イタリア写真草子 Fotoblog da Perugia ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

伊日仏英語週間1、外国語教育の流れ

 昨日の朝は、近日中に英日通訳を務めることになっているお客さんとの初顔合わせがありました。分かりやすい場所をと言われて、無料巨大駐車場があるピアン・ディ・マッシアーノで待ち合わせをしたのですが、場所が分からなかったようで、結局、ミニメトロで中心街まで繰り出して、そこでお話をしました。

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 最近は、毎日主にイタリア語で暮らし、フランス語学習のためにフランス語に触れ、ブログやメルマガは日本語で書き、日本の家族や友人とは日本語で連絡を取るという、主に3か国語での生活を送っています。

 母国語も外国語も、一度しっかりみっちりと勉強しておくと、ちょうど車の運転と同じで、頭や体が操作の仕方を覚えているので(memoria procedurale)、日常生活の中で、時々でいいので、触れる機会や使う機会を持つようにしておくと、いざ必要だというときには、おさらいをするだけで、楽に使えるようになる。

 数年前に、こちらの大学でそう習ったときは、「そんなものかなあ、以前に比べると、かなり英語力が落ちているけれども。」と思ったものですが、最近は、昔取った杵柄(きねづか)である英語が、毎日の上でも仕事の上でも、役立ってくれることが多く、それを実感しています。

 成績だけはよかったものの、話ができる英語力はなかった高校・大学時代。職場の先輩から、赤毛のアンの故郷であるカナダのプリンス・エドワード島に行こうと誘われ、英語の再勉強を始めたのは、今から約20年前のことです。この先輩が英語の先生で、実用英検1級を目指して勉強中の熱心な方だったこともあり、「せっかく憧れのアンのふるさとを訪ねても、会話に置いてけぼりにされては悲しい。現地の人と話がしたいし、せっかくだから、大好きな『赤毛のアン』とそのシリーズを原語の英語で読んでみたい。」と一発奮起したのです。

 このとき、アルクの1000時間ヒアリングマラソン(詳しくは下記リンク参照)を利用しようと思いついたことに、わたしは今でも、とても感謝しています。偏りがちな英語・外国語学習教材・コースがいまだに多いと思われる日本に、こういう真に役立つ教材がずっと前から存在することを、半分不思議に思いながら。

 後にイタリアに留学して、ペルージャとシエナの両外国人大学の大学・大学院課程で、外国語学習・教育について学ぶ中で、繰り返し教わったのは、文法や語彙の知識と実際に外国語を使える力は、車の両輪のようなものであって、どちらかだけに力を入れていると、うまく前に進めずに行きづまってしまうし、たとえ行きづまらなくても効率が悪いということです。欧米でも、昔は、外国語学習が翻訳や作文・文法に偏っていたのは、過去数世紀もの長い間にわたって、勉強すべき外国語は、ほぼ死語に等しい古典ギリシャ語および古典ギリシャ語であり、しかも、古典作品や文献を読んで学習・研究することが、こうした外国語学習の目的だったからです。日本の高校の古文や漢文の授業と同じで、こうした言語を学ぶ目的は、その言語を使って会話をすることではなく、たとえ発信するとしても、そういう言語で、研究論文を書く程度にとどまっていました。古典語学習の目的が、こういう読解力・書く力であったからこそ、長い間、欧米でも、外国語学習と言えば、文法と翻訳を基本に据えた指導法(metodo grammaticale-traduttivo)であるという時代が続きました。日本の学校における英語教育やいわゆる受験英語が、文法・語彙・英作文などに偏りがちなのは(わたしが日本の高校に勤めていた11年前までは、そうだったのですが、今は変わったでしょうか)、この古い指導法からいまだに抜け出せていないからだと思います。ひょっとすると、欧米の古い外国語指導法が原因ではなく、日本でも長い間、古典作品として漢文教材が用いられ、公文書や創作詩の言語にも、漢文が用いられていたため、この「会話力は必要ない漢文の学習と教育」の在り方が、現在の英語学習・教育の根幹にあるのかもしれません。

 閑話休題。交通手段や通信手段が発達せず、他国の人と会って話す機会はごく限られていた遠い昔には、こんなふうに、学習する外国語と言えば、古典語だけであり、そもそもがすでに「話される言語」ではないわけですから、話す力を身につける必要もなかったわけです。それが、鉄道や船・飛行機など、さまざまな交通手段が発達し、特に裕福な一部の層だけではなく、庶民の多くが外国に足を運び、異国間で貿易や経済・政治における協力が行われる時代になると、単に外国語の文法や語彙を知り、読解し書く力では不十分で、その言語を聞き取り、話せる力も不可欠になってきます。

 そういう時代の流れ、外国語教育の目標の変化に対応するべく、欧米では1960年代から、さまざまな外国語教育法・学習法が考え出され、実践され始めました。中には斬新なもの、特異なもの、そうでありながら意外と効果があるものもあって興味深いのですが、その具体的な歴史に触れるのは、また別の機会にゆずることとします。ただ、当時から今まで、約50年間の歴史を見てみると、おもしろいことに、まずは、「文法・翻訳重視」に対抗して、使える外国語力に焦点が当てられ、次は、実践力に偏りがちだった反動から、文法に還る動きが見られ、再び話す力に重点が置かれ…と、結局は、文法と使える外国語力と、この二つの極の間を、ふりこのように行ったりきたりしているのです。最近、日本でも注目され、またヨーロッパで、外国語学習・教育の支柱となっているヨーロッパ言語共通参照枠(Quadro Comune、Framework)は、この二つの極をうまく融合している点が画期的だと思います。他言語を実際に使えるだけの力をつけることを学習の目標としていますが、かと言って、文法や語彙などをおろそかにはしていないのです。今、イタリアで出版されているイタリア語の学習書には、このFrameworkの意図に沿って編集されたものが多く、たとえば、暮らしや旅行の中でよくありそうな場面の会話が、各課の中心教材となっていますが、よく使われる会話表現と共に、必要な文法事項や語彙も、段階を追い、学習者の必要に応じて、少しずつ学んでいけるようにできています。英語を始めとする日本の外国語学習教材が、「文法中心の参考書・入門書」と「旅行会話のための本」と二分化するきらいがあるのと対照的です。

