イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

自分を大切にするということ、英語・イタリア語版瞑想講座

 自分を大切にするということは、利己主義ではなくて、むしろ、他人のことを本当に思い、大切にできるためには、まず自分自身を愛して大切にすることが必要なのだと、ディーパクは言います。他人のことばかり考えていて、逆に己が枯渇してしまい、経済的に困窮し、心身が疲れきってしまっては、他の人に対しても何かをすることができなくなってしまう。他の人や世界との関係は、自分自身とどう向き合うか、自分自身をどうとらえるか、扱うかを反映しているのだ、と。


 自分のために、自分の健康のために体を動かす時間を取り、心のために、おいしいものを食べたり美しい自然に触れたりする機会を作ること、そういうことができていますか?

 自分を大切にすることは、できていそうで、意外とできていないのだということに、プージャ・クリスティーナの解説を聞いていて、気づきました。

 教えることは以前から好きで、日本の高校で国語を教えていたときは、特に勤め始めた頃には、すべての教材が、教員として初めて出会うものばかりであり、周囲にいた多くの熱心な先生に教えていただいたおかげで、教材研究や授業の準備には時間を惜しみませんでした。満足の行くまでと、今も翻訳や授業の準備は、つい時間のある限りと延々と続けてしまい、それがたとえば掃除や自分一人だけで食べるときの料理を手抜きしたりさぼったり、ゆっくり瞑想講座を聴く、たった20分の時間が取れずに終わったり、肩のリハビリのための体操ができなかったりしてしまう。ブログの記事も同じで、時間のないときはさっと書き上げてしまおうと思うのに、つい時間をかけ過ぎてしまう。

 けれども、バランスも大切なのであって、それで睡眠時間が削られ、リハビリ体操や瞑想の時間が取れず、仕事や家事に追われることになると、自らに余裕がなくなってしまうため、家事の手抜きなどで夫にも迷惑がかかってしまい、心や体がいつもはりつめた状態でいては、いろいろな意味で事故につながりやすいし、もっと自分に捧げるべき時間も大切にしながら過ごした方が、結局はよりよい授業ができるのではないか。

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 授業の準備に夢中になる、なりすぎるしわ寄せは、今は家事や睡眠などに来ていますが、以前は、たとえば学校での校務分掌での仕事に来ていて、各課の先輩の先生方にはご迷惑をおかけしたと、反省しています。

 「車のハンドルと同じで、仕事にもあそびが必要なんだよ。」と、大先輩の先生がよくおっしゃっていました。

 50歳という、体にそうそう無理もかけ続けられない年齢にもなりましたので、一生懸命すべきことはきちんとこなしつつも、いろいろな意味で、「いい加減」、ちょうどいい時間やエネルギーの配分が、きちんとできるように心がけたいと思います。

 まずは瞑想講座を聞いていたら眠くなるほど、仕事を離れるとすぐ眠くなり、ベッドの上に寝そべりながら聴くようなことをやめようと思いつつ、とりあえず、今夜はそうやって聴いて、明日からは別の在り方を模索してみます。

 写真は昨日の写真と同じ日に、同じ森を歩いている途中に撮影したものです。「木を切るのに夢中で、斧の手入れを怠ってしまった。」、よく渡辺和子さんの著書にあったように、忙しさの中で、心を「亡く」してしまわないように、心がけます。

Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2017-12-12 22:10 | Vivere