イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

EU市民の家族とシェンゲン協定2

 国境警備のシェンゲン手引きの記載がどうであれ、EU法では、EU市民の家族については、滞在国がシェンゲン協定に加盟していて、かつ、滞在国の発行する滞在証を所持していれば、加盟国間および圏内外の移動には、有効なパスポートとEU市民家族用の滞在証さえあればよいと、はっきり規定されています。ですから、フィンランド当局は、本来は「手引きの添付書類を改訂して問題を解決した」と通達するのではなく、「法をよく読み込まずに、権利を侵害した非を認める」べきだと、わたしは考えています。今回の問題について、Europe Directが、フィンランド当局やフィンエアーの対応の是非を判断する基準とした法律は、

(1) Council Regulation (EC) No 1030/2002 laying down a uniform format for residence permits for third-country nationals (pdf)
(2) DIRECTIVE 2004/38/EC OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 29 April 2004 on the right of citizens of the Union and their family members to move and reside freely within the territory of the Member States (pdf)

 そして、とすかーなさんからの質問を受けて、在日本フィンランド大使館がフィンランドの関係当局に問い合わせた結果、フィンランド国境警備がイタリア発行の紙製の滞在証を認めなかった法的根拠と考えられるのは、シェンゲン協定、

(3) REGULATION (EC) No 562/2006 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 15 March 2006 establishing a Community Code on the rules governing the movement of persons across borders (Schengen Borders Code)

です。非EU圏国出身者の滞在許可書は、指紋などの生体認証情報を含む統一された形式のものでなければならないと定めているのは(1)の法律ですが、この法律への言及は4年後に施行された(3)のシェンゲン協定にもあります。そこで、今回は、(3)には、EU市民家族用の滞在証が、この統一された形式でなくてはいけない、つまり紙製ではいけないという記載はなく、そして、(2)では、ビザは不要で、パスポートと滞在証だけで十分としていることを、法の関連箇所を引用しながら、ご説明します。

 まずは、(3) のシェンゲン協定、REGULATION (EC) No 562/2006 (Schengen Borders Code)を見てみましょう。第2条で、法律内で使用されている言葉を定義しているのですが、その中には、

“5. ‘persons enjoying the Community right of free movement’ means:
(a) Union citizens within the meaning of Article 17(1) of the Treaty, and third-country nationals who are members of the family of a Union citizen exercising his or her right to free movement to whom Directive 2004/38/EC of the European Parliament and of the Council of 29 April 2004 on the right of citizens of the Union and their family members to move and reside freely within the territory of the Member States (1) applies;
(b) […]

6. ‘third-country national’ means any person who is not a Union citizen within the meaning of Article 17(1) of the Treaty and who is not covered by point 5 of this Article

とあります。つまり、この法律では最初から、EU市民家族であり、EU滞在国で滞在証を得た非EU圏国籍者は、「EU内を自由に移動する権利を享受する人」(5(a))と規定され、「非EU国籍者」(third-country national、6)の対象から外れているのです。第5条では、非EU国籍者が入国の際に満たしていなければいけない条件が数多く列挙され、第7条では、非EU国籍者に対する審査は徹底的でなければいけないとして、さまざまな点検項目を挙げていますが(3)、一方、その同じ第7条で、EU内を自由に移動する権利を享受する人の入国審査は、最低限の簡単なものであるべきとし(2)、かつ、Directive 2004/38/ECに準ずるものでなければいけない(6)としています。

 こうやって、この法律を読んでいて、第9条の内容に驚きました。

“                   Article 9
           Separate lanes and information on signs

1. Member States shall provide separate lanes, in particular at air border crossing points in order to carry out checks on persons, in accordance with Article 7. Such lanes shall be differentiated by means of the signs bearing the indications set out in the Annex III.
[…]
2. (a) Persons enjoying the Community right of free movement are entitled to use the lanes indicated by the sign in part A of Annex III. They may also use the lanes indicated by the sign in part B of Annex III.
(b) All other persons shall use the lanes indicated by the sign in part B of Annex III.”

