イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

イタリア語文法の習得にも脳が自然に覚えやすい順序がある(1)~メルマガ第110号から

 赤ちゃんがまずは座ることを覚え、はいはいができるようになって、そうしてやがては立ち、歩くことができるように、言語を習得するにも、学校などでの学習なしに生活しながら自然に習得する場合には、文法事項はこういう順序で身につけていくという順序があります。

 イタリア語についても、もう長い間、主に、イタリアで仕事をしながらイタリア語を習得した移民を対象にして、さまざまな文法事項について、その自然な習得順序(ordine naturale dell’acquisizione)の研究が行われ、その研究結果が分かってきました。語学教育の介入なしに自然に覚える順序こそ、学校や独学で学ぶ学習者にとっても最も習得しやすいはずと考えられ、この習得順序は、イタリア語教育法を専門とする大学では、もう長い間学習対象となり、また、この順序を取り入れて学習内容を編成する教科書も、イタリアではすでに何冊も発行されています。

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 そうして、実はこの順序こそ、わたしがまだ日本では知られていないだろうけれども、日本のイタリア語学習者の多くの方に役立つはずだからお伝えしたいと、2008年12月にこのイタリア語学習メルマガの発行を決意した理由の一つでもあるのです。関連の数冊の本や授業のノートを見直して整理してから体系的にと考えていたら、先延ばしにしてここまで来てしまいましたが、皆さんが興味があるのは、この学問ができたいきさつや研究の過程ではなく、実際に学習を助けてくれる「自然に覚えやすい習得順序」の数々だと思い、今日はいよいよ、そのうち動詞の法・時制に関する順序についてお話しします。手近にある本のうち、皆さんにもよく分かるように、学習者に分かりにくい表現は省いて、簡潔にまとめてある本から、その順序を引用します。

 "presente > ausiliare + passato prossimo > imperfetto > futuro
( > condizionale > congiuntivo)"

(P. Barki et al., “Valutare e certificare l’italiano di stranieri. I livelli iniziali”, Guerra, Perugia 2003)

 実際の研究結果を踏まえて、読者の皆さんに分かりやすいように訳すと、こうなります。

 「直説法現在 > 近過去 ([助動詞+] 過去分詞) > 直説法半過去 > 直説法未来
 ( > 条件法 > 接続法)」

 さらに分かりやすいように、該当する動詞の法・時制の例によって順序を示すと、こうなります。

 Paolo studia > Paolo (ha) studiato > Paolo studiava > Paolo studierà
 (> Paolo studierebbe > Penso che Paolo studi)

 さて、こと動詞の法・時制に関しては、この習得順序が、自然に習得した場合にも、学校に通ったり本で独学で勉強した場合にも、普遍的な順序であること、つまり、左にある法・時制が身につかなければ、その右の形は身につかない、この順序に従ってのみ習得が進むということが分かっています。ただし、ここで言う「身についている」とは、教科書や授業で勉強して、試験に受かるという程度の身につき方ではなく、実際にイタリア語による意思疎通の中で、話しながら適切に用いる力が身についているということです。

 イタリア語を学習し始めた人には、英語なら現在形では、

 I/you/they study - He/she studies

と、動詞については二通りの活用しかないのに、イタリア語になると直説法現在で、

 io studio / tu studi / lui,lei,Lei studia / noi studiamo / voi studiate / loro studiano

と、主語の人称と単複に応じて、六つの変化があるのに、驚いて大変だと思われた経験を持つ方が、多いのではないでしょうか。

 イタリア語を学校で学ばず、入門書も持たぬ人が、イタリア語の波にもまれながらイタリア語を学ぶと、まずは相手が言わんとすることを理解しよう、相手に思うことを伝えようとするために、伝える内容の骨子に関わらない文法的な細部にはこだわらず、意味を伝える核の部分だけをまず記憶して、使うようになります。

 イタリアに暮らしながら、Studiate「(皆さん)勉強してくださいね。」、Lei studia molto「あなたはよく勉強しますね。」、Studiavo il francese「フランス語を勉強していたんです。」などと、さまざまな法・時制でstudiareという動詞が使われるのを見たり聞いたりするうちに、語尾変化は無視して、このすべてに共通するstudiaという部分だけを脳が取り出して、「学ぶ」という意味の動詞として認識し、ありとあらゆる状況で、まずは現在だろうと過去だろうと主語が何人称だろうと、そうして人数に関わらず、自分が「学ぶ」の意味だと認識したこのstudiaという形を使って、話をしていくというのが、暮らしの中で自然にイタリア語を身につけていく人が、最初に習得する動詞の形の用法で、ですから、これは正確には「現在形」ではなく、他の書籍では、forma basica(「基本形」とでも訳せるでしょうか)と記されています。ちなみに、動詞に活用形がない中国語を母語とする学習者などは、不定形(今例として挙げている動詞を使えば、studiare)を、この段階で文を作るときに使うそうです。(Maria G. Lo Duca, “Lingua Italiana ed Educazione Linguistica. Tra storia, ricerca e didattica”, Carocci 2003, Roma)

