イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

イタリアから国語の授業、「話し」と「話」のどちらでしょう

 さあ問題です。 ご自分の国語力に自信のある方も多いでしょうから、そういう方は読み飛ばしてくださって構いません。そうでない方は、ぜひ冒頭の問いを読み、じっくり考えて答えてみてください。解答は記事の中に書いてあります。

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 わたしがまだ日本の高校で国語を教えていた頃は、芥川龍之介の『羅生門』や夏目漱石の『こころ』など、どの教科書を採用しても、必ず教科書に載っている文学作品がありました。中島敦の『山月記』も高校2年生の教科書の定番で、虎になった李徴が話す場面を朗読するときには、声色を変え、虎のように低く太い声で読んだものです。

 閑話休題。わたし自身、夜中にブログの記事を書き上げることが多いために、送信前に文章を確認したつもりでも、翌日さらに読み返すと、誤字や脱字、主述が呼応していない文などが見つかって、慌てて書き直すことがあります。以前の記事を見直していて、あらこんなところに間違いがと気づくこともあります。

 ですから、書かれる方が、「話」と「話し」という表記の正しい使い分けを知っていながら、単に時間がなくて、間違った表記のまま投稿してしまう可能性もあるとは思うのですが、最近、間違った用法を見かけることがあまりにも多く、気になっていたので、そんなことはご存じの方も多いこととは思いつつ、記事で取り上げることにしました。

 では、答え合せをしましょう。問題と解答が離れているのは、ご自分の頭できちんと考えていただくためです。

 正解は、1・2・4・7・8・10が「話し」で、3・5・6・9が「話」です。これは、「話」という漢字は、「話す」という動詞の活用形である場合には、「話し」と送り仮名の「し」が必要なのですが、「はなし」という名詞として用いる場合には、送り仮名がつかないからです。

 「一般の社会生活において現代の国語を書き表すための送り仮名の付け方のよりどころ」は、

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上記の文化庁のウェブページ(リンクはこちら)に書かれているように、昭和48年に内閣告示で示されています。

 そして、この内閣告示の送り仮名の付け方(リンクはこちら)の通則1によると、原則として、「活用のある語については、活用語尾を送る」こととなっています。「はなす」という五段活用動詞は、「はな-さない はな-して はな-す はな-すとき はな-せば はな-そう」と活用します。語幹である「はな」は漢字で記し、送り仮名はひらがなで記すので、この活用を漢字を用いて書くと、「話さない 話して 話すとき 話せば 話そう」となります。

 1・8・10の「はなし」が動詞の連用形なので、送り仮名の「し」をつけて「話し」となることはお分かりの方が多いと思います。

 4の「話し合える」と7の「話しかける」という動詞は、共に複合語です。送り仮名の付け方の通則6によると、例外を除いて、「複合の語の送り仮名は、その複合の語を書き表す漢字の、それぞれの音訓を用いた単独の語の送り仮名の付け方による」とあります。ですから、「話す」という言葉が複合語の中で使われている4と7でも、動詞の連用形「話し」の送り仮名の「し」を記す必要があります。

 以上は簡単だとお思いの方が多いことと思うのですが、2の「おはなししましょう」の「はなし」を、名詞と勘違いして、「お話しましょう」と、送り仮名の「し」抜きで書いてある文章を時々見かけます。

 けれども、この「お話しする」は、「お聞きする」や「お持ちする」、「お待ちする」同様に、「お + 動詞の連用形 + する」で、謙譲の意を表す敬語表現です。つまり、「お話しする」という表現中の「話し」は、動詞「話す」の連用形であって、名詞の「話」ではありません。そういうわけで、「おはなししましょう」は、「お話ししましょう」と書くのです。

