イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

10周年記念旅行と節目の年、イタリア語教育・学習

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 アブルッツォ旅行に先週旅立ったのは、10年目の結婚記念日を旅先で迎えて祝う、記念の旅だったからです。

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 とは言え、撮ってくださいとなかなか頼めず、二人の写真を自分たちで撮ろうとすれば、こんなふうに夫に腕を伸ばしてもらうしかないため、1週間の旅行中、唯一まともな二人の記念写真は、アッペンニーニ山脈でもっとも大きいというボレッロ(Borrello)のこの滝、Cascate del Rio Verdeの前で撮影したものです。

 でもそれが、いろんな意味でわたしたちらしい気がします。

 今年は結婚10周年、日本で高校教師の職を辞して、イタリアに渡ってから15年で、12月には50歳を迎えます。

 夫には自然の美しさや緑の中を歩く楽しさなど、いろいろ教えてもらいました。48歳で亡くなった母のその年を越え、目や歯、肩に次々と不具合が生じてはいますが、元気でいられることをありがたいと思い、自分の生き方や仕事を見つめ直す機会にしたいと考えています。

 大学4年生のときに母を亡くし、卒業後すぐに教え始めた高校で、教育について指導してくださった恩師が、3年目が終わろうというときに44歳という若さで突然亡くなり、12年間高校で教えて、30代になったわたしは、国語を高校生たちに教えることは大好きだったものの、「もしあと10年しか生きられないとしたら、わたしは何がしたいだろう。自分の新たな可能性に挑戦してみたい」という思いが募り、その数年前から興味を持って勉強し始めたイタリア語を十分に学ぶために、イタリアに留学しました。教えるのも好きでしたが、たとえば特に古文や漢文を教えるためには、教材について調べること、研究すること、また指導法をあれこれと考えることも大切で、教えながら、自分が学ぶこと、特に言語や文学を学ぶこと、研究することがとても好きで、熱中すると寝食も忘れてしまうことに気づいたからでもあります。また、高校教師として働く傍ら、わずかな自由時間を活用して、ヒアリングマラソンを受講し、英語の読書を続けて、実用英検1級に合格し、英日翻訳やイタリア語上級の通信教育を終え、イタリア語の本も少しずつ読み始めるなど、自分が外国語の学習が好きで、かつ実力をこつこつとつけていけることを確信していたからでもあります。

 イタリアに来て、まずは半年マルケの立語学学校で、そうして、それから、ペルージャ外国人大学のイタリア語・イタリア文化講座で、どちらも上級講座でしたから、イタリア語と共にイタリア文学や美術、歴史などを学び、それは、とても楽しかったのです。けれども、マルケでも、外国人大学でも、先生方の発案で、日本の古典文学についての講座を、ダンテ・アリギエーリ協会のウルバーニア支部やペルージャ支部のために、計3回行ったとき、話すために準備をして、そうして実際に聴衆の前で話しているそのときに、「ああ、今こそ自分が真に生きているな」と感じたのです。一度教職を去ってみて、改めてけれど、自分が教えることが本当に好きであるということに気づいたのです。その後ペルージャ外国人大学では、イタリア語・イタリア文化の外国人教育を専門とする3年の学位取得課程に編入・卒業し、幸い卒業と同時に、5年間、契約講師として、大学の日本語・日本文学の授業を担当することができました。その傍ら、年に2・3か月シエナ外国人大学の外国語・第二外国語としてのイタリア語教授法を専攻する大学院課程も無事卒業したものの、その後残念ながら、ペルージャ外国人大学の日本語の授業が大幅に削減され、中国語やアラビア語の授業が増えて、大学で教えることはなくなりました。幸い、学校や講座、個人授業などで、日本語・イタリア語を教え続けてはいるのですが、実は昨年、イタリアの公立学校の教員採用に関する法制度が変わったとき、わたしもイタリアの学校で、日本語あるいはイタリア語が教えられたらと、法の詳しい内容を楽しみにしていました。けれども、文学部ではなく、教育学部を卒業しているために、わたしが通った愛媛大学で言えば、わたしが通った中学校教員養成課程の国語専攻の方が、ずっと学校で国語を教える資格としてはふさわしいと思うのに、イタリアと日本の大学制度が異なるために、日本語を教えられるための条件が満たせず、また、イタリア語を教えたいと思えば、ペルージャ・シエナの両外国人大学での単位数を合わせれば、かなりのイタリア語やイタリア文学などの授業時数にはなるのですが、わたしが卒業した4年制大学はあくまで日本の大学であり、イタリア語・文学の授業はなかったため、やはり条件に達しません。

 この数年は日本語を教えつつ、イタリア語を個人授業で教える機会もあったのですが、仕事や報酬の数量から言えば、圧倒的に、日本語教育>通訳(伊日・英日)>翻訳(伊日・英日)>イタリア語教育>記事執筆となります。通訳・翻訳の仕事も、語学力を生かすことができ、またさまざまな意味で日伊の架け橋をすることができる上に、講演や企業の訪問・商談・研修・観光など内容がさまざまで興味深く、また、以前にいっしょに仕事をしたことのある方や、ブログをきっかけに、わたしを直接あるいは間接的に知っている方が、仕事を直接頼んでくださったり、依頼するお客さんに紹介してくださったりする場合が多く、感謝しています。ブログを書くのも、毎日書くのは時間を見つけるのは大変なのですが、書くことは楽しく、また書きたいことは尽きぬほどあるため、記事の執筆の依頼もありがたいです。写真を撮ることも大好きです。

