2011年 06月 02日
日伊の架け橋、アニメと漫画

この3人もやはり、とても気のいい人たちで、「先生が授業をおてやわらかにしてくれるように」と言って、飴やチョコレートを持ってきては、時々、隣の教室で教えるわたしにも、一つ二つと分けてくれます。ちなみに、この「甘いもの作戦」を最初に考え出したのはミンモさんで、お隣さんたちは、横を通るたびに、「この飴、一ついただきますね。」と手を出したりしていたこともあり、自分たちも持参することになったようです。授業中にこういうものが机の上にあるのはいただけない、とわたしは授業の間は、机の下の目に見えない場所に置いて、そのまま忘れてしまうので、時々、「ああ、またこうやって隠すから、食べるのを忘れちゃうんだよね。」と言われます。
ある日、このアラビア語の生徒さんの一人が、わたしの名前を「なおと」と呼び間違えました。「なおこですよ。」と言うと、「あ、すみません。実は、幼い頃から、アニメの『タイガーマスク』(L’Uomo Tigre)が大好きで、その主人公の名前、『なおと』と混同してしまって」と言うではありませんか。『タイガーマスク』は、わたしも幼い頃に見ていましたが、主人公の名前など記憶になかったので、まずは、彼が今もその名を覚えていることに驚きました。ちなみに、あとでインターネット上で調べて、本当に主人公の名が「なおと」だということが分かりました。
この話が発端になって、いろいろなアニメの話になり、3人とも、『UFOロボ グレンダイザー』を見て育ったということが分かりました。『荒野の少年イサム』まで知っている人がいて、実はわたしも幼い頃に見ていながら、結局イサムが父親とめぐり会えたかどうかが分からなかったのに、バグダッドに赴任することになっている軍人さんが、「最後には、父親と会えたんだよ。」と教えてくれました。30年以上も前に見て、結末が分からずにいた日本のアニメがどう終わったかを、イタリアで軍人さんに教わるなんて、世の中おもしろいなあ、とつくづく思いました。3人ともひどくまじめな人たちなのですが、『愛してナイト』も、よく見ていたようです。「父親が鉄板の上で何かを焼く店を開いていて」、「男性の主人公が髪を染めていて」、「猫の名前がジュリアーノとイタリア語名」だと聞いて、3人が何のアニメの話をしているのかが、ようやく分かりました。
グレンダイザーは、イタリアでは、Goldrakeとう名前で放映されていました。40代の軍人さんたちにとっては、心に一番残るアニメの筆頭であるようで、このことは、すでに授業中にミンモさんから聞いていました。イタリアで各家庭にカラーテレビが導入されたのと、グレンダイザーが放映されたのが、ちょうど同じ時期で、そのため、ミンモさんは、「カラーテレビの色彩の美しさを、グレンダイザーを通して実感し、楽しんでいた」そうです。ミンモさんのお母さんもやはり、その色彩の美しさに感嘆し、いつも一緒にグレンダイザーを見ていたそうです。わたしもやはり、小学生の頃、グレンダイザーを見ていましたが、カラーとグレンダイザーを特に結びつけて意識した記憶がなかったので、驚きました。
以前にも書いたように、外国語というのは、歌を通して覚えると、聴覚も動員し、リズムもあるので、記憶に残りやすいし、正しいイントネーションや発音が身につきやすいので、外国人大学の授業では、よく学生たちといっしょに、『春が来た』などの歌を歌っていました。ミンモさんにも、最初から、「時々歌をうたって、勉強しましょうね。」と言っていたのですが、「ぼくは、歌はへただし、隣の教室に迷惑をかけるから、歌だけは絶対うたわない。」と、言われていました。というわけで、結局、日本語の歌は歌わずじまいだったのに、グレンダイザーの話をしたとたん、ミンモさんは、自分から、グレンダイザーのイタリア語のオープニングを、すべて歌って披露してくれました。きちんと歌えるし、歌もじょうずじゃない、と言うと、「Goldrakeだけは特別で、何度も何度も聞いたから。」とのことでした。グレンダイザーは夫も好きで、よく見ていたようですが、オスカノ城での夕食のあと、別れ際に、何がきっかけでか、ミンモさんがGoldrakeをすべてすらすら歌ったとき、夫もいっしょに歌おうとしたものの、忘れていたところがあったので、ミンモさんは、本当にグレンダイザーが好きなんだなあと、つくづく思いました。
そんなことがあったので、この日は、廊下で他の外国語を学ぶ軍人さんに会うたび、その人にとっての懐かしの日本のアニメを尋ねていたら、やはり中東の難しい地域に赴任することになり、ダリー語を学ぶ軍人さんが、ガンダムの大変なファンだということが分かりました。ガンダムは、わたしも中学・高校時代に大好きだったので、話が盛り上がりました。イタリア語に訳された、ガンダムの漫画まで持っているそうで、今度学校に持ってきてくれるそうなので、楽しみです。「他のアニメとは一味違うすばらしい作品だ」と語るのを聞いて、「そうですよね。ひょっとして、ガンダムの世界にあこがれて、軍人になったんですか。」と尋ねると、「それは考えたことがなかったけれど、ひょっとしたら、そうかもしれない。」ということでした。
こうやって話をしていると、皆、子供のように生き生きと瞳が輝いてきて、「ああ、いいなあ。こんな話をしていたら、自分も日本に行きたくなってきた。」と、ミンモさんをうらやましがるのでした。ただ、この隣のクラスのアラビア語の生徒さんたちや、少し離れた教室で、ロシア語を学ぶ生徒さんは、自分たちの学ぶ言語が難しくて、めげそうになると、わたしたちの教室にやって来て、ミンモさんがノートに書いている日本語を眺め、黒板に書かれた言葉を見て、「ああ、自分より難しいことを勉強している人がいる」と、自分たちを慰めています。そう言えば、最近はミンモさん、「また(授業中に)たたきのめされた」とは、言わなくなりました。
3か月の語学研修を終えると、やがて、それぞれの赴任先へと向かっていく軍人さんたちの中には、情勢の非常に厳しい地域に行かれる方も多く、それでも、まじめに、かつユーモアと笑顔を忘れずに、決して易しくはない言語の習得に、励んでいます。わたしたちの教える希少言語の教室の並ぶ教棟には、将校クラスの人が多いのですが、優しくきさくな軍人さんがほとんどです。授業をあと1か月で終える人が、ミンモさんも含めて大勢います。生徒さんだけでなく、先生方も、世界中のさまざまな国、文化を背景にした方ばかりで、話していて、とても興味深いものがあります。
外国人大学では、外国人がイタリア語・イタリア文学を学ぶ場合が圧倒的に多いのに対して、この軍語学学校の中では、イタリアの中で、イタリアの軍人さんたちが、自分たちが赴任する先の国の言語や文化を学ぶため、わたしたち外国人が教員で、イタリア人側が生徒ということになり、そういう関係もなんだかおもしろいなと思います。そう言ったら、「試験前や試験中に、将校たちを苦しめるのもなかなか楽しいものよ。」などと、本気か冗談か、答えていたある外国語の女の先生もいました。いずれにせよ、軍人さんたちが赴任する前に、勤務先の言語・文化を学ばせようという国の姿勢は、すばらしいと思います。世界中から来た人々が集まり、それぞれの国の言語や文化を教える場所。イタリアのために、世界のために、命を賭して働く使命を自分に課した軍人さんたちが学ぶ場所。とてもすてきな環境で、働くことができることを、うれしく思います。
昔、日本の高校で教えていた頃には、担当するクラスや学年がかわったり、教えていた生徒たちが卒業したり、異動で学校が変わったりすると、ひどく悲しくて、よく泣いたものです。この学校で授業が終わり、ここで知り合った軍人さんたちに、さよならを言うときも、きっとひどく寂しいだろうなという気が今からしています。あと1か月、悔いのないように、精いっぱいいい授業をしていけたらと思っています。


