イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

敵と恐怖を頭が作る

 戸外で妙な音がすると思って窓を見ると、頭に黒い模様の入った小さな白い鳥が、何度も窓に体当りしているではありませんか。小鳥は、わたしの視線に気づいたとたん、よそに行ってしまいましたが、しばらくすると再び戻ってきて、カタン、バサバサッとにぎやかに窓に突進しています。そうして、わたしと目が合うと同時に、向こうに飛んで行ってしまいました。

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 この頃そういうことが時々あって、わたしは小鳥が、窓ガラスに映った自分自身の影を、仲間か魅力的な異性だと思って、遊ぼう近づこうと、窓ガラスにぶつかってしまっているのかしらと考えていました。ある日昼食時に、夫にその話をすると、ミジャーナのうちの1階にも、同様に小鳥が時々体当たりをしに来る窓があるということです。夫は、鳥が縄張りを荒らす敵、あるいは恋敵だと思って、窓に映った自分の影を攻撃しているのではないかと言います。

 そうして、昨日、寝室でカタカタという音に気づいて、窓を開けて下を見やると、駐車してある義父の車のサイドミラーに、例の小鳥が何度も突撃しているではありませんか。わたしがのぞいたのは2階の窓からだったので、この距離なら気づかれまいと、撮影しようとカメラを取りに行ったのですが、電源を入れたときにレンズが飛び出す音で、小鳥がわたしの存在に気づいて、飛び去ってしまいました。

 その話を義父母にすると、わたしたちの階下にある義父母宅にも、同じ小鳥が、広間の大きなガラス目がけて、しばしば突進しているということです。義母は、窓ガラスがあることに気づかずに、移動しようとしてぶつかるのではないかと言うのですが、一度、二度ぶつかって、向こうには行けないと分かっても、小鳥はガラスに突進し続けています。

 窓ガラスやサイドミラーに映るのは小鳥自身の影であって、敵などだれもいないのに、小鳥は自分で、「あ、これは敵だ!」と勘違いをして、何度も攻撃を繰り返しているわけです。ガラスにぶつかれば自分も痛いはずですが、ぶつかっているのはガラスや鏡ではなく、宿敵の鳥であって、ぶつかったはずみに自分が後ろに下がり、その影が映るのを見て、「ああ、敵に打撃を与えた」と思っているのでしょう。

 小鳥のことを考えるうち、今昔物語集の中の、刀を持つ自らの影におびえて、妻に笑われた兵士の話を思い出しました。小鳥も兵士も、実際には敵は存在せず、自らの影がそこにあるだけなのに、勝手に敵だと思い込んで、攻撃をしかけたり、恐怖に震えたりしているわけです。相手が自分の影なので、少々痛い思いをしたり、おびえて笑われたりするだけですんでいますが、こういうことは、現実の生活や社会でも、ありがちではないでしょうか。何だか嫌なやつだな、おれを敵視しているのではないかと、そういう目で見て、態度で接するから、相手も距離を置いたり、攻撃的な態度を返してくるということが。単に個人の問題ばかりではなく、文化どうし、国どうしの間でも、偏見が差別的態度を産み、相手をそんなふうに侮蔑の目で見るために、相手からも、批判的な見方や冷たい態度しか返ってこないということが。本当は文化的な交流を通じて、互いに友好的な関係を築けるはずであるのに、どんどん関係が悪化して、戦争まで起こりかねない事態にまでなっていくということが。その思い込みが、一部の権力者だけのものであったり、実は権力者や富裕層たちは戦争による私益に目がくらんでいるだけなのに、国内で、相手国への敵対心を煽り立てるために、事実を曲解した偏見や差別に満ちた報道を、あえて意図的にするということが。

 本当は、鏡に向かってほほえめば、鏡の自分もほほえみを返すように、こちらから好意や敬意を持って接すれば、相手も、たとえ初めは難しくとも、こちらを敬い重んじる態度で接してくれるようになるのではないでしょうか。もちろんそれがひどく難しい場合もあるのですが、それでも、自分の敵対心や嫌悪のままに行動してしまうのではなく、まずは礼を以て、思いやりを持って接することが大切だという気が、わたしはします。

 写真は、小鳥が時々体当たりをしてくる窓の一つです。昨日は、風が強かったため、白い桜の花びらが風に飛んで、とてもきれいでした。

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In questi giorni un uccello viene spesso a sbattere
sulle nostre finestre o sullo specchietto della macchina,
considerando come nemico il riflesso di sé stesso.
Tuttavia, non di rado il che succede non solo per gli uccelli,
ma anche per gli essere umani e per le Nazioni.
Gli stereotipi, i pregiudizi, gli odi spesso non sono fondati
e alcuni nutrono i pensieri negativi nei confronti di qualcuno,
qualche popolo, qualche nazione, credendo ciecamente
le autorità e i mass media, entrambi a volte accecati.
L'odio chiama l'odio e la violenza. Invece, usiamo la propria testa
e sorridiamo allo specchio, agli altri...
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2016-04-09 23:59 | Altro