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国境も世代も超えるドラえもん

 今日から教える、新しい生徒さんの息子さんが、日本のアニメはどれも知っていて大好きだという話になり、その例として、「頭の上に何か取りつけて空を飛ぶアニメも……」という説明がありました。わたしが暮らすのはイタリアで、この生徒さんも息子さんもイタリア人です。

 さっと頭にひらめいて、「ひょっとしたら、このアニメではありませんか。」と、

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ホワイトボードにさっと描いたら、「そうそう、それです。本物そっくりですね。」と、ほめてくれました。「え」を赤い丸で囲んでいるのは、ひらがなの「う」と「え」を、初めのうち混同していたからです。

 今から約40年も前の話ですが、当時小学生だったわたしや弟が、時々親に買ってもらっていた『小学四年生』、『小学一年生』などの雑誌に、ドラえもんの漫画が連載されていて、わたしも弟も楽しみにしていたように覚えています。幼い頃、夏休みには、毎年、母方の祖母が叔父と共に暮らす兵庫県の家に、母と弟・妹といっしょに、長い間滞在したのですが、ある年弟が、確か伯父が1巻からずらりとそろえていた『ドラえもん』の漫画を見つけて大喜びし、二人で夢中で読んだ、そんな記憶があります。弟自身がドラえもんの漫画をそろえ始めたのは、中学生だった頃でしょうか。

 わたしたちはドラえもんに、長い間そんなふうに漫画を通して親しんでいたため、アニメーション化はうれしかったのですが、ドラえもんの声を初めて聞いたとき、びっくりしました。わたしが漫画を読んで想像していた声とは、まったく違う声だったからです。そういうことは、小説の映画化やドラマ化でもあって、初めてシャーロック・ホームズのドラマをNHKで見たときも、わたしが本を読んで想像していたホームズとは、容貌も雰囲気もまったく違うので、驚きました。こんなふうに驚くたびに、本を読むとき、どれだけわたしたちが、文章や表現から自分なりに、主人公の風姿や町や自然の描写を、自分の経験や知識から、自分なりに想像して作り上げているかということを思うのです。

 閑話休題。ドラえもんに人気があることは、イタリアでもしばしばアニメが放映されることから知っていましたし、ドラえもんは、教科書の『みんなの日本語』にも取り上げられています。今日の授業で、生徒さんの息子さんがドラえもんのファンと知り、わたしたちの叔父の世代もドラえもんが好きだったことを思い、ドラえもんには、世代も国境も超える魅力があるのだとつくづく思いました。ドラえもんと言うと、わたしがすぐ思い浮かべるのは、「夏休みが終わるのに、宿題に手をつけてない」と、ドラえもんに泣きつくのび太の姿です。しなければいけないことを、ついついぎりぎりまで先延ばしにしてしまう。そういうことは、国を問わず、往々にしてあることなのでしょう。そういうとき、だれか助けてくれる人がいればと願う気持ちは万国共通で、でも、そういう小手先の他人・文明の利器に頼った手段では、結局本当の解決にはならないという教えは、世界のどんな国の子供にも役に立つことでしょう。けれど、役に立つとか教えがあるとか、そんなこととは関係なく、はらはらしながら読んで楽しめる。それがドラえもんのいいところかと思います。

 アニメも日本が誇る大切な文化です。こういうさまざまな文化的側面も、これからの授業でいろいろ紹介していけたらと思っています。いまだにのび太君と同様、締め切りが近づいて慌てることがわたしも少なくないので、ドラえもんから学んだことも、きちんと生活と人生に生かしていくべく頑張ります。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-03-20 22:15 | Giappone - Italia | Trackback | Comments(6)

祝い、夕日うっかりと新たな始まり

 カトリック教の聖人は多いので、カレンダーを見ると、毎日たいてい、記念して祝うべき聖人が数人います。3月19日の今日は、聖母マリアの夫、聖ヨセフを記念して祝う日です。イタリアでは聖ジュゼッペ(San Giuseppe)と呼ばれる聖ヨセフが、イエスの養父であることから、イタリアでは、この3月19日を父の日(Festa del Papà)として祝います。我が家では、義母の名もこのジュゼッペの女性名であるため、今年も3月19日には、義父は父の日、義母は聖名の祝日(onomastico)と、二人ともにささやかな贈り物を用意して、祝いました。

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Tramonto al Lago Trasimeno, Torricella, Magione (PG) 19/3/2017

 今日も夕方、日が沈む頃にトラジメーノ湖畔の村に出向いたのですが、わたしとしたことが、カメラをうっかりうちに忘れてしまいました。今日はさらに雲が多く、太陽が雲の中へと沈んでいったのですが、湖面に映る空がそれはきれいでした。スマートフォンで撮った写真で、少しでもその独特の美しさが伝わればいいのですが。

 明日から、今年度の学校の授業が始まります。先ほど、最初の授業の準備を済ませたところで、新しい生徒さんとの出会いが楽しみです。わたしが授業を担当するのは9時からなのですが、8時から会があるので、早起きをして、7時半には学校に着いておきたいと思います。と言うのも、教員向けには6台分しかない駐車場に車を置けるのは早い者がちで、置けないとなると授業時間が長いので、駐車料金がひどく高くなってしまい、かと言ってバスで行くと、午後帰って昼食を準備し食べてから、夕方の英語の授業に生徒さんのうちに行くのに、バスの待ち時間にひどく時間を取られて、昼食の時間がなくなってしまうからです。

