イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

フランス語と記憶のパズル

 何かを勉強していると、欠けていたパズルのピースが見つかったような、どこに置いていいのか分からなかったピースの置き場所がようやく分かったような、あるいは、離れて存在していたパズルのブロックをつなぐ架け橋になるピースがようやく見つかったような、そんな気がしてうれしい瞬間が時々あります。

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 たとえば、最近では、ミケランジェロの傑作絵画の風景に、ラヴェルナが描かれていて、それは、芸術家の一家とラヴェルナの周辺地域の間に、深い縁があったからだ(記事はこちら)と知ったとき。そして、アンゴラウサギの毛で衣類を作ろうと思いついた女性と、バーチ・チョコレートを発案したのが、同一人物だと、数年前に知ったとき(記事はこちら)にも、そういう感覚を味わったのですが、こういう隠れたびっくり情報ほどではなくても、日々のささいなできごとの中に、見当たらなかったパズルがようやく見つかったような、そういう不思議にうれしい瞬間が時々あります。

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Galerie des Glaces, Château de Versailles 9/6/2012

 今回は、フランス語を勉強していて出会ったそういう瞬間について、いくつかお話したいと思います。

 aiというつづりの発音が「エ」になり(正確にはeに、開いたeと閉じたeの2音あるという事実はさておいて)、その例として、maison「家」、saison「季節」、raison「理由」があると学んだときのことです。そのとき初めて、昔漫画やアニメで好きだった『めぞん一刻』の「めぞん」が、フランス語で「家」を意味していたと知りました。そうして、セゾンカードのセゾン(Saison)が、なぜアルファベットだとこんなつづりになるのか、合点がいき、saisonが「季節」という意味だと知りました。

 初めて海外旅行に行くときに、当時同僚かつ隣人だった職場の先輩が、「海外旅行に行くなら、クレジットカードがあった方がいい。入会費も年会費も無料だから、このカードがいいよ。」と勧めてくれたのは、約20年前のことです。旅行の達人で、かつ商業の先生の言うことだから間違いないと、すぐにセゾンカードを作り、以後長い間愛用していたのですが、その名前の意味とつづりが複雑なわけは、最近になって初めて知りました。ちなみに今は、アリタリアのマイルが買い物でためられる三井住友ビザカード(記事はこちら)を愛用しています。

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 表記はaiなのに発音はeになり、oiとつづって、発音はwaとなるフランス語の表記と発音の不一致をテーマにして、「愛は絵になる」、「老いは和の道」などという題で、ブログの記事を書こうと思いつき、「愛は絵になる」の記事に合わせる写真として、こちらの彫刻まで選んだのに、結局記事を書かずじまいでいました。

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Psyché ranimée par le baiser de l’Amour à la loupe (Antonio Canova),
Musée du Louvre 13/6/2012

 フランス語を勉強し始めたおかげで、ようやく落ち着いたピースは、他にもいろいろあります。

 遠い昔、高校で教えていた教材に、三好達治の『郷愁』という詩が出てきてきました。以来、わたしの好きな詩の一つなのですが、その締めくくりは、次のようになっています。

   ――海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。
   そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。

 このとき、教材の下注に、「フランス語では、母をmère、海をmerと言う」といった説明があり、授業中には、「こんなふうに、日本語では、漢字の『海』の中に『母』という漢字が含まれているけれども、フランス語ではその逆なのだ」と語ったように記憶しています。共に、生命を産み、育む海と母、優しい水音と共に、わたしたちを包み込み、安らぎを与えてくれる海と母が、日本語でもフランス語でも、言葉にこういうつながりがあるという三好達治の発見に、新鮮な衝撃を受け、感動した記憶があります。イタリア語を勉強し始めた頃にも、やはり、「あれ、イタリア語でも、母はmadre、海はmareで、母という言葉が海を内包している。」と、妙なことに感心しました。それが、今年に入って、フランス語を勉強し始めて、発音の例になる単語として、mèreもmerも出てきたので、この詩の初めの美しい情景描写と作者の焦がれるような郷愁に、フランスとフランス語の響き、香りが重なり、うれしくなりました。

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Les Champs-Élysées, Paris 11/6/2012

 また、『おおシャンゼリゼ』の「おお」が、フランス語の原詩では、auxという前置詞と定冠詞の融合形(à les→aux)で、原題の『Aux Champs-Élysées』が、「シャンゼリゼ通りに」という意味だと気がついた(記事はこちら)のも、パズルのピースが合った例の一つです。

 こんなふうに、モザイクのように、それまでは、遠く離れた破片として存在していた記憶や知識が、不意につながりあい、結び合っていく。本を読んだり、外国語を勉強したり、いろいろな人と出会ったり、そういう学びが楽しいのは、こういう瞬間のおかげでもあります。

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I pezzi di Puzzle si trovano inaspettatamente quando si impara qualcosa. Quando si scopre che Michelangelo dipinse la Verna come sfondo nelle sue opere, quando si rende conto che non è "Oh Champs-Élysées" ma "Aux Champs-Élysées"...

