イタリア写真草子 ペルージャ在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

イタリア語学習メルマガ 第4号 「音声の大切さ(2)、映画『ベニスで恋して』」 

1. イタリア語の効果的な学習法 - 音声の大切さ(2)

 もしまったく知らない歌を歌詞だけ見て歌うように言われたら、どうされますか? すでにご存じの別の歌のメロディーを使ってその場をやり過ごされるのではないでしょうか。外国語を学習する際にも、特にその外国語を耳にする機会が極端に少ない場合、(たとえば、日本人がイタリア語を日本で学習する場合)、すでに自分が身につけている一番手っ取り早い発音方法やイントネーション、つまり自分の母語の発音方法やイントネーションを知らず知らずのうちに応用して、新しい言語を発音し始め、それを繰り返すことで、母語のアクセントの強い外国語しか話せないようになってしまう可能性があります。

 こうした母語の外国語学習への影響は「転移」(イタリア語では英語・フランス語からの外来語を使ってtransfer または transfertと言います)と呼ばれ、音声に限らず、文章の構成や意思疎通の仕方まで、言語のあらゆる側面で学習者の外国語を使用する能力に影響を与えるのですが、音声面での転移は外国語学習において特に厄介なものの一つです。だからこそ、学習の初めのうちから、片仮名による音声表記に頼らずにイタリア語を読み、生のイタリア語をできるだけ耳にするようにして、「イタリア語自体の発音・イントネーション」がどんなものなのかを身につけてください。そうすることで、無意識に「母語の日本語の発音・イントネーション」に頼ることなく、イタリア語そのものの発音・イントネーションを身につけることができると思うのです。

 「身につける」と言っても、話されているイタリア語のイントネーションを頭で一つ一つ分析しながら聴く必要はありません。テレビで何度も繰り返されるコマーシャルのメロディーは、自分でも気づかないうちに口笛で吹いたり、鼻歌で歌ったりしてしまうことがありませんか。外国語の発音も-英語にせよ、イタリア語にせよ-同じことです。さまざまなイタリア語を頻繁に耳にする習慣をつければ、自分の中に自然と「イタリア語とはこういうリズムを持っているんだ」というのが分かってきて、自分が話すときにも、そのメロディーにのって話せるようになるはずです。赤ちゃんが母語を話し始めるときだって、初めは長い間黙って何も分からない大人の言うことを聞いているだけで、そのうち周囲の人の言うことが分かるようになっても、まだ長い間、話せるようになるまでは、黙ってどんなふうに話をするのかを聞いているだけです。そして、そうした長い「沈黙の期間」の後で、ようやく少しずつ言葉を話せるようになっていくのです。

 では、日本にいながらさまざまなイタリア語に数多く触れる機会を作るにはどうしたらよいのでしょうか。ラジオのイタリア語会話でも、お持ちのイタリア語の学習書に付属するネイティブの吹き込んだCDでも、分からなくても構いませんから、初めのうちからよく聞く習慣をつけてください。もちろん、多聴だけでなく、しっかりわかって聞く「精聴」も大切ですが、それは別の機会にお話しすることにします。

 イタリア国内では、イタリアの放送局、Raiのアーカイブサイト、RaiPlay.it(リンクはこちら)から、かつてRaiで放映された多くの番組や映画の映像を見ることが可能です。このサイトの過去に放映された番組の視聴が日本でも可能かどうか、どなたか教えていただければ助かります。


 最近ではイタリア語の音楽や映画も、日本で手に入りやすくなりましたし、YouTubeで視聴することができるイタリア語も、歌や映画の予告編、コントなど、幅広くなり、数も多くなってきています。アマゾン日本でアマゾンプライムを利用している方は、イタリアの名画、『ニュー・シネマ・パラダイス』(リンクはこちら)を、イタリア語音声・日本語字幕で、無料で視聴することが可能です。近年は、日本のAXNミステリーでも、月によっては、イタリアの推理ドラマを、イタリア語音声・日本語字幕を放映していることがあります。(この段落には、Raiサイトの変更を踏まえて、2019年3月に修正を加えています。)

