イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

生きるに値しない命

 発想は、昔話の『姥捨て山』。戦時中、経済的困難に陥った国の統治者の頭に浮かんだ恐ろしい政策。働かず生産しない人間のために費用を費やし、働く人々に回る金銭が少なくなるのを防ごう。そして、近代科学の曲解と悪用。遺伝病を負う人に不妊手術を強制し、また子供は抹殺することによって、国家が膨大な費用を、「無用な人間」のために浪費することをなくそう。

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 近代科学における遺伝学の発達。アメリカでは電話を発明したベルがまた、聾唖者に不妊手術を施して、耳の聞こえない子供が生まれないようにしようと提案。遠い遠いドイツで、ニュースを耳にしたヒトラーが、それを日記に書きとめ、やがて、遺伝学が進んだはずの、また精神病患者に対する療法も、世界的にみて発達したはずのドイツで、精神病患者や身体の不自由な人々、遺伝病を持つ子供たちが次々に、国家によって殺されてゆく。1939年から、戦後の1946年まで続いたこのT4作戦によって、数は統計によって異なるものの、30万人もの人々が殺されたことになります。

 ユダヤ人大量虐殺については、だれもが知っていると思うのですが、昨夜、イタリアのLA7、『AUSMERZEN. Vite indegne di essere vissute』(訳すと、『根絶する ~生きるに値しない命』)で、マルコ・パオリーニが一般には知られていない恐ろしい事実を、聴衆の前で、語っていました。

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 子供の親たちは、自分たちのかかりつけの医師から、「危険性は高いものの、これまで治療不可能とされていた病気の治療法が見つかったので、もしお子さんに治療を施そうと望まれるなら。」との言葉を聞き、その言葉に希望を託して、子供を引き渡します。ところが、まずは近くの病院に運ばれた子供は、やがては遠方の病院に移され、そこで死を迎えることになるのです。

 これが遠い国に起こった過去の話だと思って耳を傾けないように、と、語りの途中、どこかでパオリーニが言いました。

 人間を人種・国籍などで差別する風潮がある限り、だれかが声高に叫ぶ声に、知らず知らずに、自らの判断力を失い、周囲に同調してしまう傾向がある限り、そうでなくても、人間、いつの時代にも、こうした恐ろしい大量虐殺の加害者に、そして、被害者になってしまう可能性があるのだということが、話を聞き進めるうちに、分かってきます。

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 500人の医師が、命を救うはずの、良識あるべき人々が、罪もない人々や子供、弱い立場にある人々を、次々と死に追いやり、それをただ「使命」だと感じる…… 

 だれの命も尊いのだということを、人が人を差別するのがいかにおろかなことかを、わたしたち一人ひとりが胸に刻み、子供たちに教えていかなければいけないと、つくづく思いました。

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 今日、1月27日は、イタリアでは、Giornata della Memoria。ユダヤ人の大虐殺・迫害、強制収容所に送られたイタリア人、そして、自らの命を顧みず、ユダヤ人を助けたイタリア人を、記憶に呼び起こす日です。1月27日が選ばれたのは、ソビエト軍がアウシュヴィッツの強制収容所を発見し、残り少ない生存者を解放した日だからです。

 人がいかに残酷なことをなしえるか、を心に刻み、二度とこうしたことが起こらないようにするためにも、大切な記念日だと思います。昨夜の、『AUSMERZEN. Vite indegne di essere vissute』も、この「追悼の日」を前に、実施され、放映されたのですが、RAI1で放映されたナポリ対インテルのサッカーの試合と重なる日時に、170万人の以上の視聴者が、こうした番組を視聴したという事実、こういう歴史を深く掘り下げ、社会に強く訴えるような深刻な作品を評価するイタリア人が大勢いるという事実を、とても心強く思いました。国営放送RAIには確かにすばらしい番組もたまにあるのですが、RAIや首相のMediasetで、娯楽的なあるいは、殺人を扱った番組がいたずらに多い中で、こういう良質の番組を創り上げ、視聴者に提供したLA7にも、拍手を送りたいと思います。