 ただ、今自分が一番してみたいことは何かと考えると、日本で長年日本語や日本文学を教えてきた経験と、イタリアで第二外国語としてのイタリア語・イタリア文化教育を、5年間みっちり勉強してきた成果を生かして、日本語・日本文学やイタリア語・イタリア文学・イタリア文化を教えることなのです。

 これも、イタリアでイタリア語教師というと、どうしてもイタリア語母語者が優先され、日本の方が、イタリア語を勉強したいという場合でも、とにかくイタリア語のネイティブ・スピーカーの方がいいと考えがちです。

 でも、そこに大きな間違いが本当はあるのです。

 イタリア料理を食べたい、教わりたいというとき、イタリア料理を専門に学んで研修を積んだ日本人のシェフと、イタリア人で適当に料理もするという人と、どちらの料理を食べたいか、どちらの料理がおいしいか。

 言語はネイティブならだれでも話せる・書けると思いがちで、また、ネイティブがよく知っていると思いがちなのですが、日本人でも、書く文章にら抜き言葉や誤字・脱字が見られ、主述が一致しない文が散見する人は少なくありませんし、しっかり意識を注ぎ、見直しができるはずの書き言葉でさえそうですから、話す際にどれだけ留意をしているのか、敬語がきちんと使えるのか、あやしい人が少なからずいるはずです。イタリアでもそれは同じで、識字率の低下や読書離れ・イタリア語の乱れがさかんに叫ばれ、標準イタリア語の発音がきちんと身についているのは、その特殊な訓練を受けた俳優と、そういう知識を身につけた語学専門家くらいのものだとさえ言われています。と言うのも、イタリアでは、そもそも1861年にイタリア半島が国家として統一されるまでは、国土が政治的に分断され、それぞれの地域で、俗ラテン語から発展・変容を遂げてできた別々の言語が、話されていたため、最近になってこそ、兵役やテレビのおかげで、イタリア語が全国に行きわたるようになったものの、イントネーションや発音には、地域差が大きく、大半のイタリア人が話しているのは、たとえ俗語や方言ではなくイタリア語を話しているときでも、標準イタリア語ではなく、地方イタリア語だからです。

 ですから、言語学やイタリア語教育を専門に学ん人や、特に言語やイントネーションに注意を払う人でなければ、自分の子音や母音の発音、あるいはイントネーションのどこがどんなふうに標準イタリア語と違うのかを待ったく知らないという事態も多々発生します。

 また、イタリアの語学学校に通うのが、一見一番安くて、上達の近道と思われがちですが、それも、少なくとも中級まで、独学で、あるいは日本で学習して、達している場合の話です。

 イタリアの学校で行われるイタリア語の授業は、主に欧米の若い生徒を受講対象のモデルとして考案されている場合が多いと思います。それまでの学習経験ゼロの完全なる入門者を対象とした授業でも、できるだけ分かりやすいよく使われる語彙を使って、絵や写真・教科書・身ぶり手ぶりなどの助けを借りて、すべてイタリア語で行われることが少なくありません。

 それでも、言語の文法や語彙に共通点がある言語を母語とする生徒は、言っていることが理解できる場合が多く、そうして自分でこうだろうなと感覚的に、母語の知識に助けられて、あまりうろたえずに学んでいくことができます。今わたしがすっかり学習をさぼっているフランス語ですが、2012年にパリで2週間語学留学をしたとき、数か月独学でフランス語を勉強したただけのわたしの方が、イタリア語とフランス語の類似に助けられて、日本で4年間フランス語を学んだという留学生の方よりも、理解したり話したりできた場合が、しばしばありました。決して日本のわたしたちが言語を学ぶのが苦手だからではなく、母語である日本語のしくみや語彙が、イタリア語やフランス語と大きく隔たっているからなのです。ちなみに、言語的類型から見ると、日本語と中国語は、イタリア語から最も隔たった言語であると言われていて、そのため、シエナ外国人大学が行うイタリア語検定試験CILSでは、外国に暮らす外国人が受けるA1の試験では、日本語と中国語を母語とする受講者のために、特別に問題を考案したほどなのです。

 最初の段階では、イタリア語と日本語の違いをしっかりと認識し、かつ受講者の必要に応じて、文法に偏らず、柔軟に学習内容を組み立てられる日本人の教師に教わった方が、ずっと習得が早いはずです。

 閑話休題。自分が今一番したいことは、日本語やイタリア語を教えたいということであり、であれば、イタリア人向けの日本語・日本文学についての発信や、発行が滞っているイタリア語学習メルマガの発行を継続的に行い、かつ、ブログの記事で定期的にこうした記事を取り上げる機会を設けなければと感じています。

 ずっと感じているのに、目の前の仕事やノルマに流されて、方向性をしっかり定められていなかったので、この記事をきっかけに、考えを整理してみました。

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Viaggio anniversario dei 10 anni di matrimonio
foto ricordo alla Cascata del Rio Verde di Borrello (CH)
la cascata più grande degli Appennini
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-06-22 23:59 | Vivere