イタリア写真草子 Fotoblog da Perugia ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

イタリア語学習メルマガ 第119号 「本を読む 言語を学ぶとは、女性の日」

1 本を読む、『Le sfide di Babele』〜言語を学ぶ・教えるとは

「英語のように世界中で話される言語は、かえって、本来言語とは切り離せないはずのものである文化的要素が希薄になり、文化の個性が失われてしまう。逆に、イタリア語など、世界にそこまで普及していない言語は、文化の独自性や魅力と密接な関係がある。」

 今から約10年前、シエナ外国人大学で、外国語としてのイタリア語教育(didattica dell’italiano come lingua straniera)を専攻し、大学院課程に通っていた頃、ベネチア大学の言語教育教授、パオロ・バルボーニ先生のお話を聞く機会があったのですが、最も印象に残り、今も覚えているのがこの言葉です。ペルージャでもシエナでも、教科書として、バルボーニ教授の『Le sfide di Babale. Insegnare le lingue nelle società complesse』(訳すと、「バベルの挑戦 複雑化した社会における言語教育」)を使うイタリア語教授法の授業があり、著書を読んでいたので、興味深く聞きました。

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スペッロのインフィオラータ(Infiorata di Spello) 2016/5/29 (ブログの関連記事はこちら

 以来、グローバル化がさらに進み、イタリアや日本のみならず、世界中で移民の受け入れや言語教育をめぐる問題の解決がますます重要となってきた昨今、言葉の大切さや言語を学ぶ意味を、改めて考える必要があると痛感しています。そこで今号では、16年前に初めて読んだときに感動した、このバルボーニ教授の『Le sfide di Babele』の序文(introduzione)の一部を、イタリア語学習教材として取り上げます。

“[…] le lingue non sono nulla in sé, non significano nulla. Uno stupido che sa tre lingue è stupido in tre lingue diverse.

Se anche parlassi le lingue degli uomini e degli angeli, ma non avessi la carità, sono come un bronzo che risuona o un cembalo che tintinna (1 Cor 13, 1)

《Carità》 come rispetto, attenzione, interesse per chi è diverso da noi, per chi pensa in maniera diversa.
《Carità》 come disponibilità a lasciarsi contagiare da altri pensieri.
Le lingue sono miseri cembali se non servono a capire gli animi oltre che le parole, i diversi modi di pensare oltre a quelli di esprimere il periodo ipotetico.
Le lingue sono una chiave. Il valore della chiave dipende dal valore della cassaforte che essa apre. Questo studio non può far nulla per aggiungere valore alla cassaforte che ciascuno ha in sé.”

(Paolo E. Balboni, Le sfide di Babele. Insegnare le lingue nelle società complesse, UTET Libreria, 2002)

 この文を読み解く鍵となる言葉は、linguediverso、caritàです。linguaは女性名詞で、「舌」という意味もありますが、ここでは「言語、言葉」という意味で使われています。diversoは「異なる、違う」という意味の形容詞です。caritàは女性名詞で、「神への愛、隣人愛、慈愛」の意味があり、カトリック教で大切な言葉で、「施し、慈善行為」という意味で使われることもあります。外来語、「チャリティー」として日本語に入った英語、charityは、古フランス語、charitéに由来し、語源はイタリア語のcarità同様に、ラテン語のcaritasなので、語形が似ています。

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中ほどに、『新約聖書』の一節の引用があり、以後《Carità》と二重かぎかっこでくくられているのは、引用された聖書の文の中で語られる「人間愛」についての説明であるからもあり、筆者が極めて重要だと考えているからでもあると思います。以下に、引用部分の日本語訳を、日本聖書協会の口語訳からご紹介します。
(引用元、日本聖書協会サイトへのリンクはこちらです。)

〜 たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。(コリント人への第一の手紙 13章 01節)〜

 最後の段落には、chiave「鍵」という女性名詞があり、かつ意味的に「鍵」とつながりのある言葉が三つあります。知らない言葉があれば、いっしょに覚えましょう。

valore s.f. 価値、重要性  cassaforte s.f. 金庫 aprire vt. …を開ける、開く

 では、以上を参考にして、中級・上級の方は、もう一度文章を読み直してみてください。その際、筆者がlingue(lingua「言語、言葉」の複数形)を、どのようなものととらえているかを、読み取るべく努めてみてください。

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 では、訳してみますね。若干、意訳になっています。なお、聖書の引用部分については省略しますので、上述の訳をご覧ください。

「言語それ自体には、たいした価値がない。何の意味もありはしない。三つの言語を知る愚か者は、三つの異なる言語において愚かなだけだ。
 (中略)
わたしたちとは異なる人、違った考え方をする人に対する敬意、注意、関心としての『愛』。
異なる考えに感化されることも厭わない柔軟性としての『愛』。
言葉のみならず、その言葉に込められた心を理解し、仮定文を口にするだけではなく、異なる考え方を理解するための役に立たないならば、言語は、貧相な鐘でしかない。
言語は鍵であり、鍵の価値は、鍵が開ける金庫の価値によって決まる。この研究書には、だれもが内に持つ金庫の価値を高めることはできない。」 (「   」内は石井訳。)

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 政治や世の中が「異なる人、違った考え方をする人に対する敬意、注意、関心としての『愛』」を忘れ、反対方向に走りがちでさえあるからこそ、難しいことではありますが、こういう『愛』を心の軸に据えて、生きたいものです。



2 メルマガバックナンバーのブログへの移転状況と新リンク

 現在、第104号までのバックナンバーを掲載しているヤフージオシティーズのサービスが、今月末に終了します。そのため、現在、第1号から順に、このイタリア語学習メールマガジン、『もっと知りたい! イタリアの文化』を、ブログ、『イタリア写真草子』へと移転中です。