 ちなみに、この「お + 動詞の連用形 + する」という謙譲表現を、「お + 動詞の連用形 + になる」という尊敬表現と混同した結果、「先生がお話しする」、「わたしがお買い上げになる」のように敬語表現を間違って用いた例も、時々見かけます。けれども、「お話しする」は謙譲語、「お買い上げになる」は尊敬語ですから、「わたしが先生にお話しする」、「お客さまがお買い上げになる」など、前者は自分の行動、後者は目上の人や敬意を払うべき人の行動を表すのに使うべきです。

 この謙譲表現の「お話しする」や尊敬表現の「お話しになる」の表記で、送り仮名の「し」が欠けている間違いもよく見かけるのですが、最近目にすることが多くなって、驚いているのが、名詞の「話」に送り仮名の「し」をつけて、「話し(X)がある」、「話し(X)をする」、と書く誤用です。これは、書く人が自分の頭で考えれば、「話がある」、「話をする」など、文の主語・述語となることができて、助詞に先立つことからも、名詞と明らかな「はなし」には、送り仮名は不要で「話」だと分かるのに、パソコンの文章作成アプリケーションは、「はなし」が動詞か名詞かを正確に判断できず、名詞なのに「話し(X)」と変換してしまうために、その間違い変換に気づかないだけかもしれません。それだけならいいのですが、そういうことが何度も続いて、「名詞の「話」も「話し(X)」でいいのだと思い込むようになってしまう方が出てきているのでは、と心配しています。また、ゴミを外にまき散らせば、周囲の環境が汚れてしまうように、インターネット上で情報を発信する一人ひとりが、表記や文法が間違っていないかどうかの確認をせず、書き散らしてそのままにウェブに情報を載せてしまうと、これから日本語を身につけていかなければいけない子供たちや、日本人の書いた日本語の文章を読んで、日本語の力をつけたいと考える外国の方にとって、望ましくない間違いの多い、あるいは文として整合性に欠ける日本語のインプットが、世に氾濫してしまい、結局は日本語自体のさらなる乱れにつながり、また、書く人自らとその文章を読む人が、正しい日本語を使える力を低下させてしまうのではないかと危惧しています。

 ちなみに、名詞として使われる「はなし」には送り仮名が不要で、漢字で「話」と書くことは、送り仮名の付け方の通則4に記されています。

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文部科学省ウェブページより

 皆がきれいにしようと心がけて使えば、公園やトイレがいつもきれいであるように、誰もが簡単にインターネット上で多くの人に自分の考えや思いを発信できる世の中であるからこそ、内容と共に、表現や表記についても、多くの方の目に触れるものであることを考え、辞書を引いたり読み直したりして、間違いのない表記を、できるだけ多くの方が、心がけていくようになっていけば。わたし自身、気づかずに間違いを放置したままであることもありますし、ブログのように、親しい人に話すように書く、文章としてきっちり書くなど、多様な表現がそれぞれ個性であり、文章や筆者の特色である場合もあることは知りつつも、間違った表現や漢字を使ってしまっていないか、今自分が書いた文章は主述が呼応しているかなど、気をつけながら書く方が少しでも増えてくださればと、願いながら書いてみました。自戒を込めつつ、そして、大きなお世話だと思われる方もいらっしゃることだろうとは知りつつも。

*追記(2月18日): 説明がより分かりやすくなるように、表形式の解答・解説を作成してみました。どなたかのお役に立ちましたら幸いです。

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Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by otenbasenior at 2019-02-19 15:18
立ち止まって考えれば、動詞か名詞かの活用でと分かりますが、
ブログなどではついおざなりになってしまうかなあと反省しました。
きちんと綺麗な日本語を使いたいですね。
Commented by milletti_naoko at 2019-02-19 19:25
お転婆シニアさん、読んでくださって、そしてコメントをありがとうございます。
日本語の教科書、『まるごと』の「なんじにおきますか」という課に、
「にっきをかきます」と並んで「ブログをかきます」という文があって驚きました。
それだけブログが日常の生活に溶け込んでいて、さっと書いてしまうことも
多くなってしまうのでしょうね。
by milletti_naoko | 2019-02-17 23:59 | Insegnare Giapponese | Comments(2)