 万一駐車場が見つからなかった場合は、ミニメトロ終着駅の無料駐車場まで車で引き返し、近くのバス停から、バスで学校に戻る予定です。明日は早起きして、駐車場に空きがある早いうちに、学校に到着できますように。

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Anche oggi molto nuvoloso il cielo
ma bellissimo il riflesso sul lago.
Purtroppo ho dimenticato la macchina fotografica a casa
e mi sono arrangiata con lo smartphone.
- Torricella, Magione (PG) 19/3/2017
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-03-19 23:16 | Umbria | Trackback | Comments(8)

一件落着、うっかりと夕焼け

 年末から取りかかっていた、MacBookを要する大きな仕事が、ようやく終わりました。よくよく見直しをして、訂正を加えてから、今日の午後、学校に提出しに行きました。締め切りは今週末、金曜日ですが、提出をしない限り、いつまでも校正を続けてしまいそうな気もしたので、提出してしまうことにしました。

 提出して、はい終わりのつもりが、担当の方が一つひとつかなりていねいに、わたしといっしょに内容を再確認してくださったので、ありがたかったです。あと5分で、駐車料金が1.5ユーロから3.4ユーロになるというときに作業が終わったので、大急ぎで駐車場に向かいました。途中、公園の前で、公園に放し飼いの犬が数匹いて、しかもうち1匹は道の中央にはだかって吠えていたので、公園に入るのをためらっていたら、親切な方が、「大丈夫、あんたたちなんて気にしないという態度で歩いて行けばいいのよ」と、いっしょに歩いて行って、犬の相手をしてくださいました。公園の前で立ちすくんだせいもあって、駐車料金を払うのは、料金が増える1分前とぎりぎりになりましたが、料金が1.5ユーロで済んで助かりました。

 ただひどく慌てていたため、料金を払い、釣り銭を受け取り、駐車していた車に向かい始めたのですが、ふとどこに駐車カードがあるのか分からなくなり、ひどく焦りました。自動精算機に5ユーロ紙幣を挿入したときに、カードより先に釣り銭を取り出すようにという指示があったのは覚えているのですが、慌てていたために、駐車カードを取った記憶としまった記憶がないのです。急いで精算機の前に戻ったもののカードが見当たらず、バッグの中やコートのポケットをよくよく確認したら、財布のさまざまなカード類に交じって、かなり探したあとで、ようやく駐車カードが見つかったので、ほっとしました。

 慌てて注意が散漫になり、行動が記憶に残らないということは、どうしても起こりがちなので、今回は仕方ない点もあるのですが、これから気をつけなければいけないなと思いました。慌てて記憶に残らず困ると言えば、外国や見知らぬ店でトイレに入るとき、入るときは急いでいて、無意識に扉を閉めてしまい、後からどう閉めたかが思い出せず、そのために開け方が分からず、ひどく困る場合がたまにあるので、これも用心が必要です。作る業者が妙にデザインにこだわるからでしょう、どう開けていいか分からない扉や、どうやって水を出していいか分からない蛇口やシャワーに、出会うことが時々あるからです。

 閑話休題。今日提出した仕事が終わってからと、先延ばしにしていたことが、仕事も私事も含めていろいろありますので、明日からはそうしたことに取りかかりたいと思います。まずは、去年の通訳の報酬を、まだ払ってくれていない業者が二つあるので、その催促をしなければなりません。 

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 写真は、日曜の夕方、サンタ・マリーア・デッリ・アンジェリ教会の境内から見た夕焼けです。今にも沈もうとする日の光と、その光に色づく雲がそれはきれいでした。この後、教会から出たときには、空が昨日の記事でご紹介したように、深い青色になっていたのです。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-03-07 23:59 | Insegnare Giapponese | Trackback | Comments(4)

美しい月と花粉症その後

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1/3/2017

 昨夕は、うちの窓から、夕焼け色がまだほんのり残るたそがれの空にかかる、

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それは美しい月が見えました。

 よろい窓を閉めた頃には、さらに西に傾いた月の近くに、金星が輝いていて、それはきれいでした。紺碧の空にきらめく月と金星があまりにも美しいので、写真に撮ろうとしたのですが、わたしの腕とカメラでは、ほっそりとした月が太ってしまい、金星のきらめきも、その放つ細やかな光の筋がとらえられないので、あきらめて、目と心に収めました。

 昨晩の記事で、今年は花粉症の症状が軽いようだなどと書いたら、今日は朝から目がかゆく、くしゃみ・鼻水などの症状もさらに悪化して大変でした。例年に比べると、それでもまだ軽いのですが、今日はうちと学校で過ごし、外にいたのはその往復の間だけで、この状況です。しばらくまじめに食事療養と薬草療法を続けるつもりでいます。

 幸いというか何と言うか、他の先生方も先月末の期限にはとても間に合わない状況の人が多かったおかげで、学校側が締め切りを来週の末まで延期してくれました。わたしも、早めに提出できるようにと、日々のノルマを決めて取り組んではいたのですが、プリンターの故障に、家庭の事情、先週は友人たちがミジャーナに遊びに来て、せめて週末くらいはといっしょに過ごし、この数日は、睡眠時間を削り、時に食事の時間も後ろにずれ込み、瞑想講座も聞かずに、仕事に集中したのですが、2月末には間に合いませんでした。

