イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

イタリア語ローマ字読みではありません

 イタリア語というのは、英語やフランス語と違って、表記と発音のずれが比較的少ない言語です。だからと言って、「イタリア語はローマ字読みでいい」と思う方は、気をつけましょう。

 外国語を習うときは、ただでさえ、母語の影響がいろいろな面で出てきます。たとえば、日本語を母語とする人の場合、文法面では、母語である日本語に冠詞がないため、イタリア語や英語の冠詞の習得で、いつまで経っても、定冠詞と不定冠詞を正しく使い分けることが、難しかったりします。発音でも、母語では「r」と「l」、「b」と「v」などの子音を識別する必要が存在しないため、こうした子音の違いが存在する言語を学ぶときに、なかなか子音の識別ができず、従って記憶も不正確になり、イタリア語や英語が上達してからでも、間違って書いたり、発音したりすることがありがちです。

 こんなふうに、外国語の学習は、ただでさえ母語の影響を受けやすいのに、片仮名表記ばかりに頼って、外国語の発音を覚えようとすると、この母語の悪影響がさらに大きくなってしまいます。

 イタリア語を学習する場合、一番問題となるのは、たとえば、libro(意味は「本」)という単語の中心にある「b」は、イタリア語では単なる子音の「b」を発音するのに対し、これを片仮名で表記すると「ブ」となり、本来の単語にはない、「u」という母音が入ってしまうため、間違った発音を身につけてしまうということです。これは、日本語の音節構造は、大半が、1子音+1母音であるのに対して、イタリア語では、str- pr-などと、子音が連続する場合も、よくあるからです。

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 音楽でご存じの単語、allegroにしても、片仮名読みでは、できるだけ原音に忠実に表記しようとしても、「アッレーグロ」となり、「l」と「r」の発音の違いを表すことができません。ですから、こうした単語の発音を、片仮名表記に頼って覚えようとすると、ただでさえ、覚えにくく難しい「r」と「l」の区別が、ますますつきにくくなってしまいます。そうして、外国語学習・教育の研究結果から、「最初に一度間違って覚えてしまったことを、あとから修正するには非常に時間と労力がかかる」ことが分かっています。どの位置に舌をおいて、どう発音するかということを図だけ見て理解したり、発音記号だけで学んだりすることは難しいと思いますから、最初のうちだけは、片仮名の助けも必要でしょうが、できるだけ早いうちに、イタリア語のどういうつづりが、実際にどういう発音に該当するかを習得して、片仮名表記に頼らず、イタリア語の表記やCDの音声を頼りに、発音を身につけていく必要があります。

 イタリア人が日本語や英語を学習する場合にも、やはり母語であるイタリア語の発音の影響がいろいろと出てきます。イタリア語というのは、英語やフランス語と違って、文字表記と発音の一致が多い言語です。ですから、ついつい英語のjuiceの発音が「ジューイス」だと信じ込んでいたりする場合があります。また、イタリア語では、子音の「s」のあとに、mやlが続くと「s」を[z]と発音するので、英語のslipやsmallを発音するときでも、発音がイタリア語化して、「ズリップ」、「ズモル」となりがちで、伊伊辞典で、こうした外来語の発音として真っ先に掲げてあるのは、本来の英語の発音ではなく、こちらのイタリア語化した発音の方だったりします。

 イタリア語では、「バス」のことをautobusと言いますが、発音は片仮名表記だと「アウトブス」になります。日本語では「バス」というところの発音が「ブス」になるため、日本語の授業中には、最初のうち、「バス」も「ブス」と発音してしまう生徒が、必ず何人か出てきます。

 ミンモさんも例に漏れず、初めは「ブス」と何度か口にしてしまっていましたが、「ブスは日本語ではこういう意味で、間違って使って、相手に誤解されたら大変だから、気をつけるように。」と注意したあとは、「それは大変。しっかり覚えなければ。」と言って、真剣にメモを取り、以後はいっさい間違えなくなりました。あとで、ツイッターでこの話を披露したら、「あ、その間違い、ぼくもしましたよ。」という返事が、何人かのイタリア人学生から来ました。