赴任先の言語を学ぶって素晴らしいですね、こんなふうに皆さん学ばれてるのですね。
学ぶということがどういうものなのか、なおこさんのお話から少しわかる気がします。
歴史や文化を知るうえでの言語の意味、深いですねぇ~

たしか出動する時にいくつかコースがあってそれを楽しみにしていたような・・・。
ガンダムもパート1は何回も見ました。成長していく過程が受けるのでは・・・。
それにしても3ヶ月で異国に赴任なんて、旅行でしか外国に行った事がない私には想像がつきません。
みんなそれなりに不安は抱えてますよね?
子供のころに見たアニメの話って妙に盛り上がりますよね。忘れかけていたことをいろいろ思い出すからでしょうか。
ガンダムはゼータガンダムが好きでした。森口博子さんの歌った後期主題歌「水の星に愛をこめて」はガンダムシリーズの中でも名曲だと思います。
凸応援ぽち!
他の外国語を学ぶ軍人さんにしても先生方にしても、「日本語では朝どうあいさつをするの?」と聞いてきて、毎日「おはよう」(「おはようございます」は長いので難しそう)、「こんにちは」とあいさつしてくださるので、わたしもダリー語やアラビア語、アルバニア語のあいさつを聞いて、覚えようとは試みたのですが、発音が難しかったり、あいさつが長かったり、言われる言葉と返す言葉が違ったりで、結局マスターできないままでいます。木曜日の休み時間には、アラビア語の先生が、「レバノンの女性はみんなとっても美人なのよ」と言ったので、アラビア語を学びながら他の任地に赴く軍人さんたちが、「いいなあ、ぼくと代わってくれない」などと、言っていました。ダリー語など、それまでまったく存在も知らなかった言語が教えられていたり、生まれて初めて、イスラエル出身の人に出会ったり、ひょんなおしゃべりから、わたしたちが学ぶことも多くて、興味深いんですよ。
わたしもやっぱり最初のガンダムが最も心に残っていますし、たぶん真剣に見たのは、これだけです。教えている生徒さんは、大佐なのですが、それを初めて聞いたとき、すぐに「シャア大佐」が頭に浮かびました。みな、それなりに不安は大きいと思います。地震や放射能汚染で、日本に赴くミンモさんにも、やはり心配はあるのだと思いますが、「行く覚悟がしっかりできていて、何があっても動じない」とおっしゃいます。同じような状況にある軍人さんたちが一緒にあつまり、そういう気持ちを共有できるというのも、何か互いに励みになるのではないかなと思います。
ゼータガンダムも懐かしいですね。たぶん日本とイタリアでは放映の時期が違うし、イタリアで放映されたアニメの数は日本に比べてひどく限られていることもあって、特定のアニメをよく覚えている人が多いのかと推測します。
応援のぽちをありがとうございます!

