2013年 11月 13日
キスと抱擁
Je t’embrasse.
とありました。
英語のembrace「抱く、抱擁する」に似ているし、動詞中にbras「腕」という語が含まれるので、「抱きしめる」という意味だろうと確信していました。イタリア語でも、abbracciare「抱きしめる、抱擁する」という動詞は、braccio「腕」(「両腕」はbraccia)という名詞から派生しています。メールや手紙の最後を「Ti abbraccio.」と締めくくるのもよく見かけます。
ところが、『プチ・ロワイヤル仏和辞典』で調べてみると、embrasserの語意は「(挨拶・愛情表現として)(人に)キスをする」です。びっくりして、よく辞書を見ると、次のように親切な解説があります。
embrasserは元来は「腕(bras)に抱く、抱き締める」の意味だが、現代フランス語ではその意味はなくなり、「キスする」という意味で用いる。「抱き締める」はserrer entre ses brasやétreindreなどと言う。
「名詞の『キス』はbaiser」という説明もあり、この単語はイタリア語のbacio「キス」や baciare「キスをする」に似ています。イタリアでは、友人同士でも、親しい身内でも、2度頬を寄せ合いキスをすることも多く、それもbaciと言いますから、イタリア語でもメールの最後にキスが出てくることはあります。それにしても、embrasserが「抱擁する」ではなくて「キスをする」だなんて。これは絶対、これまで読んだ小説で、勘違いして理解したに違いないと思いました。それで二作で主人公の二人が魅かれ合った場面を今読み直しました。
『八十日間世界一周』では、長い小説が終わりに近づいたとき、ようやく二人がお互いの思いを告白します。けれども、女性の方が胸に手を当てたところで場面が切り替わり、主人公が結婚式の手配をするように、パスパルトゥに頼んでいますので、そういう言葉は使われていません。何だか映画、『ニュー・シネマ・パラダイス』で、神父が検閲したあとの映画のように、キスや抱擁の場面そのものがないのです。
一方、『L’étranger』の方は、出会ってまもない二人が、一緒に映画を見ていて、そこに、
Vers la fin de la séance, je l’ai embrassée, mais mal.
(Albert Camus, “L’étranger”, Collection Folio, p.33)
という場面があります。上映も終わろうとする頃、主人公が彼女に口づけをするのですが、本を読んだときは、抱きしめたのだと思い込んでいたと思います。いずれにせよ、上記の二つの作品では、小説の書かれた時代も主人公の年齢も違うので、恋の行動に移る時期やそれを描写するか否かに違いがあるのは、おもしろいなと思いました。
キスや抱擁と言えば、イタリアでも、どんな時代でも、どこでも、どんな年齢でもお互いに友人どうしが体を寄せ合い、両頬にキスをし合っていたというわけではありません。
Gli uomini non si baciavano sulle guance, anche se erano amici fraterni (quando andai a studiare a Milano, ospite in un collegio della Cattolica pieno di ragazzi del Sud simpatici e calorosi, notai con sorpresa che si baciavano sulle guance: avevo 21 anni, ma non l’avevo mai visto fare prima).
