イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

食の安全と酪農の危機

 いつも口にしている牛乳やチーズなどの乳製品は、本当に安全で、品質のしっかりしたものなのだろうか。6月9日木曜日放映分の『ANNOZERO』を見ていて、ひどく不安になりました。夫も、「何を信頼して、食べていいのか分からない」と言いました。

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 ミケーレ・サントーロ(上の写真)が司会を務めるRAI2の『ANNOZERO』というこの番組と、やはり国営放送のRAI3の番組『Report』は、よくベルルスコーニ首相から敵扱いされています。これは、これらの番組が、他のニュース番組や新聞が取り上げない汚職問題や環境汚染、いわゆる裏口入学などのさまざまな社会問題を取り上げる中で、首相本人、そして、自分たち政治家や与党が、知られたくないような事実を扱い、イタリア国民の前に明らかにしていくからです。

 かつてすでに、ベルルスコーニはサントーロを含む「自分に都合の悪い」ジャーナリストたちをテレビ界から追放したことがあり、その中には、故人となった、名ジャーナリスト、エンゾ・ビアージも含まれます。昨夜の放映を、撮影したものです。

 2時間20分余りの放映中、最初の15分間ほどは、サントーロの首相への長い提言、反論となっています。これは、この日、ベルルスコーニが「古臭い憲法で国を治めるのは地獄だ」と爆弾発言をした上に、このところ様々な手を使って、当番組を放映停止にしようと動いているからです。

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 上のビデオ映像の14分30秒目あたりから、ようやく番組が本題に入ります。
 
 イタリア北部、ポー川流域、「Padania」と呼ばれる地方の酪農家たちが、大変な苦境に置かれている様子が次々と明らかにされていきます。

 牛乳(latte)を生産するのに、酪農家がかける経費は、1キロ、1リットルあたり36セントであるにも関わらず、市場をしきる数少ないヨーロッパの多国籍企業が自分たちに都合のいい値段を決め、1リットルわずか28セントでしか買い取りません。40セント受け取れなければ生活も経営も成り立たないということですから、これだけでも、赤字が重なるのは必然です。

 この1リットルの牛乳が、「スーパーでは1.60から1.80ユーロで売られ、ときには、2ユーロすることもあるのに、生産者に28セントしか払わないのは許せない」と、スピーカーを通して、デモに参加する同志に呼びかける姿も、放映されています。ペルージャでは、1リットルの牛乳は1ユーロほどでも買えるのですが、それにしても、店頭価格と酪農家から買い取る値段が違いすぎます。苦労をして牛乳を生産している酪農家に利益がまったく還元されず、他者が利益を享受しているわけです。

 しかも、ヨーロッパ連合(Unione Europea)で、イタリア国内では、イタリア国民が消費する牛乳の半分にあたる量しか、牛乳を生産できないことになっており、その生産量を上回ると、罰金が課せられます。政府や自治体が払うと言っていた罰金が、生産者の負担となり、365日、毎日早朝5時に起きて働いても、牛乳の買取値が安く、生産しすぎれば罰金を払うこととなるため、膨大な借金だけが雪ダルマ式に増えていくという悲惨な状況にある酪農家が多数あるようです。

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 そういうわけで、酪農家たちも立ち上がり、ヨーロッパ連合やイタリア政府などに向けて、デモンストレーションを起こしています。(上の写真)

 そして、問題は、代々受け継いできた家業である酪農を放棄しなければいけない小企業が無数にあるということだけではありません。

 国内では半分しか生産できないため、必然的に、あとの半分は国外から輸入することになるわけですが、この牛乳の素性や品質が非常に問題なのです。イタリア国内では、粉ミルク(latte in polvere)が混入したものは、普通の牛乳(latte)として売ることができず、国内生産の牛乳は品質が厳重に管理されています。一方、番組では、粉ミルクに水や牛乳を混ぜて、長期保存の牛乳を大量に作るドイツの工場を、取材していました。この「牛乳とは呼べない牛乳」が、毎日10~18台の大型トラックに積まれて、ドイツからイタリアじゅうに運び込まれ、イタリア国内で、そのまま、あるいは、イタリア国産の牛乳と混ぜ合わされて、瓶や紙パックにつめられ、イタリア製品(prodotti italiani/made in Italy)とて表示され、スーパーに並ぶわけです。

