イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

イタリア、里の春

 ペルージャ外国人大学では、例年Corso di Laurea PLIM(Promozione della Lingua e della cultura Italiana nel Mondo「イタリア語とイタリア文化の世界における振興を図る学士取得課程」)の1、2年生の授業を担当していました。

 「していました」というのは、「大学卒業」の記事でも触れた大学改革のために、上記の課程の名称やカリキュラムが変更となり、これまでは、1・2年生と2年間にわたって行われた日本語の授業が、最終学年の3年時にのみ行われることになったからです。昨年度から新課程への移行が始まったため、PLIM1年生の授業は今年はもう存在しません。というわけで、現在わたしが担当しているのは、このPLIM2年生の授業だけなのです。

 もし、今年も1年生(日本語の入門者)を教えていたら、ちょど今の時期に、例年のように「春が来た」の歌を学生たちと合唱したことでしょう。歌の指導は、まずわたしが歌詞を黒板に書き、学生たちに1文ずつ読ませていくことから始まります。3月に「日本語」の授業が始まり、ちょうど学生たちが平仮名と片仮名の学習を終え、季節の名前や「山」、動詞「行く・来る」などをを学習したばかり。学生たちは、自分たちに日本語が読めることや理解できること、歌が歌えことをたいへん喜んでいました。

「はるが 来た  はるが 来た  どこに 来た
 山に来た    さとに 来た  のにも 来た」

"E' arrivata la primavera. E' arrivata la primavera.
Dov'è arrivata? E' arrivata in montagna. E' arrivata in campagna.
E' arrivata anche sulla pianura."

 だいたいこんなふうにイタリア語で意味を説明しています。というよりは、繰り返される言葉が多いので、後半の歌詞の意味は、学生たちに推測させます。

 自分で苦労して思いついたほうが、記憶に残りやすいし、知らない表現に出会ったときに、頭をどうひねればいいかも分かっていくからです。また、音楽に乗せ、自分で声を出して歌っていくと、表現も身につきやすいし、学ぶのが楽しくなります。(メルマガで、読者の皆さんに「イタリア語学習」のためにおすすめしていることを、わたしは自分が日本語を教えたり、外国語を学んだりするのに活用しています。)

 何だか前置きが長くなりましたが、わたしたちが住んでいるペルージャ郊外の「里」でも、最近、ようやく「春が来た」と実感できるようになってきました。

 というわけで、今回は「イタリアの里の春」を我が家からお伝えします。

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 庭から野菜畑へと下る階段の手前にあるのが、このリラ(lillà)の花です。ほとんどがまだつぼみで、ようやく小さな花がいくつか開き始めたばかり。さて、階段を下りていくと、夫のルイージが下の方から、手を振って呼びかけています。好天気で、畑仕事にはうってつけの1日。

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 ウンブリア州の州庁で長年働いているルイージは、自然に囲まれて育ったためもあり、自然や植物を育てるのが大好きです。机に縛られがちな役所仕事を放棄し、いずれ農業に携わる仕事をしたいというのが彼の夢です。最近は、さかんに、養蜂や樹木の剪定を学ぶための講習に参加して、少しずつ自分の夢へと一歩を踏み出しています。「今の仕事を嘆き、週末を映画やテレビ、パソコンの前で過ごすより、まずは週末から、自分の本当にしたいことに時間を捧げていくように」という言葉を最近読んで、かなり啓発もされたようです。

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 上の写真の土地が、今日(イタリアではまだ4月10日です)ルイージが精魂込めて鋤で耕したところです。オリーブ畑に囲まれ、向こうに鶏たちの闊歩するのが見えるこの場所は、昨年も彼がさまざまな種類のイタリアの伝統種のトマト(pomodoro)を植え、育てたところです。昨年収獲したこの伝統のトマトには独特の甘み、旨みがあり、生でサラダにして食べても、パスタのトマトソース作りに使っても、本当においしかったのを覚えています。

 このところルイージも頑張っていますが、我が家の野菜畑で一番の働き手は、何と言っても彼のお父さんです。農家の末っ子として生まれた義父は、幼い頃から朝5時に起きて兄弟たちと家の農作業を手伝って働き始め、それでも夜は疲れを知らず、隣村の村祭りまで、何kmも歩いて行っては、会話や伝統的なダンスを楽しみ、深夜に歩いて帰宅して睡眠し、それでも翌朝は必ず5時に起きて働いていたそうです。根っからの働き者で、成人してペルージャ市の職員となってからも、仕事が終わって帰宅してから、そして週末にも、ブドウ畑、オリーブ園や野菜畑のために働き、そして家畜の面倒を見、さらに庭木の剪定、ワイン作りと忙しく働き続けたそうです。退職してからもう何年にもなり、数年前にブドウ畑は手放しましたが、今でも毎日忙しく、オリーブや野菜、庭木の手入れに飛び回っています。「イタリア人が働かない」なんて言っているのは、どこのだれでしょう。

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 写真の左端に見えるお義父さんは、イチゴ(fragola)を植えているところです。写真の右手、手前にはネギが、そしてその後方にはまだ小さい植えたばかりのサラダ菜が並んでいます。昼食のしたくをしていたとき、ネギの場所が分からなくて戸惑っていたわたしに、義父は辛抱強く、どこに何を植えてあるかを説明してくれました。

 義父にあいさつをして、帰りがけに桜の木を見上げると、緑の若葉がかなり大きくなってきています。風のために、美しい白い花弁が花吹雪となって宙を舞っていることもしばしばです。

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 一方、下の写真は、やはり我が家にあるセイヨウスモモ(prugno, susino)の花を今日(くどいようですが、イタリアではまだ4月10日です)撮影したものです。花弁が白いところも桜と同じで、わたしにはなかなか区別がつけられないのですが、実がなり始めると、当然ながら、それぞれが何の木かがすぐ分かります。

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 さて、畑を耕し終えたルイージは、今度はふだん金魚たちの棲む水槽代わりになっている樽を洗い始めました。写真左手には、ローズマリー(rosmarino)の茂みも見えます。

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 ただいま、19時43分。1日外で働いて、ぐったり疲れて帰ってきたルイージはしばらく前からソファーで一休み。

 わたしはというと、実は今週の木曜日までは、復活祭休暇や卒業試験のために授業がなく、昨日は本当なら授業を再開すべきところ、「まだ里帰りしているので授業があっても出席できません」という学生が、わたしの授業に通っている学生の半数以上であったために、休講としました。月曜に卒業した学生の卒論の指導・校正に追われ、1週間以上寝る時間を削って無理をしたのがたたって、最近は風邪を引き込んでいました。

 実はブログを書き始めたのは、体調が悪くて外出はできないし、授業の準備をするにはまだ早いので、いろいろな方のブログを読ませていただいていたら、「わたしも自分の毎日を記念に綴っていきたい」と思うようになったからです。人生まったく何が原因で何が起こるか分からないものです。中島敦、『山月記』の主人公、李徴の言葉を思い出します。

 おととい、昨日は少し体調がよくなったので、掃除・洗濯もすませました。今日は実はアイロンがけをしなければいけなかったのですが、写真撮影や執筆に夢中になってサボってしまいました。

 「ブログなら根をつめずに、気楽にかけるだろう。体調が悪くても大丈夫。」と思って始めたのに、書き始めると結局生真面目に書くので、根気も時間も必要とし、長くなってしまうのでありました。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-04-11 03:20 | Fiori Piante Animali | Comments(0)