 まあ、締め切りの延長を、学校側が早くから教えてくれていたおかげで、週末はミジャーナに行くことに決め、ブログの記事やインスタグラムの写真1日一つのノルマは何とかこなし、洗濯や掃除も必要に駆られてしているのではあります。ただ、昨年分の翻訳の報酬をまだ払ってくれていない企業などに、また請求のためにメールを書かなければならず、すっかり発行が滞っているイタリア語学習メルマガやさぼっているフランス語学習に着手しなければいけないのに、年明けから、この学校の大仕事の片がついてからと、先延ばしにしている状態ですので、学校が延長してくれた締め切りを待たず、遅くとも来週火曜日には提出できるように、頑張るつもりでいます。今晩も11時半過ぎまでは、新しいMacBookで仕事をしていたのですが、ようやくMacBookやiBook Authorにも慣れ、ペースが上がってきました。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-03-02 23:59 | Altro | Trackback | Comments(2)

真の日本語・外国語の力をつけるには

 大学入試の国語の問題でいくら高得点が取れるように勉強しても、それでは日本語の力はつかないということを、おもしろおかしく短編小説の形で書いた清水義範の『国語入試問題必勝法』を、先輩の先生に借りて読んだのは、ちょうど初任の高校で、国語を教え始めた年だったように覚えています。

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 日本語能力試験もまた、センター試験同様に、選択肢の中から正解を選んで、日本語の力を知ろうとするのですが、そのためわたしが日本語を教える生徒さんも、どうしても語彙・漢字・聴解・文法など、日本語という言語のさまざまな側面を文脈なしに取り出して、さらに選択肢の中から選んで答えるような問題集を購入して、次々に解いて、今年12月の試験に向かって学習しています。

 けれども、サッカーで強くなるのに、速く走れるために走る練習や、筋力を鍛えるための訓練をするだけではだめで、サッカーの練習試合が必要であるように、言語も、ばらばらにした部分だけを勉強しても、実際に生きるためにその言語を話したり、読んだり、書いたり、聴いて理解したりする力が育ちません。理想的な形で、日本語の力をつけていくには、まずは読解を重ねて、長い文章を自分で書いてみることだと、宿題をずいぶん前から出しているのですが、つい楽な方、すぐ手がつく問題集の方に、生徒さんが走ってしまい、作文を書かぬまま2か月経ってしまったので、わたし自身も反省しつつ、今日は少々お説教をしました。

 ただ忙しい中時間を見つけ、お金がかかっても個人授業で学ぼうという熱心な生徒さんに、見習わなければいけないなとは、つくづく感じています。本当はわたしも、フランス語の再勉強をしたいし、わたし独特の弱点に気づいて、効果的な方法で指導をしてくれるいい先生につく必要があると感じて、同僚のフランス語の先生に、もうずいぶん前から個人授業をお願いしているのですが、忙しくて時間が取れないとのことなのですが、それも言いわけに、すっかりフランス語の勉強をさぼってしまっています。

 レストランでも、食べたいものや払ってよしとする金額が人によって違い、また、何か特別なお祝いのためか、それともただ空腹がしのげればいいのかなど、目的によっても選ぶ店が違ってきます。語学学校の授業をグループで受けるのは、確かに割安なのですが、ちょうどレストランで、観光客が食べたいものを適度な値段でさっと食べられるように用意した観光客メニューを頼むようなもので、そこそこに学ぶことはあり、そこそこに満足はできるけれども、どこかレベルが合わなかったり、自分には分かっていることや興味がないこと、簡単すぎることを、他のクラスメートが興味があったり必要としているがために、長い間聞かなければいけなかったり、あるいは逆に、難しすぎてついていけなかったりということもあるでしょう。

 一度、ペルージャの語学学校で英語の授業に通い、上級というにはあまりのレベルにあきれて、1か月ほどでやめたことがあるのですが、そういう経験があるために、フランス語の授業は、たとえお金がかかっても、自分が信頼できる先生に、個人的に教えてもらおうと考えていますし、自分が日本語や英語、イタリア語を個人授業で教えるときも、個人授業だからこその長所を生かして、生徒さんの苦手なこと、興味があることや、好きな勉強法などをうまくつかみ、それぞれの生徒さんの学習目標が達成できるように、工夫しています。

 「今日は、今日までに卒業論文を35ページ書いてくるように担当教官に言われていて、日本語で書く時間がなかったんです。」と言う生徒さんは、また、昨晩はそのために、午前2時半まで起きていたそうです。それに、つい最近までは、次々に大学の試験の勉強をし、試験を受けていたので、そのための勉強で大変でした。そうなのですが、せっかくやる気はあるのだし、漢字の練習や問題集は、時間を取って少しずつ解いていっているのだから、文章もきちんと少しずつ書く習慣をつけるように、宿題の出し方を工夫するつもりでいます。読解については、わたしがすでに入手した問題集がよさそうなので、生徒さんもそれを購入して、勉強するつもりだと言い、また、好きだという村上春樹の短編小説集を渡して、うちで少しずつ読んでみるように勧め、今日の授業中に最初の1ページをいっしょに読んでみました。漢字を読むには苦労するものの、字面を追って内容はだいたいつかめるのですから、たいしたものです。

