2011年 03月 15日
春まぢかの野菜畑

地震情報を追って、時間があればパソコンにかじりついていたわたしが、昨日久しぶりに、野菜畑(orto)に出てみると、隣家の庭に、紅梅を思わせる美しい花が咲いていました。義母と夫によると、梅ではなくて、ザクロ(melograno)の花だということです。

天気のひどく悪い日で、暗く空を覆う間から、時々日光が差し込むと、光を浴びた花は、すっかり違った表情を見せてくれます。

野菜畑に下りる小道の左手にも、こうしてプラム(prugno)の木が、白いかれんな花を咲かせていました。お義父さんに尋ねると、植えたのではなく、種から自然に生えて育ったのだそうです。白い小さなつぼみも、たくさん見えます。

鶏小屋とウサギ小屋の間に立つこちらの木も、暗雲を背景に、美しい薄桃色の花を咲かせています。

あとで、義父母から、これは杏(albicocco)の花だと教えていただきました。

野菜畑では、まず、あちこちに生えているフダンソウ(bietola)の葉を摘み取りました。昨年、育ちに育って高くなったフダンソウから、種が畑じゅうに飛び散り、その種から、フダンソウの青菜が、そこかしこに、育っています。赤い矢印で示しているのが、フダンソウが、種から自然に生えてきた場所です。

フダンソウの葉のうち、内側の柔らかい小さな葉は、今後もしっかり育っていくように、残しておきます。外側のかたい葉や虫に食われた葉は、鶏たちにやろうと、鶏小屋を取り囲む柵の中に、放り投げます。鶏たちはうれしそうに、駆けつけてきて、ごちそうを食べています。

フダンソウのあとは、ルーコラ(rucola)の葉をいくつか摘みました。フダンソウと同じで、昨年育ったルーコラが花を咲かせたあとにつけた種が、畑に飛び散り、そこから自然に生えてきたものです。

3月17日に祝われるイタリア建国150周年を前に、3月11日には、イタリア各地の広場で、イタリア憲法、そして学校教育を擁護するための集会が、開かれました。中でも、首都ローマの集会は、多くの著名人も駆けつけて、盛大に行われたのですが、途中、1分間、日本の被災者に、全員が黙祷をささげる場面もありました。記事へのリンクは以下のとおりです。
(2018年3月追記: 現在ではリンクが無効となっていたり、当時とは異なるページが現れたりするため、リンクはすべて削除しましたが、当時存在していたリンク先の内容は分かるように、言葉を残しておきます。)
LINK⇒msn. Notizie - Costituzione e scuola, migliaia in piazza
“In una piazza stracolma, la folla ha osservato un minuto di silenzio per le vittime del terremoto in Giappone.” (Dall’articolo del link sopra)
イタリアのフェイスブック上にも、今回の地震にあたって、日本を応援しよう、日本のために祈ろうというページが、いくつかできて、たとえば、次のページには、現時点で、9582名の人が参加しています。
LINK⇒facebook – Solidarietà per il terremoto in Giappone 11.03.11

世界中で、わたしも含めて皆が、被災に苦しむ方々、そして日本のために、心を痛め、祈り、そして、応援しています。被災地支援のために募金をすること、募金の案内を広めること、と海外に住みながらできることは、残念ながら、ごく限られているのではありますが、自分にできることから、まずは始めています。
イタリアから、被災地の方に義援金を送りたいのに、どうしていいのか分からない、という質問を、多くのイタリアの方から、いただきました。下に、イタリア赤十字を通して、オンライン、または、銀行振り込みを通じて、イタリアからイタリア語で、日本への義援金を送れるサイトを案内しておきますので、どうかご存じのイタリアの方に、知らせてあげてください。
(2018年3月追記: 6年後の今はもうページが存在しないため、リンクは削除しました。)
日本が、被災地の方々が、穏やかに春の到来を喜べる日が、できるだけ早く訪れますように。
*追記
震災にあたっての心の持ち方、行動の取り方を書いた文章へのリンクを貼っておきます。どちらも心に迫り、目からうろこが落ちます。ぜひお読みください。
・Tia Loca V 「前向いて、歩き出そうか。」
・今宮岳司さんのブログ 「それでもなにかできることを。」、「あの恐怖と屈辱は、(後略)」



世界中からの支援のニュースを見ると感謝の気持ちでいっぱいです。
私事を言いますと自宅は片付けを終え、屋根もブルーシートで養生を完了しました。
隣の旭市に住む親類、知人が何人か津波の被害にあってますが無事でした。
今、自分達も燃料不足で車での活動は控えています。今日は地区にある神社の片付けをみんなでしてます。
カミさんの実家の宮城県登米市は昨夜電気が回復し、被災以来の無事の確認ができました。こちらよりも大変だと思いますが今は直接は何もできません。
何かを送るのもひかえないともっと困っている地域の迷惑になりますし・・・。
8才の下の子は下校途中で一人でした。通学路にある何トンもある石の鳥居が倒れ数分の差で難を逃れました。帰宅した時の顔は恐怖におびえてました。今も余震に過敏に反応してしまします。
計画停電は匝瑳市は被災地のためか今日の防災無線で当面は無いとのことで助かります。(これも何時までかわかりません)
桜が咲く頃、少しは落ちついていることを祈ります。
登米市で、ようやく電気が回復し、無事の確認ができたのこと、何よりです。イタリアでも大きな鳥居が崩れ落ちた映像が放映されました。わずかの差で危機を免れたのですから、過剰に反映されるのも、防衛本能ではないかと思います。家のお手入れに、生活の品不足。それでも、皆で神社の片づけをされようというのが、すばらしいと思います。まだまだ危険地域に取り残されている方や、生活必需品に事欠く恐れのある方も大勢いらっしゃるようで、うまく連絡が取れて、必要なものが必要な方に届きますようにと、祈るばかりです。

嬉しかったです。
東京は震災そのものの被害は特別なものはないように思いますが、TVでは原発の放射能漏れの問題を延々とずーっとやってます。
少し怖いです。
余震、隣県の原発異常、ガソリン・灯油の品切れ、計画停電、仕事の遅れ、そして真冬並みの寒さ、と…被災地でなくても次々に不安要素が重なってきます。それでも、被災地はもっともっと過酷な状態だということを考えたら、文句も言えません。また、県内でも僕の住んでいる所はまだ物資の流通に恵まれていますし、天気も良いです。
いつの間にか、会社の庭の椿や、近所の梅が花を咲かせていて、春なんだな~と感じますね。
青空の下に出て、自然に触れて、美味しい空気を吸える……当たり前のことの、ありがたみも感じます。
どうか原発の異常事態がこれ以上悪化せずに終息しますように…。
ザクロやプラム、アンズの花も、きれいなんですね~。
凸d(^ー^)pochi
地震の被害の上に、電気が供給できず、被災地周辺でも、毎日本当に苦労しながら、皆さんが生活されているんですね。この数日は寒さがことさらに厳しく雪も降り、被災地の方の健康が……というニュースを、イタリアからも何かできればと歯がゆく思いながら、見ました。原発の件、本当に心配ですね。日本の科学技術力できっと何とかなる、何とかできると皆で信じて、応援したいところです。
わたしは恥ずかしながら、義父母に聞くまで、みんなプラムの花だと思っていたのです。色合いも花も美しいので驚きました。応援クリックを、ありがとうございます。