 イタリア人が日本語を学習し始めるときも、最初はどうしても、平仮名や片仮名をローマ字書きしたものを足がかりにして、発音を覚えます。ただ、これもいつまでも続けていると、母語の発音の悪影響が大きくなってしまいます。かつて教えた学生の中に、授業開始から3か月経って、試験を受ける段階になっても、問題用紙に書かれた日本語をすべてローマ字に書き直してから、問題に答える学生が何人かいました。そうすると、たとえば「は」を「ha」と覚え、「ひ」を「hi」と覚えるため、イタリア語では書かれていても発音されない「h」の音を、日本語でも発音しない傾向がでてきます。それで、出欠の点呼に答えて、「アイ」と言ったり、「コーヒーください」のつもりで、「コイください」と言ったりすることになったのですが、この間違いについて、詳しいことは、こちらの記事をご覧ください。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by (mstk)a.it at 2011-06-14 06:20 x
あはは 
乾杯の時に
「Cin cin!は日本で禁句だからSalute!」って日本語知らないイタリア人に言い直された事を思い出しました。
Commented by ぷー at 2011-06-14 07:28 x
こんにちは!
先日はコメント下さってありがとうございました〜。
今日のお話、とても共感します。
私の専門分野の日本語の著書などで、イタリア関連のものを読むとき、とても困るのが、地名人名などカタカナ書きのみで、脚注にもどこにも原語での綴りがないときです。一々調べないと、間違って覚える怖れがあるので、まどろっこしい作業です。vとb、rとlの違いもですが、アクセントの場所の間違い、もしくはどこにもアクセントのない、日本語風の平たいままの表記などにはちょっと困ってしまいます。
また、まだイタリア語を学び始めた頃に、日本語での参考書のカタカナでの振り仮名が本当に邪魔で、全てペンで消したことがありました。
日本人なので、やはり母国語についつい目が行ってしまい、勉強にならんっ、と出た暴挙です。(今は、「porsche」をポルシェと読めず、「ポルスケ」と読んでしまい、イタリア語の弊害が出たりすることもあります…これはこれで問題。ガーン)。 イタリア語に関しては、幸い夫がとても文法にうるさいので、右から左に聞き流すことも多いですが(!)、いつも次から次へと興味が湧き、とても楽しいです。
Commented by milletti_naoko at 2011-06-14 16:08
まさたかさん、おはようございます!

近年は、日本語でどういう意味かを知っていて、わざとわたしに"Cin cin!"と言ってくるイタリア人にも時々会います。こういう面白知識って、意外とすぐに広まるんですよね。わたしはいまだにイタリア語でこの乾杯の言葉は言えず、Saluteか日本語の「乾杯」と言っています。イタリア語のcampaiという言葉は、あの世に行った人がかつての地上での人生を懐かしんで言いそうな言葉で、イタリア人がおもしろがりながら「かんぱい」と合わせてくれます。
Commented by milletti_naoko at 2011-06-14 16:21
ぷーさん、おはようございます!

こちらこそ、楽しい記事をありがとうございました。正義感を持ち、それをまっとうするだんなさん、とてもすてきですね。

Veneziaひとつとってみても、ベネチア・ヴェネツィア・ベニスなど、いろいろな表記があるし、日本語にある音を優先すれば、ベネチア、言語の発音に忠実にとなると「ヴェネッツィア」(zは母音に挟まれると二重子音になります)だけれど、「ヴェネツィア」は見かけても「ヴェネッツィア」はまず目にすることがないので、流布している「ヴェネツィア」を採用するべきか、それとも、これでは原音への忠実ぶりが不徹底なので、いっそのこと「ベネチア」とするべきか…… 学生の名前の片仮名表記にしても、たとえばSilviaは正確にはスィルヴィアとするのが一番原音に近いでしょうが、スィはまだ日本語の表記として定着していないようなので、「シルヴィア」がいいようだなどと、悩むことがよくあります。

毎日イタリア語の中で暮らしていかなければならないわけなので、同じことなら、いつも興味を持ち続け、楽しむというのは、とてもすてきなことだと思います。わたしもいつまでもそうあれたらいいなと願っています。
Commented by クロちゃん at 2011-06-14 19:59 x
なおこさん、こんばんは♪
言葉は国によって発音がむずかしいですね。
でも、日本国内でも、チンプンカンプンがあります。
日本の頭の良い人が作ったマニュアルとかは初めて目にするカタカナ文字で意味不明。(^^ゞ
昔、東北に旅した時の宿の主人が東北なまりで、目が点になってしまいました。(^<^)
話す言葉って、むずかしいですが、あたたかさを感じます。(^^)/
Commented by ぷー at 2011-06-14 22:40 x
コメント連投失礼致します。
そうなんです!ヴェネツィアなど、「zが母音に挟まれると二重子音になる」という音のこと。このような単語を聴いていると(あ、グラッツィエもそうですよね)、「日本語表記と違うよなあ」といつも思わされていたんです。ああ、ちゃんと発音規則(という表現が的確かわかりませんけど)にあったのですね。以前に書かれていたgnの発音でも、「ボローニャやベニーニって書くけど、ボロンニャやベニンニって聞こえる…」とモヤモヤしていました。ここでスッキリしました〜(爽やか〜〜)。
発音といえば、ミラノのテアトロの学校では、「Giorgio nel bosco」というのを最初に徹底的に言わされるとか。同じoの発音も、どっちかが開いていてどっちかが閉じているんだけど、ミラネーゼはどっちも同じに発音しちゃうんだそうです。。。
Commented by mitch at 2011-06-15 08:41 x
非常に興味ある話題、楽しませてもらいました。
考えてみれば、あらゆる言語は発音も文法も違うわけですから、
その間の調整はなかなか難しく、何を基本に置くかで答え方が違ってきますよね。
ところでひとつ質問です。アメリカでは中国の存在が日本を凌駕し圧倒的な存在感になってきています。(どこの国でも同じですが)。そこで困ることのひとつは、中国の地名の表記です。日本では勝手に日本語読みでテレビも新聞もすべて通していますが、英語ではすべて中国語そのままの読みとスペルです。ところが日本ではその中国地名はほとんどすべて日本語読みとなっているため、アメリカのテレビや新聞など英語で発音されても(ということは中国語で発音されても)まったく分からないというジレンマに陥ります。この点イタリアでは中国の地名はどう表記および発音されているのでしょうか?いずれにしろ私は、地名に関してはあくまでもオリジナル国の発音を使用すべきと信じています。
Commented by milletti_naoko at 2011-06-16 00:46
クロちゃん、こんにちは♪