 おととしは日本語能力試験のN4、昨年はN3を受験して、いずれも着々と合格した生徒さんは、今年はN2を目指して勉強しています。試験に合格できることはもちろん、それだけではなく、総合的な確たる日本語の運用能力がつくように、授業をしていけたらと考えています。

 写真は2009年3月に京都の渉成園で見かけた馬酔木の花です。日本庭園にあるイタリアの国旗の三色が美しい木ということで、この記事に使ってみました。

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Albero di pieris japonica in tricolore della bandiera italiana
nel giardino Shosei-en, Kyoto, Giappone 29/3/2009
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-02-23 23:59 | Insegnare Giapponese | Trackback | Comments(4)

アルノ渓谷の絶壁、トスカーナ sanpo

 西部劇で荒野の間に並んでいそうな奇妙な形の岩山が、トスカーナ州の麦畑やブドウ畑のすぐ近くに、あちこちにそびえている、そんな不思議な場所を、日曜日に訪ねました。

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Balze, Castelfranco di Sopra (AR) 19/2/2017

 こういう岩山が、トスカーナ州アレッツォ県のフィレンツェ県との州境に近いカステルフランコ・ディ・ソープラという村のはずれのあちこちで、木々や畑の間から顔を出しています。

 
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 いつだったか、週末に出かけようと候補地を探したとき、おもしろそうなイタリアで最も美しい村を探していて、夫が見つけた村の一つが、この村でした。確かそのときは、夫はミジャーナで作業が、わたしは仕事があって、結局はどこにも行かないことにしたような気がするのですが、日曜日は、夫がこの村を訪ねる候補に挙げた理由が思い出せない状況で、行ってみました。2月半でしかもちょうど昼休みの時間帯だったからか、村の中心街では、多くの店が閉まっていて、外を歩く人がほとんどいません。バールで観光情報を尋ねたら、ぜひここを歩いてみたらと村の人に勧められて、やって来たのが、この珍しい断崖が並ぶ場所です。

 地形が独特である上に、のどかな田園風景との取り合わせも妙で、散歩が楽しかったです。今、記事を書く前にざっと調べたら、この地形が生まれた事情が何だかとてもおもしろそうなので、また今度時間があるときに、ゆっくりご紹介できたらと思います。

 昨日、月曜の夕方から、ロマーニャの女友達二人が、ミジャーナに泊りがけで遊びに来ています。と言っても、わたしたちは仕事があるので、友人たちはミジャーナに滞在していますが、わたしたち二人はペルージャで寝起きしています。今日は夫は有給休暇を取って、二人とラッツィオ州などに遠出しました。わたしは昨日も今日も、午後どうしても抜けられない仕事があったので、まだ友人たちには会っていません。昨年の報酬をまだ払ってくれない業者二つに、再度請求書を送らなければと思いつつ、この春の観光などの通訳の見積もり依頼をいくつかいただき、そのためにメールを交わしたり、現在教えている生徒さんはもとより、将来教えることになるかもしれない生徒さんとのメールのやりとりもあったりして、その請求メールの送付が後回しになってしまっています。本来は復活祭前に行われるはずの教区司祭代理を務める修道士さんの各家庭を回っての祝福が、明日の午後うちである予定ですので、明日の朝は掃除に励み、そのあと、すぐにでもこの請求メールを書いて送付したいと考えています。

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Balze, Castelfranco di Sopra (AR), Toscana

Sembra un paesaggio da film western,
pure queste balze spuntano tra i campi di grano e le vigne
del Valdarno Superiore. Meraviglia della natura.
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参照リンク
- it.wikipedia.org - Balze del Valdarno
- it.wikipedia.org - Lago pliocenico del Valdarno Superiore

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-02-21 23:59 | Toscana | Trackback | Comments(0)

外国語を話し学ぶのに大切なこと、英語雑誌バックナンバーから

 わたしが肩のリハビリに通うカイロプラクティック院には、以前から、イタリア移民の子供としてベルギーで生まれ育ち、大人になってからイタリアに戻ったので、フランス語とイタリア語のバイリンガルの女性が勤めていたのですが、最近新しく入ったイランの若者も、イギリス・イタリアで大学などに通って理学療法士の資格を取ったので、母語の他に英語やイタリア語が話せます。そういう職場で働くためでしょう。わたしの肩を担当してくれるイタリア人の青年療法士も、時代の先端を行く療法を学ぼうと、英語の論文などを読む機会は日頃からあるようですが、もっと英語の文法の基礎や会話を勉強したいと、先日言っていました。

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4/12/2011

 最近こそ、ディーパク・チョープラの瞑想講座や読書、英日翻訳の仕事を通じて、英語に接する機会が増えてきたわたしも、イタリアに暮らし始めて一度、英語力の低下に、「これではいけない」と思い、英語での読書を心がける一方で、『English Journal』を日本から年間購読して取り寄せたり、英語の授業に通ったりしたことがあります。上級とはあまりなレベルに、通うのをやめた学校で存在を知ったイタリア人向けの英語音声学習雑誌、『SpeakUp』を、発音はゆっくり気味ですが内容が興味深いからと、1年間年間購読したのですが、もう長いこと聞くこともないまま、本棚で眠っていました。音声が1時間ほど吹き込まれたCDも、そのスクリプトが書かれ、イタリア語による語彙の解説がある雑誌も、片づけのために捨ててしまおうと思いつつ、だれかの役に立つかもしれないと、取ってはおいたのですが、お世話になっている療法士さんが、英語を勉強したいと言うのを聞いて、この雑誌が役に立つのではないかと思いました。