なおこさんの職場、楽しそうな雰囲気で良いですね。
ミンモさんもとても人間味のある方のようで、こういう方が日本に赴任して下さるというのはありがたいことです。
でも確かに語学学校で知り合うのは外国人ばかりでしょうね・・・
カタコトの日本語をしゃべるイタリア人と言うと、ジローラモ氏のイメージが強過ぎる(笑)
やはり日本のアニメ文化は偉大ですね^^
ミンモさんに限らず、すでに異国に何度か赴任した経験のある人が多いので、そういう意味でも、文化や人に対して、間口の広い人が多い気がします。将校で、部下を命令しなれた人も多かろうに、えらい人ほどかえっていばらないというか、きさくなのかなあという印象を受けました。おかげで授業中に調子に乗って、「教室の中では私が決める」なんて言ったりすることもあります。
幼い頃に楽しんで見たものって、やっぱり心の中に残っているので、そういう意味で、日本のアニメ文化の役割は大きいかと思います。
あと、ベルばらやハイジ、小公女(なのかな?イタリアでは名前が違ってよくわからなかったけど)なんかの歌うたってくれる人も多かったけど、日本と主題歌が違うとわからないんですよねー。^^;
そうそう、スペインでは「くれよんしんちゃん」がものすごく人気あるようなんですが、イタリアでは見ないですよね?少なくとも私はキャラをみたことも、そんな話を聞いたこともなかったんですが、、、イタリアとスペイン、こんなに近い国なのに、不思議だなーと思って。
やっぱりあのお下品さがイタリア・マンマには許容されないのかしら??^^;
ハイジやベルバラ、キャンディキャンディも、女性の間では特に人気がありますよね。「くれよんしんちゃん」は今のところイタリアでは見たことも聞いたこともありませんが、ひょっとしたら放映されているかも…… 日本に住んでいた頃、同僚が「困ったアニメがはやったものだ」と嘆いていたのを覚えています。
今日は学校の休み時間に、廊下で、皆さんが好きなアニメの日本語版の主題歌を少しずつ歌うことになりました。軍人さんたちは、自分の好きなアニメの主題歌が、イタリア語と日本語とでは、歌詞と音楽が違うことを確認したかったようです。今日は授業内容が難しかったので、ミンモさんがつらそうだったため、最後に、本人の好きなグレンダイザーの歌の一部を黒板に書いて、一緒に歌いました。「ちきゅうはこんなにちいさいけれど せいぎとあいとでかがやくほしだ」イタリア語の歌詞がロボットの攻撃法の名前の羅列でリズミカルなのと対照的ですが、ミンモさんはとっても喜んで、ノートに書き写していました。
ちょうど動詞や形容詞の常体を学んだところで、歌の中に、「ちいさいけれど」、「ほしだ」と常体が使われているからでもあります。

イタリアの軍人さんが、レバノンやイラクに派遣を前にしてアラビア語を一生懸命学んでいるのですね。そういえば自衛隊もヒゲの隊長がアラビア語で挨拶していましたね。
レバノンやイラクというのは、もともとイタリアと歴史的に関係の深い地域です。かつてのヴェネツィア共和国はレバノンやシリアに通商の拠点を置いていましたし、今でもイタリアの企業が中東に投資をしたり、1974年に開戦寸前まで緊張の高まったといわれるキプロスを巡るギリシャとトルコの交渉をイタリア政府が仲介するなどこの地域の安全保障にも深くかかわっています。
でも、彼らが日本のアニメで育ったとは驚きです。20年前にイタリアに旅行したとき、ホテルでテレビをつけると、『あれ、どこかで見たような・・・』というのはあったのですが、すでに40代の人にも影響を与えているとは・・・
40代の人たちが幼かった頃にも、やはり日本のアニメに人気があったようで、特にミンモさんは、ちょうどテレビが白黒からカラーに切り替わった時期に、グレンダイザーの放映があったとかで、色彩の美しさがとても印象に残っているそうです。一見近づきがたく見える軍人さんたちが、実は皆優しいいい人たちで、日本のアニメの話題で盛り上がり、楽しく話すことができました。イタリア人女性の友人にも、40代で、グレンダイザーのファン、30代でキャンディー・キャンディのファンという人は、かなりいますよ。