2011年 03月 17日
150周年祭~ぼくらが未来の羅針盤

市の学校や、地域で活動する楽団、合唱団などが舞台に上がって、子供から高齢者までが、いっぱいになった会場で、建国記念の年を祝いました。

会場の壁も、子供たちがさまざまに描いたイタリアの絵で飾られています。

まずは二つの楽団による開幕の演奏です。

演奏のあとで、歌われた歌の中に、「国旗を振ろう」という言葉があり、聴衆も三色旗を振りかざして、演目に参加することで、すぐに舞台との一体感が生まれました。
このあと、日本の地震による被災者とリビアで内戦に苦しむ人々のためにと、全員が起立して、1分間の黙祷をささげました。司会の女性が日本に贈った応援の言葉が温かかったです。

再び、楽団による演奏が続いたあと、市長からイタリア建国記念を祝っての言葉がありました。1861年のイタリア統一まで、そして、それからのイタリアやコルチャーノ市の歩みが、説明されました。

喜劇俳優が、「ウンブリアの母はすばらしい!」などと、地域の団結意識も強めながら、笑いを誘う場面もありました。舞台の前に飾られた花も、やはり赤・白・緑と、イタリア国旗の色になっています。生けられた花の下では、コルチャーノの歴史的市街区の絵を、国旗が囲んでいます。

さまざな合唱団が、イタリア統一に向けて、また、イタリアという国を歌った歌を聞かせてくれたのですが、夫の属する合唱団、コラーレ・テティウム(Corale Tetium)は、ヴェルディのオペラ、『ナブッコ』の「行け、思いよ」(Va, pensiero)を歌いました。わたしが今回、ペルージャでなくコルチャーノの記念集会に参加したのは、そのためです。

それからは、地域の小学生・中学生たちが、イタリアの建国などについて、自分たちが調べたことを、次々に発表していきました。この小学校の生徒たちは、イタリア国旗の誕生について、説明しています。発表する手に持った冊子にも、三色旗とその色が効果的に使われています。

中学生たちは、歌と演奏のあとで、「イタリアの姉妹たちよ」(Sorelle d’Italia)という詩を披露していました。イタリア国歌の中では、「イタリアの兄弟よ」と、呼びかけているため、イタリアの女性に呼びかける詩を、自分たちで作ってみたようです。
写真では見にくいと思うのですが、全員の顔に、小さな三色旗が描かれています。

このあと、さらにイタリアの建国の父やイタリア語の誕生について、説明が続きました。

子供たちが祖国について、自分たちで調べたことを大勢の大人たちの前で発表するという機会を設けたことがすばらしいと思うのですが、中でも一番感動したのは、コルチャーノ(Corciano)の子供市議会(Consiglio Comunale dei Ragazzi)の皆が作成した映像です。
町のあちこちに残るイタリア統一運動に捧げられた通りの名や、戦時中解放運動に命を捧げた人々の記念碑の写真も印象に残ったのですが、子供たちの新鮮な、力強い、希望に満ちた言葉が、胸を打ちました。上の映像には、「わたしたちこそ未来の羅針盤なのだ」と書かれています。

“Anche se a volte / たとえ時には わたしたちの国が
il nostro paese sembra un rompicapo… / 頭痛の種に思えるとしても……
svegliamoci, / 目を覚まそうよ
il futuro ci aspetta, / 未来は わたしたちを待っている
Vogliamo un’Italia senza limiti… / 制限のないイタリアであってほしい……”
記事の最初の写真では、この子供市議会の子供たちが、コルチャーノ市から、イタリアへ、イタリアからヨーロッパ連合へと、団結の輪が広がっていく中で、迎えたイタリア建国150周年であることを、旗と数字を使って、会場の人々に訴えています。

このあと、舞台に登場した全員が再び登壇し、会場の全員も起立して、イタリア国歌、「イタリアの兄弟」を一緒に歌って、お開きになりました。
こういうしっかりした子供たちに未来が託せるなら、イタリアという国にも、まだ希望はあると思える、そんな集会でした。目を覚ますべきは、子供の前に、まずは投票権を持つ大人たちであろうと思いつつ…… このメッセージが大人たちにも、しっかり届いていますように。