cfr.同法律の該当添付書類にはこうあります。

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 要するに、EU市民家族用の滞在証を持つEU市民の家族は、空港の入国審査に際して、EU市民用の審査場で審査を受けることができると書いてあるのです。そんなこととは思いもかけず、いつも長い長い非EU国籍者用の審査場の列に並んで、夫を長い間待たせることも多かったのですが、さて、果たしてこのことをEU各国空港の入国審査官は知っているのでしょうか。EU市民用の列に並んで、担当官がそれを知らず、結局並び直すなどという事態は避けたいものです。数年前、イギリスを訪ねたとき、長い長い非EU国籍者用の列に並んだ挙句、にっこり笑顔の審査官から、「だんなさんがイタリア人なんですか。どうしてだんなさんと一緒に行かなかったんですか。だんなさんも、あなたを一人でここに並ばせずに、同伴することができたのに。」と言われたことがあって、あのときは冗談かなと思ったのですが、「一緒にEU市民用の列に並ぶ権利があるのに」と言いたかったのかもしれません。もしEU市民のご家族の方で、いつもEU市民用の審査場に行っているけれど、問題なく受け付けてもらえているという方がいらっしゃいましたら、コメントで教えいただけるとうれしいです。

 それはさておき、結局、(3)のシェンゲン協定は、EU市民の家族が協定国内移動について、どんな書類を必要とするかについては、(2) のDIRECTIVE 2004/38/ECの規定に準ずるとしていますので、では、(2)ではどう規定されているかを見てみましょう。

 出国の権利(Right of Entry)を定める第4条には、EU市民の家族は非EU国籍者であっても、有効なパスポートがあれば、他の加盟国へと移動するために、滞在する加盟国を去る権利があると書かれています。焦点となっている入国の権利(Right of entry)や入国に際して必要な書類は、第5条に書かれています。

“1. Without prejudice to the provisions on travel documents applicable to national border controls, Member States shall grant Union citizens leave to enter their territory with a valid identity card or passport and shall grant family members who are not nationals of a Member State leave to enter their territory with a valid passport. No entry visa or equivalent formality may be imposed on Union citizens.
2. Family members who are not nationals of a Member State shall only be required to have an entry visa in accordance with Regulation (EC) No 539/2001 or, where appropriate, with national law. For the purposes of this Directive, possession of the valid residence card referred to in Article 10 shall exempt such family members from the visa requirement. […]”

 非EU国籍者であるEU市民家族については、第1項には、「有効なパスポートを所持していれば、加盟国は入国を許可しなければいけない」とあり、第2項には、入国ビザが必要である場合も、「第10条で言及されている有効な滞在証(residence card)があれば、ビザ要求が免除される」とあります。

 そして、その第10条では、「滞在証の発行」について、次のように書かれています。

“1. The right of residence of family members of a Union citizen who are not nationals of a Member State shall be evidenced by the issuing of a document called "Residence card of a family member of a Union citizen" no later than six months from the date on which they submit the application. A certificate of application for the residence card shall be issued immediately.”

 このEU法を受けてイタリアで2007年に施行された法律(リンクはこちら)の第10条では、このEU市民家族の滞在証を«Carta di soggiorno di familiare di un cittadino dell'Unione»と呼んでいます。ですから、シェンゲン協定が準ずるように指示しているEU法、DIRECTIVE 2004/38/ECによると、非EU国籍者であるEU市民家族がEU市民と共にシェンゲン協定加盟国に在住している場合は、加盟国間を移動するのに必要な書類は、有効なパスポートとこの滞在証だけであり、イタリア人配偶者を持ち、イタリアに暮らす日本人のわたしたちが要する書類は、有効なパスポートとCarta di soggiorno di familiare di un cittadino dell'Unioneだけだということになります。そして、このEU法には、滞在証が紙製ではいけないという記載はいっさいありません。

 というわけで、国境警備のシェンゲン手引きの記載に関わらず、フィンランド当局は、「イタリアが発行する紙製の滞在証は書類として認められない」と間違った判断を下して、本来自由に出入国する権利を有し、しかもそのために必要な書類を所持していた人に対して、搭乗を拒否したり、失礼な尋問をしたりするように、フィンエアーの空港職員や国境警備の担当官に指示をしていたものと考えられます。わたしのメールには返事がなく、一方で、これまで搭乗や出入国に難癖をつけていた旅客に対して、「問題なく移動できます」と、フィンエアーを通じて連絡があったということは、そういうことだと思われます。