 テレビドラマや映画の視聴がよい勉強になるのは、耳からだけでなく、目からもいろいろな情報を受け取ることができるからです。イタリアでのいろいろな習慣(あいさつの仕方、ジェスチャー、対人間の距離など)を内容を楽しみながら学習することができますし、たとえあまり語学力がなくても、映像を手がかりに話の進展や発話の内容を理解することや理解しようとする習慣をつけることができます。また、前回もお話しましたが、映画やテレビドラマの中の何かの状況と関わりをもった表現や単語は、単語帳の単語よりもずっと記憶に残りやすいし、あとから使えるものになりやすいのです。イタリア語の歌を何度も繰り返し聞き、自分も一緒に歌ってみるのもいい勉強になります。

 

2. 映画、『ベニスで恋して』

 というわけで、今回から時々よい学習教材にもなる良質のイタリア映画をご紹介していきます。『ベニスで恋して』はイタリアでは2000年3月に上映された作品で、監督はSilvio Soldoni。 イタリア語での原題は‘Pane e tulipani’(パンとチューリップ)です。


 新聞La Repubblicaの過去の記事(2000年3月2日、執筆Maria Pia Fusco)から、この映画の批評の一部をご紹介します。記事へのリンクは以下のとおりです。興味のある方、中・上級者の方は読んでみてください。

- la Repubblica.it - Soldini: la mia casalinga in fuga

 "ROMA - Casalinga di Pescara “dimenticata” dal marito all’autogrill: [...] La vita le offre un passaggio a Venezia, una città che non ha mai visto, [...] "

  ローマ-ぺスカーラの主婦、夫にアウトグリルに置き忘れられる: [...] 人生は彼女にまだ見たことのない町、ベネチアへの旅を贈り、[...] (「   」内は石井訳、以下同様)

 映画鑑賞の楽しみを奪わないため、詳細は省略しますが、映画は、この主婦(casalinga) Rosalbaがベネチアで新たな自分を発見し、新しい恋をつかむまでのロマンチック・コメディです。イタリアでバスの長距離の旅行をされた方は、観光バスが、時々トイレや食事休憩のために高速道路のサービスエリアに駐車したのを覚えていらっしゃることと思います。トイレ・バール・レストラン・キオスクがすべて一緒にあるあの便利な大きい施設がAutogrillです。集団旅行の最中、トイレにいて観光バスが出発するのに乗り遅れたRosalbaは、一人きりになったのを機にあこがれのベネチアに到着。花屋でのバイトの仕事を見つけます。

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ベネチア(旅行のブログ記事はこちら)   2014/3/14

"Ed e così che a Pescara arriva un biglietto di Rosalba: “Mi prendo una piccola vacanza”. I figli neanche ci fanno caso. Il marito si arrabbia: chi stirerà le sue camicie? "

「そういうわけで、ぺスカーラ(の家族のもと)にロザルバからの便りが届く。『わたし、休暇を取ります。』息子たちは気にもかけない。夫は腹を立て、『誰がおれのワイシャツにアイロンをかけるんだ?』 」

 家族関係の単語がたくさん出てきますので、まとめて頭に入れましょう。

 marito(男性名詞) 夫、figlio(男性名詞)息子、 figlia(女性名詞)娘。

 では、妻はイタリア語で何と言うのでしょう。

 そうです。moglie(女性名詞)です。どなたか「maritaではないか」と推測された方いませんか? 答えは正解ではありませんが、「自分の知らない言葉を知っている言葉から類推する」という頭の使い方自体は、外国語学習に欠かせない大切なものです。

a. Mi prendo una piccola vacanza.
b. I figli neanche ci fanno caso.
c. Il marito si arrabbia.

