イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

イタリア生活開始記念日

 12年間務めた高校教師の職を辞して、1年間イタリアに留学する予定で日本を発ち、イタリアに暮らし始めたあの日、2002年4月3日から、13年が過ぎました。

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 高校3年生を迎えようとするその春に、別れを告げたわたしを、温かく見送ってくれた当時高校2年生だった担任クラスの生徒たちと、最近は、フェイスブックを通じて、少しずつ再び連絡を取り、近況が交わせるようになりました。そのおかげで、当時高校生だった皆が、頼もしい社会人、そして、父・母となった様子を知ることができ、そして、昨年は、次々に三十代になったという知らせがあって、もうそんなにも時が過ぎたのだと、改めて感じました。今も昔も、そうやってひたむきに生きて、感情豊かに素直に表現してくれる、そういう皆からわたしが教わることがたくさんあります。

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 1年のはずだった語学留学が、大学留学へと移行し、さらに大学卒業の少し前に、その卒業する大学で教えられることが分かって、滞在許可証を就学用から就労用に切り替え、やがては、まだ大学生だった頃に知り合ってつきあい始めた夫と同居、結婚してと、この13年間にはさまざまなことがありました。

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 イタリアに暮らし始めて経過した13年間が、高校で国語教師として勤めた12年間を上回ったこと、そして、幼い頃から父や自分の転勤のために引越しを繰り返していたわたしが、今住む家とペルージャにもう8年近く暮らしていて、ということは、これまで住んだどの家よりもどの町よりも、ペルージャに暮らす年数が長くなったのだということに、感慨を覚えます。

 三十代になって、「もしあと十年しか生きられないとしたら、何をしたいだろう」と考え、イタリア行きを決意しました。母やとてもお世話になった先輩の先生が四十代で亡くなったこともあり、そんなふうに考えたのです。今年は母が亡くなった、その同じ年をわたしも迎えます。昨年はちょうど春分の日に運転を誤まって車が崖から転落したものの、幸い無事で、そんなこともあって、生あること、生かされているのだということと、そのありがたさを、つくづくと感じました。

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 通訳をしたり、まもなく学校の日本語講座が再開したり、個人授業で日本語やイタリア語を教えたり、まだまだ仕事も収入も不安定ですが、それでも自らやりがいを感じ、天職だと思える仕事ができることをありがたく思っています。

 退職をして迷惑・心配をかけてしまった同僚、教え子の皆さん。そして、いつもそばにいられない家族、会うことの少なくなった友達の皆さん。イタリアでさまざまなきっかけで出会った皆さん、メルマガやブログを通じて知り合えた皆さん。いろいろありますが、わたしは今幸せです。もっとこうであれば、こうしなければと思うことはいくらもありますが、まずは生きていること、皆さんに出会えたこと、そして、皆さんの存在や言葉に支えていただいていることを、幸せにありがたく思っています。

 授業の教え方、生徒の指導法、人権教育、図書館教育などなど、教員生活12年間に数々の研修を通して教わったことを、今は愛媛県立高校での教育に役立てることはできないけれど、そうやって鍛えていただいたことに感謝しながら、イタリアや世界というもっと広い世界、大きな舞台で、世の中に返していけたらと、おこがましいようですが感じています。

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Fiori di Ciliegio, Migiana di Monte Tezio, Perugia 2/4/2015

 後悔も、夢に向かって努力すべきこと、すべきなのにできていないこともたくさんあります。最近公私共に忙しいとは言え、フランス語学習も瞑想講座もエゴスキュー体操もさぼり、日記に書く字がなぐり書きになり始めて、反省もしています。

 それでも、イタリアの白い桜も、日本の色とりどりのピンクの桜も共に美しいし、それぞれに独特の美しさがあると感じられる自分でいられてよかったと思い、そんなふうに思えることがありがたい今日この頃です。

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Il 3 aprile 2002 sono partita dal Giappone, dopo aver salutato i miei, gli amici e carissimi ragazzi della mia classe. Pensavo di studiare in Italia solo per un anno, invece sono passati ben 13 anni e ancora sono qui.
Mi viene la nostalgia per la fioritura dei ciliegi in Giappone, pure amo anche i fiori bianchi dei ciliegi italiani. Amo il Giappone, il Paese in cui sono nata e cresciuta, ma amo anche l'Italia, il Paese che mi ha accolto e in cui vivo da 13 anni. Insegnando il giapponese e l'italiano, lavorando da interprete e scrivendo articoli del blog, posso fare tramite delle due culture che mi stanno al cuore e ne sono contenta.
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2015-04-03 23:59 | Giappone - Italia