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 そういう理由で今日は、ユダヤ人迫害やホロコーストをテーマにした催し物が、イタリア各地で開かれ、テレビでもさまざまな関連の番組や映画が放映されています。午後は、同じくLA7で、『Train de vie – Un treno per vivere』という美しく、楽しくも哀しい映画が放映されました。ちなみに、同じ監督の作品、『オーケストラ!』(リンクはこちら)も、すばらしい名画で、映画館で美しい音楽と共に繰り広げられる人間の悲喜劇に、一昨年だったかイタリアの映画館で見たとき、夫と二人で、映画を見てこんなに感動したのは久しぶりというくらい感動しました。

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 二度と悲劇を繰り返さないために、こうやって日を設けるのは大切なことだと思います。ただ、その一方で、ある特定の国・宗教の人、ヨーロッパ連合圏外の人が「犯罪者を犯しやすい」ような印象を抱かせるようなニュース報道、そうした人への差別を煽るような政治家の発言があることや、アフリカからイタリアを目指す人の中には、祖国では命に危険がある亡命者も多いのに、亡命の権利を認めずに、やみくもに国境で追い返そうとしていることが気になります。

 社会的に一番弱い立場にある人が、幸せに生きていける社会こそが、だれにとっても、本当に暮らしていきやすい世の中であるとすれば、イタリアにはまだまだ、課題が多いというのが現状です。

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 最後に、ユダヤ人迫害に関連するイタリアの名画を、二つご紹介します。『ライフ・イズ・ビューティフル』と『向かいの窓』。イタリア語の学習にも役立ちますので、興味のある方はぜひご覧ください。興味のある方は、下記リンクを参考にしてください。

 昨夜、『AUSMERZEN. Vite indegne di essere vissute』を見逃したイタリア在住の方に。今日夜8時からのLA7のニュースで、「好評を博したので、見逃した人のために、土曜日の夜に再放送の予定」だと言っていました。ぜひ、ご家族でご覧ください。

 写真は、いずれも、夕焼けのラヴェルナ(La Verna)です。

関連記事へのリンク
- 繰り返してはならぬ悲劇 (映画、『ライフ・イズ・ビューティフル』を紹介)

参照リンク

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by Acui/Yuka at 2011-01-28 11:37 x
文章だけなのに涙が出そうになりました。
正義をかざすだけで人というのはどこまでも残酷になれるのですよね。
自分は正しいのだ、と思いこんでいる・主張している人は平気で人を傷つけることができるということを私はよく知っています。
人は経験から歴史から学ばねばなりませんね。進まねば。
恨む気持ちは過去においてきつつも、自分たちがしたことされたこと等はきちんと知った上で生きていきたいと思います。
Commented by milletti_naoko at 2011-01-28 19:08
Acuiさんへ

ユダヤ人大量虐殺、強制収容所と聞くと、そんな恐ろしいことは二度と起こるはずがないと思い、極端な例外のように、そして、遠い昔の話のように思いがちですが、この夜の語りは、もしそういう政治的風潮の中、あなたがその医師、看護婦だったら……と聴衆の一人ひとりに問いかけていました。遠藤周作の『海と毒薬』も思い出したのですが、本来、教育を受け、科学を学んだはず、人の命を救おうとして職についたはずの医師たちでさえ、こういう殺人に携わり、やがては自分たちの行いに何の疑問も抱かずにいるようになるという恐ろしさ…… むやみに用不用を訴え、人間同士の差ばかりに目を向かせるのではなく、命の大切さを教えていく必要があると思います。
Commented by bluestargioia at 2011-01-28 19:27
直子さん、はじめまして^^
いつもブログを楽しみにして読んでおります。
私は普段、全くテレビを見ないため、このような情報は大変ありがたいです。
早速、土曜の夜、見てみたいと思います。
170万人以上の視聴者がいたとの事、イタリアにも意識が高い人たちがいるのだと知って、ほっとしました。
Commented by milletti_naoko at 2011-01-28 20:13
bluestargioiaさん、はじめまして!