伊日仏英語週間2、英語で読むにつづく

関連記事へのリンク
- 英伊仏ヒアリングマラソンと注意点
- 語学検定と言語観、ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)

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Ieri dovevo incontrare i clienti al parcheggio di Pian di Massiano, ma loro sono arrivati invece a quello di Piazza Europa... Dunque, alla fine ci siamo incontrati nel centro di Perugia. Peccato, se sapevo che sarei dovuta comunque andarci, sarei partita molto prima per passeggiare e fare le spese.
In Giappone anche se insegnavo il giapponese a scuola, nel tempo libero ho studiato l'inglese seriamente per molti anni. Ne sono molto grata e contenta, perché qui in Umbria ci sono altri giapponesi che parlano bene l'italiano ma pochi parlano l'inglese. Così, come i clienti di ieri a volte mi chiedono i servizi di interpretariato inglese-giapponese. L'inglese mi aiuta spesso anche nei viaggi; a Parigi chiedevo le informazioni in francese, ma i parigini mi rispondevano spesso (o quasi sempre) in inglese.
Poi soprattutto, la curiosità per la lingua e cultura italiana mi è arrivata attraverso lo studio di inglese. Affascinata dall'Irlanda attraverso la lettura del seguito di "Via col vento", nell'agosto 1999 ho studiato l'inglese a Dublino per due settimana. La metà degli studenti erano italiani sia nella scuola che nella mia classe. Così stavo sempre insieme a due ragazze sarde e spesso anche con altri ragazzi italiani. Di conseguenza, quando sono partita dall'Irlanda, ero affascinata dalla cultura italiana ed avevo voglia di studiare l'italiano e visitare l'Italia l'anno dopo.
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by チャオ at 2013-09-12 09:45 x
初めまして、なおこさん、
私は、米国在住20年、今だに、英語で苦労しています。私のアクセント、言い回しが、外国人に慣れていない人はわからないようです。
大都市に行くと、別なんですけどねえ。米国人は、外国人が、英語を話す事に対して、当たり前と考えていて、自分達は、英語しか話せないくせに(自分の米国人の夫や、その家族/私達の子供達は、ドイツ語とスペイン語を学んでいます)、外国人に対しては、寛容じゃないんですよねえ。数年前に、義父母達と欧州へ行った時に、フランス語圏の街に滞在し、レストランで私が、たどたどしいフランス語でウエイターとコミュニケーションをとっていたら、義母が『どうして、私達が外国語を話さなければならないわけ?どこでも、英語で通じるじゃない。』って本音を吐いた時に、義父が私の顔を見て、震え上がり主人は、自分の母に『喝』を入れました。このことは、今でも、忘れられません。今回、なおこさんのブログを読んで、さすが言語を真剣に学んできただけあるコメントだなあって感心致しました。
これからも、応援しています。
Commented by milletti_naoko at 2013-09-12 15:59
チャオさん、はじめまして。訪問とコメントをありがとうございます。慣れぬ異国で学ぶ言葉も、現地の人が温かく辛抱強く聞いて、助言もしてくれれば、もっと勉強しよう、話せるようになりたいという気持ちが募りますが、逆の場合は、「言語を習得しなければ」と頭では思っても、心がついていかず、英語を学ぶ上でも暮らしの上でも大変だと思います。長い間の大変なご苦労、お察しします。アメリカは、もともと移民が築いた国であり、さまざまな母国語を持つ多くの移民が夢を追って訪ねたであろう国だけに、もっと異国の人や異国の文化に寛容であってほしい、あるべきだと思うのですが、自分たちが外国語を学ぶ必要を感じず、外国語でコミュニケーションを取る、外国語を学ぶ苦労を知らないために、そういう態度になってしまうのでしょうか。わたしが出会ったアメリカ人は、日本では日本に暮らしたり英語の指導助手として来た人だったり、イタリアでもイタリア語を学びに来たりする人だったので、日本語をよく知っていたり、日本語やイタリア語を学ぼうと必死の人が多かったのですが、(つづく)
Commented by milletti_naoko at 2013-09-12 16:00
チャオさんへ(上からの続きです)

そういう海外の言語や文化に興味のある人はごく一部で、そういう人が海外に滞在するからかもしれませんね。こうした人が今後増えていき、母国に帰ることで、アメリカがもっと外に向かって開いた国、強国だからこそ、他の文化や多言語に興味を持ち、歴史を顧みて、移民に優しい国になってくれればと思います。ご家族もいろいろな外国語をご存じのようですし、きっとこれから、アメリカが世界をリードするのではなく、他国と政治や経済で協調する機会も増えて、風向きも変わってくれるのではないかと。お義母さんの言葉も、他のご家族、若い世代には渇を入れられていることですし、アメリカの一面であると同時に、それが変わりつつあることの証明でもある気がします。これからも、よろしくお願いします。
by milletti_naoko | 2013-09-11 17:36 | ImparareL2 | Trackback | Comments(3)