(Aldo Cazzullo, “L’Italia de noantri”, Mondadori, p. 4)
と、『L’Italia de noantri』に書かれています。イタリア北部、ピエモンテ州の町、アルバに生まれ育った筆者は、21歳になって、南部の青年たちが頬にキスを交わすのを見るまで、男性どうしがそういうキスを交わすのを、たとえ兄弟とも呼べるような友人どうしであっても見たことがなかったというのです。今は北部や中部の友人、夫も、男性どうしで頬を寄せ合うこともまれではありませんが、中にはたまに、「男はいい」と言って、男性どうしのキスはしない人もいます。
del prof. Zanettin 12/2003
日本とイタリアの文化の違いの一つに、対人距離と身体接触があります。日本人の方が、長い対人距離をとらないと落ち着かず、身体接触を避ける傾向があるのに対し、地方にもよりますが、一般に、イタリア人の対人距離は短く、身体接触が頻繁です。ある夫の友人が、日本の男性の友人が来たときに、両腕で抱きしめたら硬直していたと言い、また、他の友人は、日本で、親しい女友達どうしが数年ぶりにようやく再会したというのに、まったく抱き合うことがなかったと驚いていました。わたしも、14年前の夏に、ダブリンで初めて会ったイタリア人たちが、あいさつにと両頬を近づけたときはびっくりしたのを覚えています。
キスと抱擁と言えば、ウルビーノでこの秋催された祭り、Biosalusの講演で、ジョルジョ・チェルクエッティ(Giorgio Cerquetti)が言っていた言葉を思い出します。
抗生物質(antibiotici)は対象となる細菌を殺すために、他のすべての菌を殺してしまうけれども、必要なのは抗生物質ではなくて、プロバイオティクス(probiotico)です。心身の健康にいい、直産で費用もかからない、プロバイオティクスを五つお教えしましょう。それは、キス、抱きしめること、優しくなでること、触れること、そして、ほめ言葉です。
最初の四つは、快く思っていない異性からだとセクハラになるため、気をつけなければいけませんが、夫婦や親子など、家族や親しい友人の間ではとても大切だし、最後のほめ言葉も、忘れがちで、自分はほしいのに、人には出し惜しみしがちかと思います。しっかり心に留めておくつもりです。
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‘Embrasser’ – pensavo che significasse ‘abbracciare’, invece vuol dire ‘baciare’! Quindi nel romanzo, “L’étranger” immaginavo che i protagonisti si abbracciassero ma in realtà si baciavano.
I baci e gli abbracci mi ricordano le parole di Giorgio Cerquetti a Biosalus:
“Cinque probiotici, a costo zero e a km zero per la salute mentale e fisica: baci, abbracci, coccole, carezze e complimenti. “
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確かにそうですね~!日本人は、対人距離とりまくり~です。身体接触なんかとんでもない!という感じです~♪人種的にというのもあるのでしょうが、習慣によるものが大きいと思います。私も、フランスツアーに行った時に8日間一緒だった運転手さんとお別れの時、ハグされて少し?
とまどった気がします。素敵な人だったのでいやな気はしませんでしたが…(笑)。日本人の方なら、おそらく握手もせず、「さよなら、ありがとう!」というあいさつだけでしょうね~。
でも、プロバイオテクスの優しくなでる、触れる、ほめ言葉は、いいですね~♪私も、早速実行したいです❤
それと、抗生物質のお話もなんとタイムリーで、納得です。先日少し怪我をして今治療中なんですが、抗生物質と消毒はしなくて、湿潤療法という方法で治療しています。ジョルジョさんがおっしゃるように抗生剤、消毒とも傷を傷めてしまうだけで、傷口に出てくる治そうとする細胞まで殺してしまうとか。傷口を水道水で洗って、乾かさないようにするだけなんですが、なおこさんの記事にあるように、膝小僧に向かって、優しくよしよしとか治るんだよ~とか自分でなでながら、一人でぶつぶつ言ってます(笑)
その後お天気は如何ですか?今年はパリ周辺もしっかり雨が降っているので、セーヌ河もかなり水位が上がっています。
ところで動詞 embrasser ですが、日常生活では「ビズをする(頬に軽くキスをする)」という意味で使います。ですから「Je t’embrasse」は夫婦の間に限った台詞ではなく、友人同士でもご近所さんでも、普段親しく話している間柄なら使う事が出来ます。一方 baiser は、カップルの間のキス、性的なニュアンスを含むキスの意味で使うことが多いので少し注意を要します。