 ヒアリングマラソン同様、1か月に1枚のCDを何度も聞いて耳を慣らし、雑誌で聞き取れているかどうか確認し、知らなかった言葉や表現を勉強するのが望ましいと思うので、毎月1か月分、わたしがあげるから勉強してみてはと、勉強法を説明したら、「自分で買ってもいいけれど、くれるというならぜひ。」とのことです。今日うちに帰ってさっそく、一番古い号のCDを、あげてしまう前にと、たまったアイロンがけをしながら、途中まで聞いてみました。

 もう7年近く前の英語学習誌の付録音声CDなので、聞いてみて、覚えがあるところもありますが、初めて聞くかのように、おもしろいなと思いながら、耳を傾ける部分も多くありました。何となくだいたい分かるからと、恥ずかしながら、雑誌で理解できたかどうかの確認に、スクリプトを読むことがほとんどなかったために、忘れてしまっていることが多いのだと思います。

 閑話休題。マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』は、単なる少年向けの物語ではなく、社会的にも大きな意義があったのだとか、名前も覚えていない英国首相の話のほかに、外国語学習について、これはいいなと思う話がいくつかあったので、今日はそれをかいつまんでご紹介します。家事をしながら聞き流しただけで、まだスクリプトを確認していないので、わたしがいいと思った要点のご紹介になります。

 一つは、外国語を話すとき、「文法は間違っていてもいいけれども、相手に失礼になってはいけない」ということです。英語を話すにあたって、礼儀正しく、相手に対して敬意をきちんと示すために大切な言葉として、please、sorry、thank youの三つを取り上げて、説明していました。旅行では、これはわたしが言葉が不自由なフランスで旅するときも、言葉は知っているイタリアで旅するときもそうですが、道の行き方など、何かと現地の人に質問をする機会が多くなります。そういうとき、質問やお願いの前後に、必ずpleaseを添えること、でなければ、命令になってしまって礼を欠くことになるという言葉が印象に残りました。pleaseは中学校で英語を学び始めるときから、すぐに習う表現ですが、それが実際に英語でコミュニケーションをする上で、いかに大切かということを、改めて思いました。フランス語では、英語のpleaseにあたるs'il vous plaîtを必ず使うようにと、よく聞いたのですが、確かにフランス語や英語に限らずイタリア語でも、「どうぞ」を意味する言葉、pregoやper favore、per piacereを添えないと、命令口調で失礼な言い方になってしまいます。

 もう一つ印象に残ったのは、語学学校の先生の話で、「自分が学ぼうと思う言語を話す国や文化に対して、心の壁があり、受け入れたくない気持ちや侮蔑する気持ちがあると、それがフィルターになって、学習してもなかなか身につかない」というようなことを言っていました。その先生が言うほど、その点ばかりが肝心なのではなく、他にも外国語学習でより成果を上げるために必要なこと、学習を妨げてしまうことはあるのですが、こういうこともあるのだと、多くの方に知っていただく必要があるかと思い、ブログの記事にこうして書いておくことにしました。

 次のリハビリ通院の火曜までに、できれば一とおり聞くだけではなく、スクリプトにも目を通しておこうと思うほど、興味深い内容が多いので、驚きました。

 写真は、記事の話題が英語ということで、2011年冬のロンドン旅行の際に、地下鉄の中から撮った駅の写真です。

関連記事へのリンク
- イタリアで英語学習、英語学習者向け月刊誌、『SpeakUp』 (31/3/2011)
- 英伊仏ヒアリングマラソンと注意点 (25/1/2013)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-01-27 23:59 | ImparareL2 | Trackback | Comments(2)

映画『君の名は』をイタリアで、イタリア語音声明日25日が最終日

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 日本で人気を博したことは知っていて、予告編を映画館とインターネットで見て、イタリアでは1月23・24・25日の3日間限定上映であることもあって、中日の今日、夫と見に行きました。内容については予告編で見たくらいしか知らなかったおかげで、最初は少し拍子抜けしながら見ていたのですが、漢詩の構成さながらの「起承転結」の「転」にあたる突然の話の急展開でびっくりして、それからははらはらしながら夢中で見ました。イタリア人の夫は、地名を知らないためもあってか、話の筋が飲み込めず、今ひとつという印象を受けたようですが、わたしはいい映画だなと感動しました。

 シネマコンプレックスの比較的小さい会場で、それでも200は優にあった座席が、映画が終わって見回すと、満席になっていたようです。夜8時からという時間帯ではありましたが、中学生・高校生・大学生が多く、社会人もいましたが若い人が多くて、中では夫が最年長だったかもしれません。周囲で見たイタリアの若者たちは、よかったと言いながら、他に自分たちが感動した日本のアニメ映画を互いに勧め合っていたので、まあ自発的に見に来るほどの日本のアニメファンが多かったのではありましょうが、いい映画だと感じた若者が多いという印象を受けました。