 皆さんも、旅行のときなどに覚えがあるでしょうが、外国語の中で暮らすと、形よりもまずは伝えることの方が大切と、とにかくまずは「言わんとすることを伝えよう」ということに焦点を当てて、コミュニケーションを取り、また言葉を学ぼうとするのであって、意思疎通がまがりなりにも図れるようになり、その言葉をサバイバルに使えるようになって初めて、「では文法的にももっときちんと、正しく話せるようになりたい」と、活用語尾や不規則変化などにも、目が向いていくのです。ただし、これは、「言いたいことが伝わって、生活に不便がないからこれでいいや。」と意識しないにせよ、心のどこかで思ってしまって、学習言語、ここではイタリア語の化石化(fossilizzazione)が起こっていない場合の話で、化石化が起こると、いくら長い間イタリアで、イタリア人に囲まれ、イタリア語を使って暮らしていても、イタリア語の力が、まだまだ改善の余地が大いにあるのに、それ以上は伸びなくなってしまいます。

 ただ、逆に言うと、これは、日本のイタリア語学習者の方にとっても、警告かつ朗報になります。外国語の力が真の意味でつくということは、決して単語をたくさん覚えることでも、動詞の活用を正確に暗記することでもなく、必要なときに、いかにその外国語を使って、状況を切り抜けることができるかということです。ということは、初級の段階では、活用をしっかり正確に覚えることももちろん大切ですが、間違ってもいいから、自分の言わんとすることを、今自分の中にある外国語の知識や力を総動員して、相手に伝えよう、状況を解決しようと、言葉をつむぎだしてみる、そういう機会を積み重ねることこそ、本当に使えるイタリア語が身についていくということなのです。何年イタリアに暮らしていても、動詞studiareの活用はすべてstudiaで済ませてしまう移民もいて、それはそれで困るのですが、いくら自動車学校で自動車の構造やメカニズム、交通規則を教わっても、実際に路上に出てみないと、いつまでたっても車を運転できるようにならないように、いくら入門書を読んでも、問題集を解いても、実用イタリア語検定対策の勉強をしても、イタリア語の歌を聴いたり、映画を見たり、本を読んだりして、イタリア語を学びつつ、楽しむための手段としても使ったり、友達を見つけて、イタリア語でメールや手紙を書いたり、日記を書いたり、旅行やイタリアの人との出会いの中で、イタリア語で話してみたりしなければ、つまり実際にイタリア語を、言語として活用する練習をしなければ、いつまでたってもイタリア語を真の意味で使えるようにはならないのです。

 以上が警告で、では朗報は何かと言うと、多少動詞の活用が間違っていても、言わんとすることは、皆さんが思っている以上に相手に伝わる可能性が高いということです。自転車でも、何度も転びながら、ようやく乗り回せるようになるのです。間違ってもいいし、間違う危険を冒しながら、どんどん実地訓練を積んでいかないと、イタリア語はきちんとものになりません。大丈夫、相手に伝わる、間違ってもいいんだ、書く回数・話す回数を重ねて、話せるようになるんだと、度胸を持ってくださって大丈夫だし、その度胸を持つことこそが大切なのです。

 習得初期の段階で、たとえばsutdiaという形を、すべての人称、そして現在・過去・未来のいずれの場合にも使って、イタリア語の会話で切り抜けていく移民の話をしていたら、わたし自身がイタリアに来て、初めて通ったマルケの私立語学学校で出会ったアメリカ人学生だちを思い出しました。

 母国の大学で経済を学び、イタリア語はゼロの状況で留学した若者たちは、けれどもできるだけイタリア語だけで会話をしようと頑張っていて、動詞の直説法現在をほぼ学び終えた頃、あるとき英語で真剣な顔をして、わたしに言いました。「これからはできるだけイタリア語だけで話そうと思う。まだ現在形しか知らないけれど、未来のことを話すときは、指で前を指しながら、過去のことを話すときは、指で背中の後ろを指しながら、現在形を使って話すからね。」