こちらこそ、ありがとうございます。こういう内容の記事はどうかなと思いつつも、書かずにはいられなかったので、一人でも共感して、番組を見てみようという方がいてくださると、本当にうれしいです。少し前に、RAI3で放映していた、Fabio FazioとRoberto Savianoの"Vieni via con me"も、イタリアの抱える様々な問題を鋭く切り込み、視聴者の心に訴えかけるすばらしい番組だったのですが、こういうすばらしい番組を創り出すスタッフとそれを見ようとする大勢の視聴者がいることに、わたしもほっとしました。RAIもMediasetも、少し視聴者の知的・心的レベルを低く見積もりすぎるきらいがあるのではないかと思いますが、こういういい番組の成功が、良質の番組が増えていくことにつながってくれたらと願うばかりです。
Commented by bianchi_saitoh at 2011-01-28 21:40 x
昨夜、NHKのBSで緒方貞子さんのUNHCR時代についてのインタビューが特番で放送されました。
コソボ難民、ボスニア紛争でのサラエボ入り、ルワンダ難民など
在任期間だけでもこんなにありました。
話の中に無事だった自宅に戻って暮らし始めても回りの人達と民族が違い無視され続け、それが原因で我が家を離れる人達の話を聴きました。
いまだに隔たりが続いていると・・・。

歴史的背景があるにせよ未来に進まなくてはいけないのに、ヒトは自分の愚かさに気がつかないのでしょう。
人類の永遠の課題でしかないのでしょうか?
Commented by milletti_naoko at 2011-01-28 22:15
bianchi_saitohさんへ

永遠の課題ではあると思うのですが、人類が少しでも歴史から学んでいけたらと思います。国や民族どうし、異なる宗教の人々への偏見も、実際にだれかそういう人を一人でも知っていくことによって、なくなることも多く、やはり国や学校の教育と共に、多くのいたずらな情報に惑わされないようにすることが大切かと思います。「追悼の日」も、広島の平和記念資料館もそのためにあるはずです。ある国や宗教、職業の人をひとくくりにして糾弾する固定観念に満ちた発言を、最近、日本、イタリアに限らず見かける機会が多いのが気になります。「追悼の日」でさえ、この当日に、「追悼するものなど何もない」と、イタリアの重要な遺跡や建築物に落書きをする心ない人も、またいるのですが、同時にすぐにこうした落書きを消して、「最近の若者が、テレビやニュースで描かれるような若者だけではないことを示そう」とする若者たちの姿も、ニュースには登場していました。
Commented by かや at 2011-01-29 00:41 x
こんばんは。
これはひどい…。ユダヤ人大虐殺が有名ですが、こちらも恐ろしいですよね。
国家のためとか財政のためとか、そんなことで、罪の無い大勢の人の命が奪われるなんてことはあってはいけませんよね。

日本は高齢化と少子化が進み、財政も悪化する一方ですから、不安になります。

勉強になりました。感謝の凸\(^ー^)ぽち!
Commented by milletti_naoko at 2011-01-29 01:36
かやさん、こんばんは!

やはりこうした出来事は、遠い昔の遠い国のこととしてでなく、現在の歴史を作っていく自分たちにとっても、関わりの深いことだとする意識が大切かと思います。イタリアも、最近は内政の混乱、経済困難に加えて、アルバニア、チュニジア、エジプトなど、近隣の国々が次々と政情不安定に陥り、不安の要素は数多くあります。

ぽちをありがとうございます!
by milletti_naoko | 2011-01-27 22:35 | Feste & eventi | Comments(8)