 イタリアでは例によって、イタリア語に吹き替えて上映されています。YouTubeで見つけた英語字幕つき日本語の予告映像と重なる場面が多いので、この二つを互いに参考にしながら見れば、英語字幕つき日本語予告編は日本語の学習に(イタリア人で英語はあまり分からない人でも、イタリア語音声字幕が理解の助けに、イタリア語音声の予告編は、日本の方などのイタリア語学習に、リスニング教材として使えると思いますので、両方へのリンクを埋め込んでおきます。



1:28  「あなたは だれ?」
1:30 「おまえは だれだ?」




1:26 "Ma tu chi sei?"
1:28 "Si può sapere chi sei?"

 イタリア語では、「あなたはだれ?」も「おまえはだれだ?」も、"(Tu) chi sei?"だけでもいいのですが、それでは2(3)音節で、6音節・7音節の日本語のセリフに対して短すぎることもあって、長さを原語に合わせるために、「でも、それにしても」と、maという逆接の接続詞を冒頭に加えたり、"Si può sapere chi sei?" 「おまえがだれかを知ることができるだろうか」と、「おまえはだれだ」([tu]chi sei)の部分をふつうの疑問文から間接疑問文に変え、さらに長い文の一部としてしまっているのでしょう。

 ちなみに文学的書き言葉を母体とする標準イタリア語では、文法的には厳密に言うと、間接疑問文内の動詞は接続法でなければいけないために、"Si può sapere chi tu sia?"と、疑問文では直説法現在の動詞seiが接続法現在のsiaになります。さらに、seiは、英語のbe動詞にあたるイタリア語の動詞esereの2人称親称単数形のtuの単数形に対してのみ使われる形なので、seiを使えば主語のtuはあえて明示しなくても分かるので、特に強調するのでなければ、明記しないのがふつうですが、 接続法現在では、動詞essereは、主語が1人称単数(io)、2人称親称単数(tu)、3人称単数(lui/lei)、2人称敬称(Lei)のいずれの場合にもsiaと同じ形を取るため、動詞だけでは主語が特定できないので、接続法現在のsiaを用いる場合は、前後の文脈からよほど自明でない限りは、主語のtuを明記する必要が出てきます。ただし、話し言葉では、こんなふうに間接疑問文内の動詞が接続法にならず直説法のままということも、特に親しい人の間どうしのくだけた会話ではよくあります。

 おそらくは長さを原語に合わせるために、イタリア語訳ではよけいな装飾がついているものの、イタリア語なら"(Tu) chi sei?"と同じ言葉ですむのに、日本語だと「あなたはだれ?」、「おまえはだれだ?」、あるいは、「君はだれだい?」などと、話す人や会話の相手、話し相手との関係によって、表現が変わってくるため、そういうところが日本語で、話すにも聞いて理解するにも、難しい点かと思います。日本語の初級の授業では、敬体を使って、「あなたはだれですか?」を最初に教え、徐々に口語的表現も導入するのですが、日本に留学して、若者が友人どうしの間で交わす言葉に接して、教科書や大学で学んだ表現との違いにとまどうイタリア人大学生も少なくありません。

 イタリアを旅行中、イタリアで留学中の方は、イタリア語の勉強も兼ねて、イタリアで長く暮らされている方は、日本に興味のあるイタリアのお友達やご家族に、日本を知ってもらうために、興味があれば、ぜひ誘ってごいっしょに、見に行ってみてください。 

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-01-24 23:59 | Film, Libri & Musica | Trackback | Comments(2)

宿題基礎の腕試し、英語・日本語・イタリア語

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 わたしが最近英語を教え始めた女子中学生の学校で、明日月曜に簡単な英語のテストがあるとは聞いていたのですが、金曜の昼頃その母君から「できれば週末に学習課題を出してやってほしい」というメールが届いていたのに、わたしが気づいたのは夕食後です。昨日は遠方に葬儀に出かけて、帰りが遅くなったのですが、出発前そして帰ってから、机とパソコンに向かって、何とか3ページ分のおさらいプリントを作成し、昨日中にメールに添付して送付しました。

 せっかくなので、そのプリントの絵を利用して、英語・日本語・イタリア語の勉強ができるツイートを三つしてみました。


 「~がある・いる」という表現が英語の試験に出るということであり、また、最初の授業で、単数・複数に応じて、動詞の活用形や名詞の語形がどう変わるかを、きちんと理解できずに苦労していたので、その苦手な点がきちんと克服できたかどうかを、問いかけてみました。ツイートには140文字の制限があるため、プリントに載せた問題のごく一部しか、ここには挙げていません。


 日本語の「...の上/下/前/後ろ/正面/中/そばに」という位置を表す表現や、「あります・います」という存在表現は、外国人の日本語学習者にとって難しい文法事項です。英語やイタリア語では、存在するのが人・動物であろうと無生物であろうと動詞が変わらないのに、日本語では、主語が生物か無生物かによって、「います」になったり「あります」になったりと動詞が変わるために、特に、きちんと使いこなすのが難しいのです。

