イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

懐メロ、授業準備と方言・日本語・イタリア語

 「太鼓の音が聞こえてきた」、「けいこを続けていれば、わかってきますよ」、「生まれた川に戻ってきます」(すべて『みんなの日本語 中級I 本冊』から引用)と、同じ「~てくる」という表現を使っても、意味・用法はそれぞれ違います。

 どうすれば、混乱なく生徒さんに理解してもらえるだろうと、授業のプリントを準備していたら、懐かしい歌が心に浮かびました。

 「行ったきりなら 幸せになるがいい 帰ってくるなら いつでもおいでよ」
 「帰ってこいよ 帰ってこいよ 帰ってこいよ」

 今調べてみると、『勝手にしやがれ』は1977年、『帰ってこいよ』は1980年の歌ですから、それぞれわたしが10歳、13歳の頃にはやっていた歌です。にも関わらず、サビの部分などしっかり覚えているのは、スーパーなどの店頭でよくかかっていたため、また、親がよく見ていたテレビの歌謡番組で、しばしば歌われていたためでしょう。

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Vite americana @ Eremo di Camaldoli 1/10/2016

 まだ日本の高校で国語を教えていた頃、教職員の飲み会の二次会か三次会で、皆が代わるがわるカラオケで歌っていたときに、先輩の先生がしみじみと言ったことがあります。「おれの年頃になると、この歌はあのときのって、人生の思い出になる場面ごとに、この歌っていう歌があるんだよな。」当時、二十代だったわたしは、半信半疑で聞いていたのですが、今になって、そのときのその先生の感慨が分かるような気がします。

 閑話休題。先の二つの歌をきっかけに、中学3年で、卒業が目前だった冬休みに、突然東京から松山に引っ越し、転校することになったときのことも思い出しました。

 まだ転校したばかりの頃、教室で同級生が「帰ってこうわい」と言ったので、戻るものと待っていたら、いつまでも姿が見えず、後になって、伊予弁では単に「うちに帰ります」の意味だと知りました。

 掃除の時間に、「机をかいて」と言われて、「どこに机をどうして描かなきゃいけないんだろう」と思っていたら、「机を運んで」の意味だと分かるまでにも、しばらく時間がかかりました。

 愛媛県立高校の教師となってからは、今治、野村、内子と、三つの市町村の三つの高校に勤めて、同じ愛媛県でも、アクセントやイントネーション、語彙が地域によって違うことを興味深く観察しました。転勤が決まって、初めて野村高校にあいさつに行ったとき、事務室で事務の方同士が交わしていた会話がほとんど理解できなかったので、どうしようと慌てたのですが、実際に勤務してみると、まったく問題ありませんでした。

 同じ人でも、方言を共にする親しい人とくだけた話をするときには純方言で、他の地方から来た同僚には方言色を和らげて話す傾向があるからだと、イタリアの大学で社会言語学をいろいろ勉強した今はよく分かります。

 これはその土地に暮らして、外国語を身につける場合にも注意が必要な点で、たとえば長くイタリアに暮らして、高齢者の介護をしながらイタリア語を学んだ移民は、もっぱら方言で話す高齢者とその家族とのやりとりの中で学ぶために、方言、あるいは方言色の強いイタリア語を身につけてしまう傾向があります。一般的には、共通語に近い言語を話すとされる学歴の高い人でも、住民が方言を誇りに思い、職場などでもよく使う地域に暮らしていれば、くだけた場面のみならず、職場でも町角でも方言を使いがちです。そのためでしょう、大阪に長く暮らしたというある英語指導助手(AET)のアメリカ人男性は、日本語のつもりで大阪弁を話していました。わたしがかつてペルージャの中心街の同じアパートで暮らしていたドイツ人女学生も、イタリア語をまったく知らずにペルージャに勉強しにきて、バジリカータの仲よし女性二人組と同じアパートで共同生活を送りながら学び、さらに恋人がナポリの男性だったため、ペルージャに暮らし、先生が標準語に近いイタリア語で話す大学で学びながらも、南部の訛りが色濃いイタリア語を話すようになりました。方言を理解できて、話せるのはすばらしいことなのですが、ただ、服装や靴と同じように、言葉もまたTPOによって、使い分ける必要があります。イタリア人は高齢者でも、今はテレビのおかげで、仲間内では方言、改まった場面では方言色が薄いイタリア語と、使い分けられる人が多いのですが、イタリアで外国人として、身内や仲間うちで使われるくだけた口語表現や方言の中で生活しながらイタリア語を学ぶだけでは、くだけた場面やその地域では通用しても、改まった機会になるとどうかなということになりかねませんので、注意が必要です。

 今夜はもう遅いので、明日は早起きして、授業用のプリントを完成させるつもりです。

 写真は、土曜日に訪ねたカマルドリの庵の塀を覆っていたツタの葉です。

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Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by ayayay0003 at 2016-10-06 11:35
日本語の表現を理解してもらうために、歌詞がササッと出てくるっていいですね~(^^♪
『勝手にしやがれ』は、ほんとに懐かしい曲で、祖母がファンでもあったので特に好きでした♪
方言は、確かに愛媛でも地方によってかなり違いがありますね!
家の方では「帰ってこうわい」も言いますが「いんでこうわい」と言います!
↑いぬ=住ぬ、確か古文で出て来る言葉ですが、同じように使っています。何故、家の地方が古文で出てくる言葉を使うのか不思議です!
イタリア語にも当然方言はあるわけで・・・
なるほど、地方に住むと方言でばかり話すから、地方の言葉を覚えてしまうということなのですね!
語学というのは、奥が深いですね。
Commented by mokochan at 2016-10-06 22:24 x
なおこさんbuonasera!
一昨日、NHKの番組でシチリアを放送していました。
私は旅番組を観てイタリア語を聴いていると南のほうが少しわかりやすいような気がするのですがどうしてでしょう?
もちろん気のせいかも(汗)
なおこさんのリスニングに関する記事は何回も読んでます。実はヒアリングマラソンは随分前に挫折した経験ありです。。なおこさんの仰る通り、イタリア語のリズムやイントネーションがまだつかめていないから自分で言えない。。ということはリスニングも難しいということだと思います。
ですからまずは短文から真似ができるように繰り返す練習をすることにします。
いつもありがとうございます。
Commented by milletti_naoko at 2016-10-07 07:44
アリスさんもこの歌をよく耳にされたんですね。なつかしいですよね。

死ぬる、往ぬるは、松山方言にもあるんですよ♪
Commented by milletti_naoko at 2016-10-07 07:52
mokochanさん、そんなに読んでくださっているんですね。ありがとうございます。

リズムやイントネーションをものにするには、ある程度まとまった流れのある文章や会話、歌で、できれば言っていることがモジでも把握できるものを、何度も真似して言い、何度も聞いてみるのがいいと思います。よろしかったら、メルマガのバックナンバーでそういう音声教材を取り上げたものをお役立てください。
by milletti_naoko | 2016-10-05 23:35 | Insegnare Giapponese | Comments(4)