イタリア写真草子 Fotoblog da Perugia ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

覚えるために繰り返す

[…] répéta le petit prince, afin de se souvenir.

 昨晩の記事を書くために、『星の王子さま』の言葉を書き写していたら、「小さい王子は覚えておくために繰り返しました。」というこの言葉が、フランス語の原書ではそっくりそのまま三度繰り返されていることに気がつきました。そして、忘れぬように、「覚えるために繰り返す」ことを表現するその文章がそのまま、「繰り返さ」れていることの妙に感心しました。

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 この部分はイタリア語版では次のように訳されています。

[…] ripeté il piccolo principe, per ricordarselo.
[…] sussurrò il piccolo principe, per ricordarselo.
[…] ripeté il piccolo principe per ricordarselo.

 同じ表現を反復するのはよろしくないという、イタリア語で文章を書くときの規範に影響されてか、この三つの文はそれぞれ微妙に違っています。2文目では「繰り返す」(ripetere)の代わりに、「ささやく」(sussurrare)という動詞を使い、3文目では、上の2文にはあったコンマが姿を消しています。

 これでは、せっかく「繰り返す」という言葉が「繰り返される」という乙な修辞技法や、そっくり同じ言葉を反復することで生まれるリズムや心の奥に響く強さが失われて、なんだか残念です。

 この繰り返しに気づけたのは、手ではなくキーボードを通してですが、自分で本の文字を目で追いながら、文を書き写したからです。お経の書写ではありませんが、いいなと思った言葉を書き写してみると、より心に残り、また、今回のように、何気ない要素が目に留まり、考えを深めるきっかけになるような気がします。ちょうど道を進むのに、車よりも自転車で、自転車よりも徒歩で行った方が、目に入るものも、心を打つものも多いのと同じように。考えたことを、日々のできごとをブログであれ日記であれ、書いて形に残すのも、同じように、自分の思いやできごとをじっくりと見つめ直すきっかけになっているはずです。

 いい言葉を聞いても、すばらしい生き方に触れても、なかなか実践が難しいのは、やはり繰り返し方が足りないのかなという反省もあります。souvenirという言葉は、イタリア語では「おみやげ」という名詞として使われるのですが、フランス語を勉強しているおかげで、この言葉がフランス語からの外来語であることが分かりました。フランス語では、まずは代名動詞、se souvenirが「覚えている、思い出す、忘れないようにする」という意味で使われ、そこから、「思い出、みやげ、記憶」といった名詞としての用法が派生したようです。

 sou(s)- 「下に」+venir「来る」という語構成がおもしろいなと感じていたのですが、今語源を調べてみると、ラテン語のsubvenireから変容したもの(下記リンク参照)とありますから、やはり、この二つの言葉を組み合わせた、元来は「下に来る」という意味を含んだ合成語ではないかと思います。何かを思い出そうとするとき、無意識に人の目は上を向くのだそうですが、このフランス語の「覚えている、思い出す」という言葉も、記憶することが、どこか自分たちの上にあって、そこから自分の頭や心に下りてくるようなイメージが連想されて、おもしろいなと感じました。一方、日本語の「思い出す」という表現にも、思い出すべきことが、何かの中に、記憶の片隅や頭や心のどこかにしまい込まれてしまっているのが、外に出てくるようなイメージがあります。

 覚えておかなければいけないのに、思い出したいのに、ふっと出てこないということはあって、それで、そういう記憶はどこか自分の外、フランス語であれば上、日本語であれば、自分の中の、けれども見つかりにくいところにあるという意識があるから、こういう表現を使うのかしらと、勝手な想像をめぐらせて楽しみました。

 そう言えば、万葉集にこんな歌がありました。

   家にありし櫃に鍵さしをさめてし恋の奴のつかみかかりて   穂積皇子

 苦しい恋の思い出を、家の長びつに厳重に鍵をかけてしまい込んだというのに、恋の奴、それでも時々、自分につかみかかってくるのだ。

 哀しい歌ではありますが、相手に深く恋い焦がれる気持ちがひしひしと伝わってきて、好きな和歌の一つです。

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A casa ho trovato una cassa,
dentro ho rinchiuso il fantasma dell’amore
che tuttora mi assale.

