イタリア写真草子 ペルージャ在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

陣中見舞い、銃の解体と平和への祈り

 用事があって出かけたついでに、さくらんぼのケーキをおみやげに、先週まで日本語を教えていた学校を訪ねました。マケドニア語やロシア語、ファルシ語(ペルシア語)などの講座は、授業が来週までなのですが、わたしはおそらく週末から旅行に出かけるため、今日あいさつに行かないと、もうなかなか会える機会がないからです。

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 授業を教えていた間、他の言語の先生や生徒さんの奥さんが作ったケーキなどを、時々いただく機会があったのですが、日本語の授業がある間は慌ただしくて、なかなかケーキを焼ける時間がなかったので、残っている先生と生徒さんは少ないものの、心ばかりのお返しでもあります。

 週末に薬草講座に通っているという話をしたら、ロシアやマケドニアでは、小学校の高学年で、草花を集めて植物標本を作り、翌年には、昆虫標本を作ることになっていたと、ロシア語とマケドニア語の先生が教えてくれました。子供がそうやって緑の中に出かけて、一つひとつ草花を採集し、名前を調べて記していくというのは、とてもいいことだと思いました。ただ、そのとき、国際交流のために、お子さんがロシアの学校に短期留学したという生徒さんの話を聞いてびっくりしました。留学先の学校では、なんと銃を解体する授業があり、もちろんそんなことはできないし、しようと思ったこともないお子さんがうろたえてしまったというのです。しかも、ロシア語とマケドニア語の先生によると、彼女たちも学校に通っていた頃に、授業中に銃を解体したというのです。そうして、そういう授業があるのは当たり前と考え、どうして銃の解体法を学ぶという疑問さえ抱かなかったというのです。

 そういう国が今世界にどのくらいあるのでしょう。将来に向かって必要な知識や技術を身につけ、心身を成長させるべき学校で、銃の解体を学ぶ国があるのだと知って、恐ろしいことだと思いました。日本やイタリアで、そうして他の多くの平和な国で、どうかそんな授業を子供たちが受けるような日が来ませんように。

 愛媛県にかつてあった宇和町の町には、古い教科書を見ることができる博物館がありました。明治時代のものと思われる数学の教科書が確か縦書きで、△ABCが△甲乙丙となっていたのに驚いたのを覚えています。そうして、歴史の教科書には、神武天皇をはじめとして、数百歳まで生きたとされる代々の天皇の名と、古い歴史書に書かれていたであろうそういう年齢や生きた年代がずらりと記されていました。確かガラスケースの中にあって、本をめくることはできなかったように記憶しているのですが、天皇は神であるとか、その神のために、神の国のために命を捧げることは尊いことだとかいう、太平洋戦争中の教育の芽は、すでにこういう明治時代の教科書にもあったのかもしれないと、ふと感じました。

 日本は美しい国です。他人の心を思いやり、上から言われること、多くの人が正しいということに従う人が多い国、報道の規制が強いために、私営のマスメディアが多々あるものの、主だったニュースや取り上げられ方に各社の差があまりない、不思議な国です。どうか美しい日本が再び戦争に向かって行くことがありませんように。国が変な方向に動き始めた時に、国民がそれを食い止めることができる、憲法が規定する平和を、国民のわたしたちが守っていくことができますように。

 イタリア語では、自爆テロのことをkamikazeと言います。先月だったか、ペルシア語の生徒さんが、かつての日本の兵士はたとえ自爆して命を落としたとしても、それは自分や特殊な宗教集団の狂信のためではなく、あくまで国の命令に従ったのであり、戦争下にあったのだと、神風による自爆を、自爆テロとは違うと擁護してくれていました。でもわたしは、国家による戦争という事態そのものが、そもそも自国の平和や自国民の命を危険にさらして他国を攻撃するという一種の自爆テロなのではないかと感じています。

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Sorpresa triste e amara

Oggi alla SLEE ho saputo che in Russia i ragazzi imparano a disassemblare il fucile a scuola e anche le nostre college, russa e macedone, lo facevano quando frequentavano la scuola. Probabilmente anche in alcuni altri Paesi...
Poi a scuola le mie colleghe imparavano pure a raccogliere le piante selvatiche e a fare l'erbario...
Che venga il giorno in cui tutti i bambini e i ragazzi del mondo possano imparare a rispettare e amare gli altri e la natura anziché imparare a disassemblare le armi.
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by nagisamiyamoto at 2015-06-13 07:12
なおこさん、こんばんは
私は最近、安部総理の憲法改正や憲法の解釈の判断について興味を持っていました。おそらく総理の家族がフィレンツェに来ていたこともあるかもしれません。
個人的に、平和な世界、銃を持つこと、戦争が行われることがもっと重く考えられるべきだと思っています。
KAMIKAZE、TSUNAMIなどマイナスイメージが多い海外で使われる日本語ですが、これが真実ですよね。そう思うとなおこさんのケーキがいよいよ温かく感じられます。
Commented by milletti_naoko at 2015-06-18 05:12
なぎささん、こんばんは。戦争を行おうと考えるのはいつもすでに豊かさや権力を手にした人々で、平穏な生活や自らや愛する人の命を危険にさらに失うのは一般庶民です。今もそうして戦禍に苦しむ人が大勢いますし、原発についても、結局は民の幸せより、一部の企業や官僚の私益が優先されているわけで、恐ろしく感じています。フィレンツェには総理の家族も旅行をしたのですね! ありがとうございます。生徒さんや先生方が喜んでくれて、わたしもうれしかったです♪ 本当に皆さんいつもおいしいものを分けてくださっていたのに、わたしも学校の授業があった間は、なかなかケ‘-キ作りをする余裕がなかったので、ようやくなのではありますが。皆さんすてきな人ばかりで、会えたのもうれしかったです。
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by milletti_naoko | 2015-06-12 18:15 | Altro | Comments(2)