イタリア写真草子 ウンブリア在住、日本語教師のイタリア暮らし・旅・語学だより。

秋吹く風に思い起こすうた

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 このところペルージャでは天気が荒れに荒れて、暴風が吹き荒れ、豪雨が降りしきることが、少なくありません。今日も昼頃、激しい風が吹きつけるので、庭のブドウもローズマリーもイチジクも、木や枝全体をうねらせて踊るかのように、風になびいて動いていました。

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 ひどく重い植木鉢でさえ倒してしまいそうな勢いの風と、葉を散らしつつ揺れる木々を見ていたら、百人一首の文屋康秀の歌が、頭に浮かびました。

 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ

  吹いたとたんに
  秋の草木がしおれてしまうから
  なるほどそれで山から吹く風を荒らしと言うのだなあ

 山から吹く風なので嵐、「山+風=嵐」という漢字の構成をうたに読み込んで遊ぶだけではなく、風吹きすさぶ「嵐」と、草木をしおれさせる、荒れさせる「荒らし」と、掛詞も使われていて、つまり文字表記と同時に、言葉の持つ意味でも遊び心を働かせていて、機知に走るきらいがあるともされる歌ではありますし、そもそも、歌合の機会に詠まれた歌でもあります。

 けれども、秋に入ったイタリアで、何日も空がかき曇り、激しい風が吹き続けるのを、そして、木の葉が枯れて、風に舞い散るのを見ると、この歌が、風の音を思わせるハ行の音や、枯れ葉やそのすれる音を表すようなカ行、サ行の音の多用で、迫り来る冬の前触れとして秋の草木をしおらせる山風の激しさを、風に揺れる草木の情景とともに、巧みに表現しているようにさえ感じられるのですが、それはわたしが深読みをしすぎているのかもしれません。

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 全体を揺さぶられるように動く大木の映像も撮影したのですが、2枚の写真で、どれだけ木々の枝の向く方向に差があるかから、風を感じていただけたらと、考え直しました。

 小倉百人一首では、「ふ」で始まる和歌はこの一首だけなので、自分の手元に、この歌の下の句が来たときは、手元に置いて、「ふ」と一字読まれたら、すぐに手が札に飛んでいくように、体の動きごと、取るべき動きを頭に思い描きながら、札の位置を覚えていたのを、懐かしく思い出します。

 日本語の「ふ」の音はイタリア語や英語の/fu/とは違って、/f/を発音するときのように、上の前歯で下唇を軽く噛んだりすることなく、ちょうど誕生日のケーキの上のロウソクの火を吹き消すような口の形をして発音するんですよと、日本語の授業中に、注意することが時々あります。ヴェもツィも、従来の日本語の音韻体系に存在しない音であり、すでに「ベニス」、「ベネチア」という言葉が定着していたのに、「ヴェネツィア」と書く傾向が、今の日本にある一方で、英米、そして、イタリアの人がFujiを発音するときには、少なくとも、日本語を勉強していない人の場合には、決して日本語の「ふ」ではなく、下唇を軽く噛んで発音するfの子音で発音することが当たり前であり、いぶかる人さえいないことを思います。英語圏でもイタリア語でも、他言語の言葉を外来語として自国語に取り込む際に、自らの言語に存在しない外国語の音は、もっぱら己の言語の音韻体系にある音に置き換えています。

 閑話休題。今日も午後、13歳の少年の授業がありました。先週、わたしがローマに行っていたために、1週間飛んだこともあり、また、中学校の勉強もかなり大変なようで、以前の授業で習った内容がおぼつかないところも少なくなかったため、今日は、復習もしながら、ゆっくり授業を進めました。「ぼくはちゅうがくせいです。」と言うべきところ、今日も、「ちゅうがくせい」と「ちゅうごくじん」がいっしょになって、「ちゅうごくせい」と言ってしまっていたので、その混同が定着してしまわないように、わたしの方で気をつけるつもりでいます。単語は、脳に記憶する際に、音が近い言葉どうしが近くに収納されるために、音の似た言葉というのは勘違いして覚えてしまう危険があるのです。わたし自身、naveは「船」で、neveは「雪」だと、記憶としてはしっかり覚えているのに、たまに夫と話していて、「あ、山に船が積もっている」と、脳の記憶から引き出す言葉を間違えて言ってしまい、夫がおもしろがることがあります。mezzogiorno「正午、真昼」とmezzanotte「午前零時、真夜中」も同様で、言葉の構成から考えても意味は明らかですし、文字で見たり、言葉を選んで改まった場で話したりするときには間違えないのですが、夫や友人たちとくつろいで話したりしているときに、ふと両者を混同してしまうことが、今でも時々あります。音が似ている言葉は、わたしたちの脳の構造や機能から言って、そもそも混同しやすい上に、最初に間違えて習得してしまうと、これは外国語に限らないのですが、あとあとから修正するのは、非常に難しいのです。

 日本語能力試験の上級、N1の合格を目指す教え子や、日本語の和歌や俳句、漢字に興味があるイタリアの友人、知人のために、先の文屋康秀の歌をイタリア語に訳して、理解に役立ちそうな表を作成してみました。さらに詳しいイタリア語での解説は、今夜はもう遅いので、明日考えて記事末に添えたいと考えています。

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Il vento intenso di questi giorni autunnali mi ricorda la poesia giapponese del IX secolo
, composta da Yasuhide Fun'ya e contenente due giochi di parole.
  吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ
  'Appena tira il vento dalla montagna, appassiscono le piante e gli alberi d’autunno.
  Ecco perché si chiamerebbe arashi il vento proveniente dalla montagna
.' (trad. Naoko)
Il primo gioco di parole riguarda la composizione dell'ideogramma, che indica 'tempesta' ed e composta dai due ideogrammi, 山 'monte' e 風 'vento'. il secondo gioco di parole invece è relativo alla parola arashi che viene utilizzata in doppio senso, nel significato di 'tempesta' (in quel caso l'ideogramma corrispondente è 嵐) e nel senso di 'ciò che devasta' (荒らし). Così la poesia rappresenta il vento violento dell'autunno e la transizione dall'autunno all'inverno.
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Articolo scritto da Naoko Ishii

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ブログテーマ:秋と言えば紅葉!みんなに見せたい秋の風景ショット2019
by milletti_naoko | 2019-11-06 08:02 | Insegnare Giapponese