なおこのイタリア写真草子 Fotoblog da Perugia ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

柿とイタリア・イタリア語

 柿は遠い昔に中国から日本に伝来したと考えられますが、学名にはDiospyros kaki L.と、ギリシャ語源の言葉に日本語名の「柿」が並んでいます。

 そのため、イタリア語でも、「柿」を意味する言葉は、日本語からの外来語で、cachiです。発音をカタカナ書きにすると「カーキ」になります。

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 イタリア語では原則的に、外来語の名詞は不変化で、単数形も複数形も同形です。ですから、たとえば外来語のbarやcomputerは、一つあろうと二つ以上あろうと、語形が変わりません。標準イタリア語では、「柿」を表すcachiも、不変化(invariabile)の男性名詞です。

 外来語は他の国から来た言葉なので、原則的にはイタリア語の文法には従わず、こんなふうに単複同形となるのですが、一方、本来のイタリア語の名詞では、大部分の名詞が、単数形・複数形で語末が変わります。パニーノ、ドゥオーモというイタリア語は、イタリア料理やイタリア旅行、またはその紹介番組などを通じて、今や日本の多くの方に知られているのではないかと思います。原則的に名詞の単数形・複数形というものが存在しない日本語では、一つあろうと二つあろうと、「パニーノ」、「ドゥオーモ」です。けれども、paninoもduomoも、イタリア語では男性名詞の単数形であり、一つのパニーノや大聖堂について話す場合にはそのままの形でいいのですが、二つ以上について語る場合には、語尾が-oから-iに変わり、複数形のpanini、duomiを用います。単数形の語末が-oである男性名詞は、複数形では、原則として、その語末が-iに変わるからです。

 柿はイタリアには19世紀半ばにアジアから渡来したとされ、20世紀の初めからいくつかの地域では食用に栽培されたものの、イタリア全国で、店先に食用の果物として並ぶようになったのは、つい最近のことで、今でも地方や郊外に足を運ぶと、時期を過ぎても収穫されず、美しい彩りの実がすべて枝に残っている柿の木に出会うことが少なくありません。

 そのためでしょう。柿をイタリア語ではcachiと言い、kakiという表記は主として植物学的な記述に限られると辞書にはあっても、イタリア各地の方言ではさまざまに呼ばれていて、たとえばフィレンツェではpomo、カターニア、レッチェなどではloto、lodoと言われているそうです。

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Citato da http://www.treccani.it/vocabolario/cachi2/

 そうして、イタリア語におけるこの果物の正しい名前は、店先でもよく見かけるようになった近年問題になり、うっかりcacoと呼んでしまう人が少なくないのだそうです。たとえば、このトレッカーニのオンライン辞書には、cacoという形は記述さえないのですが、冒頭に引用したLo Zingarelliの辞書には、正しい形はcachiであり、cacoの前には、「高等教育を受けたことがない層が使うことが多く、方言の色彩が強く、文法的には間違いとみなされがちな」言葉を形容するpopolareという言葉が、kakiの前には「使用がまれである」ことを意味するraroという言葉が、かっこと共に添えられています。

 正しくは、「柿」はイタリア語ではcachiであるのに、cacoと思い込み、勘違いする人がいるのはなぜでしょう。

 それは、イタリア語では-iで終わる名詞は、上述のpanini、duomiのように、単数形では語末が-oである男性名詞の複数形であることが多いからです。女性の靴のハイヒールでもtacchi altiと言いますが、これは人が履く靴の下につくヒールはふつう二つであるため、複数形だからで、このヒールも一つであれば、単数形ですからtaccoとなります。

 それで、その原理を日本語から来た外来語であるcachiにも応用して、「複数形だから語尾が-iとなっているので、単数形は-oだろからcacoだろう」と、いちいち辞書で確認することもなく、そう考えて、時々疑問に思いながらも使っている人がいるのです。オンラインでの正しい語形についての質問や答え、学術的インタビュー調査の結果や説明を読むと、そういう間違いの多さや正しい形について自信のない人が少なくないことが分かります。

 ちなみに、わたしたち日本人など、冠詞がない言語を母語に持つイタリア語話者は、定冠詞や不定冠詞が必要なときにも、つい冠詞抜きで名詞だけを言ってしまいがちですが、このcachiという名詞の使用に際しては、特に、un cachi、i cachiなど、必要な冠詞を名詞にきちんと先行させた方が、安心です。

 と言うのも、単にcachiとかcacoとか言ってしまうと、人前で話すにはちょっとどうだろうかという言葉と、相手が間違って取ってしまう可能性がなきにしもあらずだからです。「大の用を足す」ことを指す動詞は、イタリア語の俗語でcacareなのですが、cachiはその主語がtuの時、cacoは主語がioの時の直説法現在の活用形で、イタリア語ではこんなふうに動詞の形から主語が特定できるときは、主語は対照・強調の必要がなければ明示しないため、「Cachi」、「Caco」だけで、「君は大の用を足す」、「ぼく(わたし)は大の用を足す」という意味に取られる可能性があるからです。ふつうは柿のことを話す場合は、目の前に柿があったり、果物について話したりしている場合が多いでしょうから、こういう意味の取り違いが起こることは少ないと思いますが、まったくないとは言い切れませんので、ご用心のほどを。

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Cachi, anche la forma singolare
perché deriva dalla parola giapponese, KAKI
(si scrive 柿 o かき).
Lo sapevate?
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参照リンク / Riferimenti web
- Treccani.it Vocabolario on line - cachi2
- Accademia della Crusca - Un frutto esotico in orti, giardini e... al supermercato: il Diospyros kaki L.

Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by ayayay0003 at 2016-12-04 07:59
なおこさん、やはり柿は、アジアが起源なんですね!
なんとなくそうでないかとは思っていたのですが、なおこさんのブログで、よく枝のついたままの柿を見かけたのでヨ―ロッパが起源のものもあるのかな?なんて勘違いしてました!
柿がイタリア語でcachi(カ―キ)であることにはとても嬉しいし、興味深くてふんふんと読ませていただきましたが、いろいろな言い方が地方であるというのを聴いて、なかなか難しいなあ~イタリア語と思いました!
そして、冠詞をつけないと誤解されるという部分、まさか「大の用をたす」とは・・・(^。^)
やはり、単数形、複数形、女性名詞、男性名詞に慣れない日本人にはハードルが高いと感じてしまいました!
でもでも、旅行用の言葉くらいは勉強したいという気持ちはあるのですよ(^^♪
Commented by milletti_naoko at 2016-12-05 06:53
アリスさん、わたしもイタリアの夫の家で柿の木を見つけたときは驚いたのですが、ヨーロッパに柿が伝わったのは近代になってからのようです。

イタリア語としては19世紀の初めからいろいろな文献に記述があるものの、イタリア全国で食用の果物となる最近までは、各地でいろいろな呼び方をしていたために、各地で呼び方が不統一なのではないかと思います。フィレンツェでは方言でpomoと呼んでも、それがイタリア語の語彙にはならなかったという記述も読んで興味深かったです。

日本ではさっと敬語を使い分けるのが当たり前であるように、こちらではもう幼い頃から、名詞の性や数の判別が自然に身についているようです。旅行のときのための言葉を覚えようというアリスさん、すばらしい♪
by milletti_naoko | 2016-12-03 22:24 | Lingua Italiana | Trackback | Comments(2)