 この3文の下線部はclitici(代名小詞)ですが、それぞれの文でのcliticiの用法についてちょっと考えてみてください。次回までの宿題にします。

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 続きは実際に映画を見て、お楽しみください。外にもイタリア映画の名作は多いのですが、この映画をイタリア語学習にお勧めするのには、次の理由があります。

1. 現代のイタリアの社会や風俗が分かるから、
2. ホテルやレストランなど、旅行に関係のある場面が多いので、実際にイタリア旅行中に会話をする際の参考になるから、
3. イタリアの中南部に属するぺスカーラの女性が北部のベネチアに旅行しての話ですから、会話に方言の要素が少ないから、
4. 普通の旅行では見落としそうなベネチアの街角の風景が美しく、またさわやかなコメディなので、何度でも飽きずに繰り返し見て、勉強することができるからです。

 過去のイタリア映画にも傑作は多いのですが、「現代のイタリアを知る」には内容が古く、『ライフ・イズ・ビューティフル』(原題、『La vita è bella』)も感動の名作で大好きですが、悲しい話ですので、繰り返し見るのはつらいし、第二次世界大戦中のユダヤ人強制収容という悲劇の中にはイタリア語を学習するのにいい表現はいくらもあるものの、すぐに使える表現の豊富さでは上記の作品にかないません。それに、現代の名作の中には方言の度合いが強いものや話す速度がはやかいものが多く、イタリア語によほど聞き慣れた語彙力のある方でないと理解が難しい上に、「会話を使える表現」を探すのは難しい気がします。というわけで、私の中では、『ベニスで恋して』を映画を特に初級や中級の方にお勧めします。ただ、今アマゾンのサイトを見て、DVDにとんでもない価格がついていることを発見しました。
 
 レンタルする、学習仲間のグループで共同で購入する、テレビで放送される機会を逃さず録画するなど、工夫してご覧ください。すでに一度映画を見た方も、どれだけ言っていることが聞き取れるか、最初は字幕を全く見ないようにして映画を鑑賞してみるといいと思います。

 私はイタリア語を勉強し始める前は、英語を学習していました。アルクの1000時間ヒアリングマラソンを受講し、「英語を1日3時間以上耳にする」ための一手段として、学習を始めた頃は、NHKが放映していたアメリカのテレビドラマ、『大草原の小さな家』や『フル・ハウス』(2か国語放送)などを録画して、最初は英語だけでドラマを鑑賞、次に日本語で見直して、自分の分からなかったところを確認、3度めは再び英語で見るという見方を続けました。『大草原の小さな家』や『フル・ハウス』は、ドラマの展開が映像からだけでも想像しやすく、家族がドラマの主人公になっているため、大人が子供に対して話す場面も多々あり、そういう台詞は「子供に分かるように」話しているわけですから、語彙もあまり難しくなく、速度もゆっくりで聞き取りやすいのです。

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 ただ英語を聞き流すだけではなく、並行して、毎日英語の本(ノルマは1日10頁以上)や新聞を読んだり、英語で日記をつけたりして、のちには英会話学校にも通うようになったのですが、こういった学習の仕方をすると、本に出てきた言葉や表現がドラマに出てきて、またそれを自分が会話の中で使うことができるなど、同じ表現にさまざまな方法で出会うことができる上に、日常よく使われる表現や英語のリズムを効率よく身につけることができます。1993年5月に、英語教師の友人と、翌年の夏に『赤毛のアン』の故郷であるプリンス・エドワード島を一緒に旅行しようと決めたことがきっかけて、英語を学習し始めたのですが、高校の国語教師としての仕事にも追われながら英語を学習し続け、1996年12月には実用英語検定の1級を取得することができましたし、Ally McBealなど専門用語が出てきたり登場人物が早口でくだけた口調で話すようなテレビドラマも、英語だけで見て楽しめるようになりました。

