2010年 07月 21日
バーチとアンゴラの意外な関係 ルイーザ・スパニョーリが考案、バーチチョコもアンゴラうさぎの毛の利用も
銀色の包み紙を開けると、ブラックチョコレートとヘーゼルナッツでできたチョコレートと共に、小さな紙片が入っていて、この紙片には、愛や恋に関するしゃれた文句が、5か国語で書かれています。
たとえば今手元にある紙片を見ると、こうあります。
Il rumore di un bacio non è forte come quello di un cannone, ma il suo eco dura molto più lungo. (O.W.Holmes)
「口づけの音は大砲の音ほど激しくとどろきわたることはないが、その反響は、はるかに長く続くものだ。(O・W・ホームズ)」 (「 」内は石井訳。以下も同様。)
Amare è scegliere, baciare è la sigilla della scelta. (Anonimo)
「愛することは選ぶことであり、口づけはその選択の封印である。(作者不明)」
(石井注:実は紙にはsiglaとあるのですが、英語版にsealとあるため、sigillaの間違いだと思います。)
商品名にちなんで、特に「口づけ」(bacio, baci)という言葉が含まれたものを選んでご紹介しましたが、他にも、こんな言葉があります。
Il cuore è una ricchezza che non si vende, non si compra, ma si regala. (Proverbio)
「心は、売ることも買うこともできず、贈ることだけができる富である。(ことわざ)」
L’amore non fa ruotare il mondo, ma rende la rotazione piacevole. (F.P. Jones)
「愛が世界を動かすわけではないが、愛のおかげで世の営みは心地よいものとなる。(F・P・ジョーンズ)」
というわけで、バーチのチョコレートを食べるときには、この中に入っている言葉を読むのも、楽しみの一つです。今回は、わたしの集めたバーチの紙片の中から、特に気に入っている言葉のいくつかをご紹介しました。
ブラックチョコレートとヘーゼルナッツを使って、バーチを作ろうと思いついたのは、ペルージャの女性企業家、故ルイーザ・スパニョーリ(Luisa Spagnoli、1877‐1935)です。もともと、他の菓子を生産する過程で余ってしまうヘーゼルナッツを有効利用しようという発想から生まれた商品であること、そして、最初は形が不規則で、商品名がcazzotti「げんこつ」であったことは、すでにイタリア語学習メルマガ第14号でも詳しくご紹介しました。
けれども、その創立者の一人であるルイーザ・スパニョーリの名前は、今でも、女性服飾業界、ファッションの世界で周知のブランド名として、通用しています。ルイーザ・スパニョーリの最新のコレクションに興味のある方は、こちらの同社のウェブページで、その数々をご覧になることができます。
ただ、今回ルイーザ・スパニョーリを取り上げたのは、彼女の発明家精神について、お話ししたかったからです。余ったヘーゼルナッツの利用からバーチを考案したというのも、もちろんその一つ。ただし、このことは、日本でもご存じの方がいらっしゃるかもしれません。
一方、意外に知られていないのが、アンゴラウサギの毛を、ニット製品に使うことを初めて考えたのも、このルイーザ・スパニョーリだということです。さらに、彼女は、毛を刈り込むのではなく、櫛で梳かして採るという方法を思いつきました。
ルイーザ・スパニョーリ社の本部や工場は、長い間、ペルージャ郊外のサンタ・ルチーアという地域にありました。実は、この地域は、我が家とミニメトロ終着駅であるピアン・ディ・マッシアーノ駅のすぐ近くにあります。
義父母によると、数十年前には、サンタ・ルチーア地域に住む農民は、ルイーザ・スパニョーリに提供するために、皆アンゴラウサギを飼っていたということです。
現在では、機械化および工場の海外移転が進み、サンタ・ルチーアには、ルイーザ・スパニョーリ社の本部と企画・研究開発部だけが残っています。
昨年、通訳の仕事で、日本企業の社長さんのスパニョーリ社訪問に同行した際に、社の歴史博物館を訪れ、そこで、こうした話を伺ったのですが、この博物館内には、初期のバーチ製造工場の写真や、何列にも並ぶ椅子に座った女性たちが、一斉にアンゴラウサギの毛を梳いている写真など、興味深い写真が、たくさん展示されていました。
「アンゴラウサギの毛の利用は、ルイーザ・スパニョーリが考案したもので、さらに特許も取ったために、Angoraを商標として使えるのは、我が社だけなんですよ。」と、同社代表の方が、誇らしげに説明されていたのを思い出します。
ルイーザ・スパニョーリ社および同社に歴史的に関連のあるペルジーナは、現在もペルージャの主要な企業であり、どちらも機械化などによって、かなりの人員削減が進んだものの、今でも多くの人が働いています。
わたしたちの周囲にいる人だけみても、たとえば、夫の弟がペルジーナに勤めていたり、友人のルーカのお母さんがかつてルイーザ・スパニョーリ社で製品の品質管理を担当していたりします。実は、通訳でスパニョーリ社を訪れたあとで、夫の従姉から「この間、うちの工場に来てたでしょう。上司と一緒だったから、声がかけられなかっんだけど。」と言われて初めて、彼女も同社で働いていることを知りました。
ルイーザ・スパニョーリ、そして彼女の関わった企業が、長年にわたって、地域産業の発展に貢献してきたために、ペルージャの多くの人々が、その歴史に関わっているわけです。
チョコレートから、アンゴラニットまで...、その発想力たるや!
そして、その毛の採りかたひとつをとっても、
彼女の優しさを感じました。
それにしても、チョコレートのメッセージが、なんとも素敵。
心は贈ることだけができる富...だということわざに、
じ〜んとしました。
いつも、興味深くて愉しいお話をありがとうございます!
百年前と言えば、労働者の権利はないがしろにされがちで、働く女性の便宜を図って社内にこうした施設を設ける動きが日本や西洋で始まったのは、つい近年だと思います。
優しさと共に、彼女自身が女性であったから、女性の視点を取り入れた、温かい経営ができていたのだと思います。
バーチのメッセージには、胸に温めておきたいすてきな言葉もありますが、時々皮肉が辛辣で、それはそれでおもしろいものもあります。また、おいおいご紹介していくつもりです。
こちこそ、いつも優しいコメントをありがとうございます。