Conoscendo qualcosa di nuovo, i pezzi - ricordi apparentemente lontani tra di loro risultano d'improvviso legati in qualche modo e così si continua a costruire un puzzle nella mente, memoria e nel cuore. Dunque, è bello imparare, conoscere.
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by kazu at 2012-11-04 01:46 x
なおこさんはやはり言葉の専門家ですね。ほんとに沢山の気付きを得られていつも素晴らしいと感心します。低レベルでお恥ずかしいですが、私もイタリア語を習い始めた当初、あっと思ったことがありました。古いお話で恐縮ですが、昔、幼い頃に聞いた覚えのある「ウナセラディ東京」という何の意味か分からない歌謡曲の題名がUna sera di 東京だったという発見。原曲は「東京のたそがれ」という曲名だったらしいですが、意味も会わせてへぇへぇ~そうだったのかと妙に納得したことがありました。日本の車の名前やレストラン、美容院などイタリア語で付けられているのも沢山あって意味を知れば上手に付けているなと思うのですが、でも時々冠詞の付け方が、laじゃなくてilやろ?みたいに、中には突っ込みをいれたくなるのもあります。あっ私も意地悪ですねぇ^^;
Commented by milletti_naoko at 2012-11-04 04:52
かずさん、いえいえ、フランス語を知っている人には、めぞんもセゾンも当たり前の何でもないことなのかもしれないのですが、今回初めて知ったので、よけいに驚きが大きかったのです。何となく幼い頃に覚えている歌の正体が、イタリア語だと分かったなんて、それもうれしい発見ですね! うちの夫も、前回一緒に日本を訪ねたとき、「店名や社名にイタリア語が多い」と驚いていました。かっこうよさでつけている場合は、イタリア語としてはどうかなという名前も多いですよね。
Commented by koba at 2012-11-04 12:20 x
ほんと。なにものにもない楽しさですよね。自分以外知る由も値打ちもないことですが、ずーとの積み重ねの上で突然のご褒美みたいに。
ずーと聖書の勉強をしている友人がギリシャ語ではこうある。こう解釈すると、嬉しさいっぱいに手紙を書いてきました。解ってもらえる人がいるともっと楽しくなります、とありました。
Commented by ムームー at 2012-11-04 17:03 x
なおこさん
こんにちは。
海と母の言葉につながりがあるなんて素晴らしいですね。
母の包み込む愛~納得しますわぁ。
何気にピッタリと合うと嬉しい発見になりますね。
綺麗な写真ですねぇ~♪
Commented by かや at 2012-11-04 18:37 x
なおこさん、こんばんは☆
「めぞん」は、なんとなく家とかアパートのイメージがあったんですけど、フランス語だったんですね~。
「セゾン」が英語の「season」にあたるっていうのは意外ですね。全然知りませんでした。
英語もフランス語もヨーロッパの言葉なので、どこか似ている部分があるんですね。

凸d(^ー^)pochi
Commented by milletti_naoko at 2012-11-05 00:39
こばさん、こんんいちは。何かを発見する喜び、学ぶ喜びと、それを共有できる喜び。訳ではなく、原点にあたって初めて分かることはきっと多いはずです。インターネットのおかげで、そういう発見やその喜びを共有できる機会、伝えられる機会が増大したことと思います。
Commented by milletti_naoko at 2012-11-05 00:43
ムームーさん、こんにちは。ありがとうございます。詩人の発見が、わたしたちを優しく包む母と海の相似を考えさせてくれて、すてきな詩ですよね。ありがとうございます。パリで見たすてきな風景や建物はたくさんあるのに、まだ記事にできていないままなんです。これから、少しずつ……
Commented by milletti_naoko at 2012-11-05 00:48
かやさん、こんにちは。そうそう、フランス語のsaison、raisonは、英語ではseason、reasonなので、こういう対照がおもしろいなと、わたしも思いました。フランス語を知っている人には、当たり前のことなのでしょうが、学んだことのなかったわたしは、発見してびっくりしました。かやさんもなんですね。うれしいです♪ 応援のポチをありがとうございます。
by milletti_naoko | 2012-11-02 20:47 | Francia & francese | Comments(8)