- Principe Hozumi (VII-VIII sec.), trad.it Naoko Ishii
In questa poesia raccolta nel “Man'yōshū” è l’amore difficile da dimenticare che è descritto ‘rinchiuso dentro’, ma chissà nel Giappone antico era considerata dentro qualcosa pure la memoria, visto che la parola, omoidasu che significa 'ricordarsi' è composta da omou ‘pensare’ e dasu ‘tirare fuori’ . Invece, forse per i latini e per i francesi la memoria e i ricordi si trovano non ‘dentro’ ma sopra, perché si usano le parole come ‘subvenire’, ‘se souvenir’ che vorrebbero dire ‘venire sotto’. Da qualche parte ho sentito che quando cerchiamo di ricordare qualcosa, i nostri occhi guardano inconsciamente sopra. Sarà perché gli occhi pensino che la mamoria esista sopra e la cerca? Da quando ho trascritto le parole del libro, “Il Piccolo Principe”, la mia immaginazione ha iniziato a girovagare così.
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関連記事へのリンク
- Rose (14/12/2013)

参考文献・リンク / Riferimenti bibliografici & web
- Antoine de Sant-Exupéry, “Le Petit Prince”, Folio Junior
- Antonio de Saint-Exupéry, "Il Piccolo Principe" , Bompiani
- Larousse – Dictionnaires de français – souvenir. verbe impersonnel
- Larousse – Dictionnaires de français – souvenir. nom masculin
- 田辺聖子、『文車日記―私の古典散歩』、新潮文庫
- Shuichi Kato, "Letteratura giapponese. Disegno storico", Marsilio

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by suzu-clair at 2013-12-16 15:50
なるほど…と、うなずきながら拝読しました。

繰り返しは、とても大切ですね。
なんとなくわかったようなつもりでいても、
同じことをそのままやってみると、
じつはできなかったり、いろんなことに気づかされたりしますよね。
生き方などは、本当にそうですね。
頭でわかっているのと、実践してみることができるかどうかは、
まったく違ったり…
なにかを、自分のものにするまで落とし込むことって、
積み重ねと反復のたまものがあってこそですね。

言葉を分析してみると、
国によっての発想やとらえ方の違いを発見することがあったりして、興味深いですよね。

私も、日々の中で、
ときどきなにか気づきを得ることがあっても、
ついつい日常に忙殺され、
せっかくのきづきを生かせないことも多くて反省しています。
そうですよね、車より、自転車より、歩いて目に映るものをじっくり見つめ、味わうような、
そんなひうとつひとつを丁寧にとらえて大切にする生き方、
私も心がけたいです。
気ぜわしい年末に、とても大切なことに立ち止まらせていただきました。
なおこさん、ありがとうございます☆
Commented by milletti_naoko at 2013-12-16 17:05
すずさんがお仕事で花に向き合われるのも、美しい自然を見て感嘆されるのも、別の意味で、その繰り返しを通して、感受性や自然への愛情などを心に深く培っていらっしゃって、すてきだなと思います。いつも、そして今はとりわけお仕事がお忙しいことでしょう。お疲れさまです。わたしもかつて日本で働き、仕事に忙殺されていた頃、渡辺和子さんの著書で、「忙しいという字は心を亡くすと書くのだ。木を切るのに夢中で、斧の手入れをするのを怠ってしまった。」といった言葉を読んではっとしたことがあります。

わたしは今は、仕事があるときは立て込み、ないときはのんびりというかなり波がある生活をしているので、こうやっていろいろと考える時間だけはあるのですが、それをもっと実際に自分を活かすのに役立てていけるようでありたいなと、そのためにも、ミサで聞いたように、「よりよい自分」を目指して、もっとすずさんに倣って、行動を起こしていかなければと痛感しています。