 バックナンバーはすべて、現時点では、まぐまぐサイトからも閲覧可能なのですが、イタリア語学習のためのメルマガであるのに、メルマガでもまぐまぐサイトでも、強勢アクセントが使用できないという問題があります。また、言語の学習には、視覚教材が大いに役立つのに、メルマガでは写真や絵を利用することもできません。そこで、強勢アクセント記号と写真や絵を添えて、メルマガを創刊号から順に、ブログに移動中です。この第119号は、ブログとメルマガの両方で、イタリア時間で同一日に送信しますが、バックナンバーについては、その号を発行した実際の年月日の日付で、ブログにも投稿するために、エキサイトブログの新着記事には反映されません。

 学習メルマガを、わたしが再投稿する順に読んでいきたいという方は、ブログ記事の下にある「イタリア語学習メルマガ バックナンバー」のタグ(リンクはこちら)から、すでに移動・投稿済みの号を読むことが可能です。

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 また、いつものブログの記事とメルマガのバックナンバーの両方に関心をお持ちくださる方は、にほんブログ村のプロフィールページ(リンクはこちら)の下方に、わたしが記載する投稿年月日には関係なく、実際に送信した順に並ぶ、最新記事の一覧があります。

 ブログに記事を移せば、読者の方からの反応や質問もお受けしやすいのではないかという意図もありますので、もし何かありましたら、コメントにお書きください。答えられる範囲で、可能なときにお返事ができたらと考えています。

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3 人生の応援歌 続きと女性の日

 第118号では、シモーネ・クリスティッキの歌、『Abbi cura di te』の前半を学習教材として使っていたのですが、その後のブログ記事で、この歌の後半も、一部を訳してご紹介しています。

人生の応援歌、イタリア語学習メルマガ第118号と悩んだ末の結論

 「時は君の外見を変え、愛は君の内面を変える。
  自身を中心ではなく、脇に置いてみるだけでいい。
  愛が唯一の道、唯一の原動力だ。
  心に大切にしまっている神性の輝きなんだ。
  幸せを探すんじゃない。今ある幸せを守れ。」 (「  」内は石井訳)


 興味のある方は、ぜひ訳を手がかりに歌詞全文(リンクはこちら)を読み直し、もう一度歌を聴いてみてください。

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 明日、3月8日、イタリアでは女性の日(Festa della Donna)を祝います。その風習と意義について、興味のある方は、次のブログ記事をご参照ください。

女性の日に寄せて 

 「元始、女性は実に太陽であつた」に始まる平塚らいちょうの言葉も、口語訳しています。今こそ読み直す必要のあるときだと思いますので、男女に関わらず、多くの方に読んでいただけるとうれしいです。

 一方、次の記事では、平塚らいちょうの上述の文章を、わたしがイタリア語に訳し、文語で書かれた原文添えて、紹介しています。ぜひお読みください。

Festa della Donna 
 
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 ペルージャでは、今朝から激しい南西の風が吹いています。朝晩の気温はまだ低いのですが、日中の気温が上がり、日も長くなり、山にはもう、自生のスミレ(violetta)アスパラガス(asparago)が育っています

野スミレに初アスパラガス山 春近し、ペルージャ 

 春は別れと出会い、また新たな旅立ちの季節でもあります。皆さんにとって、うれしい出会いと学びの多い春でありますように。

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 異なる文化や考えを持つ人への敬意や隣人愛が主題なので、様々な愛に満ちているスペッロのインフィオラータの写真を添えました。2016年5月29日に撮影した写真です。興味のある方は、次の記事をご覧ください。

傑作を花で描いて町彩る、Infiorata di Spello

*今号については、いつもとは順序が逆で、先にブログ記事を投稿してから、強勢アクセントなどをアポストロフィ変換して、そのあと、イタリア時間で本日中に、まぐまぐからメルマガとして発行する予定でいます。

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メールマガジン 「もっと知りたい! イタリアの言葉と文化」
発行者     石井直子
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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Commented by princesscraft at 2019-03-08 08:39
おはようございます。
とっても鮮やかで綺麗!!
お花で描かれているのですか?思わず見入ってしまいました。
最後のお写真、日本の風景とは違う、異国情緒で素敵です。
日本しか知らない私には全て異国情緒なのです(笑)
イタリアねっ♪ ポポ♪
Commented by olive07k at 2019-03-09 07:28
日本でも お花で このようにアレンジされた
イベントを お見かけしたことがあります。
イタリアとは まったく レベル違いでは ありますが・・

凄い方なんですねェ、直子さん。
Commented by milletti_naoko at 2019-03-10 05:14
ロゼママさん、こんばんは。
花を育てるところから始めて、町の人が夜通し花火で描きあげる絵の
その美しさに感動しました。町をあげての皆が一致団結しての祭りり
というのもすてきだと思います。スペッロ、街並みも美しいですよね♪
Commented by milletti_naoko at 2019-03-10 05:18
saraさん、もともとはカトリック教の行事にちなんだ花飾りで、それが伝統的に
行われ、また町の人同士が、協力して、またグループごとに競争意識も持って、
町に誇りも持って作り上げるので、これだけみごとな作品ができるのだと思います。

いえいえ、わたしにできる、わたしの好きなことをとことん勉強したのですが、
イタリアでは異国人のわたしに、イタリア語を教える仕事は、個人授業でもないと
なかなか回ってこないので、できるだけ学んだことを多くの方に役立てていただきたいな
と、メルマガを書き始め、書き続けているんです。
by milletti_naoko | 2019-03-07 19:12 | Lingua Italiana | Trackback | Comments(4)