確かにパソコンのマニュアルなど、外来語が氾濫していて、一体何が言いたいのか分からないというものも多いかと思います。かつて日英翻訳講座を受けたとき読んだ本の中に、「翻訳者どうしが互いに連絡を取って、用語を統一することもなく、できるだけ分かりやすくすでにある日本語を使用することも怠られ、難解な片仮名の氾濫するマニュアルの多いことが嘆かわしい」と書かれていたのを思い出します。本当に頭のいい人であれば、読む人の立場に立って、まずは自分自身が分かりやすい日本語で書くことを心がけ、また、同業者と協力して、どういう英語にどういう日本語を対応させるかを検討したのではないかと…… 

方言の温かさってありますよね。わたしは中3で東京から松山に転勤したときに、語彙も発音もイントネーションも違うのに驚いたのですが、愛媛県立高校の教員になってからも、異動のたびに、同じ県内でも方言がかなり異なるのにびっくりしました。
Commented by milletti_naoko at 2011-06-16 00:55
ぷーさんへ

失礼だなんて、うれしいです。最近仕事が忙しくて、すぐにお返事できなくて申しわけないのですが…… gnやsci、z、gliの子音が母音に挟まれると二重になるのは、標準イタリア語での話であって、実はイタリア北部に行くと、こうした言葉ところか、つづりでss、ccと二重になっている子音でさえ単音化する傾向があります。ですから、たとえば日本でベニーニという表記が定着したのは、文化・政治的に現在優性であるイタリア北部の発音から来たのか、それとも、英語圏で有名になって日本でも知られるようになったため、英語圏での発音が日本に伝わったのか、どちらかだろうかと漠然と推測しています。
Commented by milletti_naoko at 2011-06-16 00:59
ぷーさんへ(つづき)

eやoの開閉は、たとえばトスカーナに近いペルージャ生まれの夫は、完璧に知っていて発音もできるのですが、リミニ出身の友人には区別ができないという人がいるし、コモ出身の友人は、自分たちの地方では時々ペルージャでの発音とはeとoの開閉が違うと言っています。実際、特につづりに明記されないこうした母音の開閉や母音に挟まれると二重子音化する子音の発音については、最近では、イタリア語の発音の規則が、実際話されている言語の実態に対応して、こうした発音も許容範囲(accettabile)と認めるようになってきたと授業で習ったような気がするのですが、また、時間のあるときに、確認してみますね。
Commented by milletti_naoko at 2011-06-16 01:03
mitchさんへ

イタリア語でも英語と同様、中国の人名や地名は中国語の発音をもとに書かれ、発音されていると思います。あまり中国語の発音に詳しくないので、どれだけ実際の発音からずれがあるかまでは分かりませんが…… 今教えている学校には、中国語をすでに中国で学び、さらに上のレベルを学習中の軍人さんもいて、その方が、中国で、中国語による中国語の字幕つきのテレビニュースがあるのにひどく驚いたと言っていました。領土が広いため、同じ言葉を書いても発音の仕方がかなり異なるので、字幕をつけないと聞いても分からないのだろうと、この軍人さんは推測していました。
Commented by ムームー at 2011-06-16 09:39 x
なおこさんおはようございます。
同じような発音に聞こえるのでしょうね、私は最近間違えてばかりです。
地方によって違うのですかぁ~
難しいですね、日本でも東北の言葉はわかりませんもの。
こうして教えて貰って色々なことに興味が持てます。
夕べ遅くに帰りました、ありがとうございました~
Commented by milletti_naoko at 2011-06-18 04:41
ムームーさん、こんばんは!

お帰りなさい。きっとすてきな旅をされたことでしょう。またあとで読ませていただきますね。

京都の言葉も、歴史と風情、温かみがあっていいですよね。それぞれの地方に伝わる言葉は大切な財産でもあるので、いつまでも残ってくれたらと思います。
by milletti_naoko | 2011-06-13 22:57 | Insegnare Giapponese | Comments(13)