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 そういう意味で、これまでのフィンランド当局の態度と行動および謝罪する気がないように見えることは許しがたいのですが、一方でイタリア側も、各大使館も、それだけたびたび苦情や陳情があったのに、フィンランド当局と話し合って問題を解決しようとしなかったという責任があると思います。それに、そもそもフィンランド当局が紙製の滞在証を「統一規格ではないから」と言って認めなかったのは、紙でできているからと言うよりも、Carta di soggiornoの下の英語表記が、Permit of stayだからではないかという気もするのです。英語で記されたEU法、DIRECTIVE 2004/38/ECにはresidence cardとある滞在証を、イタリアがイタリア語ではCarta di soggiornoと呼ぶことにしたのはいいのですが、ただでさえ、この名称が、かつて仕事などを通して長期滞在資格を取得した非EU国籍者に与えられていた滞在許可書と同名であって混同しやすいというのに、さらに、かつてそうやって与えていた滞在許可書と同じ様式をそのまま利用したために、わたしたちが持つ滞在証を指す英語は、residence cardであり、「EU市民家族にとっては滞在は権利であって、許可を要しない」という前提で名づけられたものと思われるのに、イタリアの滞在証には、Carta di soggiornoの下に英語で「滞在許可書」とあり、だからフィンランド当局が、このCartaを、EU法が規定するEU市民家族用の滞在証であると気づかず、「滞在許可書なら、統一された様式のカードでなければいけない」という判断につながったという例も、中にはあったのではないかという気もするのです。というわけで、ゆくゆくは、この英語表記をresidence cardに変えるように、イタリア関係機関に訴える必要性を感じています。

関連記事へのリンク / Link agli articoli correlati
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- EU市民の家族とシェンゲン協定1 / Familiari di cittadino UE e Accordi di Schengen (22/6/2014)
”Risolta la questione circa l’accettazione della Carta di soggiorno italiana per familiare cittadino UE con l’aggiornamento Annex 22” – così dice una email da Finnair ad una mia lettrice / フィンエアーから「イタリアの滞在許可書の承認に関する問題は、国境警備シェンゲン手引きのAnnex 22を訂正することで解決したと、フィンランド民局から確証を得た」と読者の方に連絡あり。
-それでもイタリアなワケ NEW! in トスカーナ - フィンランド問題 最終報告 (2014/6/24)
- フィンランド国境警備からの返事、紙でも大丈夫 / Risposta - Tipi di carta e permesso di soggiorno cartacei accettati dalla Guardia di Frontiera Finlandese (25/6/2014)

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by とすかーな at 2014-06-24 06:23 x
なおこさん、お忙しい中あっぷありがとうございます。そうなんですよ!どこにも紙製はダメと書いていないのです。これを主張してもそれについては答えず「イタリアの許可証は、条件を満たしていないから」とあいまいに答えていたフィンランド当局も、結局訂正しましたね。あとは現場が変更にちゃんと対応しているかですね。

EU市民の家族は、EU市民用のレーンで良いというのは、お子さんがいる日本人の方が「EU市民用に並んでいいですよ」と言われたというのを幾つか目にしていて、お子さんがいるからなんだろうなぁと思っていたのですが、在住者はOKなら夫と続けて出られるから長く待つということがなくなって助かりますね。来月の帰国の時に試してきますね~。
Commented by milletti_naoko at 2014-06-24 06:58
とすかーなさん、どういたしまして。(1) の法律に、非EU国籍者の滞在許可書は統一された様式のカードでなければいけないとあっても、EU市民の家族はその対象外なんですよね。フィンランド当局が直接メールに答えてくれると一番いいのですが、まずは鍵コメの方ととすかーなさんが無事に旅を終えられれば、現場もちゃんと対応していると安心できそうです。

なるほど、お子さんのいる方にはそういう言葉があったんですね。わたしもいつも夫を待たせることになって申しわけなかったので、EU市民用のレーンでいいというのはうれしいのですが、実際に並んでみて、ちゃんと受けつけてくれるんだろうかと心配です。おお、とすかーなさん、勇気がありますね。すばらしい! ひょっとしたら、EU市民用の審査場に、EU市民の家族として、それを証する滞在証を持って並べば、逆にすんなりすぐに審査を終えてくれるかもしれませんね。どうかご無事でよい旅を!

