イタリア写真草子 Fotoblog da Perugia ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

イタリア語学習メルマガ 第8号⑵ 「イタリア語学習におすすめの教材(入門者編)1」

2. イタリア語学習におすすめの教材(入門者編)1

 さて、メルマガを書くときに、「初心者の方でも興味深く読めて、少しずつイタリア語の力をつけていける内容にできれば」と心がけているので、もしかしたら中・上級の方には少し物足りないかもしれません。これは、今のところメールをくださった読者の方に、独学でイタリア語を少しずつ学習されている入門者の方が多いからです。それから、日本だけで学習されている方の場合、たとえ中級・上級であっても、文学作品や学術論文、ジャーナリズムに出てくるような難しい言葉を知っていながら、イタリアの毎日の生活の中でよく使われる基本的な言葉(たとえば前号のcornetto、marmellataなど)をご存じない場合もあり、旅行や留学・仕事でイタリアに来られてから苦労されるのではないかと、余計な心配をするからでもあります。

 さて、そこでイタリア語を勉強し始めたばかりで、何か1冊だけ教材を購入するとしたら何がいいかと考えている方に、今のところ私がおすすめしたいのは、次の教材です。


『ニューエクスプレス イタリア語』
入江 たまよ著、白水社刊、2007年

 シエナ外国人大学の大学院での卒業論文の執筆にあたって、日本で出版されているイタリア語の教科書がどのように構成されているかについても触れました。ただし、執筆当時、イタリアにいたため、実際に日本から取り寄せたりして分析できた学習書は10冊ほどだけで、あとはインターネットのオンライン書店の書籍情報や読者の批評などを参考にしました。

 アメリカでもイタリアでも、最近の語学学習・教育の歴史を見ると、文法一本槍から実用一辺倒、再び文法重視それからまた実用面の重視というふりこ運動のような極端な変更を経て、今は「使える外国語を学べることを重視するが、そのために必要なものとしての文法もおろそかにしない」という方向で落ち着いてきているようです。

 欧米の語学教育の現状を要約すると、次のようになります。

 学習の主人公は「教師」ではなくて「学習者」自身。だから、「外国語の知識」を文法項目ごとに教師がありがたく学習者に伝授していく時代は終わった。現代の語学教師は、学習者自身が「なぜその外国語を学ぶのか」、「どんな場面でその外国語を使いたいと考えているのか/使うことが将来想定されるのか」、そして学習者の「外国語観」や学習の癖、傾向などを踏まえて、学習内容を学習者と共に構築していかなければいけないし、教師の役割は「学習者を助けること」、「学習者が自立して学習することを助けること」だ。

 こうした外国語教授法の方針転換は、外国語の教科書や学習書の在り方にも大きな変革をもたらしました。イタリアに留学された方ならお分かりと思いますが、近年イタリアで出版されたイタリア語の教科書は、たとえば「バールで(al bar)」、「余暇(tempo libero)」といったふうに、コミュニケーションが行われる場面(situazione comunicativa)ごと、あるいは「あいさつする(salutare)」「招待する(invitare)」などの言葉の機能(funzione)ごとに章立てされているものがほとんどです。それは、外国語学習を「文法の知識を身につけるもの」ととらえるのをやめて、「コミュニケーションに使える外国語力を養うためのもの」と考えるようになったからです。決して、文法をないがしろにしているわけではありません。一つひとつの課(Lezione)ごとに、文法内容もきちんと整理され、演習できるようになっています。ただし、教科書の構成も練習問題も、「文法の知識を身につけること」ではなく、「会話ができるための、読んだり書いたりできるために必要なものとして、文法規則をうまく使えること」を目標に掲げて、文法を扱っています。

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日伊のイタリア語の教科書と外国語としてのイタリア語教育法を専攻した大学・大学院の授業で使った教科書の例