 英語やイタリア語であれば、物の数を表すのに、"There are three apples. / Ci sono tre mele."と、物を表す名詞を複数形にして、数詞をその直前にそのまま添えればいいだけなのに、日本語の場合には、リンゴであれば「三つ、3個」、猫であれば「1匹」と、名詞によって数え方も変わってきます。そうしてこの助数詞を覚えるのに、母語で習慣がほとんどないこともあって、皆本当に苦労をしています。


 場所や存在を表す表現は、イタリア語学習でもつまずきやすいところです。ある・いるものが単数なら「C'è...」、複数であれば「Ci sono...」となるので、本当はその両者を正しく使い分けることができるかも問いたかったのですが、語彙数を(   )の数に反映させるというこの問い方では、(   )の数だけでどちらか分かってしまうので、断念しました。「…の前に/正面に」は、イタリア語では「di fronte a (davanti a)」であり、英語の「in front of」に似ているものの、前後に来る前置詞はまったく違うので、ご注意ください。

 suのuの音は、これはこの単語に限らずイタリア語のu全般に言えることですが、唇を丸めて前に突き出し、舌を口の中で後方に引いて、はっきり発音する音であって、日本語の「う」やウ行の母音とはかなり異なる音になります。ちなみにイタリア語で「上に」を表す前置詞、suは、フランス語で「下に」を表す前置詞sousと、発音は同じなのに、つづりと意味がまったく異なるのがおもしろいです。a + la = alla、su + la = sullaと、前置詞が後に来る定冠詞と融合して、形が変わることにも注意しましょう。

 以上の練習問題の正解が気になる方は、以下のツイートをご覧ください。

- https://twitter.com/naoko_perugia/status/823134797648330752
- https://twitter.com/naoko_perugia/status/823138230317023232
- https://twitter.com/naoko_perugia/status/823139436179443712

 今年は仕事として、教えることに重点を置いていきたいと考えていますので、ブログやツイートにも、そういう志をできるだけ反映させていくつもりでいます。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-01-22 23:59 | ImparareL2 | Trackback | Comments(6)

リハビリ外国語、伝わればからどう伝えるかへ(初校・詳細版)

(以下の記事は、昨晩寝る前に懸命に書き上げたのに、最後になって画面が凍結し、2時間以上いろいろ試みても凍結したままだったので、投稿をあきらめたものです。夜遅いので、内容を要約した記事を書いて投稿し、気づくと再び書き込みができるようになっていたのですが、今さらなので、前記事も残したまま、こちらもご紹介します。前記事の内容に興味を持たれて、より詳しい情報を得たいという方は、この記事もぜひご覧ください。)

 今日も午後、英語の授業をしに遠出をしました。生徒の中学生の少女は、やる気はあるし、授業で学んだことはほぼ吸収していると思うのですが、出身小学校では、「英語に親しむこと、コミュニケーションを取ること」が重視されて、文法はほとんど教わらなかったというお母さんの言葉を裏づけるかのように、語彙や言い回しは「何となく」覚えていて、言いたいことは伝えられるし、こちらが英語で言うことや教科書に書いてあることも分かるのですが、ごく基本的なところで、文法のびっくり間違いが多いことに、1度目の授業の最初に、英語力を把握しようといろいろ問いかけてみて、分かりました。

 難しいと言う課が「There is a book on the table.」など、there is/there areの構文を扱っていたので、いろいろ尋ねてみたり、訳させてみると、理解力と表現力は十分にあるのですが、ごく初歩的な間違いが多かったのです。たとえば、

 There is books / There are one pen / Is there two bed? - Yes, there are.

と言った風に、名詞の単複に応じて、語尾に-sがつかなかたりついたりすること、動詞の形が変化することを知らず、「こういう感じかしら」と直感的に答えている感じでした。

 数に応じて名詞の語形や動詞の活用形などが変わることは、日本人のわたしたちにとっては、母語の日本語に存在しないしくみであり、ですから難しいのですが、イタリア語の文法には、英語よりもさらに複雑な形で存在します。

 日本語であれば、本が1冊であろうと2冊であろうと、名詞や動詞の語形が数によって変化することがありませんが、英語やイタリア語では、本が1冊であれば、

 There is a book. / C'è un libro.

 2冊であれば、

 There are two books. / Ci sono due libri.

となり、名詞の数に応じて、つまり、名詞が単数であるか複数であるかによって、名詞の語形や動詞の活用形が変わってきます。 名詞の語尾に単純に-sをつければ複数形になる英語と違って、イタリア語の場合はそもそも名詞に男性名詞と女性名詞があり、原則のごく典型的な変化だけでも、何種類か覚えなければいけません。

 旅行中に出てきそうな言葉を使うと、たとえば、次の食べ物を表す名詞の単数形、性、複数形は次のようになります。(m.は「男性名詞」、f.は「女性名詞」を指します。)


 パニーノ      panino m.      panini
 カップッチーノ  cappuccino m.   cappuccini

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 ピザ      pizza f.    pizze
 ジャガイモ  patata f.   patate

 ですからご夫婦で旅行をしていて、パニーノを注文するときは、"Due panini, per favore."と、paninoは複数形のpaniniになりますし、レストランのメニューのジャガイモ料理ではたいてい二つ以上のジャガイモを使うために、patate arrosto「ロースト・ポテト」、patate fritte「フライドポテト」と、「ジャガイモ」は複数形のpatateという形で登場するのですが、単数形はpatataなのです。