こちらこそ、いつもありがとうございます♪
Commented by ayayay0003 at 2013-12-16 18:47
なおこさん、本当に繰り返し反復するというのは、何にでも良いことだと思います。
たとえば、私は、オペラの曲なんかであれば、聴きに行く前には100回くらいは、聴いてから行くようにしてます。椿姫は、フランス語の歌だし、
ニーベルングの指輪は、ドイツ語の歌、カルメンは、イタリア語の歌ですが、平気で何度でも聴くことが出来、かつ楽しいのです。さすがに覚えるところまでは、いきませんが、なんとなくフレーズを覚えているところなんかも出て来て、オペラ当日は、本当に楽しめます。
このように、語学が出来たら理想だなあといつも思います。(*^_^*)
Commented by ふたば葵 at 2013-12-16 19:24 x
リンクをたどってこちらへお邪魔しました。
外国の景色にきれいな写真の数々。。。
思わず過去の記事をず~っとたどってしまいました♪
なおこさん、お写真を撮るのも文章を書き綴るのも素敵すぎデス^-^
私も京都でガイドしていて、日々歴史と文化の勉強はかかせないので
「覚えるために繰り返す」…共感しました。
またお邪魔しますね。
Commented by milletti_naoko at 2013-12-16 22:14
アリスさん、オペラの前は100回は聴くなんてすばらしい! それだけ聴きこめば、リズムにも言葉にもしっかりなじんで、公園のときにじっくり楽しむことができるでしょうね。演奏や合唱のコンサートでも、自分が知っている曲が出てくるとうれしいのですが、劇場に赴く前に、そうやって何度も聴き込むという手もあるのですね~ 椿姫は、原作はフランス語ですがオペラ化したのはイタリア人のヴェルディで、初演はベネチアだし、わたしがウルバーニアで観劇したのもLa Traviataとイタリア語だったのですが、日本ではフランス語で上演されることもあるんですね!

オペラは歌舞伎と似たところがあって、ネイティブでも聞き取りにくく理解しやすい場合も多いようですね。座席に置かれた台本を参考にしながら、苦労しながら筋を追ったように覚えています。アリスさん、観劇をしようという計画も、それを精いっぱい楽しむための下準備もすごいですね♪

興味がおありの国や文化が多いので、かえって一つにはしぼり込めないということもあるかもしれませんが、そういう形で外国語の音楽作品に取り組まれるのも、とてもいい語学上達の道の一つだと思いますよ。
Commented by milletti_naoko at 2013-12-16 22:23
ふたば葵さん、リンクとコメントをありがとうございます。そんなにほめていただけると、うれしいような恥ずかしいような。

京都でガイドをされているんですか。それはすばらしい! 京都は、妹の嫁ぎ先であり、かつ夫が日本庭園が大好きなので、帰国するたびに訪ねて、あちこちの美しい庭園や寺社などを訪ねるのですが、見所が本当に多いので、ガイドさんも本当に大変でしょうね。ちなみにうちの夫、日本の桜や数々の庭園に感動しつつ、近未来的な京都駅にもひどく感激しておりました。

ちょうど冬で手の荒れがひどいこともあり、化粧水をつけてからクリームを塗るとしっとりするというお話、わたしこそ本当に助かりました。ありがとうございます。わたしも時々おじゃましますね♪
Commented by ayayay0003 at 2013-12-16 22:53
なおこさん、ちょっと書き間違えました~♪
カルメンが、ビゼーが作ったので、フランス語の歌、椿姫は、ヴェルディが作ったので、イタリア語です(^^;
椿姫のお話の舞台がフランスなんですよね♪
カルメンは、スペインが、お話の舞台だし…
ちょっとあわて者なので失礼しました( ;-`д´-)
Commented by milletti_naoko at 2013-12-17 00:23
アリスさん、うっかり間違いって、わたしも慌て者なのでよくします。椿姫は、原作がフランス語なので、フランス語上演もあるのかなと思っていました。オペラって、作品の舞台も作家も言語も国際的でおもしろいですね。
by milletti_naoko | 2013-12-15 21:17 | Poesia, Letteratura | Trackback | Comments(8)