 日本で出版されているイタリア語の教科書の多くが、「発音のきまり」に続いて、「名詞」(冠詞・単数・複数の学習を含む)を第1章で扱っています。冠詞の選択(「ここでは冠詞は不要」という選択を含む)や名詞の単数形・複数形を学ぶこと、使いこなすことは、日本人にとって非常に難しいことです。けれども、実際のコミュニケーションにおいて多少名詞の性や数を間違っても問題が生じることはあまりありません。

 日本語では、原則として名詞の性や数によって名詞や形容詞の語尾を変えたり、動詞の活用形を変えたりする必要がありません。年頃の娘が親に向かって「今夜は友達と遊びに行くから、遅く帰る。」と言った場合、その「友達」は男女のどちらでもあり得るし、一人かもしれませんが、五人かもしれません。一方、イタリア語では一人か二人以上かの区別やその性別をはっきりさせなければ「友達」という言葉を使うこともできません。男友達一人ならamico、女友達一人ならamica、二人以上だけれど友達が女性だけであればamiche、友達が複数で中に一人でも男性がいればamiciといった具合です。ですから、イタリア人は、すでに言葉を発する前の段階で、無意識のうちに、名詞の数や性別、ある名詞が相手にとって既知かどうか(つまり定冠詞を使うべきか、不定冠詞を使うべきか)に目を向ける習慣とそれに応じて名詞を変化させ、またその名詞に応じた形容詞や動詞を選ぶ習慣を身につけているわけです。

日本人にとって、名詞の性・数や冠詞が難しいのは、覚えなければいけない規則が多い上に(英語と違って、イタリア語には名詞に性があります)、母語である日本語に、原則として名詞の性・数・冠詞が存在しないので、まずは上記の習慣を持ち合わせていないからです。そして、定冠詞・不定冠詞の違いやそれが必要かどうかも、日本語にないものだから理解するのが難しくうまく使えず、「名詞の性・数によって活用形を変える必要」が母国語にはないものですから、特に-eで終わる名詞の性をいつまで経っても覚えられず、イタリア語で話すときにも、たとえ文法の知識をきちんと持っていても、うっかり主語の性・数と呼応しない形容詞や動詞の変化形を使ってしまったりするわけです。

 でも、この冠詞や名詞の単複の区別は多少間違えても、あるいはうろ覚えで正しく使えなくても、初級・中級の人がコミュニケーションするときに、大きな障害になることはあまりありません。第5号の記事、「間違いを恐れない」でも触れましたが、移民の話すイタリア語の発達を扱った研究の成果をみると、初めのうちは冠詞や名詞の性・数の区別のように、言いたいことを伝えるのにあまり重要でない形式的な文法的事項はまったく習得されていない場合がほとんどです。動詞の活用が分からずにどうやって時制や主語を明らかにするかというと、話の前後関係から話し相手に気づかせたり、主語を動詞の前につけて明確にしたり、ieri (昨日)、un anno fa (1年前)、domani(明日)などのように時を表す副詞を使ったりするわけです。

 ですから、文法をきちんと頭に入れることやイタリア語を正しく使えるようになることは無論大切ですが、教科書が「名詞」から始まっていると、文法の枝葉末節にとらわれ、それが難しくて勉強を投げ出してしまう恐れがあり、またごく簡単で基本的な会話表現を、何課も勉強した後でなければ学べないということになります。

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トラジメーノ湖畔のレストランでの夕食 2018/3/23 (ブログの関連記事はこちら

 たとえば “Vorrei ...” ((私は)~がほしいのですが、~したいのですが)という条件法現在(condizionale presente, condizionale semplice)の表現は、旅行者としても非常に便利な表現で、店やレストランで何かを注文したり頼んだりする際に使える上、友人との会話でも、自分の希望を押しつけがましくなく「無理かもしれないけど、そうできたらうれしいな」というニュアンスとともに告げられる、大変便利な表現です。ここで、逆にVoglioという直接法現在(indicativo presente)を使うと、「誰が何と言おうと、私はこれがほしいんだ、こうしたいんだ」というかなり押しつけがましい表現になってしまいます。この“Vorrei ...”という表現は、第5号の記事、「動詞 Andare」でもご紹介したイタリアで出版された入門者用の教科書、『Qui Italia』(Le Monnier, Firenze, 2002)では、第1課、21・22ページに、文房具店やバールでの会話の一部として登場します。22ページの例文を見てみましょう。

Il ragazzo: Un caffè e una pasta, per favore!
La ragazza: Vorrei un cappuccino, un cornetto e un bicchiere d’acqua.