残念ながら日本のニュースのなかでは私の知るかぎり取り上げられてはいません。
仕方のないことですね。
日本も被災地が本当の姿を取り戻すのは今の子供が大人になるくらいかかることでしょう。
生き残った子供達には未来の羅針盤として力強く生きていってもらいたいです。
似たような言葉が昨日被災地のある中学校の小さな小さな卒業式でお母さんが感謝の言葉の中で言ってました。
こういうときだから日本で皆が士気を高めて団結をより強めていくために、被災に遭った子供たちが少しでも辛い現状から、明るい未来を目指せるように、今でなくても、将来でも日本で、建国記念は問題もあるでしょうが、地域などで、行える催しの参考になるのではないかと思いました。
イタリアも政治から経済、教育問題まで、さまざまな問題を抱えています。政治家たちがこれは、と思える状況だけに、子供たちの言葉が頼もしく思えました。
今日は国内の方も、海外の方も、世界中のたくさんの方が黙祷をささげてくれたようですね。
まだテレビさえ見れない避難所の方も多いのかもしれませんが、きっと多くの方が励まされたと思います。
この大震災の苦難を我々大人が乗り越えていくことも大切ですが、同時に、子供達の未来のために、被災の経験を活かして安全な国を作っていくことも大切ですし、子供達も、子供心にもこの災害を目の当たりにして、より安全な国へと、考えてくれるかもしれませんね。
凸d(^ー^)応援のpochi!
特に被災にあった子供たちは、突然に家や家族をなくしたり、生活が変わったりと心にも大変重いものを背負っているのではないかと思います。『ライフ・イズ・ビューティフル』の父親まではいかないまでも、テレビの放送やちょっとした大人たちの工夫で、少しでもそうした子供たちの心の重荷が軽くなり、希望が持てるように図れたら……。
かやさんにとっても、まだまだ大変な毎日が続きますね。新しい自転車、ブログでも紹介してくださいね。応援のポチをありがとうございます。
だけどね、私、そういう吐き出し系のブログにするつもりはないんですよ。
本来の私のスタイルではないし。
月曜日に日本に発つので、徐々に前のスタイルに戻したいと思います。
イタリア人、おっしゃる通り、いい人が多いです。
でも、インテリ階層(夫とその友人たちは医者です)でも、報道の裏を読み取るということは出来ないんですね。ベルルスコーニに関しては裏を読んで批判するのに、その他のこととなると・・
お国柄、メンタリティもあるのでしょうが・・
ましてや、一般人たちの知的レベルは・・
私、今やっと、ベルルスコーニがなぜ今でもこの国に君臨できるのかを思い知りましたよ
建国150周年、おめでとうございます。
日本の明治維新と重ね合わせてしまいました。
日本ではようやく動き始めた感じで、被災された地域に物資が届き、また被災地から別の県に移動も始まっています。
埼玉県には福島から役場ごと移動の地域もあります。
埼玉の秩父から、ポチッヽ(^o^)ρ
ブログに自転車とサイクリングの記事をアップしました。お時間のある時にどうぞ来てください。
大震災から10日になりますが、今日もわりと大きめの余震があり、建物へのダメージが心配です。
被災地に支援の手はやっと届き始めたところです。苦しみは未だに続いています。近県・隣県の人間として、できる限りのことは努力していきたいと思います。
遠くの皆様にはぜひ、義援金のご協力をお願いします。
凸pochi!
そうなんです。日本の明治維新が1868年、イタリア統一が1861~1870年で、両国とも、最初は天皇制・王制だったのが、第二次世界大戦後に、民主主義の国に生まれ変わったという共通点があります。
ようやく被災地へ/からの移動が順調に進み始めたようで、何よりです。
応援のポチをありがとうございます♪
週末外出していて、さきほど帰宅したところです。また落ち着いたら、自転車を拝見させていただきますね。募金は、自らがする以外にも、イタリアの多くの人に募金情報を伝えるべく、努めているところです。
応援のポチをありがとうございます!
こんばんは。
建国150周年おめでとうございます。
皆様で祈りを捧げて下さったのですね、ありがとうございます。
どれだけ勇気づけられることでしょう。
今回の災害でも子供達の様々の顔が見えて胸がつまる思いでした。
糧にして成長していって欲しいと願っています。
今回の150周年記念は、イタリア人自身の中にも、祝う意義に疑問を持っていた人が多かったのですが、祝典を通して、改めてイタリア人である誇りを感じた人が多かったようです。
被災に遭った子供たちが、苦しい思いの中で、押しつぶされずに育っていけるように、やはり皆が共に考えながら、連携していくことが、不可欠だと思います。