 ここでおもしろいのは、たとえ母語であるイタリア語に、名詞が単数形か複数形かによって、名詞の語形と動詞の形が変わるというしくみがあるにも関わらず、そうして、彼女がイタリア語ではちゃんと名詞の単複次第で、文法的に正しく話しているのにも関わらず、英語となると、文法の説明なしに多数のインプットを得て話したり書いたり読んだりしただけでは、この単純な名詞の数の呼応のしくみに自分では気づけず、従って、何度聞いても、その違いはうわすべりをして、いつまでも「なんちゃって英語」を話したり書いたりしてしまっていたという点です。

 ただ、母語のイタリア語には名詞の性についてもっと複雑なしくみがあるおかげもあって、先週の1時間半の授業の後には、もう上記のような間違いはせずに、きちんと言えるようになっていました。

 この中学生の少女のような間違いは、イタリアに限りませんが、移民がある国に仕事をするためにやって来て、その国の言葉を学校や本で学ぶことなく、仕事や生活を通して学んだ場合に身につける、と言うよりは、習得途上で発達が止まってしまう外国語における間違いによく似ています。そうして、わたし自身がフランス語を数か月独学で勉強したあと、パリの語学学校の授業で、とにかく何か言おうと、既存のイタリア語の知識から推測して、「こうかしら」と適当に言った「なんちゃってフランス語」や、1か月だけスペイン語を勉強して、巡礼中に出会った巡礼仲間やレストランの人に言った「なんちゃってスペイン語」にもよく似ています。店の人には何とか通じたものの、スペイン語をよく知っている友人たちが思わず吹き出すようなことを、時々言っていたようです。

 と言うのは、外国語教育・学習研究では多くの学者がすでに指摘しているように、確たる文法知識を持たず学ばずに、ぽんとその国の言葉が話される世界に放り込まれると、まずはpragmatic modeあるいはattenzione al significato、つまり、自分が言わんとすることが相手に伝わることが何よりも大事なのであって、自分がそのために使う語彙や文法や表現には注意を払わず、内容を何とか伝えることに夢中になるモード、言わばサバイバルモードで、その国の言葉を使い始めるようになり、そのうち言わんとすることが伝わるようになると、よりきちんとした言葉で表現したいと、syntactic modeあるいはattenzione alla formaに切り替わり、文法や言葉のしくみ、自分が使う表現、言葉の形に、も注意を払う、文法にも注意モードで伝えようと試みるようになるからです。

 そこで、わたしとしては、授業の質問に対する答えや、彼女が書き話す英語を通して、どういう点が注意を払われぬまま使われるので間違いとして現れ、そこで間違ってしまうのは、何が習得できていないからか、どういう文法の決まりに気づけていないからかをつかみ、その少女が気づけていないことに、気づかせ、正しく言ったり書けたりするように練習を繰り返させることを通して、彼女の「なんとなくサバイバル英語」を、「文法に注意しきちんと伝えられるよう意識した英語」に、少しずつ近づけていけるようにしています。

 「中国人あるよ」とか「インディアンうそつかない」とか、そういう偏見が入った特定の民族の人の日本語の典型的例を、日本で読んだり聞いたりする機会が以前よくあったのですが、こういう表現も、外国の人は、日本語の「てにをは」という少々間違っても内容を伝えるのには支障がない些末な部分は、母語と違うこともあって文法のしくみを認識しづらく、習得も難しいということを、反映しているような気がします。

 同様のことは、わたしが教える中級の日本語の生徒さんにも言えるのであって、漫画やアニメ、日本の友達との実際の会話やメールを通じての交流を主として学び、教科書を使っての文法学習は、それに後からついて行っている形なので、日本語能力試験の問題を解いても、会話をしたり主題を決めて文章を書かせたりしてみても、聴解力や読解力、言わんとすることを伝える力は十分にあるものの、てにをはなどの助詞は、わたしは初級の後半あたりから個人授業で教え始めたのですが、今でもごく簡単なところで、間違えてしまうことが少なくありません。

 今朝は肩の施術・リハビリにカイロプラクティックに行き、どこまで動きが回復しているか見てもらってから、施術をしてもらい、必要な運動を指示してもらいました。そもそもは、体の一部だけ酷使したり、ゆがんだ姿勢で長く机上の作業をしたりしたために、痛みが出て、その痛みや問題に応じて、どうすればいいかを教えてもらい、治るのを助けてもらっているのだと思います。そういう意味で、なんちゃって外国語学習や、わたしのように勉強中断になってしまったためのなんちゃってフランス語力は、弱点を突きつめて、忘れてしまわぬうちに、最初から勉強をし直さなければいけなくなってしまう前に、基礎力を取り戻すために、語学検定を受けてみたり、先生について教えてもらったりすることが、大切だと感じています。フランス語については、だれか先生に見てもらう必要をずっと感じていて、同僚の先生にずっとお金は払いますと頼んでいるのですが、忙しくてなかなかその時間が取れないという状況なのですが、これは弱点を把握し、文法を復習するためにも、語学検定をまずは受けてみることに決めなければいけないときが来ています。 

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-01-18 02:57 | ImparareL2 | Trackback | Comments(0)