 移民たちがではどうやって現在形もどきの基本形だけで、指を使わずに、過去や未来についても話しているかと言うと、domani(明日)、dopodomani(あさって)、lunedì prossimo(来週の月曜日)、l’anno prossimo(来年)、 fra due anni(2年後)などという未来のときを指す言葉を使えば、未来のことだということが分かるのです。また、日本語でも、ほぼ確実な予定については、「来年大学を卒業します。」と言い切るように、イタリア語でも、そういう場合には、未来形ではなく現在形で代用する場合が多いのです。一方、過去の場合は、歴史的現在(presente storico)と言って、歴史上のできごとをあえて現在形で書く用法もあるものの、普通は過去の事実の記述には、過去形を用います。けれどもこれも、ieri(昨日)、la scorsa settimana(先週)、 tre anni fa(3年前に)、nel 2002(2002年に)といった過去のときを表す言葉を併用することによって、相手には過去のことだと伝わります。

 というわけで、間違ってもいいから話してみよう、過去形や未来形を知らなくても、話を通じさせる方法があるというところで、今日の記事は終わりにして、続きはまた次号でお話しします。

 終わりに

 すでにイタリア語学習メルマガの記事として、23日に発行した記事ではありますが、この自然な習得順序についての記事は、イタリア語のみならず他の外国語を学習する際にも参考になりますし、ずいぶん前から、できるだけ多くの日本の方にお伝えしたいと考え続けてきたことなので、あえてブログの記事としても発行することにしました。

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Da anni volevo scrivere sulle sequenze di acquisizione dell'italiano L2
per gli apprendenti giapponesi e finalmente ho iniziato!
Per primo, sull'acquisizione dei verbi.
  "forma basica (presente) > ausiliare + passato prossimo
  > imperfetto > futuro ( > condizionale > congiuntivo)
"
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関連記事へのリンク
- イタリア語の化石化
- 優秀な外国語学習者とは
- イタリア語学習におすすめの入門書と辞書1
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by London Caller at 2016-07-27 05:43 x
>主語の人称と単複に応じて、六つの変化

イタリア語の発音は簡単ですが、文法は複雑ですね。^^;
中国語の動詞に過去形、現在形、未来形はありません。
動詞の格変化、ありません。
イタリア語と正反対ですね。
Commented by ayayay0003 at 2016-07-27 08:14
なおこさん、イタリア語を勉強したことのない私には、衝撃的な今日の記事でした!6つも動詞が変化するなんて・・・
む、むつかしいです~(*_*)
会話は、確かに、文法などは無視して、伝えるように会話してる海外旅行の時の自分がいます(笑)
英語のことですが、イタリア語とかになるとほんと単語を並べるだけなのですが、それでも相手のイタリアの方が一生懸命聞いてくださろうとしてくださる姿勢が嬉しい場面にシバシバ出会うと、もっと勉強しておけばよかった!といつもの繰り返しになるのが玉にきずです(笑)
外国の方とコミュニケーションがとれるというのは、ほんとうに楽しいことですね(^^♪
Commented by milletti_naoko at 2016-07-27 17:05
London Callerさん、イタリア語から言語類型の観点から最も隔たりのある言語とされるのが日本語と中国語で、どの言語にもそれぞれの複雑さがあるのですが、そのために日本語・中国語を母語とする人にとっては、イタリア語の学習が特に難しいとされているんですよ。
Commented by milletti_naoko at 2016-07-27 17:15
アリスさん、六つに変化というとびっくりしますが、たとえば旅行中の会話でよく使うのは「わたしは/あなたは」(「(複数の旅行なら)わたしたちは・あなたたちは」)と人称が限られていますし、決まった表現は覚えるのが早いので、それほど大変ではないんですよ。逆にイタリア人で日本語を学習する人には、形容詞が後に来る言葉によって形を変えたり、数を表すのにものによって表現が違ったりするのに、とても苦労しています。

イタリアの人は、日本からの観光客が自国の言葉を使おうとしてくれると知って、そうして、コミュニケーションが取れるのを、アリスさんと話しながら、きっと楽しまれていたことと思いますよ。わたしもギリシャ旅行の際、かじる程度にギリシア語を勉強していったら、アテネのホテルの受付のお姉さんがひどく感激して、いろいろ特別なはからいもしてくれました。
by milletti_naoko | 2016-07-26 18:04 | Lingua Italiana | Comments(4)