2010年 04月 12日
家庭のカフェ、伝統の味のゆくえ ~老舗工場、東欧へ移転か~
現在ではさまざまな企業が同様の商品を製造していますが、この商品の発明と製造によって、イタリアの家庭のコーヒーに一大革命をもたらした本家はBialetti(ビアレッティ)社です。上の写真に見える右腕を高々と掲げた紳士が、ビアレッティ社のコーヒー沸かし器の目印です。写真では見にくいかと思いますが、紳士の下に大文字で「BIALETTI」と書かれています。
1933年にビアレッティ社の創立者、アルフォンソ・ビアレッティが発明。この発明以前に、イタリアの家庭でコーヒーを沸かすの使われていたのは、ナポリ式コーヒー沸かし器でした。
上の写真が、このナポリ式コーヒー沸かし器です。もう何十年も使われないまま物置の片隅で眠っていたのを夫が最近探し出してきたものです。ナポリ式では、沸騰したお湯がコーヒーの粉の入ったフィルターを通過する形で、コーヒーを沸かしていました。
アルフォンソ・ビアレッティの発明した新しいコーヒー沸かし器が画期的であったのは、沸騰する熱湯の蒸気の圧力を利用し、以前のドリップ式コーヒーとは異なるエスプレッソ、より濃縮された味わいの深いコーヒーを、家庭で手軽に沸かし、楽しめるようにしたことです。
イタリア語では、Moka Expressと言い、単にMokaと呼ばれることの多いこのコーヒー沸かし器は、発明以来、イタリアの家庭で愛用され続け、Mokaは家庭で使う直火式コーヒー沸かし器の代名詞にもなりました。電気式のエクスプレッソ・メーカーが普及し始めた現在でも、やはりどこの家庭にも一つはあって、一人で気軽に、あるいは小人数分手軽においしいエスプレッソを楽しむのに大活躍です。イタリアの映画やドラマでは、台所のシーンに欠かせない小道具としてさりげなく登場し、生活感を醸し出しています。日本ではまだ公開されていないと思うのですが、数年前にイタリアで上映されたコメディ映画、『La febbre』(Pieraccioni)では、確か映画の最初のシーンがコーヒーが沸き出している最中のモカを至近距離から拡大撮影したもので、以後カメラが次第に後ろに下がっていって、初めて観客に、それがコーヒー沸かし器だと分かるというおもしろい趣向を凝らしていたとも記憶しています。
夫の伯母が一度、Mokaの発売当初に、購入をめぐって家族会議を開き、購入が決定したとき、そして購入したばかりのMokaで、初めてコーヒーを入れて飲んだときの感動を語ってくれたこともあります。
ところが、4月8日に、この今でも愛される伝統のコーヒー沸かし器の製造拠点が、イタリア国内から東欧へ、おそらくはルーマニアへと移転するであろうというニュースがありました。わたしは当日RAI3の昼のテレビニュースで知ったのですが、夫がこの日持ち帰った新聞紙、『Corriere della Sera』にも同様のニュースを伝える記事がありました。
記事の見出しには「ビアレッティ社、イタリア工場の閉鎖。コーヒー沸かし器はルーマニアで製造か」とありますが、具体的に記事を読んでいくと、今後労働者たちとじっくり協議を行う予定であるとのことです。そして、「カプセルコーヒーの販売躍進などによる生産規模縮小と安い経費で製造できる国の業者の台頭のために企業経営が苦しい状態にある」ことや、「おそらくはMokaすべての製造をどこか東欧の国に移転する可能性がある」ことに触れています。デザインの開発や品質基準の決定は、イタリア国内で行われるとのことですが、テレビニュースを聞いていても「made in Italyの代表的商品の製造が海外で行われること」を危惧する様子が伝わってきました。
たとえ、製造が国外に移っても、今までどおり品質をきちんと保証できる、おいしいコーヒーが家庭で味わえる品を製造し続けていってほしいものです。
*追記(4月13日)
関連記事「伝統のカフェVSジョージ・クルーニー」をメルマガ第42号に執筆しました。上記の新聞記事について、イタリア語の原文を一部紹介し、読解力や語彙力の強化を図っています。また、口ひげの紳士が主役のテレビコマーシャル(1959年)へのリンクも掲載しています。興味のある方はぜひお読みください。
しかし、この工場移転により、イタリア人の雇用は失われ、国の税収も減少する。
イタリアの国家から見ると、非常なデメリット。
現在の日本と中国の関係も同じですが、日中では通貨が異なり、中国は政治的に人民元を安くしている。だから、人件費も安い。
労働の対価である人件費が、国により差があっても良いものであろうか、と思う今日この頃です。
(同一労働 同一賃金でなければならないのではないか?)
メルマガと合わせて読みました。ジョージ・クルーニーをからめてこの問題を記事にするのはおもしろい(語弊があるかもしれませんが)ですね。
友人宅にもこのネスプレッソがあって、一度コーヒーを飲ませてもらいました。味はホントにバールで出されるようなコーヒーで感激しました。でも、カフェッティエラのコーヒーとはまた別モノのような気がします。洗ったりメンテナンスするのにはカフェッティエラのほうが簡単そうだし、イタリア人は家庭でのコーヒーの入れ方にみなさん一家言ありそうで(モカはこう入れる、どのタイミングで火を消すとかecc)、コーヒーを入れる一連の流れも楽しんでいる気がします。ネスプレッソの家庭への浸透度、どれくらいなんでしょうか?ネスプレッソは家庭よりも職場にあったら嬉しいな、と思います。
私もイタリア語を勉強していて、一時期ペルージャの大学にも行きたいと真剣に考えていた時があったので、過去の記事もたいへん興味深く読ませて頂きました。今後の記事も楽しみにしています。
でも、「まさにバールの味」というのは聞いたことがあります。個人の好みや所得格差、それぞれの地域の流行もあると思いますが、わたしの友人・知人・親戚の大部分はまだMokaのみを使っています。
家にエスプレッソマシンがあるのは、家族が多いごく一部の家庭で、しかも客がいたりして人数の多いときには電気式のものを使うけれども、ふだんはMokaでコーヒーを入れる場合が多いかと思います。たとえば、夫の両親も、わたしたちが数年前のクリスマスに贈ったエスプレッソマシンを持っていますが、使うのは日曜日の昼食後や来客時などだけで、それ以外は毎日毎回Mokaを使っています。長年の習慣でもあるし、沸かすコーヒーがわずかなら、電気式の方がかえって手間がかかるからかと思います。(次のコメントにつづく⇒)
ウンブリア州というのは、言語にせよ、慣習(食べるもの、これまで使ってきた製品など)にせよ、保守的な傾向があるということですし、他州の出身者にしても、わたしがつきあいのあるイタリア人たちもどちらかというと自分のスタイルやこれまでの在り方を大切にする人が多いからかもしれません。
今度授業中に若い学生たちに聞いてみますね。いつかコーヒー沸かし器の売上高の比較や推移を扱った記事を見つけたら、具体的な数字を皆さんにお伝えしてみたいと思います。
興味を持って読んでいただけたようで、うれしいです。これからもよろしくお願いしますね。