イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

キスと抱擁

 フランスの奥さんがだんなさんに、「仕事で帰りが遅くなるから、これこれの買い物をしてちょうだい。」と留守番電話に(sur le répondeur)残したと思われる伝言の最後に、

Je t’embrasse.

とありました。

 英語のembrace「抱く、抱擁する」に似ているし、動詞中にbras「腕」という語が含まれるので、「抱きしめる」という意味だろうと確信していました。イタリア語でも、abbracciare「抱きしめる、抱擁する」という動詞は、braccio「腕」(「両腕」はbraccia)という名詞から派生しています。メールや手紙の最後を「Ti abbraccio.」と締めくくるのもよく見かけます。

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 ところが、『プチ・ロワイヤル仏和辞典』で調べてみると、embrasserの語意は「(挨拶・愛情表現として)(人に)キスをする」です。びっくりして、よく辞書を見ると、次のように親切な解説があります。

 embrasserは元来は「腕(bras)に抱く、抱き締める」の意味だが、現代フランス語ではその意味はなくなり、「キスする」という意味で用いる。「抱き締める」はserrer entre ses brasやétreindreなどと言う。

 「名詞の『キス』はbaiser」という説明もあり、この単語はイタリア語のbacio「キス」や baciare「キスをする」に似ています。イタリアでは、友人同士でも、親しい身内でも、2度頬を寄せ合いキスをすることも多く、それもbaciと言いますから、イタリア語でもメールの最後にキスが出てくることはあります。それにしても、embrasserが「抱擁する」ではなくて「キスをする」だなんて。これは絶対、これまで読んだ小説で、勘違いして理解したに違いないと思いました。それで二作で主人公の二人が魅かれ合った場面を今読み直しました。

 『八十日間世界一周』では、長い小説が終わりに近づいたとき、ようやく二人がお互いの思いを告白します。けれども、女性の方が胸に手を当てたところで場面が切り替わり、主人公が結婚式の手配をするように、パスパルトゥに頼んでいますので、そういう言葉は使われていません。何だか映画、『ニュー・シネマ・パラダイス』で、神父が検閲したあとの映画のように、キスや抱擁の場面そのものがないのです。

 一方、『L’étranger』の方は、出会ってまもない二人が、一緒に映画を見ていて、そこに、

Vers la fin de la séance, je l’ai embrassée, mais mal.
(Albert Camus, “L’étranger”, Collection Folio, p.33)

という場面があります。上映も終わろうとする頃、主人公が彼女に口づけをするのですが、本を読んだときは、抱きしめたのだと思い込んでいたと思います。いずれにせよ、上記の二つの作品では、小説の書かれた時代も主人公の年齢も違うので、恋の行動に移る時期やそれを描写するか否かに違いがあるのは、おもしろいなと思いました。

 キスや抱擁と言えば、イタリアでも、どんな時代でも、どこでも、どんな年齢でもお互いに友人どうしが体を寄せ合い、両頬にキスをし合っていたというわけではありません。

 Gli uomini non si baciavano sulle guance, anche se erano amici fraterni (quando andai a studiare a Milano, ospite in un collegio della Cattolica pieno di ragazzi del Sud simpatici e calorosi, notai con sorpresa che si baciavano sulle guance: avevo 21 anni, ma non l’avevo mai visto fare prima).
(Aldo Cazzullo, “L’Italia de noantri”, Mondadori, p. 4)

と、『L’Italia de noantri』に書かれています。イタリア北部、ピエモンテ州の町、アルバに生まれ育った筆者は、21歳になって、南部の青年たちが頬にキスを交わすのを見るまで、男性どうしがそういうキスを交わすのを、たとえ兄弟とも呼べるような友人どうしであっても見たことがなかったというのです。今は北部や中部の友人、夫も、男性どうしで頬を寄せ合うこともまれではありませんが、中にはたまに、「男はいい」と言って、男性どうしのキスはしない人もいます。

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Dai miei appunti della lezione della Linguistica Applicata
del prof. Zanettin 12/2003

 日本とイタリアの文化の違いの一つに、対人距離と身体接触があります。日本人の方が、長い対人距離をとらないと落ち着かず、身体接触を避ける傾向があるのに対し、地方にもよりますが、一般に、イタリア人の対人距離は短く、身体接触が頻繁です。ある夫の友人が、日本の男性の友人が来たときに、両腕で抱きしめたら硬直していたと言い、また、他の友人は、日本で、親しい女友達どうしが数年ぶりにようやく再会したというのに、まったく抱き合うことがなかったと驚いていました。わたしも、14年前の夏に、ダブリンで初めて会ったイタリア人たちが、あいさつにと両頬を近づけたときはびっくりしたのを覚えています。

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Giorgio Cerquetti a Biosalus, Urbino 5/10/2013

 キスと抱擁と言えば、ウルビーノでこの秋催された祭り、Biosalusの講演で、ジョルジョ・チェルクエッティ(Giorgio Cerquetti)が言っていた言葉を思い出します。

 抗生物質(antibiotici)は対象となる細菌を殺すために、他のすべての菌を殺してしまうけれども、必要なのは抗生物質ではなくて、プロバイオティクス(probiotico)です。心身の健康にいい、直産で費用もかからない、プロバイオティクスを五つお教えしましょう。それは、キス、抱きしめること、優しくなでること、触れること、そして、ほめ言葉です。

 最初の四つは、快く思っていない異性からだとセクハラになるため、気をつけなければいけませんが、夫婦や親子など、家族や親しい友人の間ではとても大切だし、最後のほめ言葉も、忘れがちで、自分はほしいのに、人には出し惜しみしがちかと思います。しっかり心に留めておくつもりです。

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‘Embrasser’ – pensavo che significasse ‘abbracciare’, invece vuol dire ‘baciare’! Quindi nel romanzo, “L’étranger” immaginavo che i protagonisti si abbracciassero ma in realtà si baciavano.
I baci e gli abbracci mi ricordano le parole di Giorgio Cerquetti a Biosalus:
“Cinque probiotici, a costo zero e a km zero per la salute mentale e fisica: baci, abbracci, coccole, carezze e complimenti. “
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2013-11-13 22:45 | Francia & francese