり、そういう学生は、夏休み中はまずは自宅の父母のもとに帰省。外国人学生も、特に近くのヨーロッパ圏から来ている学生については長期休暇にはよく帰省します。ペルージャやウンブリア近辺の学生についても、夏休みは旅行をしたり、バイトをしたり……

 というわけですから、試験がまったくない8月が終わったばかりの9月の初日には、来る学生が少なかろうと、予想はしていました。

 受験登録もせず来る学生や、試験時間に遅れて来る学生がいても、それは、受験の対象外、と考えるのは、日本の常識を適用しての話です。

 イタリアのことだから、「ひょっとしてオンラインの受験登録システムに不備があって、受験登録できなかった学生がいるかもしれない」、「バスや電車が遅れて、少し遅れてくる学生がいるかもしれない」と、柔軟に対応をする必要があります。

 甘いと言えば、甘いし、実際の規則としては、「試験開始時刻に、試験官の点呼に答えない学生は、受験の資格がない」はずであり、かつ、「試験4日前の締め切りまでに、受験登録をしていなければ、受験資格がない」はずなのですが、

にも関わらず、大学側に、

「誰も受験登録者がいない場合には、試験会場に行かなくてもいいですか。」

と尋ねて、

「いいえ、誰か学生がいるかもしれないので、必ず会場に行ってください。」

と言われたことがあります。

 ということは、裏を返すと、受験登録をしていなくても、試験を受けに来た学生に受験資格を与えなさいということかと思うのです。

 ただし、「何度も試みたのに、オンライン登録できませんでした」と言う学生はともかく、「……先生は、登録をしなくても受けさせてくれたのに」とか、「うっかりしていて受験登録の締め切りが過ぎてしまいました。」という学生には、みっちり言い聞かせて、規則をしっかり守るように言い聞かせます。

 こうやって、遅れや不備を大目に見ていることが、結局、今後のイタリア社会で、さまざまなサービスの遅延や不足につながるのではないかというを危惧を抱きつつも、とにかく、9月1日は、30分だけ、誰か来ないかと待ってみました。

 待っている間、語学助手の先生とおしゃべり。前回の7月の試験では、筆記試験中に、ひそひそ声ではあるけれども、長い間雑談をしてしまい、気が引けたのですが、今回は誰も学生がいないので、気兼ねなくおしゃべりをします。

 ペルージャで日本料理の調味料はどこで買うかとか、ズッキーニの花を衣で揚げるには、衣を作るのに、水道水の代わりに炭酸水かビールを使うと、泡のおかげで、ふんわりとかつカラッと仕上がって、とてもおいしいとか、いろいろ教えていただいて、とてもいい情報交換ができました。

 授業でお世話になっているので、ふだんから話す機会は多いのですが、授業や試験のあるときは、どうしても学生や授業、仕事の話で持ち切りになってしまいます。

 それが、こんな機会のおかげで、たくさんとりとめもないおしゃべりを日本語ですることができて、お互いにイタリアで暮らしていて思うことや、生活上の工夫などを言い合うことができて、何だかとてもうれしかったです。

 イチジクが好きだと言うので、ぜひもう一人の助手の先生と一緒に、イチジクの季節の間に我が家に来てください、とご招待。

 30分のはずが話が弾んで、結局は2時間以上、受験会場の教室でおしゃべりを続けてから、あいさつをして別れました。そう、誰一人学生が、受験に訪れなかったのです。

 帰宅途中のバスに乗った途端、向こうから大声であいさつして、近づいてくる若者がいます。

 誰かなと思ったら、昨年、一昨年と教えた男子学生でした。

 「先生、ぼく、もうすぐ日本に留学するんですけど、何を持って行けばいいんでしょうか。」

と、あいさつのあと、勢い込んで学生が尋ねます。ちなみに、学生との会話はイタリア語です。

  日本にお土産に持って行くものや勉強に必要なものについて、聞きたいのかな、と思ったら、

 「オリーブ・オイル、持って行くべきでしょうか。」

 確かに日本は食料品が高い上、オリーブ・オイルは何倍も値が張るけれども、

 「でも、日本で毎日イタリア料理を作って食べるつもりですか。」
 
 「日本は確かに食料品は高いけれど、外食すると、イタリアよりもかえって安くつく場合が多いから……」

 と言うと、

 「そうですよね。毎日自炊をするわけでもないし……」

 わたしはそのとき、窓の外を見やって、自分が乗り換えるべきバス停が近いことに気づきました。

 「あ、わたし、ここで降りなきゃ。」

 学生がすぐにブザーを押してくれて、あいさつを交わしたあと、そのバス停で降りることができました。

 それにしても、オリーブオイルとは!

 確かに、イタリア人は、特に年のいった人ほど、イタリア料理へのこだわりが多い人が増えるし、イタリア南部出身で、ペルージャに住む学生や社会人には、故郷に帰るたびに、自宅から、自家製のオリーブ・オイル、瓶詰めのトマト、母の手作りのお菓子や保存食の数々を大量に運び込んでくる人も多いのですが……

 まだ二十歳を超えたばかりの若者が、日本に持って行くべきものとして真っ先に、オリーブ・オイルを思い浮かべるとは、思いもしなかったので、びっくりしました。

 
 びっくりと言えば、その昔。日本文学の授業中に、『古今和歌集』を教えていたときの話です。秋の歌を教える前に、導入として、学生たちにこう尋ねました。

「皆さんは、何をきっかけに秋を感じますか。」

 わたしとしては、「赤とんぼはたぶん日本特有なので出ないだろう」とは思ったものの、紅葉など、何か季節の移り変わりを告げる自然の風物が、学生の口から出てくると思っていたのです。

 すると、学生たちの答えは、口々に、

 「TRISTEZZA(悲しさ)」

と答えます。

 「夏が終わってしまうのが悲しくて、その悲しさで秋の訪れに気がつく」

ということでした。

 照りつける太陽を愛し、夏を謳歌する国民だからでもあるでしょう。もちろん夏休みが終わるのが悲しく寂しいのは、日本でも同じだと思いますが、日本の方で、「秋の訪れを何を通して感じるか」と聞かれて、「悲しさ」と口に出る方は、こんなに多くないと思うのです。

 もちろん、秋と悲しみを歌った和歌は昔から数多くありますが、秋の訪れを「悲しさ」で感じたわけではありません。

 ちなみに、紅葉はイタリアにもあり、秋の風物ですが、虫の声は、イタリアでは夏の風物です。

 夏に黄金色に実った麦畑の間や茂った青い草の間から、にぎやかな虫の声が聞こえるので、わたしは、はたと、なぜ日本では虫が秋に鳴くのだろうと考えました。

 仮説

 日本では、夏には田んぼに水が張られていて、いるのはむしろたくさんの蛙。たとえコオロギなどの虫がたくさんいて鳴いても、蛙の大合唱にかき消されて聞こえないのではないか。愛媛県の田園地方で暮らしていた頃、夏は毎晩蛙の大合唱が聞こえていました。

 イタリアで麦が実るのは夏だけれど、日本で稲が実るのは秋だからというのも、あるかもしれない。

 と、なんとなく頭を絞って考えたのですが、夫に言わせると、わたしの思考回路は「文学的、詩的方向」に偏っていて、科学性に欠けるそうなので、もし、どなたか真相をご存じの方がいたら、どうか教えてください。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-09-04 00:06 | Insegnare Giapponese | Comments(6)