 そして、こうした国外から来る胡散臭い牛乳、素性も品質も分からない牛乳が、さらに、チーズやバターなどの乳製品の製造にも使われるのです。現在は多国籍企業ネスレの傘下にあるペルジーナで働く義弟も、ミルクチョコレートを作るには、粉ミルクを使うと言っていました。

 ドイツやオランダなどのヨーロッパ各国の業者が、こうした牛乳を輸入する先は、ニュージーランドやウクライナなど、世界各国に及びます。また、イタリア国内で品質を管理する専門家によると、イタリアでは違法な「粉ミルクが混入した牛乳」が、他のヨーロッパの国では合法なために、検査することもできないのだそうです。

 酪農家が生産を制限され、生産量を超えると罰金を課される、その牛乳。一方で、イタリア国内の消費者が、そのため口にすることを余儀なくされる国外から来る牛乳、乳製品は、素性も品質も分からぬもの。

 これでは、酪農に関わる人々が憤るのももっともです。そして、わたしたちの健康や環境、政治・経済に関わる大問題です。巨大な多国籍企業が市場価格を己に都合のいいように決め、やがては、牛を大量に、そして機械的にしか扱わないような酪農家しか残らない可能性もあります。

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 こちらが、今回の特別番組のタイトルです。「ポー川流域(で、酪農を営む小中企業)、破産(の危機)」という意味で、( )内は意味を補ったものです。「essere [ridursi] al verde」は、「一文なしである、(財産などを)使い果たす」という意味で、これは、「昔ろうそくの元の部分が緑にぬってあった」からです。(この連語の説明は、小学館の『伊和中辞典』から、引用しました。)

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 政治家の汚職などを数多く告発するジャーナリスト、マルコ・トラヴァッリョが、番組中、辛口に国営放送RAI1のニュース報道姿勢を批判する場面もありました。(上の写真)スペインを始めとするヨーロッパ各国は、このところニュース枠の多くを経済危機に割いているのに、イタリアでは、どうでもいいニュースや国民の意識を経済危機から意図的にそらすようなニュースばかりが報道されており、たとえば、「ダイエット」、「犬にも服を着せるのが流行」といった馬鹿げたニュースで国民の目を、本当に大切な現実からそらしていると言うのです。

 イタリアをよりよく知ろうと、わたしが最近買った本の中に、『Così ci uccidono』(訳は「こうやってわたしたちを死に追い込むのだ」)という1冊もあります。テレビで書評を聞くと、一般のイタリア国民に知られていない(ジャーナリズムや政府、地方自治体や企業が隠している)環境汚染や健康に害をもたらす食料品などについて、綿密に取材をして語ったもののようです。

 ただし、これは、イタリアだけの問題ではなく、たとえば日本にしても、エイズ薬害事件や森永粉ミルク事件など、害をもたらすのが分かっていながら、己の利益のために企業も政府官僚も口をつぐみ、ジャーナリズムもそうした状況を野放しにしていたという事実があります。今も、日本でそういった問題がないのか、それとも、存在するのに、企業や政府が目をつむり、ジャーナリストも取材の矛先を向けていないだけかを考えてみる必要があります。

 英語でのコミュニケーション力をさびつかせないために、この春から、1時間のヒアリングテープつきの英語学習雑誌、『English Journal』と『Speak Up』(これはイタリア人向けで、イタリア国内で販売しているものです)を二つとも年間予約購読し、毎日できるだけ、家事をする際に、聞くようにしています。

 『English Journal』の春先の号の中に、日本のイルカ漁を扱った映画の制作をした監督のインタビューがあり、中で監督が、「魚肉の汚染が著しいことは、検査結果を見れば明らかなのに、呼びかけた新聞社のうち、一社として取材に乗り出すところがなかった」と、語っているくだりが印象に残っています。

 国民や消費者が、情報をきちんと収集し、安全な食品を食べ、安全な環境の中で、安心して暮らしていけるような町づくり、国づくりを、主体的に行っていく必要をつくづくと感じました。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2010-06-11 01:00 | Sistemi & procedure | Comments(0)