前々から宣言していたので記事を書いたものの、こんなに長くて小難しい文章を誰が読んでくれるだろうといぶかっていたので、さっそくコメントがいただけてうれしいです。ありがとうございます♪
Commented by ayayay0003 at 2014-06-24 21:25
なおこさん、こんばんは。
全然関係ないかもしれなくて申し訳ないですが、ロシア出国の時に、外国人という入国審査の場所が人がいっぱい並んでいたので、添乗員さんが「diplomatの方が空いているので並んでみましょう!」と言って恐る恐る並んでみたらOKでそちらで出国審査をしてくれました~(*_*)今まででそのような経験がなかったので驚きましたが、今はなんでも合理的な世の中なので空いていればOKというのはありとすればいいなと思いました(^-^)
Commented by milletti_naoko at 2014-06-24 22:33
アリスさん、こんにちは♪ いえいえ、興味深いお話ですね。国際会議のあるときなどは、やっぱり外交官用に審査場を分けて、そこにも人がたくさん並ぶのでしょうが、特に何もなくてすいているときは、ふつうの旅客もそこに並べば、かえって審査をする側としても、効率的にさばけるし、外国人用の審査場に後から来た人も待ち時間が短くなりますよね。添乗員さんの機転でもあり、かつてdiplomatで待つ人がだれもいなかったときに審査する人の側から、こちらへどうぞという誘いがあったのかもしれませんが、いずれにせよ、よかったですね。こういうときは、日本のように杓子定規に規則を当てはめてしまうより、臨機応変に対応できる態勢がある方が、並ぶ方も審査する方も楽ですよね。

最近、アリスさんやかずさん(ブログは「イタリアより」です)が、ロシアを旅行して書かれたすてきな記事を拝読して、ロシアやエルミタージュ美術館に興味を持ちました。今夜、イタリアのテレビで放映されるロシア映画があるので、今から楽しみにしています♪
Commented by Onopy at 2014-06-25 03:07 x
なおこさま、昨日出国時、ヘルシンキ空港でのパスポートコントロールはまったく問題ありませんでした。Carta di soggiornoとパスポートのみを提示したのですが質問も一切されず息子と合わせても5分以内でした。EU入国時もこんな感じですんなり行ってくれるとよいのですが。とりいそぎご連絡まで。
Commented by milletti_naoko at 2014-06-25 06:23
Onopyさま、長旅でお疲れのところ、さっそくのご連絡をありがとうございます。何事もなく無事に通過できたとのことで、当然のこととは言え、何よりです。そうと知って、胸をなで下ろす方もいらっしゃることでしょう。せっかくの日本滞在をどうか十分にお楽しみくださいね。
Commented by とすかーな at 2014-06-25 15:29 x
わ~、よかった!Onopyさん、ほかの国と同じように通過できたんですね!安心しました~♪じゃあ、日本にも通達が出ていましたから、出国も問題ないはず。
なおこさん、本文はもちろんそうですが、添付の資料も全部読んでますよ~☆大使館から既にもらっていたので読んでいましたし、他のも今回読んで、プリントアウトさせてもらいました。
今回、それぞれが、良い感じに連係プレーをして、問い合わせなど自分のできることをしたわけですが、とりわけ、なおこさんの憲法を調べたり、当局への問い合わせが大きかったと思います。本当にありがとうございました。更に尊敬の念の深めました。これからもどうぞ宜しくお願いします!
Commented by milletti_naoko at 2014-06-25 16:57
とすかーなさん、国境警備からもちゃんと返事が来たのでもう大丈夫だと思います。承認できる紙製の滞在証・滞在許可書はこれだけですと簡素に書いてあって、わたしの数々の質問にはいっさい答えていないのですが、フィンランド国境警備がイタリア当局に問い合わせて、紙製で有効のものを把握して、出入国・移動にOKサインを出すことにしたようです。掲示板を見ると、フィンランド側の対応に「イタリアから有効な書類という連絡がないから認められない」というのがあって、どうして直接確認しないのだといぶかっていたのですが、ようやく確認したようです。自分が正しいと思い込んでいたのが、Europe Directの回答で確信が揺らぎ、かつとすかーなさんやOnopyさんをはじめ、多くの方の苦情や質問で、ようやく動いたのでしょう。まだ皆さんが帰国されるまで完全に安心はできませんが、ほっとしました。とすかーなさんも、帰国を控えてお忙しいときに、本当にお疲れさまでした。わたしこそ、お料理やお菓子作り、完璧なお掃除に加え、着々と仕事も進めているとすかーなさん、えらいなと尊敬しています。こちらこそ、これからもよろしくお願いしますね。
by milletti_naoko | 2014-06-23 22:41 | Sistemi & procedure | Comments(8)