2012年 11月 02日
フランス語と記憶のパズル

たとえば、最近では、ミケランジェロの傑作絵画の風景に、ラヴェルナが描かれていて、それは、芸術家の一家とラヴェルナの周辺地域の間に、深い縁があったからだ(記事はこちら)と知ったとき。そして、アンゴラウサギの毛で衣類を作ろうと思いついた女性と、バーチ・チョコレートを発案したのが、同一人物だと、数年前に知ったとき(記事はこちら)にも、そういう感覚を味わったのですが、こういう隠れたびっくり情報ほどではなくても、日々のささいなできごとの中に、見当たらなかったパズルがようやく見つかったような、そういう不思議にうれしい瞬間が時々あります。

今回は、フランス語を勉強していて出会ったそういう瞬間について、いくつかお話したいと思います。
aiというつづりの発音が「エ」になり(正確にはeに、開いたeと閉じたeの2音あるという事実はさておいて)、その例として、maison「家」、saison「季節」、raison「理由」があると学んだときのことです。そのとき初めて、昔漫画やアニメで好きだった『めぞん一刻』の「めぞん」が、フランス語で「家」を意味していたと知りました。そうして、セゾンカードのセゾン(Saison)が、なぜアルファベットだとこんなつづりになるのか、合点がいき、saisonが「季節」という意味だと知りました。
初めて海外旅行に行くときに、当時同僚かつ隣人だった職場の先輩が、「海外旅行に行くなら、クレジットカードがあった方がいい。入会費も年会費も無料だから、このカードがいいよ。」と勧めてくれたのは、約20年前のことです。旅行の達人で、かつ商業の先生の言うことだから間違いないと、すぐにセゾンカードを作り、以後長い間愛用していたのですが、その名前の意味とつづりが複雑なわけは、最近になって初めて知りました。ちなみに今は、アリタリアのマイルが買い物でためられる三井住友ビザカード(記事はこちら)を愛用しています。

表記はaiなのに発音はeになり、oiとつづって、発音はwaとなるフランス語の表記と発音の不一致をテーマにして、「愛は絵になる」、「老いは和の道」などという題で、ブログの記事を書こうと思いつき、「愛は絵になる」の記事に合わせる写真として、こちらの彫刻まで選んだのに、結局記事を書かずじまいでいました。

Musée du Louvre 13/6/2012
フランス語を勉強し始めたおかげで、ようやく落ち着いたピースは、他にもいろいろあります。
遠い昔、高校で教えていた教材に、三好達治の『郷愁』という詩が出てきてきました。以来、わたしの好きな詩の一つなのですが、その締めくくりは、次のようになっています。
――海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。
そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。
このとき、教材の下注に、「フランス語では、母をmère、海をmerと言う」といった説明があり、授業中には、「こんなふうに、日本語では、漢字の『海』の中に『母』という漢字が含まれているけれども、フランス語ではその逆なのだ」と語ったように記憶しています。共に、生命を産み、育む海と母、優しい水音と共に、わたしたちを包み込み、安らぎを与えてくれる海と母が、日本語でもフランス語でも、言葉にこういうつながりがあるという三好達治の発見に、新鮮な衝撃を受け、感動した記憶があります。イタリア語を勉強し始めた頃にも、やはり、「あれ、イタリア語でも、母はmadre、海はmareで、母という言葉が海を内包している。」と、妙なことに感心しました。それが、今年に入って、フランス語を勉強し始めて、発音の例になる単語として、mèreもmerも出てきたので、この詩の初めの美しい情景描写と作者の焦がれるような郷愁に、フランスとフランス語の響き、香りが重なり、うれしくなりました。

また、『おおシャンゼリゼ』の「おお」が、フランス語の原詩では、auxという前置詞と定冠詞の融合形(à les→aux)で、原題の『Aux Champs-Élysées』が、「シャンゼリゼ通りに」という意味だと気がついた(記事はこちら)のも、パズルのピースが合った例の一つです。
こんなふうに、モザイクのように、それまでは、遠く離れた破片として存在していた記憶や知識が、不意につながりあい、結び合っていく。本を読んだり、外国語を勉強したり、いろいろな人と出会ったり、そういう学びが楽しいのは、こういう瞬間のおかげでもあります。
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I pezzi di Puzzle si trovano inaspettatamente quando si impara qualcosa. Quando si scopre che Michelangelo dipinse la Verna come sfondo nelle sue opere, quando si rende conto che non è "Oh Champs-Élysées" ma "Aux Champs-Élysées"...
Conoscendo qualcosa di nuovo, i pezzi - ricordi apparentemente lontani tra di loro risultano d'improvviso legati in qualche modo e così si continua a costruire un puzzle nella mente, memoria e nel cuore. Dunque, è bello imparare, conoscere.
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ずーと聖書の勉強をしている友人がギリシャ語ではこうある。こう解釈すると、嬉しさいっぱいに手紙を書いてきました。解ってもらえる人がいるともっと楽しくなります、とありました。


「めぞん」は、なんとなく家とかアパートのイメージがあったんですけど、フランス語だったんですね~。
「セゾン」が英語の「season」にあたるっていうのは意外ですね。全然知りませんでした。
英語もフランス語もヨーロッパの言葉なので、どこか似ている部分があるんですね。
凸d(^ー^)pochi