2010年 04月 20日
春山のトレッキング ~ブナの巨木を目指して

夫のお気に入りのトレッキングコースは、アッペンニーニ山脈のAlpe della luna、Badia Tedalda周辺の山登り、あるいは川沿いに上流や源を目指して歩いて行くというものです。最近は長い間、わたしの体調が優れなかったり、天気がぐずついたりしたために、本格的な山歩きをしていませんでした。そのため、先週土曜日は、夫の「せっかくの休日を家で過ごすのに耐えられない病」が悪化。
わたしも久しぶりに自然の中を野の花を眺めながら歩いてみたいと思っていたため、土曜日は天気が悪かったので、4月18日の日曜日に、遠出をして山歩きを楽しむことにしました。

ペルージャから車で北へ向かい、サンセポルクロ(Sansepolcro)で無料高速道路(superstrada)から下りて、アッペンニーニ山脈へと山道を登って行きます。出発から1時間余りで、Viamaggioの教会(上の写真)に到着。851mの高みにあるこの教会脇に駐車して、登山靴(scarponi、複数形)にはきかえ、リュック(zaino)を背負い、杖(bastone)を片手に、いざ出発。目指すは、巨大なブナの木(faggione)。

これが目的地であるブナの巨木です。どれだけこの木が大きいかは、青いセーターを来て、幹に背を持たせかけている夫やその向かって右側にある水色のリュックサックの大きさと比べるとご想像がつくかと思います。ブナの木はイタリア語でfaggioと言い、アッペンニーニ山脈の森林にはブナの林がたくさんあるのですが、この木を「faggione」と呼ぶのは、この木が桁外れに大きいため、語末につけて、並みのものに比べて大きいことを表す拡大辞、‐oneを使っているからです。

まずは、斜面をどんどん下っていき、川を渡ってから、再びひたすら登らなければいけないという、久しぶりにしてはずいぶん体力的に厳しいコースです。上の写真で、右上の山の中腹に見える鮮やかな緑色の部分は、森林に囲まれた広い草原(prato)なのですが、この草原を後にして、さらにぐんぐん山道を登りつめたあとでようやく現れる新たな草原に、この巨大なブナの木があります。
写真では分かりにくいのですが、右手の草原には野の花が一面に咲き、道の左手にある草むらの間を水が流れています。

そして、この水の流れの両側には、そこかしこに、ツクシが頭をもたげています。わたしは、イタリアでもツクシがあることにびっくり。夫は、わたしから「日本ではツクシを食べる」と聞いてびっくり。夏の登山中、スギナ(coda cavallina)が水辺にたくさん生えているのを見かけることは多く、夫が「乾燥させると、骨を鍛える薬になる」と言いながら収獲するところも何度も見ていたのですが、ツクシがそのスギナの胞子茎だとは思いもかけませんでした。そもそも、夫がcoda cavallinaと呼んでいるこの植物を日本で見たことがなく、恥ずかしながら、日本にあるとも和名があるとも知らなかったのです。

ずんずん坂道を下って、渓流にさしかかりました。春先は水が多いので、川水を石に投げ込んだりして、足を濡らさずに川を渡れるように工夫する必要があります。
最初の難関であるこの小川を渡ったあとは、いよいよ本格的な登山の始まり。ひたすら山道を登って行きます。
わたしは登り道は苦手です。特に、いつまでも果てしなく続く登り道では、苦しいので息を切らし、しばしば立ち止まって休みながら歩いていきます。

そんなとき、目を楽しませ、心を励ましてくれるのが、美しい野の花です。今回の散歩では、プリムラ(primula)が道の両脇や草原のここかしこに咲いていました。そして、スミレ(violetta)も野山に美しい彩りを添えていました。

家は朝9時過ぎに出発。途中でカップッチーノ休憩も取りながら、車でトレッキングの出発地点に到着し、歩き始めたのが10時半。長い長い登り道を歩き続け、12時半過ぎに、見晴らしのいい場所で、昼食休憩を取ることにしました。

上の写真で夫が立っているのが、わたしたちが昼食を取った場所です。前方に大きな長い屋根が幾つか並んでいるのが見えるのですが、その並んだ屋根の右上に見える赤い屋根の家よりもさらに上の方に、わたしたちの散歩の出発地点である教会があります。が、残念ながら、木々に隠れていて見えません。
教会を出発してから、まずはこの赤屋根の家まで坂道を下り、さらに大きな長い屋根の並ぶ家畜の飼育場の脇を歩き続けてから、白い屋根の左側に細く見える小道を川まで下り、その後ひたすら坂道を登り続けてここまでたどり着いたのでした。
夫曰く、「まだ半分も歩いていないのに、もう休憩?」
「ここで休まないと、もう先に進めない」と、わたしも開き直って強く主張し、ゆっくり休みながら、まだまだ続く登り道を見やります。

昼食後は、夫がカメラを担当。ゆっくりゆっくり登るわたしを待つ時間も活用して、花や木々、苔むした岩などをパチリと撮影。

目指すブナの巨木が立ちそびえているのは、アッペンニーニ山脈の高みに広がる草原です。その草原が近づいてくると、目に入る愛らしいクロッカスの花(croco、複数形はcrochi)がどんどん増えていきます。

10時半から歩き続けて4時間ほど、14時半近くにようやく巨大なブナの木までたどり着くことができました。クロッカスやプリムラ、スミレの花咲く広い草原に、孤高を守り、何百年も昔から立ちそびえるFaggione。たくましい根は、美しい緑色の苔に覆われ、隆々たる枝は、四方に長く、そして空に向かって高く伸びています。どっしりとした揺るがぬ幹を、この森林の間に潜む草原の上に据えて、もう何世紀もの間、山や獣たち、山歩きをする人々を見守り、はるか彼方の下方に見える人間たちの築き上げた町を遠くに眺めてきた、威厳あふれる山の主。
感嘆の思いで、さまざまな角度からFaggioneを見上げ、眺め、それから、すっかり疲れ果てた体を休めつつ、遠くに見える山々や自分たちが歩いてきた道を眺めていると、はるか上の方から夫の声がします。
「ここまで登ってくれば、ぼくたちが出発した地点も見えるよ!」
そこで、最後の力をふりしぼって、Faggioneの立ちそびえる広い草原をさらに上へ、上へと登って行きました。

夫の言うとおり、わたしたちの出発地点の教会の鐘楼や、歩いて脇を通った畜舎の屋根の連なりが遠くにですが、はっきりと見えます。少し空が曇ってきたのですが、それでも遠くの山々まで見渡すことができます。
荘厳なFaggioneと美しい景色や花々に感謝しながら、Faggioneに別れを告げ、帰途につきました。


イタリアにもツクシあるっていうのは驚きましたよ。
夫が山登りが好きなおかげで、わたしもイタリアに来てから、高い山を歩くことが多くなりました。歩くのは大変ですが、美しい花や景色を見ることができて、心が洗われる気がします。わたしも、イタリアで初めてツクシを見たときは、びっくりして、自分の目が信じられませんでした。