とはいえ、これは現代の口語での使い分けであって、embrasser を腕に抱くという意味で使うこともありますし、baiser を唇を付けるという意味で使うこともあります(手の甲にキスをすることをbaisemain と呼びます)。そのあたりの使い分けの背景(歴史)はわたしも真剣に考えた事がなくて、小説の中に出て来た時は、人間関係や時代背景からおおよそこんな行為だろうと当りを付けながら読んでいます。
わたしの周りでは、男性同士は握手というのがほとんどです。男同士で頬にキスし合っているのを目にすると、少し物珍しい感じがします。ところかわれば、ですね。
この五つ、いいですよね♪ わたしも実践しようと心がけています。渡辺和子さんの著書で以前、愛語・愛眼…などが大切だと読んでいいなと思ったことがあり、手持ちの本で探したのですが、こちらに持ってきている本の中には残念ながらありませんでした。愛語と愛眼はセクハラの心配もないし、できれば優しいまなざしで人や物事を見られるようでありたいと感じたものです。
かずさん、大変なけがをされたんですね。どうかお大事に。消毒も傷を傷めるだけだとは驚きました。膝小僧に優しく語りかけているかずさんを想像して、思わずほほえんでしまいました。ひざもきっと喜んで、早く治ってくれることでしょう♪
フランスにお住まいで、日常的にフランス語に接されている梨の木さんのご説明、助かります。ありがとうございます。フランス語だと、動詞でも名詞でも、キスの程度や人間関係で使い分けがあるのが興味深いです。イタリア語では、あいさつの頬へのキスも恋人どうしの口づけも同じ言葉で表現し、名詞はbacio、動詞はbaciareだからです。ラルースのオンライン辞書を見ると、仏仏ではembrasserを「抱く」という意味で使うのはlittéraire、仏伊ではvieilliとなっていて、そうすると、仏和辞典にも、文語とか古語とただし書きをつけて、この語義も載せるべきだという気もします。いつ頃から意味が変わり始め、そのきっかけは何か、なんだか興味深いので、また機会があれば調べてみたいなと思います。日本語なら国立国語研究所、イタリア語ならAccademia della Cruscaに問い合わせるところですが、フランス語の場合、こういう権威はどの機関なのでしょうね。
日常的な口語表現では確かに上で説明した通りなのですが、あのあといくつか詳しい仏仏辞書を読んでみて感じたのは embrasser の第一義はビズするにはならず、抱擁するという意味もまだ古語の領域に入れられないのではないかな、ということでした。embrasser には「親愛の情の表現として抱擁する」という意味が第一義にあって、とすれば挨拶としての抱擁やビズという動作と何ら矛盾しないわけです。例えば男性同士が抱き合って挨拶しているのにも、 embrasser を使えるような気がしますね。
一方、 baiser の方は唇をつけるという行為自体に重点が置かれているので、そこから発展して性的ニュアンスを含むようになったと考えられます。
手元にある小学生用の辞書では、embrasser の一番初めに「Jean a embrassé ses parents avant de partir」という例文が載っていて、その意味を「il leur a donné des baisers」としています。baiser はここでは単にキスをする、の意味ですね。
言葉の意味が表面上は変わっているように見えても、本質的にはかわっていないのかもしれない、と思いました。
両頬を寄せ合う挨拶、私も最初は体を堅くしていたかも知れません、今は慣れましたけどね♪
日本人の対人距離、少しは短くなったのでは?というのも最近「ハグ」とか「ハグしよう」など、よく耳にするようになったからであります。ひと昔前は使われていなかったような気がするのですが(知らなかったのは私だけ?)
クリムトの接吻、イタリアでは人気なんですねぇ、ベネチアングラス、タペストリー、タイルにクッションにお皿、あちこちで目にしました。黄金色の色彩、私も大好きです♪
おはようございます。
お国が違えば習慣が変わりますね、日本では表現が
大人しくて何でもだめ~って言われそうですわぁ。
感情が出せるって素晴らしいですよねぇ。
最近の若者の人前での行為はいやですけど、節度を持って
お互いに気持ちに正直っていうのがいいかな~
いつもありがとうございます。
インターネット上では、男女間の口づけにembarasserを使っているものも多い気がしますが、だからと言って、それが正しいとも主流とも言えないので、またこれからも、このembrasserという言葉に心を留めつつ、フランス語を勉強していきたいと思います。イタリア語でも、人によって言葉の使い方や与える意味が微妙に、あるいはかなり違う場合もあるし、言葉っておもしろいなあと感じることがよくあります。
クリムトの接吻の小皿は、実はわたしたちの結婚式の引き出物です。店頭で、いくつかあった有名な画家の有名な作品の中から選べたのですが、夫と二人で迷わずこの絵を選びました。色づかいがすてきだし、女性の表情もいいですよね♪
こちらこそいつもありがとうございます♪