 青年は「コーヒーを一杯と菓子パンを一つください。」、若い女性は「カップッチーノを一杯と、クロワッサンを一つ、それに水を一杯ください。」と頼んでいます。バールやレストランで、一番簡単で手っ取り早い注文の仕方は、ここにあるように、ほしいものを並べたあとで、per favore(お願いします。英語のpleaseにあたる表現)を添えることです。注文したいもの、ほしいものの前に“Vorrei ...”をつけると、さらに丁寧でこなれた表現になります。

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チッタ・デッラ・ピエーヴェのバールの目にも美しいコーヒー 2018/12/28

 このよく使われる便利な表現が、一般的な日本のイタリア語の学習書、つまり文法項目ごとに章が分かれていて、動詞の時制・法を「簡単なものから難しいものへ」と考えて並べてある教科書ではどの辺りに出てくるか見てみましょう。『イタリア語のABC』(白水社、長神悟)では第8章の171ページ、『現代イタリア語入門講座』(東洋書店、興松明)では第18章、257ページになって、ようやく説明や例にお目にかかることができます。

 この例からも分かるように、近年イタリアで刊行されている教科書は、「よく使う表現」や「学習者が出会いそうな場面」を想定した会話を中心に、必要そうな表現を基本的なものから学べるように構成してある場合が多く、一方日本ではまだ「文法項目ごとの章立て」の枠から抜け出せていない場合が多いようです。ここで注意していただきたいのは、「文法項目ごとに章立てされず、会話を中心に課が構成されている」からといって、文法がなおざりにされているわけではないということです。その段階で必要な文法事項を深入りしすぎずに導入してあります。たとえば、上記の“Vorrei ...”という表現については、これが「条件法現在の1人称単数のときの活用形」だとか「条件法現在の活用形の作り方やほかの用法」には一切触れず、物を注文するときに活用できる慣用表現として導入されています。もちろん、課が進むと、文法も少しずつ詳しく勉強するようになっていますが、とにかく「コミュニケーションするための文法」という姿勢が貫かれています。

 日本で出版されたものの中で、この形式を踏んでいるもの、つまり「使えるイタリア語を徐々に身につけているように構成されていて、短文ではなく会話(dialogo)を中心に学習するようになっている」のが、上記の『ニューエクスプレス イタリア語』です。たとえば“Vorrei ...”の表現も、この本では第3課(lezione tre)、25ページに登場しており、外国語学習を「知識を積み上げていくこと」ではなく「外国語を使って意思疎通を図ること」と捉えている著者の姿勢がうかがわれます。さらに、いいなと思うのは、単語の紹介を、日常生活に大切なものから、関連のある言葉をまとめて紹介し、絵を添えたり、練習問題として学習者に推測させたりするなど、工夫してある点です。第3号 「色いろいろ」でも述べましたように、言葉を覚えるには、関連のある言葉を一緒に学習したり、自分の頭を使って意味を推測したりすると記憶に残りやすいからです。他の教科書と違って、1課進むごとに「あいさつができるようになった」、「状況を説明できるようになった」など、話せる内容が増えて、広がっていきますから、達成感もあると思います。

 記事、「イタリア語学習におすすめの教材(入門者編)2」に続きます。

*2019年4月追記: ヤフージオシティーズのサービス終了のため、イタリア語学習メルマガのバックナンバーを、このブログに少しずつ移動中です。詳しくは第119号の二つ目の記事をご覧ください。

 このメルマガの著作権は石井に帰属します。引用・転載を希望される方はご連絡ください。

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発行者     石井直子
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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by milletti_naoko | 2009-05-13 13:00 | Lingua Italiana | Trackback | Comments(0)