 これは、大学受験のために高校でたたきこまれた英語の単語や文法が、大学卒業後も残ったいたおかげ、そして、国語の教員として、古文や漢文、難解な現代文を教えたり、生徒の小論文指導をしなければならなかったたりしたために、母国語の力も鍛錬し続け、文法や文章の組み立て方などに敏感になったおかげでもあります。たとえ成人であっても、日本語の力を養うには遅くありません。孔子も「学び始めるに、遅すぎるということはない」と言っています。思いついたときが、学習を始めるきっかけ。毎日新聞を読むとか、少しずつ本を読む習慣をつけるとか、日記や手紙を書く習慣をつけるとかしていけば、自然に語彙も増え、論理の展開の仕方が分かり、正しい表現とそうでないものの区別もついていくはずです。

 映画やテレビドラマを学習に利用するのが有効なのは、楽しみながら語学が勉強できる上に、「言葉」だけではなく「周囲の状況」や「すでに持っている知識」を総動員して、話されていることを理解する訓練にもなるからです。実際に外国語を話す際には、この訓練ができているか どうかが、大きな違いになります。



3. 近況報告 Discussione della tesi e San Valentino

 2月12日にようやくシエナ外国人大学の大学院の課程を卒業することができました。

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シエナ外国人大学大学院課程 卒業論文の口頭試問  2009/2/12

 “L’Italia e l’italiano - uno sguardo dal Sol Levante”(イタリアとイタリア語-日本からの熱い眼差し)という題名の卒業論文を書き上げて、7、8人の大学教官から成る審査員から口頭試問を受けたのですが、2年で終えるべきところを健康上の理由などで、1年留年したあと、3年かけてようやく終えることができたので、感慨深いものがあります。

 2月12日は木曜日、夫のLuigiが木・金と休暇を取って、卒業に立ち会ってくれ、卒業後すぐにSienaの町から、RadicofaniというToscanaのなだらかな丘と麦畑に囲まれた町に移動して、ここのAgriturismoに日曜の15日まで3泊滞在。金曜はChianciano Terme のPercorsi sensoriali,土曜はSan Casciano dei Bagniの温泉FonteverdeのDay Spaと、それぞれの町の温泉でリラックス。土曜の夜はAgriturismo, La Selvellaのバレンタイン・デー用に特別用意された恋人たちへの夕食をたしなみ、日曜にペルージャに帰宅するまで、長い間の疲れと緊張を解きほぐして、楽しむことができました。

 今日は長くなりましたので、ここで筆を置きますが、今後、インターネットでの旅行情報の収集の仕方やそれに関わるイタリア語も扱ってみたいと考えていますので、その機会に、この休暇について詳しくお話したいと思います。それでは、また。

 このメールマガジンの著作権は、石井に帰属します。転載・引用を希望される方はご連絡ください。また、La Repubblicaからは、教育のための引用ということで、個人的に許諾を受けています。


Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by ciao66 at 2019-07-25 15:15
メルマガ再録版を少しづつ拝見しています。
 音声が大事というお話なるほどと、なじみのカンツォーネのユーチューブから始めようと思いました。(英語もあまりおぼつかず、イタリア語はなかなか手が回りませんが・・・)

 yahooのGeocitiesのサービスが終わったことはここで知りました!間に合ってよかったのです。
お陰様で、昔に作ったサイトが復活ができました。
(慣れない作業でちょっと手こずりましたが・・)
Commented by milletti_naoko at 2019-07-25 18:42
ciao66さん、ありがとうございます。読んでくださっていると知ってうれしいです。またぼちぼちと時間を見つけて、移行作業も進めていくつもりでいます。

ジオシティーズのサイトの移行、間に合って本当によかったですね! わたしは、もう期限が切れるというときになって、そう言えば最近は、ページの情報をコピーしてワードに貼りつけると、リンクや写真、記事の文字のフォントや色までそのまま移せることに思い当たり、120号近いバックナンバーのコピーをとりあえず、ワード文書として保存しました。おかげで、それぞれのページでどういう写真を使い、体裁がどうだったかも分かるので、作業がしやすく助かっています。以前は文字ばかりだったページにも、写真を載せようとして、その写真選びに時間がかかってしまっています。
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by milletti_naoko | 2009-02-18 12:00 | Lingua Italiana | Comments(2)